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2002年6月28日 (金)

神の下の国

 今日付の『朝日新聞』によると、サンフランシスコの連邦控訴裁判所が26日に、アメリカ各地の学校で行われている星条旗に対する忠誠の誓いの言葉の中に「神の下の国」(one nation under God)とあるのは、政教分離を規定した合衆国憲法に違反するとの判断を下したという。判決によると、この誓いの言葉の中に「神の下」とあるのは、「イエスの下」とか「ビシュヌ神の下」とか「ゼウスの下」とか「何の神の下にもない」というのと同じように、宗教的に中立ではないから、これを学校で子どもに言わせるのは正しくないのだという。

 これに対し、ワシントンのアメリカ連邦議会上院は同日、宣誓は合憲で問題ないとする決議を全会一致で採択し、何人もの下院議員が議会前に集まってこの誓いの言葉を唱え、「神の祝福あれ」の歌を歌ったという。また、フライシャー大統領報道官によると、ブッシュ大統領もこの判決を「ばかげている(ridiculous)」と批判したという。

 同日付の英文紙『ヘラルド朝日』は、これについてのニューヨークタイムズの記事を掲載しているが、それによると、もしこの判決が確定すれば、サンフランシスコ連邦控訴裁判所の管轄下にあるアメリカ西部の9つの州(アラスカ、アリゾナ、カリフォルニア、ハワイ、アイダホ、モンタナ、ネバダ、オレゴン、ワシントン)では、星条旗への忠誠の誓いの言葉を学校で唱えることが禁じられることになるらしい。しかし、法律家たちの予想では、この判決は控訴されれば覆される可能性が高いという。

 この裁判は、無神論者の医師、マイケル・ニューダウという人が、カリフォルニアの州都サクラメント近郊の小学校に通う娘のために起こしたものだ。1943年の連邦最高裁判所の判決以来、子供たちはこの誓いの言葉を強制的に言わされることはないのだが、ニューダウ氏の言い分は、州の経営する学校内で、州職員である教師の先導により、「神が存在する」こと、そして「自分たちの国は神の下に一つである」ことを宣言する儀式を見せられ、聞かされたから、娘の憲法上の権利が傷つけられたというのである。

 同じ記事によると、この「神の下の国」という言葉の「under God」の部分は、冷戦初期の1954年、連邦議会が無神論の共産主義を掲げるソ連陣営に対抗する目的で付け加えられたもので、判決はこのことに触れ、そのような目的は、政府が他の宗教を犠牲にして特定の宗教を認可あるいは推進することだけでなく、無神論を犠牲にして特定の宗教を擁護することも禁じる合衆国憲法修正第一条の規定に違反する、とした。

 しかし、これとの関係で思い出すのは、アメリカの紙幣や貨幣に「In God We Trust」(我々は神を信ず)と印刷してあることで、これについては1984年、連邦最高裁判所は、この言葉は「繰り返して使われてきたため、宗教的意味は失われている」と判断したそうだ。「神の下の国」という語が誓いの言葉の中に使われ始めてからもう半世紀近くたっているが、「半世紀」では、まだ宗教的意味は失われていないということなのだろうか。何だか納得できない理由づけである。

 それより私が気になるのは、この判決が「神(God)」という言葉を固有名詞として捉えている点である。「神の下の国」(one nation under God)という表現を公立学校で使わせるのがいけない理由は、「イエスの下の国」とか「ビシュヌ神の下の国」とか「ゼウスの下の国」という表現を使わせるのがいけないのと同じで、特定の宗教を国が擁護したり推進したりすることになるから−−というのである。つまり、「イエス」や「ビシュヌ神」や「ゼウス」と同等の相対的な存在として「神」を捉えているのである。法律家は、この程度の神の理解で仕方がないのかもしれないが、もう少し深みのある理由づけをしてほしかったと思う。

 拙訳『叡知の学校』(日本教文社刊)の中には、「感覚によって神を知ろうとすれば、擬人的な投影、つまり人間の姿をした神を作りだすことになる」という注意書きがあり、そして「宇宙の創造主である神は、いかなる人間の想像や表現も超えた偉大なもの」として描かれている。そういう考え方をすれば、イエスやビシュヌ神やゼウスは、それぞれの文化から生じた神の“擬人的投影”であるから、“応化神”として同等であると言える。しかし、それらが応化し来る“元”の「神」は唯一絶対の存在であるから、すべての存在(実在)は「神の下」にあると言える。だから、「神の下の国」とは「神の国」のことである。それに忠誠を誓うことは結局、「イエスの下の国」にも「ビシュヌ神の下の国」にも「ゼウスの下の国」にも忠誠を誓うことになる−−こういう説明をしたいところだが、理解してくれる人がどれだけいるかは疑問である。

