宗教・哲学

2017年1月16日 (月)

凡庸の唄 (7)

 凡庸はときどき考える――
 先を目指し
 縦方向へ上ることに
 しのぎを削る人たちが、
 もっと周囲に気を配り、
 横方向に意識をひろげ、
 競争するのではなく、
 協働することに
 喜びを見出す生き方に
 転じてくれる日のことを。
 人より秀でることは
 確かに素晴らしい。
 記録を塗り変えることは
 称讃に値する。
 優秀な作品や商品や
 サービスを創造することは、
 人間社会への大なる貢献だ。
 しかし、人間社会は
 地球のごく一部だ。
 そのために森林の破壊に目を閉じ、
 生物種や資源が減っていくのを顧みず、
 地球全体を暖める原因をつくることは、
 人間社会を超えて横方向に拡がる
 広大な生物共存の世界を壊すことだ。
 天と地と人との
 仕合わせを否定することだ。
 凡庸は思う――
 それはきっと彼らの本心ではないと。
 先を見て急ぎすぎるために、
 彼らの視野が狭まり
 周囲の豊かな世界、
 豊潤で知恵に溢れた地球世界を
 味わい楽しむ余裕がない。
 もっと凡庸であれば、
 心が開き拡大して
 世界に滲(にじ)み出ていくから、
 彼らだって
 人・物・事の結びつきが
 自分の幸せだと合点する。
 地球世界から分離しない
 本来の自分が感じられるに違いない。
 優秀と凡庸は
 本当は異質ではない。
 見ている方向が違うだけだ。
 優秀な彼らに
 凡庸の視点を与えよ。
 凡庸な我らに
 秀逸なる彼らの業績を与えよ。
 秀逸な才能の開花、
 秀逸な業績の実現は、
 実は
 凡庸の希望でもある。
 だから、大勢の凡庸は
 静かに彼らに協力し、
 応援している。
 凡庸は秀逸の母でありたいと願う。
 凡庸は秀逸を、
 人間社会だけでなく、
 地球世界の誇りにまで飛翔させたいと願う。
                        (了)
                   谷口 雅宣

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2017年1月14日 (土)

凡庸の唄 (6)

 凡庸と敗北主義を
 混同してはいけない。
 敗北主義は“及び腰”の生き方だ。
 自信がなく
 勇気がなく
 屈従が
 密かな慣(ならい)となっている。
 それでいて、
 自分の殻に閉じこもり、
 他人を信じず
 白眼(はくがん)で見る精神から離れられない。
 凡庸はしかし、
 自分の殻をもたないのだ。
 たといもっていても、
 それを破る生き方が
 正しいことを知っている。
 凡庸は“粘り腰”の生き方だ。
 他人の主張を
 壁のようにはねつけるのではなく、
 扉を開けて受け入れ、
 理解しようとする。
 自分が彼だったら、
 何が本当に言いたいのか、
 心を澄まして感じ取り、
 自分の言葉に翻訳する。
 それが心に染み込んでいくのを
 時間をかけて快く感じる。
 こうなれば、
 自分と他人との壁は消える。
 否、
 本当は壁などないことに
 気がつくのだ。
 自分は他人であり、
 他人は自分の代弁者だ。
 自分の本心を
 他人の声の中に聴き、
 他人の声を
 自分の中に聴くことができる。
 これが、
 本当の“粘り腰”だ。
 他人はいないから、
 もう他人に小突かれ、
 押し出されることもない。

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2017年1月13日 (金)

凡庸の唄 (5)

 凡庸は、
 こんな機械の専制支配を
 笑いながら拒否するのだ。
 なぜ笑う――
 凡庸は機械の力を知っているのだ。
 機械に任せば
 仕事の効率は格段に向上する。
 出来栄えも一見、
 美しく
 正確で
 均整がとれている。
 規格通りの品が
 大量に、短時間で完成する。
 単価が下がり
 数多く売れるに違いない。
 が、しかし
 規格品は
 ボタンを押せば誰でも作れる。
 人が作るのではなく、
 機械が作るからだ。
 人間は、
 人間であることをやめ、
 ボタンを押すだけの機械になる。
 製作の技術が不要になるから、
 世界と人間との
 接点が希薄になる。
 世界に直接触れ、
 傷つけ疵(きず)ついているという
 切実な実感が失われる。
 ある物の製作が楽になっても
 別の物の製作ができず、
 応用がきかず、
 視野が狭くなる。
 それは、
 スペシャリゼーションと同じだ。
 
