« 2002年2月 | トップページ | 2002年4月 »

2002年3月29日 (金)

黄色い庭

 八ヶ岳南麓の大泉村に山荘を得るため、妻と私が村の不動産会社の案内で、海抜1200メートルの土地を見に行った時、カラマツやアカマツが鬱蒼と繁るその山林は、まさに“自然の宝庫”と呼ぶにふさわしいような、緑で覆われ、可憐な花の咲く緩やかな傾斜地にあった。それは2000年の10月のことである。

「こんな森の中に家を建てるのか……」

 と、少し不安な気持がないわけではなかった。それは、「暗い森の中に埋もれる」ことへの不安だった。直径50センチほどの太さのカラマツの真っ直ぐな幹が、1.5メートルから2メートルの間隔で密生しているだけでなく、足元は高さ4~50センチの下生えの草々や、頑丈な根を張るクマザサなどで一面に覆われ、歩を進めるにも注意がいる。家を建てる分の木を切り倒しても、周囲で待機している実生の木々がすぐに伸びて、1~2年で自然の中に埋まってしまう――そんな気持さえ抱かせる“豊饒の地”が、そこにあるように思えた。

 妻は「眺めのよい土地」を望んでいた。私は「森の中」でも構わないと思っていた。森を切り拓いて牧場や畑にした土地の中にも眺望のよい場所はあったが、それでは「山に棲む」という感じがあまりしなかった。そういう土地は比較的低地にあり、病院や役所や商業施設にも近いから、定住するつもりならそちらの方が便利である。しかし私たちは、当面は「週末の利用」しか考えていなかったから、生活に多少不便でも、いかにも「山に来た」という感じのする土地を探していた。

 目の前にある土地は、そんな私たちの希望通りの森であったばかりでなく、妻の求めた眺望にも優れていた。大泉村は、山梨県の西北の端に聳える八ヶ岳の長い、なだらかな裾野にある。南向きの斜面だから、気候は太平洋型で温暖である。しかし、八ヶ岳の南側の裾野が終った先は、平地ではなく南アルプスが立ち上がる。ほぼ真南に荒倉山(1132m)、甘利山(1745m)が見え、その右手(西)に甲斐駒ヶ岳(2965m)やアサヨ峰(2799m)が聳え、そして日本第二の高峰である北岳(3192m)の頭も見える。私たちが来た土地からは、これらすべての山々は臨めなかったが、甲斐駒ヶ岳、アサヨ峰、そして北岳の頭が木々の上から覗いていた。

 妻と私がその土地を気に入った様子を見て取った案内人は、次回見に来るまでに、立て込んだ木々を少し伐採しておくと言った。その方が、家を建てた時の感じがよく分かるという理由だった。しかし、その「次回」に私たちがそこへ行くと、売地の敷地内の木がほとんどなくなっていたので驚いた。しかも、一人でそれをしたらしい。「そんなに切らなくても」と思ったが、敷地内の南側は急な斜面になっていて、そこを避けるためには家を北側に寄せて建てねばならず、そうすると、木材などの建築材料を置いたり、整地や基礎工事用の重機を動かすための空き地が必要になるらしかった。

 私はこの時、一見どんなに深い森であっても、今の機械を使えば木は簡単に伐採できるということを実感した。

 山荘の建設は、雪解けを待って2001年3月に始まり、7月の末には建物が完成した。しかし、庭を造ることは頼まなかった。自分で造るつもりだったからだ。東京の自宅の庭では、土が露出している所には、何もしなくてもすぐに草や木が生えてくるので、八ヶ岳山麓の“豊饒の地”ならば、なおさら緑に不足することはないと安易に考えていた。大体すぐ隣は森なのだから、植物の種子は頼まなくても先を争ってこの地に根付こうとするに違いない、と私は思った。

 8月の夏休みに1週間少し山荘に滞在し、庭造りをした。建物に近い敷地の東側に、まず花壇を作った。そのために客土が必要なことがやがて分かった。というのは、山荘の土地は、黄色い堅い土の中に無数の小石が詰まっていて、容易に耕すことができなかったからだ。鍬を入れるとすぐに石に当たり、それを掘り出すためにシャベルかスコップに持ち替えねばならない。しかも、掘り出そうと思った石が片手で持てるほど小さければいいが、両手で持ちきれない大きさの岩もいくつも埋まっているのだった。そして、そういう岩や石をすべて掘り出したとしても、残った黄色の土は、「土」と呼ぶにはあまりにも粗い直径数ミリの粒で、その粒は小石のように堅い。簡単に言ってしまえば、この土地の地盤は礫岩と小石でできていたのである。

 八ヶ岳は100万年から300万年も前にいくつもの噴火が起こってできたと言われているが、その時の火山礫や火山灰が堆積してできたのが裾野だ。だから、山腹の地盤が岩や小石でできていることに何の不思議もないはずだった。しかし、鬱蒼と繁った森や、深い下草を見てきた私は、そのわずか数十センチ下に、そういう太古の地層が眠っていることなど想像もできなかった。山荘の工事で、森の薄い表土を掘り返してしまった後は、そこはもう“豊饒の地”などではなかったのだ。

 小石だらけの庭は、朝は露が降りてしっとり焦げ茶色に湿っているが、太陽が上がり、十数メートルの高さのカラマツ林の上方から夏の陽が差し込むようになると、地面は水蒸気を立ち上らせながら急速に乾いて黄色くなる。そこへ植物を植えて水をあげても、その黄色い土は砂地のように水分を吸い込んでいき、長く水気を保たないのだった。庭ですぐ植物を育てるためには、どこからか土を運んでくるほかはなかった。

 2トン積みトラック1台分の畑の土を注文し、庭の真ん中に下ろしてもらった。その土の中にも小石が多く混じっていたから、フルイを使って取り除き、細かい土を花壇となる場所に入れる。そういう作業をせっせと繰り返しながら、山荘での休日を私は過ごした。そして思ったことは、土は初めから地球上にあったのではなく、「森によって作られる」ということだった。その森を破壊すれば、土も失われるのである。それが、土地の「砂漠化」である。環境問題の解説書なら、どんな本にもそんなことは書いてある。しかし私は、そういう場合の「森の破壊」とは、チェーンソーとブルドーザーを使って、大勢の人が、広大な領域の森を伐採することだと思っていた。また、その結果できる「砂漠」とは、イラクやアラビアの砂漠のような、あるいは少なくとも鳥取砂丘のような広さをもった“不毛の地”のことだと思っていた。ところが、目の前の黄色い庭は、それが「砂漠」以外の何ものでもないことを否応なく私に告げていた。大げさに聞こえるかもしれないが、私は山荘を建てるために、付近の土地を砂漠化したのである。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月25日 (月)

