自然と人間

2018年1月 1日 (月)

新年のご挨拶

 皆さん、明けましておめでとうございます。 

 この新しい年、2018年を、皆さんと共に健康でつつがなく迎えられることを神さまに心から感謝申し上げます。有り難うございます。 

 

昨年、私たちは「“新しい文明”の基礎を作るための3カ年計画」をスタートさせました。“新しい文明”とは、自然の繁栄が人間の繁栄と幸福であるような生き方であり、そんな生き方を支え、拡大する力となる信仰や哲学、科学技術、経済、政治の全体をいいます。私たちは、それを築く土台として、まず私たちの価値観とライフスタイルを変えなければならないと考え、昨年度から次の“3つの実践”を本格化させています: 

ノーミート、低炭素の食生活 

省資源、低炭素の生活法 

自然重視、低炭素の表現活動 

です。 

また、本年からは、この3つのライフスタイルをより具体的、組織的に展開していくために、次の3つの活動を推進することを決定しました: 

SNIオーガニック菜園部  

SNI自転車部  

SNIクラフト倶楽部  

です。 

これらの3つの名前でお分かりのように、私たちはこれから日常の生活の中で、有機野菜を作り、自転車に乗り、日用品を自分で製作するようなライフスタイルに転換していくことを目指しているのです。 

皆さん、これは“時代錯誤”の生き方でしょうか? 

いいえ、決してそうではありません。これは、自然と人間との一体感を取りもどすための古いけれども、新しいライフスタイルです。 

18世紀の産業革命に始まる“古い文明”では、科学技術は一般に「自然からどれだけ奪えるか」を基準にして評価されてきました。山を削り、海底に穴を開けて、一度にどれだけの石炭を採掘できるか、鉱石を掘り出せるか、石油を搾り出せるか……と、より多くの資源やエネルギーを人間のために、そして人間のためだけに取り出すことができる技術が、“優秀な技術”“先進的な技術”として高く評価されてきました。その結果、物質原子を破壊して莫大なエネルギーを得る原子力発電が誕生しました。しかし、この人間中心の旧文明は、副産物としてミサイルや戦闘機や核兵器を生み出し、世界の平和を脅かしています。 

農林・水産業でも、同じ“人間中心”の基準で生物資源が利用されたために、獣や鳥は絶滅に追いやられ、森は切り倒されて家畜が地上に溢れ、魚介は乱獲され、昆虫や植物の多くが絶滅しています。世界では、人間の好みに合った種類の生物だけが増え、それ以外は年々姿を消し、生物多様性は危機に瀕しています。これらの総合的な結果として、海水の酸化、地球温暖化、気候変動が起こっていることは、皆さんもご承知の通りです。 

私たちは長きにわたり、あまりにも大規模に、無秩序に地球の自然から奪い続けてきたために、何万年、何十万年にもわたって自然界の安定を保ってきた物質的、生物的な循環とバランスを破壊しつつあります。このことは、おびただしい数の科学的研究で証明されています。にもかかわらず、世界各国の指導者たちは、従来通りの経済発展を至上目的とする“旧文明”の考え方、生き方から抜け出す方策を見出していません。 

私たちは、この人類的な悪循環の原因の1つは、人間が自然を自分と対立して捉え、自然との一体感を失っているからだと考えます。すでに数年前から、人類の半数以上が、自然豊かな田舎を捨てて都市に棲むようになっている、と国連の統計は伝えています。私たちは、この動きに「ノー」と言うために、大都会・東京から豊かな自然を抱く八ヶ岳南麓の“森の中”に移転しました。そして、実際に日常生活の中で肉食をやめ、有機野菜を作り、自転車に乗り、日用品を自作するライフスタイルに切り換えつつあります。 

