2002年8月30日 (金)

洪水の教訓

 中央ヨーロッパでの洪水のニュースがしばらく続いたが、イギリスの科学誌『New Scientist』は8月24日号で、その原因について分析している。それによると、“100年に一度”などと形容される洪水は、実は毎年のように起こっているのだそうだ。昨年の3月にはハンガリー、ウクライナ、ルーマニアが水に浸かり、7月にはポーランドが洪水の被害にあった。一昨年は東部ハンガリーとセルビアで洪水が起こった。1999年は7月にもセルビアが水浸しとなり、首都のベルグラードの大部分から住人が避難した。その前の年は、7月にチェコ、ポーランド、スロバキア、11月にはスロベニアとルーマニアで洪水が起こったという。

 夏季の降雨が激しくなっているのは確かなようだが、洪水の後に堤防をさらに高くするという人間の行為が、状況をさらに悪化させているらしい。洪水はその町に起こらなくても、単に下流の(しばしば人口の多い)町へ移動するだけなのだ。つまり、空と山から降りてくる水の絶対量が多いから、この辺りの夏季の洪水は歴史的には“自然現象”だったのだ。だから、エルベ川、ドナウ川、ライン川などの流域には「氾濫原(flood plain)」と呼ばれる地域があって、そこが冠水するようになっていた。ところが人間は、それを「力」によって征服しようとして、堤防を築いて人家を建てさせた。そういう方策が、かえって逆効果を生んでいるというのだ。

 氾濫原を住居や仕事場にしている人々は、ヨーロッパ人の一割に上ると見られ、ハンガリーでは、その数字は25%に上るという。オーストリアやチェコでは、川の流れる谷間に夏用の別荘を多く建てさせたことが洪水の被害を広げたとして、地元の市長らが批判されている。家を建てるためには当然、森の木を切り倒すことになるからだ。

 今年の洪水の背後には、地球温暖化の影響もあるだろう。今年、北半球はかつてないほど暑い夏で、これが大西洋上空に雨を降らせる大きな雲を形成した。それに加え、アルプスの氷河が早く溶けだして大量の水を川に流した。つまり、雪解けですでに増水している河川の地域に激しい雨が降ったのだ。雨は、オーストリア・アルプスからチェコにいたる地域で、特に激しく降った。チェコの一部では、36時間のうちに、平年の8月全体の降雨量に匹敵する雨が降ったという。

 こうした度重なる洪水から学んだライン川の流域の人々は、護岸工事に力を入れるのをやめ、川の自然な流れを尊重して氾濫原を生かす方策を採りだしたという。しかし、その他の川では、まだこの方策は実行されていない。長野県の知事選挙では、ダム建設問題に一応の結論が出ると思うが、このヨーロッパの洪水から学ぶことは多いと思う。

 今回の洪水では、ドイツ東部のエルベ川流域にある古都ドレスデンが水に浸かった様子が、世界中で大きく報道された。今回の洪水は、1845年に記録されたエルベ川の水かさの最高記録を50センチも上回ったことで、この現象が地球温暖化の結果であるかどうかという質問が、ドイツの環境科学者のもとへ殺到したという。一般的に環境意識の高いドイツではあるが、(どこかの国と同じように)温暖化による被害は自国以外の別の地域で起こると考えていた人々が多く、この洪水のおかげで環境意識と気象学への関心が一挙に高まっているという。

 私は数年前にこの町を訪れていて、黒っぽい砂岩でできた城などの古い建物群の魅力に惹かれたことをよく憶えている。エルベ河畔のレストランで一枚絵を描いたが、そのレストランもきっと水に浸かったに違いない。(谷口 雅宣)

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2002年8月25日 (日)

夏休みのご報告

 残暑お見舞い申し上げ候。

 しばらく本欄を書かなかったので、読者の中には私の容態を心配してメールをくださった方もいた。ご心配をかけたことをお詫びするとともに、この場を借りて親切なお気遣いに感謝したい。

 もうご存知の方もいると思うが、今年の秋の大祭を期して新刊書を出す計画が進行しているので、8月の上旬はそれにかかりきりの状態だった。『神を演じる前に』の“続編”とも言えるもので、月刊誌『光の泉』に連載中の記事を中心にまとめたものだが、全体を流れるテーマを記述する文章がまだなかったので、それを書き下ろすのに結構手間がかかった。本のタイトルはまだ決まっていない。

 そういう仕事の合間に、妻の両親が10歳の孫娘を連れてきたので、わが山荘で寛いでもらった。そのことは妻が月刊誌『白鳩』に書いたので、後でそちらを参照してほしい。8月18日には宇治市へ行き、翌日、生長の家宇治別格本山で盂蘭盆供養大祭をつかえた。その後、アパート住まいをしている大学生の息子2人を招いて、久し振りに家族が集まる“リユニオン”をやった。24日は北海道へ飛び、翌日、滝川市で生長の家の講習会を行った。そんなことで8月もアッという間に過ぎようとしている。

 この後に続くいくつかの文章に“絵”がついていないのは、こんな事情もある。ご容赦願いたい。

 読者の皆さんも、それぞれ思い思いの夏休みを過ごされたと思う。今年の夏は特に「暑い」という印象だったが、東北や北海道は「冷夏」という話も聞いている。夏バテの方も、9月に向けて英気を養っていただきたい。   (谷口 雅宣)

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2002年8月21日 (水)

恵まれた教室

 今日の『朝日新聞』の「声」欄に、65歳の女性の高校教員が「夏休みの教室には冷房を入れてほしい」と訴える投書が載っていた。「室温35度以上という厳暑の教室で勉強していると、汗は目に入るし、滝のようにほおを伝わる」という。そんな酷暑を押してなぜ登校して来るかというと、完全週休2日制が実施されたため、授業時間が足りないというのである。私は、これを読んで複雑な気持になった。