 今回の判決は、連邦最高裁判所までいって覆されるという予測が支配的だが、その際、どのような判決理由が述べられるのか興味のあるところだ。 (谷口 雅宣)

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2002年6月21日 (金)

ラヴェンダー・スティック

 アメリカのジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授が、今朝の『朝日新聞』のインタビューに答えて興味あることを述べていた。それは、日本の景気回復がうまくいかない理由の一つは、「日本人が消費はもう十分と思っている」からというのである。モチヅキ教授は、続けてこう言う:

  「米国人は大きな家に住み、くだらない物をたくさん買い込んでいる。それが成長の原動力だが、環境には悪影響を与えている。異常な消費文化から抜け出しつつあるという意味で、日本は米国より進化している。日本人に問題があるとすれば、そういう考えを明確な理念として整理し、米国に『黙れ』といえるだけの自信がないことだ」

 同盟国に対して「黙れ」と言うのはあまり紳士的ではないが、理路整然と、しかも独善的にならずに、アメリカ的消費社会の問題点を指摘する政治家は、確かに日本にはあまりいない。しかし、「経済発展のために好ましくない」としてアメリカが“蹴った”地球温暖化防止のための「京都議定書」を、日本が批准したことは一つの明確なメッセージではないだろうか。「21世紀の今、従来型の経済成長よりも優先すべきことが世界にはある」というメッセージだ。これが決して日本の独善でないことは、EU諸国も同議定書を批准している点から見て明らかだ。

 同議定書批准以後、日本の新聞各紙には、従来にも増して環境対策関連の話題が取り上げられるようになった気がする:

○建設廃材の分別と再資源化を義務づける建設リサイクル法が施行。(6月8日『岩手日報』)

○市民が参加して、失われた自然を回復させる自然再生型公共事業への関心が深まり、国会で法制化の動きが出ている。(6月10日『朝日』)

○北海道、東北などで風力発電事業がゆっくり拡大。(6月11日『産経』)

○日本経団連が環境税の導入に関して、「検討も反対」から「幅広い調査、研究が必要」に態度を転換。(6月11日『朝日』)

○大手スーパー西友は、企業内環境税の9月導入を発表。(6月12日『朝日』)

○鉄鋼大手NKKと大手ゼネコン3社は、廃プラスチックを建設等の型枠に再生する事業を9月から始めると発表。(6月12日『朝日』)

○中央環境審議会の地球温暖化対策税制専門委員会は、揮発油税、石油税、電源開発税などの特定財源を温暖化対策に充てる「税のグリーン化」を提言する中間報告案をまとめた。(6月14日『産経』)

○アイスランドでは、化石燃料から水素と地熱へのエネルギー転換を目指した世界初の実験が始まる。(6月19日『朝日』)

○石油連盟の岡部敬一郎会長が、環境省の環境税早期導入構想を批判。(6月20日『産経』)

○政府は今夏、北海道をモデル地区として燃料電池普及の実証試験を始める。(6月19日『朝日』)

○平成13年度の新車販売台数(軽自動車を除く)では、低燃費・低排出ガスの低公害車が、国土交通省の当初予測の約2倍となる154万台販売され、それが全体の39%を占めた。(6月19日『産経』)

○環境省の「産業廃棄物行政に関する懇談会」は、産廃税の導入支持を国として初めて明確に打ち出した。(6月20日『産経』)

○経済産業省は、民間との共同出資により海外での温室効果ガス削減を行う事業支援方針を発表。(6月21日『産経』)

