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2002年4月24日 (水)

祖母のメモ帳

 祖母の十四年祭に参列するため、長崎県西彼町の生長の家総本山へ来た。祖母が晩年を過ごした生長の家公邸に両親と妻の4人で宿泊したが、この家の1階にある座敷の次の間が、祖母が原稿や手紙を書く仕事場として使っていた。そこには今も幅1.2メートル、奥行き60センチほどの小型の文机があり、主のないまま畳の上で安らいでいるように見えた。同じ部屋には壁に埋め込み式の神棚もある。公邸に泊めてもらう時は、朝食前に、そこで4人は天津祝詞をあげ聖経読誦をすることになっている。この日もその御勤めをした後、私は文机の前に何気なく座って右側にある抽斗を引いてみた。祖母が亡くなって10年以上たつのでその中は空っぽだと想像していたが、そうではなく、故人が使っていたものがそのまま残っていた。

 最上段の抽斗には、筆記具に混じってメモ帳が数冊あった。紙を切り離して使える方式の、銀行などで景品にくれる葉書より一回り小さいメモ帳である。地元の銀行の名前も印刷してある。中を開いてみると、ブルーブラックのペン書きの細かい文字で何かがびっしりと書き込んであった。懐かしい祖母の書体だった。空白の紙は一枚もなく、最初のページから最後のページまで文字がいっぱい詰まっているのだ。枚数を数えてみると、全部で20枚ある。別のメモ帳も、同じように祖母の手書き文字で埋まっていた。その文字は、一角が2ミリから5ミリほどの小ささだから、視力が衰えてきた私は読むのに苦労する。妻と母も、それを見て「わー小さい」などと言いながら文字の判読を試みた。

 私は当初、それは月刊誌用の原稿の下書きではないかと思った。その理由は、私が読んだメモの部分には、祖母が海外へ行った時の、人とのやりとりが記されていたからだ。祖母は、海外旅行にはもちろん原稿用紙を持っていっただろうが、最初行ったときは1963年で7ヶ月もの長期間だったから、書くことが多くて手持ちの用紙がなくなったかもしれない。そんな時、ホテルに備え付けのメモ用紙を使うというのはあり得ることだ、と思った。しかし、そのメモ用紙が長崎の銀行のものであることを思うと、この推測の根拠がグラついた。しかも、このメモ帳の裏表紙には2年分のカレンダーが印刷してあり、それは「1978年」と「1979年」だった。そんな頃に、祖母が海外へ行ったことはない。

 妻の推測は、これらのメモ書きは、長崎で講演をする際の準備に使ったものだろうというものだった。その証拠に、メモ帳の表紙には「(1)スミ」とか「話しスミ」などとペンで書いてある。これは、「この中身は講話で話しずみ」という意味だというのである。なるほどそうかもしれない、と私は思った。だが、私自身が講話の準備をする時は、小さい紙にメモ書きをすることはあっても、それは話の“荒筋”や“柱”を箇条書きにする程度である。ところが祖母のメモ帳には、まるで雑誌に掲載するためのような、きちんとした文章が書きとめられているのだった。内容は、1963年の最初の海外講演旅行の際のものだ。その旅行から15年後に、地元の長崎で発行されたメモ帳に、何のためにそれを書くのか。その疑問への回答は、やはり講話準備以外には考えられない。1978年とは、生長の家総本山に龍宮住吉本宮が落慶した年である。

 私は若い頃から祖母の講話を何回も聞いていたが、その時は「実にスラスラとよどみなく話をする人だ」という印象をもっていた。この印象は、祖母が普段の生活の中で、我々孫たちに色々な“昔話”をしてくれる時の印象と一部重なっていたかもしれない。とにかく、祖母は力まないで、人に自由に話ができる人だという印象があったから、「小さい紙に細かい字でびっしりとメモ書きをして講話の準備をする」という祖母像には、新鮮な驚きがあった。さらにその時母から聞いた話では、祖母は講話の始まる前は独りで部屋にこもって、人が近づくのを嫌ったらしい。祖母のそういう神経質な側面も、私には意外に感じられた。

 それと同時に、以前とは違う親しみを祖母に感じていた。そういう祖母は、私自身の現在の姿とかなり近かったからだ。自分の講習会前の神経質な状態と、細かくメモをとる祖母の姿が重なり合った。私の場合はメモをとるのではなく、パソコン上で講話のリハーサルをするのだが、使う道具は違っても、心の中で起きている事態にさほど違いはないだろう。そんな新しい親近感を胸に抱きながら、祖母の墓前に参ることができたのは幸いだった。

 この日は、泊まった部屋に飾られていたデンドロビュームを描いてみた。   (谷口 雅宣)

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