2002年8月30日 (金)

洪水の教訓

 中央ヨーロッパでの洪水のニュースがしばらく続いたが、イギリスの科学誌『New Scientist』は8月24日号で、その原因について分析している。それによると、“100年に一度”などと形容される洪水は、実は毎年のように起こっているのだそうだ。昨年の3月にはハンガリー、ウクライナ、ルーマニアが水に浸かり、7月にはポーランドが洪水の被害にあった。一昨年は東部ハンガリーとセルビアで洪水が起こった。1999年は7月にもセルビアが水浸しとなり、首都のベルグラードの大部分から住人が避難した。その前の年は、7月にチェコ、ポーランド、スロバキア、11月にはスロベニアとルーマニアで洪水が起こったという。

 夏季の降雨が激しくなっているのは確かなようだが、洪水の後に堤防をさらに高くするという人間の行為が、状況をさらに悪化させているらしい。洪水はその町に起こらなくても、単に下流の(しばしば人口の多い)町へ移動するだけなのだ。つまり、空と山から降りてくる水の絶対量が多いから、この辺りの夏季の洪水は歴史的には“自然現象”だったのだ。だから、エルベ川、ドナウ川、ライン川などの流域には「氾濫原(flood plain)」と呼ばれる地域があって、そこが冠水するようになっていた。ところが人間は、それを「力」によって征服しようとして、堤防を築いて人家を建てさせた。そういう方策が、かえって逆効果を生んでいるというのだ。

 氾濫原を住居や仕事場にしている人々は、ヨーロッパ人の一割に上ると見られ、ハンガリーでは、その数字は25%に上るという。オーストリアやチェコでは、川の流れる谷間に夏用の別荘を多く建てさせたことが洪水の被害を広げたとして、地元の市長らが批判されている。家を建てるためには当然、森の木を切り倒すことになるからだ。

 今年の洪水の背後には、地球温暖化の影響もあるだろう。今年、北半球はかつてないほど暑い夏で、これが大西洋上空に雨を降らせる大きな雲を形成した。それに加え、アルプスの氷河が早く溶けだして大量の水を川に流した。つまり、雪解けですでに増水している河川の地域に激しい雨が降ったのだ。雨は、オーストリア・アルプスからチェコにいたる地域で、特に激しく降った。チェコの一部では、36時間のうちに、平年の8月全体の降雨量に匹敵する雨が降ったという。

 こうした度重なる洪水から学んだライン川の流域の人々は、護岸工事に力を入れるのをやめ、川の自然な流れを尊重して氾濫原を生かす方策を採りだしたという。しかし、その他の川では、まだこの方策は実行されていない。長野県の知事選挙では、ダム建設問題に一応の結論が出ると思うが、このヨーロッパの洪水から学ぶことは多いと思う。

 今回の洪水では、ドイツ東部のエルベ川流域にある古都ドレスデンが水に浸かった様子が、世界中で大きく報道された。今回の洪水は、1845年に記録されたエルベ川の水かさの最高記録を50センチも上回ったことで、この現象が地球温暖化の結果であるかどうかという質問が、ドイツの環境科学者のもとへ殺到したという。一般的に環境意識の高いドイツではあるが、(どこかの国と同じように)温暖化による被害は自国以外の別の地域で起こると考えていた人々が多く、この洪水のおかげで環境意識と気象学への関心が一挙に高まっているという。

 私は数年前にこの町を訪れていて、黒っぽい砂岩でできた城などの古い建物群の魅力に惹かれたことをよく憶えている。エルベ河畔のレストランで一枚絵を描いたが、そのレストランもきっと水に浸かったに違いない。(谷口 雅宣)

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2002年8月21日 (水)

恵まれた教室

 今日の『朝日新聞』の「声」欄に、65歳の女性の高校教員が「夏休みの教室には冷房を入れてほしい」と訴える投書が載っていた。「室温35度以上という厳暑の教室で勉強していると、汗は目に入るし、滝のようにほおを伝わる」という。そんな酷暑を押してなぜ登校して来るかというと、完全週休2日制が実施されたため、授業時間が足りないというのである。私は、これを読んで複雑な気持になった。

 というのは、私の3人の子供たちは、夏休みに補習のために登校したことなどないからだ。「成績がいい」という意味ではなく、大学とつながった私立の高校だから、いわゆる“受験勉強”がなく、それほどの勉学を要求されないのだ。私をさらに複雑な気持にさせたのは、子供たちは冷房の効いた教室で勉強していたということだ。しかも娘などは、「クーラーが効きすぎる」と言って、夏の学校にセーターを持っていくのである。

 今の高校の教科書では、地球温暖化のメカニズムや環境保全の必要性をきちんと説明しているから、試験でもそういう問題が出されるはずだ。現在の地球温暖化の主な原因の一つは、先進国のエネルギーの使いすぎである−−ということを彼らは十分知っているはずだ。しかし、「知っている」ことと、「すること」がまるで分離している。学校で学ぶ知識と、自分たちの現実生活の関係が薄い。だから、寒さを感じるほど教室を冷やしていても、教師は一向問題を感じないのだろう、と私は長らく不審に思っていた。ところが、こういう問題は公立高校には存在しないということを、遅ればせながら私は初めて知った。

