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2002年5月 3日 (金)

ロボット・ネズミ

 今日付の『ヘラルド朝日』紙に、アメリカの科学者たちがロボット・ネズミの作成に成功したことが報じられていた。「ロボット・ネズミ」などという表現では、この新技術の影響力の大きさは伝わらないかもしれない。もっと正確に書けば、科学者たちは生きているネズミの脳に電極を埋め込み、それに通信装置をつなげることによって、遠方からネズミの進む方向を制御する技術を開発したのだ。この技術を使えば、理論的には、ネズミの行ける所ならどこへでも、小型の機器や生物を意のままに運ぶことができる。この技術は、地雷の探知や地震で倒壊した建物内の探索活動に役立てることもできるが、その一方で、スパイ活動や要人暗殺、生物・化学兵器にも応用できるだろう。私は、こういう種類の技術の開発にどうしても疑念を抱いてしまう。

 この研究はイギリスの科学誌『Nature』の5月1日号に発表されたもので、研究者の動機には恐らく何の悪意も含まれていないだろう。事実、科学者たちは、神経に障害を受けたため、自分で体を自由に動かせない人が、その機能を回復するのを目的として研究を進め、この技術にたどりついたらしい。彼らは、ネズミの脳内に3つの電極を埋め込んだ。1つは、目的を達成したときに喜びを感じる“満足中枢”に、他の2つは、鼻の右側と左側にあるヒゲの束から刺激を受け取る部分だという。そして、ネズミを右へ行かせる時は、右側のヒゲの束と“満足中枢”を、左へ行かせる時は、左側のヒゲの束と“満足中枢”を同時に刺激する。そうすると、ちょうど犬ゾリの犬を操るように、ネズミの進む方向を制御することができるらしい。この“装置”を埋め込んで10日間訓練をすると、ネズミはノートパソコンの指示にしたがってハシゴを上ったり、坂を下ったり、パイプの上を進んだり、凸凹のある地表を一定方向に進んだりできるようになるという。この遠隔操作ができる距離は、最長で500メートルという。

 従来から我々が知っている「ロボット」は、こういう形で生物を利用するものではなかった。それらは、産業ロボットのように、主として人間の体の動きを一部代行し、省力化をはかるか、あるいは最近は愛玩用として開発されたものもある。いずれも機械やICなどの無機物のみを材料にしており、それを組み合わせて動力で動かし、あたかも人や動物のような有機体のように見せるところは共通している。そういう“無機物型ロボット”を我々が倫理的問題を感じずに利用していたのは、それらが本質的に生命のない無機物であり、人間から独立した意思をもたないからである。ところが今回のロボット・ネズミは、本質的に有機体であり、人間から独立した生命と意思をもっている。にもかかわらず、その意思を技術によって操り、人間の道具にしてしまうのである。我々はこれまで「伝書バト」や「盲導犬」のような形で動物を利用してきてはいたが、今回の技術は、動物の“意思を操作する”という一歩踏み込んだ段階に達している。

 なぜ、そこまでしなければならないのか。この技術の開発の動機についてはすでに述べたが、そういう人道的な動機とは別のものも、この研究の背後にあるような気がしてならない。従来の“無機物型ロボット”は、人間のように「歩行」させるための技術の開発に、相当苦労したようだ。この分野では、音楽のリズムに合わせて踊るロボットもすでに登場している。が、体を伏せて匍匐前進したり、立ち上がったり、木登りをしたりするようなロボットはまだない。そういうものができれば、事故現場や戦場などのように、いろいろな障害物のある環境でも大いに役立つだろう。そういう機能は、しかしすでに存在する動物を利用すれば、もっと簡単に実現する。

 例えば、ネズミは凸凹道はもちろん垂直の壁を登り、小さい穴もくぐり抜けるから、運搬手段としては、現在実現可能な無機物型ロボットよりもはるかに優れている。それに、ネズミは「鼻」をもっているから、それをセンサーとして利用すれば、特定の臭いのする方向にネズミを進ませ、行った先で仕組んだ装置を作動させることで、様々な用途に利用できるだろう。この研究に、米陸軍の高度国防技術計画局(Defense
Advanced Research Projects Agency)が資金を出しているというのが、とても気になるところだ。

 昨日付のイギリスの科学誌『ニュー・サイエンティスト』の記事によれば、動物愛護団体はこの研究を「あきれはてる」と言っており、「人間がいかに他の生物を道具にしてしまうかを示すもう一つの例だ」と批判しているそうだ。また、アメリカの合衆国動物愛護法は、哺乳動物でもネズミやモルモットなどのげっ歯類、それに鳥類は保護の対象にしていないそうだから、同じ方法を使ってこれらの動物をロボット化する研究をする人が、近い将来出てくるかもしれない。「他の生物は人間の道具にして構わない」という考え方が続くかぎり、この種の“残酷な”研究は今後も続いていくのだろう。   (谷口 雅宣)

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