地球温暖化は進んでいる

 このところの異常気象を、読者はどう感じているだろうか? 昨年の今ごろの本欄では「3月はライオンに始まり子羊で終る」というイギリスの諺を紹介して、日本の気候と似ているという話を書いた。つまり、3月は獅子が暴れるような荒い気候で始まって、穏やかな温かさの到来で終るということで、これなら、日本とそう変わらないと書いたのだった。しかし、今年はそれが逆立ちしているように思う。3月も下旬に入った春分の日の21日に、日本中は強風に見舞われ、カラカラ天気が続いていた各地では砂ぼこりで空が曇るほどだった。だから、平年より15日早く、観測史上では最も早くサクラが満開になった東京をはじめ、各地で花見をしていた人々は散々な目にあった。私はその日、家族4人で多磨霊園へ行ったが、墓参を終って霊園内の満開のサクラを楽しもうと思ったが、目が痛くてとてもそんな余裕はなかった。

 気象庁によると、この日はまた、中国大陸で発生した黄砂が日本に運ばれ、広島、山口、福岡、長崎など西日本各地に降ったという。この「黄砂」の現象は20日に、中国北部からモンゴルにかけての広い範囲で起こり、激しい砂嵐によって北京では視界が一時200メートル以下になり、被害の範囲や砂塵の濃度はほぼ10年ぶりの規模だったという。黄砂の発生はもちろん、モンゴルあたりの砂漠の黄土が巻き上げられることが大きな原因だが、経済発展にともなって、中国内陸部で大規模な森林伐採が行われていることとも関係が深い。新たに砂漠化した土地の砂が舞い上がって、日本海を越えてやってくるのだ。

 本欄の読者が教えてくれたのだが、翌22日の朝は、北海道の小樽で黄粉をまぶしたような雪が降ったそうだ。ちょうど出勤時間の頃、あたり一面がセピア色に染まって、朝なのに夕陽を浴びたような景色になったという。その“黄粉色の雪”の量は半端なものでなく、同市内を走る車は皆、全身から黄色い泥の汗を流したようになったので、市内のガソリン・スタンドはこの日、一日中、洗車を待つ車の列が続いたそうだ。

「野菜の値段が暴落」という記事も最近読んだ。3月初めの気温が異常に暖かだったので、葉物野菜を中心に成長が良好で、供給が需要を上回ったことが原因だ。こうなると農家では、価格の下落を防ぐために、せっかく育った作物を大量に廃棄するそうだ。アフガニスタンの人々はどう感じるか、などとつい思ってしまう。私の家では、野菜等の食料品は自然・有機栽培志向の宅配会社と契約しているが、この会社は、そういう“豊作貧乏”の問題を軽減するために「豊作くん」という商品を扱っている。これは、消費者が「豊作くん」の注文を登録しておくと、その時、会社と契約している農家で多く穫れ、注文を上回って入荷した野菜を配達してくれる制度だ。こうすれば、予め決めてある値段(1口上限150円)で消費者がそれを買うから、農家の側も損をして出荷する必要がなくなる。消費者は、野菜を必ずしも安く入手できないが、生産者保護と無駄の削減に貢献することができる。例えば、わが家に21日に届いた「豊作くん」はキャベツ1個で、これは150円だった。同じ時に、妻はキャベツを別に1個注文してあったが、これは「豊作くん」のキャベツよりやや大きく、250円だった。

 この“異常陽気”については、22日付の『朝日新聞』夕刊が、気象庁の言葉を引いて「9年ぶりの全国的暖冬」の影響と伝えたが、その原因については北極圏上空の寒気の渦の動きである「北極振動」、冬季にも最低気温が下がらない「熱帯化」、そして大気中の二酸化炭素等の濃度上昇による「温室効果」の3つを挙げていた。北極のことに触れたので、ついでにその反対側の南極の変化について言えば、NASA(米航空宇宙局)の最近の発表により、南極大陸にある最大級の棚氷「ラーセンB」が、今年の1月からたった1ヶ月のうちに大崩壊したことが分かった。原因の一つに、夏(南極の1月は夏!)の異常な暑さが指摘されている。この棚氷は、約1万2千年前にできたものと考えられており、氷の厚さは約200メートル、面積は実に3,250平方キロメートルに及ぶ。この広さは、東京都や神奈川県、佐賀県よりやや広く、埼玉県や奈良県よりやや狭い。ただ、それによる世界的な海面の上昇はないという。

 海面上昇については、やはり3月22日付の『ヘラルド朝日』紙が“水の都ベニス”のことを取り上げている。この町では、すでに20世紀末には階段1段分水位が上がったという。だから、潮位が上がる明け方には、人々は以前より早く起きて家から水をかき出さねばならないそうだ。同市で最も低地にある聖マルコ広場は昨年、90回以上水を被った。同じ場所が、1920年代の10年間で浸水した回数は60回未満というから、海面上昇の程度が想像できる。科学者の予測によると、地球温暖化がこのまま進行すれば、今世紀中に海面は最大であと階段5段分(90cm)上昇することになるから、ベニスの住人は他へ移動しなければならないかもしれない。それを未然に防ごうと、同市入口の3ヵ所の水路に79個の巨大な鉄製の堤防を設置する案が出ているが、それを実行するためには23億ドルもかかる点が問題になっている。同じことは、遅かれ早かれ、地球上の海抜の低い都市すべてに当てはまってくる。アメリカではニューヨーク、マイアミ、インドはカルカッタ、バングラデッシュのダッカ、オランダのアムステルダム、ハーグ、ロッテルダム等に住む人々にとって、温暖化はだから深刻な問題なのだ。そして、さらに深刻なのは小さい島国の人々だ。例えば、南太平洋のツヴァル諸島は、最初に海面下に沈む国の一つだと言われていて、1万1千人の国民のニュージーランドへの移住が、すでに始まっているという。

 わが国では3月19日に、京都議定書批准に向けた政府の「地球温暖化対策推進大綱」が決定されたが、その内容は“かけ声”が主体で、税制を伴うような実質的な計画とは言えないようだ。特に今後、二酸化炭素の排出を増やさないように、10年間で10~13基の原発の建設を考えている点など現実的でない。また、民生分野の温室効果ガスの排出を現状から2割ほど減らすために、国民に求める日常的取り組みも発表した。しかし、そのほとんどはすでに言い古されたことであり、私など実行ずみのものが多い。これに加えて、排出量世界一のアメリカが京都議定書不参加の姿勢を崩さないことなどを考えてみると、地球温暖化が今後も進行していくことを人類はしばらく阻止できないと思う。阻止できるとしたら、それは、温暖化の影響による地球規模の被害がさらに深刻化し、物質主義的な生活向上を人々がいくら求めても、温暖化から来る被害によって向上分が帳消しになってしまうような事態が到来してからかもしれない。そうならないように、人々の意識をもっと高めることも光明化運動の役割の一つではないかと思う。   (谷口 雅宣) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月19日 (火)

釈迦と悪魔

 3月のあるうららかな日の午後、釈尊が菩提樹下で瞑想をされているところへ、悪魔がひょっこりやってきて問答を仕かけた:

悪魔--これはこれはお釈迦さん、こんな陽気でも座禅三昧ですか。私は少し妙な話を聞いたので、ちょっと教えを乞おうと思ってここへやって来たんですがね。
釈尊--何かね。
悪魔--いやね、私ゃ普段はユダヤ以西がテリトリーなんですがね、今日ははるばるインドまで来たってのはわけがありましてね、何でも20世紀に日本という国で始まった宗教では、「悪はない」って教えているらしいんです。それだけでも十分奇妙な話ですが、もっと妙なのは、その「悪はない」って教えはお釈迦さんも説いたなんて言ってるそうでしてね、私ゃ「そんなバカな」と思ったんですが、仏教のことはあまり詳しくないんで、ひとつ教えを説いた張本人に聞いてみれば一発で疑問解消だと思いましてね。
釈尊--私が「悪はない」と説いたかどうか聞きたいというのか。
悪魔--そうです。
釈尊--何のために、それを知りたいのかね。
悪魔--そりゃ、お釈迦さん、私にとっては重大事ですから。
釈尊--なぜかね。
悪魔--だって、私は悪魔ですから。悪がないなら、私はいないってことになるでしょ。
釈尊--誰があなたを悪魔だと言ったのか。
悪魔--誰って、みんなです。地上でも天上でも霊界でもアストラル界でも、すべての生き物は私のことを「悪魔」って呼ぶし、私もそうだと思う。
釈尊--なぜあなたは自分が悪魔だと思うのかね。
悪魔--そりゃ、悪いからです。徹底的に悪い。
釈尊--どんなことをあなたは「悪い」と思うのかね。
悪魔--へへへ、お釈迦さん。最近の私の仕事、聞いてくださいよ。
釈尊--何をしたのか。
悪魔--2001年9月11日ですよ。
釈尊--その日に何があったのかね。
悪魔--えっ、知らないんですか?
釈尊--私の前には極楽浄土があるのみだ。
悪魔--あっ、そう。じゃあ、話がいがあるなぁ。簡単に言えば、何百人も人の乗った旅客機を、何千人も人が働く高層ビルにぶち当ててやったんです。ありゃぁスゴかったね。しかも1回じゃなくて、2回もね。3回目は残念ながら目的が反れたから、犠牲者は少なかったですがね。
釈尊--大地震が起これば、そのくらいの数の犠牲者は出るのではないかな。
悪魔--えっ? 地震の方が私より悪いってこと?
釈尊--そうは言っていない。