                      谷口 雅宣

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2017年1月12日 (木)

凡庸の唄 (4)

 凡庸の好きな言葉――
 下手の横好き。
 何事にも興味をもって当たること。
 関心を横に拡げることで
 世界の広さ、
 物事の豊かさ、
 人々の多様性、
 社会の許容量が実感できる。
 縦方向にだけ進んでいては、
 孤高の山は見えても
 牛馬が草食む草原、
 銀鱗ひらめく緑の湖(うみ)を
 見ることはできない。
 高山植物の名前を覚えられても、
 平地や森を彩る
 他の無数の植物について、
 花に来る虫たちについて、
 人に聞かねば分からない。
 分からなければ、
 彼らの助けを得られず、
 生きていけない。
 凡庸は
 雑学者であることを少しも恥じない。
 雑学は無知よりも数段優れている。
 スペシャリゼーションが
 もてはやされた時、
 凡庸はその道を断(ことわ)った。
 「下手の横好き」ができないからだ。
 白亜の城に囚われること――
 凡庸が最も嫌ったことだ。
 スペシャリゼーションの階段を昇っていくと、
 専門外が見えなくなる。
 専門外の知識を
 他に頼らねばならなくなる。
 知識だけでなく、
 技術も他人任せになる。
 技術が機械に移行した現代(いまのよ)では、
 機械に頼って生きなければならない。
 機械の指示に耳を傾け、
 目を皿にしてパネルを見つめ、
 マニュアルを片手に
 オロオロしながらボタンを押す。
 押し間違えて頭を抱える。
 いったいこれが人間の進歩か、
 文明の発展か。
                      谷口 雅宣

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2017年1月11日 (水)

凡庸の唄 (3)

 凡庸は今、
 白昼夢を見ているのではない。
 心が開かれれば
 人は皆、
 自分の周囲を理解し、
 慈しむ能力をもっている。
 それなのに
 先を急ぐ人は、
 「先」しか見ないと心に決め、
 目的をしぼって心を閉ざす。
 でも、よく考えてほしい。
 「先」しか見ないということは、
 何も見ないことではないか。
 Aの地点にせっかく来ても、
 彼はその先
 Bのことを考える。
 Bに到達すれば、
 彼はCの様子が気になり、
 電話して担当者を呼び出す。
 担当者に仕事を頼んだあとは、
 今いるBを楽しめばいい。
 しかし周囲の喧噪は、
 道を急ぐ人々の流れは、
 客引きの呼び声、
 パチンコ玉の跳ね散る音は、
 彼の心を急き立てる――
 今もっと何かすべきではないか。
 自分にし残したことはないか。
 彼の心は
 目の前にあるのと別のことを探している、
 考えている。
 そっちの方が
 価値あることだと信じている。
 そんな彼こそ
 白昼夢を見ているのだ。
                                  谷口 雅宣

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2017年1月10日 (火)

凡庸の唄 (2)

 凡庸であることを
 「恥」と思ってはいけない。
 凡庸は人生の達人である。
 一芸に長ずることで失われる
 時間と
 視野の広さと
 細かい気配りを
 自分のものとすることができる。
 凡庸は時間を大切にする。
 何かをするための時間ではない。
 そこに在るがままの時を味わう。
 通勤途上に仕事などしない。
 Aの駅ではAを味わい、
 Bのバス停では
 広告のデザインを楽しみ、
 学び、
 Cの町角では
 路傍の花に留まる虫に語りかける。
 おい、
 そんな小さな花でも
 お前の好みの色香を放つのか?
 凡庸は、
 ミツバチの視覚を自分のものとし、
 モンシロチョウになって
 民家の屋根より
 ずっと、ずっと高くへ昇り、
 トンボの複眼をもつ自分を想像する。
 空に上れば
 視野は広がり、
 自分が世界の一部だと感じる。
 その世界とは、
 ニュース報道が教える
 暴力と混沌の世界ではない。
 生きものがつながり合った
 自由で軽ろやかな
 地球大の紐帯(むすびつき)の世界だ。
 それぞれが主人公でありながら、
 それぞれが他者を支えている。
                               谷口 雅宣

