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2002年2月27日 (水)

養子と卵子提供

 月刊誌『光の泉』用に「卵子提供を考える」という文章を書いた。60歳で初産をしたという日本人女性の手記を読み、ショックを受けたのがきっかけだった。この人は、24歳年下の中東系アメリカ人と52歳のとき結婚し子をもとうと思ったが、卵子が“老化”していたためできなかった。そこで彼女は、アメリカへ渡って若い日本女性の卵子をもらい、夫の精子を使って妊娠・出産にこぎつけたのだった。目的は、「夫の愛を失わないため」という。私は、他人の結婚に口をはさむつもりはないが、こういう結婚とその後の子育てを考えると、頭の中にいろいろな疑問が出てくることは止めようがない。あまりにも“普通”でないからだ。もちろん、誰も「普通に生きる」ことを強制されてはならないが、生まれた子のことを考えると、何か別の選択肢はなかったものかとつい考えてしまう。

 ここ1週間ばかりこの問題を気にかけていたので、今日、仕事場近くにある幼稚園に園児を迎えに来ているお母さんたちを見て、いろいろ考えさせられた。若くてエネルギッシュなお母さんたちの中に、一人だけ頭の白い“お母さん”がいたとしよう。きっと精いっぱい若い恰好をして、もしかしたら自転車に乗ってくるのかもしれない。お母さん仲間の間では、きっと事情を隠し通すわけにはいかないだろう。自ら本を書くぐらいの人だから、初めから「この子は私が60歳で生んだ」と宣言するのかもしれない。大人の間では、それでいいかもしれない。しかし、子どもたちの間では「○○ちゃんは、お母さんがいないの?」とか「○○ちゃんのお母さんは、おばあちゃんなの?」とか言われないだろうか。

 まあ、そんなことがあったとしても、幼児は母親の年齢などあまり気にしないのかもしれない。しかし、小学生になれば、自分の両親が友達の親たちとかなり違うことに気がつき、気にするだろう。だから親には、「どうしてママは普通のママより年とっているの?」と聞くか、聞かなくても疑問に思うはずだ。こういう疑問は、放っておいていい性質のものではあるまい。だから、親としては、子に聞かれる前に説明しておくのがいいかもしれない。しかし、どうやって……。卵子提供のことは言わずに、「ママはパパのことをすごく愛していたから、年が違っていても結婚して貴方を生んだのよ」と説明するのか。まあ、説明はそれでもいい。しかし、子供が5年生にもなれば、母親は70歳である。運動会や遠足はどうするのか? 無理に参加しても、ほかの人についていけるのか。学校に頼んで特別扱いにしてもらうのか。父親が代わりを務めてくれるのか。中東系の人は、そういうことに協力的なのだろうか……疑問ばかりが浮かんでくる。

 キリスト教系の月刊誌『婦人之友』(婦人之友社)の2月号に、翻訳家の辻紀子さんが12人の子供を養子として育てたヘレン・ドス夫人のことを書いている。この人は、牧師である夫のカールさんと60年前に結婚、4人の子供を育てることを夢見ていたという。ところが医者から、二人のあいだには子は生まれないと告げられて絶望する。当時は、卵子提供はもちろん人工授精も行われていなかったから、この宣告は絶対的だったろう。それから、ヘレンさんの孤児院巡りが始まる。12人もの子育ては大変だったろうが、何が一番幸せだったかと聞かれて、ヘレンさんは「施設から一人、また一人とわが子となった子どもを胸に抱いて連れ帰る時でした。もう孤児院にいなくていいのよ。ここがあなたの家族の家よ、と家に着くと涙がこぼれました。その幸せな思いを私は何度もしたのです」と答えたという。

 このドス夫妻は、養子にした子供たちに、幼い時からこう言い聞かせていた--「あなたはもらいっ子よ。大切な子よ。この家に育つために神さまに選ばれて来た大切な子よ」。また、子供たちから何を期待したかと聞かれると、ヘレンさんは驚いてこう答えたそうだ--「夫と二人でひたむきに育てました。ただ健康に育ち、よい配偶者に出会って幸せな家族を持てたらとだけ願いました。私たちのために何かを期待するなど考えてもみません。だって私は12人もの子どもたちから愛をもらったのですもの。これ以上のものがあるでしょうか」。

 子を夫婦の鎹(かすがい)とするために、遺伝子や子宮にこだわって子を“つくる”人と、神の愛を信じて孤児を育てる人の差は、大きいと思う。人の卵子をもらって子を得るのと、孤児をもらって育てるのとでは、もらう側の心境に大きな違いがあるだろう。一方は、「自分の子」あるいは「夫の遺伝子」という肉体的、生物学的側面が重要視されるが、他方は、そういう関わりが初めから薄いのだから、「愛(アガペー)」や「神の賜物」というようなもっと精神的、霊的な側面が重視される。どちらがよいかは、宗教的立場からは明らかだと思う。肉体的関係は狭くて永続しないが、霊的関係は広くて永続する。科学技術の発展に目を奪われて、人生の目的を見失ってはならないと思う。   (谷口 雅宣)

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2002年2月24日 (日)

