宗教・哲学

2021年3月11日 (木)

人間中心主義から抜け出そう

 今日は午前10時から、山梨県北杜市の生長の家国際本部“森の中のオフィス”のイベントホールにおいて、「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われた。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、会場には人を集めず、御祭の様子はビデオカメラを通してネット配信され、多くの人々に伝えられた。私は御祭の最後に概略、以下のような言葉を述べた――

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 皆さん、本日は「神・自然・人間の大調和祈念祭」にお集まりくださり、誠にありがとうございます。昨年に引き続き今回も、皆さんとともに一堂に会することなく、インターネットを通じての参加となります。ありがとうございます。

  今年は2021年であり、日本では東日本大震災からちょうど10年がたつということで、また東京オリンピックの開催が間近だというので、「東北は復興した」とか「復興に至っていない」とか、経済やスポーツ、興行に焦点を合わせた報道や評論が行われています。また、昨年来の新型コロナウイルス感染症の問題も、主として経済活動再開との関係からしか論評されていません。これは日本の指導者や政治家、オピニオンリーダーの多くが、人類が今直面している問題の本質を理解していないことを示しているので、悲しい気持になるのであります。

  ここに、2つの大災害に関する統計的な数字を並べて考えてみましょう。まず、東日本大震災ですが、その犠牲者数はすでに各メディアに発表されているので、皆さんもご存じと思います。この犠牲者数の中には、地震と津波による直接的な死者に加え、行方不明者、そして震災関連死亡者も含まれていますが、すべてで「2万2198人」です。そして、新型コロナウイルス感染症による日本国内の死者数は、昨日の時点で「8,301人」です。大震災に比べて少ないようですが、この感染症はパンデミックですから、日本国内だけの数字を見ても、全貌はわかりません。そこで世界全体の昨日までの死亡者の総計を出します。それは「2607,852人」です。とんでもない数字です。201510月の国勢調査によると、大阪市の人口が「2,691,185人」であり、名古屋市は「2,295, 638人」ですから、この1年間で、大阪市または名古屋市から人がすべて消えたことに匹敵するほどの大災害なのです。そして、この数字は現在も毎日、増え続けていることは、皆さんもご存じの通りです。

  今私は、大震災とパンデミックの両方を呼ぶのに「大災害」という言葉を使いましたが、これは必ずしも正しい表現ではありませんね。ご存じのように、10年前の大震災と津波、原発事故については、「人災」の要素がかなり含まれていることが指摘されてきました。そして、今回の新型ウイルスによるパンデミックについても、人間の行動に起因する要素が数多く指摘されています。人間の行動が感染症を拡大させるので、それを防ぐために今、私たちは家に籠り、リモートで仕事をし、経済活動を縮小しているのです。

 では、人間の何がこのような大惨事を引き起こす要因になっているのでしょうか? それは、私たちの考え方、思考形式、思想などと呼ばれているものです。端的に言えば、それは「人間至上主義」です。

  私たち生長の家は、もう20年も前から、人類が現在抱える地球温暖化などの大問題の多くは、「人間至上主義」が原因だと指摘してきました。このものの考え方は、「人間中心主義」とも呼ばれます。今、画面に出ているのは、私が200210月に上梓させていただいた『今こそ自然から学ぼう』という本です。この本には「人間至上主義を超えて」という副題がついて、英訳として「beyond anthropocentrism」という語が添えられています。また、これより1年前に出た『神を演じる前に』(2001年1月)にも、「人間至上主義の矛盾」という見出しがついた文章が5ページにわたって書かれています。

  では、なぜ人間至上主義が間違っているかという理由については、『今こそ自然から学ぼう』の「はじめに」に引用されているエドワード・O・ウィルソン博士の言葉を紹介するのがいいと思います。なぜなら、彼は世界的に尊敬されている生物学の権威で、ピューリッツァー賞を2度もとっている人だからです。

 ウィルソン博士は、人類がこれまで他の生物からどれほど恩恵を受けて生きてきたかを忘れていると指摘し、それを「健忘症」と批判しているのだった。博士はこう続ける--

 こうした健忘症気味の空想の中では、生態系が人間に提供してきた恩恵(サービス)もえてして見逃されがちである。だが生態系は土地を肥やし、私たちがこうして今呼吸している大気をも作り出しているのだ。こうした恩恵なしには、これから先に残された人類の生活は、さぞかし短く険悪なものとなろう。そもそも生命を維持する基盤は緑色植物とともに、微生物や、ほとんどが小さな無名な生きもの、言い換えれば雑草や虫けらの大集団から成り立っているのだ。非常に多様であるため地表くまなく覆いつくし、分業して働くことができるこのような生きものたちは、世界を実に効率的に維持している。彼らは人類がかくあって欲しいと思うとおりのやり方で世界を管理しているが、それはなぜかというと、人類自体この生きた群集の中に混じって進化してきた動物であり、かつ人間の体の機能は人類以前にすでにできあがっていた特定の環境に合うよう、念入りに調整されているからである。(p. ii

  ここには、私たちが呼吸している空気が植物のおかげで成り立っていること、大地はその植物や、動植物を分解する菌類や、無数の昆虫類が作り上げていること、そういう多様な生物たちが地球の表面を覆いながら、お互いに深い関係をもって協力し合っていることが暗黙のうちに描かれています。そして、博士の表現を借りれば、これらの生きものが「世界を実に効率的に維持している」だけでなく、その維持の仕方は「人類がかくあって欲しいと思うとおり」であると書いてあります。このことを私たちは忘れているか、もしくは全く知らないのではないでしょうか?

  多くの都会人は、特に都会で生まれて育った人たちは、人間以外の自然界の生物は人間の生活の邪魔だと感じていないでしょうか? 彼らは「人類がかくあって欲しくない」存在だと感じている人が多い。だから、スーパーへ行けば殺虫剤とか殺鼠剤とか、ゴキブリホイホイとか農薬とか、消毒薬など沢山売られている。また、私たちは日常的に「雑草」とか「害虫」とか「害鳥」とか「害獣」などの言葉を使います。これは、自然界の生きものには「善」と「悪」があると考えている証拠ではないでしょうか。しかし、ウィルソン博士は、それら一見「悪い」と見られる生物もすべて含めて、「彼らは人類がかくあって欲しいと思うとおりのやり方で世界を管理している」と言っているのです。皆さんは、これに同意できますか?

  ウィルソン博士は次に、なぜそんなことが言えるのかという理由をきちんと書いています。この理由は、とても重要だと私は思います--

「それはなぜかというと、人類自体この生きた群集の中に混じって進化してきた動物であり、かつ人間の体の機能は人類以前にすでにできあがっていた特定の環境に合うよう、念入りに調整されているからである」

 この考え方は、博士の進化生物学者としての長年の研究と深い、優れた洞察から来るものです。白鳩会総裁の著書に46億年のいのち』という本があります。この題は、先ほど皆さんと一緒に読誦した『大自然讃歌』の中にある「地球誕生して46億年」という言葉から来ていますね。しかし、地球ができてすぐ生物が生まれたのではなく、生命の誕生はそれより10憶年ほど後です。すると、人間以外の生物は36億年もの進化を経験して今日に至っているのです。人類が誕生したのはわずか「20万年前」です。ということは、人類が地球で生活するようになった時には、すでに「359,980万年」もの時間をかけて、他の生物たちは進化を繰り返していたということです。このことが何を意味しているかを、ウィルソン博士はこう表現しているのです--「人類自体この生きた群集の中に混じって進化してきた動物であり、かつ人間の体の機能は人類以前にすでにできあがっていた特定の環境に合うよう、念入りに調整されているからである」

  

ここで少し、地球上の生物の歴史を概観しましょう。そうすることで、ウィルソン博士の言っていることがより深く、理解できると考えるからです。Lifehistory この図は、画面の左上から右下に向かって時間が流れていることを示しています。左上の端が今から36億年前の「生命誕生」の時で、1本の黄色い棒が横方向に10億年を表していると考えてください。画面の最下段にある棒は、他の棒より短くて、6億年を表しています。そうすると、画面には長い棒が3本と、短い棒が1本なので、全部で「36億年」を示しています。グラフの中にある数字は、100万年を単位とした数です。したがって左上端に「3600」とあるのは、「36億年前」という意味で、その下に「2600」「1600」「600」と続いているのは、それぞれ「26億年前」「16億年前」「6億年前」という意味です。

  この図をさっと眺めただけで分かるのは、一番下の棒だけが賑やかだということです。その棒の左端には水色で「カンブリア紀」と書いてあります。この水色の帯は、今から6億年から5億年にかけてで、この地質時代に膨大な数の生物種が一気に地上に現れたことで有名です。その現象を「カンブリア大爆発」と呼びます。そして、その一番下の棒の右端には赤い色がついていて、「人類誕生~現代」とあります。人類の誕生は今から20万年前と言われているので、この赤い線のところが、地球上に人類が存在している「20万年」を表しているのです。生物全体の進化の歴史と比べると、何と短い期間ではありませんか? しかし、私たち人類は、この進化の歴史の上に、それを前提として存在しているのです。それを、私たちは変えることなどできないのです。そのことをウィルソン博士は、こう言っているのです――「人類自体この生きた群集の中に混じって進化してきた動物であり、かつ人間の体の機能は人類以前にすでにできあがっていた特定の環境に合うよう、念入りに調整されている」。

  つまり、博士が言おうとしていることは、人類は他の生物と分離しては生きられず、また人間の肉体は、その基本的構造や機能は、すでに20万年前に決定されているということです。ところがご存じのように、私たち人間の中には、かなりの数の人たちが、この地球上の環境は、他の生物も含めて、人間の邪魔になることが多いから、それを人間の都合に合わせて改変することで、将来は天国のように生きやすい、便利な世界が実現するなどと考えているのです。私が「人間至上主義」と呼んでいるのはこの考え方のことです。「人間の幸福のためならば、自然界のあらゆるものは破壊したり、利用したり、改変したりできる」という思想です。これが間違いであることは、人類は長い時間をかけてゆっくり、ゆっくりと学びつつある――私はそう思いたい。日本の自民党政権が菅内閣になって初めて、突然のように「炭素排出を2050年までに実質ゼロにする」などと言い出しました。これは、先進国の中でもずいぶん遅れた取り組みです。が、まったく取り組まないよりはいいのですが、それでも私は、今の人類には30年もの時間の余裕はないと考えます。