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2017年1月 9日 (月)

凡庸の唄 (1)

 凡庸を馬鹿にするな。
 凡庸こそ
 時代の寵児だ。
 凡庸は威張らない。
 凡庸は欲張らない。
 凡庸は他を蹴落として
 世に先んじようと思わない。
 なぜなら凡庸は
 自分の技量と
 器量を心得ているからだ。
 凡庸は諦めているのではない。
 凡庸は知っているのだ。
 世の中には、
 他より先へ行くことよりも
 大切なことはいくらでもあると。
 他と競うよりも
 別の楽しみはいくらでもあると。
 競争者は
 目標とライバル周辺のことしか
 目に入らない。
 競争者の見る世界は
 味方と敵に二分される。
 争う心は他を傷つけ
 自分を不快にする。
 しかし凡庸なる人は、
 先を見て争うのではなく、
 周りを見て楽しむ。
 新幹線に乗っていては
 駅の名前さえ分からない。
 黄金色の稔りの秋は
 単一の黄色の帯だ。
 普通列車に乗ってみると、
 駅名だけでなく
 看板の古さ、
 新しさがよく分かる。
 名産品の広告が読める。
 駅員の声が聞こえ、
 ああ
 父と同じ年頃だと分かる。
 途中下車して田圃道を歩けば、
 今年の稔りの様子が分かる。
 垂れた稲穂を持ち上げれば、
 ああこのおかげで
 自分は今日まで生きてきたと
 天と地と人との仕合わせに納得する。
 そう、
 幸せとは
 人・物・事のめぐり合わせに
 価値を見出すこと。
 見出すだけでなく、
 しっかりと味わうこと、
 触れること、
 皆仲間じゃないかと慈しむこと。
 せっかく旅に出ているのに、
 出立地と目的地しか味わえないのでは、
 本当に生きているとは言えない。
 凡庸は、
 そのことを知っている。
               谷口 雅宣

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2017年1月 1日 (日)

“新しい文明”の基礎づくりを始めよう

  全世界の生長の家信徒の皆さん、新年おめでとうございます。
 
 この新しい年を、皆さんと共につつがなく迎えることができたことを神様に心から感謝申し上げます。ありがとうございます。 
 
 本年は「“新しい文明”の基礎を作るための3カ年計画」がスタートする年です。“新しい文明”とは、人間の幸福と自然界の発展とが両立するような生き方であり、そんな生き方を支え、拡大する力となる信仰、哲学、科学技術、政治、経済の全体をいいます。私たちはそれを今後、ゼロから作り上げるのではありません。人類は何千年もの歩みの中で、すでにそれに該当する業績を世界各地で数多く生み出してきました。しかし、それらの業績は、今私たちの目の前にある人間本位の価値観を基礎とする“旧い文明”では取り入れられず、一部取り入れられたとしても、経済発展優先の政治により、脇に追いやられてきたのでした。私たちはそれらを繋ぎ合わせ、補強し、血を通わせて体系化し、できるところから実行に移すことによって、“新しい文明”の基礎を整えようと考えています。 
 
 そのための活動として、3つの実践項目を提案しています。1つは「ノーミート、低炭素の食生活」、2つ目は「省資源、低炭素の生活法」、そして3つ目は「自然重視、低炭素の表現活動」です。この3つは、私たちの運動の中で、すでに昨年から各地で実践され始めていますが、これらをもっと積極的、大々的に、そして私たち信仰者の「倫理的な生き方」の証として、喜びをもって展開していくことを通して、周囲の人々に生長の家の御教えを確実に伝えていきたいと念願しています。 
 