スター・プリンセス

 生長の家の講習会のため、大阪のホテルの48階で朝を迎えた。部屋のカーテンを開けると、空一面に薄い雲が広がっていたので、窓から一望できる大阪湾一帯は霞んだように見えていた。前夜の天気予報で、今日の近畿地方は朝方は雲が多くても午後から晴れると言っていたのを思い出した。洗面と着替えをすませ、朝食のために部屋を出る。食後部屋にもどってから、朝刊に目を通し、講習会で使うパソコンの画像表示ソフトの点検を行う。そうこうしている合間に、ふと窓の外を見ると、空を覆っていた雲が切れて柔らかい陽光が港や町全体にひろがっていた。その視界のちょうど真ん中あたりに、橋の陰に一部姿を隠しながら、白い大きな客船が一艘停泊しているのを私は発見した。近くの建物や橋と比較してみると、その船が相当な大きさであることが分かった。こんな大型客船に出会うのはずいぶん珍しい。

 私が横浜で新聞記者をしていた頃、客船の入港はなぜか胸をときめかせてくれた。当時、私が所属していた記者クラブは「横浜海事記者倶楽部」といって横浜税関の1階にあり、横浜港とその周辺で起こる様々な出来事を担当する記者の“溜まり場”だった。この記者クラブは通称「海クラ」と呼ばれ、税関関係の取材では、珍しいものの輸入や禁制品の摘発などを記事にしたり、海上保安庁傘下の第三管区海上保安本部では海難事故や難民船の漂着を取材したり、横浜港を管理する横浜市港湾局からは「出船入船」の情報をもらって記事を書いたりしていた。

 その中でも、外洋客船の入港は当時もそんなに数が多くなかったから、入港時には横浜港大桟橋では市消防局の音楽隊が出て歓迎演奏をし、ミス横浜が船長に花束を贈呈して、港は一気に華やいだものだった。そんな時、我々海クラ記者は“取材”にかこつけて客船の中に乗り込み、船内の豪華な雰囲気に浸ることができた。当時、世界最大の豪華客船と言われたクイーン・エリザベス2世(QE2、67,140総トン)やキャンベラなどの内部を覗けたのは、まさに“役得”の一つだった。また、運輸省の練習帆船が着岸し、一斉に帆を張ってセールドリルをする時などは、港周辺はファンたちでごった返した。

 講習会直前の朝、大阪港に大型客船を見つけたとき、昔のそんな記憶がふと蘇ってきて、会終了後は港へ行って客船をゆっくり見るのも悪い考えではないと思った。しかし、そのためには、船が夕方までその場にいてくれねばならない。その点を秘書に調べてもらったら、幸いにもその日の夜までは大阪に停泊しているという。その時聞いた船の名前が「スター・プリンセス」だった。聞き覚えのない名前だと思ったが、私が海クラ記者をやっていた時からもう20年以上たっているから、無理もないと思い直した。

 講習会終了後、船の停泊している河口の対岸へ車を回してもらった。ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のすぐ近くである。にもかかわらず昔、横浜港に豪華客船が着いた時のにぎわいに比べると、嘘のように人通りが少ないのが不思議だった。そこは対岸から来る渡し舟の発着場になっていて、渡し舟が着くと、さすがに数十人の出入りがある。そして、人々はこの豪華客船を見上げてカメラを構えるのだった。私は、そういう人々のカメラの邪魔にならないように、一段上のコンクリートの塀の上によじ登ってスケッチを始めた。そして、その船の大きさに改めて驚かざるをえなかった。

 スター・プリンセスは、今年2月に就航したばかりの超大型豪華客船で、10万9000総トン、全長290メートル、全幅36メートルもある。別の言い方をすれば、背の高さはニューヨークの自由の女神を上回り、長さはフットボール場を3つつなげたよりも長い。デッキ数が16層だから16階建てのビルの高さに等しく、1,300の客室に2,600人の乗客を収容できる。乗組員の数だけでも1,150人という。船主のP&O社は、「プリンセス」と名のつく客船をこの「スター」のほかに「グランド・プリンセス」「ゴールデン・プリンセス」「オーシャン・プリンセス」など12隻もっており、これを「プリンセス・フリート(プリンセス船隊)」と呼んでいる。スター・プリンセスはグランド・プリンセスの同型の姉妹船で、同社の船隊中では最大級だ。

 この船は今回が処女クルーズで、2月13日にシンガポールを出港し、15日はタイ、19日に香港、20日に台湾、21日に沖縄を巡った後、23日に大阪港に寄港したもの。この後のスケジュールは、この日の夜にアメリカに向けて出港、3月2~3日(現地時間)にハワイに寄り、8日にクルーズ最終目的地であるロサンゼルスに着く。そんな旅行のできる日本人が何人いるのか知らないが、「人間は大変なものを造り上げるものだ」とつくづく感じながら、私は大阪をあとにした。   (谷口 雅宣)

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2002年2月20日 (水)

卵子の“乗っ取り”

 今日付けの新聞各紙は人間の卵子の“若返り”と称して、中年女性の卵子の核を若い女性の卵子に挿入してから受精させるという、新しい不妊治療の研究の成功を報じていた。この“若返り”という表現には、しかし注意しなければならないと思う。マスメディアは、何か新しい現象が起こると、分かりやすく、インパクトの強い言葉でそれを表現しようとする。そのこと自体は、決して悪いことではない。しかし、伝えようとする現象の本質が分かりにくい場合、「分かりやすい」表現は本質を隠すことがある。また、「インパクトが強い」言葉は、「センセーショナル」な表現である場合が少なくない。そういう観点から見ると、今回の“若返り”という表現は、かなりアブナイ感じがする。あまりにも楽観的であるからだ。