 上記は新聞記者が取り上げた目立った例で、一般の国民の間には、目立たないが、継続した環境意識の盛り上がりがあることは否定できない。その一つが、私も一部“加担”している「田舎暮らし」の流行ではないだろうか。便利だが、殺伐とした都会生活に別れを告げて、不便で苦労は多くても、豊かな自然と接することのできる田舎生活への“Uターン”や“Iターン”を奨励する本や雑誌は、書店に溢れている。賛否両論はあるが、「エコ・ツーリズム」という新しい産業も生まれている。工業型の「大規模・大量生産」の農業を拒否し、消費者と直結した無農薬・低農薬農業も地についてきた。ガーデニング・ブームも、一向に終りそうもない。これらの動きは、従来型の「経済成長」に直ちに結びつかないかもしれないが、21世紀の日本人が目指す“新たな価値”の方向を示していると思うし、地球環境保全の要請とも大きく矛盾しているとは思えない。

 昨日は、休日の木曜日を利用して妻と2人でまた大泉村へ行ったが、昼食のため初めて訪れたレストランの天井を見て驚いた。黄、緑、桃、橙など色とりどりのドライフラワーが、天井板も見えないほど一面に下がっていたからである。店の女主人が忙しく立ち働いていて、「今、教室が終ったところですから、少し待ってくださいね」と言う。何の教室かと思ったら、ドライフラワーやドライハーブを利用してリースやポプリ、サシェ、ピローなどを作る教室だった。その材料が天井を覆っているのである。もう一つ驚いたのは、室内に漂う芳香だった。部屋がハーブでいっぱいなので当然だが、目に見えないが、部厚い香りの絨毯が敷かれているようだった。

 その女主人が、料理を出す前に、テーブルの上に置いてある長さ20センチぐらいの、細長い、ドライフラワーの“飾り”のようなものを示して「今日はラヴェンダー・スティックを作りました」と言った。そして、リボンで編んだその“胴”の部分を手で握り、香りが出ると教えてくれた。さらに、その作り方を簡単に講釈してから台所へ入った。我々2人は、目の前のものを握ったり、鼻をつけたりしながら、しきりに感心していた。妻の心の中で何が起こっていたか私は知らないが、私が感心したのは、女主人の口から出た「ムダなものは何もない」という言葉だった。

 ラヴェンダーは、東京の家に妻の丹精したものが植木鉢で2種類あった。そのうち1種を去年の秋、山荘に持ち込み地植えした。それが今や高さ1メートルほどの株に育って芳香を放っている。そのうち何本かを切ってワインの空き瓶に刺し、室内でも容姿と香りを楽しんでいた。しかし、枯れてしまえばもう終りだと思っていた。ところが目の前のものは、「そうではない」と語っている。可憐な室内装飾品となり、その香りは1年後も変わらないという。ラヴェンダー・スティックの“胴”の部分には、花だけでなく、葉も巻き込んであるから、土から上の部分は、文字通り「ムダなものは何もない」のである。

 ラヴェンダー・スティックは「ラヴェンダー・バンドル」とも言うらしい。普通は11本の花のついた茎から1個を作るが、この「11」の倍数を使った大型のものを「ラヴェンダー・バスケット」と女主人は呼んでいた。この店では、こういう製品やドライフラワー等を販売しているから、日本経済の発展に貢献しているのだが、もし我々が自分でこれを作り、室内装飾などに利用したらどうなるか。コストはほとんどゼロであり、売上もゼロだから、国民総生産の統計には上がってこない。しかし、我々が「新たな価値」を付け加えなかったとは決して言えまい。

 大体、ラヴェンダーが生育していること自体が恩恵を生んでいる。人間にだけでなく、虫にも土壌にも恩恵がある。それを加工して装飾品を作り上げることが、都会の映画館へ行った時よりも人の心に満足感を与えるならば、その価値が経済統計に表れないという現在の経済学の方がおかしいのである。ついでに言えば、この創造活動によって生じる廃棄物も、ほとんどゼロである。“田舎暮らし”の価値は、そういう意味で今の景気指標にはとらえられない多くのものを含んでいると私は思う。(谷口 雅宣)

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2002年6月16日 (日)

親に似ない子

 長崎で行われる祖父の十七年祭に出席するために、妻と2人で羽田空港へ行った。ちょうど昼時で、空港ビル内の蕎麦屋の前に人の列ができていた。その後ろについてしばらく待ってから、2人は店内に入った。我々は小さいテーブルを挟んだ2人掛けの席に通され、注文が出てくるのを待っていた。両脇の席は共に4人掛けで、いずれも家族連れが座っていた。右側の席には、3歳ぐらいの男の子を連れた若夫婦と、その夫の父親。左側には、中学と高校生ぐらいの2人の息子を連れた夫婦が座っていた。この2組は一見して「家族」と分かった。というのは、その格好や仕草が家族的に見えたという以上に、互いに顔が似ていたからである。