 というのは、私の3人の子供たちは、夏休みに補習のために登校したことなどないからだ。「成績がいい」という意味ではなく、大学とつながった私立の高校だから、いわゆる“受験勉強”がなく、それほどの勉学を要求されないのだ。私をさらに複雑な気持にさせたのは、子供たちは冷房の効いた教室で勉強していたということだ。しかも娘などは、「クーラーが効きすぎる」と言って、夏の学校にセーターを持っていくのである。

 今の高校の教科書では、地球温暖化のメカニズムや環境保全の必要性をきちんと説明しているから、試験でもそういう問題が出されるはずだ。現在の地球温暖化の主な原因の一つは、先進国のエネルギーの使いすぎである−−ということを彼らは十分知っているはずだ。しかし、「知っている」ことと、「すること」がまるで分離している。学校で学ぶ知識と、自分たちの現実生活の関係が薄い。だから、寒さを感じるほど教室を冷やしていても、教師は一向問題を感じないのだろう、と私は長らく不審に思っていた。ところが、こういう問題は公立高校には存在しないということを、遅ればせながら私は初めて知った。

 それだけ私の子供たちの通った学校は“恵まれている”と言えば、言えないこともない。しかし、物質的環境に恵まれていることが、成長過程にある子供たちにとって果たして“善いこと”なのかどうかは、簡単には判断できない。大体、私の高校時代には、教室に暖房はあったが冷房など入らなかった。それでいて、夏季に「暑くて勉強にならない」などと思った記憶はない。また、当時はコンビニとかバーガー・ショップとか自動販売機もなかったから、買い食いをしたり、酒やタバコを手に入れる機会もほとんどなかった。月々の小遣い銭の額も少なかったし、ましてやケータイなどなかったから、“出会い系サイト”や“エンコー(援助交際)”などの問題も存在しなかった。つまり、人間は“恵まれた社会”を作りながら、同時に“複雑な問題”も作りつつあるのだ。

 先に、私の子供たちが“受験勉強”をしなかったことに触れたが、これははたして“恵まれている”ことなのだろうか。不況下の現在、単に「有名大学卒業」という肩書きでは、いい会社に就職できない。「有名」なだけでは不十分で、「東大」「早稲田」あるいは「慶応」の卒業でなければ希望通りの就職は難しい。成績優秀でも、自分の専門分野で働けるとは限らない。だから、“恵まれていない”と言うこともできる。しかし、高校時代、受験勉強に使う時間をスポーツや交友や読書に振り向ける方が、人格の幅を拡げることにつながるかもしれない。その方が、大人になってエリート・コースを歩めなくとも、「知っていること」と「すること」が分離しない生き方を選べるかもしれない。そんなことを親は勝手に期待しているが、それこそ本人の考え方によるのだから、結局、何をもって“恵まれている”とするかは、簡単に言えることではないだろう。   (谷口 雅宣)

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2002年8月18日 (日)

信仰と環境保全

 世界の気候に異常な変化が起こっている−−最近の気象関係のニュースを注目している人は、きっとそう感じているだろう。『朝日新聞』の「天声人語」も『産経新聞』の「産経抄」も、今日付の紙面でこの問題を取り上げた。ヨーロッパの大洪水ばかりでなく、中国でも、南アジアでも大規模な水害が発生している。その反面、北アメリカでは日照りが続き、各地での森林火災の拡大が心配されている。ドイツの環境相のように、地球温暖化による被害がいよいよ深刻になってきたと考えるのが普通だろう。

 私は5月の生長の家の全国大会で地球環境問題を取り上げ、地球上の生物は皆「神において一体である」という宗教的信念を人々の間にもっと広めていかねば、この問題はどんどん悪化するし、根本的な解決はできないことを訴えた。しかし、世界情勢はご覧の通りで、「地球上の生物」を同類と見るどころか、同じ「人類」の中でも、“悪の枢軸”を早く撃滅しなければならないとするようなものの見方が、一向になくならない。アメリカだけのことではない。アラブとイスラエル、インドとパキスタンのように歴史的に対立している国々が、戦闘や軍備拡充に頭脳やエネルギーを注入していて、地球環境問題から顔を背けている。その他の国にも、隣国の経済力や軍事力が“脅威”だと叫ぶ人々もいる。確かにそういう種類の“脅威”もあるかもしれないが、人類の生き方が−−とりわけ先進諸国に住む我々の生活スタイルが−−人類自身に脅威を与えていることの方が、もっと深刻な問題ではないだろうか。

 宗教は地球環境問題などに関わらずに、もっと宗教本来の「神」や「信仰」の問題を説くべきであるという忠告を最近、ある人からいただいた。環境問題などは、普通の人が常識で判断できるのだから、宗教がわざわざ取り上げるほどのものではない、とその人は言うのである。私にはこういう意見がよく分からない。人が何かを強く信じることが「信仰」であるならば、その人の信仰は、必ず生活の上に具体的に表現されるだろう。「信じてはいるが何もしない」というのは、信じているのではなく、単に「知っている」だけである。「神は愛なり」との信仰をもっている人は、愛なる神が何でもしてくれるから、自分は子も親も友人も愛さないというのではなく、その愛なる神の御心に従って、家族や友人だけでなく、見知らぬ人々にも愛を「実践する」はずである。