悪魔--私が「徹底的に悪い」って言ったのはね、その惨事を全部神様のせいにしてやったからですよ。人間の世界ではね、あれは悪魔の仕業なんかじゃなくって、神の名において、信仰深きイスラム教徒がやったってことになった。だから、イスラム教徒は迫害されたね。そして、キリスト教徒が報復戦争を始めただけじゃなくて、ヒンズー教とイスラム教の信者の間にも今や戦いが起こっている。そういう様子を見て、神への信仰を捨てた人もいっぱい出た。「宗教を信じることは百害あって一利なし」ってわけですよ。こういうことは地震なんかにはできないね。
釈尊--で、それが「徹底的に悪い」という意味かね。
悪魔--そう。これ以上に悪いものは、地上にも天上にも霊界にもアストラル界にもない。
釈尊--なぜ、それが悪いのかね。
悪魔--えっ? お釈迦さんは悪いって思わないんですか?
釈尊--昔、地球に落ちて恐竜を絶滅させたような隕石がまた落ちれば、人間は自分が助かるために世界戦争を始めるかもしれない。そんな時は、宗教などに構っていられないのではないか。
悪魔--あっ、また転変地変をもってきて、私の悪さを低めようとするのですか。意地が悪いなぁ、お釈迦さんは。
釈尊--如来に「意地」などというものはない。あなたの方が意地を張っているのではないかな。
悪魔--どういう意地です?
釈尊--自分こそが最悪でなければならないという意地だ。
悪魔--そりゃそうです。何しろ私は悪魔ですから。
釈尊--ところで、あなたはどうして9月11日の事件が最悪だと分かるのかね。
悪魔--その質問にはもう答えたと思いますが? 「徹底的に悪い」という理由は、前に話した通りです。
釈尊--いや、そうではなく、あなたはどうやって「やや悪い」とか「相当悪い」とか「最も悪い」などというように、悪さを量ることができるのかね。あなたがもっている“悪さの量り”とは、どういうものかな。
悪魔--そんなこと、考えたことなかった。しかし、言われてみれば、確かに私は悪さをランクづけしてましたね。うん、そうです。その“量り”っていうのは、こういうことです。人間が希望していることをどれだけ裏切るか。人間の望みをどれだけ打ち砕いてやるかによって、悪さの度合いが決まりますな。私は悪魔だから、人間にとって最も絶望的な結果を引き起こすのです。
釈尊--ということは、人間は皆、善を望んでいるということかな。
悪魔--うっ、鋭い質問ですね。それは一概には言えませんね。ある人間が私の味方になった時、彼は悪を望むんです。あのオサマ某のようにね。
釈尊--それでは、オサマ某の方があなたより悪いこともあるのだね。
悪魔--そんなことはありません。オサマ某は私の入れ知恵によって悪事を起こしただけです。
釈尊--それでは、オサマ某はあなたがいなければ、悪事を起こさなかったということかな。
悪魔--その通り。
釈尊--では、オサマ某は根は善人ということになる。
悪魔--まあ、そういう言い方もできるでしょうが、「私がいない」なんてことはないから、彼は悪人なのです。
釈尊--ふーむ。ではそのことは、オサマ某だけに当てはまることかな。つまり、悪魔であるあなたがいなければ、オサマ某だけが善人でありえるのか、それとも、ほかの人間も皆、善人たりえるのかな。
悪魔--お釈迦さん、私は悪の根源です。私がいなければ、人間はみなエデンの園に今でもいる。
釈尊--では、悪の原因は人間にないのだから、この問題は結局、悪魔であるあなたが本当に悪いのかどうかという命題に帰着するね。
悪魔--お釈迦さん、何だかソクラテスみたいな話し方ですね。
釈尊--私は、古代ギリシャにいたこともある。
悪魔--そりゃそうだ。私もいたことがありますからね。
釈尊--それで、人間の問題は無視して、あなたが悪かどうかを検討することでいいかな。
悪魔--いいでしょう、あまりにも自明なことです。
釈尊--何が自明かね。
悪魔--私が最悪ってことです。
釈尊--それほど自明ではないと、私は思うね。例えば、あなたが持っている“悪さの量り”について考えよう。
悪魔--いいでしょう。
釈尊--その量りの長さは、どこまであるかな。つまり、「最悪」の所は9月11日の事件だというけれど、「相当悪い」とか「やや悪い」という判断もあなたにはできるわけだね。
悪魔--それはね、私がどれだけ工夫するかによるんです。工夫すれば工夫するほど、どんどん悪くなる。
釈尊--その「悪さ」は、人間の希望を裏切る程度によって決まると言ったね。
悪魔--言いました。
釈尊--ということは、あなたは人間の希望をよく知っているということだ。
悪魔--そうなりますね。知らないでいて裏切ることはできませんから。
釈尊--とすると、ある人間が善いことをしようと思っていると、その意図も分かる。
悪魔--そうです。そして、そうならないように仕掛けをする。
釈尊--ということは、その人のしたいことが「善い」ということが分かる。
悪魔--そうですね。
釈尊--では、あなたの心には「善さ」に感応するものがある。
悪魔--「感応」という言葉は好きじゃない。人間の善さを「忌み嫌う」ものがあるんです。
釈尊--しかし、感応しなければ忌み嫌うことはできないはずだが。
悪魔--じゃあ、感応して忌み嫌うんですね。
釈尊--だから、やはりあなたの心には「善さ」に感応するものがある。
悪魔--それがあると、どうだというんです?
釈尊--善さに感応するものは、善いものだけだ。
悪魔--感応した結果、悪を生み出してもですか?
釈尊--忌み嫌うからそうなるのだ。それをやめればいい。
悪魔--冗談言わないで下さいよ、お釈迦さん。善を忌み嫌わなくなったら、悪魔じゃない。
釈尊--悪魔じゃなくてもいいんだよ。あなたの中には「善」のセンサーがあるんだから。
悪魔--うーーん、何だか分からなくなってきた。「善」のセンサーは、それを憎むためにあるんだ。善を感知して破壊するためにあるんだ。それは、ネズミ捕りとかクマの罠と同じだ。獲物を感知して殺すだけだ。
釈尊--ネズミ捕りやクマの罠は、獲物を感知することはない。獲物の方がエサを感知して近づいてくるのだ。
悪魔--私もそうだ。人間の方が悪を感知して私に寄ってくるのだ。
釈尊--自分をゴマ化してはいけない。たった今、あなたは善を感知して破壊すると言ったではないか。
悪魔--お釈迦さん、いったいあなたは何を言いたいんですか?
釈尊--私が言いたいのではない。あなたが言ったのだ。
悪魔--何をですか?
釈尊--あなたは善を感知するセンサーをもっていると。
悪魔--だから?
釈尊--善に感応するのは善だけだ。
悪魔--それで?
釈尊--だから、あなたは善だ。
悪魔--あっはっはっはっは……。悪魔が善だったら、悪はない。
釈尊--その通りだ。
悪魔--だったら、悪魔は悪ですよ。だって悪はあるんだから。
釈尊--悪が悪だと分かるのは、善のセンサーがあるからだ。
悪魔--じゃあ、善のセンサーがあっても悪を行うのはなぜです?
釈尊--それはあなたが、仏の慈悲を受け入れないからだ。
悪魔--お釈迦さん、「仏」ってのは私の世界にはいません。
釈尊--じゃあ、「神」でもいい。あなたは神の愛を拒否しているから、善を知っていてもそれを憎む。その憎む心が悪を現わすのだ。
悪魔--悪魔である私が、神の愛を受け入れるはずがない。
釈尊--なぜ。
悪魔--だって、悪魔は神から愛されていない。
釈尊--あなたが勝手にそう思っているだけだ。神はあなたを愛している。
悪魔--何を言うんです。根拠のないことを言わないでください。
釈尊--善のセンサーをもっていることが、何よりの証拠だ。
悪魔--しかし、それを悪用する。
釈尊--ほら、そのことだ。自分のしていることが「悪用」だと分かるのは、どうすれば善用になるかを知っている証拠だ。その善なる知識に素直に従えばよいのだ。
悪魔--悪魔に善知識があるっていうんですか。
釈尊--自分を悪魔と呼ぶのをやめなさい。善のセンサーをもち、善知識のあるものは悪魔ではない。
悪魔--それでは、私の生きている意味がない。
釈尊--神はあなたを愛し、善のセンサーも善知識も与えてくれた。それを素直に認め、神の一部として生きればよいのだ。
悪魔--お釈迦さん、それでは悪はなくなってしまう。
釈尊--悪はもともと存在しない。存在しないものに執着して、それを自己だと思ってはいけない。悪は必ず善に通じる。それは悪が見せかけの存在だからだ。恐竜の絶滅は人類の地球への誕生につながった。奴隷制度は多民族共存の制度につながり、第二次世界大戦は国際連合や国際経済制度につながった。9月11日も、いつか必ず善なる結果に通じるだろう。いずれなくなってしまう悪に自己を執着させることは、無意味だ。悪魔など存在しないのだ。
悪魔--私は存在しない……。
釈尊--そうではない。あなたは本当は天使であり、仏なのだ。
悪魔--ああ、お釈迦さま! 私の体が消えていく。
釈尊--消えゆくものは本物ではない。あなたは神の子として、如来として生まれ変わるのだ。
悪魔--あぁ……。
(谷口 雅宣) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月16日 (土)

“悪はない”と宣言

 今年の春は早い。地球温暖化の影響かと一抹の不安を感じるが、寒さが緩んで暖かくなることは、無条件に心をうきうきさせてくれる。昨日は、東京の都心での気温が最高で23.9℃まで上がり、平年より11.3℃も高い5月下旬の暖かさになった。わが家の庭では数日前にシャガが咲き、モクレンは満開で、レンギョウまで咲いている。昨日はスノーフレークが一斉に開花し、ヒキガエルが池の中で盛大に恋愛劇を演じはじめた。また、関東地方では春一番が吹いたとの宣言も出た。そして気象庁は今日、観測史上もっとも早く東京に桜(ソメイヨシノ)の開花宣言を出した。

 こうやって言葉で宣言すると、本当にそうなったという気がする。春の始まりの頃の強風は、別に昨日初めて吹いたわけではない。また、東京にある夥しい数のソメイヨシノが、昨日より前に花をつけていなかったわけではない。しかし、公の機関が機会をとらえて、厳かに「春一番が吹いた」とか「サクラが咲いた」と宣言すると、我々の方も「いよいよ本格的な春だ」と頭が切り替わるから不思議だ。ついでに「日本経済は不況を脱出した」とか「テロは撲滅された」という宣言も出ればいいのだが、こちらの方は季節の移り変わりのような、必ず起こる自然現象ではなく、人間の心の問題だから、信憑性を獲得できるかどうか疑問だ。

 では「悪はない」という壮大な宣言はどうだろうか? 生長の家は70年以上前からそれをしているのだが、残念ながら、信じない人の方が信じる人よりもまだ多いようだ。にもかかわらず、アメリカ南部の町長さんが最近そう宣言して、話題を巻き起こしている。もっと正確に言えば、この町長は「悪魔はこの町からいなくなったし、金輪際入り込むことはできない」という意味の宣言を書いた紙に署名捺印し、それを4本の中空の柱の中に入れ、町の境界に立てたというのだ。今日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えている。