 昨年、2016年の世界で特徴的だったのは、ポピュリズムの台頭でした。日本だけでなく、ヨーロッパでも、アメリカでも、これまでの政治・経済の仕組みを否定する一方で、適切な方策を伴わない大きな変化が起こっています。この動きはしかし、過剰なグローバリゼーションの弊害を教えてくれるのですが、反面、危険な方向を示しています。エリート支配でなく大衆支配を、グローバリズムでなくナショナリズムを、自由貿易ではなく自国の産業擁護を、移民の受け入れではなく移民排斥を、軍縮でなく軍備拡大を、この動きは提案しているのです。これらは、社会の急激な変化に反対する大勢の人々の“叫び”であることは否定できません。しかし、この“叫び”をそのまま実行すれば、各国が互いに利害を主張し合う“対立の世界”に移行することは明らかです。 
 
 私は、この叫びは社会の「不平等感の拡大」が大きな原因の一つだと考えます。ある社会において、少数のエリートだけが利益を享受する一方で、大多数の構成員が社会の恩恵を受けられず、心理的にも取り残された状態にある場合、そういう社会に貢献する意欲が失われてしまうのは当然です。そんな人々の目には、民主主義の理想は“美しい飾り”にしか見えません。だから、それらの価値に反逆して、極端な主張を唱え、極端な行動を起こす人たちも出てくるのです。 
 
 これを宗教的に言い直すと、現在の社会には、神の御徳である「知恵」「愛」「命」の表現が、極端に偏っているということです。だから、私たちはもっと強力に、社会の全面に神の御心を表す活動を、積極的に展開していかねばなりません。そのためには、自然界をこれ以上破壊するのをやめなければなりません。神の御心は、自然界に充満していることを忘れてはなりません。自然から奪うことが富の実現だと考える“旧い文明”に別れを告げましょう。そして、自然を養うことにより人間の幸福を実現する“新しい文明”を構築しましょう。それが、この地球社会を“対立の世界”へ転落させるのを防ぎ、平和の道へ引きもどす唯一の方法です。 
 
 それでは皆さん、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 
 
 谷口 雅宣

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2016年11月22日 (火)

“背教者”はいない

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山出龍宮顕斎殿において「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が行われた。前日には、午前中に「第36回龍宮住吉霊宮秋季大祭」、午後には「第39回龍宮住吉本宮秋季大祭」が執り行われたが、それに続くもので、近隣の教区から信徒・幹部約250人が参列した。私は祝詞を奏上したほか、式典の最後に概略以下のような挨拶を述べた: 
------------------------- 
 
 皆さん、本日は谷口雅春大聖師御生誕記念式典にお集まりくださり、誠にありがとうございます。ご参集いただいた方の中には、昨日からの龍宮住吉霊宮の大祭と本宮の大祭にもご参加くださった方も多いと思います。心から感謝申し上げます。ありがとうございます。 
 
 先ほど祝詞を奏上させていただきましたが、その中にもあったように、今日のこの日は、生長の家創始者、谷口雅春先生のお誕生日であるだけでなく、第二代総裁の谷口清超先生が生長の家総裁の法燈を継承された記念すべき日でもあり、二重の意味でおめでたい記念日です。皆さん、おめでとうございます。 
 
 今日はこのように、雅春先生と清超先生が「生長の家総裁」という共通項で“ムスビ合わされた”日でありますので、お二人が結ばれる契機となった出来事について、さらには、お二人が出会う“仲介役”となった人物の存在の意味について、改めて考えてみたいのであります。 
 
 生長の家創始者であり初代総裁の谷口雅春先生と、二代目の清超先生とを結びつけたものは、1冊の『生命の實相』という御本でした。これは有名な話なので、ここに集まられた多くの方はすでにご存じでしょう。ただ、今日の私の話は、インターネットを介して日本全国、いや世界にも放映されているので、まだ知らない人も聴いてくださっているでしょう。清超先生の御本から引用しつつ話すことにいたします。 
 