 右側の4人は、“お祖父さん”と“父親”の目元が瓜二つであり、3歳ぐらいの子は、その“父親”と“母親”の顔をうまく混ぜ合わせた顔をしており、特に鼻筋が母親とそっくりだった。一方、左側の4人の場合、“父親”と思しき中年男性は、太い眉と、その眉のすぐ下に窪んで開いている両眼が特徴的で、中高生の息子2人は、その特徴を見事に引き継いだ顔をしていた。この“お父さん”は上下に少しつぶれたような丸顔で、“お母さん”は顎の先が細くなった逆三角形の、どちらかというと細長い顔をしていたが、その二人の子の顔は、丸顔と逆三角形がうまくブレンドした形だった。私は妻に目で合図をして、両脇の人々に注意を喚起してから、「二組とも顔がよく似ているね」と小声で言った。

 実は家を出る前に、妻と私と高校3年の娘は、居間でティーカップを並べ、フルーツ・ケーキを突っつきながら、似たような話をしていた。私が娘の横顔をしげしげと見て「一体どっちに似ているのかねえ……」と言うと、娘は「友達には、兄妹はそっくりって言われるよ」と答えた。娘の上には兄が2人いる。私が彼女に言った意味は、彼女の鼻の“生えぎわ”が少し太くなっていることで、そういう鼻の形は、私にも、妻にも似ていないからだ。娘も、自分の鼻が両親に似ていないことは認めたが、その代わり「兄2人には似ている」と主張したのだ。確かにそうなのだった。息子たちは2人とも、鼻の根元ががっちりと太く、横から見ると「鉤鼻」なのだった。しかし、私も妻も鉤鼻ではない。そこで話は、私の母親と妻の父親の鼻のことになった。こちらの2人は、どちらも鼻の根元がしっかりした造りになっていたから、我々の3人の子の鼻は「隔世遺伝」なのかもしれない、などと話していた。

 こういう会話は、どんな家族の中でも普通に交わされるものだろう。親子や兄弟の顔が「似ている」とか「似ていない」という話は、家族の間では軽い気持で、他意がなく出てくる。それが可能なのは、「親子や兄弟の顔は、基本的には似ている」という前提があるからである。基本的には似ているのだが、その中でも「あそこが似ていない」とか「ここはもっと似ている」というニュアンスで語られるのである。しかし、もし家族の中に、親とも、祖父母とも、兄弟とも似ていない子が一人だけいたとしたら、問題は本質的に違ってくる。つまり、「似ている」とか「似ていない」という話はタブーになるのではないだろうか。

 こんな奇妙な発想が起こったのは、今日付の新聞に、日本産科婦人科学会の倫理審議会が「第三者への受精卵の提供は認めない」という答申を、同学会の理事会へ提出したことが報じられていたからだ。この答申の内容は、厚生労働省の生殖補助医療部会が法律制定を視野に検討している方向性とは異なるという点が、新聞では強調されていた。つまり、不妊治療の現場を担当している医師の考え方と、国の方針に食い違いが出てくる可能性が生じているのだ。医師の側が第三者への受精卵提供を認めないのは、生まれてくる子に「遺伝上の親」と「育ての親」という2種類の親ができることで、子が思春期以後に自分の出自(生まれ)を知った際、心理的な問題を抱え込むことに配慮したためという。一方、厚生労働省の部会では、別の夫婦から体外受精で得た受精卵をもらった場合は、「新たに提供者の体を傷つけることはない」という理由で、それを使った不妊治療を認める方針をすでに発表している。

 私は6月3日付の本欄で、父親以外の男性から精子を得て生まれた子が、成人して自分の出自を知った際に感じる心の問題について書いた。彼らは片親の遺伝子を引き継いでいないことで充分悩むのだから、父母双方の遺伝子を引き継いでいない子は、その事実を知ったらよほど動揺するに違いない。いや、そういう子は、自分の出自のことなど知らされなくとも、幼い頃から毎日、自分の外貌が親とも兄弟とも似ていないという事実を目の前にするのだから、どのような心理的問題を抱え込むのか、私には想像もむずかしい。人間の本質は遺伝子ではないが、「子は親に似る」というのは、人間を越えた生物界全体の常道であり、秩序性の重要な一部でもある。それを破ってさえも「子がほしい」と考える心には、何か重大な見落としがあると感じざるをえないのである。   (谷口 雅宣)