 この人は、キャロライン・リッシャーという女性で、フロリダ州西部の港町タンパから北へ120キロほど行ったところにあるイングリスという、人口約1400人の町の町長である。去年のハローウィンの日の夜に“神の声”に導かれて、その悪魔追放宣言を書いたという。柱を立てるという案は、地元のキリスト教会の牧師が言い出したのだが、その背景には、この町の若者たちが妙な服装や行動をするようになり、薬物の使用が噂され、家庭内暴力が増加しているとの認識があったようだ。

「悪はない」というのと「悪魔を金輪際追放する」というのでは、考え方に大きな違いがある。前者は悪の存在自体を根本的に否定しているが、後者は悪の存在を認めたうえで、それが自分(たち)の中に入り込まないことを宣言している。宣言文の一部を引用すると、「この日から、私は次のように宣言する--闇の支配者であり、悪を与え、善と正義を破壊する悪魔は、今、また将来にわたっても、この町に決して入ることはできない。悪魔は無力である。もはやわが市民の何者をも支配することができず、影響を与えることもできない」というわけだ。これでは悪魔の存在を明確に認めているから、「認めるものは現れる」という法則が適用されるかもしれない。

 この「悪魔追放」の宣言を埋めた直後から、役場の電話が鳴り出した。受話器を取ると「私は悪魔だが、町長はいるかね?」「キャロラインか? オレは悪魔だが、あんたがオレのこと大好きなのは知ってるぜ」という調子だ。もちろん、これは悪い冗談なのだが、もっとタチが悪いのは、3月の初旬になって悪魔追放宣言を書いた紙が、柱ごと全部盗まれたことだ。これに対して町は、すぐに代わりの宣言書を作り、柱の中にそれをしまい、先週、今度は柱をコンクリートの中に埋め込んで立てたという。悪魔の側につく人は、しかし少数で、大部分の町民は「法律を守ろう」という姿勢に於てまとまってきたというのが、この町の警察当局の評価だ。

「政教分離」を掲げる現代のアメリカ社会で、このような政策が実行されることには驚かされる。それだけキリスト教の考え方が浸透しているということだろう。では、日本で同様のことが行われる可能性はあるだろうか、と考えてみる。どうもなさそうに思えるが、ひょっとしたら節分の豆撒きなどは、これに該当しないだろうか。日本語の「鬼」を英訳すれば「demon」であり、「demon」を「悪魔」と訳している辞書もある。厳密に言えば「鬼」は「devil」や「Satan」ではないが、近いものではある。だから、日本の町役場や市役所で「鬼ワーソトー!」と盛大に豆撒きをやったとすると、これは「政教分離」の原則に違反することになるのか。何だかややこしくなってきたが、そういう宣言だったら日本でも各所で行われているような気がする。だから「悪はない」という宣言まであと一歩、と考えることもできる。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月14日 (木)

108円の冒険

 休日を利用してやって来た山梨県長坂町のショッピング・センターで、ちょっと冒険をした。などと書くと、まるで高額な買い物をしたか、あるいは万引きでもしたように聞こえるかもしれない。しかし、それは極めてささやかな“冒険”だった。

 ショッピング・センターには文具店が入っていた。私は、買ってきたものをカートに入れて押しながら、その文具店の前まで来た。すると、店の棚に原稿用紙が置いてあるのに気がついた。「あっ、原稿用紙だ」と私は思った。こういうものを使わなくなって久しい。それは、決して上質とは言えない黄ばんだ紙の上に、赤茶色の罫線で縦書き用の升目が印刷されている。そう、これがB5判のサイズだった。この大きさの紙にも、久しく接していない。これはきっと小学生用のものなのだろう、欄外に「年」「組」「名前」を書き込む余白まで印刷されている。地元の小学校では、今もこんな用紙を使っているのかと思うと、急に懐かしくなって手を伸ばした。20枚ほどの束になっていて、持ち上げた時の感触もいい。「ほしいな」と思ったが、すぐに「何のため?」という疑問が、理屈好きの私の頭に浮かぶ。

 私は一応「ものを書く」という仕事に従事しているが、もう10年以上も原稿用紙を使ったことがない。原稿はパソコンで書き、パソコンの画面上で推敲し、仕上がったファイルを通信回線で編集者に送る。この送稿の直前に、一度プリンターで印刷して最終原稿を作り上げるが、長文を手で書くことからはずいぶん遠ざかっていた。理由は簡単だ。手書きは非効率的だからである。

 しかしその日は、非効率的であるというそのことに、妙に魅力を感じた。このショッピング・センターへ来たのは、八ヶ岳南麓にある山荘で1泊2日を過ごすのに必要な日用品などを買うためだが、考えてみれば、こんな非効率的な休日の過ごし方はない。東京から2時間も車を飛ばし、高速道路代とガソリン代を使い、さらに光熱費もよけいに使う。東京と山荘間を往復すると、それだけで1万円と4時間が消える。同じお金と時間を都内で使うつもりなら、妻と二人で映画を見、ホテルのレストランでゆっくり食事が楽しめる。しかし、そういう効率的な時間の過ごし方とは別のものにも価値があると認めたから、山に家を建てたはずだった。

 自然は不便だ。決して人間の都合に合わせて動いてはくれない。冬は雪で埋まり、せっかく出てきた木々の新芽はシカが食べるし、作物はイノシシが掘り返す。夏はブヨに刺されるし、間違ったキノコを食べれば、それこそ命を脅かされる。そういう他の生物を“邪魔者”と考え、すべて排除して人間だけの王国を築いたもの--それが都会だ。そういう都会生活に飽き足らない人間がわざわざ山へやってきて、いったい何を得ようとするのか。

 それは不便であり、非効率である。意のままにならない環境や生物の間にわざわざ自分の身を置いて、自らの行き方や行動を「彼ら」の側に合わせてみるのだ。そんなことが、都会生活に慣れた人間に完全にできるわけではない。しかし、そういう自然に“寄り添う”努力を通して、「彼ら」の生き方を学び、人間である自分と「彼ら」との共通点、相違点を知る。都会では、人間の世界の喜怒哀楽がすべてだと感じがちだ。しかし自然の中では、一生物の喜怒哀楽など容赦しない、それをはるかに超えた大きな秩序が、厳然としてそこにあることを否応なく知る。その秩序の中の一員であることに、なぜか人は満足するのである。

 自然を支配しようとしてきた人間が、自然の秩序の一部であることを知り、他の生物も自分と同じ秩序の一部であることを感じた時、そこに「回帰」の安らぎが生まれるように思う。それは不自由の中での満足であり、「彼ら」との接触や摩擦の中での自己確認だ。「彼ら」に対する抵抗の中で、人間という生物種の一員である自分が形成されてきたという実感、と言ってもいいだろう。それはまた、“生みの親”としての自然への感謝の気持も含む。人間は「楽」ばかりでは、生の実感を得られないのだ。

 ◇  ◇  ◇

 文具店では、小学生用の原稿用紙ではなく、その隣にあったごく普通の400字詰のB4判のものを買った。20枚が108円だった。山荘へ着き、凍結防止のために“水抜き”をしてあった水回りに通水をする。食料品や日用品を家の中へ運び込み、あとの処理は妻に任せて、私は陽の当たるデッキに出て、テーブルの上に原稿用紙をひろげた。そして、清冽な空気の中で、さっそくスケッチ用のペンを使って、用紙の升目を文字で埋め始めた。絵を描くときの抵抗とは全く違う強さで、原稿用紙は私の指先に逆らう。ペンが原稿用紙に引っかかる、と言ってもいいだろう。升目に現われる手書きの文字は、だから驚くほど稚拙だ。長年にわたり、字を書く努力を怠ってきた証拠だ。しかし、この抵抗感の中から生まれる言葉は、キーボードを打つ中から生まれる言葉よりも、何か確かな手ごたえを感じる。錯覚かもしれない。だが、少なくとも悪い錯覚ではない。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月10日 (日)

人間の心は不完全?

