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2002年8月16日 (金)

市場外の価値

 6月21日の本欄で、ラヴェンダー・スティックのことを書いたとき、現在の経済統計の取り方を批判してこう書いた−−「大体、ラヴェンダーが生育していること自体が恩恵を生んでいる。人間にだけでなく、虫にも土壌にも恩恵がある。それを加工して装飾品を作り上げることが、都会の映画館へ行った時よりも人の心に満足感を与えるならば、その価値が経済統計に表れないという現在の経済学の方がおかしいのである」。ここでは、ラヴェンダーが育っている土地で、それを使った装飾品や実用品を自分用に制作することが経済統計の中に入らないことへの不満を表しているが、勢いあまって「現在の経済学の方がおかしい」と書いたのは言いすぎだった。

 現在の経済学は、自然環境そのものの価値を数字に表そうとして、いろいろ努力していることを知った。例えば、8月9日発行のアメリカの科学誌『サイエンス』では、メリーランド大学の生態経済学者、ロバート・コスタンザ博士(Robert Costanza)らの研究チームが、人類が動植物の生息地を次々に農地や商用地に転換していくことによって、自然環境が破壊されるという意味だけでなく、最終的には経済的にも損をすることになるという研究結果を発表した。これは、世界中で行われている300の開発プロジェクトを調べた結果だという。

 この研究チームは、気候調整、土壌形成、栄養素の循環、野生種の動植物提供、燃料・繊維類・薬草の供給、そして自然美の提供など、豊かな自然環境が与えてくれる様々な恩恵を経済的価値(ドル値)に換算し、これに「生態系サービス」という名前をつけた。そして、この値と、農地で収穫された作物や森から切り出した材木などの値を比較してみた。すると、自然環境を維持していくことと、そこを開発して農地や商用地に転換することの地球規模での費用対効果の割合は、「少なくとも100対1」であることが分かったという。つまり、開発をすればするほど人類は損をするというのである。

 コスタンザ博士らは、1997年に未開発の地球の自然の価値を「年間平均38兆ドル」であると試算した。これにもとづくと、人類の開発行為によって毎年2500億ドルの「損失」が生まれているという。これは、開発によってもたらされた経済的利益をすべて加えたあとでの損失である。我々は、自分の目に見える範囲のものしか考慮しない“近視眼”的な傾向があるから、古い経済学では自然資本(natural capital)というものを考慮せず、「市場」の動きばかりに注目する傾向があった。しかし、コスタンザ博士は「人間にとって重要なことの多くは、市場の外にあることが分かってきた」と言う。この「市場の外の価値」を我々はもっと大切にしていくべきなのだ。

 「市場の外の価値」と言えば難しく聞こえるが、簡単に言えばそれは「お金で買えないもの」だ。例えば、ラヴェンダー・スティックを自分で作る経験は、お金では買えない。ラヴェンダー・スティック自体は、どこかのお店で買えるだろうが、それを自らの手を動かして作ることは、自分以外にはできないし、これと、店で買うことの間には大きな違いがある。同じように、(本欄でも書いたが)薪を自分で作ることと店で買ってくることの間には、大きな違いがある。弁当を作ることとコンビニで買うことの間にも、大きな違いがある。「自分でする」ことには、金銭で「買う」ことのできない貴重で、掛替えのない経験があると思う。

 我々はとかくそれを「面倒くさい」と考え、金銭を出して他人の作ったものを買ってしまう。それは、その“何か貴重なもの”を捨てることだ。何のためにそうするか。多くは「時間」を得るためである。しかし、それによって得られた時間は、浪費されることが多い。あるいは、さらに時間を買うための“仕事”に費やされる。そんなことを続けていれば、人生は“空回り”してしまうだろう。そうならないように、注意して生きていきたいと思う。 (谷口 雅宣)

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