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2002年6月11日 (火)

先制攻撃の道

 アメリカが伝統的な“待ち”の国防戦略から転換し、敵に対する“先制攻撃”を辞さない“攻め”の国防戦略を取り入れつつあると、今日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えた。これは、昨年9月11日のテロ攻撃以来「敵の本質が変わった」とする認識によるものである。これまでの最大の敵は、アメリカ本土を核攻撃で破壊する能力をもつソ連ないしロシアだったが、ロシアとは先月下旬に歴史的な核兵器削減条約を締結したこともあり、今後の最大の敵は、特定の国土をもたないテロリスト集団と、それを支援する“敵性国家”ということになったらしい。

 ブッシュ大統領はすでに今年1月の一般教書演説で、イラクとイランと北朝鮮を“悪の枢軸”として名指しで非難したが、それは、これら3国が9月11日の事件と関係が深いと考えているか、あるいはそれと似た意図をもったテロリスト集団を支援していると判断したためだろう。今年の秋にも発表されるアメリカの新しい国家安全戦略では、テロ集団、あるいはこれらの国が核や生物・化学兵器などの大量殺人兵器を開発し、さらにそれをアメリカやアメリカ国民に対して使用する意図をもっている場合は、相手が実際に攻撃をしかける前であっても、アメリカは“先制攻撃”(preemption)ないしは“防衛的介入”(defensive intervention)によって敵の攻撃能力を破壊し、アメリカ国民の生命と財産を守る−−こういう選択肢を正式に採用することになるらしい。

 アメリカの伝統的な核戦略の考え方の中に「MAD」というのがある。「Mutual Assured Destruction」の頭文字をとった語である。それは、核を保有する2国が対峙したとき、一方が攻撃した場合、核兵器の撃ち合いによって「双方が決定的に破壊される」という状況にあれば、核の抑止力が働くとするものである。もっと具体的に言えば、かつての米ソ冷戦下では、どちらの超大国が先制攻撃を仕かけても、攻撃された側の報復攻撃によって、先制側も決定的に破壊されるという状況があれば、どちらも核攻撃をするメリットはないから、核兵器の発射を防ぐことができる、とするものである。どちらの核超大国も、相手の報復を恐れて核兵器の発射ボタンを押さないだろう、という意味で“恐怖の均衡”とも呼ばれた。また、この理論によって、地球全体を何回も破壊できるような量の核兵器を米ソが貯えることになった異常さを暗喩的に指して、“mad戦略”(mad は英語で「狂った」とか「気違い」の意)とも言われた。

 しかし、この理論は、決して“狂人”を前提としたものではなかった。つまり、米ソ双方の意思決定者は、国家の緊急事態下でも、核攻撃によるメリットとデメリットを冷静に比較考量して、後者が前者を上回る場合は核の発射ボタンを押さずに(あるいは、核の発射ボタンを押すことにつながる決定をせずに)別の選択をすると考えるのである。そして、冷戦下に起こった米ソ間のいくつかの危機(例えば、1962年のキューバ危機)に際しても、両国は実際にこのような冷静な行動をとったと言われている。

 この考え方の下では、米ソの核バランスが崩れて、一方の核兵器が他方を圧倒するようになることは、双方にとって良くないこととされた。なぜなら、そうなると優位に立った側が相手に“第一撃”を加えて、報復が不可能なほど相手を破壊することで、自国の安全を物理的にも心理的にも保障できるようになり、まさにそれをねらった核攻撃への誘惑が生じるからである。別の言い方をすれば、冷戦下の核抑止の考え方では、自国が相手の攻撃の恐怖から自由になるような余地を与えることは、かえって抑止力の弱体化につながると考えられた。だから、ABM制限条約が米ソの間で締結され、「敵の核攻撃に対して自国をある程度脆弱にしておく」という、ちょっと考えると非合理な措置が採られたのである。

