寅さん埴輪
今日の『朝日新聞』に面白い記事が載っていた。東京・葛飾の柴又八幡神社境内にある、6世紀後半に築かれたという古墳から、山田洋次監督作品の人気映画『男はつらいよ』の主人公「寅さん」によく似た顔の、帽子を被った人間の埴輪が出土したというのだ。しかも、それが見つかったのが、俳優の渥美清氏の命日である8月4日だったという。この記事には、さらに“おまけ”がついていて、奈良時代の柴又には「とら」という名前の男性が実際にいただけでなく、「さくら」という名前の女性もいたというから驚いた。記事についている写真には、その埴輪が大写しになっていて、「発掘された『寅さん』そっくりの埴輪」という説明もついている。
その写真を一見すると、なるほど渥美清氏にそっくりに見えてくる。1300年も前の葛飾・柴又に「とら」や「さくら」という名前の人間が住んでいただけでなく、当時の人がシルクハットのような帽子を被っていたと考えると、『男はつらいよ』を作った山田洋次氏は、何か超能力のようなものをもっていて、奈良時代まで時間を溯ってこの作品をイメージした--などと、とんでもない妄想を抱きそうになる。「しかし待てよ……」と私の猜疑心がブレーキをかけた。
記事をよく読むと、シルクハット型の帽子をかぶった埴輪は北関東ではよく出土するという。また奈良時代の「とら」や「さくら」は、それぞれ「刀良」「佐久良売」という漢字で表記されているから、現代の作品と同じ名前とは言えない。さらに、「寅さんそっくり」とされている埴輪の顔をまじまじと眺めてみると、渥美氏の「あごが張っていて四角い顔」と似ていると言えば言えないことはないが、しかし、別の人にも似ている。例えば、私の脳裏に浮かんだのは、生長の家本部の講師部に所属するある男性職員だ。彼の顔は卵型なのだが、眉と目が近接しているところや、鼻筋が通っているところは、渥美氏にはない特徴ではないか、などと思えてくる。
つまり、この種の記事は「事実の報道」というよりは、「記者の観点に合致する事実を集めた」記事だ。だから、「事実に反することは書いてない」と言えばその通りだろうが、その「事実」の選択の仕方、並べ方の中に“創作的”な配慮がある。それを読んだ読者は一種の“不思議の世界”に引き込まれるが、この“世界”は必ずしも実在するのではなく、記者(あるいは取材源)によって作られた創作である。この創作の内容は、今回の場合は罪のないものだから、笑ってすませばいい。しかし、これと同じ方法で“イスラム過激派”や、その他の政治問題の報道が行われていないかと考えると、私には今日、その可能性を否定する自信がないのである。
(谷口 雅宣)
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