自然と人間

2017年7月 7日 (金)

自然に与え返す“新しい文明”に向かって

 今日は午前11時から、山梨県北杜市の生長の家国際本部“森の中のオフィス”にある万教包容の広場において、「万教包容の御祭」が執り行われた。御祭への参列者は同オフィスの職員が主だったが、その様子はインターネットを介して日本の各教化部を初め、海外にも通訳入りで送られたため、多くの幹部・信徒が心を一つにしてこの日の意義を確かめ、運動の進展を誓い合うことができたと思う。 
 私は御祭の最後に概略、以下のような挨拶を述べた: 
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 皆さん本日は、第5回目の「万教包容の御祭」にお集まりくださり、ありがとうございます。 
 
 今日は7月7日の「七夕」ですが、生長の家の歴史の中では「万教包容の神示」が谷口雅春先生に下った日です。それも昭和7年の7月7日という“七並び”の日でありました。この御祭は、そのことを念頭におき、生長の家の国際本部である“森の中のオフィス”が落慶した年の7月7日に第1回目が開催され、それ以降毎年、この「万教包容の広場」において行われています。その際、七重塔が新たに1基設置されるのですが、その意義は、すでにご承知のように、私たちの運動が目指す「世界平和実現」を祈るためです。 
 
 すでに何回も触れているので簡単に申し上げますが、七重塔の「7」は「完成」とか「すべて」を象徴する数字で、そのデザインを見れば分かるように、天地を貫く1本の中心線に沿って7つの社が結ばれているのが、七重塔です。この「社」が象徴するものは、「宗教」であり、「大陸」であり、「民族」であり、「文化」であり、「世代」であり、「生物種」であり、私たちの運動の「拠点」(組織)である、ということでした。 
 
 これらすべてが“神の御心”に中心帰一して、それぞれの特徴を生かし、相互に争わず、助け合いながら繁栄している――というのが実相世界の構図です。私たちの運動は、その構図を現象世界に表す運動ですから、世界平和実現の運動であるわけです。それも、単なる政治的な平和ではなく、宗教心において、地理的な関係において、民族関係において、文化において、世代間、生物間の関係において、運動組織において、平和が現れるのが目的です。 
 
 しかし、この現象世界はご存じのように、その方向とはむしろ逆方向に動いているように感じられます。世界全体のことよりも、自分の利益を第一に考えるような動きが各地に拡がっています。「アメリカ・ファースト」を唱える大統領が登場し、イギリスはEUからの離脱を決め、日本でも「国益」を強調する首相が人気を博し、最近では「都民ファースト」を唱える政治家に率いられた地域政党が、都議会選挙で大躍進を遂げました。 
 
 旧約聖書の『創世記』には、有名な「バベルの塔」の物語があります。 その昔、人間は神に近づこうとして、協力して高い塔を建てはじめたが、それを見た神が驚き、人間の企てを成功させないために、それまで一つの言語しか使っていなかった人々を、別々の言語を話すようにしてしまった――そういう物語でした。言語が別だと人間は相互のコミュニケーションが難しくなり、協力関係が壊れてしまうので、高い塔を建てることができなくなるのです。 
 
 『創世記』第11章から、実際の記述を引用いたします―― 
 
「全地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互いに言った、“さあ、れんがを造って、よく焼こう”。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。彼らはまた言った、“さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう”。時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、“民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう。”こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。」(1~9節) 
 
 最近の日本内外の情勢を見ていると、私はなぜかこの物語を思い出すのであります。人間は科学技術を高度に発達させて、人間の利益のためだけに自然界を改変しつつあることは、ご存じの通りです。遺伝子組み換えや、地球上に存在しなかった新物質の製造、自然の現象である人間の肉体の老化を克服するための再生医療の研究、原子力発電所の増設による放射性物質の大量製造、生物多様性の破壊、人工生物の製造、人工知能の開発--これらは皆、昔は“神の領域”にあり、人間には実現不可能と考えられていたことですが、これらを人類が自分たちだけのために開発し、発達させ、産業化しようとしているのが現状です。それは、バベルの塔が象徴する「神の力を得ようとする努力」だと言うことができます。 
 
 このように、自己利益の増大のためならば、他の生物や地球環境の破壊も顧みないという生き方が展開されると、私たちの人間社会の結束は崩壊する方向に向かう--私はそういうメッセージを「バベルの塔」の物語から読み取るのであります。それは、この物語は、歴史的事実としてではなく、象徴的な物語として解釈するからです。「言語がバラバラになる」ことは、「共通語を失う」ということ、さらには「世界への共通認識や共通理解を失う」ことを意味すると考えられます。トランプ政権の登場、英国のEU離脱、難民の大量発生と受け入れ拒否、日本を含む国益第一主義の外交の拡大などは皆、この「共通認識を失う」ところから生じていると考えられます。 
 
 このバベルの塔の「バベル」は、ヘブライ語の「バビロン」のことです。ヘブライの人たちはこれを本来の“神の門”という意味にではなく、「乱す(confuse)」という意味の「バラール(balal)」と結びつけて、人類の罪の増大に対する神の対応がここに描かれていると解釈したのです。 
 
 私の手元にある『西洋シンボル事典--キリスト教美術の記号とイメージ』という本の「塔」の項には、次のように書かれています-- 
 
「すべての塔がまず誘う連想は、バベルの塔である。バベルの塔は、かつて存在した天と地との間の軸を人間の手で人工的に復旧し、それによって神の座まで上がろうとする試みであった。この塔は、シュメル=バビロニアのジッグラトに基づくもので、際限なく思いあがって、それでいながら人間の枠から一歩も踏みだすことのできない傲慢な人間の象徴である。」 
 