 先進国に住む人間にとっての地球環境問題は、エネルギー浪費型の我々の生活スタイルに問題があることを認め、その犠牲者を減らす方向に我々の生活習慣を改めるという「実践」を求めるものだと思う。自分の生活スタイルが途上国に犠牲者を生んでいることを知りながら、それを一向に改めないのでは、愛なる神を「知っている」かもしれないが「信仰している」とは言えない。だから信仰者は、日常的で些細と思われることにも注目し、自分の生活の中でどの部分を改めれば、浪費するエネルギーの量を減らすことができるかを考えるべきである。特に神を信仰していない人々も今日ではそれをするのであるから、まして信仰者がそれをしないというわけにはいかないだろう。

 そういう考え方のもとに、宗教法人「生長の家」は昨年夏、“環境ISO”とも呼ばれる「ISO14001」の認定を、日本の宗教界では初めて取得した。この認定は、一度取得したらそれですむのではなく、毎年、第三者機関によって国際基準に基づいた厳しい審査を受け、基準に達していない場合は認定を取り消されることもある。そして今年からは、生長の家は日本各地の教化部に於いても、次々にこの認定を取得している。こういう目立たない、地道な努力は、思いつきや気まぐれでは続けることは不可能であり、個人レベルでの「意識の変革」があって初めて永続性のあるものとなる。だから、信仰にもとづいた地球環境保全運動が今求められているのである。

 もちろん「法人」や「団体」のレベルだけでなく、個人生活の上でも、我々は自分にできるところから生活スタイルの変革を行うべきだろう。自分のことを言うのは気がひけるが、私は、自宅に太陽光発電装置を設置してもう4年になるし、森林を破壊して家畜を養うムダを減らすために“四つ足”の肉を食べなくなって4〜5年になる。錆びの出た旧式のオーブン・トースターを使っていることは妻がどこかに書いたし、電気釜は買ってから15〜16年であり、洗濯機はもっと古く2回修理して使っている。今年の夏は自宅に冷房を入れたことはなく、事務所の私の部屋では1回だけエアコンのスイッチを入れた。こういうことは、妻や子供の理解と協力がなければとてもできない。

 これで地球温暖化が止まるなどとは決して思っていないが、もっと大勢の人々に意識変革が起こり、それが生活態度や消費行動に反映していけば、必ず大きな変化となる。こういう“グラスルート”での行動の変化なくして、地球環境問題の解決はないと私は考える。読者はどう思われるだろうか?   (谷口 雅宣)

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2002年8月16日 (金)

市場外の価値

 6月21日の本欄で、ラヴェンダー・スティックのことを書いたとき、現在の経済統計の取り方を批判してこう書いた−−「大体、ラヴェンダーが生育していること自体が恩恵を生んでいる。人間にだけでなく、虫にも土壌にも恩恵がある。それを加工して装飾品を作り上げることが、都会の映画館へ行った時よりも人の心に満足感を与えるならば、その価値が経済統計に表れないという現在の経済学の方がおかしいのである」。ここでは、ラヴェンダーが育っている土地で、それを使った装飾品や実用品を自分用に制作することが経済統計の中に入らないことへの不満を表しているが、勢いあまって「現在の経済学の方がおかしい」と書いたのは言いすぎだった。

 現在の経済学は、自然環境そのものの価値を数字に表そうとして、いろいろ努力していることを知った。例えば、8月9日発行のアメリカの科学誌『サイエンス』では、メリーランド大学の生態経済学者、ロバート・コスタンザ博士(Robert Costanza)らの研究チームが、人類が動植物の生息地を次々に農地や商用地に転換していくことによって、自然環境が破壊されるという意味だけでなく、最終的には経済的にも損をすることになるという研究結果を発表した。これは、世界中で行われている300の開発プロジェクトを調べた結果だという。

 この研究チームは、気候調整、土壌形成、栄養素の循環、野生種の動植物提供、燃料・繊維類・薬草の供給、そして自然美の提供など、豊かな自然環境が与えてくれる様々な恩恵を経済的価値(ドル値)に換算し、これに「生態系サービス」という名前をつけた。そして、この値と、農地で収穫された作物や森から切り出した材木などの値を比較してみた。すると、自然環境を維持していくことと、そこを開発して農地や商用地に転換することの地球規模での費用対効果の割合は、「少なくとも100対1」であることが分かったという。つまり、開発をすればするほど人類は損をするというのである。

 コスタンザ博士らは、1997年に未開発の地球の自然の価値を「年間平均38兆ドル」であると試算した。これにもとづくと、人類の開発行為によって毎年2500億ドルの「損失」が生まれているという。これは、開発によってもたらされた経済的利益をすべて加えたあとでの損失である。我々は、自分の目に見える範囲のものしか考慮しない“近視眼”的な傾向があるから、古い経済学では自然資本(natural capital)というものを考慮せず、「市場」の動きばかりに注目する傾向があった。しかし、コスタンザ博士は「人間にとって重要なことの多くは、市場の外にあることが分かってきた」と言う。この「市場の外の価値」を我々はもっと大切にしていくべきなのだ。

 「市場の外の価値」と言えば難しく聞こえるが、簡単に言えばそれは「お金で買えないもの」だ。例えば、ラヴェンダー・スティックを自分で作る経験は、お金では買えない。ラヴェンダー・スティック自体は、どこかのお店で買えるだろうが、それを自らの手を動かして作ることは、自分以外にはできないし、これと、店で買うことの間には大きな違いがある。同じように、(本欄でも書いたが)薪を自分で作ることと店で買ってくることの間には、大きな違いがある。弁当を作ることとコンビニで買うことの間にも、大きな違いがある。「自分でする」ことには、金銭で「買う」ことのできない貴重で、掛替えのない経験があると思う。

 我々はとかくそれを「面倒くさい」と考え、金銭を出して他人の作ったものを買ってしまう。それは、その“何か貴重なもの”を捨てることだ。何のためにそうするか。多くは「時間」を得るためである。しかし、それによって得られた時間は、浪費されることが多い。あるいは、さらに時間を買うための“仕事”に費やされる。そんなことを続けていれば、人生は“空回り”してしまうだろう。そうならないように、注意して生きていきたいと思う。 (谷口 雅宣)

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2002年7月26日 (金)

クローン人間を妊娠?