  その証拠の1つが今、人類の目の前に突きつけられている新型コロナウイルスによるパンデミックです。これも地球温暖化も、人間至上主義がもたらしたものです。根っこは同じなのです。

  最近私は、オークヴィレッジ創設者の稲本正さんの『脳と森から学ぶ日本の未来』(WAVE出版、2020年)という本を読む機会があったのですが、稲本さんは「人間至上主義」という言葉は使っていませんが、それと同様の人間の身勝手な振る舞いが、この新型コロナの問題の背景にあるというお考えです。稲本さんは、この問題の原因は「人類側にある」とはっきり書いておられます。引用しましょう――

 新型コロナウイルス問題は人類が今まで歩んできて、大いに成功だと思い込んでいた近代文明の工業化により、自然を破壊し、巨大都市を造り、人間を都市に密集させつつ、長距離移動システムの確立と情報化へと移った一連の進歩を、根本から問い直すように促している。(pp. 46-47)

 

 人類が自分で生み出した問題を、解決に結びつかないように、自分自身で複雑にしている。原因は、経済や人種、国益などの理由を探して一致団結しようとしない人類の考え方にあるのだ。(p. 49)

  今、経済や国益を理由に、新型コロナウイルスのワクチンを独占しようとする動きがあります。また、ワクチンを自分たちの知的財産権の対象として考える傾向があります。しかし、そんな利己的な考えをしていると、グローバル化した世界経済と地球温暖化の中ではウイルスの脅威を抑え込むことなどできません。ウイルスは細菌よりもずっと小さいので、私たちは原始的で、単純な生物だと思いがちですが、決してあなどることはできません。ウイルス学の専門家の評価を紹介します――

  大方の推測では、ウイルスの総数は10の31乗と、地球上で最も多種多様な生命体である。ということは、進化上、最も成功をおさめた生命体である。ウイルスは、感染した細胞の代謝系を変換し、自分が増えやすい環境をつくるという事実から、宿主の細胞よりも複雑な生命の営みをする。だから、最も単純な生命体ではない。

  1リットルの海水があれば、その中にいるウイルスの数は地球上に住む人間の総計を、恐らく10倍ほど上回る。ウイルスの種類も、細胞をもつ生物全体の種類を上回り、推定で1兆種も存在する。 そして、人類のゲノムの8%はウイルス由来のものである。

  細胞レベルでは、私たち人間よりも複雑な動きをする生命体が、細胞をもつ生物全体の種類を上回るほど多種にわたって存在し、1リットルの海水に世界人口の10倍もの数で存在するのです。だから、今回のウイルスの脅威を取り除いたとしても、次が来ないなどとは決して言えません。その可能性を地球温暖化が増幅していることを、皆さんはご存じでしょうか?

  最近の急激な温暖化で、ロシアの北極圏にある永久凍土が溶け出しています。その結果、大変なことが起こると警告する科学者は少なくありません。次の写真を見てください。これはすでに起こってしまっていることです――

  今年の3月7日付のインターネットのNHKのニュースサイトにあった写真ですが、ロシアの北極圏にあるヤマル半島という所の永久凍土が溶け出していて、直径が数十メートルもある巨大な穴があいているというのです。それも1つだけでなく、十数個もです。こういう穴が開くと、中から何が出てくるかということも分かっています。

  次の写真を見てください。これは今年1月25日のNHK番組『クローズアップ現代 の内容を伝えるサイトです。ここに簡潔にまとめられていますが、永久凍土が溶け出すと、その下からは、二酸化炭素の25倍もの温室効果があるメタンガスが出てきた。それとともに、人類がこれまで知らなかった「モリウイルス」というウイルスも発見されたというのです。

  ですから、私たち人類が今のような人間中心主義の考え方を改めずに自然破壊を続け、経済発展ばかりを進める生き方をしていれば、私たちは自分たちの生活基盤をも破壊してしまう可能性さえあるのです。これは、遠い将来のことではなくて、現在それが起こりつつあるという認識をもたねばなりません。必要なことは、まず人類共通の「哲学・信仰」を確立することです。その基本は、生長の家が20年前から言っているとおり、「神・自然・人間は本来一体」ということです。もし「神」という言葉を使いたくなければ、先ほど引用したウィルソン博士や稲本さんのような言い方でもいい。とにかく、人間さえよければ自然界の他の生物や鉱物資源はどうでもいいという考え方から、早急に脱却しなければならないのです。

  そして、私たちの生活の仕方を改めていく。つまり、信念を行動で表現していくのです。そして、自分ひとりで納得するのではなく、多くの人々にその信念を伝え、それらの人々と共に日常生活の中にその考えをどんどん反映させていかねばなりません。そういう運動を、これからも皆さんと一緒に力強く進めてまいりたいと、今日のこの祈念祭に当たり強く思うものであります。

それではこれで、私の話を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。

 谷口 雅宣

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2021年3月 1日 (月)

困難の中で「内に宿る神」の声を聴く

   今日は午前10時から、山梨県北杜市にある生長の家国際本部ーー森の中のオフィスのイベントホールで、「立教92年 生長の家春季記念日・生長の家総裁法燈継承記念式典」が開催された。昨年に引き続き、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、インターネットを通じたオンライン形式を採用しつつ、私は概略以下のような言葉を述べた。

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 本日は、立教92年 生長の家春季記念日・生長の家総裁法燈継承記念式典にお集まりくださり、誠にありがとうございます。今回の記念式典は、ご存じのように、首都圏などでまだ緊急事態宣言が解除されていない状態なので、大人数が一堂に会してお祝いをすることができず、昨年に引き続きインターネットを使ってのオンライン形式で開催せざるをえないことが、誠に残念であります。しかしその反面、ここ1年ばかりのあいだに、私たちは様々な分野でネットを利用する生活に親しんできたし、これまでネットにまったく縁のなかった人たちの間にも、ネットを使う習慣がしだいに根付いてきたので、もしかしたら、本年は昨年よりも多くの人々が、この記念日にオンラインで参加してくださっているのではないか、と私は想像しているのであります。 

 諺に「窮すれば通ず」というのがあります。もともとは『易経』の言葉ですから、中国人の知恵が表れている言葉です。意味は、「人生では、どうにもならないほど行き詰まった状態になると、かえって解決の道が開かれ、何とかなる」ということです。このような諺は漢字文化圏だけでなく、英語にも似たようなものがいくつかあります。その1つは、「Necessity is a hard weapon.」です。邦訳すれば「必要は強力な武器である」とでもなるのでしょう。必要に迫られると、人間は底力を発揮するということです。 

 これに対し、生長の家では何というかご存じですか? それは、「八方塞がりでも、天井は開いている」という教えです。皆さんは、聞いたことがありますか? これは、第二代総裁の谷口清超先生が『人は天窓から入る』というご著書などで説かれたものです。この本は、昭和60(1985)年の出版で、表紙カバーにはヒゲの長いオジイサンの人形が写っています。この書の「はしがき」から引用します。清超先生は「人間は神の子である」という教えの喩えとして、人間が自動車を買い替える話を使われて、買い替える人が本当の人間であり、肉体は交換される自動車に当たると説かれています。また、人が住む家とその人との関係にも言及されて、こう書かれています-- 

 別の例でいうと肉体を「家」にたとえてもよい。その「家」に入りこんで、その家を使うところの主人公、それが真の人間である。どこから入りこむかというと、「天窓」から……というので、この本のような表題となった。

 さてここでは天というと、中国の古典でいう神のことである。実際吾々の家で天窓から入って来るのはまず泥棒さんぐらいのものだが、本当の天の窓だと、神の国の住人の入り口となり、神の子が光となって入ってくるわけだ。即ち人間を肉体であると考えるのではなく、永遠に死なない魂として考え、不滅の存在として考えるのである。すると人生の種々の難問が、実に面白いように氷解する。

  つまり、「八方塞がりでも、天井は開いている」という教えは、自分は肉体ではなく神の御心を体現した神の子である、という自覚から問題に取り組めば、解決の道は必ずあるという意味です。この教えと、それに沿った生き方が、生長の家の信仰の基本と言えるでしょう。92年前、この運動が開始されたときも、谷口雅春先生は「八方塞がりでも、天井は開いている」というこの精神と自覚にもとづいて『生長の家』誌を創刊されたのであります。

  私はこの立教記念日には、3月1日を発行日とした『生長の家』創刊号から引用して、生長の家の宗教運動の当初の精神から学ぶことを続けてきましたが、立教当時の日本の経済が「昭和恐慌」と呼ばれる厳しい状態であったことは、すでに何回かお話ししました。昭和恐慌とは、1929年の秋に、ニューヨーク・ウォール街の株価暴落に始まった世界恐慌が、日本に飛び火して、3031年にかけて日本経済が危機的に縮小したことを指します。『信仰による平和の道』には、それが次のように描かれています-- 

 当時は、日本の中心的な産業は生糸産業でしたが、その生糸の値段が1930年1月から31年にかけて55%下落した。半額以下になったわけです。これに連動して、綿糸などの値段も52%下がった。米の値段は50%下がって半額になった。すごいデフレが起こったわけです。そして、日本の貿易は1929年から31年までの2年間で、輸出が43.2%減った。半分ぐらいになったのです。輸入も40%減った。

 失業者は、1930年に237万人、31年は250万人、32年は242万人という状態で、大混乱です。GNPでみると、この3年間に27%減っている。つまり、日本の経済は3割ぐらい縮小してしまったのです。(p.293 

 
これに対して、次のグラフは、昨年から今年にかけての“コロナショック”による世界の経済縮小の度合いを表しています。これを見ると、黄色い折れ線が日本のGDPですから、最大で8.3%ぐらいの縮小率です。ということは、当時の方がよほど厳しい経済状態だったと言えます。こんな時期に、生長の家の運動は発進したのであります。そのことを念頭に『生長の家』誌Reahmanvscoronagdp2の創刊号を読んでいただくと、谷口雅春先生のお気持ちがより深く理解できると思います。 