 それだけ私の子供たちの通った学校は“恵まれている”と言えば、言えないこともない。しかし、物質的環境に恵まれていることが、成長過程にある子供たちにとって果たして“善いこと”なのかどうかは、簡単には判断できない。大体、私の高校時代には、教室に暖房はあったが冷房など入らなかった。それでいて、夏季に「暑くて勉強にならない」などと思った記憶はない。また、当時はコンビニとかバーガー・ショップとか自動販売機もなかったから、買い食いをしたり、酒やタバコを手に入れる機会もほとんどなかった。月々の小遣い銭の額も少なかったし、ましてやケータイなどなかったから、“出会い系サイト”や“エンコー(援助交際)”などの問題も存在しなかった。つまり、人間は“恵まれた社会”を作りながら、同時に“複雑な問題”も作りつつあるのだ。

 先に、私の子供たちが“受験勉強”をしなかったことに触れたが、これははたして“恵まれている”ことなのだろうか。不況下の現在、単に「有名大学卒業」という肩書きでは、いい会社に就職できない。「有名」なだけでは不十分で、「東大」「早稲田」あるいは「慶応」の卒業でなければ希望通りの就職は難しい。成績優秀でも、自分の専門分野で働けるとは限らない。だから、“恵まれていない”と言うこともできる。しかし、高校時代、受験勉強に使う時間をスポーツや交友や読書に振り向ける方が、人格の幅を拡げることにつながるかもしれない。その方が、大人になってエリート・コースを歩めなくとも、「知っていること」と「すること」が分離しない生き方を選べるかもしれない。そんなことを親は勝手に期待しているが、それこそ本人の考え方によるのだから、結局、何をもって“恵まれている”とするかは、簡単に言えることではないだろう。   (谷口 雅宣)

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2002年8月18日 (日)

信仰と環境保全

 世界の気候に異常な変化が起こっている−−最近の気象関係のニュースを注目している人は、きっとそう感じているだろう。『朝日新聞』の「天声人語」も『産経新聞』の「産経抄」も、今日付の紙面でこの問題を取り上げた。ヨーロッパの大洪水ばかりでなく、中国でも、南アジアでも大規模な水害が発生している。その反面、北アメリカでは日照りが続き、各地での森林火災の拡大が心配されている。ドイツの環境相のように、地球温暖化による被害がいよいよ深刻になってきたと考えるのが普通だろう。

 私は5月の生長の家の全国大会で地球環境問題を取り上げ、地球上の生物は皆「神において一体である」という宗教的信念を人々の間にもっと広めていかねば、この問題はどんどん悪化するし、根本的な解決はできないことを訴えた。しかし、世界情勢はご覧の通りで、「地球上の生物」を同類と見るどころか、同じ「人類」の中でも、“悪の枢軸”を早く撃滅しなければならないとするようなものの見方が、一向になくならない。アメリカだけのことではない。アラブとイスラエル、インドとパキスタンのように歴史的に対立している国々が、戦闘や軍備拡充に頭脳やエネルギーを注入していて、地球環境問題から顔を背けている。その他の国にも、隣国の経済力や軍事力が“脅威”だと叫ぶ人々もいる。確かにそういう種類の“脅威”もあるかもしれないが、人類の生き方が−−とりわけ先進諸国に住む我々の生活スタイルが−−人類自身に脅威を与えていることの方が、もっと深刻な問題ではないだろうか。

 宗教は地球環境問題などに関わらずに、もっと宗教本来の「神」や「信仰」の問題を説くべきであるという忠告を最近、ある人からいただいた。環境問題などは、普通の人が常識で判断できるのだから、宗教がわざわざ取り上げるほどのものではない、とその人は言うのである。私にはこういう意見がよく分からない。人が何かを強く信じることが「信仰」であるならば、その人の信仰は、必ず生活の上に具体的に表現されるだろう。「信じてはいるが何もしない」というのは、信じているのではなく、単に「知っている」だけである。「神は愛なり」との信仰をもっている人は、愛なる神が何でもしてくれるから、自分は子も親も友人も愛さないというのではなく、その愛なる神の御心に従って、家族や友人だけでなく、見知らぬ人々にも愛を「実践する」はずである。

 先進国に住む人間にとっての地球環境問題は、エネルギー浪費型の我々の生活スタイルに問題があることを認め、その犠牲者を減らす方向に我々の生活習慣を改めるという「実践」を求めるものだと思う。自分の生活スタイルが途上国に犠牲者を生んでいることを知りながら、それを一向に改めないのでは、愛なる神を「知っている」かもしれないが「信仰している」とは言えない。だから信仰者は、日常的で些細と思われることにも注目し、自分の生活の中でどの部分を改めれば、浪費するエネルギーの量を減らすことができるかを考えるべきである。特に神を信仰していない人々も今日ではそれをするのであるから、まして信仰者がそれをしないというわけにはいかないだろう。

 そういう考え方のもとに、宗教法人「生長の家」は昨年夏、“環境ISO”とも呼ばれる「ISO14001」の認定を、日本の宗教界では初めて取得した。この認定は、一度取得したらそれですむのではなく、毎年、第三者機関によって国際基準に基づいた厳しい審査を受け、基準に達していない場合は認定を取り消されることもある。そして今年からは、生長の家は日本各地の教化部に於いても、次々にこの認定を取得している。こういう目立たない、地道な努力は、思いつきや気まぐれでは続けることは不可能であり、個人レベルでの「意識の変革」があって初めて永続性のあるものとなる。だから、信仰にもとづいた地球環境保全運動が今求められているのである。