 生長の家の講習会が名古屋市であった。例のごとく午前中の私の講話に関する質問を募ったら、質問用紙が30枚ほど返ってきた。これだけ質問が多いと、時間の関係で全部の質問には答えられないので、答える質問を選ばなければならない。「唯心所現の説明をもっと」というリクエストが多かったので、午後の講話の前半でそれを詳しく話した。午前中にもこの教えの説明はしたのだが、不充分な点があったに違いない。「人間の五官は不完全なので、存在そのものをありのまま感じることができない」という話をした時、感覚の「不完全さ」を強調したからだろう、所沢市から来た21歳の男子学生からこんな質問があった:

  人間の不完全な心でどうやって完全な(実相円満な)世界を観ずればいいのですか? 心がある限り決して実相はみつめられないと思います。ということは、生きている限り 決して天国をこの世に顕わし出すということは不可能であるとは言えませんか?

 私は「人間の感覚は不完全」と言ったのだが、この人は「人間の心は不完全」というように理解されている。説明不足だったようだ。私の説明は、人間の五官はどれも不完全で、存在するすべてのものを感じる能力がないし、五官から集められた情報を頭の中で組み立てる際にも、それを完全に、存在の実相そのままの形に、過たずに組み立てることはできない、という意味のことだった。だから、「心も不完全」と言ったと解釈されても仕方がないだろう。しかし、同じ文脈で「人間が真・善・美を求めるのは、人間がそれを知っているからだ」とも言った。「真・善・美」は“神の御徳”とも呼ばれるものだから、それは「完全」という言葉に置き換えることができる。とすると、先の言葉は「人間が完全を求めるのは、人間がそれを知っているからだ」ということになる。「人間が知っている」とは「人間の心が知っている」のと同義だから、すなわち人間の心は「完全」を知っている。完全を知っているものは、「完全」の基準を内部にもっている。そういう意味で、人間の心は完全なのである。

 もっと具体的な話をしよう。講習会でもこのことに触れたが、ソルトレーク・シティーで行われた冬季オリンピックの様子をテレビで見て、私は「人間とは、かくも熱心に“完全”に向かって努力する生き物なのか」とつくづく感心した。読者はどうだったろうか? スピード・スケートでは百分の一秒を争って大変な努力を積んだ人々が、そこにいた。フィギュア・スケートでは、かつては「3回転ジャンプ」が人間の限界だったが、今回は「3回転半」や「4回転」のジャンプが披露された。クロスカントリー・スキーでも、高地での人間の肉体の限界に挑戦する人々の姿がそこにあった。なぜ人間は、あのように「上へ、上へ」と自分を駆り立てるのか? 他人より1秒速く走れたとて、1メートル遠くへ飛べたとて、半回転よけいに体が回ったとて、その人の生存が他人より有利になるわけではない。少なくとも、そうしなければ生きられないわけではない。にもかかわらず、そういう“完全”に近づくために、人々は大きな犠牲を払い、莫大なエネルギーを費やす。それを世界中の人々が見て、興奮し、共感し、感動する。これは、人間が内部の完全性を表現しようとしている姿ではないか。 

 こういうことは、運動選手だけの資質ではない。画家も、音楽家も、俳優も、文学者も、映画監督も、実業家も、発明家も、技術者も、科学者も、農家の人も、料理人も……より優れたものをこの世に生み出すことに生きがいを感じている。つまり、人間は生活のあらゆる側面でエクセレンスを達成することに喜びを感じる種類の生き物である。そのような人間の心には、「完全」のイメージがあると考えざるをえないだろう。

 自己内奥に「完全」があると感じるのが、生長の家の信仰である。私に質問をした男子学生が「人間の不完全な心では、完全は観じられない」という疑問を抱いたとき、彼は恐らく「迷った心では神は観じられない」という意味のことを言いたかったのだと、私は思う。迷った心を時間・空間面に吐き出せば、迷わない本物の心が現れる。言い換えれば、迷った心で何かを行い、その結果が失敗であっても、人間はその失敗を見て、より完全な理解にいたる能力がある。人類の歴史は、そういう学習の連続ではなかったか。このような活動を通して、人間は“天国”をこの世に顕現することが可能であるし、現にそういう活動は営々と行われていると私は思う。

 だから我々は、もっと完全性の方向を見、もっとエクセレントな側面を発見し、地上に真・善・美を表わしているものにもっと注目しなければならない、と私は思う。人の失敗や、醜聞や、贈収賄や、殺し合いや、だまし合いばかりに注目しているのでは、心を「不完全」で覆うことになる。すると、知っているはずの自己内奥の「完全」のイメージは包み隠され、表現できなくなることがある。これが「迷い」の状態だろう。迷いを去るためには、完全の方向に振り向くほかはない。内奥に完全性をもつ人間に、それができないはずはないのである。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月 7日 (木)

風  花

 風花(かざはな)--晴天にちらつく小雪片。降雪地から風に吹かれて飛来してくる小雪(三省堂『大辞林』)。恥ずかしながら、この美しい言葉を私は知らなかった。今日は休日を利用し、2ヵ月ぶりに山梨県大泉村の山荘へ行ったが、その山荘の中で、妻の口からこの耳新しい言葉が出た。でも、その意味をわざわざ問う必要はなかった。雲間から澄んだ青空が顔を覗かせ、春の日差しが山荘の木の床に日溜りを作る中、窓外ではチラチラと輝く小片が降っていた。初めは、歌舞伎の舞台の天井から遠慮がちに桜の花びらが落ちるように、銀粉はまばらにパラパラと舞っていたが、やがて量を増し、谷から吹き上げる強風に乗って、吹雪のように銀粉が乱舞した。そうこうする間に、青空はいつの間にか灰色となり、灰色の空から、やがて金色の筋が何本も山肌に差し込んだ。変わりやすい山の天気は、いつまで見ていても飽きない。