 『生長の家』誌創刊号には、「内に宿り給う神」という文章があり、次のように書かれています(原文は旧漢字旧仮名遣い)--

  内に宿り給う神にたよる者は幸福である。彼は予め恐怖しない。彼は取越苦労をしない。
 彼は差し迫った時が来れば吾々のうちにどれ程の力がひそんでいるかと云うことを自覚している。世の中には子供を失っただけでさえ、とても彼女は生きられないと思われる程の繊弱(かよわ)い母親が、良人を墓穴へ見送り、大家族が一人残らず死んでしまっても自分だけは生きながらえていて、家も亡び、最後の一銭までもなくなったのに、尚それに耐えて依然として生活を続けて行っていると云うような実例がザラにある。必要にブツ突かれば、吾々のうちに奥深く隠れている力が呼び覚まされて起ち上る。此の力こそ吾等の衷(うち)に宿り給う神なのだ。(中略)(pp.31-32)

 内に宿り給う神にたよる者は幸福だ。
 何物かに値いする程の人間は彼自身のうちに、永遠の向上を目指して自己を駆り立てて止まない力を自己の内に感ずる。自己がそれを好むと好まないとに拘らず、内部の神が外の自己を押し進める。
 『生長の家』を書くように自分を押し進めて呉れる力も此の内部の神だ。内部の神がなければ自分の精力少く見える身体から普通人としての勤労生活の傍(かたわら)、この可成り多いページの雑誌(創刊号は総80)が自分ひとりの力でどうして書けようぞ。
 自分はこの内部の神に頼って此の事業を進めて行くものなのだ。(pp.33-34

 今回のコロナショックで、私たちの運動も大きな転換を迫られているのですが、私たちは「八方塞がりでも、天井は開いている」という教えと共に、厳しい状況の中でも「必要にブツ突かれば、吾々のうちに奥深く隠れている力が呼び覚まされて起ち上る」という雅春先生の「内に宿り給う神」の教えを実践する機会が目の前にあるということに気がつかねばならないのです。従来の方法や従来の方向に進めない場合は、新しい方法や新しい方向を開

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拓し、進んでいけばよいのであります。

 このことは、世界中の人々の間ですでに実践されています。私たちも、昨年から今年にかけて新しい試みに挑戦していることは、皆さんの多くはすでにご存じのことでしょう。

 生長の家講習会は開かれていませんが、それとは別のルートでみ教えを伝えようとする努力は続いています。その1つは「講話ビデオ」の作成です。昨年以来、私はすでに48本のビデオを製作し、発表いたしました。白鳩会総裁は20本を作られました。コロナ禍で“おうちご飯”や“おうち料理”を、人々が積極的にやり出した機会が生かされています。“森の中のオフィス”の本部講師、本部講師補の講話ビデオも、すでに12本が登録されています。そして、このような講話ビデオを鑑賞しながら、ネットを使って、年齢や男女の別なく、また信徒以外の人も含めて教義の研鑽ができる「生長の家ネットフォーラム」という仕組みもでき上がり、それを使って全国で多くの信徒の皆さんが運動を展開し始めています。

 また、コロナ禍では大勢の人が集まりにくいという点を克服するために、一人や少人数でできる新しい行事や行の開発も進んでいます。「七重塔に文字を重ねる」こと、「ペン写経」をすること、そして自転車を使ったリレーや、インタープリテーションの方法を取り入れた生長の家独自の環境教育の実施計画も進展しています。

 これらの新しい工夫や、運動方法や組織のあり方の再検討は、実は谷口雅春先生の『生長の家』誌創刊号の発刊の精神――即ち「必要にブツ突かれば、吾々のうちに奥深く隠れている力が呼び覚まされて起ち上る」――に学ぶものだと理解していただくと、私たちの内部から勇気と力が湧き出してくるのではないでしょうか

 どうか皆さん、コロナウイルスを“憎むべき敵”だなどと思わず、私たちの無限の可能性を引き出してくれる“鞭撻(べんたつ)者”だと考え、日時計主義を実践しつつ、明るく、しかし用心深く、神性開発と真理伝道の生活に邁進していきましょう。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 それではこれで、私の話を終わらせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。

 谷口 雅宣 拝

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2021年1月 1日 (金)

幸福とは自然を愛すること 

 全世界の生長の家の信徒の皆さん、新年おめでとうございます。

  私たちは2021年、令和3年という新しい年を迎えました。新年を迎えて喜びの言葉を交わす習慣は、世界中で当たり前のように続いてきましたが、本年はその“当たり前”の新年を迎えることのできる人が、例年より少ないことを悲しく思います。しかし、それでも新年の到来は、私たちにとって希望と前進と活力を与えてくれます。日時計主義を生きる私たちにとっては、そのことはなおさらです。新型コロナウイルスによる感染症の蔓延の中でも、私たちはこの年を積極的に受け止め、希望を胸に抱いて前へ進む生き方を放棄することはありません。

 今から76年前、日本が第二次大戦で敗れ、国土が一面の焦土と化した時でさえ、私たちは過去に過ちがあればそれを正し、神の御心を体して明るく前進したことを忘れてはいけません。生長の家創始者・谷口雅春先生はこの時、私たちが敵を作って戦う生き方をやめ、人類全体を「神の子」として拝みながら、明るく生きる方法を伝えることに全力を尽くすべきだと説かれたのでした。

 昭和20年、194511月号の月刊誌のご文章から引用します――

   “今後の教化方針は「天地一切に和解」「従って天下無敵」(敵あって「勝つ」と云うのは本来の生長の家の教ではない、戦争無の哲学が生長の家の哲学である)を説き、今後の日本の運命も、苦難が来る荊棘(けいきょく)の道だなどと「言葉」で云っていると「言葉は種子」であり苦難が来るから、吾々は今後日本国民に明るく生きる方法を教えるのに全力を尽くさねばならぬのです。吾等は対立国家としての日本ビイキ的なことを説かず、世界人類は一様に「神の子」として説き、特に『人生は心で支配せよ』『新百事如意』を中心に説いて行けば好いのであります。”


 この引用の最後に出てきたのは、2冊の本の名前です。これらは、いずれもアメリカで生まれたニューソート系の光明思想家の著書に触発されて、大戦以前に、雅春先生が翻訳あるいはリライトされたものです。生長の家はこのように、すでに戦前から、グローバルな視点をもち、普遍的な価値を説く宗教運動でした。だから私たちは、現在もこの伝統を受け継ぎ、狭い国家主義、国益主義を超えて、人類最大の課題となっている自然破壊と地球温暖化の抑制に全力で取り組んでいるところです。

  今回の世界規模の感染症の拡大で、私たちは多くのことを学んでいます。その重要な1つは、「自然を侮るなかれ」ということです。目に見えない半生物のウイルスのおかげで、世界では1年もたたないうちに150万人を超える人々が死に至り、世界経済は劇的に縮小し、国際関係は不安定となり、そのおかげで職を失った人々が大量の流民となって地上をさまよっています。この感染症の原因は何でしたか?

 専門家の分析によれば、中国内陸部の野生動物取引市場で、人間と野生動物とが濃厚接触したことが、その原因です。コウモリの体内に潜むウイルスが、今回のパンデミックを引き起こしたウイルスと遺伝子型が酷似しているといいます。そのウイルスが、センザンコウなどの小動物が中間宿主となって、人間社会に取り込まれてしまったようです。またその後、デンマークでは、やはり同じ小動物のミンクから、人に感染したコロナウイルスの変異種が発見され、それが開発中のワクチンの効力を弱めるのではないかとして、大問題になりました。つまりウイルスは、変異しながら人間と他の動物の間を行き来しているのです。

  これらの事実は何を教えているのでしょう? それは、人間は自然界の一部だということです。哺乳動物としての人間は、他の哺乳動物とそれほど変わらないのです。また、自然界は人間のためだけにあるのではないということです。にもかかわらず、人間が自然界を破壊しながら本来、近づくべきでない領域にまで欲望の手を伸ばし、その一部を自己目的のためだけに改変したり、利用する行為を続けていれば、自然界のこれまでの秩序は崩れ、その秩序によって保障されていた私たち人類の生活も破壊されるのです。この因果関係は、現下喫緊の問題である地球温暖化と全く同じだと言わねばなりません。

  つまり、新型コロナウイルス感染症も地球温暖化も、天罰や神罰ではなく、私たち人類のこれまでの考えと行動によって引き起こされたものなのです。仏教では、こういうことを「自業自得」と表現します。

  この仏教用語は、近代以降の人類の足跡を痛烈に批判していますが、その反面、私たちに問題解決の道を示してくれています。なぜなら、「自業自得」とは、人間が起こした誤りは、人間によって正せるという意味だからです。私たちが自然界の過度の破壊をやめ、自然が本来の活力を取り戻すように私たちの生き方を変えれば、人類はこの自業自得から脱却できるでしょう。生長の家は今、そのような生き方を信仰の情熱をもって推し進めています。大都会・東京から標高1300mの八ヶ岳南麓に国際本部を移し、二酸化炭素を排出しない業務を実現し、自然破壊の大きな原因である肉食から遠ざかり、資源の無駄遣いをやめ、日用品を手づくりし、無農薬・無化学肥料栽培を実践し、自動車の利用よりも自転車の利用を行う中で、自分が自然の一部であることを実感し、その実感の中に人間の幸福があることを体験する――これを理論だけではなく、日常生活の中で、省力化に走るのではなく、私たちが自分の体を積極的に使いながら、自然との切実な一体感を得る生き方こそ、現代に必要な信仰生活だと私たちは考えています。

  もし私たちが創造者としての神を信ずるなら、これ以上、自然破壊を続けることはできません。なぜなら、神は人間を創造されただけでなく、自然界全体を創造されたのですから、私たちは神の創造を自己目的のために破壊することはできません。私たち人間は、他者の喜びを見て幸福を感じます。それと同じように、私たち人類は自然を愛する生き方の中に幸福を見出すのです。なぜなら、個人はバラバラで無関係な存在ではないように、人間は自然から分離することはできないからです。そして、それらすべては神の作品であり、神の一部であるからです。

 私たちはこれからも、「神・自然・人間は本来一体である」とのメッセージとそれに基づく生活法を、広く世界にひろめてまいりましょう。皆さま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 谷口 雅宣

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2020年11月20日 (金)