アメリカの社会学者であり、自ら音楽を奏でクラフトを製作するリチャード・セネット博士は、第二次大戦の末期、倫理感に溢れる優秀な科学者であった人々が、なぜ原子爆弾の製造に関わっていったかという問題に取り組み、『クラフツマン』という本を書きました。「クラフツマン」とは、「もの作りをする人」という意味です。博士の結論は、分業が極度に進み、自分の仕事の全体が見渡せなくなって久しい現代社会の構造と、その中で自分の仕事の倫理性を考えずに競争に明け暮れる私たちの心の貧しさに原因がある、ということです。 

私たちは、大きな機械の中の一枚の“歯車”として、自分の信念や倫理感とは違う仕事を営々と行うべきなのか、それとも、一人の独立した信仰者として、たとえ時間がかかっても、仕事の全体を把握しつつ、信念と倫理感に従って、社会や次世代の幸福のために生きるかを今、選択しなければなりません。 

自ら有機野菜を作り、木や石の肌触りを感じてクラフトを製作し、自分の肉体をフルに動かして、風や日光を感じながら自転車のペダルを漕ぐことで、私たちは「自然と人間は神において一体である」ことを実感し、「すべての人間は神の子である」という信仰を深め、拡大することができます。そして、この生き方によって、気候変動による世界の混乱を最小限に留めることができるでしょう。 

生活に生きる信仰を通して、世界の平和に共に喜びをもって貢献してまいりましょう。本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。 

谷口 雅宣

本メッセージは、動画でも見ることができます。

| | コメント (1)

2017年11月22日 (水)

“個人の救い”は自然との調和の中に

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山出龍宮顕齋殿に、地元の長崎県などから約280名を集めて「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が執り行われた。私は同式典にて祝詞奏上を行ったほか、谷口雅春先生のお誕生日に因んで概略、以下のような挨拶を行った。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
 
 皆さん本日は、谷口雅春大聖師御生誕日記念式典のために、この生長の家総本山・出龍宮顕齋殿にお集まりくださり、有難うございます。また、この顕齋殿には来られていませんが、インターネットを通じて式典に参加して下さっている日本全国の、さらには海外在住の生長の家信徒の方々にも心から感謝申し上げます。ありがとうございます。 
 
 さて、谷口雅春先生は、明治26年のこの日、西暦では1893年のお生まれですから、現在肉体を表しておられたならば、今日で満124歳になられることになります。亡くなられたのが、今から32年前ですから、ずいぶん歳月が過ぎました。今年の雅春大聖師の三十二年祭では、私は雅春先生がご生前、物質主義的繁栄を求めるだけでは人間は決して幸福になれない、と説き続けられたことをお話ししました。それは人にそう説かれたというだけでなく、ご自身の生活においても、贅沢や無駄遣いを決してされない質素なライフスタイルを貫徹されたということであります。 
 
 雅春先生は82歳のときに、この総本山の地へ移住され、山と森だけだった広大な敷地に、顕齋殿を初めとした数々の建物、また金龍湖、七つの燈台などの宗教的な建造物を構想され、総本山建設の陣頭指揮に立たれました。ですから、この地は、雅春先生の自然に対するお考え--難しく言えば「自然観」がよく表現されているのであります。 
 
 どうですか皆さん、この地では自然と人間とがケンカしているでしょうか。それとも仲良く調和しているでしょうか? 今、長崎の地は紅葉の季節でありますが、皆さんは今日、都会を離れてここへ来られ、秋の自然界の美しさを存分に堪能されているのではないでしょうか? 「神・自然・人間の大調和」という標語、あるいは、「自然と人間は神において本来一体である」という表現は、今の時代に作られました。しかし、これらの表現は、雅春先生の自然観、雅春先生の自然に対するお考えを反映していると信じて疑わないのであります。 
 