 私も、この解釈は正しいと思います。ただし、この場合の「神」とは、私たちが信仰の対象とする唯一絶対神のことではなく、「心の法則」を擬人化したものです。簡単に言えば、「奪うものは奪われる」という法則です。「他から奪うことで自分が拡大する」という考え方は、実相世界への信仰とはまったく異なる、一種の唯物論です。このような考え方に人類がこれ以上向かわないように、私たちの運動は今、「人間・神の子」の真理にもとづいて「自然と共に伸びる」ことを強調し、「神・自然・人間は本来一体」であることを訴えています。訴えるだけでなく、私たちの実際生活の中で、また、プロジェクト型組織の活動を通して、この理想を具体的に実践することを進めています。それが、“新しい文明”の基礎を作ることになるでしょう。 
 
 “旧い文明”は「自然から奪うことで人間は栄える」という思想に動かされていて、相当の発達をとげていますが、結局、自然を破壊することで人間同士が破壊に向かう方向に進んでいます。“新しい文明”はこれとは逆に、「自然に与え返すことで人間は幸福になる」という信仰にもとづくものです。それは「奪うものは奪われる」という方向にではなく、「与えるものは与えられる」という方向に心の法則を働かせる運動です。これによって万物調和、万教包容の道が開かれ、本当の意味での世界平和が実現します。つまり、七重塔は、バベルの塔の間違いを正す実相顕現運動の象徴であります。 
 
 そういう広大で、壮大な計画の基盤となる「万教包容の御祭」を今日、皆さまと共に、親しく執り行わさせていただけたことを、心から感謝申し上げます。これをもって私の本日の所感といたします。  
 ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2017年6月17日 (土)

人類は経済発展では救われない

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山の谷口家奥津城において「谷口雅春大聖師三十二年祭」が執り行われた。奥津城前の広場には、秋田、岩手、宮城、茨城、千葉、東京、山梨、長野、広島、山口、徳島の各地から、団体参拝練成会に参加した幹部・信徒を初め、地元・長崎県の信徒らが合計で7百余名参集し、焼香や玉串拝礼で誠を捧げ、生前の谷口雅春先生の遺徳を偲び、人類光明化と国際平和進展を誓うと共に、“自然と共に伸びる”新しい文明構築の決意を新たにした。 
 
 私は同祭の最後に概略、以下のような挨拶をさせていただいた: 
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 皆さん、本日は谷口雅春大聖師三十二年祭にお集まりくださり、誠にありがとうございます。 
 
 谷口雅春先生が御在世の頃、特に生長の家を輝子先生とともに創始されたころの日本は、また当時の日本を取り囲む世界はどんな状況であったかということは、もう歴史の一部となっているので、知らない人、知っていても忘れてしまった人など数多くあると思います。幸い、この生長の家総本山には、「温故資料館」というのがあって、生長の家の歴史について詳しく教えてくれる大切な資料が保管されているので、折々の展示によって、私たちは雅春先生と輝子先生のご功績とその時代の様相を確かめることができるのであります。 
 
 私たちは、歴史の中のそれぞれの事象--例えば、『生長の家』誌創刊号の発刊とか総本山の建立ーーなどから学ぶことは勿論大切ですが、さらに重要なのは、「世界の中の日本」という、より大きな歴史の流れの中で個々の事象を捉え、理解することです。また、最近では、「地球環境の中の人類」という視点も求められています。特に現代の歴史では、変化のスピードがとても速まり、「加速度的」といっていい変化が世界的に起こっているので、私たちは変化する日常生活に対応するのに忙しく、一時代前の世界や日本の実情を忘れてしまっていることが多いものです。そうすると、生長の家の教えや運動の中で、何が不変で重要なものなのか、また何が社会の変化に対応するための臨機の教えであり、変化していい、時代応現の運動方策であるかの区別ができなくなる恐れが生じます。私がよく使う言葉でいえば、何が教えの“中心部分”であって、何が“周縁部分”であるかの区別が難しくなる、ということです。 
 
 谷口雅春先生がご在世の期間でも、歴史の中では大きな変化が何度も起こりました。それはご存じのように、日本が近代化の過程で世界を敵に回して戦争をやり、それに敗れ、経済としては“どん底”の状態となり、やがて「貿易立国」を選んだことが奏功して、急速な経済発展を遂げ、今日に至っているということです。 
 
 この大きな変化の中でも、谷口雅春先生は一貫して「人間は神の子である」という真理を説かれました。それは、人間の本質は物質ではなく、肉体ではないということでした。先生は、人間は物質でも肉体でもないのだから、「物質的豊かさや肉体的快楽からは、人間の幸福は決して来たらない」と力説されてきたのです。そして、日本が経済発展を遂げて、アメリカに次いで世界第2位のGNPを生み出すようになっても、ご自身の生活は質素で慎ましやかでした。このことは今日、強調してもしすぎることがないほど大切なことだと私は考えます。物質的繁栄は宗教の目的ではないから、宗教家は収入が増えても贅沢な生活を拒む、ということです。このことは、雅春先生御夫妻だけでなく、二代目総裁を継いだ、谷口清超先生御夫妻についても言えることです。 
 