居住地の自然と文化を顕彰する

 今日は午前10時から、山梨県北杜市にある生長の家国際本部“森の中のオフィス”を中心に、インターネットを介した行事「生長の家代表者ネットフォーラム2020」の同時交流会が開催された。この行事は、昨年までは「生長の家代表者会議」という名前で行われていたもの。ここでは、日本全国はもちろん、韓国や台湾、ブラジル、アメリカ、ヨーロッパなどで活躍している生長の家の信徒代表が一堂に集まり、来年度以降の私たちの宗教運動の基本を定めた運動方策(運動方針)について議論し、理解を深めるためのものだった。ところが、今年は新型コロナウイルスによる感染症の世界的蔓延で、人の移動や大勢の集会ができないために、インターネットを使って映像と音声を世界に配信する形式に変更したのだった。運動方策をめぐる議論や質疑応答は、この日までにネット上で行われてきた“逐次交流会”で大方がすんでいたから、今日は生長の家参議長によるまとめと挨拶、信徒代表による決意発表に続き、私のスピーチなどで会は終わった。

 私は概略、以下のような話をした--

 皆さま本日は、今回初めて行われる「生長の家代表者ネットフォーラム2020」の同時交流会にご参加くださり、ありがとうございます。

 すでにご案内しているように、またすでに多くの参加者の方が積極的な発言をしてくださっているように、今回の同時交流会は、これまでネット上で進められてきた“逐次交流会”を受けて行われています。この逐次交流会では、去る10月23日の「生長の家拡大参議会」で決定された来年度の運動方針の内容について、活発な質疑応答が行われてきました。

 私もその一部を拝見させていただきましたが、その中では、日本国内の教区レベルでの組織を変える“枠組み”というものが注目されていました。これは、白鳩会と相愛会の教区の副会長の一人を、「PBS担当」という新しい業務に専属させるという方策でした。この方策は、階層型の従来組織の重要な一員を、階層のないPBSに専属させるという画期的なものです。生長の家の運動の目的は変わらないので、この新しい「PBS担当」の副会長さんの目的も変わりません。しかし、そのやり方が根本的に変わってくるので、当初は混乱があるかもしれませんが、ぜひ成功させたいと考えています。

 このほか、新しい方策の中では「講師教育」との関連で「講話ビデオ」の製作に関する質問もありました。それは、ネットを介して講話を聴くのに、リアルタイムで講話を流す方式ではなく、録画したビデオを使う理由は何かという質問でした。これについては、だいたい3つの理由があります:

① 講話の質の向上、
② 講話の複数回の利用、
③ 講話の広範囲の利用、です。

 優れた講話は真理宣布の有効な手段ですから、それを多く生み出し、あらゆる機会に大勢の人に聞いてもらい、広く日本全国、さらには海外の人々にも利用してもらう――そういう構想に基づいているものです。
 
 しかし、今日はこの「講話ビデオ」のことではなく、自然遺産、文化遺産の顕彰について少しお話ししたいのであります。「顕彰」という意味は、「世間にあらわすこと。世間にあらわれること」です。運動方針書は、直接この「顕彰」という言葉を使っていませんが、同じ意味のことが表現されています。お持ちの方は、5ページの真ん中から下にかけて、<“新しい文明”構築のためのライフスタイルの拡大と地球社会への貢献>という項の「2021年度の新たな取り組み」の第4項目をご覧ください。(4)と書いてあるところを読みます--

「(4) 幹部・信徒は、居住する地域の自然や文化遺産の豊かさを改めて見直し、固有の自然の恵みと、その自然と調和した文化的伝統に感謝し、所属教区の教化部のサイト等に掲載し、自然と人間との深い関わりを提示する。」

 このように書いてあります。
 このことが、<“新しい文明”構築のためのライフスタイルの拡大と地球社会への貢献>の項に入っているということは、この「固有の自然の恵みと、その自然と調和した文化的伝統に感謝する」ことが、私たちの「自然と調和する」ライフスタイルの拡大と、地球社会への貢献になるという判断があるわけです。この意味をお分かりでしょうか? 居住する地域の自然と文化遺産を見直し、それらに感謝することは、それらを無視したり、破壊することではないですね。これは誰でも分かります。しかし、「見直したり感謝する」とは、具体的に何をすることなのでしょうか? 

 私は、この項目に関連して、11月12日にフェイスブックの「生長の家総裁」というページに、「柿と馬頭観音」という題の動画を登録しました。すでにご覧になった方は多いと思います。長さが12分弱の短い動画なので、多くのことは語れなかったのですが、昨今のグローバリゼーションの影で見えなくなりつつある2つのことを表現する試みでした。その第1は、「柿」という植物と、特にその果実が、私たち日本人にとって実利的にも感情的にも、多くの価値をもたらしてきたという事実です。そして2番目は、 「馬頭観音」という文化遺産が、宗教的な価値があるだけでなく、日本人の生活の中に占めてきた「馬」という動物の重要性を示していることを伝えたかったのです。

 柿は、食品としては、海外からくる砂糖や人口甘味料、バナナやパイナップル、マンゴーなどの輸入果物に押され、染料や塗料としては、石油製品に取って代わられつつあります。私たちは、刺激の強いもの、手軽で手っ取り早いもの、華やかなものに惹かれます。これを言い換えると、私たちは感覚的な「刺激の強さと効率性/即効性」に魅力を感じるのです。この2つを価値あるものとして追究することで、現代の物質文明が築き上げられてきたと言っても過言ではありません。ということは、この2つの側面で劣るものは、本当は価値があっても、現代人の目からは見逃されがちであり、しだいに忘れ去られることになります。そういう観点から「柿」を考えてみると、バナナやパイナップル、マンゴーなど南洋からの輸入果物は、柿に比べて香りや甘味が強く、成長が速く、今のグローバルな貿易環境においては、入手することも簡単です。バナナを置いていないコンビニはなくても、柿をコンビニで買うことは不可能でなくても、簡単ではありません。

 馬と自動車の比較についても、同様のことが言えるのではないでしょうか? つまり、この双方は交通手段、運搬手段として見た場合、自動車は馬より刺激が強く、手っ取り早く、華やかです。違いますか? その意味は、馬よりも自動車の方が人間の自由になるから、高速で、いろいろな所へ行けるだけでなく、荷物の積み下ろしも楽です。また、自動車の販売店は馬の販売所よりもはるかに数が多いし、カーステレオやDVDプレイヤー、コンピューターなどを積んでいるから刺激が多く、華やかです。また、「効率性/即効性」の観点から比べても、自動車の維持管理は、生き物である馬の世話に比べて簡単ではないでしょうか? 今では技術の発達により、スマホを使って家の中から自動車のエンジンをかけたり、ライトを点けたりできるようです。

 このように考えてくると、私たちが今の時代に直面している資源の枯渇、エネルギー問題、地球温暖化などの諸問題の多くは、私たちの“内部”にその原因があるということに気がつきます。その原因とは、「感覚的な刺激の強さと効率性/即効性に魅力を感じる」ということです。このことは、人間は罪が深いということでしょうか? あるいは、人間には基本的な欠陥があるということでしょうか? 私はそうは思いません。なぜなら、生長の家では「人間は神の子である」と説いているのですから……。では、どう考えたらいいのでしょうか? 私はこう考えます。ここには、人間の“迷い”があるからだと。

 『大自然讃歌』の一節を読みます。この一節は、私たち人間がもつ「個の意識」の意義について、天の使いが説いている箇所(p.35-)です--

 天の童子さらに反問すーー 
 「師よ、神の愛・仏の四無量心は
 個の意識と相容れぬに非ざるや」。
 天使説き給う--
 個の意識の目的は
 自らの意(こころ)をよく識(し)ることなり。
 自らの“神の子”たる本性に気づくことなり。
 多くの人々
 自ら本心を欺き、
 他者の告ぐるままに
 自ら欲し、
 自ら動き、
 自ら倦怠す。
 自らを正しく知らぬ者
 即ち「吾は肉体なり」と信ずる者は、
 肉体相互に分離して合一せざると想い、
 利害対立と孤立を恐れ、
 付和雷同して心定まらず、
 定まらぬ心を他者に映して
 自らの責任を回避せん。
 されど自らの意をよく識る者は、
 自己の内に神の声を聴き、
 神に於いて“他者”なきこと知るがゆえに、
 自己の如く他者も想わんと思いはかることを得。
 即ち彼は、
 神に於いて自と他との合一を意識せん。

 ここには、自分の本心を忘れているために、コマーシャリズムに振り回されて、本当は自分が欲していない商品や、欲していないサービスを追い求める現代人の姿が描かれています。このような私たちの行動は、“迷い”の結果なのです。その迷いの原因は何かといえば、ここではそれは「自らを正しく知らない」こと、「自分は肉体だ」と信じているからである、と説いています。私たちは、自分が一個の肉体であると信じると、この小さな肉塊のままでは根本的に何かが欠落していると感じます。すると、いろいろな物やサービスを外から付け加えることで、その心の欠乏感を取り去ろうとします。こういう心理状態にある人は、コマーシャリズムに踊らされやすい。自分の中にしっかりとした判断基準がないので、他人や企業の判断基準を無批判に受け入れ、コマーシャルが「これがいい」「これが流行だ」「これが進歩だ」と言うものを得ることが、人生の目的だという錯覚に陥るのです。別の言い方でこれを表現すると、「感覚的な刺激の強さと効率性/即効性に魅力を感じる」ということになります。

 私は最近、妻と一緒に『鬼滅の刃』(きめつのやいば)というアニメ作品を見る機会がありました。私は若いころは漫画が好きだったのですが、大人になってからはアニメと言えば宮崎駿(はやお)さんの作品以外はほとんど見ることがなかったです。しかし今回、この作品が日本で異常なブームになっていると聞いたので、一体どんなに素晴らしい作品かと思ってネット上で見たのであります。そのきっかけは、ニュース報道です。日本のある神社で頒布されているお守りが、ネット上ではそのお守りの頒布金の何倍もの値段で売られているというのです。生長の家総本山でもお守りは頒布されていますが、それがネットオークションで高値で売れるなどという話は聞いたことがないので、よほど素晴らしいお守りなのだろうと思いました。が、事実は、お守りは普通のものでした。普通でないのは、そのお守りや神社とは直接関係がない『鬼滅の刃』の人気なのです。