 谷口清超先生は、もともと荒地清超というお名前で、谷口家には婿養子として入籍されました。それは昭和21年(1946年)のことですが、それに先立って、まず清超先生が生長の家を初めて知られたのは、戦中の島根県浜田市の陸軍病院でした。先生はそこで結核を病んでおられたけれども、上官に当たる同室の上等兵が読んでいた『生命の實相』を興味半分で借りて読んだところ、その内容にぐんぐん惹かれて手放せなくなり、ついに健康を回復されたのでした。これによって生長の家を知った清超先生は、戦後になって、『生長の家』誌で募集していた翻訳係に応募し、採用されたので上京し、谷口恵美子先生にお会いすることになるのです。 
 
 ですから、『生命の實相』がお二人を結んだようでありますが、その『生命の實相』を上等兵が清超先生に貸すことがなかったならば、清超先生はその後も『生命の實相』を読まれなかったかもしれない。そうなると第二代の生長の家総裁は別の人になっていた可能性もあるのです。すると、私などは存在しないから、勿論この場所に立つこともないのであります。つまり、生長の家が今日存続していたかどうかは、この上等兵の判断一つにかかっていた--そう言えるような重要な“ムスビ”の役割を果たした人がいたのであります。 
 
 清超先生が書かれた『真実を求めて』というご本には、この不思議で、大変重要な縁をつくった上等兵の役割について深い真理が説かれているので、このご文章を引用しながら、説明させていただきたいのであります。43ページから始まる「方便説法」という章を読みます-- 
 
<思えば一冊の真理の書物が、どれだけ多くの人々を救ったか分からない。しかし、その書物を用意してくれた人々が、必ずどこかにいたのである。私自身、かつて陸軍病院に入院中、ベッドの上で一冊の『生命の實相』をとり出し、それによみふけっていた兵隊から、その本を借りてよみ出したことがきっかけで、生長の家にふれたのだ。
「ちょっとそれを貸して見せて下さい」
 という私の願望は、決して「真理を求める」といった大袈裟なものではなく、ちょっと小説でも借りて読んでいようかといった、軽い気持ちであった。ところが、その本をよんでみて、私はその時以来『生命の實相』のとりことなった。 
 私はこうして真理の大愛に捕捉されたのである。当時の私には決して求道し探求したいといった思いはなかった。又、その本をかしてくれた兵隊も、私を「救ってやる」などという気配は微塵も見せず、かえって私に貸すのがいかにもおしそうであった。 
 こうして、彼は後になって死に、私は助かったのである。彼は最後に背教者となっていた。がしかし私は、彼によって、彼を通して、この大法を得たのである。このことの意味を、私はいつも考え続けている。「背教者」の意味をである……ある人は、ベンチの上に捨てられていた一冊の信仰の誌をみつけ、それで救われていった。その時、ベンチに、誰かがそれを捨てたのだ。一体、本当に「捨てる」とか「背教する」ということがありうるのだろうか。そんなものはナイのである。 
 ナイけれども、あたかもあるように見える。そのような現象の奥にある神の大愛が、私達を救いとって放そうとしない。捨てる人は、たしかに「捨てる」という意識をもったのであろう。しかし、本当は「伝道した」ことになる。教えに背いた人も、本当は背いていないにちがいないので、ただ一時、そのように表現し、その表現が、自分自身を胡魔化(ごまか)してしまう。彼は、夢を見るのである。 
 このようにして、夢の中にいる人々に対して、その夢をやぶるために、様々な方便が使われる。それは必ずしも、真理の説法でなくてもよいし、バケツの水をブッかけるといった類いの行為でもよい。だが、その行為の奥には、明らかに大いなる「愛」が働きかけているのである。この愛こそが本物であり、それによって、人々は限りなく尊く美しく生長して行くのである。>(同書、pp.44-46) 
 
