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雨の恵みに感謝する祈り

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 この世界は神の創造せる無限豊饒の世界である。この世界には無駄なもの、悪しきもの、不快なもの、苛立たしきものなどは存在しないのである。すべてが有用であり、善であり、快く、心慰めるものである。この実相世界の一部分を人間の感覚で捉えて見ているのが「現実」である。現実は現象であり、我が心の“眼鏡”を通して見た世界であるから、心の状態に応じてその姿を異にする。だから、現象は無常である。無常なるものは実相でない。しかし我は神の子であるから、神の創造せる世界の実相を知るのである。肉体の感覚で知るのではなく、無常の奥に存在する常住の世界を“心の目”によって知り、観ずるのである。

 雨とは、“水の天体”である地球上の元素循環の一コマである。水が大気中から地上に降り立つ一形態を「雨」と呼ぶのである。別の形態を「雪」や「雹」「霧」「靄」「霞」などと呼ぶ。この水の到来によって、地上の生物は生き続け、繁栄する。植物は、太陽の光と水から栄養素をつくり、動物は植物から栄養素を受け取り、肉体の死後は菌類にそれを渡す。菌類は土壌をつくり、再び植物に栄養素を渡す。水は生物に栄養素を与えるだけでなく、生活の場をも提供する。細胞の中、土の中、川の中、湖沼の中、海の中に生物繁栄の場を提供する。物質的側面をこのように表現することができるが、その奥に、我は神の無限の愛を観るのである。地上のすべての生物に生きる場を与え、生物の体そのものを形成し、さらに生物に栄養素を提供し続けているのが「水」である。それは、もはや物質にあらず、神の無限の生かす力そのものである。「神の無限の愛」が我が肉体を通して感覚された時、それが「水」として認識されるのである。だから、雨は「神の愛」そのものである。

 雨は、静かに地上に落ちるとき、やさしく、リズミカルな音を立てる。間断なく降り注ぐとき、川の流れのように響き、激しく降れば滝のような轟音となる。この響きに耳を傾けよう。この音に心を振り向けよう。間断のない規則的な音、転がる響き、快い流れ、低い太鼓の継続音……。同じ水、同じ雨が、これほど変化することに気がつくとき、我は神の無限の生かす力の多様さを知るのである。神が多様な相を通して我を愛し、かつ導き、命を与え給うことを知るのである。愛が知恵によって多様に変化し、それが無限相の美を表す。ここに愛と知恵と美があり、それが雨となって我が前に降る。神の無限の生かす力が今、雨となって我に降り注ぐ。我は恵まれている。我は生かされている。我は愛されている。我は知恵に満たされ、生命に溢れている。

 この尊き神の恵み、神の知恵、神の命を雨として与え給い、すべての生物を生かし、繁栄させ給う神に、心より感謝申し上げます。神さま、ありがとうございます。


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