 風花は冬の季語だが、山の春はすぐそこまで来ていた。前日に新聞を読んでいた妻が、大泉村のすぐ隣の高根町に関する記事を見つけた。その記事に添付されていた写真では、積雪が30~50センチもあるように見えたし、写真説明には「“清里の森”の別荘地はいま、雪に覆われている」と書いてあった。だから、標高1200メートルの所にある我が山荘付近はもっと深い雪かと覚悟して、ゴム長靴とスコップを用意し、4輪駆動でない私のオデッセイが雪で進めなくなったら、それを使って雪かきをするつもりで家を出た。ところが、大泉村のある八ヶ岳南麓には雪はほとんどなかった。中央道から見渡せる南麓の緩やかな斜面には、残雪の白は見当たらず、葉が出る前の広葉樹の樹冠が、黄土色と赤茶色の温かい色の塊となって、あちこちにうずくまっていた。我が山荘周辺も、日陰の所々に雪が残っている程度で、車の通行には全く支障がなかった。今年の春は全国的に1週間から10日早いと聞いていたが、ここも例外ではなかった。

 玄関の真ん前に、屋根から落ちた雪が30センチほどの厚さで帯状に横たわっていたが、家の周りにはそれ以外に雪はなかった。水道の凍結防止のために、山荘は“水抜き”の処置が施されていたから、妻と協力して通水作業を行い、一息ついた所で空に「風花」が舞っているのに気がついた。風花の勢いがおさまってから、造りかけの庭に出て去年の作業を点検した。土の表面は、長さ20センチほどもある霜柱のため、浮き上がっている。その氷の力で、庭と通路の境界に埋めておいた板仕切も浮き上がっていた。庭の東南に植えておいた果樹の芽の状態を調べようと思って近づいた時、私は我が目を疑った。そこには背丈ほどの高さのリンゴの幼木が2本あったはずだが、その2本は一回り小さく見える。よく見ると、去年の秋に各枝の先端についていた芽が、全部きれいになくなっている。そればかりでなく、枝の先端が切り取られたようになって、黄色い芯が露出しているのだ。悪い予感がして、そのほかの幼木も見て回った。シラカバは無事だったが、ヤマボウシとモミが同じようにやられていた。“犯人”はシカだ、と私は思った。

 秋にキノコ刈りをした時、よくシカの糞に遭遇した。「山の斜面をシカが走る」と当地の知人が教えてくれた。その目で注意して見ると、山荘の西側に生えた木が、ちょうど人の背丈ほどの高さで皮をむかれている。都会の土地に果樹を植えるようなつもりで、リンゴの木を植えたのがいけなかった。「自然界はなかなか厳しい」と改めて知らされる。農家の人が、イノシシやシカを恨めしく思う気持が少し了解できた。人間に天敵はいなくとも、人間の作物には天敵が多い。だからといって、銃や薬の世話になるつもりはない。果樹の幼木は、ある程度の高さに育つまでは、動物の被害を避けるために筒状の覆いをするのだと、勉強家の妻が調べて教えてくれた。都会人間のレッスンは、まだ始まったばかりなのだ。

 とはいっても、久しぶりの山行きで、我々夫婦は心を洗われた思いで帰途についた。上りの中央道は、長坂から甲府に至る地点で、晴れていれば正面に富士山が見える。今日の富士は、山頂から8合目あたりまで雲の傘を被っていたから、山腹では風花が舞っていたに違いないと私は思った。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月 6日 (水)

ヒト胚利用の周辺

 人間の胚(受精卵)の利用やその周辺の研究が動き出している。今朝の『朝日新聞』によると、京都大学の「医の倫理委員会」が昨日、同大病院にある“凍結余剰胚”をES細胞(胚性幹細胞)の作製に使うことを承認した。“凍結余剰胚”とは、不妊治療のために体外でつくった受精卵のうち、凍結保存してあったものが、妊娠が成功したので不要になった場合を指す。これを利用してES細胞を作製することは、文部科学省の指針では認められている。アメリカでは昨年夏、ブッシュ大統領の示した方針で、既存のES細胞株の研究は認めても、新たに受精卵を破壊してES細胞を作製する研究には国は助成しないことになったが、私費による研究は許されている。

 クローン人間作製は、日本では法律で禁じられたが、その一歩手前の段階に当たる治療目的の「クローン胚」作製は、法律による禁止ではなく、政府の指針の中で原則的に禁止されている。(ということは、政府が方針を変えれば認められるということだ)これに比べアメリカでは、昨秋、クローン人間作製だけでなくクローン胚の研究も禁止する法案が下院を通過した。ただ、上院での審議が始まらないうちに国内のバイテク企業がクローン胚を作製したと発表し、関係者を驚ろかせた。そして、ここへ来て新たな展開があった。それは、4月に上院での議決があるのを前に、クローン胚やES細胞研究の賛成派と反対派が政治キャンペーンを始めたことだ。

 今日付の『ヘラルド朝日』紙によると、賛成派は、脊髄損傷で体が麻痺した映画『スーパーマン』の俳優、クリストファー・リーブを初め映画『ゴースト』のジェリー・ザッカー監督夫妻などの著名人を動員して、治療目的のクローン胚研究の必要を訴えている。遺伝子が同じのクローン胚からES細胞を作れば、そこから移植に安全な組織や臓器が手に入る、というわけだ。ザッカー夫妻には糖尿病の子供がおり、ES細胞研究から新たな治療の道が開かれるというのだ。これに対して反対派は、ラジオやテレビのコマーシャルを使い、科学者たちは、恐ろしいことに“胎児の農場”を作ろうとしている、と訴えている。「あるバイテク企業は、悪夢のような計画を準備しています」とコマーシャルは言う。「彼らは胎児を大量生産したうえ、それを実験で殺害しようとしています。胎児の飼育を計画しているのです」

 このコマーシャルの言い方は、しかし正しくない。治療目的のクローニングとは、患者の体細胞(精子や卵子などの生殖細胞でない細胞)から抜き取った細胞核を、除核卵細胞(核を抜いた卵子)に移植して電気刺激などで融合させてクローン胚を作ることだ。「クローン胚」と呼ばれるのは、これが患者と同じ遺伝子をもっていることと、胚(受精卵)のように胎児の体を形成する能力があるからだ。これを女性の子宮に移植すれば“クローン人間”を作ることができると考えられているが、そうせずに人工培養することでES細胞を得ることができる。このES細胞は患者と同一の遺伝子をもっているから、ここから分化させた組織や臓器は、患者への移植に最適なものとなる、と科学者たちは考えている。コマーシャルは「胎児(embryo)の大量生産」と言うが、この言葉がいくらでも細胞分裂を続ける能力をもったES細胞の培養を指している場合は、「万能細胞の大量生産」という言い方のほうが正確だ。あるいは、ES細胞から神経や血液などの特定の組織に分化させたものを培養することを指している場合は、「細胞株の大量生産」という言い方のほうが正しいだろう。