 これを1面のトップで報道した『朝日新聞』の記事によると、この研究では、40代の女性の卵子の核を、核を除いた20代女性の卵子14個に挿入したという。このうち6個の卵子が成熟したため、体外受精の方法で精子を授精させると、5個が受精卵として細胞分裂を開始し、そのうち1個が「胚盤胞」と呼ばれる段階(細胞数が百数十個の塊)にまで成長したというのだ。これを子宮にもどせば妊娠(着床)する可能性があり、妊娠が順調に進めば子が生まれる。高齢の女性が妊娠しにくい原因は、その卵子の細胞質(卵子内の核でない部分)が老化することにあるらしいとは、以前から言われていた。“若返り”という言葉が使われたのは、その老化した卵子の核を取り出して、若い女性の卵子の細胞質の中に入れることで、卵子の受精能力が高まると考えたからだろう。

 しかし、「A」という人間から遺伝情報のつまった細胞の核を取り出して、「B」という別の人間の細胞中に移植し、Aの指令にしたがってBの細胞の栄養分を利用して成長する細胞は、本当に“若返り”をしたと言えるのだろうか。喩えてみれば、これはAさんの脳を取り出してBさんの体に移植したようなものではないか。それならば、Aさんは“若返り”をしたというよりは、Bさんの体を“乗っ取った”と言った方が、実態をより正確に表していると思う。成長した人間でこれをやれば、恐らくトンデモナイ犯罪になるだろう。では、卵子ならば全く問題がないのか? 『朝日』の記事では、この技術の「安全性」について専門家が注意を促しているが、私はやはり倫理面での社会への影響が心配である。

 昨年前半の本欄の記事をまとめた『小閑雑感 Part 1』(世界聖典普及協会刊)という拙著に、これと似た“治療”によってアメリカですでに30人ほどの子が誕生していることを、私は書いた。「3人親のいる子」という文章(5月19日付)である。ただし、この時の“治療法”は、日本での例とは逆だ。つまり、中年女性の卵子の細胞質を抜き取り、そこへ若い女性の卵子の細胞質を注入する方法だ。前の比喩を使うならば、Aさんの体から脳と皮膚だけを残し、それ以外の組織や臓器をすべて抜き取って、Bさんのものを代わりに入れる--ということになるだろうか。成長した人体では、そんなことは不可能だろう。しかし、卵子間ではそれが可能であり、すでに実用化しているのである。「3人親がいる」という意味は、こういう卵子が受精をすれば、精子の遺伝子と卵子の核内の遺伝子に加え、若い女性の卵子からもらった細胞質内の遺伝子(ミトコンドリア遺伝子)も、胎児形成の一部を担うことになるからである。

 読者はお気づきだろうか、これは一種の人間の遺伝子組み換えである。もちろん、核内の遺伝子の多さに比べれば、細胞質内の遺伝子の数はわずかである。しかし、今回の日本の方法によってもアメリカの方法によっても、生まれた子は父母の遺伝子に加えて、卵子を提供した女性のミトコンドリア遺伝子も引き継ぐ。だから、父母の側にとっては、どんな女性から卵子提供を受けるかは大きな関心事になるだろう。アメリカでは、インターネット上で卵子提供者を選べるシステムができあがっているが、日本にもやがてそのような制度が実現するのだろう。精子提供に比べ、卵子提供は、女性の側に精神的にも肉体的にも大きな負担がかかる。だから、卵子は恐らく有償で提供されることになる。では、どんな女性の卵子も同一の価格になるのか。それとも、アメリカでの実例のように、需要と供給の関係によって卵子に値段がつくのだろうか。もしそうなれば、卵子についた値段は、間接的にその提供者についた値段だといえないだろうか。

 卵子を売買し人間を値踏みする時代を、我々はもう目の前にしているのだ。  (谷口 雅宣)

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2002年2月16日 (土)

金銀銅と松竹梅

 アメリカのソルトレーク・シティーで行われている冬季オリンピックのフィギュア・スケートで、五輪史上初めて、一度確定したメダル順位が覆った。金メダルを獲得したロシアのペアの判定に深刻な疑惑が生じたため、銀メダルを得たカナダのペアに金メダルが授与されることになったのだ。ロシアの「金」はそのままで、「銀」は無しとなった。当初の判定では、9ヵ国から出た審判員のうち、ロシアを1位としたのがロシア、中国、ウクライナ、ポーランド、フランスの5審判で、カナダを1位としたのはカナダ、アメリカ、ドイツ、日本の4審判で、この中のフランスの審判員に不正疑惑がかけられている。こうして国名だけ並べて見てみると、旧東側諸国がロシアを選び、旧西側がカナダを選んだという“図式”が読み取れ、さらに冷戦時代にも東側との関係を重視したフランスが、イソップ寓話の“コウモリ”のような動きを見せたとも読める興味ある結果である。

 スポーツ界は本来、政治とは無縁の実力だけの世界というのが、オリンピックの精神だ。が、実際はその精神が曇らされることの方が多いのかもしれない。ところで、金・銀・銅というメダルの分け方は、これらの金属の経済的価値を基礎としているかのように、はっきりとした順位を表している。金が銀より優れ、銀は銅より優れており、銅は4位以下より優れている--こういう考え方が背後にあって、1位と2位の間がどんなに僅差であっても、優劣が峻別される。だから今回、スピード・スケートの500メートルで、清水宏保選手は1位との差がわずかに百分の三秒であっても、不満気な表情を見せたのだろう。そして、日本の我々も「百分の三秒」の違いよりも「金」か「銀」かに注目したと言える。新聞各紙の見出しは「清水 銀」だった。

