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2002年7月26日 (金)

クローン人間を妊娠?

 宇宙人を信仰する宗教団体系の会社「クロネイド(Clonaid)」が、韓国人の代理母にクローン胚を移植したことを、今日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えた。クロネイドのスポークスマンを自称する韓国人が24日、ソウル市で開いた記者会見でそう語ったらしい。この代理母は、クローン胚を妊娠した状態で1ヶ月前に韓国に入国したそうで、韓国を選んだ理由は、そこにまだ人のクローン作りを禁じる法律がないからだという。このまま妊娠が進めば、来年春には世界初のクローン人間が誕生するかもしれない。

 このクロネイドのことは拙著『神を演じる前に』でも触れているが、その背後にあるのは「ラエリアン運動」という宗教団体であり、日本を含む世界84ヵ国に5万5千人の信者がいるという。この教団の教祖は、かつてスポーツライターをしていたクロード・ヴォリロンという男で、1973年に宇宙人と出会ってから「ラエル」と名前を変えたという。その教義によると、地球の生命はもともと高等な宇宙人がバイオテクノロジーによって作ったものであり、人間がクローンをつくることは宇宙人から与えられた使命であるらしい。

 世の中には様々な教義をもつ宗教があるが、このラエリアン教団の教義のユニークさには少し驚かされる。彼らのウェッブサイトにはその詳しい説明が書いてあるが、私が面白いと思ったのは、彼らが宇宙人にこう語らせている所である−−「私たちは別の太陽系から来て、地球上のすべての生命を科学的に造りました。私たちに似せて人間も造りました。あなたたちは私たちを神と間違えたのです」。

 これを「デタラメである」と一笑に付してしまう人も多いだろうが、旧約聖書の『創世記』にそう書いてあると言ったら、真面目に考え直す人は何人いるだろうか。ポイントは、「あなたたちは私たちを神と間違えたのです」というところだ。きちんと説明してみよう。

 旧約聖書の原典はヘブライ語で書かれているが、そこで日本語の「主」や「神」、英語の「Lord」や「God」と訳されている場所には、原典ではヘブライ語の「Adonai」の母音が書かれているだけである。これは「わが主」(my Lord)という意味で、「神の名」それ自体ではない。しかも「複数形」であるから、「わが主たち」(my Lords)と訳してもよかったものだ。ユダヤ人は、神はあまりにも聖なるものであるから、その名を直接唱えることを避け、代名詞を使ったのである。しかし、その名自体を使わなければならない時には「YHWH」という4文字を充てた。この4文字は子音だけで構成されているから、どう発音したらいいのか不明である。が、人々はこれを「Jehovah」(エホバ)とか「Yahweh」(ヤーウェ)と発音して、固有名詞のように使うのが習慣となった。

 ヘブライ語にはもう一つ「神」に該当する「エロヒム」(Elohim)という言葉があるが、こちらも複数形だ。この語の単数形は、エロア(Eloah)もしくはエル(El)である。『創世記』第14章には、凱旋したアブラムにサレムの王がパンと葡萄酒をもってきたことが書かれており、この王のことを「いと高き神の祭司である」(the priest of the most high God)と説明している。「いと高き神」は原典では「El Elyon」である。また、同書第33章20節には、預言者ヤコブが神を祀る祭壇を建て、それに「エル・エロヘ・イスラエル」と名づけたことが書かれている。これは「エル、イスラエルの神」という意味である。いずれも単数形が使ってあるから、当時の人々が単数と複数をきちんと使い分けていたことが分かる。

 こういう学問的な知識を前提として、ラエリアン教団は次のような驚くべき結論を下す−−「神聖なる存在が実在するという概念を伝えた聖書は、その言葉を複数の神々と訳すべきでありましたが、それは単数形の神と訳されてしまったのです。それ自体がすでに間違いである上に、聖書への裏切り行為であることは言うまでもありません」(中略)「“エロヒム”という言葉の文語上の意味は“神”ではなく、“天空から飛来した人々”です」−−つまり、宇宙人が神であるというわけである。

 この教団の教義の背後には、このような「宇宙人信仰」のほかに、もう一つ」「科学信仰」とも呼ぶべきものがある。科学知識の一部である遺伝子工学によって、神なる宇宙人がこの地上のすべての生物を創造したことが『創世記』には書かれている、という立場がこれだ。ただし、聖書が書かれた頃は、人類に遺伝子工学や生物学の知識がなかったので、当時の人々が分かるような喩えを使って書かざるをえなかった。だから、今日の聖書学でも、本当の解釈に至らないというのである。

 このように、科学的知識を「聖なるもの」の位置に引き上げるという点において、ラエリアン教団は様々な宗教の間にあってもユニークだと言える。なぜなら、宗教は一般的に、ガリレオの時代から科学に対して疑いの目を向けてきたからだ。しかし、この教団の考えでは、科学は世界を救うのである。だから、科学的知識を利用してつくるクローン人間も、何ら問題はないと考える。彼らの信仰によると、科学は“天来の知識”であるから、それによって誕生するものは“天の意志”ということになる。そして、科学的知識によれば、霊魂は存在しないのであるから、肉体の発生以前には何もないことになる。したがって卵子や精子、受精卵の取り扱いも問題にされず、妊娠中絶ですら正当化されるのである。次の引用文を読んでほしい:

「霊魂はありません。コンピューターの命令システムに相当する、生物学的設計図があり、それが私達を人間たらしめ、社会に順応できるようにしているのです。避妊と中絶は、罪悪感を持たずに私達が考えてよい選択であり、既に多くの国がそうしているように、自己管理してよいものです」

 これは、唯物論と宗教が不可解に合一した“唯物的信仰”とも言えるものである。こういう教義がもっともらしく聞こえ、5万人を超える人が信仰しているのが事実であるならば、21世紀初頭の人間の精神は、よほど混乱しているのだと私は思う。   (谷口 雅宣)

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