 このアニメの主人公は「竈門炭治郎」(かまどたんじろう)というのですが、その苗字の「竈門」という言葉が使われている神社が全国にいくつかあるのですが、そこをアニメファンが“聖地”として訪れるブームが起こっているのです。で、「竈門」がついたお守りを持っていると、このアニメの主人公のように、鬼を上回るようなパワーがもてるとか、そういうパワーに自分が守ってもらえるとか……そんな話が作られ、それを信じる人々がどんどん増えているようなのです。ウィキペディアの描写によると、このアニメは最初は漫画の単行本として16巻まで出版されましたが、2019年の春からテレビでアニメとして放送されたそうです。すると、「放送終了から約1か月後の10月23日時点で累計発行部数1600万部を突破、約1か月で累計発行部数を400万部増やし、さらに約1か月後の11月27日には累計発行部数2500万部、最新18巻は初版100万部を刷るなど、2000万部ほど部数を伸ばしている」といいます。そして、「シリーズ累計発行部数は単行本22巻の発売時点で1億部を突破する」そうです。

 こんな話を知ってみると、このアニメ作品がよほど素晴らしい内容だと考えない方がオカシイではないでしょうか? で、私と妻はある晩、ネット経由でこのアニメドラマの第1回と第2回を見ました。オニが人間にとりつくと人間がオニになり、人間を食べるという前提で、人間がオニと戦うというストーリーで、作品のほとんどの場面は、山の中でのオニと人間の派手で残酷な戦闘シーンなのです。ストーリーが荒唐無稽であるだけでなく、戦闘シーンで使われる武器や妖術なども全く現実離れしていて、私は見ていてウンザリしました。

 ウィキペディアの説明では、このアニメは「大正時代を舞台に描く和風剣戟奇譚。作風としては身体破壊や人喰いなどのハードな描写が多い」といいます。まさに、その通りだと感じました。

 私はここで、この漫画の作者や作品自体の批判をするつもりはありません。世の中には、いろいろな発想からいろいろな作品を生み出す人があっていいのです。多様性は大切です。ただ、その多様な表現の中の1つか2つに焦点を絞って、「これを選ばなければ世の中に遅れている」と跳びつく姿勢、あるいは跳びつかせる姿勢が問題だと思います。『大自然讃歌』にあるように、

 利害対立と孤立を恐れ、
 付和雷同して心定まらず、
 定まらぬ心を他者に映して
 自らの責任を回避せん。

 という態度が、問題なのです。

 ここで皆さんに気づいていただきたいのは、このブームの背景には、私が先ほど指摘したように、「感覚的な刺激の強さと効率性/即効性に魅力を感じる」という私たちの弱さ、あるいは“迷い”があることです。今のブームは、その弱さや迷いをうまく利用して作られているのでしょう。今回は、そのブームに宗教が利用されているという側面がある点が、とても残念です。
 さて、「刺激の強さを求める」という心境とは、アニメ作品の虜になることだけを指しているのではありません。その中には、「よく知っている近くのものより、遠くにある知らないものを求める」心が含まれます。また、「小さいものより大きいもの」「当たり前のものより、珍しく、異常なものを求める」心が含まれます。そういう欲求にこたえるためのサービスや商品が、今の世の中にはあふれています。私は何のことを言っているのでしょう? それは、輸入品や海外ブランドを求める心、海外旅行や危険な冒険を求める心、よく知っている田舎よりも変化の激しい都会の生活を求める心……などです。私は、そういう心をもってはいけないと言っているのではありません。先ほども言ったように、人間は「感覚的な刺激の強さと効率性/即効性に魅力を感じる」ようにできています。これは、「人間には欲望がある」と言っているのと、意味はほとんど変わりません。しかし、「人間は欲望である」とか「人間は欲望の塊である」という意味では決してありません。『大自然讃歌』では、人間の欲望は悪であるとは説かれていません。

 次の一節(p.42)を思い出してください--

 肉体は神性表現の道具に過ぎず、
 欲望もまた神性表現の目的にかなう限り、
 神の栄光支える“生命の炎”なり。
 ……(中略)……
 されば汝らよ、
 欲望の正しき制御を忘るべからず。
 欲望を
 神性表現の目的に従属させよ。
 欲望を自己の本心と錯覚すべからず。
 欲望燃え上がるは、
 自己に足らざるものありと想い、
 その欠乏感を埋めんとするが故なり。

 ここに書いてあることは、欲望と自分は同じではないから、その2つを切り離して、欲望を制御し、神性表現の目的に使おう、ということです。そのような生き方を私たちの居住地で実践するにはどうしたらいいでしょうか? その一つが今回、私が最初に引用した運動方針の方策になると考えます。その方策とは、私たちが自分の居住地の「固有の自然の恵みと、その自然と調和した文化的伝統に感謝する」ということです。感謝するためには、まずその対象をよく知らなくてはなりません。自分の居住地に固有の自然の営みとは何であるか? これは、一般的な「日本の自然」 の営みのことではありません。例えば私の場合、八ヶ岳南麓の大泉町に固有の自然とは何であるか、を知ることです。また、「その自然と調和した文化的伝統」を知らなくてはなりません。戦後日本の急速な経済成長にともなって、高速道路や新幹線が通り、飛行場ができて、日本の各地にあった「文化的伝統」の多くが失われたかもしれません。その場合は、何が失われたかを知る必要があります。失われたものの中で、「自然の営みと調和したもの」があったら、その伝統を顕彰し、場合によっては復活させるのも、「感謝」の思いの表現です。単に復活させるのではなく、現代人の視点から、新しい、ユニバーサルな要素を付け加えることも「感謝」の表現でありえます。そういう活動を、私たちはこれからやっていこうというのが、ここにある運動方策なのです。

 かつて私は、どこかの会合で皆さんに、自分の住んでいる県で定めた「県の花」「県の木」が何であるかをご存じですか、と尋ねたことがあります。これを案外知らない人が多かったですが、今回の新しい方策は、「県全体」のことと関係はしていますが、私たちそれぞれの居住地という、さらにローカルな自然について、またその土地の伝統的文化について知ろう、顕彰しようという活動です。これには「数」の目標はありませんが、内容が多岐にわたるため、従来型組織がバラバラに行うのではなく、PBSの活動やネットの活用を通して広い範囲の人々との協力で行うのが適切かもしれません。ぜひ、皆さま方のこれまでの経験や知識、地域の人々とのつながりを生かして、力強く展開していってください。

 それではこれで、私の本日の話を終わります。ご清聴、ありがとうございました。

谷口 雅宣

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2020年8月23日 (日)

縄文人と住居の火

  前回のブログの記述から2週間以上たってしまったが、縄文時代について少しだが勉強する機会があった。そこで何が言えるかと言うと、断定的なことはあまり言えないのである。つまり、考古学者による研究は進んでいるが、それらの研究から“定説”的なものが積み上がり、専門家の

間で一応合意された縄文時代の全体像が見えているのかというと、そうでもないのである。

 例えば、人類にとって大変重要な「火の使用」についてだが、前回引用した岡村道雄氏の『縄文の生活誌』には、縄文初期の人々の生活について、次のようにある--

「炉穴では肉や魚の燻製を作るだけでなく、土器を使っての煮炊きやドングリのアク抜きもした。炉穴は、縄文環境の成立と同時に南九州に普及したが、やがて縄文環境と定住が北上するとともに、早い時期から近畿・中部高地・関東地方まで広がっていった。ただし、竪穴住居内に炉が設(しつら)えられるようになると姿を消し、調理は屋内の炉、燻製は炉の上の火棚で行われるようになった」(p.71)

「縄文土器の基本は、食料を調理する煮炊き用の深鉢土器です。土器で煮炊きができるようになって、人びとはドングリやトチの実、ワラビ、ゼンマイなどの山の幸、貝類などの海の幸を新たに日常食のメニューに加えられただけでなく、さまざまな食材を組み合わせて、味覚や栄養のレパートリーを広げることができました。そして、何よりも衛生的でした。縄文時代は、土器のおかげで食生活を格段に豊かにすることができたのです。」(勅使河原彰著『縄文時代ガイドブック』、p.12)

「縄文時代の竪穴住居には、普通、床の中央か、やや奥寄りに炉が1つ切られている。この炉には、深鉢形の土器がおかれて、食料が煮炊きされるが、暖や明かりをとるなど、一家団欒の場となった。炉の近くの床には、水を入れた深鉢形の土器や加工した食料品を入れた浅鉢形の土器、木の実を入れたカゴ、あるいは木の実を製粉する石皿や磨石などが所狭しと置かれていた。」(前掲書、p.59)

 このような縄文土器の用途の記述を見ると、それが「食料の煮炊き用」であることに異存を唱える人はいないようである。が、この食を得るための調理を縄文人がどこで行っていたのかという話になると、少し様子が変わってくる。上に引用した文章の筆者は、二人とも「室内」での煮炊きを当然としているようだが、「屋外」だと主張する人もいるのである。この主張は、竪穴住居跡に残された炉の底が、多くの場合「加熱によって赤レンガのように固くなっている」ことに注目した小林達雄氏によるものだ。小林氏は、まず炉の「灯りとり用」の用途と「暖房目的だけ」の用途を、理由をつけて「考えにくい」と否定した後で、次のように述べている--

「しかも、誰しもがすぐに思いつき易い、煮炊き料理用であったかと言えば、その可能性も全くないに等しいのだ。このことは極めて重要な問題である。とにかく、いくら室内の炉で煮炊き料理をやっていた証拠を探し出そうにも、手掛りになるものは何一つ残されてはいない。不慮の火災で燃え落ちた、いわゆる焼失家屋に土器が残されていることはあっても、そこには煮炊きに無関係の、しかし呪術や儀礼にかかわるかのような特殊な形態の代物--釣手土器、異形台付土器、有孔鍔付土器--ばかりである。縄文人の食事の支度は、どうも通常、住居の外でなされていたものらしい。」

 小林氏は、現代においても寒冷地に住むイヌイットが、厳寒期や悪天候の時以外はなるべく戸外で食事をする傾向があることを指摘し、気候温和な縄文時代の人が戸外での食事を原則としても不思議でないと述べ、さらには縄文人が竪穴住居で大きく火を燃やすことの問題を、次のように述べている--

