2001年11月30日 (金)

タバコをやめよう

 史上で初めて、健康に関して国家間で本格的な取り決めを結ぼうとする「タバコ規制枠組み条約」の第3回政府間交渉が、28日にジュネーブで終了した。世界保健機関(WHO)加盟の191ヶ国が集まって論点の整理を進めた結果、タバコの自動販売機設置を原則的に禁止する方向で意見が集約しつつある、と昨日の『朝日新聞』夕刊が伝えていた。“タバコ推進派”の勢力が強く、自販機が野放し状態の日本は、「禁止」ではなく「制限」にとどめようと主張しているらしいが、アメリカも条件付きで「禁止」を支持したので、苦しい立場に立たされているそうだ。日本ではタバコの「広告」もほとんど野放し状態だが、この交渉ではこれを「禁止」するか「適切な制限」を加える方向でまとまりつつあるという。わが国は、この分野でもまだ意識が遅れているようだ。

 その中で、日本医師会が“タバコ有害論”を唱えるようになったことは、当然のことながら喜ばしい。また、タバコ増税が検討されている点は評価したい。一説では現在、タバコからの税収が年間約2兆円なのに対し、タバコ関連の医療費を含む社会全体の損失は約3兆2千億円という。つまり、タバコの販売によって、一部企業は儲かっていても日本国民全体は損失を被っているわけだ。公共の場での禁煙措置は、鉄道の四分の三が禁煙車両で航空機は全面禁煙になるなど広がっているが、そのあおりを食ったためか、駅から出て歩く人々が一斉にタバコに火をつけて歩行喫煙をする姿を、私は毎朝目にしている。そして当然のごとく、吸った残りを路上に捨てる。東京・渋谷区の「ポイ捨て禁止条例」など全く無視されている。

 私は、大学時代からタバコを吸いだした。動機は得に意識しなかった。周囲の人間が吸っているので「ああ、そうか」と思って「セブンスター」を吸い始めた。当時それが人気で、私としてもデザインが気に入ったからだった。しかし、今考えてみると、この「何となく吸いだす」というのが問題だと思う。この行動は「理由がない」のではなく、「理由を意識できない」のである。当時私が好きだった男性俳優のほとんどすべてが、映画の中でタバコを吸った。それが「カッコイイ」ことだと、若い私のナイーブな潜在意識は信じきっていた。また「タバコは大人の証拠」という古い観念にも染まっていた。小説にも漫画にも広告にも、タバコの吸殻をカッコヨク捨てる様子が描かれていた。さらには、「タバコを吸えば太らない」などいう間違った情報が若者の間に流布していた。つまり、カッコシイと無知から吸い始めるのであり、このことは今日の若者も同じだろう。

 だから、今日の大人は、自分の知ったことを若者に教えねばならない。自分の犯した過ちを「オレもやったからいいや」と思わずに、「オレがやって間違っていたからだめだ」と言えるのは、大人しかいない。そういう意味で、和歌山県教育委員会が来年4月から、県内すべての公立小中高校の敷地内での禁煙を決定したことは、正しい判断だと思う。小関洋治・県教育長は「未成年の喫煙は中高生から小学生まで広がっている。従来の分煙では周囲の人の受動喫煙は防げない。禁煙は教育の最重点事項で、教育効果も極めて大きい」と述べたという。教育者でなくとも、同じメッセージは伝えられる。旧ビートルズで最年少のジョージ・ハリソンが29日、喉頭ガンで亡くなった。58歳の死は早すぎるが、彼はヘビースモーカーだった。(谷口 雅宣)

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2001年11月18日 (日)

母 親 の 力

 4月20日の本欄で、保育園など親のいない環境での生活が長い子供たちは、幼稚園に入る年齢までに、親に育てられた子供たちよりも、攻撃的で、反抗的になりやすいとの研究結果を紹介した。これは、1,300人の子供を対象にした心理学的調査によって分かったことだが、このほど脳神経科学の分野の研究からも、母親が面倒をあまり見ない子供は、脳の発達が正常に行われない可能性が浮かび上がってきた。マウスを使った実験で確認されたことだが、人間の脳の発達もこれに準じるだろうと専門家は考えている。イギリスの科学雑誌『New Scientist』のニュース・サービスが11月15日付で伝えたもの。

 それによると、ロックフェラー大学のブルース・マッキウエン博士(Bruce McKewen)の研究チームは、普通マウスが母親のケアを受ける生後7日の間、毎日3時間ずつ親から離す実験をした。その後、子供のマウスの3万の遺伝子を調べ、脳の2つの領域での遺伝子発現の変化を探した。すると、脳内の神経細胞を新しくつなげる活動に関係する遺伝子の発現の仕方が、通常のマウスに比べ変化していることが分かった。カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校のウエイン・ブレイク博士(Wayne Brake)は、「これは、実験に使ったマウスの脳が通常と違った発達をしていること、恐らく神経細胞が違うつながり方をしていることを示している」と述べている。また、遺伝子の発現の変化は、ドーパミン系の発達に関連した遺伝子でも観察された。ドーパミン系の過剰反応は精神分裂病と関係があり、過少反応は鬱病と関係していると言われる。