 日本ではしかし、このように鮮明な形で優劣や順位が判定されることへの抵抗もあるようだ。「松・竹・梅」という呼称は、そんな時に使われるような気がする。1位も2位も3位もそれぞれいい所があるし、皆がんばったのだから、優劣をハッキリさせずに皆認めてあげよう--こんな“優しい気配り”が、「松・竹・梅」の呼称には読み取れないだろうか。今日は、生長の家の講習会で京都市へ来ているが、ちょうどそんなことを『京都新聞』社会報道部の日下田貴政記者が夕刊に書いていた。

 その記事によると、寿司屋では普通、値段の高いものから順に「松・竹・梅」という。この呼称が「上・中・並」に代って使われるようになったのは、昭和27年ごろからだというのが、東京の全国すし商生活衛生同業組合連合会の会長さんの説だ。「上・中・並」だとランク付けがはっきりしすぎているので、「並」を注文する人が「すいませんが並ください」と気がねしながら注文する。そこで、ランクがあまりはっきりしない中で、縁起がよいとされる「松・竹・梅」が使われるようになったらしい。しかし、このランク付けは全国的にまだ確定していないらしく、京都市東山区の京料理店では、最高級の懐石料理が「梅」だという。

 「松竹梅」をめでたいとする考え方は、中国から来たらしい。その理由は、この3つの植物が寒中でも枯れないからだ。「松」は正月飾りには欠かせない。「竹」は寒中でも青々としており、門松にも使われる。私の隣家の父の庭では、その竹の瑞々しさを生かすために、つい数日前、古くなった竹垣を全部やりなおしたばかりだ。しかし、松竹が寒中に花をつけないのに比べ、梅は寒風の中で咲きほこる。だから、松竹梅の中では梅を最上位にする考え方があっても少しも不思議でない。つまり、植物としての松竹梅は、いずれも甲乙つけがたいというのが本当のところだろう。

 ところで、牛肉の“産地偽装”が発覚して問題となっているが、食品に関する虚偽表示の疑惑は深刻である。食品に嘘を書くなら、何も書かない方がいい。牛肉の表示も「和牛」「米国産」「豪州産」などはいっそやめて、「松」「竹」「梅」にすればどうだろう。牛はどこに棲んでいても、その命は等しく貴重だというのが本当だろう。問題は、人間が自然界のものに何でも勝手に優劣をつけるところにある。そういう観点から見ると、オリンピックは実に“人間的”な行事ではないか。   (谷口 雅宣)

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2002年2月14日 (木)

義理チョコ

 今日は「バレンタインデー」ということになっている。もともとは宗教的な意義をもった欧米での習慣を、日本の菓子メーカーがうまく利用して一大イベントに仕立て上げたのが、この日だ。私がそういうことを何も知らなかった若い頃は、「今年は誰からチョコレートをもらえるだろうか……」と、不安と期待に胸をときめかせる日だった。一年に一度だけ、女性から男性に愛の告白ができる日。しかもその愛は、甘いチョコレートの衣を着てやってくる--実にうまく考えた仕掛けである。ところが、その後の展開は奇妙な方向に向かった。まず“義理チョコ”なるものが登場して、チョコレートに込められた“愛”は限りなく薄められた。さらに女性から男性への告白も、「一年に一度」などと悠長なことをいっている女性は激減し、今はかなり頻繁に行われているらしい。

“義理チョコ”の登場でチョコレートの販売量は急増したかもしれないが、もうらう側にとっては、チョコレートの価値は相対的に急減したはずだ。そんな時、女性が本当に愛を告白する場合、バレンタインデーであってもチョコレートなど贈らずに、別のものを贈るか、あるいはシリアスな顔でストレートに相手に言う時代になってきているようだ。聞くところによると、近頃は愛を告白することを「コクる」と言い、女子高生がコクることも珍しくないそうだ。

 ここ一週間ほど、ラジオの朝の英語学習番組で“義理チョコ”のことを取り上げている。「贈物」についての日本と欧米の考え方の違いを示しているようで、興味をもって聞いていた。番組中の英会話に、こういうやりとりが出てくるのだ(記憶によるので、少々脚色あり)--

日本女性「バレンタインデーが近いので、チョコレートをいっぱい買わなくちゃならなくて、もう大変!」
米国男性「そんなに大変なら、本当にあげたい人にだけ1個か2個買えばいいじゃないか」
日本女性「バカなこと言わないで。そんなことしたら、本当は誰にあげたいか分かっちゃうわ」
米国男性「その目的で贈るんだと思ってたけど……」
日本女性「同じ種類のチョコレートで、数をそろえてあげるんだから、楽じゃないのよ」
米国男性「上等なチョコを本命の人にあげて、あとは安いのにすれば?」
日本女性「それじゃ、本当は誰が好きかすぐ分かっちゃうじゃないの」
米国男性「ええっ? ああ、日本のバレンタインデーは分からない!」

 このやりとりから考えると、今の日本の若い女性は、バレンタインデーには“本命”の男性にも“その他大勢”の男性にも、同じ種類のチョコレートをあげるということになる。なぜそうするかというと、本命にだけあげるのでは露骨すぎて恥ずかしい。しかし、本命にあげないことには、本来の目的は達成できない。また、あげない人がスネたり、自分に冷たくする事態はできるだけ避けたい。そこで、“その他大勢”をカモフラージュとして使い、ワーッと一斉に同じ種類をあげれば、傷つく人もいないし、本命も発覚しない--ということは、やはり日本では、チョコレートは「愛の告白」のために贈るのではなく、「周囲との関係」を円滑にするために贈るということなのだろうか。