 ソ連が崩壊して冷戦が終結した後、“唯一の超大国”となったアメリカは、もはや自国が敵の攻撃に晒されることはないと考えたのかもしれない。アメリカが保有する核兵器と、それを世界中に運べる機動力をもってすれば、どんな国の先制攻撃に対しても、報復によって完膚なきまでにその国を破壊することができるから、どんな国の意思決定者もそれを予見して、アメリカに攻撃を仕かけてくるはずはないと考えてきたのだろう。ところが、昨年9月11日、その楽観的予測は見事に裏切られた。「見事に」と書くのが不謹慎なら、「完全に」と言い直そう。そこで今、アメリカは自国の安全保障政策を抜本的に見直しているのだ。

 ところが、この“先制攻撃”を認める案は各方面からの反対もあり、また実行に際して問題も多いらしい。その中の一つは、この“先制攻撃”にアメリカ人が馴染めるかという問題である。これを成功させるためには、敵に気づかれずに中枢部に近づいて、敵の大量破壊兵器を破壊しなければならない。そのためには隠密裏の攻撃が必要だが、アメリカ人はそういう方法を“だまし討ち”と考えて嫌う傾向がある。実際、日本の真珠湾攻撃はそれをやったというので、アメリカ全土が激怒し、太平洋戦争となった。今後はそれを自らがやることを、アメリカ人が容認するかという問題である。また、一定の国土をもたないテロリスト集団を攻撃する際、今回のアフガニスタンでの戦闘のように、相手が逃げてしまえば効果は少ない。

 しかし、アメリカの立場に立ってみれば、敵の意図が分かっているのに、9月11日のような攻撃を再び受けるまでは、防衛行動に着手できないというのでは何のために国家があるのか、ということになるだろう。ここでは「専守防衛」の考え方は通用しない。敵は一握りのテロリストであるのに対し、犠牲となる国民は数千人の規模だからだ。攻撃を受けた後に報復しても、敵はすでに逃亡しているか、自殺している。彼らは、冷戦時代の“冷静な意思決定者”ではなく“決死の意思決定者”だ。日本でのオウム真理教の事件も、これと共通している。

 今日、死を賭して破壊を決意した人間の前には、社会防衛は困難である。科学技術の“進歩”が、個人の使える破壊力を膨れ上がらせてしまったからだ。しかし、その同じ力を「建設」の方向に使わせれば、社会は向上するのだ。それを国際的規模で行うためには、「力」自体を破壊するのではなく、それを破壊に使おうとする「意図」の方を変えなければならない。つまり、相手を理解し、相手に理解させる努力が、今日ほど重要な時はないと思う。“先制攻撃”を考える以上に“先制理解”の道を探るべきではないか。(谷口 雅宣)

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2002年6月 3日 (月)

父を捜す人々

 月刊誌『光の泉』用の原稿を書いた。「父を捜す人々」という題である。これは今、アメリカなどの先進諸国で人工授精によって生まれた子供たちが自分の出生の真実を知り、遺伝上の父親を捜す動きを始めたことについて書いたものだ。最近、新聞やテレビで立て続けにこの問題が取り上げられている。英文の『ヘラルド朝日』紙が5月23日付で「精子提供者が子供たちに会うことを始めた」と報じ、続いて『朝日新聞』が翌24日に「遺伝上の父 知りたい」という記事を掲載、25日夜にはNHKスペシャル「“親”を知りたい――生殖医療・子供からの問いかけ」が放映され、さらに30日に『朝日』は再び「“出自”を知りたい――第三者の精子から生まれた子どもたち 告知されない苦しみ」という記事を掲載した。

 これらの記事のポイントは、非配偶者間人工授精(artificial insemination with donor sperms, AID)では、精子提供者の「身元秘匿」が世界的に守られてきたが、それが始まって半世紀近くたった今日、AIDによって生まれた子の「父を知りたい」という願いの切実さが明らかとなり、方針の変更を迫られているということだ。「自分が何者であるか」という自己確認の重要な部分は、「親がどういう人間であるか」という子の側からの理解によって形成される。つまり、子は「親」を通して自己確認をし、自我を作り上げていく。だから、AIDによって生まれた子がその事実を知らず、これまで父親だと思って生きてきた人間が、自分と遺伝的に無関係であると知った時、それは自分の“半分”を失ったような衝撃を受けるそうだ。そして、その失われた“自己の半分”を取りもどしたいという強く、深い願いが生じるのだ。