 宇宙人を信仰する宗教団体系の会社「クロネイド(Clonaid)」が、韓国人の代理母にクローン胚を移植したことを、今日付の『ヘラルド朝日』紙が伝えた。クロネイドのスポークスマンを自称する韓国人が24日、ソウル市で開いた記者会見でそう語ったらしい。この代理母は、クローン胚を妊娠した状態で1ヶ月前に韓国に入国したそうで、韓国を選んだ理由は、そこにまだ人のクローン作りを禁じる法律がないからだという。このまま妊娠が進めば、来年春には世界初のクローン人間が誕生するかもしれない。

 このクロネイドのことは拙著『神を演じる前に』でも触れているが、その背後にあるのは「ラエリアン運動」という宗教団体であり、日本を含む世界84ヵ国に5万5千人の信者がいるという。この教団の教祖は、かつてスポーツライターをしていたクロード・ヴォリロンという男で、1973年に宇宙人と出会ってから「ラエル」と名前を変えたという。その教義によると、地球の生命はもともと高等な宇宙人がバイオテクノロジーによって作ったものであり、人間がクローンをつくることは宇宙人から与えられた使命であるらしい。

 世の中には様々な教義をもつ宗教があるが、このラエリアン教団の教義のユニークさには少し驚かされる。彼らのウェッブサイトにはその詳しい説明が書いてあるが、私が面白いと思ったのは、彼らが宇宙人にこう語らせている所である−−「私たちは別の太陽系から来て、地球上のすべての生命を科学的に造りました。私たちに似せて人間も造りました。あなたたちは私たちを神と間違えたのです」。

 これを「デタラメである」と一笑に付してしまう人も多いだろうが、旧約聖書の『創世記』にそう書いてあると言ったら、真面目に考え直す人は何人いるだろうか。ポイントは、「あなたたちは私たちを神と間違えたのです」というところだ。きちんと説明してみよう。

 旧約聖書の原典はヘブライ語で書かれているが、そこで日本語の「主」や「神」、英語の「Lord」や「God」と訳されている場所には、原典ではヘブライ語の「Adonai」の母音が書かれているだけである。これは「わが主」(my Lord)という意味で、「神の名」それ自体ではない。しかも「複数形」であるから、「わが主たち」(my Lords)と訳してもよかったものだ。ユダヤ人は、神はあまりにも聖なるものであるから、その名を直接唱えることを避け、代名詞を使ったのである。しかし、その名自体を使わなければならない時には「YHWH」という4文字を充てた。この4文字は子音だけで構成されているから、どう発音したらいいのか不明である。が、人々はこれを「Jehovah」(エホバ)とか「Yahweh」(ヤーウェ)と発音して、固有名詞のように使うのが習慣となった。

 ヘブライ語にはもう一つ「神」に該当する「エロヒム」(Elohim)という言葉があるが、こちらも複数形だ。この語の単数形は、エロア(Eloah)もしくはエル(El)である。『創世記』第14章には、凱旋したアブラムにサレムの王がパンと葡萄酒をもってきたことが書かれており、この王のことを「いと高き神の祭司である」(the priest of the most high God)と説明している。「いと高き神」は原典では「El Elyon」である。また、同書第33章20節には、預言者ヤコブが神を祀る祭壇を建て、それに「エル・エロヘ・イスラエル」と名づけたことが書かれている。これは「エル、イスラエルの神」という意味である。いずれも単数形が使ってあるから、当時の人々が単数と複数をきちんと使い分けていたことが分かる。

 こういう学問的な知識を前提として、ラエリアン教団は次のような驚くべき結論を下す−−「神聖なる存在が実在するという概念を伝えた聖書は、その言葉を複数の神々と訳すべきでありましたが、それは単数形の神と訳されてしまったのです。それ自体がすでに間違いである上に、聖書への裏切り行為であることは言うまでもありません」(中略)「“エロヒム”という言葉の文語上の意味は“神”ではなく、“天空から飛来した人々”です」−−つまり、宇宙人が神であるというわけである。

 この教団の教義の背後には、このような「宇宙人信仰」のほかに、もう一つ」「科学信仰」とも呼ぶべきものがある。科学知識の一部である遺伝子工学によって、神なる宇宙人がこの地上のすべての生物を創造したことが『創世記』には書かれている、という立場がこれだ。ただし、聖書が書かれた頃は、人類に遺伝子工学や生物学の知識がなかったので、当時の人々が分かるような喩えを使って書かざるをえなかった。だから、今日の聖書学でも、本当の解釈に至らないというのである。

 このように、科学的知識を「聖なるもの」の位置に引き上げるという点において、ラエリアン教団は様々な宗教の間にあってもユニークだと言える。なぜなら、宗教は一般的に、ガリレオの時代から科学に対して疑いの目を向けてきたからだ。しかし、この教団の考えでは、科学は世界を救うのである。だから、科学的知識を利用してつくるクローン人間も、何ら問題はないと考える。彼らの信仰によると、科学は“天来の知識”であるから、それによって誕生するものは“天の意志”ということになる。そして、科学的知識によれば、霊魂は存在しないのであるから、肉体の発生以前には何もないことになる。したがって卵子や精子、受精卵の取り扱いも問題にされず、妊娠中絶ですら正当化されるのである。次の引用文を読んでほしい:

「霊魂はありません。コンピューターの命令システムに相当する、生物学的設計図があり、それが私達を人間たらしめ、社会に順応できるようにしているのです。避妊と中絶は、罪悪感を持たずに私達が考えてよい選択であり、既に多くの国がそうしているように、自己管理してよいものです」

 これは、唯物論と宗教が不可解に合一した“唯物的信仰”とも言えるものである。こういう教義がもっともらしく聞こえ、5万人を超える人が信仰しているのが事実であるならば、21世紀初頭の人間の精神は、よほど混乱しているのだと私は思う。   (谷口 雅宣)

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2002年7月19日 (金)

エアコンの価値

 「蒸し暑い日本の夏にエアコンは欠かせない」と考えている人々は多いと思う。私もほとんど同感である。ここに「ほとんど」と書いたのには理由がある。なぜなら20世紀初頭には、すべての日本人はそうは考えていなかったからだ。どうしてこう断言できるかというと、日本人ばかりでなく、世界中の人々が当時、エアコンを知らなくてもまともに生きていたからだ。だから、最初の文章をもっと正確に書き直すと、「今日のほとんどの日本人にとって、蒸し暑い夏を乗り切るにはエアコンは欠かせない」という程度のものになるだろう。この日の東京の最高気温は、平年を3.5度も上回る32.7度で、湿度は63%。私は今年初めて、執務室のエアコンにスイッチを入れた。

 地球温暖化問題が深刻さを増してきた昨今では、私は通常、執務室のエアコンを動かさない。その代り、古い扇風機を回す。しかしこの日のように、室内で人と面談する時間が長い場合は、相手に自分の“趣味”を押しつけるのは極力避ける。旧式扇風機とエアコンのどちらの電力消費量が多いかは詳しく調べたことはないが、常識的には後者の方が電気を食う。エアコンのもう一つの問題点は、「自分の部屋を涼しくする代りに外気を暖める」という構造になっていることだ。これはまさに、現代人のエゴイズムの“権化”のような気がする。そんなことを各家、各事務所、各商店街がやりだし、さらに町を走る無数の自動車もやっているから、都会の温度は不必要に上昇する。下げようとして、上げているのだ。

 こんな書き方をすると、私はエアコンの価値を認めていないと思うかもしれないが、必ずしもそうではない。ただ、日本の都会では、あんなに冷やす必要はないと思うし、デパートや映画館には、明らかにエネルギーの無駄遣いと思われるような、ひんやりと冷えている場所も少なくない。これは、環境保全の要請に逆行している。しかし、エアコンの効用を地球規模で考えれば、この技術は、「価値がない」と言うにはあまりにも大きな変化を人間の生活にもたらし、多くの国の経済構造をも変えてしまった。

 今年は、エアコンが発明されてちょうど100年目なのだそうだ。エアコンの発祥は1902年、米ニューヨーク市のブルックリン地区にあった印刷工場に、ウィリス・キャリアーという人が空気調節装置を設置した時とされている。この印刷工場ではリトグラフを制作していたが、リトグラフは気温と湿度の変化に影響され、印刷の際に色ズレが出るのが問題だった。それを解決するための窮余の策が新しい発明を生み出し、それが1世紀後に人類の生活と経済を大きく変えてしまった。エアコンが登場する前のニューヨーク市では、暑い夏の夜には、涼を求める人々は自宅の玄関口や非常階段の踊り場、あるいはセントラル・パークの芝生の上で眠ったという。

 テキサス州の南東部にある同州最大の都市ヒューストンは、米航空宇宙局(NASA)の有人宇宙センターがあることでも有名だが、ここは北緯30度付近にあって暑い。この緯度は、日本では奄美諸島、エジプトではカイロ、インドではデリーとほぼ同じだ。エアコンがなければ、この地に160万人以上の人間が住むことは疑わしい。また、同じ州のダラス市にテキサス・インスツルメントという世界最大のコンピューター・チップのメーカーが生まれたのも、エアコンの存在なくしては難しかったと思うし、逆に考えれば、エアコンがあれば、インドでもコンピューターチップの製造ができることになる。

 エアコンの登場で、「亜熱帯」や「熱帯」と呼ばれる地域の生産効率が向上したことは、疑いの余地がない。が、それが世界に爆発的に普及した今、地球温暖化の一つの原因になっている事実を、どう考えたらいいだろうか。暑さで朦朧となっている私の頭では、いい回答を見つけ出せそうもない。

 ところで、エアコンのない夏の暑さを映画の中で克明に描いている作品の一つに、ロバート・レッドフォード主演の『華麗なるギャッツビー』(1974年)がある。この物語の時代設定は、1920年代のロング・アイランドである。そこに大邸宅を構えたギャッツビーの派手な生活が描かれているが、その中に、真夏なのに白の三つ揃いのスーツを着た紳士たちが、いかにも暑そうな顔をして、お気に入りの女性とともに暇をもてあましている様子が出てくる。だから、エアコンは、発祥から20年がたっても、金持ちの家にさえ設置されていなかったということになる。奇妙といえば奇妙である。

 そんなことを考えながら隣家の母のところへ行ったら、藍色の美しい団扇が置いてあった。見るだけで清涼感がする。エアコンのない時代の日本人は、視覚や聴覚から涼をとったのだと気がついた。金魚、浴衣、風鈴、鹿おどしなどは、エアコンのように実際の気温を下げるのではなく、人間の感覚に訴えて清涼感を演出する。なかなか高級な方法だと思った。(谷口 雅宣)

【参考文献】

○Richard Reeves, "The Cool History of Air Conditioning", International Herald Tribune, 18 July 2002.

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2002年7月14日 (日)

アメリカの菜食主義?