 この後、少しページを飛ばして、49ページから読みます-- 
 
<かつて私に『生命の實相』を貸してくれた兵隊も、一時的には健康を取りもどした。がしかし何らかの機会に、健康を第一として、その方便としてのみ本を見るようになったらしい彼は、 
「お前、まだ生長の家なんかやっているのか。俺は、このごろあの雑誌で尻をふいとるよ」
 というようにまでなってしまった。こうしてひどく痔を悪化させ、肺病も末期になって死んでしまったのである。私は彼の言葉を想い出すと、いつもこの背教的恩人が“皮肉な詩人”であったという気がして、悲しくなるのである。 
 当時の私は、まだ『生命の實相』を愛読中の一声聞(しょうもん)の徒にすぎなかったのだ。私は当時彼を救うなどという考えをいささかも起こしてはおらず、かえって先輩である彼のこの背教的行為で打ちのめされ、うろたえたものだ。しかしどうしても『生命の實相』を投げすてる気にはなれず、いつの間にか彼とは別の道を進んでしまったのである。>(同書、pp.49-50) 
 
 谷口清超先生に教えを伝えた上等兵は、伝えたあとは教えを棄ててしまい、生長の家の「雑誌を破って尻を拭く」などという背教的な行為をしていた挙句、肺病が悪化して死んでしまった。しかし、この背教的離反者がいなかったならば、清超先生は生長の家の第二代総裁にはならなかったかもしれない。このことを考えると、一見“悪”だと思われる行為であっても、あるいは、そういう“悪人”がいるように見えても、その背後には、より大きな善が現れる重要な契機が潜んでいたことが分かるのであります。そして、先生がおっしゃる通り、本当の意味での“背教者”など存在しないことが納得されるのです。これは釈尊に対する提婆達多や、イエスに対するイスカリオテのユダの関係にも言えることでしょう。 
 
 さて、これらはやや昔の話でありますが、私たちの運動の中で最近も同じような解釈が可能な出来事がありました。 
 
 昨日行なわれた2つの御祭では、私たちはそれぞれ『大自然讃歌』と『観世音菩薩讃歌』を読誦しました。これらの2つの讃歌は、今から5年ほど前に私が書かせていただいたものですが、当時は、生長の家の重要な経典である聖経『甘露の法雨』と『天使の言葉』が、版元の日本教文社から発行できなくなる恐れが生じていたのです。これは当時の社会事業団理事長が、出版差し止めをやろうとした。この人物は、もともとは生長の家の本部理事まで務めた人ですが、私たちの運動の方向に反対して、聖経の版権を別の出版社に譲ってしまった。私たちの立場から見れば、これは一種の“背教的行為”です。 
 
 私は、そのような彼の行為が事前に予測できたので、その頃、何とかしなければいけないと思い、2つの聖経から引用しつつ、2つの新しい自由詩をブログ上で発表したのでした。それらが約1年後に『大自然讃歌』と『観世音菩薩讃歌』の経本になりました。今では皆さんも、この2つの讃歌に親しんで下さっていると思いますが、その当時、社会事業団の訴訟がなければ、また、そういう一見“背教的”な人物がいなければ、私は経本を書こうなど夢想もしていませんでした。だから、この2つの讃歌は、この世に生まれることはなかったでしょう。が、この人物とその訴訟のおかげで、これら2つは世に出ることになったのであります。 
 
 これらの讃歌は、人間にとって自然界がどれだけ貴重で素晴らしい存在であるかを、御教えにもとづいて讃美し讃嘆する内容です。聖経『甘露の法雨』も『天使の言葉』も、そういう視点からは教えを説いていないので、地球温暖化と気候変動が起こっている現在、これらの讃歌の役割はますます重要になっています。そういう自由詩を私に書かせ、またその経本を生長の家に発行させる役割を果たしたのが、一見“背教的”な“敵対行為”を行った人物だったのです。 
 
 しかし、この行為が、御教えの多様な展開と今日的状況への対応を可能にしてくれたのです。それを思えば、私には今、それが--清超先生のお言葉を借りれば--「現象の奥にある神の大愛」のように感ぜられるのであります。これら両讃歌は、今では日本語のみならず、英語、ポルトガル語、中国語、韓国語、ドイツ語、スペイン語にも翻訳されて、世界中の生長の家信徒が読誦し、また信徒以外の人々にも伝わりつつあります。 
 