 生長の家には「栄える会」という組織があるので、まだ教えに触れてまもない初信の人の中には、入信の目的は経済的発展だと考えたり、 経済的豊かさの程度が信仰の深さを示す、などという間違った考えをもつ人がいます。しかし、経済的発展はあくまでも「現象」ですから、現象を追うための信仰は、いずれ必ず破綻します。生長の家は、神の御心を表す運動です。そのことを第一の目的にするのが、本当の信仰運動であり、その結果、運動している人が経済的に豊かになるかもしれないが、そうでない場合もある。「まず神の国と神の義とを求めよ。その余のものは汝らに加えらるべし」とイエスが説かれた通りです。 
 
 ですから、「経済的発展のためには手段を選ばない」というのは、生長の家とは無縁の考え方です。それは唯物論です。だから、そういう政策を高く掲げる政治家を支援するのが、本来の生長の家の運動だと主張する人がいたとしたら、それはまったくの間違いです。ところが、その同じ政治家が「憲法改正」を提言すれば、「あぁ、これは谷口雅春先生と同じだ!」と考えて、その政治家を批判する今の生長の家の運動は間違っている、と考える人がいるようです。そういう人は唯物論に毒されてしまったか、あるいは生長の家の昔の運動の表面だけを見て、時代応現の宗教運動の重要性が分からない人です。 
 
 私たち生長の家は、昨年のちょうどこの時期に、現在の自民党政権とそれを支援する政治勢力を支持しないという方針を明確にしました。これによって、私たちの運動を唯物論と勘違いしたり、表面的にしか理解しない人々が動揺し、私たちの説得にもかかわらず去っていったことはとても残念なことです。しかし、あれから1年を経過してみて、今の自民党のやり方がとても危険であることが、多くの人には理解できてきたのではないでしょうか? 2日前に、戦前の治安維持法を思い出させる「共謀罪」の考え方を導入した法律が国会で成立しました。有無を言わせぬ多数決が行われたことは、報道が伝える通りです。それと並行して、権力者に近い人間ならば、行政は例外的に有利な処理をすべきだとの考えを、現政権のトップがもっていることを示す証拠が、次々に暴露されつつあります。これは英語で「ネポティズム(nepotism)」と呼ばれるもので、アフリカやラテン・アメリカ、東南アジアの一部の国々では行われていますが、民主政治が定着した先進諸国では忌み嫌われている、時代遅れの考え方です。不公正な政治であり、腐敗の温床になるものです。 
 
 私たちは今の政治の表面的なスローガンとか、カッコ良さにだまされてはいけません。その個人的な人気を利用して、自分の立場や仕事に有利に動こうとするのは間違いです。「まず神の国と神の義とを求める」という信仰運動の原点に立ち還らねばなりません。物質主義を謳歌しようとするのではなく、「人間・神の子」の自覚のもとに、人類とすべての生物を育んできたこの貴重な生命体としての地球を破壊から護るために、実生活に仏の四無量心を表していく生き方を力強く進めていかねばなりません。人間と地球生命の平和は、経済発展によって、人間だけの繁栄によってもたらされるものではありません。それは、私たち人類の「他を思いやる心」「自他一体の自覚」の実践によって初めて実現するのです。 
 
 そのことを谷口雅春先生は、今から50年前(昭和42年)に発行された『栄える生活365章』の「はしがき」で、はっきりと述べておられます。引用しましょう-- 
 
 「人間は幸福を求めて此処まで来た。そして物質的方面での幸福はある程度目的を達した。と同時に、これ以上物質的方面からのみ人間の幸福を追求していると、空気の汚染や河川の汚染や更に人間の心の汚染で、各方面から色々の公害を惹き起し、原子戦争の危機まで間近に迫って来つつあるのが現状である。物質文明の轍(わだち)の進むところ、重力で加速度が加わるように、その位の満足の程度で物質文明の発達を一応停止して、幸福に平和に今を安全に生活した方がよいではないかと提言したとて、互いに競争的に各方面に進歩しつつある物質文明が、今までの惰力で奈落の底へと向けて突進して行くのを停止せしめることはできそうにはないのである。 
  こうして人類絶滅の危機に向ってひた走っている人類の文明という高速車を停止せしめることができないとするならば、これを救う道は、その高速車を停止せしめるのではなく方向転換させるほかはないのである。」(pp.1-2) 
 
 これは昭和42年/1967年に書かれた先生の文章です。この1967年という年は、地球環境が人間の活動によって破壊されつつあることが、まだ明確には人類に意識されていなかった頃です。しかし、公害問題は深刻化していて、それを訴える『沈黙の春』という本をレイチェル・カーソンが出版して5年たっていました。「生態系」という言葉は、今では学校で当たり前に学びますが、その言葉が学問の分野初めて使われたのは1935年ですから、まだ三十数年しかたっておらず、生態学も日本ではあまり知られていませんでした。それでも谷口雅春先生は、これほどの危機感をもって唯物主義の拡大を憂えておられたということを知ってください。 
 
 現在の私たちは、この雅春先生の危機感を共有するばかりでなく、その危機を克服する信仰を譲り受け、さらに危機の到来を防ぐための技術をもち、その技術を実際に使うことができるという恵まれた立場にあるのです。この信仰運動の“本筋”を忘れてはいけません。人間は自己内在の仏性の自覚、「人間・神の子」の自覚によって救われるのであって、技術や経済的富の拡大によって救われるのではありません。 
 
 谷口雅春大聖師三十二年祭にあたって、皆さんと共に、「人間・神の子」の自覚をさらに深め、もっともっと多くの人々にそれをお伝えし、伝えるだけでなく、自らの仕事と生活の中で実践し、“自然と共に伸びる”新しい文明の基礎をつくるために邁進していく決意を新たにするものであります。これをもって谷口雅春大聖師三十二年祭の所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
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 谷口 雅宣