 アメリカの時事週刊誌『タイム』が7月15日号(アジア版)で「菜食主義」の特集を組んだので、少し驚いた。アメリカほど肉食が盛んな国はあまりないと考えていたからだが、最近のこの国の傾向はそうでないことを、この記事は教えてくれるいるようだ。題して「我々は菜食主義者になるべきか?」

 記事中には、いろいろと面白い情報が含まれている−−「多くの人にとって肉は不愉快な食べ物である。それは、牛肉消費に関わる添加物や病気のせいというのではなく、次第に多くのアメリカ人−−特に若者たちが、昔だったらその親が衝撃を受けるような行動をとりはじめているからである。つまり、彼らは野菜や穀物、それに植物の新芽を食べているのだ。」同誌が今年4月に行った1万人調査から推計すると、今や「自分は菜食主義を実行している」と考えるアメリカ人は1千万人に及び、かつてそうだったと考える人は2千万人に達しているという。

 菜食主義が流行する理由はいくつもあるが、その一つは「汝、殺すなかれ」の教えの復権である。といっても、アメリカ人が急に信仰的になったのではなく、『ベイブ』とか『Chicken Run』(走れニワトリ!)という動物を主人公とした映画の影響も大きいらしい。記事によると、「菜食主義は、食においても善行する機会を提供することで、良心的な人の内的矛盾を解決してくれる。肉食をやめ、命を救おう、というわけだ」。そして、その“尖兵”は、大人というよりは子供たちらしい。

 今のアメリカのティーンエージャーの四分の一は、菜食主義を「カッコイイ」と感じているそうだ。また、アリゾナ州立大学の心理学教授らが行った調査では、学生たちは「サラダ好きの人」は「ステーキ好き」の人よりも倫理的で、徳が高く、親切な人間だと考えているという。ペンシルバニア大学の教授の話では、「今の子供たちは、菜食が普通に行われ、それが健康上、エコロジー上の理由で公に推奨される文化の中で生きる、最初の世代である」そうだ。また、興味あることに、今日のアメリカ人の子供たちは、親に教えられて菜食になるだけでなく、多くの場合、早い時期に自分の意志でそれを選ぶという。記事によると、「それ(菜食主義の選択)は、しばしば彼らの最初の親への反抗である」らしい。

 さて、私自身は“四つ足”(哺乳動物)の肉を食べないが、魚貝類や乳製品、卵、それに鶏肉までは食べる。だから「菜食主義」とは呼べないだろう。菜食主義にもいろいろな段階があるらしく、厳格なものから順番に挙げると:

  「新芽食主義 sproutarianism」
  「果実食主義 fruitarianism」
  「生食主義 raw foodims」
  「野菜・果実・穀物食主義 veganism」
  「卵・菜食食主義 ovo-vegetarianism」
  「乳製品・菜食主義 lacto-vegetarianism」
  「卵・乳製品菜食食主義 ovo-lacto-vegitarianism」
  「魚貝・鶏肉・準菜食主義 pesco-, pollo-, and semi-vegetarianism」

 という8段階があるらしい。最後の分類が、私の場合に該当する。これだけ種類があると、どれにすべきか迷ってしまうが、『タイム』誌の推薦は、栄養の問題を考えると、乳製品・菜食主義以降が健康の面で比較的“安全”であるという。

 私は以前、“四つ足”の肉を食べない理由の一つは「環境への悪影響を避ける」ためだとどこかに書いたが、それについてこの記事は、コーネル大学の生態学者、デビッド・ピメンテル博士がはじき出した次のような数字を挙げている:「カロリーの面から言うと、アメリカ国内の家畜に与る穀物を人に回せば、8億人が養えるし、これを輸出すれば、年間800億ドルの収入となる」「穀物を食べる家畜や家禽は、その肉1キロ当たり10万リットルの水を消費するが、大豆1キロの生産に必要な水の消費量はわずか2000リットルである」「家畜や家禽を育てて動物性蛋白質を得るのに必要な化石エネルギーは、同じ量の植物性蛋白質を得るのに必要な化石エネルギーの8倍である」。また、「アメリカ国内の家畜や家禽の消費する穀物の量は、アメリカ人全体の穀物消費量の5倍である」そして、きわめつけは「アメリカ国内の家畜と家禽の数は、アメリカの人口の25倍である」。

 ところで、最初に挙げたアメリカの菜食主義者の数の「1千万」とか「2千万」という数字は、その正確さは保証できない。というのは、その数字の元となった1万人調査では、回答者の4%が自分を菜食主義者と見なしたのに対し、そのうちの57%の人は自分のことを「準菜食主義者」と規定したからだ。また、自分を菜食主義と見なした人の36%は、卵・乳製品・菜食主義であると回答した。だから、卵、乳製品、魚貝、鶏肉も食べない純粋な菜食主義者は残りの7%(つまり、人口全体の0.28%)になる。2000年のアメリカ合衆国の国勢調査ではアメリカの人口は2億8142万人だから、純粋な菜食主義者の推定値は「79万人」ほどになる。この程度の数字だったら、私の当初の印象はそれほどズレていなかったことになる。   (谷口 雅宣)

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2002年7月11日 (木)

『夕刊フジ』と『週刊新潮』

 私が関係する裁判に関連する記事が、『夕刊フジ』(7月11日)と『週刊新潮』(7月18日号)に掲載された。ずいぶん一方的な見解を平気で書くものだと、元新聞記者としての私はガッカリした。マスメディアの質の向上を密かに期待していたのだが、見事に裏切られた気がした。しかし、2つのうち『夕刊フジ』の記事は、私の見解も一部伝えてくれているので、まだ比較的“まとも”の部類に属すると思う。しかし『週刊新潮』は、私を批判している側の意見で記事をほとんど埋め尽くし、私の側の意見は最後の方にわずか10行載せているという偏り方だ。(記事全体は112行)