 もちろん「法人」や「団体」のレベルだけでなく、個人生活の上でも、我々は自分にできるところから生活スタイルの変革を行うべきだろう。自分のことを言うのは気がひけるが、私は、自宅に太陽光発電装置を設置してもう4年になるし、森林を破壊して家畜を養うムダを減らすために“四つ足”の肉を食べなくなって4〜5年になる。錆びの出た旧式のオーブン・トースターを使っていることは妻がどこかに書いたし、電気釜は買ってから15〜16年であり、洗濯機はもっと古く2回修理して使っている。今年の夏は自宅に冷房を入れたことはなく、事務所の私の部屋では1回だけエアコンのスイッチを入れた。こういうことは、妻や子供の理解と協力がなければとてもできない。

 これで地球温暖化が止まるなどとは決して思っていないが、もっと大勢の人々に意識変革が起こり、それが生活態度や消費行動に反映していけば、必ず大きな変化となる。こういう“グラスルート”での行動の変化なくして、地球環境問題の解決はないと私は考える。読者はどう思われるだろうか?   (谷口 雅宣)

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2002年7月19日 (金)

エアコンの価値

 「蒸し暑い日本の夏にエアコンは欠かせない」と考えている人々は多いと思う。私もほとんど同感である。ここに「ほとんど」と書いたのには理由がある。なぜなら20世紀初頭には、すべての日本人はそうは考えていなかったからだ。どうしてこう断言できるかというと、日本人ばかりでなく、世界中の人々が当時、エアコンを知らなくてもまともに生きていたからだ。だから、最初の文章をもっと正確に書き直すと、「今日のほとんどの日本人にとって、蒸し暑い夏を乗り切るにはエアコンは欠かせない」という程度のものになるだろう。この日の東京の最高気温は、平年を3.5度も上回る32.7度で、湿度は63%。私は今年初めて、執務室のエアコンにスイッチを入れた。

 地球温暖化問題が深刻さを増してきた昨今では、私は通常、執務室のエアコンを動かさない。その代り、古い扇風機を回す。しかしこの日のように、室内で人と面談する時間が長い場合は、相手に自分の“趣味”を押しつけるのは極力避ける。旧式扇風機とエアコンのどちらの電力消費量が多いかは詳しく調べたことはないが、常識的には後者の方が電気を食う。エアコンのもう一つの問題点は、「自分の部屋を涼しくする代りに外気を暖める」という構造になっていることだ。これはまさに、現代人のエゴイズムの“権化”のような気がする。そんなことを各家、各事務所、各商店街がやりだし、さらに町を走る無数の自動車もやっているから、都会の温度は不必要に上昇する。下げようとして、上げているのだ。

 こんな書き方をすると、私はエアコンの価値を認めていないと思うかもしれないが、必ずしもそうではない。ただ、日本の都会では、あんなに冷やす必要はないと思うし、デパートや映画館には、明らかにエネルギーの無駄遣いと思われるような、ひんやりと冷えている場所も少なくない。これは、環境保全の要請に逆行している。しかし、エアコンの効用を地球規模で考えれば、この技術は、「価値がない」と言うにはあまりにも大きな変化を人間の生活にもたらし、多くの国の経済構造をも変えてしまった。

 今年は、エアコンが発明されてちょうど100年目なのだそうだ。エアコンの発祥は1902年、米ニューヨーク市のブルックリン地区にあった印刷工場に、ウィリス・キャリアーという人が空気調節装置を設置した時とされている。この印刷工場ではリトグラフを制作していたが、リトグラフは気温と湿度の変化に影響され、印刷の際に色ズレが出るのが問題だった。それを解決するための窮余の策が新しい発明を生み出し、それが1世紀後に人類の生活と経済を大きく変えてしまった。エアコンが登場する前のニューヨーク市では、暑い夏の夜には、涼を求める人々は自宅の玄関口や非常階段の踊り場、あるいはセントラル・パークの芝生の上で眠ったという。

 テキサス州の南東部にある同州最大の都市ヒューストンは、米航空宇宙局(NASA)の有人宇宙センターがあることでも有名だが、ここは北緯30度付近にあって暑い。この緯度は、日本では奄美諸島、エジプトではカイロ、インドではデリーとほぼ同じだ。エアコンがなければ、この地に160万人以上の人間が住むことは疑わしい。また、同じ州のダラス市にテキサス・インスツルメントという世界最大のコンピューター・チップのメーカーが生まれたのも、エアコンの存在なくしては難しかったと思うし、逆に考えれば、エアコンがあれば、インドでもコンピューターチップの製造ができることになる。

 エアコンの登場で、「亜熱帯」や「熱帯」と呼ばれる地域の生産効率が向上したことは、疑いの余地がない。が、それが世界に爆発的に普及した今、地球温暖化の一つの原因になっている事実を、どう考えたらいいだろうか。暑さで朦朧となっている私の頭では、いい回答を見つけ出せそうもない。

 ところで、エアコンのない夏の暑さを映画の中で克明に描いている作品の一つに、ロバート・レッドフォード主演の『華麗なるギャッツビー』(1974年)がある。この物語の時代設定は、1920年代のロング・アイランドである。そこに大邸宅を構えたギャッツビーの派手な生活が描かれているが、その中に、真夏なのに白の三つ揃いのスーツを着た紳士たちが、いかにも暑そうな顔をして、お気に入りの女性とともに暇をもてあましている様子が出てくる。だから、エアコンは、発祥から20年がたっても、金持ちの家にさえ設置されていなかったということになる。奇妙といえば奇妙である。

 そんなことを考えながら隣家の母のところへ行ったら、藍色の美しい団扇が置いてあった。見るだけで清涼感がする。エアコンのない時代の日本人は、視覚や聴覚から涼をとったのだと気がついた。金魚、浴衣、風鈴、鹿おどしなどは、エアコンのように実際の気温を下げるのではなく、人間の感覚に訴えて清涼感を演出する。なかなか高級な方法だと思った。(谷口 雅宣)

【参考文献】

○Richard Reeves, "The Cool History of Air Conditioning", International Herald Tribune, 18 July 2002.