 このようにして、善一元の実相が現象界に現れる過程では、一見、“悪い”と思われる事象も出てくるけれども、その背後に真理を表現せずにはおかない“神の大愛”があることを観通すことが大切だと教えられます。皆さんもぜひ、現象の表面的な“悪”に心を千々に乱すことなく、神の世界の善一元を信じ、その表現に向かって明るく、力強く前進してください。生長の家が今日あるのも、現象悪によって動揺せず、教えを棄てることのなかった厚い信仰者たちがあったればこそなのです。 
 
 谷口雅春先生のお誕生日、また谷口清超先生の法燈継承記念日に当たって所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2016年10月28日 (金)

“もの作り”で創造的人生を

 今日は午前10時から、山梨県北杜市大泉町の生長の家国際本部“森の中のオフィス”のイベントホールで「谷口清超大聖師八年祭」が執り行われた。私は祭壇に掲げられた谷口清超先生の遺影の前に玉串を奉げ、御祭の最後に概略、次のような挨拶を述べた--
-------------------------- 
 皆さん、本日は谷口清超大聖師八年祭にご参列いただき、ありがとうございます。谷口清超先生は、ちょうど8年前のこの日に89歳で昇天されました。 
 
 私は昨年の清超先生の七年祭で、昭和50年5月号の『生長の家』誌から引用して、先生が「物を大切にせよ」と教えられたという話をしました。また先生は、そう教えられただけでなく、ご自身の実際生活の中でも、その通りに生きられました。その教えをわかりやすく説かれた言葉を昨年七年祭で紹介しましたが、今回も繰り返してお伝えしましょう--「物はどんな小さいものでも“神の愛”と“人の真心”のカタマリである」というのが、それです。 
 
 清超先生は、このお考えを写真の中にも表現されているのですが、そういう例を2~3点紹介しましょう: 
 
Yutakanajinsei_m  これは昭和61年(1986)に発行された『豊かな人生を作ろう』という御著書の表紙カバーです。廃車になった車が積み上げられている写真ですが、それを使って「豊かな人生を作ろう」と仰っているのですから、この写真の例は、何でも安易に廃棄してしまう今の社会は本当は「豊かではない」ということを、暗に指摘されているのです。「はしがき」には、こう書いておられます-- 
 
 「さてこの本のカバーの写真は、私が北海道へ行った時、朝港町で撮ったもので、直接豊かさをあらわしたものではなく、古びたポンコツ車の残骸である。いささかのアイロニーをもって、こんなものを使うことにした」 
 
 次の写真は、この御著書の前の年(1985年)に発行された『人は天窓から入る』という本の表紙カバーです。「はしがき」にあるその説明文を読みます-- 
 
Hitowatemmado_m_2 「カバー写真は私宅の2階で、息子の残して行った人形を床の上において写したものである。“天窓から入る”というイメージが出たかどうかは少々疑問だが……」 
 
 補足しますと、この「息子」というのは私のことで、この人形はお腹かどこかを押すと「ギャハハハハ……」と笑い声を出す仕掛けが組み込まれているジョーク・トーイです。先生がこれを撮影された当時は、私は結婚して、東京・世田谷区の駒沢大学の近くに住んでいたのです。不要となったので置いていったジョーク・トーイに目をつけられて、先生はそれを聖典の表紙写真として蘇らせてくださいました。この写真の構図は、ちょうど私たちが天井を見上げると、そこにある天窓からヒゲ面のオジサンが顔を突っ込んで、あいさつしている--そんな感じがします。これは「人間は物質や肉体ではなく、天から降ってきた神の子である」というメッセージをユーモアをもって伝えているのではないでしょうか? 
 