 難しい専門用語が並んでいるので分かりにくいと思うが、要するに、生まれた時から母親の愛情を十分に受けて育ったなかったネズミは、普通のネズミと頭の構造が違ってくるということであり、恐らく人間の子供の脳についても、これと同じメカニズムが働く可能性があり、その場合、子供は精神分裂病や鬱病を発症する可能性も考えられるということだ。母親の子に対する影響力はそれだけ大きいのだから、特に子が幼い間は、テレビを子守り代わりに使ったり、子を保育園に放置しておくことは避けた方がいいのだと思う。

 今日は高崎市で生長の家の講習会が開催されたが、終了後に市内の白衣観音(通称、高崎観音)に寄った。「観音さま」と言うと、普通「慈母観音」とか「子育て観音」のような「母」ないし「女性」の象徴のように思われるが、この観音像の顔を正面から見ると、全体の姿形とは別に、なぜか男性的な印象を受けた。口元はしっかり引き締まり、目元には凛とした威厳がある。こういう強い意志と信念をもって、しっかりと子育てをすることが、現代の若いお母さん方には求めれらているのではないかと思った。

(谷口 雅宣)

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2001年10月16日 (火)

心で赤ちゃんを招ぶ

 「赤ちゃんを与えて」という祈りが、実際に効果があるという実験結果が出た。『Journal of Reproductive Medicine』(生殖医学)という権威ある医学誌(今年9月号)に掲載された実験だから、科学的にきちんとしたものに違いない。祈りの効果を科学的に検証する試みは、過去に何回も行われているが、この実験によってさらに「祈りは効く」ことが確認されたと言えるだろう。ただし、「なぜ」「どうやって」人間の心が妊娠に結びつくのかなど、祈りがきくメカニズムは全く分かっていない。

 実験の舞台は「全世界」と言っていいだろう。祈られる対象となった女性たちは、1998年12月から翌年の3月まで韓国ソウル市のチャ総合病院で不妊治療を受けていた219人。そして、海を越えたアメリカとカナダ、オーストラリアに住むキリスト教信者が、祈る側を担当した。祈る側の人たちには、対象となる韓国の女性(219人の半分)の写真のみが(1回に5人分)渡され、不妊治療が行われていた3週間、それに向かって「この人が確実に妊娠しますように」という直接的な祈りか、あるいは「妊娠の祈りが効きますように」という間接的な祈りを行った。その結果、祈る対象とならなかった女性たちは26%が妊娠したが、祈る対象となった女性たちは50%の妊娠率だったという。このいずれのグループの女性たちも、自分たちが祈られていることは知らなかった。

 実験での不妊治療では人工授精(IVF)の方法が採られ、これによって受精卵ができる確率は、祈られた女性もそうでない女性も似たようなものだったが、受精卵が子宮に着床する率で大きな違いが出た。また、人工授精はホルモン投与などによって多胎妊娠が一般的に増えるが、その率も、祈られた女性たちの方が祈られなかった女性よりも多かったという。この実験を行ったコロンビア大学のロゲリオ・ロボ博士(Rogerio Lobo)らのチームは、「実験前には、祈りに効果などないという結果が出ると思っていた」という。

 しかし、これは無理もないことかもしれない。現在の科学者の支配的な考えでは、人間の心は脳内の電気化学的反応によって生じることになっているから、そのような微弱で微量なエネルギーが太平洋を渡って韓国へ伝わり、ソウル市の病院のコンクリートの壁を越えて、入院している女性の子宮内の受精卵に着床を促すことなど、不可能である。「科学が説明できないことが実際にある」ということを、今回科学が実証したことになる。思うに、皇太子妃の雅子様が無事懐妊されたことにも、多くの日本国民の心が大きく働いていたに違いない。

(谷口 雅宣)

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2001年1月24日 (水)

王冠

 何の変哲もない物が、なぜか驚くほど新鮮で美しく見える時がある。

 それがどんな時かは、人によってまちまちだろう。私の場合、午後、仕事場から抜け出してジョギングをし、体を伸ばしたり腕立て伏せなどをして、全身が解放感に満たされた時、そんなことがある。今日もいつものコースを走り、快い疲労感を味わいながら仕事場へ歩いてもどる途中、明治通りを渡ったところで、道端に落ちているビンの王冠が目についた。
 
 「赤と黒の王冠が二つか……」と思いながらそこを歩き過ぎたが、西日を受けて鮮やかに浮かび上がった二つの小さな円形の金属が、私の脳裏にこびりついていた。「後ろ髪を引かれる」というのだろう、私は10メートルほど行ったところで、踵を返して後戻りし、その二つの王冠を拾った。二つのうち、黒の王冠には、赤と黄で印刷したラベルが貼って在り、その色の組み合わせが何とも新鮮だった。最初、それは薬ビンかドリンック剤のビンの蓋かと思ったが、黄色の部分には「2001 辛口実感キャンペーン」と印刷してあった。ビールビンの王冠だった。

 子供の頃、意味もなく王冠を集めていた記憶がよみがえった。手に持った王冠のギザギザの感触が快く、色とりどりの王冠を集めて、その色を利用してモザイクの絵を作れるかもしれない--などと心が勝手に想像する。目は、歩道の植え込みの下に、もっと別の王冠がないかを探している。そんな子供の心の自由さを取りもどせたとき、周りの景色も人の顔も輝いて見えるのだった。
 
 ところで、この王冠を最初に考案したのは、アメリカ人のウィリアム・ペインターという人で、1892年に特許を取ったという。特許は、王冠とその裏のコルクを合わせた部分で、正式には「王冠コルク(crown cork)」と呼ぶのだそうだ。このネーミングもなかなかいいと思う。
 (谷口 雅宣)

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