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2002年6月21日 (金)

ラヴェンダー・スティック

 アメリカのジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授が、今朝の『朝日新聞』のインタビューに答えて興味あることを述べていた。それは、日本の景気回復がうまくいかない理由の一つは、「日本人が消費はもう十分と思っている」からというのである。モチヅキ教授は、続けてこう言う:

  「米国人は大きな家に住み、くだらない物をたくさん買い込んでいる。それが成長の原動力だが、環境には悪影響を与えている。異常な消費文化から抜け出しつつあるという意味で、日本は米国より進化している。日本人に問題があるとすれば、そういう考えを明確な理念として整理し、米国に『黙れ』といえるだけの自信がないことだ」

 同盟国に対して「黙れ」と言うのはあまり紳士的ではないが、理路整然と、しかも独善的にならずに、アメリカ的消費社会の問題点を指摘する政治家は、確かに日本にはあまりいない。しかし、「経済発展のために好ましくない」としてアメリカが“蹴った”地球温暖化防止のための「京都議定書」を、日本が批准したことは一つの明確なメッセージではないだろうか。「21世紀の今、従来型の経済成長よりも優先すべきことが世界にはある」というメッセージだ。これが決して日本の独善でないことは、EU諸国も同議定書を批准している点から見て明らかだ。

 同議定書批准以後、日本の新聞各紙には、従来にも増して環境対策関連の話題が取り上げられるようになった気がする:

○建設廃材の分別と再資源化を義務づける建設リサイクル法が施行。(6月8日『岩手日報』)

○市民が参加して、失われた自然を回復させる自然再生型公共事業への関心が深まり、国会で法制化の動きが出ている。(6月10日『朝日』)

○北海道、東北などで風力発電事業がゆっくり拡大。(6月11日『産経』)

○日本経団連が環境税の導入に関して、「検討も反対」から「幅広い調査、研究が必要」に態度を転換。(6月11日『朝日』)

○大手スーパー西友は、企業内環境税の9月導入を発表。(6月12日『朝日』)

○鉄鋼大手NKKと大手ゼネコン3社は、廃プラスチックを建設等の型枠に再生する事業を9月から始めると発表。(6月12日『朝日』)

○中央環境審議会の地球温暖化対策税制専門委員会は、揮発油税、石油税、電源開発税などの特定財源を温暖化対策に充てる「税のグリーン化」を提言する中間報告案をまとめた。(6月14日『産経』)

○アイスランドでは、化石燃料から水素と地熱へのエネルギー転換を目指した世界初の実験が始まる。(6月19日『朝日』)

○石油連盟の岡部敬一郎会長が、環境省の環境税早期導入構想を批判。(6月20日『産経』)

○政府は今夏、北海道をモデル地区として燃料電池普及の実証試験を始める。(6月19日『朝日』)

○平成13年度の新車販売台数(軽自動車を除く)では、低燃費・低排出ガスの低公害車が、国土交通省の当初予測の約2倍となる154万台販売され、それが全体の39%を占めた。(6月19日『産経』)

○環境省の「産業廃棄物行政に関する懇談会」は、産廃税の導入支持を国として初めて明確に打ち出した。(6月20日『産経』)

○経済産業省は、民間との共同出資により海外での温室効果ガス削減を行う事業支援方針を発表。(6月21日『産経』)

 上記は新聞記者が取り上げた目立った例で、一般の国民の間には、目立たないが、継続した環境意識の盛り上がりがあることは否定できない。その一つが、私も一部“加担”している「田舎暮らし」の流行ではないだろうか。便利だが、殺伐とした都会生活に別れを告げて、不便で苦労は多くても、豊かな自然と接することのできる田舎生活への“Uターン”や“Iターン”を奨励する本や雑誌は、書店に溢れている。賛否両論はあるが、「エコ・ツーリズム」という新しい産業も生まれている。工業型の「大規模・大量生産」の農業を拒否し、消費者と直結した無農薬・低農薬農業も地についてきた。ガーデニング・ブームも、一向に終りそうもない。これらの動きは、従来型の「経済成長」に直ちに結びつかないかもしれないが、21世紀の日本人が目指す“新たな価値”の方向を示していると思うし、地球環境保全の要請とも大きく矛盾しているとは思えない。

 昨日は、休日の木曜日を利用して妻と2人でまた大泉村へ行ったが、昼食のため初めて訪れたレストランの天井を見て驚いた。黄、緑、桃、橙など色とりどりのドライフラワーが、天井板も見えないほど一面に下がっていたからである。店の女主人が忙しく立ち働いていて、「今、教室が終ったところですから、少し待ってくださいね」と言う。何の教室かと思ったら、ドライフラワーやドライハーブを利用してリースやポプリ、サシェ、ピローなどを作る教室だった。その材料が天井を覆っているのである。もう一つ驚いたのは、室内に漂う芳香だった。部屋がハーブでいっぱいなので当然だが、目に見えないが、部厚い香りの絨毯が敷かれているようだった。

 その女主人が、料理を出す前に、テーブルの上に置いてある長さ20センチぐらいの、細長い、ドライフラワーの“飾り”のようなものを示して「今日はラヴェンダー・スティックを作りました」と言った。そして、リボンで編んだその“胴”の部分を手で握り、香りが出ると教えてくれた。さらに、その作り方を簡単に講釈してから台所へ入った。我々2人は、目の前のものを握ったり、鼻をつけたりしながら、しきりに感心していた。妻の心の中で何が起こっていたか私は知らないが、私が感心したのは、女主人の口から出た「ムダなものは何もない」という言葉だった。