 そうではあるが、クローン胚やES細胞の研究は、反対派が懸念しているように、「他人の肉体や命を無断で治療に利用する」という側面をもっていることは否定できない。私はすでに、この2つの研究に反対の意思を表明しているから、ここで言う“反対派”の中に入っていることになる。詳しい理由は、『光の泉』誌に書いた文章を参照してほしいが、1点だけ挙げれば、これらの研究は人の「霊魂」の存在を無視しているからである。「科学」の立場からは、そうせざるをえないのだろうが、「科学がすべて正しく、宗教はすべて間違っている」という結論は、まだどこの国でも出されていないはずだ。それなのに科学主導で世界が進んでいくことに、私は危機感を覚える。

 科学が先を急ぐ理由の中には、より有効な治療法を開発しようという善意がもちろん含まれている。しかし、他社や他国に先駆けて新しい治療法のパテントを取りたいというような、経済的な動機も含まれている。今回の日米での新しい動きの背後にも、それはある。この方面の研究では、クローン羊の「ドリー」を生んだイギリスが一歩先を行っている。イギリスの科学誌『New Scientist』によると、2月初めにはイギリス議会が受精後2週までのクローン胚の研究を治療目的に限って認める決定をし、ES細胞を含む幹細胞の“銀行”を設立する計画にもゴーサインを出している。また3月1日には、不妊治療で不用になった胚から、ES細胞を作製する国の許可が2つの施設に出た。同国の幹細胞研究者は、「イギリスが幹細胞の研究で世界のリーダーとなる可能性が、今や現実化している。アメリカと違い、わが国には公的面でも私的面でもES細胞研究に対する適切な規則ができたからだ」と言っている。

 宗教的な立場からいえば、子が生まれるのは、偶然や人為によるのではなく、「この世で生きたい」という霊魂自身の意志があり、さらに、この世の生の中で霊魂が受ける“教育”に意味があるからである。受精卵やクローン胚を医療目的に利用することは、この2つを否定することになる。つまり、霊魂の意志を拒否し、その教育を受ける機会を奪うことになる。また、このような行為を国家や社会が制度として大々的に行うことは、“先行の霊”である現世の人間の延命や福祉のために、“後続の霊”である子や孫世代を犠牲にすることになる。そういう形で人間全体の幸福が実現するとは、私にはとても思えないのである。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2002年3月 3日 (日)

動物の“愛”

 今朝の『朝日新聞』にライオンと草食獣の間にも“親子関係”が成立しうることが報じられていた。かなり稀な関係だと思うが、そういうことが実際にあるとは驚きだった。場所は、アフリカのケニアの中部にあるサンブール自然保護区で、昨年末に5~6歳の雌ライオンが、生まれたばかりのオリックス(ウシ科の草食獣)に寄り添って歩いているのが目撃された。「いつか食べてやろう」と思って一緒にいるのではなく、オリックスが寝るときには脇に添い寝するし、この“子”を守るために、約10日間は何も口にしなかったという。ところが今年の1月6日、この“母”が水を飲んでいる隙をねらって、別の雄ライオンがオリックスを奪って食べてしまった。その後数日間は、雌ライオンは起き上がらずに悲しんでいるように見えたという。

 この雌ライオンは、これで諦めずに、2月の中旬になって再び別のオリックスの“子”を迎えた。しかし2番目の子は、体が弱っており、地面に横たわったままだったという。ケニアの国立公園を管理するケニア野生生物公社(KWS)はこれを見かね、オリックスをナイロビの動物孤児院へ移送したという。記事によると、この雌ライオンは昨年、自分の2頭の子を失い、群れからもはぐれ、独りで暮らしていたらしい。

 オリックスは、雌雄ともに長い角をもった動物で、肩までの高さが85~140cm、体長が160~235cmだから、大きさも牛に近い。アラビアやアフリカの砂漠やサバンナに棲み、草や木の芽や葉を食べるほか、水分の多い球根を前足で掘って食べるという。普通、子は1度に1頭しか産まないが、まれに2頭産む。出産に際しては2~3週間群れから離れるというから、この時、母親のオリックスは肉食獣にやられたのだろう。天敵はライオン、ヒョウ、リカオンなどだから、まさに“天敵”が「親」の行動をしたことになる。

「動物に愛があるか」という問題は、生物学者の間でも時々論争になるが、この例は異種の動物間にも“愛”らしきものが成立することを有力に示している。心理学者のジェフリー・マッソンは『ゾウが涙を流す時』(When Elephants Weep)という本の中で、動物のもつ“親の愛”は、時に種の壁を越えることがあるとして、その例を紹介している。ある実験では、子のいるラットにマウスやウサギの子を与えたところ、それをすぐに自分の子としたばかりでなく、ネコの赤ちゃんも受け入れたという。そして、実験者がその赤ちゃんをラットから離そうとすると、その“親”は抵抗を示した。また、ネコは寝そべった姿勢で子に乳を飲ませるのに対し、ラットは四つんばいの姿勢で乳を与えるという違いがあるが、このラットは、子ネコに乳を与えるのに立った姿勢であげようとして必死になったという。興味をもった実験者が、今度は鳥のチャボの雛をこの母ラットに与えると、ラットは雛の首をくわえて巣の中に入れようとしたので、大変な騒ぎになったという。

 こういう実験は、しかし人間が深く関与しているから、人間と動物の“心”が交流すると考えるならば、必ずしも“自然状態”とは言えないだろう。ところが、上に挙げたケニアの雌ライオンの場合は、人間がまったく関知しない野生の中で起こったことだ。何か“高度”な力がそこに働いたように感じるし、これを「偶然」と呼ぶにはかなり勇気が必要だ。また、動物のこの種の行動を「本能」という言葉で説明することもできるかもしれないが、それなら我々人間の感じる“愛”も本能と呼ぶべきだろう。

 ヒンズー教や仏教の中には、「動物も人間に生まれ変わり、人間も動物に生まれ変わる」という考え方がある。また、仏教のジャータカ物語には、釈迦が前生に於てゾウやサルだった時に、菩薩として愛他行を実践した様子が描かれている。こういう話は、輪廻転生の教義を補完するための“作り話”だと考える人も多いだろうが、牛の子を愛したこの雌ライオンのような例が実際にあると、そういう“高級霊”が、今も動物の間で生きているような気がしてくるのは私だけではあるまい。

 ロマンチックになったついでに、もう一つ思い出したのは、旧約聖書の『イザヤ書』にある記述である。その第11章には、“最後の審判”を思わせる「その日」が来れば、肉食獣と草食獣は仲良く寝食をともにすることを、次のように書いている:

 おおかみは小羊と共にやどり、
 ひょうは子やぎと共に伏し、
 子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、
 小さいわらべに導かれ、
 雌牛と熊とは食い物を共にし、
 牛の子と熊の子と共に伏し、
 ししは牛のようにわらを食い、
 乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、
 乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。

 そういう世界が来ることを、人間が大昔から渇望してきたことは、事実である。しかし、なぜそうなのかは、説明がむずかしい。   (谷口 雅宣)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2002年2月 | トップページ | 2002年4月 »