Kamishizen2  こちらへ寄越していただく前の11月19日には、私が住んでいる山梨県北杜市の“森の中のオフィス”では、生長の家代表者会議という重要な会議がありました。その会議は、全世界の生長の家の幹部が一堂に集まって、来年度の運動方針について理解を深める場でした。そこでの質疑応答の時間に、ある教区の幹部の人が、「今の生長の家の運動では、“個人の救い”が疎んじられているのではないか?」との疑問が提出されました。これはきっと、私たちの現在進めている運動の中で、「神・自然・人間の大調和」という言葉が頻繁に出てくるからだと思います。その人は、「神・自然・人間の大調和」はもちろん大切だが、宗教運動では「個人の救い」も大切で、それを言わないのはオカシイという意見を表明されたのです。 
 
 しかし、皆さん、よく考えていただきたいのですが、「神・自然・人間の大調和」という標語と、“個人の救い”とは別々のものなのでしょうか? 私は決してそう思いません。生長の家は今も昔も、“個人の救い”を軽視したり、無視してはいません。「神・自然・人間の大調和」を実現しようという現在の運動は、“個人の救い”を無視しているのではなく、21世紀の現代では、本当の意味での“個人の救い”を成就するためには、「自然と人間は神に於いて一体である」という真理を知ることが必要だと考えるのであります。 
 
 だいたい「個人」と「自然」とを分離して考え、一方が繁栄すれば、他方はその犠牲になるというような視点を、生長の家はもたないのであります。これは、自然と人間を対立させて考える“旧い文明”の基礎にある考え方で、今日の科学的知見にも反します。今日の生態学、遺伝学、分子生物学、認知心理学などが教えてくれるのは、人間は周囲の生態系の一部であり、人間の肉体の構造は、自然界を構成する他の生物と基本的に変わらず、人間の心の幸福は自然界と切り離して考えられないということです。 
 
 そのことは、東日本大震災とそれに伴う原発事故で、福島県を含む東北地方の多くの人々が体験されたことではないでしょうか? 「兎追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川……」という唄が、何を教えてくれるかを思い出してください。それは、私たちの心の故郷は、自然界との交わりの中にあるということです。にもかかわらず、私たちは経済発展を目指して、山を崩し、森林を破壊し、川を埋め立てて、高速道路やショッピングセンターを造ることで、自然を自分から遠ざけてきました。こうしてGNPやGDPの数値は上がりましたが、自殺者は減らず、先端的技術を使った新しい詐欺が次々と生まれ、子供たちの間にはアレルギーが蔓延しています。 
 
Kamishizen3  生長の家は、決して“個人の救い”をやめたのではありません。雅春先生の時代からずっと継続的に、各地の練成会や練成道場や誌友会の場において、“個人の救い”のためにも真剣に取り組んでいます。しかし、今日の運動では、“個人”を自然から切り離して考えるのではなく、「自然と人間との関係において捉える」という、より大きな視点をもって取り組んでいるという点が、違うといえば違うのです。また、「日本」という地理的に限定された地域の人間のことだけを考えるのではなく、「地球」という大きな環境の中で人間社会全体が自然と共存・共栄する方法を、信仰のレベルから考え、具体的に提案しようとしているのであります。 
 
 私は最近、人間が自然の一部であり、人間の幸福は自然を壊すのではなく、その懐に入って仲良くすることで体験できるということをよく感じるのであります。 
 
 NHKの番組でマツタケを育てている長野県・伊那地方の人のことを伝えていました。この人は毎年、トラック何台分ものマツタケを収穫するというのです。マツタケはアカマツと共生するキノコですが、アカマツがあれば必ずマツタケが出るというような簡単なものではないことは、皆さんはご存じでしょう。日本の森にはアカマツ林はいくらでもありますが、マツタケが採れるのは、その中のごく一部です。この番組によると、日本では昔はマツタケがよく採れたのに、私たちの生活上のある変化がきっかけになって、採れなくなっていくのです。その変化とは、何でしょうか? それは、化石燃料の利用です。もっと具体的には、プロパンガスを利用する生活が都会だけでなく、田舎にも普及してくると、人々は山に入って燃料用の木ーー折れた枝や灌木など--を採らなくなってしまった。つまり、日本昔話にあるように、「おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に……」というライフスタイルがなくなってしまい、山や森が放置されていくのです。 
 