 ラヴェンダーは、東京の家に妻の丹精したものが植木鉢で2種類あった。そのうち1種を去年の秋、山荘に持ち込み地植えした。それが今や高さ1メートルほどの株に育って芳香を放っている。そのうち何本かを切ってワインの空き瓶に刺し、室内でも容姿と香りを楽しんでいた。しかし、枯れてしまえばもう終りだと思っていた。ところが目の前のものは、「そうではない」と語っている。可憐な室内装飾品となり、その香りは1年後も変わらないという。ラヴェンダー・スティックの“胴”の部分には、花だけでなく、葉も巻き込んであるから、土から上の部分は、文字通り「ムダなものは何もない」のである。

 ラヴェンダー・スティックは「ラヴェンダー・バンドル」とも言うらしい。普通は11本の花のついた茎から1個を作るが、この「11」の倍数を使った大型のものを「ラヴェンダー・バスケット」と女主人は呼んでいた。この店では、こういう製品やドライフラワー等を販売しているから、日本経済の発展に貢献しているのだが、もし我々が自分でこれを作り、室内装飾などに利用したらどうなるか。コストはほとんどゼロであり、売上もゼロだから、国民総生産の統計には上がってこない。しかし、我々が「新たな価値」を付け加えなかったとは決して言えまい。

 大体、ラヴェンダーが生育していること自体が恩恵を生んでいる。人間にだけでなく、虫にも土壌にも恩恵がある。それを加工して装飾品を作り上げることが、都会の映画館へ行った時よりも人の心に満足感を与えるならば、その価値が経済統計に表れないという現在の経済学の方がおかしいのである。ついでに言えば、この創造活動によって生じる廃棄物も、ほとんどゼロである。“田舎暮らし”の価値は、そういう意味で今の景気指標にはとらえられない多くのものを含んでいると私は思う。(谷口 雅宣)

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2002年5月14日 (火)

口蹄疫とワールドカップ

 5月初めにあった生長の家組織の全国大会とその後の原稿執筆等で“小閑”を見つけることができなかったが、この10日前後の間でも、世の中には実にいろいろなことが起こる。サッカーのワールドカップが目前にある中、その背後で不吉な疫病が広がりつつあるのを読者はご存知だろうか。日本の新聞では1段組のベタ記事でしか扱われていないようだが、今日付の『ヘラルド朝日』紙は、ソウル発のAFP通信の記事を大きく取り上げて、韓国では口蹄疫に感染した疑いのあるブタを13日までに4万頭以上殺したことを伝えている。

 口蹄疫のことは昨年、本欄でも何回か取り上げたが(例えば、3月14日)、その発生はイギリスやフランスなどのEU諸国だった。しかし今回は、隣国の韓国であり、しかもワールドカップの開催で、世界中の人々が日本と韓国の間を行き来する時期に発生している点が、気になって仕方がない。

 口蹄疫は、主として哺乳動物の偶蹄類(牛、水牛、ブタ、ヒツジ、ヤギなど)に感染するウイルス性の急性熱性伝染病だ。昨年は、2月半ばごろからイギリスに広がった。感染力はきわめて強く、土や干し草、人間の衣服などに付着して運ばれるから、車のタイヤや人間の靴についた土からも感染する。さらに、風によって運ばれて感染することもある。感染した動物は、口や蹄や乳房付近の皮膚や粘膜に水泡ができ、この水泡や乳汁、糞尿の中に大量のウイルスが排出される。また、肉や臓器などにも大量のウイルスを含む。だから、群の中に一頭でも症状が出た家畜が発見されれば、群全体を殺して感染が広がるのを防ぎ、さらに他の動物や人、車の移動を制限しなければならない。昨年のイギリスの場合、感染地近くでは、スポーツ大会など人の集まる行事は中止されたのだ。

 今年は5月3日、韓国の農林省がソウル市郊外の農場で口蹄疫に感染した疑いのあるブタを発見、翌日の検査で感染が確認されたため、日本の農水省は同日付で韓国産の偶蹄類とその肉、肉製品の輸入を禁止した。その後口蹄疫は、12日までにソウル市の南80kmにある京畿道安城市や、さらに南方の忠清北道鎮川郡など計8ヵ所に飛び火し、この日までに感染の恐れがあるブタや牛が計5万5000頭殺されている。このために数百人の兵士が動員され、安城市近郊ではさらに6万~9万頭の動物が殺処分の対象となっているという。これは、感染地から半径3km以内で飼われているすべてのブタや牛を殺すためだ。また、安城市から半径10km以内では、人や動物の移動は厳しく制限されており、国内に106ある家畜市場のうち77ヵ所が閉鎖されている。

 イギリスの科学誌『<A href="http://www.newscientist.com/news/print.jsp?id=ns99992263">ニュー・サイエンティスト</A>』もこの問題を5月8日付で取り上げており、ワールドカップ開催によって何十万人もの人が国際移動することで、「その中の何人かはウイルスを自国へもち帰ったり、共同開催国の日本へ運んだりする可能性が恐れられている」と書いている。特に同誌が指摘しているのは、今回の口蹄疫はイギリスの場合と違い、ブタによって感染していることで、「ブタは羊や牛の100倍ものウイルスを吐き出す」ということ、また今回初めて感染が発見されたのは安城市だが、そこからすぐ仁川市に感染が広がったのは「風に運ばれて感染したことを暗示している」ことだ。なぜなら、両市間の距離は25kmあり、人や動物の移動制限域外にあったのに感染が起こったからだ。仁川市は、今回のワールドカップの会場の一つから30kmしか離れていない。