 ところで、高校2年の私の娘は、数日前からチョコレートを材料にしてクッキーを作っていた。焼いたクッキーを1枚ずつ、クッション用に細く切った薄紙とともに透明のセロファン袋に入れ、袋の口を色付きの留金でとめる。こういう手のこんだ包装を、せっせと約30個のクッキーにほどこした。凝り性なのは誰に似たのかと思う。そして、そのうち一つを今日、私にくれた。「これは義理チョコか?」と一瞬思ったが、素直に笑顔で受け取った。また、今日は休日で職場へ行かなかったが、前日に職場で「ひと足先に……」と言って、私にチョコレートをくれた女性がいた。その時、彼女は「これは“感謝チョコ”です」と言葉を添えた。この楽しいネーミングを、私は気に入っている。   (谷口 雅宣)

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2002年2月10日 (日)

この世は“人の作品”か?

 今日、千葉市の幕張メッセのイベントホールで行われた生長の家の講習会では、午前中の私の講話に関してたくさん質問をいただいた。私の手元に届いた質問用紙は、20枚以上あった。時間の関係で、そのすべてにお答えできなかったが、反応が多いということは大変ありがたい。質問の中にはいろいろのものがあるが、内容が高度な質問には、答えるにも多くの時間を必要とする。それが分かったため、重要だと感じたがこの日、あえてお答えしなかった質問があった。次のようなものである:

 「この世が“人の作品”であるという内容(の話)がありましたが、その表現は誤解されやすいのではないでしょうか。人間自体(他の生物を含めて)地球に生かされているという方が正しい表現だと思います。地球上に生命が存在すること自体、地球といういのちがあってのことなのですから

 質問用紙の記述によると、質問者は市川市から来られた「Tさん」という女性のデザイナーである。この人の言うことは、基本的には正しいと私は思う。「この世は“人の作品”」という言い方は、確かに誤解されやすい。しかし、そうではあっても、この言い方も正しいのだから、正しいと言わないわけにいかない。ここのところが、宗教の話では難しいところだ。常識的に「正しい」とされていることだけを言うなら、何も宗教である必要はない。また「常識が正しい」だけなら、宗教は不要である。だからといって、宗教は非常識であっていいわけではない。

 Tさんが注意してくださった「この世は人の作品である」という言い方は、この日のテキストに使った谷口清超先生の『生と死の教え』(日本教文社刊)の中に出てくる。(p.51)その意味は、この世のすべての出来事は人間の心を反映しており、そのことを知れば人間への「教示」であることが分かるということである。文字で表現してしまえばそれだけのことだが、この言葉が含む意味の全体をよく分かるように説明するためには、本の1冊や2冊では足りないだろう。にもかかわらず、1時間の講話でそれを説明するのが私のしようとしていることだ。不満を感じる受講者がいるのは、当然のことかもしれない。

 ところで、Tさんが「正しい表現」と言っている「人間自体が地球に生かされている」という認識は、「この世は人間の作品」ということと、それほど違っているだろうか? 私にはむしろ、前者は後者を証明していると思うのだ。そのわけを説明しよう:

 まず気がついてほしいことは、「人間は地球に生かされている」という認識が成立するためには、我々が自分を「人間」という、地球上の他の生物と異なった生物種の一員として意識できなければならないということである。言い換えれば、我々の心に「意識」とか「自意識」が存在しなければ、「自分」とか「人間」という概念そのものが成立しない。次に、人間でさえ「地球」を実際に見たものはごく少数だから、人間以外に「地球」を知るものがいるかどうかは、きわめて怪しい。例えばチンパンジーは、「オレは地球上の生物の一員だ」とは意識しないだろう。チンパンジーには、「オレ」と「オマエ」を分けて考える自己認識の能力はあるらしいが、「地球」とか「生物」とか「一員」などの言葉はもっていない。大体、彼らが、人間が意識しているような形で「地球」の存在を意識しているとは考えられない。

 さらに、「生かされている」という認識も、人間にしかないものだろう。「生かされている」という言葉は、そこに「原因」と「結果」の関係があることを前提にしている。例えば、「人間が地球に生かされている」ということは、現在の形の地球環境が原因として存在するがゆえに、人間がその中で酸素を呼吸し、水分や食糧を得ることができるという結果が生じている、そういう認識を前提にしている。このような科学的知識にもとづいた高度な因果関係の把握は、いくら頭のいいチンパンジーにもできないだろう。チンパンジーのように脳の発達した霊長類にできないものは、それより“下等”と言われる他の生物種にもできないと考えていいだろう。とすると、「人間が地球に生かされている」という認識は、人間の心の中にしか成立しないことになる。人間の心の中にしか成立しないものを「人の作品」と形容することは、それほど無茶なことではない。

 だから、Tさんが言っている「人間自体が地球に生かされている」という認識は、チンパンジーのものでも、ゴリラのものでも、イルカのものでもない「人のもの」である。このような認識を含め、人が「正しい」と感じるすべての認識は「人の作品」であると言える。そして、人間というものは、「自分が正しいと感じるすべての認識」を「この世」と呼ぶことが多いのではないだろうか。したがって、「この世」は「人の作品」なのである。