「炉で火を燃やせば燃やすほど、煙が立ちこめて、眼を開けていられないほど苦しく、咳が出たり、涙があふれたり、たまらない思いをすることがある。この現実を直視して初めて縄文人に接近し、血を通わすことができるのである。博物館に復元された住居の中で縄文家族がこざっぱりした顔つきで炉を囲んでいる姿は虚像なのだ。そこにはガスや電気の恩恵を身一杯受けた、遥かに縄文放れした現実がそのまま投影されている。」(p.97)

 では、縄文人が家の中にわざわざ炉を構え、そこで火を燃やし続けた目的は何か? 小林氏は、そこに宗教の芽生えを見るのである。



「つまり縄文住居の炉は、灯かりとりでも、暖房用でも、調理用でもなかったのだ。それでも、執拗に炉の火を消さずに守り続けたのは、そうした現実的日常的効果とは別の役割があったとみなくてはならない。火に物理的効果や利便性を期待したのではなく、実は火を焚くこと、火を燃やし続けること、火を消さずに守り抜くこと、とにかく炉の火それ自体にこそ目的があったのではなかったか。その可能性を考えることは決して思考の飛躍でもない。むしろ、視点を変えて見れば、つねに火の現実的効果とは不即不離の関係にある、火に対する象徴的観念に思いが至るのである。火を生活に採り入れた時点から、火の実用的効果とは別に世界各地の集団は、火に対して特別な観念を重ねてきた。その事例は、いまさらながら枚挙にいとまがない。縄文人も例外ではなかった。」(p.94) 

 さて、私自身はどちらの説に賛同するかと問われると、どちらか一方を現時点で選択することを大いに躊躇する。理由は、まだ勉強不足だからだ。しかし、今回のように1万数千年も前の人々の生活を考えるに際して、私たち現代人が注意しなければならないことを学ぶ機会を得た気がする。それは、「現代人の頭だけで考えない」ということと、それでも「同じ人類の一員として考える」ということだ。この2つは一見、矛盾しているように聞こえるかもしれない。が、宗教をなりわいとしている人間にとっては、常に意識しておくべきことだと感じる。詳しい説明のためには、稿を改めたい。

 谷口 雅宣

【参考文献】
〇小林達雄著『縄文の思考』(筑摩書房、2008年)
〇岡村道雄著『縄文の生活誌』(講談社、2008年)
〇勅使河原彰著『ビジュアル版 縄文時代ガイドブック』(新泉社、2013年)

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2020年8月 7日 (金)

縄文時代は長かった

 7月27日の本欄では、生長の家の“森の中のオフィス”で先日行われた「石上げ」の行事の解説で、私は「石と人間の関係」の次に、「縄文時代の特殊性」について話した、と書いた。しかし、この話の全体の時間は30分ほどだったので、詳しい話はできず、ごくごく一般論を述べるに留まった。縄文時代の人々の生活の様子や信仰の中身、文化論のようなものを話したわけでは決してない。だいたい私は縄文文化の専門家ではなく、考古学マニアでもなく、ましてや考古学者ではないから、縄文時代の文化について自信をもって話せることはあまりない。が、たった1つ、これまで専門家や研究者のあいだで合意されている事実の中で、私が素人なりに「特筆すべきだ」と感じたことを述べたに過ぎなかった。それは、この時代の「長さ」だった。

 中学や高校の教科書にある縄文時代の記述を読んで、この時代の重要性をすぐに理解できる人は少ないだろう。少なくとも私自身は、高校生の時に、この時代が重要だとはまったく思わなかった。むしろ、「すごい昔だから、今の時代や生活とは関係が薄く、だから重要でない」と感じていた。時代の古さについては、平凡社の『世界大百科事典』の「縄文文化」の項には次のようにある--

「日本列島における旧石器時代文化に後続する狩猟漁労採集経済段階の文化。縄文土器編年に基づいて草創期、早期、前期、中期、後期、晩期の6期に区分される。その開始は、炭素14法の年代測定値や汎世界的な海水準変動の地質学的年代などから前1万年前後と推定する長編年説、相対年代法により約前2500年とする山内清男の短編年説があるが、実際は長編年説にやや近い年代と考えられる。」

 入り組んだ文章でわかりにくいが、これを簡単な日本語に“翻訳”すれば、縄文時代の始まりは「明確には分からないが紀元前1万年前後と推定される」ということだ。私が注目したのは、この時代の始まりと推定される「紀元前1万年」という古さではなく、この時代がいつまで続いたかという「長さ」だった。同じ事典には、炭素14法による測定をもとにして、縄文文化が終る年代を「前300」と書いてある。つまり、約1万年も続いた文化が日本にはあったのだ。

 このような理解は、しかし一時代前には存在しなかった。例えば、1972年に発行された高校用の教科書『新訂 日本史』には、「縄文文化は約1万年前から数千年にわたって、大陸から孤立した日本列島の各地に普及した」と書いてある。(p.11)この教科書が当時の文部省の検定を通ったのは1970年である。また、これより17年後に検定を通った『新詳説日本史』という教科書は、「弥生文化の成立」という項目を次のような書き出しで始めている--

「日本列島で数千年にわたって縄文文化がつづいている間、中国大陸では、紀元前5000~4000年ころ、黄河中流で畑作がおこり、長江(揚子江)下流域でも稲作がはじまり農耕社会が成立した。」(p.14)

 これらの教科書の「数千年」という表現が「約1万年」よりも短いということだけを、私は言っているのではない。縄文文化という言葉を聞いて、「中国大陸から孤立した」とか「農耕を知らない」などという語が頭に浮かんできたのは、昔の話で、1980年代後半からの発掘調査や研究によると、古い縄文時代観は書き換えられつつあるという。

 考古学者の岡村道雄氏によると、技術革新に加え、考古学と自然科学との連携が新しい発見を次々と生んでいるのだ--

「多くの現場を広く深く、しかも確かな発掘技術を持つプロが掘る。そして、現場から出土した遺物を科学の力も借りて微細なレべルまで分析する。その成果の積み重ねが縄文ブーム、縄文観の書き換え、ひいては考古学ブームの根底にあるのである。(…中略)…
 細々と獲物を捕り、貝を拾い、木の実を集めて、竪穴住居にひっそり暮らしてきた二十人から三十人の集団があったという縄文人のイメージは、この十年で完全に塗り替えられたのである」(『縄文の生活誌』、pp.87-88)

 さて、縄文時代への理解の変化についてはこのくらいにして、その文化が「1万年も続いた」という主題にもどろう。
 言うまでもないことだが、今年は西暦の2020年である。つまり、イエスが誕生したと推定される年から2020年たったということだが、このイエス誕生の頃に、日本では弥生時代が始まったとされている。約2000年前である。で、この弥生時代が現代まで続いていたら、どんなだろう? 私たちは、そんな世界を想像できるだろうか? 鉄道はなく、航空機もなく、ビルもなく、自動車もなく、もちろん電話やパソコンやスマホもないし、映画や遊園地、オリンピック、レストラン、金融機関、そして政府もない。これだけでも大変なことだが、1万年はその5倍の長さである。


 この時代の長さは、数字でデジタルに考えるよりも、視覚的にアナログ化することでより明確になる。先日行われた「石上げ」の行事の解説では、私は「縄文スティック」(=写真)と名づけた木の棒を参加者に配り、手に取ってもらった。そして、写真にあるように、赤い色が塗ってある側を左に向け、色の塗っていない部分を右に向けて眺めてみる。これを“時の流れ”として見るのである。もっと具体的には、7ミリの長さを「500年」の時間の経過とすると、赤い色の部分が1万年、青い部分が2000年になる。色のない部分は、これからの未来だ。こうすると縄文時代に比べ、古墳時代以降、現代に至るまでの時の流れがどんなに短いかが、視覚的によく分かるのである。こんな長期にわたって、さほど大きく変化しない生活を人々が延々と続けていたのが縄文時代なのである。

 現代人が考えると、こんなに変化がなくつまらない、退屈な時代はないと考えがちだが、同じことを別の角度から表現すれば、こう言えないだろうか?--「それほど長期にわたって、人々は生活パターンを大きく変えることなく平和に共存してきた」のである。あえて理想化の危険を冒して言えば、この時代には、多少の血が流れるような小競り合いはあったかもしれないが、何万人も、何十万人もの死者が出る戦争はなく、他国や他民族を襲って奴隷とすることもなく、されることもなく、血なまぐさい革命はなく、経済恐慌が起こって大量の失業者が出ることもない。恐らく、大量の死者が出る飢饉や感染症の蔓延もなかっただろう。

 そんな安定した文化が続いた後に、日本人は(そして人類全体も)、その5分の1という極めて短い時間の中で、生活様式を変え、技術を変え、武器を変え、社会制度を変え、ものの考え方を変え、自然を変え、原子爆弾を爆発させ、公害をまき散らし、農薬やプラスチックを全世界に拡大し、多くの生物種を絶滅させてしまった。「縄文人と現代人と、どちらが幸せなのだろう?」などという疑問が湧いてこないだろうか。この疑問は、しかし人類の歴史のマイナス面に注目したものだ。

 生長の家は日時計主義だから、プラス面にも注目すると、また別の設問が浮かび上がる。それは、「弥生時代から現代に至る時の流れの5倍もの長きにわたって続いた縄文文化は、現代人と全く無関係なのか?」ということだ。言い直すと、「縄文人の遺伝子の一部を現代人が共有している可能性はないか?」ということだ。現代の遺伝学の発見によると、ヒトとチンパンジーなどの類人猿との遺伝子は、95%以上が共通しているというのだから、私は、その可能性は十分あると考える。とすると、私たちは今、現代社会が生んだ深刻な問題に対処するに際し、縄文人の生き方から学ぶべきことは多くあるのではないだろうか。そんな問題意識が、今回の「石上げ」の発想と結びついているのである。

谷口 雅宣

【参考文献】
○風間康男他著『新訂 日本史』(東京書籍出版、1972年刊)
○井上光貞他著『新詳説日本史』(山川出版社、1987年刊)
○岡村道雄著『縄文の生活誌』(講談社、2008年刊)
○下中弘編集発行『世界大百科事典』(平凡社、1988年刊)

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2020年8月 3日 (月)

石と信仰 (4)