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2017年4月24日 (月)

“愛のある秩序”の実現へ

 今日は澄みきった晴天のもと、午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山で「谷口輝子聖姉二十九年祭」が執り行われた。御祭が行われた谷口家奥津城前の広場には、地元・長崎南部教区、同北部教区の幹部・信徒など百余名が参集し、谷口輝子聖姉の遺徳を偲び、人類光明化運動・国際平和信仰運動の益々の進展を誓い合った。本年祭の模様は一部、インターネットを経由して全世界に中継された。 
 
 私は御祭の最後に概略、以下のような挨拶を行った-- 
 
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  皆さん、今日は「谷口輝子聖姉二十九年祭」にお集まりくださり、誠にありがとうございます。谷口輝子先生は、生長の家創始者、谷口雅春先生の妻として、生長の家の人類光明化運動を力強く支え、今日の私たちの運動の基盤を整えてくださいました。皆さまもご存じのように、現在の私たちの運動は、生長の家白鳩会が主力となって展開されていますから、初代の白鳩会総裁だった谷口輝子先生の御功績は、雅春先生よりも目立たないかもしれませんが、大変大きなものであります。 
 
 今日は、その輝子先生が書かれたご著書の中から、夫婦関係、家族関係について書かれたものの一つを紹介し、生前、輝子先生がどのようなお考えとお気持をもって運動を進めてこられたかを学ぶ機会にしたいと考えます。 
 
 ここに持って来たのは、輝子先生が昭和33年に出版された『光をみつめて』というご著書です。この中に「秩序といういふこと」という随筆がありますが、そこに昭和31(1956)年の3月号の『生長の家』誌に掲載された家族写真について触れたご文章があるのであります。今から61年も前の写真ですが、その頃には私はすでに生まれていて4~5歳の年齢でしたから、家族写真には総勢8人が写っています。谷口雅春先生ご夫妻と、清超先生ご夫妻、そして私を含めた4人の孫です。3月号に載った写真ですから、それより2カ月前の元旦に撮影されていて、大人たちは皆、着物の正装です。この8人がどういう順番に並んでいるかを皆さん、想像してみてください。『生長の家』誌3月号の口絵として掲載された写真です。 
 
 その写真を見て、輝子先生に投書してきた人がいるのですが、その投書の内容を紹介します-- 
 
「3月号の『生長の家』誌の御家族の御写真を拝見して以来今日まで、十数日考えましたが、思い切って御尋ねいたします。何故、総裁先生と若先生が真中で、大奥様と若奥様を外側へ立たせられているのですか。家長中心と云うことは知っていますが、せめて総裁先生と大奥様とを真中にして、若先生御夫婦は両側に立たせられませぬか、西洋臭くなりますが、お二人の奥様を中にして、先生お二人が外側に立たせられた方が自然のように思われます。主人が中心ではあるが、婦人のカヨワさを護られる意味の(愛)現れが必要ではありませんか。あのお写真は如何にも不自然に見えます。何かに拘泥(とらわれ)がありませんか。動物でも、女性を保護します。何かの機会に御答え下さい。」(同書、p.87. 原文は旧漢字旧カナ遣い) 
 
 こういう内容の葉書が届いたというのであります。葉書の主は女性ではなく、男性です。輝子先生はこの男性の意見に対して、次のように書いておられます-- 
 
「この一誌友の言われる通り、女性は男性に比して肉体的には骨格も逞しくなく、筋肉も強くなく、身長も短いし、精神的にも男性の雄々しさに比べて、やさしく柔かいのが天性であるから、この人の言われるごとくカヨワい存在であるかも知れない。男性はその力強い手によって女性に力を貸し、保護すべき時は大いに保護していただきたいものである。 
  しかし、いつどのような場合でも、男性は女性に手を貸さねばならないであろうか。否と私は言いたい。カヨワいと言われる女性でも、事柄によっては、誰の手も借りないで立派に処理出来るばかりでなく、男性に手を貸すことも屡々(しばしば)あるのである。女性は外面的には優しく弱弱しく見えているけれども、時に応じては、男性に劣らぬ健気(けなげ)な働きをする力を内に蔵してもいるものである。どんな場合に男性は女性を保護すべきであるか、それは人、時、処をわきまえなければならないと思う。男性は女性を保護すべき者だと云うことにとらわれて、無闇に女性を甘やかしてはならない。時には、冷ややかそうに見過ごすことによって、女性は自分に内蔵されている逞しい実力を発揮させることが出来ることもある。今、この時にこの場合に於いて、如何に処すのがふさわしいかを考えて行動しなければならない。」(pp.87-88) 
 
 ここには、男女の違いについての輝子先生のお考えが書かれていると解釈できます。外面的、肉体的には男性は女性を上回ることがほとんどだが、内面的、精神的には女性は男性に劣ることはない、というお考えです。では、これが男女関係だけでなく、夫婦関係、家族関係に拡がっていくとどうなるか--それについて、輝子先生は次のように書かれています-- 
 
「写真を撮るとき、女性をカヨワいと意識して並べ方を考える必要はないと私は思う。あの場合、私は、雄々しいだの繊(か)弱いだのとは考えていなかった。ふた夫婦が上段に並んで、子供たちは姉から妹(いもうと)弟(おとうと)へと順序よく並べただけであった。二夫婦のうち、夫が中心に立つか、妻が中心に立つか、それをいずれと迷う人などあろうとは思わない。夫が主であって妻が副であることは当然の秩序である。」 
 