 『フジ』の記事は「ドル箱本出版中止 生長のお家事情」という見出しで始まり、「問題の本の販売中止は、成長が期待される“中国市場”をねらう生長の家の布教方針に抵触したから」という内容になっている。つまり、問題の本は、中国人のことを倫理的に低級な民族であるかのように悪しざまに批判しているから、そういう本が生長の家の出版社である日本教文社から発行されつづけることは、中国市場への進出の足かせになる−−という分析である。まるで経済記事のような内容なので、「こういう見方をする人もいるのか」と半ば感心させられた。

 近年の生長の家の運動方針をご存知の方には説明の必要はないと思うが、現在の生長の家には、中国大陸に向かって大々的布教をする計画は存在しない。しかし、この記事は、問題の本が「中国人を悪しざまに批判している」という私の側の主張をきちんと伝えてくれている点は、評価できると思う。この記事のリード文の最後に「突然の出版中止の裏には中国で布教活動を進めたい教団側の思惑があったようだ」とあるが、本当の理由はそうではなく、「人間の本質は神の子であり、仏である」という教えを説く生長の家が、それと大きく矛盾する−−例えば、一部の民族は倫理的に劣っているから神の子でないと主張する−−内容の本を出版することはできないのである。我々は、そういう“悪”や“敵”を認める宗教的視点が、多くの戦争を生み出してきたという歴史的教訓から学ばねばならないのだ。

 この『フジ』の記事には、重要な点での欠落がある。問題の本が出版停止となった理由は、中国人の悪口が書いてあるだけでなく、この本が「台湾独立」という政治目標を掲げており、そのことが要因のひとつとなって、この本の著者が台湾での大きな政治的対立に巻き込まれる可能性が出てきたからである。まだご記憶にある読者も多いと思うが、当時、同じ政治的対立に巻き込まれた書籍に、小林よしのり氏の『台湾論』がある。この漫画本は、明確に台湾独立を支持しているが、その中に問題の本の著者が何度も登場して“台湾独立の旗手”であるかのように紹介され、さらに問題の本自体が実名入りで描かれた。そして、その著者は「慰安婦の強制連行はなかった」という政治的な発言を漫画の中で展開した。こうなってくると、問題の本を発行した日本教文社とその母体である生長の家が、その著者の政治的目標を支持しているような印象を持たれる危険性が強まってくる。だから、昭和58年以来、政治活動をやめて宗教活動に専念することを決めた生長の家にとって、問題の本が本当に“問題”となってきたのである。

 さて、『週刊新潮』の記事について、私はこれ以上何か論評すべきかどうか迷っている。というのは、この記事の見出しからして、あまりにもデタラメだからだ。それは「『生長の家』を震撼させる次期教祖の『左翼的思想』」というものだ。生長の家には「教祖」などいない。そのことは、創始者である谷口雅春先生ご自身が『生命の實相』第1巻に書いておられる。まぁ『新潮』の記者は、一般人にはこういう表現でないと分からないと考えたのかもしれないが、しかし、では「左翼的思想」とは何か。見出しにこれだけのことを言うからには、私の書いた書籍や文章をきちんと読んで、「ここにこう書いてあるから左翼的だ」と指摘しているのかと思ったら、まったくそういうことではなく、生長の家が政治活動から手を引いたことが不満でやめた「元信者」の非難を、一方的に掲載しているだけだ。

 次の文章を読んでいただきたい(文中の「彼」とは私のこと):

 「彼は平成2年に副総裁に就任して以来、好き勝手にやるようになりました。湾岸戦争の時、月刊誌『理想世界』で“大東亜戦争は侵略戦争”と断言したため信者から“初代総裁の教えと違う”と猛抗議を受けたのですが、それで故雅春総裁の日本の歴史や戦争に触れた『我ら日本人として』や『古事記と現代の預言』などのいわゆる“愛国書”を30冊近く販売中止にしたのです。さらに雅春氏のまだ単行本になっていない原稿も出版することを禁止しています」

 この文章は、ほとんど最初から最後までデタラメである。ただし、私が「大東亜戦争は日本の侵略行為によって始まった」という意味のことを書いたのは事実である。が、これについては、『理想世界』誌の連載の中でかなりのスペースを費して説明し、機関誌の中でも説明し、教団の機関紙『聖使命』では、当時の理事長が谷口雅春先生のお言葉を引用して説明した。もしこれらの論説が本当に生長の家の教えに反するのであれば、まだお元気でいらっしゃる生長の家総裁の谷口清超先生が黙って放っておかれるはずがないのである。また、谷口雅春先生のご著書の再版の決定は、現在も過去も副総裁の権限で行われたことはなく、すべて合議制によって決められてきた。その判断の中には経済的なものも内容的なものも含まれる。文書伝道を旗印にしてきた教団の創始者の本が、「30冊」もノーチェックで販売中止になるなどと考える人は、現総裁と教団の運営組織全体が、ここ10年以上ボンクラだったと言っているに等しい。(多分、この「元信者」は本当にそう思っているのだろう)

 さて、読者に改めて思い出してもらうほどのことではないかもしれないが、日本の週刊雑誌の記事は、一般的にこういうものである。センセーショナルな見出しと、誤解を招きかねない記事によって読者の注意を引き、店頭で買ってもらえればそれでいいとしているとしか考えられない。特に、生長の家のように、活字に慣れた信者が多い団体の場合、信者の不安を招くような記事は、週刊誌の売上増大に貢献すると考えているのだろう。元ジャーナリストとして、私はこの日本のジャーナリズムの現状を悲しむが、さりとて現象の不完全さは今に始まったことでもない。我々は、現象の暗雲を払うため、「神の御心」を述べ伝える活動をますます盛んに、明るく展開するのみである。 (谷口 雅宣)