 ところで読者は、「石」という漢字の由来をご存じだろうか。
 私が昔から使っている机上版の『新明解 漢和辞典』を引くと、「字源」の項目にこうある--

 「象形、厂(がけ)の下に口(石)がころがってある形」

 これは「口」と「石」とを同一視した説明である。ところが、同じ辞典で「口」という漢字の字源を見てみると、

 「象形、口の形にかたどる」

 とあるだけで、「石」については何も触れていない。「石という漢字は石の形をまねた」と言っているから、その「石の形」はどんなかと聞くと「口の形」だというのである。人間の口と石と、形がどう似ているのだろう。何だか判然としない。そこで、白川静氏の『字統』を見ると、こうある--

 「石は厂(かん)と口とに従う。厂は崖岸の象。口は□(さい)、祝禱を収める器の形で、石塊の形ではない。」

 さらにこうある--

「九下に〝山石なり。厂の下に在り。口は象形なり〟とするが、口は卜文・金文において祝禱の器とする形にしたがうものが多く、宕(とう)の字形もなおその形である。宕は廟形に従い、■(せき)も祭卓に従うていて、明らかに神事的な儀礼を示す字であるから、石の従う口も、祝禱の儀礼に関する意味をもつものとしなければならない。」

 ここにある「九下」や「卜文・金文」は、漢字研究の古い
資料を指すが、詳しいことは省略する。また、引用文中に「□」と「■」という伏字で示した文字は、現代の漢字表には存在しない文字で、画像で再現したものをここに添付した。白川氏が述べているのは、ある資料には「石の字源は山の崖の下にある石だ」と書いてあるが、古代文字の資料を見ると、これは「小石ではなく祝詞を収める器」を象ったもので、古代においては、「石」は崖の一部を構成するような「大石」や「岩」を意味していたということだ。そういう岩の下で(つまり、岩に直面して)祈りを捧げていたのが古代人だということになる。こうなると、「石」はもともと宗教行事と不可分の扱いを受けていたことになり、「石と信仰」の間はピッタリとつながるのである。

 日本全国の由緒ある岩石をめぐっている磐座(いわくら)研究家、池田清隆氏も、著書『磐座百選』の中で白川氏のこの解釈を引用し、「石の語源が、“巌のもとで祭祀を行う意”であることを知り、もっとも古い祈りの形であったことを理解する」と賛同している。

 この「磐座」という言葉は、前回の本欄でも出てきて「何だろう」と思った読者もいるかもしれない。そこで、同時に出てきた「磐境(いわさか)」と共に、池田氏の定義を紹介しよう--

「ようするに、岩石信仰といえるものを広い意味で磐座と表現するが、そのなかで、石そのものを神として信仰するものを石神とし、石や岩に神が依りつくという信仰を磐座とし、石で区切られた“空間”に神が降臨するという信仰を磐境とするというものだ」。(前掲書、p.10)

 そして池田氏は、この本の中で石神、磐境も含めた広義での「磐座」を表現した神社を百社選んで、写真入りで紹介している。それを見ると、日本人はいかに“大きな石”を宗教心をもって扱ってきたかがよく分かるのである。大体、神社や仏閣の名称自体に「石」や「岩」が多く使われてきたのである。例を挙げれば、次のようになる(括弧内は所在地の県名)ーー

 岩木山・大石神社(青森)、三ツ石神社(岩手)、磐神社・女石神社(岩手)、釣石神社(宮城)、立石寺・元山寺(山形)、石楯尾神社(神奈川)、石山寺(滋賀)、磐船神社(大阪)、石像寺(兵庫)、飯石神社(島根)、天岩戸神社(宮崎)

 では、これらの事実は日本人特有の感性を表しているのかと問うと、そうは言えないのである。このことはすでに本シリーズの2回目で、聖書の石に関する記述などに触れたので、了解されている読者もいるかもしれない。また、先に挙げた白川氏の見解が、日本だけに及ぶのではなく、漢字文化の発祥の地、中国にも適用されることは言うまでもない。このように考えれば、石と信仰とのつながりは地球上の一部の文化圏に限定されずに、人類すべてに及ぶ可能性は否定できないのである。

 そのことを暗示するもう一つの例は、あの有名なイギリスのストーンヘンジである。これは、同国南部のウィルトシャーにある古代遺跡で、講談社の『大事典desk』は次のように説明している--

「中央に祭壇石、その周囲に4重の列石と3重の穴の列があり、さらにその外側に溝がめぐらされてある。環石は北東方向に開いていて、そこにヒールストーンという石柱がおいてある。これは太陽崇拝に関係あるものといわれ、中央の祭壇石とヒールストーンを結んだ線上に当時の夏至の太陽が昇ったと考えられている。」

 フランスのブルターニュ地方にも「カルナック立石群」と呼ばれる新石器時代の大規模な遺跡があり、そこにはメネック、ケルマリオ、ケルレスカンという3群に分かれた5千もの立石が並んでいる。ケルトのデザインなどを研究している美術史家のイアン・ツァイセック氏によると、この立石群の目的は不明であるが、「ケルマリオが“死者の館”を意味するところから、立石群が弔いの儀式に関係があると古来信じられてきたが、現代の考古学はそれらが天文学上の目的と結びついていたのではないかという説に傾いている」という。(山本史郎・山本泰子訳『図説 ケルト神話物語』、p.253)

 谷口 雅宣

【参考文献】
○長澤規矩也編『新明解 漢和辞典』第二版机上版(三省堂、1981年刊)
○白川静著『字統』(平凡社、1994年刊)
○池田清隆著『磐座百選--日本人の「岩石崇拝」再発見の旅』(出窓社、2018年刊)
○イアン・ツァイセック著/山本史郎・山本泰子訳『図説 ケルト神話物語』(原書房、1998年刊)

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2020年8月 1日 (土)

石と信仰 (3)

 日本人は自然の営みの中に“八百万の神”を見出して、それらを信仰していたと指摘する人は数多くいるが、「日本人は岩石を信仰していた」と唱える人もいる。それは考古学者の吉川宗明氏で、その著書の中で次のように書いている--

「学校の歴史の授業でもほとんど習うことのない岩石信仰だが、日本列島に1千例以上ある信仰体系であることは揺るぎのない事実だ。その総数がどれほどの数に上るのか、全容については筆者自身もまったく把握できていない。
 ただ、一つはっきりしていることがある。それは、岩石はただ信仰されるだけにとどまらず、祭祀の道具や施設・装置にも使われており、信仰対象と同様に神聖な存在とみなされているということだ。信仰の目的や用途ごとに岩石の役割が使い分けられているため、その幅広さが岩石信仰を奥深く、かつ全貌をつかみにくくしているのである。
 また、岩石信仰は過去行われていただけの信仰ではない。現在も祭祀が続いている事例は多いばかりか、新しく信仰が生まれるケースも見受けられる。昨今盛んなパワースポットブームでも、岩石をパワーストーンや癒しの対象とみなす新たな信仰が続々と生産中だ。岩石信仰は、昔も今も信仰する人々がいる、現在進行形の生きた信仰ということにも注意したい」(『岩石を信仰していた日本人』、p. 12)

 「岩石を信仰する」という表現は、まるで岩石自体を神仏と見なして信仰するように聞こえるが、そうではなく、吉川氏によると、「岩石を使った祭祀行為全般をひっくるめた概念」のことを「岩石祭祀」と呼ぶ。そして、同氏は「その岩石が、人々によってどのような役割を与えられているか」という機能に注目して、次の5分類を提示している--

(1) 信仰対象 (280)
(2) 媒体 (934)
(3) 聖跡 (344)
(4) 痕跡 (8)
(5) 祭祀に至らなかったもの (362)

 同氏は、日本全国の2,187の事例に当たって分類した結果、上記リストの括弧内の数字を得たという。この分類は、神道考古学者の大場磐雄氏が1942年に提唱した「石神」「磐座(いわくら)」「磐境(いわさか)」の3分類を取り込みながら、神道の範囲を超えて普遍化したものとしている。

 この分類結果を見ると、日本で多く見られる岩石に関わる信仰形態は、岩石そのものを信仰するのではなく、それを信仰の「媒体」とするものだということが分かる。具体的には、岩石を神や仏が宿る施設と見なしたり、願いをかなえる道具として岩石を使ったり、岩石を神性な空間の領域を示す道具に使ったり、祭祀を遂行する道具としたりすることである。

 このような学問的なアプローチを採用すれば、生長の家が「石上げ」などの行事を通じて岩石を利用する場合、また自然解説/文化遺産

解説の過程で岩石に言及する場合も、教義との矛盾を起こさずに行えるだろう。言うまでもなく、生長の家は唯一絶対神を信仰する宗教だから、上記の(1)の意味で岩石を使用することはあり得ない。しかし、(2)の観点から利用することに教義上の矛盾はないのである。だから、2011年3月の東日本大震災を契機として、その2年後に、京都府宇治市の生長の家宇治別格本山の敷地内には、「自然災害物故者慰霊塔」が建てられた。この慰霊塔には、兵庫県で産出される安山岩の一種「生野丹波石」という自然石が使われている。また、私が勤める“森の中のオフィス”の敷

地内には、そこを流れる沢に5つの橋がかかっているが、その傍らにはそれぞれの名前を記した石碑(=写真)が立っている。これらも「信仰の対象」ではなく、信仰の内容を言葉で表した「媒体」としての石の利用なのである。

谷口 雅宣

【参考文献】
○吉川宗明著『岩石を信仰していた日本人ーー石神・磐座・磐境・奇岩・巨石と呼ばれるものの研究』(遊タイム出版、2011年刊)

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2020年7月29日 (水)

石と信仰 (2)

 石上げの自然解説では、私は3つのポイントを話した--①石と人間の関係、②縄文時代の特殊性、③数の「3」と三角形だ。

 石と人間は、生活の手段や道具としてだけでなく、宗教や信仰とも深く関係している。世界の神話をひもとくと、石や岩は、人間の生活や行動の中で重要な位置を占めている。ギリシャ神話の「シーシュポスの岩」や日本神話の「天の岩戸」の話はすぐ思い出すが、そのほかにも数多くの事例がある。東京大学出版会が出した『宗教学辞典』の「石」の項には、次のようにある--