 こういう論理的な説明は、講話や講演の中でするよりも、文字によって表現する方が理解されやすいと思った。もちろん、こんな説明で「この世は“人の作品”」という言葉に含まれる広大な意味が、すべて表現されるわけではない。だから読者には、この説明を、ある一面から見た部分的説明として受け取っていただけば有り難い。   (谷口 雅宣)

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2002年2月 7日 (木)

絵を描くヒト

 休日を利用して、東京国立近代美術館のリニューアル開館記念展「未完の世紀:20世紀美術がのこすもの」を妻と見にいった。この展覧会は、題からも想像がつくように大規模なもので、美術館の1階から4階までの全館を使い、重要文化財11点を含む日本画、洋画、彫刻、写真、版画、工芸など370点を越える作品を集めたものだ。展示作品を1点ずつじっくり鑑賞していては、見終わるまで何日もかかってしまうだろうから、我々は自分の好きそうなものだけを鑑賞し、あとはすっ飛ばして見ることにした。しかし、それでも実にいろいろな人が、いろいろな画材を使い、いろいろな画風の絵を、いろいろな題材を利用して、いろいろな国で、いろいろな考え方のもとに、いろいろな時代に描いてきたものだと感心させられる。

 妻は、東山魁夷の『道』や佐伯祐三の『ガス灯と広告』、速水御舟の『京の家、奈良の家』などに感銘を受けたらしいが、私は、藤島武二の『天平の面影』、ムンクの『女の髪の中の男』、岸田劉生の『壷の上に林檎が載って在る』、木村荘八の『墨東奇譚』の挿絵、松本竣介の『Y市の橋』などに惹かれた。もちろん夫婦の好みは違っていていいし、違っている方が面白い。それだけ、多様性を共有できるからだ。それにしても、人間は20世紀だけでなく、実に太古の昔から、数限りない数の絵を、大変な努力をしながら(あるいは実に軽々と)描き続けてきたのである。そう考えると、「なぜ?」という疑問がどうしても浮かんでくる。だから帰りがけに、美術館の売店で美術評論家、中原佑介氏編著の『ヒトはなぜ絵を描くのか』(フィルムアート社)という本を買ってしまった。

 この本が扱っている絵は、しかし現代の画家のものではなく、何万年も前の人類の先祖が洞窟などに残したものである。そういう旧石器時代から、ヒト(つまり、生物としての人間)は絵を描いていた証拠が残っているが、それはいったい何のためかを、中原氏がいろいろな分野の人と対談しながら検討している本である。私はこれまでにも「ラスコー」や「アルタミラ」などの洞窟で発見された太古の絵のことを聞いたり、写真を見たりしたことはあったが、この本にはそういう洞窟画のもつミステリアスな側面が詳しく書かれていて、大変興味深かった。

 洞窟画の謎の第一は、それが洞窟の浅いところに描かれているのではなく、洞窟の奥の、さらにその奥の、昼間でも光があまり入らないような暗い場所に描かれていることが多いことだ。つまり、日常生活からは隔離された場所、あるいは“隠された場所”に描かれているものが多い。謎の第二は、それが普通の「壁画」のように描きやすい側面に描かれているのではなく、普通の格好では描きにくい洞窟の天井に近い側面や、屈んだ姿勢でしか描けないような不便な場所を、わざわざ選んで描かれていたりすることだ。謎の第三は--“謎”と考えるのは偏見かもしれないが--、そういう絵が実に芸術的であること。つまり、とても素人が描いた作品とは思えない質をもっていることだ。ほかにも謎は多くあるが、この3つのことだけを考えても、私の頭は知的興奮を覚える。

 洞窟画には牛や馬などの動物を描いたものが多いが、私が真っ白なスケッチブックを今渡されて、牛馬の絵を空で描けと言われたら、きっとずいぶん稚拙な絵を描くに違いない。写生をするのではなく、また写真を見るのでもなく、ただ記憶の中にある牛や馬の姿を頼りに描くのだから、素人の私にうまく描けるわけがない。しかし、何万年も前にいた人類の祖先は、暗黒の洞窟の中で、わずかな光を頼りにして、洞窟の描きにくい高い位置に、あるいは低すぎる位置に、何も見ずに、躍動感に溢れる動物画を描いたのである。描き手はどうやって絵の練習をしたのか? 紙のない時代だから土や砂の上で熱心に線描の練習をしたのか? それは“プロ”だったのか? 旧石器時代に“プロ”の画家がいたのか? いたとしたら、いったい何のために? また、なぜ洞窟の「奥」に「動物」の絵なのか? 謎は深まるばかりである。

 『ヒトはなぜ……』の本は、こういう疑問に答えようとしているが、その中で医学者の岩田誠氏が言っていた「絵は縄張りの印」という説が面白かった。それは、クマが林の木に傷をつけたり、イヌが散歩中に電信柱に尿をかけたりするのと同じように、「ここは俺のシマだ」という印として自分の絵を描く、というのである。現代の青年も、スプレー式塗料を使って、自分のロゴマークのようなものを所構わず落書きするが、それと同じようなものである。そういう落書きは、ちょっと簡単には描けないような場所--例えば、車道上の高い位置に渡された歩道橋の側面など--をわざわざ選んでいることもある。また、人類学者の片山一道氏が、「絵」と「文字」の関係について述べていることも面白かった。それを一言でいえば、「文字の発達によって絵は圧迫される」というのである。片山氏は、文字が発明される以前は、人類の先祖は絵をコミュニケーションの重要な手段として使っていたと考え、だから文字が発達すると絵は廃れる傾向が生まれるという。この考え方は、最近の脳科学で言われている右脳と左脳の機能の違いとも一致するように思う。

