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2002年4月14日 (日)

花壇づくり

 3月29日の本欄で、大泉村の山荘の「黄色い庭」のことを書いたが、この“砂漠”のような不毛の土地も、去年の秋には、一部に客土して花壇をつくり始めていた。今日は妻と娘を伴って山荘に来ているが、その時妻の植えたスイセンとラッパズイセンが、この庭の隅で可憐な花を咲かせていた。1~2ヶ月前、東京の家の庭で咲いたものより小さい花で、植物自体の背も低い。しかし、このほかに花をつけた草が周囲にほとんど見当たらないこの地では、それだけでも我々の心を豊かにしてくれる。花にはそういう力がある。この作りかけの花壇には、スイセンの隣にチューリップも植えてあるが、こちらの方は緑の葉と茎を伸ばしているだけで、花はまだ蕾の状態だった。

 前日の土曜日に、妻は中央道の長坂インター近くにあるホームセンターで、色とりどりの花をつけた数種類の園芸種の植物を買った。それを植えるために花壇のスペースを広げるのが、今日の私の仕事だった。4月5日の本欄にも書いたが、私はこういう“外来”の園芸種を山荘の庭に持ち込むことに一抹の疑念をもっていた。この土地の人も言っていたが、外からわざわざ植物を持ち込まなくても、この地に適した植物は付近にたくさん生えているのだから、2~3年もすれば、鳥や風が運んできた種から成長した植物で、庭の格好は充分つく。問題は、山荘を建てた人間が「それまで待てない」ということなのだ。

 こうして、人間の好む種類の植物が、山の中にどんどん入っていく。そういう植物が山の生態系にどのような影響を与えるかは、簡単に予想できるものではない。だから、山荘の住人に新しい植物を「持ち込むべきか」「持ち込むべきでないか」と聞いたら、きっとその人は前者を答えるほかはないだろう。なぜなら、そもそも山荘を建てたのは、山の生態系を守るためではなく、「自分の好み」をその場所に見出したからだ。その「自分の好み」をさらに徹底させるために庭を造るのである。生態系のことが気になっていても、“自然”を優先させるならば、そもそも山荘など建てるべきではない。だから山荘の住人は、いろいろ矛盾を感じたとしても「自分の好み」を追求することになるのが普通だ。

 しかし、そうは言っても「いったん始めたことは極限までやるべきだ」という運動選手のような論理は考えものだ。それは、「いったんタバコを吸い始めたら、肺ガンで死ぬまで吸い続けるべきだ」という論理と似ている。ニコチンの麻薬的作用と花の好みを同列に扱うのは問題かもしれないが、何事もゴリ押しはいけない。そもそも山荘を建てたのは、自分の知らない環境に魅力を感じたからなのだから、その周囲を、自分の知っている植物ばかりで埋めつくすのは無意味である。できるだけ、その土地のものを活かして使うのが本道だろう。いや、「使う」という考え方が、そもそも問題なのかもしれない。その土地の生物が本来の力を発揮して伸びることが自分の好みにも一致するような、人間と自然との“共存点”--幸せなバランス--を見出すべきなのだ。

 ところで、こんなことを考えたのは妻が花を買い、花壇に花を植えてしまった後のことだった。彼女が娘と相談しながらホームセンターで花々を物色していた時、私は別の場所でサクラの苗木が売っていないか探していた。理由は、やはり人間本位だ。この時、大泉村の低地ではサクラがちょうど満開で、その美しさを翌年、あるいは数年後に山荘近くに再現したいと考えたからだ。実は今も、山荘の南側デッキの真ん前に、ヤマザクラの木が1本ある。しかし、その木は、カラマツの森の中で日照を競い合って生きてきたから、ひょろ長く伸びており、花の咲く枝は頭上高くにある。私は、もっと首の疲れない位置に、白いサクラ(ヤマザクラ)ではなく、ピンクがかったサクラの花を見たいと思ったのである。人間は実に、自分勝手な考え方をするものである。

 妻が前日に買った花は、パンジー、ブルー・デージー、エスコルチア、アレナリア・モンタナ、そしてルピナスだった。全部がカタカナの名前だから、これらの花の“お里”は推して知るべしである。私は、この日の午前中、山荘の黄色い庭の東側の一角に鍬を入れ、石だらけの土を掘り返し、フルイで細かい土を残した後、山荘の薪ストーブから出た灰を土に混ぜ、さらに東京から運んできた腐葉土を混ぜ合わせて、花壇を6平方メートルほど延長した。東京の腐葉土は、家の庭の落葉を集めて2年ほど腐らせたものだ。だから、この中には東京の庭にある植物の種や虫の卵、幼虫、ミミズも入っている。こうして“東京の自然”と“外国の自然”の一部が大泉の山に移植され、これからは現地の自然との“共存点”を探していくことになる。   (谷口 雅宣)

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