 --このように書かれています。男女が結ばれて家族を構成するときには、男女の肉体的、精神的な強弱のことなど意識するのではなく、一つの有機体として、生命体としての「家族」はどうあるべきかを考えて--言い換えれば、家族構成員のそれぞれの“機能”をもとにして順序を考える、ということですね。これは極めて合理的なお考えだと私は思います。その場合、忘れてはならないことは、誰が家族の“中心”か、ということです。また、夫婦が2組いるときには、どちらが“軸”の役割をするかということです。 
 
 しかし、その一方で、家族はいつもこういう原理原則や機能本位で生きているわけではありません。このような“固定的”な関係では息がつまってしまうし、第一不自然です。そこには当然、家族相互の愛情や喜怒哀楽が自由に表現される“流動的”な関係があるはずです。そこで、輝子先生は次のように、書かれています-- 
 
「私たちは、家庭に於いて時々写真を撮って貰うことがある。不断着のままで、室内で撮ったり、庭で撮ったり、親を中心に撮ったり、子供たちを中心に撮ったり、いろいろな撮り方をして貰うことがある。いちいち窮屈に親を中心とばかり考えていては、有りのままの面白い写真は撮れないものである。 
 三月号に載った写真は、元旦に於ける、紋服と云う正装をしたものであった。不断着でふざけている姿ではないのであった。正装をした場合は、秩序に従って整然と列び、紋服にふさわしく、子供と雖も、礼儀正しく立っているのである。凡(すべ)て、その時に、その場に相応しくあるのが正しい在り方なのである。」(p.89) 
 
 このような輝子先生のお考えを知ってみると、私たちは生長の家が人・時・処のそれぞれに適応した柔軟で、自由な考えの中で進展してきたということが分かるのであります。それは、「勝手気まま」というのではなく、さりとて原理原則を貫いて「型にはめる」のでもない。社会の公的、正式な場ではきちんと秩序を重んじながらも、それ以外では、構成員それぞれの個性と時と場所に合った生き方を薦め、応援する。そのように「規律と愛」「秩序と自由」が共存するような関係が、輝子先生がおっしゃる「正しい在り方」なのであり、それが私たち生長の家の目標とするものでもある、と思うのであります。 
 
 私たちが進めている光明化運動も、白・相・青という三つの組織が大きな枠組みや秩序として続いていて、その組織内には役職者と一般会員など、どちらかというと階層的な役割分担があります。しかしそれだけでは、「型にはまった」固定的で、つまらない運動になる恐れがあります。そこで最近では、三つの組織に囚れない、組織協働的、組織横断的な活動--例えば「自然の恵みフェスタ」や、会員個人の趣味や特技や個性を生かし、従来の組織の制約を超えた「プロジェクト型組織」などが推進されているのであります。 
 
 もし皆さんの中に、こんなカタカナの名前のものは谷口雅春先生や輝子先生の時代にはなかったから、“余計な運動”だと考えられている人がいたならば、どうかそうではないことを理解し、そのことをお伝えしていただきたい。生長の家は、ゴリゴリの上意下達の軍隊のような組織ではありません。有機的な運動としての秩序を重んじますが、その運動を展開する人々の間には、血の通った家族同士のような、愛と知恵と命に溢れた温かい関係がなければなりません。谷口輝子先生は、そういう“愛のある秩序”を希求された人であることをこの機会にぜひ確認されて、これからの運動を先生の御心に沿う形で喜びをもって伸び伸びと展開してまいりたいと念願いたします。 
 
 これをもちまして「谷口輝子聖姉二十九年祭」に当たっての所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2017年3月11日 (土)

自然界に“与え返す”生き方

 今日は午前10時から、山梨県北杜市にある生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで「神・自然・人間の大調和祈念祭」が厳かに行われた。会場には、主としてオフィス勤務の職員が集まったが、御祭の様子はインターネットを通じて国内外に中継され、前もって通知されていた全国の教化部や海外伝道本部等でも、多くの信徒が同祭典には間接的に参列した。 
 
 私は「四無量心を行ずる神想観」の先導をさせていただき、御祭の最後に概略、以下のような所感を述べた-- 
 
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 皆さま、本日は「神・自然・人間の大調和祈念祭」に参列いただき、ありがとうございます。 
 
  今日は「東日本大震災」と呼ばれるようになった大地震が起こって、ちょうど6年がたった日です。私はその時、東京・原宿にあった生長の家本部にいて、確定申告の締め切り日が近かったものですから、税理士さんと打ち合わせをしていました。私の執務室は細長い6階建ての建物の最上階にあったので、東京は「震度5強」ですから、相当揺れたのであります。危険を感じた私は、まずデスクの下に潜り込みましたが、余震が続くので、階段を使って降り結局、建物の外へ避難しました。 
 
  皆さんもきっと、あの日のそれぞれの体験を、まだ生々しく記憶されていることと思います。私の記憶は、先ほど述べたような個人的なものにとどまりません。ご存じのように、白鳩会総裁が朗読された「自然と人間との大調和を観ずる祈り」は、大地震の6日後の「3月17日」のブログに発表したものです。だから一種“公的”にも、私はあの祈りの言葉を読むたびに、5年間ずっと、そして今でも震災のことを思い出します。特にその中の-- 
 
 「人間よもっと謙虚であれ」
 「自然の一部であることを自覚せよ」
 「自然と一体の自己を回復せよ」 
 
 という言葉が、心の中に染み入るのであります。 
 
 また、今日、地球の温暖化とともに世界中で気候変動が益々深刻化していますが、そういう災害や被害を見聞するたびに、この祈りにある次の言葉が思い出されるのであります-- 
 「人間が自然を敵視すれば、その迷い心の反映として、自然の側から“敵”として扱われるような事態が現れてくるのである。」 
 