 次の写真は、どこかで一度紹介したことがあると思いますが、平成9年(1997)に発刊された『創造的人生のために』という御著書の表紙カバーです。この本のカバーの袖の裏にSouzoujinsei2 は、こんな短い説明があります-- 
 
 「カバー写真の塑像・谷口雅宣氏の中学生時代の作品」 
 
 向かって左側が私の“作品”で、粘土で作ったハニワの頭を焼いたものです。右側は、プロのこけし職人の作品で、ずっと新しいもので多分、25年くらい後の作品です。古いものと新しいもの、粘土の塑像と木製のこけし、また頭だけのものと全身を表現したものなど、一見異質のものですが、その2つを組み合わせて写真にすると、何とも言えない暖かい人間性と、相互の信頼感を表現するような作品になっています。清超先生が、これを「創造的人生のために」というタイトルの表現に使われているという点も、私たちは学ぶべきことだと思います。「創造とは、古いものを破壊したり、捨て去ることではない」。「新旧の組み合わせで新しい価値が生まれる」「相互のプラス面を引き出せ」……などです。私たちが今、強調している“ムスビの働き”の素晴らしい例が、この一枚の写真にあると考えます。 
 
 このようにして谷口清超先生は、物を単なる物質とは考えずに、「どんな小さいものでも“神の愛”と“人の真心”のカタマリである」と感じて大切に使い、古いものでも新しい環境に活かして使われた。その御心と教えを私たちは今日、運動の中で大いに実践しようとしているのであります。何のことだかお分かりですね? ついこの間、この“森の中のオフィス”では「自然の恵みフェスタ2016」という催しが行われました。その中では、手づくりの工芸品であるクラフトの展示販売が行われました。そこに出品されたクラフトの数は、昨年よりずいぶん増えました。また、出品してくださった人の数も増えています。さらには、「SNIクラフト倶楽部」という組織が全国的にも結成されつつあります。そして、そのような動きに参加される生長の家信徒の数も増え、それぞれの教区でクラフト製作が行われるようになってきました。 
 
 何でも新しいものを買って、それが古くなれば廃棄し、さらに新しいものを買う。また、自分の手足を使って物事をするよりも、お金を払って誰かに物事を効率的に処理してもらう--というライフスタイルが、地球温暖化や環境破壊の原因になっていることは、皆さんもすでにご存じです。ですから、私たちがプロジェクト型組織を作って推進しようとしている活動--自転車通勤、クラフト製作、食材のオーガニック栽培などは、時代の流れに反する非効率で、苦しい活動だと考える人がいるかもしれません。しかし、実際にPBSの活動をしている皆さんはお分かりと思いますが、これらの活動は、私たちが都会生活の中で忘れていた“自然との一体感”を回復し、私たち一人一人の創造性を高める活動なのであります。 
 
 最後に、谷口清超先生の『創造的人生のために』から、人間が本来もっている創造性を表現することが、私たちの喜びであることを説かれた箇所を朗読いたします-- 
 
「人は何かを作り出すことが好きだ。子供は泥をこねて、色んな動物をこしらえ、家や山を作って遊ぶ。大人になると本物の家を作り、橋を作り、車を作り、芝居や小説を作る人も出て来る。遂には人殺しの犯人をさがし出す名探偵ポワロが作られたりするのである。
 それを読んだり見たりするのは、自分が犯人になりたいからではなく、色々の筋書きを作ったり、想像したりして、楽しみたいからであろう。一般の人々は温かい家庭を作り、よい子供を育てたいと思う。これもまた人々の中に“創造する力”がみちあふれている証拠だ。その“力”を現わしたいと思うのである。そして現わし出す時、限りない喜びが湧き上がる。つまり、“創造的人生”を送ることによって、人々は大いに楽しむことが出来ると言えるであろう。」(同書、pp. 1-2) 
 
 それでは皆さん、谷口清超大聖師が説かれた「物を大切にする心」を深く理解し、その教えにもとづいて自ら手足を動かして実践することで、“創造的人生”をそれぞれの立場で生き、表現の喜びを味わいつつ、光明化運動を新しい段階に引き上げていこうではありませんか。清超先生の八年祭に当たり、所感を申し述べました。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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