養子と卵子提供
月刊誌『光の泉』用に「卵子提供を考える」という文章を書いた。60歳で初産をしたという日本人女性の手記を読み、ショックを受けたのがきっかけだった。この人は、24歳年下の中東系アメリカ人と52歳のとき結婚し子をもとうと思ったが、卵子が“老化”していたためできなかった。そこで彼女は、アメリカへ渡って若い日本女性の卵子をもらい、夫の精子を使って妊娠・出産にこぎつけたのだった。目的は、「夫の愛を失わないため」という。私は、他人の結婚に口をはさむつもりはないが、こういう結婚とその後の子育てを考えると、頭の中にいろいろな疑問が出てくることは止めようがない。あまりにも“普通”でないからだ。もちろん、誰も「普通に生きる」ことを強制されてはならないが、生まれた子のことを考えると、何か別の選択肢はなかったものかとつい考えてしまう。
ここ1週間ばかりこの問題を気にかけていたので、今日、仕事場近くにある幼稚園に園児を迎えに来ているお母さんたちを見て、いろいろ考えさせられた。若くてエネルギッシュなお母さんたちの中に、一人だけ頭の白い“お母さん”がいたとしよう。きっと精いっぱい若い恰好をして、もしかしたら自転車に乗ってくるのかもしれない。お母さん仲間の間では、きっと事情を隠し通すわけにはいかないだろう。自ら本を書くぐらいの人だから、初めから「この子は私が60歳で生んだ」と宣言するのかもしれない。大人の間では、それでいいかもしれない。しかし、子どもたちの間では「○○ちゃんは、お母さんがいないの?」とか「○○ちゃんのお母さんは、おばあちゃんなの?」とか言われないだろうか。
まあ、そんなことがあったとしても、幼児は母親の年齢などあまり気にしないのかもしれない。しかし、小学生になれば、自分の両親が友達の親たちとかなり違うことに気がつき、気にするだろう。だから親には、「どうしてママは普通のママより年とっているの?」と聞くか、聞かなくても疑問に思うはずだ。こういう疑問は、放っておいていい性質のものではあるまい。だから、親としては、子に聞かれる前に説明しておくのがいいかもしれない。しかし、どうやって……。卵子提供のことは言わずに、「ママはパパのことをすごく愛していたから、年が違っていても結婚して貴方を生んだのよ」と説明するのか。まあ、説明はそれでもいい。しかし、子供が5年生にもなれば、母親は70歳である。運動会や遠足はどうするのか? 無理に参加しても、ほかの人についていけるのか。学校に頼んで特別扱いにしてもらうのか。父親が代わりを務めてくれるのか。中東系の人は、そういうことに協力的なのだろうか……疑問ばかりが浮かんでくる。
キリスト教系の月刊誌『婦人之友』(婦人之友社)の2月号に、翻訳家の辻紀子さんが12人の子供を養子として育てたヘレン・ドス夫人のことを書いている。この人は、牧師である夫のカールさんと60年前に結婚、4人の子供を育てることを夢見ていたという。ところが医者から、二人のあいだには子は生まれないと告げられて絶望する。当時は、卵子提供はもちろん人工授精も行われていなかったから、この宣告は絶対的だったろう。それから、ヘレンさんの孤児院巡りが始まる。12人もの子育ては大変だったろうが、何が一番幸せだったかと聞かれて、ヘレンさんは「施設から一人、また一人とわが子となった子どもを胸に抱いて連れ帰る時でした。もう孤児院にいなくていいのよ。ここがあなたの家族の家よ、と家に着くと涙がこぼれました。その幸せな思いを私は何度もしたのです」と答えたという。
このドス夫妻は、養子にした子供たちに、幼い時からこう言い聞かせていた--「あなたはもらいっ子よ。大切な子よ。この家に育つために神さまに選ばれて来た大切な子よ」。また、子供たちから何を期待したかと聞かれると、ヘレンさんは驚いてこう答えたそうだ--「夫と二人でひたむきに育てました。ただ健康に育ち、よい配偶者に出会って幸せな家族を持てたらとだけ願いました。私たちのために何かを期待するなど考えてもみません。だって私は12人もの子どもたちから愛をもらったのですもの。これ以上のものがあるでしょうか」。
子を夫婦の鎹(かすがい)とするために、遺伝子や子宮にこだわって子を“つくる”人と、神の愛を信じて孤児を育てる人の差は、大きいと思う。人の卵子をもらって子を得るのと、孤児をもらって育てるのとでは、もらう側の心境に大きな違いがあるだろう。一方は、「自分の子」あるいは「夫の遺伝子」という肉体的、生物学的側面が重要視されるが、他方は、そういう関わりが初めから薄いのだから、「愛(アガペー)」や「神の賜物」というようなもっと精神的、霊的な側面が重視される。どちらがよいかは、宗教的立場からは明らかだと思う。肉体的関係は狭くて永続しないが、霊的関係は広くて永続する。科学技術の発展に目を奪われて、人生の目的を見失ってはならないと思う。 (谷口 雅宣)
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