 私たち人類は、自然界を「全体」として受け入れるのではなく、「一部」だけを取り出してそれを偏愛し、他の部分を嫌って遠ざけたり破壊することによって、現代文明を築き上げてきました。だから今、洪水や旱魃、暴風雨の襲来などを頻繁に伴う気候変動に直面している。そのことを、この祈りの言葉は指摘しているのです。 
 
 その一方で、私たちは「自然界に甘える」--という心理ももち続けてきました。これは「自然からどんなに奪っても、自然は黙って与え続けてくれるだろう」という自分勝手で、甘ったれた子供のような考え方であり感情です。私たちの中には、自然界を擬人化して、無限に与え続ける“お母さん”だと考える傾向があります。だから、「母なる自然」という言葉があり、英語にも「Mother Nature」という言い方があります。しかし、それはずいぶん人間本位の、人間至上主義的なご都合主義の裏返しです。私たちは自然から奪うことで一時的に“幸福”を感じることがあっても、その幸福は決して長続きせず、かえって心の寂しさを増幅することになる。奪うのではなく、自然に与え、自然を育てることで、もっと永続性と広がりのある幸福感が、人間には生まれるし、人間は魂的にも成長し、深い満足感を得ることができる。このことは、ペットを飼ったり、作物を育てたり、森の手入れをしている人にはよく分かるでしょう。 
 
 子供は小さいときは、母から与えられることを当然に思い、母に要求し、母から奪いながら成長します。しかし、成人して人生経験を重ねるにつれて、親の立場を理解するようになりますから、母をいたわり、母を護り、母に与え返すことで、より深い満足を得、人間的に成長します。これは個人の人生の一般的姿です。人類全体と自然界との関係も、これと同じように「ギブ・アンド・テイク」あるいは「テイク・アンド・ギブ」とも表現できるような、双方向的な“与える”動きがなければならないと、私は考えます。自然から奪うだけではなく、与えることができて、初めて人類は進歩したと言えるでしょう。ところが、産業革命以来の人類全体の生き方は、自然から単に奪うだけでしたから、まだ“子ども”と変わらない状態です。しかし、これからは自然破壊は人類破壊につながりますから、自然に対して“与える”こと“与え返す”ことで喜びを感じるような人々が、もっともっと増えていかねばなりません。 
 
 私は最近、『おおきな木』という絵本と出会いました。いや、もっと正確に言うと、出会ってからは4~5年たっているのですが、きちんと本を開いて中身をしっかりと読んだのは最近だということです。この本は、アメリカのシェル・シルヴァスタインという絵本作家の作品で、1964年に出版されて以来、今日まで38カ国で900万部を超える数が売られているロングセラーですから、皆さんの中にも読んだ方はいると思います。日本語版は現在、作家の村上春樹さんの訳で「あすなろ書房」から出ています。実は、この本のことは、谷口純子・白鳩会総裁が2013年10月号の『日時計24』に掲載された「“ただ与える”こと」というエッセイの中で紹介しているのです。 
 
 このたび彼女の著書が『この星で生きる』という題名で出ることになり、そこにこのエッセイが収録されているので、その文章を引用しながら絵本の内容を紹介しましょう-- 
 
「ある所にリンゴの木があった。その木は小さな少年を愛した。少年も木が好きで、毎日木のところに来て、葉っぱを拾ったり、木に登って遊んだり、リンゴを食べたりした。やがて少年は成長して、あまり遊びに来なくなり、木は寂しくなった。そんなある日、少年はまた木のところにやってきたが、自分は大きくなりすぎてもう木では遊べないと言う。それよりお金がおしい、と木にねだる。木は自分はお金は持っていないが、自分の枝に実ったリンゴを売ればいいという。そこで少年は、リンゴを抱えて帰っていく。木は、その後ろ姿を見て幸せを感じる。 
 何年もたち、少年は成長し、ある日またリンゴの木を訪れる。そして、“家がほしい”と木に頼む。木は自分の枝を切って家を作ればいいという。少年はリンゴの枝を伐って家を建てる。少年の役に立って、リンゴの木は幸せだった。 
 さらに何年もたち、少年は中年になって木のところへやってくる。そして、“遠くへ行くためにボートがほしい”と木にねだる。木は自分を切り倒してボートを作ればいいという。リンゴの木は倒され、切り株だけが残る。 
 やがて、さらに何年もたった後に、年老いた少年がやってくる。彼はもう何もほしがらないが、疲れたので休みたいという。そこで木は、切り株になった自分に座って休めばいいと言い、少年はそれに従い、木は幸せを感じる。」 
 
 --まあ、ストーリーはこう展開します。この物語と絵から生まれる解釈には、いろいろのものがあるでしょう。その1つは、リンゴの木は、少年から愛されること以外は何も求めず、ただ自分の命を与え続けていくという“無償の愛”を象徴しているという解釈です。しかし私は、ここにある「リンゴの木」を「自然界の代表」と捉え、「少年」を「人間の代表」として見る解釈もできると思いました。すると、次のようなストーリーを物語に重ねることができます-- 
 
 人間は昔、自然と共に生き、自然界の恩恵をふんだんにもらって生きていたが、時代の流れとともに、行動範囲が拡大し、自然との触れ合いが減り、さらには自然が犠牲になることを顧みず、自分勝手な要求をして自然を傷めつけながら、家を建て、船を作り、そして自然の生命力を極端に小さなものにしてしまった。しかし、「自然の懐で休みたい」という生来の感情を否定できず、自然のもとにもどってくるのだが、その時には、すでに人間は老いて生命力も衰え、自然も人間の生命を回復させるのに必要な力を失っている-- 
 