 そして最後に、中原氏が提出する仮説は説得力がある--絵は、文字以前の人類にとって重要なコミュニケーションの手段だったが、洞窟画は、「子宮」を象徴するような暗い道(産道)の奥にある闇の中に動物を描くことによって、自然の創造主(つまり、神)に語りかけるためのものである。したがって、普通の人が見る必要はなく、また、(祭壇のようなものが想定されるだろうから)洞窟のどこに描いてもいいというわけではない。この仮説を一言で簡単にいえば、「ヒトは宗教心から絵を描いた」ということになる。何かスッキリしすぎた結論だが、現代のコミック・ブームと宗教心とはあまり関係があるとは思えないから、先史時代人と現代人の間には、「絵」に対する感覚に相当な差があるのかもしれない。(谷口 雅宣)

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2002年2月 5日 (火)

体のスペア部品

 人間の体を長年使っていれば、いろいろな所が故障したり、傷ついたり、ほころびてきたりする。私は昨年末、前歯の歯茎に黴菌が入って大変な目にあったことを本欄に書いた。これを修復するために問題の前歯の“神経”を抜いたが、歯の治療で「神経を抜く」というのは、単に神経細胞だけを抜くのではない。歯の中心部の「歯髄」という所には、神経だけでなく、毛細血管やリンパ管が通っていて、それを経由して歯に内部から栄養が供給され、微生物の侵入も防いでいる。つまり、歯は生きているのである。「神経を抜く」というのは、この歯髄を全部抜いてしまうことだ。だから、処置後の歯は栄養を補給されることもなく、微生物とも戦わない。そして、長い時間の中で、食事とともに削り取られ、黒っぽく変色し、やがて抜け落ちるらしい。つまり、私が治療した前歯は、何年か先に執行猶予のついた死刑囚のようなものだ。今は「継ぎ歯」や「刺し歯」という技術があるが、それだって一種の“義歯”である。だから、自分の「生きている歯」がまた再生すると言われれば、私は恐らく双手を上げて歓迎するだろう。

 私はまた昨今、目の衰えを感じるようになった。高校時代から近視で、長い間コンタクトレンズを使っていたが、最近は夜になると、新聞や辞書の字のような細かいものが判読しにくくなる。そのために拡大鏡を買い、眼鏡をつくった。最近は、目の水晶体をレーザー光線で削って近視を治す手術があるそうだが、まだ成功率が100%でないのと、治療費が高額なこと等で、手術する気にはなれない。だから、自分の目が確実に再生し、性能も“新品同然”になると言われれば、その誘惑にどれだけ抵抗できるか確信はない。髪の毛の量、皮膚の張り、脚力、記憶力、スタミナなど、青春時代の自分と比べて劣っているすべての面で、これと同じことが言えるだろう。つまり、肉体の「若返り」や「高性能の維持」は、私にとって(そして、多分ほとんどの読者にとって)“かなわぬ夢”なのである。

 古くは義手や義足に始まる「体のスペア部品」の開発は、この夢を実現するための努力だと見ることができる。だから、誰もそれを止めることはできないだろうし、止めることは正しくない。しかし、自分の夢の実現のために他を犠牲にするのは、よくないことだ。とすると、「他から奪ってでもスペアを手に入れるべきか?」という問題がここに出てくるのである。この問いへの答えは、一見容易そうだが、そう簡単ではない。理由の一つは、「他とは何か」という定義が、人によって違うからだ。「他」とは「他人」のことであって「動物」は含まいと考える人は、「動物から奪う」ことは容認する。では「死人から奪う」のはどうか? 中絶胎児からは? 受精卵からは? 未受精卵からは?……今日の人類は、こういう問いかけに直面しているのだが、各人の答えがバラバラである中で、技術ばかりが先に進んでいるように見える。

 特に、体の一部を再生させる再生医療の分野では、今年に入って次々と新展開があった。前回(2月1日)は、サルの未受精卵からES細胞と同等の細胞を得、そこからさらに神経細胞や筋肉細胞が分化された例を報告した。今日(5日)の報道では、これを行ったアメリカのバイオ企業が、今度は牛のES細胞から、まともに機能する腎臓をつくったそうだ。その腎臓は今、牛の体にもどされて尿をつくり続けているという。この研究は牛が目的ではなく、もちろん人間に応用するためのものだ。これまでは、ES細胞から血液や筋肉などの「組織」はつくられていたが、「臓器」そのものができるのはまだ先のことと言われていたが、これによって人のES細胞からも腎臓ができる可能性が、より現実的なものとなってきた。

 また、これに先立つ1月29日の『産経新聞』夕刊には、京大の研究グループが、サルのES細胞から、神経伝達物質のドーパミンを分泌する神経細胞を分化させたことが報じられていた。この技術も人間への利用が目的で、アルツハイマー病等の治療に人間のES細胞を使う道が開けてきた。さらに、今日の『朝日新聞』は、マウスの骨髄細胞の助けを借りて、人のヘソの緒にある造血幹細胞を増殖させ、これを骨髄の機能不全を起こしている50代の女性に(人間に!)移植する手術が東海大で行われたことを伝えていた。

