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2002年7月19日 (金)

エアコンの価値

 「蒸し暑い日本の夏にエアコンは欠かせない」と考えている人々は多いと思う。私もほとんど同感である。ここに「ほとんど」と書いたのには理由がある。なぜなら20世紀初頭には、すべての日本人はそうは考えていなかったからだ。どうしてこう断言できるかというと、日本人ばかりでなく、世界中の人々が当時、エアコンを知らなくてもまともに生きていたからだ。だから、最初の文章をもっと正確に書き直すと、「今日のほとんどの日本人にとって、蒸し暑い夏を乗り切るにはエアコンは欠かせない」という程度のものになるだろう。この日の東京の最高気温は、平年を3.5度も上回る32.7度で、湿度は63%。私は今年初めて、執務室のエアコンにスイッチを入れた。

 地球温暖化問題が深刻さを増してきた昨今では、私は通常、執務室のエアコンを動かさない。その代り、古い扇風機を回す。しかしこの日のように、室内で人と面談する時間が長い場合は、相手に自分の“趣味”を押しつけるのは極力避ける。旧式扇風機とエアコンのどちらの電力消費量が多いかは詳しく調べたことはないが、常識的には後者の方が電気を食う。エアコンのもう一つの問題点は、「自分の部屋を涼しくする代りに外気を暖める」という構造になっていることだ。これはまさに、現代人のエゴイズムの“権化”のような気がする。そんなことを各家、各事務所、各商店街がやりだし、さらに町を走る無数の自動車もやっているから、都会の温度は不必要に上昇する。下げようとして、上げているのだ。

 こんな書き方をすると、私はエアコンの価値を認めていないと思うかもしれないが、必ずしもそうではない。ただ、日本の都会では、あんなに冷やす必要はないと思うし、デパートや映画館には、明らかにエネルギーの無駄遣いと思われるような、ひんやりと冷えている場所も少なくない。これは、環境保全の要請に逆行している。しかし、エアコンの効用を地球規模で考えれば、この技術は、「価値がない」と言うにはあまりにも大きな変化を人間の生活にもたらし、多くの国の経済構造をも変えてしまった。

 今年は、エアコンが発明されてちょうど100年目なのだそうだ。エアコンの発祥は1902年、米ニューヨーク市のブルックリン地区にあった印刷工場に、ウィリス・キャリアーという人が空気調節装置を設置した時とされている。この印刷工場ではリトグラフを制作していたが、リトグラフは気温と湿度の変化に影響され、印刷の際に色ズレが出るのが問題だった。それを解決するための窮余の策が新しい発明を生み出し、それが1世紀後に人類の生活と経済を大きく変えてしまった。エアコンが登場する前のニューヨーク市では、暑い夏の夜には、涼を求める人々は自宅の玄関口や非常階段の踊り場、あるいはセントラル・パークの芝生の上で眠ったという。

 テキサス州の南東部にある同州最大の都市ヒューストンは、米航空宇宙局(NASA)の有人宇宙センターがあることでも有名だが、ここは北緯30度付近にあって暑い。この緯度は、日本では奄美諸島、エジプトではカイロ、インドではデリーとほぼ同じだ。エアコンがなければ、この地に160万人以上の人間が住むことは疑わしい。また、同じ州のダラス市にテキサス・インスツルメントという世界最大のコンピューター・チップのメーカーが生まれたのも、エアコンの存在なくしては難しかったと思うし、逆に考えれば、エアコンがあれば、インドでもコンピューターチップの製造ができることになる。

 エアコンの登場で、「亜熱帯」や「熱帯」と呼ばれる地域の生産効率が向上したことは、疑いの余地がない。が、それが世界に爆発的に普及した今、地球温暖化の一つの原因になっている事実を、どう考えたらいいだろうか。暑さで朦朧となっている私の頭では、いい回答を見つけ出せそうもない。

 ところで、エアコンのない夏の暑さを映画の中で克明に描いている作品の一つに、ロバート・レッドフォード主演の『華麗なるギャッツビー』(1974年)がある。この物語の時代設定は、1920年代のロング・アイランドである。そこに大邸宅を構えたギャッツビーの派手な生活が描かれているが、その中に、真夏なのに白の三つ揃いのスーツを着た紳士たちが、いかにも暑そうな顔をして、お気に入りの女性とともに暇をもてあましている様子が出てくる。だから、エアコンは、発祥から20年がたっても、金持ちの家にさえ設置されていなかったということになる。奇妙といえば奇妙である。

 そんなことを考えながら隣家の母のところへ行ったら、藍色の美しい団扇が置いてあった。見るだけで清涼感がする。エアコンのない時代の日本人は、視覚や聴覚から涼をとったのだと気がついた。金魚、浴衣、風鈴、鹿おどしなどは、エアコンのように実際の気温を下げるのではなく、人間の感覚に訴えて清涼感を演出する。なかなか高級な方法だと思った。(谷口 雅宣)

【参考文献】

○Richard Reeves, "The Cool History of Air Conditioning", International Herald Tribune, 18 July 2002.

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