 これは、現代の人類が直面することになる、あるいはすでに一部で直面している地球上の出来事ではないでしょうか。このような解釈をすると、『おおきな木』という絵本は、痛烈な文明批判と予言とを内包した作品だと見ることができます。 
 
 では、私たちは、人類と自然界とをこのような悲惨で寂しい状態に陥らせないために、何をしたらいいのでしょうか? その答えは、この絵本が意識的に省略していること--つまり、作者シルヴァスタインが、この物語を寂しく悲しい結末に結びつけるために、敢えて描かなかったことはないか、を考えてみればいいでしょう。私たちは、オフィスを“森の中”に移転し、毎日、自然界と密接な関係のもとに業務を進めていますから、自然と人間との関係で、この絵本から抜け落ちていることを見つけることは、簡単にできると思います。それは何でしょうか? 
 
 それはすでに、私が述べたことの中に含まれます。人間は“母なる自然”から奪うだけでなく、与えることができるし、そうすべきであると申し上げました。その点を考えてみてください。私たちは、リンゴの実から種をとって殖やすことができます。また、リンゴの木に栄養を与えることができます。これは化学肥料である必要はまったくない。森を育てて土を豊かにし、生物多様性を拡大して、自然界全体の生命力を向上させることで、土は豊かになります。このような自然界に与え返すことを、私たちはオフィスと周辺の森の中で「自然を伸ばす活動」として実践してきました。これは、自然と人間との「ギブ・アンド・テイク」を実践することですから、「テイク」ばかりを進めてきた“旧い文明”とは異なる“新しい文明”に向かう先進的な活動と言えるのです。別の言い方をすれば、私たちは自然に“甘えて”ばかりいた生き方を改めて、自然に“与え返す”生き方を進めていくのです。 
 
 私たち生長の家は、今後さらに、この生き方を3つの“プロジェクト型組織”を通して全国に、さらには全世界に展開していく途上にあります。皆さんのご理解と、温かいご協力、そして斬新で、積極的なアイディアをいただきながら、この運動をぜひ、大成功に導きたいと心から念願するしだいです。それが、東日本大震災とそれに伴う津波によって霊界に旅立たれた多くの人々に対する、私たちの心からの追悼とご恩返しの表現だと信ずるのであります。 
 
 それではこれをもって、「神・自然・人間の大調和祈念祭」での所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2017年1月16日 (月)

凡庸の唄 (7)

 凡庸はときどき考える――
 先を目指し
 縦方向へ上ることに
 しのぎを削る人たちが、
 もっと周囲に気を配り、
 横方向に意識をひろげ、
 競争するのではなく、
 協働することに
 喜びを見出す生き方に
 転じてくれる日のことを。
 人より秀でることは
 確かに素晴らしい。
 記録を塗り変えることは
 称讃に値する。
 優秀な作品や商品や
 サービスを創造することは、
 人間社会への大なる貢献だ。
 しかし、人間社会は
 地球のごく一部だ。
 そのために森林の破壊に目を閉じ、
 生物種や資源が減っていくのを顧みず、
 地球全体を暖める原因をつくることは、
 人間社会を超えて横方向に拡がる
 広大な生物共存の世界を壊すことだ。
 天と地と人との
 仕合わせを否定することだ。
 凡庸は思う――
 それはきっと彼らの本心ではないと。
 先を見て急ぎすぎるために、
 彼らの視野が狭まり
 周囲の豊かな世界、
 豊潤で知恵に溢れた地球世界を
 味わい楽しむ余裕がない。
 もっと凡庸であれば、
 心が開き拡大して
 世界に滲(にじ)み出ていくから、
 彼らだって
 人・物・事の結びつきが
 自分の幸せだと合点する。
 地球世界から分離しない
 本来の自分が感じられるに違いない。
 優秀と凡庸は
 本当は異質ではない。
 見ている方向が違うだけだ。
 優秀な彼らに
 凡庸の視点を与えよ。
 凡庸な我らに
 秀逸なる彼らの業績を与えよ。
 秀逸な才能の開花、
 秀逸な業績の実現は、
 実は
 凡庸の希望でもある。
 だから、大勢の凡庸は
 静かに彼らに協力し、
 応援している。
 凡庸は秀逸の母でありたいと願う。
 凡庸は秀逸を、
 人間社会だけでなく、
 地球世界の誇りにまで飛翔させたいと願う。
                        (了)
                   谷口 雅宣

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2017年1月14日 (土)

凡庸の唄 (6)

 凡庸と敗北主義を
 混同してはいけない。
 敗北主義は“及び腰”の生き方だ。
 自信がなく
 勇気がなく
 屈従が
 密かな慣(ならい)となっている。
 それでいて、
 自分の殻に閉じこもり、
 他人を信じず
 白眼(はくがん)で見る精神から離れられない。
 凡庸はしかし、
 自分の殻をもたないのだ。
 たといもっていても、
 それを破る生き方が
 正しいことを知っている。
 凡庸は“粘り腰”の生き方だ。
 他人の主張を
 壁のようにはねつけるのではなく、
 扉を開けて受け入れ、
 理解しようとする。
 自分が彼だったら、
 何が本当に言いたいのか、
 心を澄まして感じ取り、
 自分の言葉に翻訳する。
 それが心に染み込んでいくのを
 時間をかけて快く感じる。
 こうなれば、
 自分と他人との壁は消える。
 否、
 本当は壁などないことに
 気がつくのだ。
 自分は他人であり、
 他人は自分の代弁者だ。
 自分の本心を
 他人の声の中に聴き、
 他人の声を
 自分の中に聴くことができる。
 これが、
 本当の“粘り腰”だ。
 他人はいないから、
 もう他人に小突かれ、
 押し出されることもない。