 前にも書いたが、ES細胞は受精卵を破壊して得る点で倫理的問題がある。そこで、未受精卵からES細胞と似た多能性のある細胞を得る方法が開発された。その一方で、上記のように、ES細胞から体のスペア部品を分化させて得る実験が、動物を使って繰り返されている。だから、今後は、未受精卵から得られた多能性細胞や、骨髄などにある幹細胞から、体の組織や臓器をつくる技術が発達していくかもしれない。そうすれば、我々は故障したりくたびれてきた体の一部を、そういう技術で得た“生きた部品”と交換できるようになる。私がその頃生きていれば、歯を新しくしたり、目玉を“新品”に交換したり、古くなった血管を新しくしたりできるのかもしれない。

 しかし、そういう治療には、相当な出費を覚悟しなければならないだろう。先進国の一部の人間にはそれができるとしても、世界の圧倒的多数の人々には、こういう治療は依然として“かなわぬ夢”であり続ける。そして、私一人の目を取り替えるのに必要な金をそれらの国で有効に使えれば、何十人、いや何百人もの命を助けることができるに違いない。このように、先進国の人間一人を救うお金で途上国の100人を救うことができる時、人類の良心はどちらを救えと叫ぶだろうか。   (谷口 雅宣)

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2002年2月 1日 (金)

“女性の世紀”実現の技術?

 最近の科学技術は、驚くべき“飛躍”を実に簡単に達成するように見える。例えば、何年も先でなければ実現しないと考えられていたことが、数ヶ月で実現することがある。今日付の『産経新聞』が報じていた“受精卵を使わないES細胞”などが、その好例と言えよう。昨年11月に人間の「クローン胚」をつくったと発表して世間を騒がせたアメリカのバイオ企業が、今度はカニクイザルの未受精卵に単為発生を起こさせて“受精卵”のようなものをつくり、そこから取り出した細胞塊に化学的刺激を与えることで、神経細胞、筋肉細胞、脂肪細胞、そして心筋に似た細胞を分化させることに成功したそうだ。その研究は、この日発行のアメリカの科学誌Science』に掲載されているというから、いいかげんな情報ではないはずだ。

 私はほんの数日前に、月刊誌『光の泉』のために「人の受精卵を破壊してつくるES細胞などより、大人の体にある成人幹細胞の研究に力を入れるべし」という内容の文章を脱稿したばかりだったが、「受精卵を使わずにES細胞ができる」などということは絵空事だと思っていた。そんなことは自然界の秩序を考えれば実現するはずがない、と高をくくっていたのだ。しかし、カニクイザルで実現することは、人間でも実現する可能性があると考えていいだろう。もし実現すれば、女性は自分の卵子をもとにして、心臓や血液や神経細胞をはじめ、自分の体のあらゆるスペアーパーツを、拒絶反応なしに安全に入手することが可能になる。男はもともと女性より生存率が低いから、女性はこれによってますます寿命や生存率を延ばし、21世紀は文字通りの“女性の世紀”になるかもしれない。

 とまあ、ここまではSF的な想像によるものだが、今回の研究に対する専門家の意見を読むと、この技術はそれほど簡単に実用化しないのかもしれない。ある人は、「このような細胞が人の治療に使えるような安全性を備えているか疑問だ」とコメントしている一方、別の人は「一部の臓器を除けば、通常のES細胞と同様に再生医療に応用できるのでは」と言っている。

 単為発生は「単為生殖」ともいい、英語の「parthenogenesis」の翻訳である。「parthenos」は「パルテノン神殿」の語源となったギリシャ語で「処女」を意味するから、「処女懐胎」という神話的なニュアンスを含んだ言葉だ。科学的に言えば、精子の関与なくして卵子から胚(胎児)ができることだ。単為発生は、下等動物では個体が誕生した例もあるが、哺乳動物は精子と卵子の両方の遺伝情報がなければ胚は正常に発育できず、過去には畜産分野で研究が繰り返されたが、妊娠しても胎児の段階で必ず死亡した。今回の研究は、単為発生によってサルの個体を得るのではなく、胚の段階でES細胞(胚性幹細胞)を得るために行われ、得られたES細胞から各種の細胞が分化することが示されたわけだ。だから、この技術が人間に応用できれば、受精卵を壊さずにES細胞と同等の“万能細胞”が得られることになり、ES細胞利用への倫理的問題が緩和される可能性が、科学者の間で期待されているようだ。

 しかし、この新しいタイプのES細胞も、人の卵子を利用(破壊)してつくるのだから、「商業ベースでどんどんやれ」というわけにはいかないだろう。また、従来型の受精卵から得たES細胞との違いも分かっていないから、医療用としてどちらが価値があるかも不明である。特に、単為発生による胚が、これまで哺乳動物では決して個体の誕生に至らなかったという理由が、医療上の安全性と関係があるかどうかは十分確認する必要がある。つまり、再生医療の手段としてこの細胞が本当に安全であるかどうかは、これからの研究課題である。

 さて、「SF的想像」のところで書いたが、ここでの倫理問題のポイントの一つは「卵子の利用」だろう。これは、不妊治療などの生殖補助医療の分野では、新しい個体(子)を得る目的ですでに行われている。例えば、体外受精の目的で、ホルモン剤を使って一度に複数の卵子を成熟させ、採取することは珍しいことではない。また、自分は受精の必要がなくとも、他人の希望実現のため、こういう方法で卵子を提供する若い女性も、アメリカなどでは多くいるらしい。その場合、決して小額とは言えない金銭の授受が行われる。日本も、アメリカに倣って卵子の提供を認める方向で動いているが、21世紀は、卵子や精子を含めた自分の体の一部を、他人の用途のために“売る”時代になっていくのだろうか。   (谷口 雅宣)

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