« 戦いの暗雲を払拭する祈り | トップページ | 病に観世音菩薩を観る祈り »

曇り空を感謝する祈り

「Ch2_Prayer_06.mp3」をダウンロード

(下のプレイヤーで音声が聞けます)

 曇天は人の心を曇らすというが、それは「曇り」の有難さを知らない人のことである。曇天は5月の強い紫外線を和らげ、女性は安心して肌を出して歩くことができる。曇天は地上から水分を急激に吸い上げないから、植物や菌類は育つのである。曇天は柔らかい日差しで、風景のデテールを浮かび上がらせる。写真家なら、戸外の写真は曇天のときに美しく撮れることを知っている。晴れの陽射しは強すぎて、写真に濃淡がつきすぎるのである。人物写真は、わざわざ日陰で撮ることが多い。ということは、人の美しさは曇天の方が晴天の日よりもよく分かるのである。

 あなたの愛する人を、紫外線の危険のない曇天の公園に連れていこう。そこで彼女の、彼の、美しさや逞しさを讃えよう。空の雲の向こうに広がる常住の青空について、ともに語ろう。人生が今どんなに曇っていても、その雲の向こうに神の子の完全性が輝いていて、雲を通して人生を照らしていることを語ろう。信じ合おう。光の方向を探そう。分からなければ鳥に聞こう。飛ぶ虫に聞こう。花に聞こう。ミツバチは曇り空の下でも、太陽の方向を正確に知ることができるという。晴天のとき光に向かって飛べば、目を傷めることになる。だから曇天の時こそ、光に向かって力強く飛ぼう。信念をもって進んで行こう。曇天は我らの進歩を阻むものではなく、我らを進歩へ導く誘導燈なのだ。

 人生が万事自分に好都合ならば、挫折する人々の気持を知ることはできない。彼らの悩みを知り、ともに光へと進む菩薩行の喜びを味わうことはできない。山の頂上で常に太陽を見ている人は、雲の中の登山道を一歩ずつ上り、ついに光に満ちた青空を見る人の喜びを味わうことができない。曇天は青空への案内人であり、晴天の使者である。そのことに気がつけば、人生の曇天もまた好都合なり。曇天に走る選手の方が、晴天下の選手よりも記録を伸ばすではないか。曇り空は我らの味方なり。さぁ、菩薩行を目指し、光に向かって歩み出そう。

 すべてに光を与えたまう神に感謝いたします。有難うございます。


« 戦いの暗雲を払拭する祈り | トップページ | 病に観世音菩薩を観る祈り »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 曇り空を感謝する祈り:

« 戦いの暗雲を払拭する祈り | トップページ | 病に観世音菩薩を観る祈り »