 しかし、現在の法制度や不妊治療の決まりでは、医療機関は、精子提供者が誰であるかを告知しないことになっている場合がほとんどだ。その第一の理由は、告知すると、AIDで生まれた子が後になって精子提供者に会いにくる可能性があり、そうすると、提供者の私生活が脅かされる場合が多いからだ。また、それを事前に予測して、精子提供をする人が少なくなることを恐れているからでもある。だから「子をほしい」という親の願いが叶えられにくくなり、医療機関の収入も減るというわけだ。つまり、現在の制度は、AIDを行う「親の福祉」を重点的に考え、生まれてくる「子の福祉」にはあまり配慮していなかったのである。その不平等と不合理が、“父を捜す人々”の出現により、鮮明に浮かび上がってきたのである。

 スイスは、今年1月から新しい生殖医療法を施行し、精子提供者は、名前、住所、生年月日、出生地など、個人を特定できる情報を国の戸籍局に登録することを義務づけた。この情報は80年間保存される。そして、AIDによって生まれた子が18歳以上になり、精子提供者の情報を国に請求した場合、それが開示されるのである。日本でも今年4月に、不妊治療にともなうルールづくりを進めている厚生労働省の生殖補助医療部会が、各種の不妊治療によって生まれた子が成長した際、精子や卵子、受精卵を提供した人の名前や住所など、本人を特定できる情報を開示することを認める方針を採用した。この方針は、来年成立が見込まれている生殖補助医療に関する新法に反映されるという。

 “父を捜す人々”の輪は、インターネットの世界でも広がっているそうだ。先に触れたNHKの番組に出てきた男性は、自分がAIDによって生まれた子であることを知ってから、インターネット上にホームページを開いて、自分と同じような立場の人と情報交換を始めた。と、そのうちに、メール仲間の中に、自分とよく似た精神的、肉体的特徴をもった人が何人かいるのに気がつき、互いに会ってDNAの鑑定をしてもらったところ、何と3人が遺伝的には異母兄弟(姉妹)であることが分かったという。つまり、同じ男性の精子から生まれた子だったのである。

 こういう例はきっと稀だが、最近は精子銀行の側で、AIDで生まれた子が18歳以上になり、自分の遺伝上の父が誰であるかを知りたいと望んだ場合は、身元を明らかにしてもよいという選択肢を、精子提供者に与える場合も増えてきているという。この「提供者の身元開示」のオプションを用意している精子銀行は現在十数社だという。この制度を最初に始めたのはカリフォルニア州バークレー市にある精子銀行で、1983年だった。その年、このオプションを選んだ男性の精子によって生まれた子は16人おり、彼らは今年18歳になる。来年は、同じ立場の子で18歳になる子が29人いるという。

 聖書の記述によると、ユダヤ民族の祖であるアブラハムは、100歳の時に90歳の妻サラとの間に子(イサク)を設けた。「大いにあなたの子孫を増すであろう」という神との契約によるものである。そのサラは127歳で死んだが、アブラハムは後妻のケトラとの間に6人の子をもうけた。--こういう話は、神の力を示す“奇蹟物語”の一つとして我々の常識を圧倒する。しかし、AIDの拡大を考えると、現代の生殖医療は、アブラハムの“奇蹟”を奇蹟でなくしつつあることが分かる。精子銀行で眠る精子は、その“父”が死んでから何年も生き続けることができる。卵子の凍結保存の技術も確立しているから、“父”が100歳、“母”が90歳の精子と卵子を人工授精させれば、“現代のイサク”は生まれるだろう。

 もう1点言えることは、精子提供者は妻が子を生まなくても、あるいは妻などいなくても、多数の子を残すことができる時代になりつつある、ということである。精子提供者の身元開示が世界的に制度化されていけば、精子提供者の数はもっと減っていくだろう。ということは、身元開示に同意した少数の精子提供者の子が、世界中で生まれるということだ。そういう人たちは、提供後20年もすれば、大勢の“父を捜す人々”から電話をもらったり、訪問を受けたりすることになる。いったいどんな気持で、彼らは突然の“新しい子”を迎えるのだろうか。アブラハムの子にはイサクのほかに、妾腹の子、イシマエルがいる。この二人とも12人の子をもうけたと聖書にはあるが、そういう子沢山の記録も将来破られるに違いない。   (谷口 雅宣)

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