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2017年1月13日 (金)

凡庸の唄 (5)

 凡庸は、
 こんな機械の専制支配を
 笑いながら拒否するのだ。
 なぜ笑う――
 凡庸は機械の力を知っているのだ。
 機械に任せば
 仕事の効率は格段に向上する。
 出来栄えも一見、
 美しく
 正確で
 均整がとれている。
 規格通りの品が
 大量に、短時間で完成する。
 単価が下がり
 数多く売れるに違いない。
 が、しかし
 規格品は
 ボタンを押せば誰でも作れる。
 人が作るのではなく、
 機械が作るからだ。
 人間は、
 人間であることをやめ、
 ボタンを押すだけの機械になる。
 製作の技術が不要になるから、
 世界と人間との
 接点が希薄になる。
 世界に直接触れ、
 傷つけ疵(きず)ついているという
 切実な実感が失われる。
 ある物の製作が楽になっても
 別の物の製作ができず、
 応用がきかず、
 視野が狭くなる。
 それは、
 スペシャリゼーションと同じだ。
 
                      谷口 雅宣

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2017年1月12日 (木)

凡庸の唄 (4)

 凡庸の好きな言葉――
 下手の横好き。
 何事にも興味をもって当たること。
 関心を横に拡げることで
 世界の広さ、
 物事の豊かさ、
 人々の多様性、
 社会の許容量が実感できる。
 縦方向にだけ進んでいては、
 孤高の山は見えても
 牛馬が草食む草原、
 銀鱗ひらめく緑の湖(うみ)を
 見ることはできない。
 高山植物の名前を覚えられても、
 平地や森を彩る
 他の無数の植物について、
 花に来る虫たちについて、
 人に聞かねば分からない。
 分からなければ、
 彼らの助けを得られず、
 生きていけない。
 凡庸は
 雑学者であることを少しも恥じない。
 雑学は無知よりも数段優れている。
 スペシャリゼーションが
 もてはやされた時、
 凡庸はその道を断(ことわ)った。
 「下手の横好き」ができないからだ。
 白亜の城に囚われること――
 凡庸が最も嫌ったことだ。
 スペシャリゼーションの階段を昇っていくと、
 専門外が見えなくなる。
 専門外の知識を
 他に頼らねばならなくなる。
 知識だけでなく、
 技術も他人任せになる。
 技術が機械に移行した現代(いまのよ)では、
 機械に頼って生きなければならない。
 機械の指示に耳を傾け、
 目を皿にしてパネルを見つめ、
 マニュアルを片手に
 オロオロしながらボタンを押す。
 押し間違えて頭を抱える。
 いったいこれが人間の進歩か、
 文明の発展か。
                      谷口 雅宣

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2017年1月11日 (水)

凡庸の唄 (3)

 凡庸は今、
 白昼夢を見ているのではない。
 心が開かれれば
 人は皆、
 自分の周囲を理解し、
 慈しむ能力をもっている。
 それなのに
 先を急ぐ人は、
 「先」しか見ないと心に決め、
 目的をしぼって心を閉ざす。
 でも、よく考えてほしい。
 「先」しか見ないということは、
 何も見ないことではないか。
 Aの地点にせっかく来ても、
 彼はその先
 Bのことを考える。
 Bに到達すれば、
 彼はCの様子が気になり、
 電話して担当者を呼び出す。
 担当者に仕事を頼んだあとは、
 今いるBを楽しめばいい。
 しかし周囲の喧噪は、
 道を急ぐ人々の流れは、
 客引きの呼び声、
 パチンコ玉の跳ね散る音は、
 彼の心を急き立てる――
 今もっと何かすべきではないか。
 自分にし残したことはないか。
 彼の心は
 目の前にあるのと別のことを探している、
 考えている。
 そっちの方が
 価値あることだと信じている。
 そんな彼こそ
 白昼夢を見ているのだ。
                                  谷口 雅宣

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2017年1月10日 (火)

凡庸の唄 (2)

 凡庸であることを
 「恥」と思ってはいけない。
 凡庸は人生の達人である。
 一芸に長ずることで失われる
 時間と
 視野の広さと
 細かい気配りを
 自分のものとすることができる。
 凡庸は時間を大切にする。
 何かをするための時間ではない。
 そこに在るがままの時を味わう。
 通勤途上に仕事などしない。
 Aの駅ではAを味わい、
 Bのバス停では
 広告のデザインを楽しみ、
 学び、
 Cの町角では
 路傍の花に留まる虫に語りかける。
 おい、
 そんな小さな花でも
 お前の好みの色香を放つのか?
 凡庸は、
 ミツバチの視覚を自分のものとし、
 モンシロチョウになって
 民家の屋根より
 ずっと、ずっと高くへ昇り、
 トンボの複眼をもつ自分を想像する。
 空に上れば
 視野は広がり、
 自分が世界の一部だと感じる。
 その世界とは、
 ニュース報道が教える
 暴力と混沌の世界ではない。
 生きものがつながり合った
 自由で軽ろやかな
 地球大の紐帯(むすびつき)の世界だ。
 それぞれが主人公でありながら、
 それぞれが他者を支えている。
                               谷口 雅宣

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