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2002年7月 5日 (金)

ブルーベリー

 6月21日の本欄でラヴェンダーのことを書いたが、わが家の庭では今、ラヴェンダーの薄紫の花の近くで、ブルーベリーの実が色づきはじめている。こちらの花は、春に小さい釣鐘状の白い花が房になって咲く。ドウダンツツジの花とよく似ている。これが散ると、残った子房の根元がゆっくりと膨らんでいく。その部分の、緑と赤紫のグラデーションが美しく、また子房を包んだガクの先がツンと尖がって天に向いている様子が、生命力と愛嬌を感じさせる。この“上向き”の子房が、実が膨らむにつれて重さで“下向き”になり、やがて緑だった実が赤紫に変わり、赤紫が黒紫に変化すれば、もう食べ頃である。

 家の東側の日当たりのよい場所に2種を1株ずつ植えたのが、もう14〜15年も前になるだろうか。背丈は、高い方が180センチほどに成長し、10年ぐらい前から実をつけるようになっていた。今年の実は、しかし例年になく大きく、直径1.5〜1.8センチほどある。また数も多く、しかも早い時期から熟しだしている。同じ庭にはイチジクの木もあって、こちらの実も(本当は花だが)例年になく大きく、また早くから熟しているから、ブルーベリー単独の原因があるわけではなく、きっと地球温暖化の影響ではないかと考えている。人類にとって大問題である現象にも、善い面があるのかと思うと、何だか嬉しい気持になる。

 私の生活にブルーベリーが入ってきたのは、この株と一緒だ。私は子供の頃から「果樹」というものにある種の偏見があり、「大きな果実が成らないものは価値が少ない」と思っていたフシがある。だから家の庭にあるミカン、ポンカン、ユズ、ビワなどで結構満足していたし、もし別の果樹を植えるとしても、カキやリンゴなどが頭に思い浮かぶのだった。一方妻は、小さな実のなるベリー類も好きで、その頃、ブルーベリーのことを何かの本で読み、生食に適しているだけでなく、ジャムにしても美味しいということを知り、私と植木店へ行った時に2種を買ったのだ。違う品種間で交配させると実のつきがいいということも、その本に書いてあったという。だからこの植物は、妻がわが家に導入したと言っていいだろう。

 今年の出来ばえは格別で、このところ毎朝20〜30個の実が黒紫色に熟す。朝食後、私はブンチョウのエサを取り換えた後、蚊に刺されながらブルーベリーを収穫し、採りたてのものを隣の父の家へ持参し、「朝採りブルーベリーです」と言って母に手渡す。その時刻、父母はちょうど朝食を終えるから、デザートに食べてもらえるのである。我々は「朝採り」をそのまま食べるのではなく、翌朝までとっておく。その方が酸味が減って甘味が増すからだ。また、前日の収穫をすべて食べずに、少し残しておく。そうすると、ステンレスの小籠に入った紫色の粒は、毎日だんだん増えてくる。量がたまったところでジャムを作ろうというわけだ。

 ブルーベリーはツツジ科の落葉低木で、栽培種のものは北アメリカ東部のアメリカ先住民が採取していたものの中から、19世紀になって栽培化されたもの。大別して背の高いハイブッシュ系、背の低いローブッシュ系、そしてラビットアイ系の3種がある。ハイブッシュ系の野生種は、木の高さが4メートルほどにもなり、やや冷涼な気候とかなり強い酸性土壌、多くの水を要求する。それに比べローブッシュ系は、高さがせいぜい20センチくらいだが、野生種はアメリカ北東部からカナダ東部の寒冷な荒地に自生し、3種の中では最も耐寒力がある。ラビットアイ系は、アメリカ南部のジョージア州近くが原産地で、大型のものは高さ4メートルを越える。温暖地向きで、土壌の水分や酸性度をあまり要求しないから「育てやすい」とされている。この名前(rabbit-eye)の由来を私は知らないが、実の形がウサギの目のように「赤くて球状に丸い」からだと想像している。もしこの想像が正しければ、わが家にあるのはハイブッシュ系とラビットアイ系の2種である。

 ナチュラリストの藤門弘氏夫妻は、約10年前に北海道で一大ブルーベリー・ガーデンを作る計画を始動したと、ある雑誌に書いていたが、これを殖やす方法は「挿し木」でいいのだという。また、『週末・八ヶ岳いなか暮らし』の著者、小宮宗治氏は、標高900メートルの八ヶ岳南麓に休耕田を借りてブルーベリー農園をつくり上げたという。実は、家の庭にはもう1本の苗を別の場所に植えてあったが、日当たりがよくなかったためうまく育たなかった。それを去年の秋、大泉村の山荘の庭に移した。そこは、日照の申し分ない場所だが、標高1200メートルの寒冷地の環境に耐えられるかどうか心配だった。案の定、移植してしばらくは死んだように生気がなかったが、数週間前に山荘へ行った時、その株から新芽が出ているのを発見した。山荘の庭には、このほか2株のブルーベリーが植えてあるから、うまく成長してくれたら挿し木で殖やし、「農園」といかないまでも「ガーデン」ぐらいにできるかもしれない、と密かに思っている。   (谷口 雅宣)

【参考文献】

○小宮宗治著『定年後・八ヶ岳いなか暮らし』(晶文社、1999年)。

○「藤門弘のカントリーガーデン作り�D」『私の部屋ビズNo.7』夏号(婦人生活社、1993年)。

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