2001年6月29日 (金)

ヒトデは人でなし?

 生態学者の栗原康氏の『エコロジーとテクノロジー』(岩波書店刊)というエッセイ集に、ヒトデの生態学上の価値について興味ある実験結果が紹介してあった。ヒトデには、赤ちゃんの手のような形のものもあるので、一見“かわいい”と思う人がいるかもしれないが、貪欲な肉食の動物で、漁業関係者の間ではその食害が恐れられている。かつて東京湾に大発生した時は養殖のアサリに大被害を与え、北海道のホタテやアワビの漁場を荒らしたり、サンゴのポリープ(サンゴ虫)を食べて各地のサンゴ礁に被害を与える。だから、ヒトデは明らかな“海のならず者”のように思われてきた。

 読者は海岸で釣りや潮干狩りをした時、岩礁にしっかり固着した小さい貝類などの数の多さに驚いたことがあると思うが、この岩礁固着型の生物群は、一連の食物連鎖を構成しているそうだ。栗原氏によると「ヒトデはフジツボ・ムラサキガイ・ヒザラガイ・カサガイ・イボニシなどを捕食し、イボニシはムラサキガイやフジツボを捕食する。そしてムラサキガイやフジツボは海水中のプランクトンなどの粒状有機物を、ヒザラガイやカサガイは岩礁の付着藻類を、それぞれよく食べる」という。そこで、あるアメリカの生態学者は、ここでいちばん貪欲なヒトデを、ある海域の岩礁からすべて排除して、岩礁の生態系がどのように変化するかを1年以上かけて調べてみたという。

 どうなったかを知る前に、読者は少し頭で考えてみてほしい。海岸の岩礁から最強の捕食者のヒトデを取り去る。すると、弱い生物たちは安心して繁栄し、生態系は豊かになるだろうか? それとも……以下は、栗原氏の本からの引用である--「ヒトデを除去すると3ヵ月たったところでフジツボが増え、その捕食者のイボニシも急増した。1年後には今度はムラサキガイが岩場をほとんど占めるようになり、付着藻類は岩表面のスペースを利用できなくなって激減した。こうなると付着藻類の捕食者であるヒザラガイやカサガイも消失した。またヒトデと直接に捕食・被食関係にないカイメンやイソギンチャクも姿を消し、岩礁の固着生物群は極端に単純な群集に変化してしまった」(pp.126-127)

 “海のならず者”も生態系の中では重要な役割を担っているのだ。言い換えると、食物連鎖の上位にある生物も、自然界の生物多様性の維持に貢献しているのだ。こういう視点から考えると、北海道のシカの食害防止にハンターを繰り出したり、アメリカの自然公園にオオカミを放ったりすることの意味がよく分かる。最近は、皇居の森でオオタカの巣が発見されたので、私はカラスの過剰繁殖にブレーキがかかることを期待している。しかし、地上最強の捕食者・人間の繁殖は、どういう結果をもたらすだろう? それとも、我々を捕食する何かが、本当は必要なのか?

(谷口 雅宣)

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