 試合開始まであと2週間のうちに、韓国政府がどれだけの対策を講じ、どれだけそれが効果を生むかが注目される。最悪の場合(もちろん、そうあってほしくないが)、日韓両政府は「畜産業への被害」か「試合中止」かのいずれかを選ばねばならなくなるかもしれない。

 ところで前にも書いたことが、口蹄疫は人に感染しないだけでなく、動物の“死病”でもない。ではなぜ、このような大量の“殺処分”が行われるかというと、感染した動物は「畜産品」として経済的価値を失うからである。しかも感染力がきわめて強いので、「感染範囲内のすべての動物を早く殺す」ことで感染の拡大を防ごうというのである。つまり、動物の命を人間の都合からだけ見るから、大量殺戮の必要性が生じるのだ。現代文明の大いなる矛盾を示してはいないだろうか。   (谷口 雅宣)

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2002年3月25日 (月)

地球温暖化は進んでいる

 このところの異常気象を、読者はどう感じているだろうか? 昨年の今ごろの本欄では「3月はライオンに始まり子羊で終る」というイギリスの諺を紹介して、日本の気候と似ているという話を書いた。つまり、3月は獅子が暴れるような荒い気候で始まって、穏やかな温かさの到来で終るということで、これなら、日本とそう変わらないと書いたのだった。しかし、今年はそれが逆立ちしているように思う。3月も下旬に入った春分の日の21日に、日本中は強風に見舞われ、カラカラ天気が続いていた各地では砂ぼこりで空が曇るほどだった。だから、平年より15日早く、観測史上では最も早くサクラが満開になった東京をはじめ、各地で花見をしていた人々は散々な目にあった。私はその日、家族4人で多磨霊園へ行ったが、墓参を終って霊園内の満開のサクラを楽しもうと思ったが、目が痛くてとてもそんな余裕はなかった。

 気象庁によると、この日はまた、中国大陸で発生した黄砂が日本に運ばれ、広島、山口、福岡、長崎など西日本各地に降ったという。この「黄砂」の現象は20日に、中国北部からモンゴルにかけての広い範囲で起こり、激しい砂嵐によって北京では視界が一時200メートル以下になり、被害の範囲や砂塵の濃度はほぼ10年ぶりの規模だったという。黄砂の発生はもちろん、モンゴルあたりの砂漠の黄土が巻き上げられることが大きな原因だが、経済発展にともなって、中国内陸部で大規模な森林伐採が行われていることとも関係が深い。新たに砂漠化した土地の砂が舞い上がって、日本海を越えてやってくるのだ。

 本欄の読者が教えてくれたのだが、翌22日の朝は、北海道の小樽で黄粉をまぶしたような雪が降ったそうだ。ちょうど出勤時間の頃、あたり一面がセピア色に染まって、朝なのに夕陽を浴びたような景色になったという。その“黄粉色の雪”の量は半端なものでなく、同市内を走る車は皆、全身から黄色い泥の汗を流したようになったので、市内のガソリン・スタンドはこの日、一日中、洗車を待つ車の列が続いたそうだ。

「野菜の値段が暴落」という記事も最近読んだ。3月初めの気温が異常に暖かだったので、葉物野菜を中心に成長が良好で、供給が需要を上回ったことが原因だ。こうなると農家では、価格の下落を防ぐために、せっかく育った作物を大量に廃棄するそうだ。アフガニスタンの人々はどう感じるか、などとつい思ってしまう。私の家では、野菜等の食料品は自然・有機栽培志向の宅配会社と契約しているが、この会社は、そういう“豊作貧乏”の問題を軽減するために「豊作くん」という商品を扱っている。これは、消費者が「豊作くん」の注文を登録しておくと、その時、会社と契約している農家で多く穫れ、注文を上回って入荷した野菜を配達してくれる制度だ。こうすれば、予め決めてある値段(1口上限150円)で消費者がそれを買うから、農家の側も損をして出荷する必要がなくなる。消費者は、野菜を必ずしも安く入手できないが、生産者保護と無駄の削減に貢献することができる。例えば、わが家に21日に届いた「豊作くん」はキャベツ1個で、これは150円だった。同じ時に、妻はキャベツを別に1個注文してあったが、これは「豊作くん」のキャベツよりやや大きく、250円だった。

 この“異常陽気”については、22日付の『朝日新聞』夕刊が、気象庁の言葉を引いて「9年ぶりの全国的暖冬」の影響と伝えたが、その原因については北極圏上空の寒気の渦の動きである「北極振動」、冬季にも最低気温が下がらない「熱帯化」、そして大気中の二酸化炭素等の濃度上昇による「温室効果」の3つを挙げていた。北極のことに触れたので、ついでにその反対側の南極の変化について言えば、NASA(米航空宇宙局)の最近の発表により、南極大陸にある最大級の棚氷「ラーセンB」が、今年の1月からたった1ヶ月のうちに大崩壊したことが分かった。原因の一つに、夏(南極の1月は夏!)の異常な暑さが指摘されている。この棚氷は、約1万2千年前にできたものと考えられており、氷の厚さは約200メートル、面積は実に3,250平方キロメートルに及ぶ。この広さは、東京都や神奈川県、佐賀県よりやや広く、埼玉県や奈良県よりやや狭い。ただ、それによる世界的な海面の上昇はないという。