「古代人は、道具・器物として石を用いるかたわら、幸運や力の分与を期待して石を崇拝した。小石、大石、板石、石塊、窪みのある石、穴のあいた石、人獣の姿に似た形の自然石、立石、環状列石(メンヒル)、境界石、墓石(ドルメン)、隕石、フリント、砥石、石斧、水晶、各種宝石、人跡まれな場所で見いだされた石、特定の人間や出来事にかかわる石等々。このような石が、力・毅然・新鮮・豊饒・生命・堅忍・永続・幸運・信頼の象徴として、それぞれの時代や地域における社会や文化に規定された儀礼や伝説・物語の結晶核となった。」(p. 18)

 このような包括的なまとめの後に、同辞典は、石の宗教的機能として①呪術的な力、②神の座・神的表象、③原因譚的・神話的説明を人間に与えるとして、様々な時代、様々な文化圏で石が具体的にどう扱われてきたかを記述している。ここではそれらのごく一部を紹介しようーー

・インドには浄めのため、あるいは潔白の証明として、石の穴や下をくぐりぬける慣行がある。
・南インドのバラモンたちは、家庭での礼拝のために神性を表象する5つの石を使った。
・ギリシャでは、ヘラクレスやエロスなどの神々の名のついた自然石が戸外に置かれている。
・ユダヤでは、神との契約の証として石を立てた。(『ヨシュア記』第24章26ー28節)
・アラブのサヘル族は、自分たちはモアブの地の石から出生したと信じた。
・神のお告げを受けたヤコブは、自分が枕にしていた石を立てて「神の家」とした。(『創世記』第28章18-22節)

 これらに加え興味深いのは、人間が山から切り出した石と自然石に対する見方の違いである。中世のキリスト教芸術に詳しいミシェル・フイエ氏によると、石は神がそこにある(臨在する)しるしであり、したがって「祭壇を築くには、切り出した石を使うことは禁じられ、自然のままの石だけを使わねばならないとされた」という。その理由は、「自然石は天から落ちてきた聖なるものであるのに対して、切り出した石は、人間が作り出したものであるため、けがれていると考えられた」からだという。(『キリスト教シンボル事典』、p.19)

 このように、自然石には「神性が宿る」という考え方があるならば、それより大きい「岩」には、さらに偉大な力があるとの考えが生まれたとしても不思議ではない。同氏の「岩」の意味についての記述には、その通りのことが書いてある。

「①頑丈でびくともしない岩は、権力と永遠性のシンボルである。聖書の数多くの節で、ヤハウェは苦境に陥った人間がすがりつくべき岩にたとえられている。ヤハウェが岩であると言われるのは、彼が--モーセによれば--“正しくてまっすぐな方”だからだ。シナイの荒れ野で、モーセがホレブの岩を杖で叩くと、清水が湧き出した。
 ②この岩は、キリスト教の伝統では、キリストの予示とされる。キリストは霊の飲み物がほとばしり出る岩なのである。」(前掲書、pp. 24-25)

 岩や石が力と永遠性を象徴するという感性は、ユダヤ=キリスト教圏だけにあるのではない。日本神話には、ニニギノミコトが容姿端麗なコノハナノサクヤヒメに一目ぼれし、結婚相手として父神のオオヤマツミノミコトに所望した際のエピソードがあるが、そこには結婚生活は「美しい」とか「華やか」だけではいけないというメッせージが盛り込まれている。世界の神話に詳しい吉田敦彦氏の解説で紹介しよう--

「オオヤマツミは大喜びして、姉娘のイワナガヒメまで付け、たくさんの贈り物を持たせて、姉妹二人を妻に奉った。ところがホノニニギは、石のように醜い姉のほうを嫌って、手をつけずに送り返してしまって、妹のほうだけを妻にした。そうするとオオヤマツミは怒って、『古事記』によれば、“イワナガヒメを妻にされることで、あなたのお命が、石のようにいつまでも堅固であられるように、またコノハナノサクヤヒメを妻にされることで、花のように栄えられるようにと祈願して、二人を奉ったのに、イワナガヒメを返し、コノハナノサクヤヒメだけを妻にされたので、あなたの寿命は花のようにはかなくなるでしょう”と言って、ホノニニギと、その子孫の代々の天皇の命を短くしてしまったといわれている。」(『世界神話事典』、p.113)

 この箇所で私が重要だと思うのは、イワナガヒメとコノハナサクヤヒメの双方が揃うことの意味を、『古事記』(の作者)がどう訴えているかという点である。上記の解説では、美醜の違い、華やかな美と堅固さとの対照が示されているが、原文では、オオヤマツミは、自分の怒りの理由を次のように述べている--

「我が女(むすめ)二たり並べて立奉(たてまつ)りし由は、石長比売(いわながひめ)を使はさば、天つ神の御子の命は、雪零(ふ)り風吹くとも、恒(つね)に石(いわ)の如くに、常(とき)はに堅(かき)はに動かずまさむ。また木花の佐久夜毘売(さくやひめ)を使はさば、木の花の栄ゆるが如(ごと)栄えまさむと誓ひて貢進(たてまつ)りき。かくて石長比売を返さしめて、ひとり木花の佐久夜毘売を留めたまひき。故、天つ神の御子の御寿は、木の花のあまひのみまさむ。」といひき。

 当時の日本は一夫一婦制ではなかったから、二人の妻の一方を拒否する理由は現代人が考えるものとは一致しないだろう。これは個人の嗜好の問題としてではなく、人間が表面的な派手さや短期的な繁栄に目を奪われがちであることへの警告だ、と私は受け取る。また、上述した他の文化圏での「石」や「岩」のシンボリズムを考え合わせると、神や“神性”が表面的な美や短期的栄華の中にはないとする英知が暗示されていると解釈できる。

【参考文献】
○小口偉一/堀一郎監修『宗教学辞典』(東京大学出版会、1973年刊)
○ミシェル・フイエ著/武藤剛史訳『キリスト教シンボル事典』(白水社、2006年刊)
○大林太良、伊藤清司他編『世界神話事典』(角川書店、2005年刊)
○倉野憲司校注『古事記』(岩波書店刊、1963年)

 

 

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2020年7月26日 (日)

石と信仰 (1)

 去る7月24日、山梨県北杜市にある生長の家国際本部“森の中のオフィス”では、「天女山への石上げと自然解説」という行事が行われた。これは、標高1300mにあるオフィスから同1529mの天女山の頂上まで、参加者である職員有志が石を背負って自転車でIshiage20201 登るという行事である。(=写真)この日は新しく決まった「スポーツの日」だったから、それに因んでスポーツ行事を行ったわけではない。それどころか、この日は私たちにとっても祝日で、オフィスの職員には出勤する義務はなかったが、約30人が参加してくださったのは大変ありがたかった。

 この行事は私の発案で、それにSNI自転車部とSNIクラフト倶楽部の事務局が計画段階から実行まで協力してくれた。この場を借りて感謝申し上げます。

 「石を背負う」というと、何か苦役を強いるような印象があるかもしれないが、背負う石は片手で持てるほど小型のもので、それを各自が常日頃通勤で使う背負いカバンに入れて登るのである。私の場合、それでもノートパソコンや弁当を入れた普段のカバンよりは重かった。これらの石には、カバンに入れる前に各自がタガネで細工を施した。その内容については後述するが、この細工の前に、私が石についての“自然解説”を行なった。そして、天女山頂に全員が登ってから、石を所定場所に納める儀式を行なった。

 これだけの説明では、何か“奇異な儀式”だと思う読者もいるかもしれない。が、愛知県犬山市では現在も毎夏、これよりずっと大規模な石上げ祭が行われている。この祭では、山頂に上げる石はもっと大型で、それを神輿に括り付けて何人もの成人男性が担ぎ、子どもや女性はその前をロープで引いて上がるという。参加人数もずっと多く、神輿を運ぶ掛け声なども響いて、賑やかな祭である。この行事にはまた、個人が小型の石に願いごとを書いて山頂まで運ぶという選択肢もあるらしい。私たちの今回の行事はそれをマネたのではなく、この計画を聞いたオフィスの職員が、「そういう祭なら自分の故郷で昔からやっている」と、あとから教えてくれた。とにかく、「石を運ぶ」という行為は、宗教行事として昔から成立しているのである。



 それどころか古来、洋の東西を超えて、石は信仰の対象として、また信仰対象の象徴として、あるいは宗教儀式の重要な道具となってきた点は、強調しておきたい。私は、このことを当日、例を挙げて石上げ前の自然解説でも若干言及したが(=写真)、充分な説明にはならなかったので、この場を借りて詳しく説明することにした。また、読者には、これを「自然解説の方法を取り入れた生長の家独自の環境教育」(本年度運動方針前文)の一部として理解していただけるとありがたい。

 さて、「自然解説」については、すでに2018年に、私は生長の家総本山発行の『顕齋』誌上で何回かに分けて説明した。その時にも触れたが、アメリカで成立したこの営みは英語で「interpretation(インタープリテーション)」という。この語を「解説」と和訳したところから、誤解の余地が生まれていると私は思う。何となくスポーツ解説みたいだからだ。が、ここではそのことはさておき、アメリカではこの営みを「nature interpretation(自然解説)」「heritage interpretation(文化遺産解説)」の2つに大別しているようである。前者は、自然の営みと人間との関係に焦点を当てるのに対し、後者は、人間の営みである文化遺産の意味や重要性に焦点を当てる。

 しかし、生長の家では「神・自然・人間は本来一体」と考えるので、私は両者を峻別して考える必要はないと思う。また、アメリカで「文化遺産」と言った場合、ヨーロッパからの移民を基礎にしたものが多いため、歴史的には数百年前までしか対象にしない。これに対し日本では、歴史時代だけで約2000年、縄文時代までを含むと約1万2000年が文化遺産の対象となる。そのような古代や中世においては、自然と人間の関係は現代よりもはるかに密接だったから、人間の営みである文化を自然から分離して考えることはできないと思う。そんな理由で、生長の家が日本で行うインタープリテーションは、自然を対象にしても日本の文化を含み、文化遺産を対象にしても、その背後にある自然の営みを無視して行うことはできない。そこで今回の「天女山への石上げと自然解説」においては、両者を意識的に分けなかった。

 谷口 雅宣 

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