 海面上昇については、やはり3月22日付の『ヘラルド朝日』紙が“水の都ベニス”のことを取り上げている。この町では、すでに20世紀末には階段1段分水位が上がったという。だから、潮位が上がる明け方には、人々は以前より早く起きて家から水をかき出さねばならないそうだ。同市で最も低地にある聖マルコ広場は昨年、90回以上水を被った。同じ場所が、1920年代の10年間で浸水した回数は60回未満というから、海面上昇の程度が想像できる。科学者の予測によると、地球温暖化がこのまま進行すれば、今世紀中に海面は最大であと階段5段分(90cm)上昇することになるから、ベニスの住人は他へ移動しなければならないかもしれない。それを未然に防ごうと、同市入口の3ヵ所の水路に79個の巨大な鉄製の堤防を設置する案が出ているが、それを実行するためには23億ドルもかかる点が問題になっている。同じことは、遅かれ早かれ、地球上の海抜の低い都市すべてに当てはまってくる。アメリカではニューヨーク、マイアミ、インドはカルカッタ、バングラデッシュのダッカ、オランダのアムステルダム、ハーグ、ロッテルダム等に住む人々にとって、温暖化はだから深刻な問題なのだ。そして、さらに深刻なのは小さい島国の人々だ。例えば、南太平洋のツヴァル諸島は、最初に海面下に沈む国の一つだと言われていて、1万1千人の国民のニュージーランドへの移住が、すでに始まっているという。

 わが国では3月19日に、京都議定書批准に向けた政府の「地球温暖化対策推進大綱」が決定されたが、その内容は“かけ声”が主体で、税制を伴うような実質的な計画とは言えないようだ。特に今後、二酸化炭素の排出を増やさないように、10年間で10~13基の原発の建設を考えている点など現実的でない。また、民生分野の温室効果ガスの排出を現状から2割ほど減らすために、国民に求める日常的取り組みも発表した。しかし、そのほとんどはすでに言い古されたことであり、私など実行ずみのものが多い。これに加えて、排出量世界一のアメリカが京都議定書不参加の姿勢を崩さないことなどを考えてみると、地球温暖化が今後も進行していくことを人類はしばらく阻止できないと思う。阻止できるとしたら、それは、温暖化の影響による地球規模の被害がさらに深刻化し、物質主義的な生活向上を人々がいくら求めても、温暖化から来る被害によって向上分が帳消しになってしまうような事態が到来してからかもしれない。そうならないように、人々の意識をもっと高めることも光明化運動の役割の一つではないかと思う。   (谷口 雅宣) 

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2001年11月13日 (火)

京都議定書を応援しよう

 世界最大のエネルギー消費国・アメリカが参加を拒否したため存続が危ぶまれていた、地球温暖化防止のための京都議定書の運用ルールで参加国間の合意が成立し、いよいよ条約発効にむけて国際的機運が高まってきたことは喜ばしいことだ。小泉首相を本部長とする政府の地球温暖化対策推進本部は、12日に条約の批准を来年に行う方針を決め、次期通常国会で批准承認を求めるという。しかし、条約で義務づけられた温室効果ガス削減の目標達成は容易ではない。日本は、2008年から2012年の5年間で、温室効果ガスの排出量を1990年の時点に比べ、平均で6%減らさなければならない。現状は、二酸化炭素を例にとると、99年度の産業部門の排出量が90年度比で0.8%増えており、民生部門は17%増で、運輸部門にいたっては23%も超過している。これをあと数年で90年のレベルにもどし、さらにそこから6%削減することが2008年までに求められているのだ。

 産業部門のこれまでの努力は特筆に価するが、議定書批准に反対などせずに今後も努力を続けてほしい。問題は、我々一般人のエネルギーの浪費だと思う。我々は「民生」と「運輸」の分野でもっと本腰を入れて省エネ、省資源、再利用可能な新エネルギーの利用を推進しなければならない。本欄でも、私の生活上の“ケチケチ作戦”をいくつか紹介してきたが、今後も読者の皆さんのお知恵を拝借しながら、この地球規模の問題解決に積極的に参加したいと考えている。生長の家も環境方針を策定し、太陽光発電の導入やISO14001の取得を全国的に展開しつつあることは心強い。

 最近、私が時々公用で使わせてもらっている生長の家本部の公用2号車を更新していただいた。2,000ccのニッサン・セドリック・ブロアムの走行距離が7万キロとなり、車検切れが近づいたからだ。車種選定のとき意見を求められたので、低公害車4種の中から最も燃費のいい車種を希望した。それが結局、トヨタのプリウス(1,500cc)ということになった。データを比べていただきたい:

   車 種 名             燃費消費率      希望小売価格
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 トヨタ クラウン マイルドハイブリッド     13.0 km/l     \ 3,970,000
 トヨタ プリウス               29.0          2,180,000
 ニッサン ブルーバード シルフィ       16.0            1,844,000
 ニッサンセドリック改造天然ガス車   (10.3 km/Nm3)     6,030,000
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 別にトヨタをひいきしているわけではないが、数値で比べると現在、燃費の良さでこの車と並ぶような性能のものは他社にない。燃料電池車はまだ開発途上であり、インフラも整っていない。というわけで、先日、導入していただいたハイブリッド車に乗せてもらった。この車種に乗るのは初めてではないが、やはり低速走行時の(電気自動車としての)静かさはいい。信号待ちの時は、エンストしてしまったのかと錯覚する。車内の広さは、このクラスの乗用車としてはゆったりとしており、問題はない。いつかぜひ、ハンドルを握ってみたいと思っている。

(谷口 雅宣) 

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2001年11月11日 (日)

ゴイサギ

 11月5日の本欄で、わが家の庭に“怪鳥”が飛来した話を書いたら、添付した写真を見た読者から「それはゴイサギではないか」との情報をいただいた。一人は福島県の主婦の方で、日本野鳥の会会員であるご主人がそうおっしゃたということを、このウェッブサイトの掲示板に書き込んで下さった。その後、ご主人自身も「2羽はたぶんつがいの若鳥だと思います」と書き込まれ、さらに詳しい説明をして下さった。もう一人は、大阪・茨木市にお住まいの65歳の女性で、ご本人が同会の会員であり、「断定はできませんが ゴイサギではないかと思いました。ゴイサギは嘴から尾まで58cm位です。夜に活動するようです。1年、2年、3年目と羽の色はかわっていきます。止まってる姿はおばあさんが座ってる姿に似にてるなーと思ったことがあります」と教えて下さった。

 この鳥のことを母にも話したら、母はゴイサギのことを知っていて、「明治神宮の内苑の池にもいたし、新宿御苑でも見たことがある」と言う。明治神宮とわが家とは、鳥にとっては目と鼻の距離にあるし、新宿御苑は家から2~3キロしか離れていない。「ちょっとお散歩」という感じで、わが家を訪れたのかもしれない。

 ゴイサギは「五位鷺」と書く。言い伝えによると昔、醍醐天皇がこのサギを捕まえるよう命じた時、少しも逃げずにすぐつかまったので、鳥が勅命に従ったと心を動かされ、「五位」の位を賜ったという。真偽のほどは定かでない。しかし、この話からも、人間をあまり警戒しないところがあることが分かる。私が見つけた時も、閂の入る大門をガラガラと開け、ヘッドライトを点けた車で近づいても飛んで行かなかった。むしろ人間の方が驚いたのだった。百科事典の説明では、主として夜間に活動し、昼間は繁殖期以外は人家近くの薄暗い森に潜んでいて、暗くなると水田や小川に現われて魚やカエル、ザリガニなどを食べるという。夜空を「クワッ、クワッ」と鳴きながら飛ぶので「夜ガラス」の名があるという。わが家のヒキガエルは、ネコも近づかないので、天敵はまずいないと思っていたが、この時、もしかしたら2~3匹この鳥に食べられたかもしれない。

 ゴイサギの成鳥は、頭と背が緑黒色で、翼と腰と尾は灰色、後ろ頭に数本の白い冠羽がある。しかし、幼鳥の時は羽の色がまったく異なり、背中が暗褐色で淡い黄褐色の斑点があるらしい。この状態の時を「ホシゴイ」と呼ぶらしい。図鑑に載っていた幼鳥をモデルにして、絵に描いてみた。

(谷口 雅宣)

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2001年9月30日 (日)

風が吹けば……

「風が吹けば桶屋がもうかる」という諺は、何か事が起こると、めぐりめぐって意外なところに影響が及ぶことの喩えであるが、私が子供の頃、最初にこの話を聞いた時は、ありそうもない因果関係を結びつけてずいぶん強引に作り上げた話だと思った。しかし、昔の人はなかなか洞察力があったのだ、と今朝の『長崎新聞』を読んで思い直した。

 今日は生長の家の講習会で長崎県に来ているが、本欄でもかつて取り上げた有明海の養殖ノリのことが、その新聞に出ていた。この問題では、今年1月に有明海に赤潮が発生してノリが不作になったため、長崎県の行っている諫早湾干拓事業の影響だという地元漁民が、約300隻の漁船を動員して海上デモを行う騒ぎになった。赤潮発生について、この時は、こういう説明が行われた--干拓によって潮流が緩やかになると、酸素の多い上層部の海水と酸素の少ない下層部の海水が混ざり合わなくなる。酸素の少ない下層部では、やがて海底の泥から溶け出す窒素やリンの量が増加して「富栄養化」状態になり、これがプランクトン増殖につながる。つまり、干拓による潮流の速度の減少が原因とされた。

 ところが、今日の記事では、干拓ではなく、北風が弱まったことで潮流の速度が減少し、それが有明海の「富栄養化」につながった可能性があるというのである。つまり、「風が弱まればノリが不作になる」という関係だから、逆に言えば「風が吹けば漁民がもうかる」ことになる。その北風がどの程度弱まったかというと、1991年の平均速度が秒速0.6メートルだったのに、この10年間でそれが秒速0.15メートルほど遅くなったそうだ。1秒間に60センチ進んだ風が、1秒間に45センチしか進まなくなったというのである。それによって有明海の海水の上層部の水流が弱まり、外海から入ってくる下層水との入れ替わりが悪くなったので、赤潮の発生につながった可能性があるという。わずかな風速の変化で、ずいぶん大きな影響が地元経済に出るものだと驚いた。

 しかし、風は我々の生活に大いに影響を与えていることは、事実である。別の記事では、屋久島にしか生えない木が、昨今の酸性雨の影響で立ち枯れが目立っていることを伝えていた。酸性雨は、中国大陸から風が運んでくる酸化物が、雨とともに地上に降ってくるものだ。このおかげで、日本の自然は大きな影響を受けている。また、九州や中国地方には「黄砂」も風に乗って大陸からやってくる。皆、すべてが影響し合っていることを示している。今回泊まったホテルも、長崎の文物が外国の影響を大いに受けていることを示すように、異国情緒いっぱいの建物だった。

(谷口 雅宣)

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