 マツタケは、落ち葉や折れた枝がたくさんある土地には生えないそうです。湖や沼に栄養分が過度に流れ込んだ状態を「富栄養化」と言いますが、そんなところはプランクトンが増殖しすぎて魚が棲めなくなります。それと同じように、人々が山に入って下草を取ったり柴刈りをしなくなると、それは言わば“富栄養化”された森になって、そこではマツタケは発生しないそうです。だから、テレビで紹介されたマツタケ名人は、定期的にアカマツの森に入って、せっせと下草刈りや枯れ枝、枯葉の除去をして、土地を“貧栄養化”する作業をしているそうです。 
 
 この話を聞いて、私は自然界の絶妙なバランスの素晴らしさに感動しました。人間が自然に関与することによって、自然は必ずしも破壊されないどころが、生物多様性が拡大し、人間も自然も共に栄えるウィンウィンの状態が実現するーーこのことは、田圃のある里山の自然についても言われていることですから、決して例外的に起こることではないのです。ただ、問題なのは、私たち人間が欲望を掻き立てて、人間が好む生物種だけを数多く生産して金儲けを企むと、生物多様性は破壊され、自然と人間のウィンウィンの関係もなくなってしまうのです。 
 
Owlapple2  もう1つ、同じような人間と自然との仲良い関係を教えてくれる例がありました。それはついこの間、11月18日付の『朝日新聞』夕刊で取り上げられていた「リンゴとフクロウ」の話です。リンゴの産地である青森県の人は、すでにご存じのことでしょう。しかし、そうでない人は、いったいリンゴとフウロウの間にどんな関係があるか想像できるでしょうか? 私はできませんでした。フクロウは猛禽類で肉食ですから、リンゴの実を食べるのではないし、かと言って、リンゴに発生する虫は、フウロウが食べるには小さすぎます。記事を読みますーー 
 
「フクロウに期待されているのはネズミ退治だ。
 リンゴの木は苗木から採算が取れるまでに7、8年かかるとされるが、ネズミは冬場にエサが不足すると、リンゴの木をかじり出す。冬の間は1.5メートルもの積雪があるため、春まで被害がわからず、枯れてしまうケースもある。(中略)
 かつてリンゴ農園でよく見かけられたフクロウにとって、ネズミは子育てに欠かせないものだった。普段は森や林の木の上で生活しているフクロウは、3月ごろにリンゴの木の幹に空いた洞の中で産卵。ヒナが巣立つまでの約2カ月、農園にいるネズミをエサに子育てをしていた。 
 ところが、リンゴ農園では1970年代以降、生産効率向上や省力化のため、小ぶりな木への植え替えが進んだ。その結果、洞のある古い大きな木が減少し、フクロウは姿を消した。」 
 
 ここにあるように、自然と人間はもともと対立しているのではないのですね。ある土地に適切な量のリンゴを作るので満足していれば、リンゴを太くなるまで大切に育て、その木に洞ができてフクロウが棲みつき、冬場にネズミが木をかじるのを防いでくれる。しかし、人間の欲望の度が過ぎてしまうと、リンゴの木の苗を不自然な形に育て、木を太らせず、したがってフクロウは巣を作らないし、やって来ない。すると人間が自分の力でネズミと戦うことになり、殺鼠剤を撒く。それは当然、人間の体にも害が及ぶ。こうして自然と人間との良好な関係が崩れてしまうことが分かります。 
 
 先ほど、現代人のアレルギーの問題に触れましたが、これも人間が自然界の生物を過度に嫌って、抗菌剤とか、殺虫剤とかを多用してきたために、本来もっていた抵抗力を失ったことが、大きな原因だと言われています。言い換えれば、親や祖父母の時代には存在した自然と人間との体内での調和が失われたため、ソバが食べられない、ダイズが食べられない、小麦製品が食べられない、ミルクが飲めない、チーズが食べられない……そういう子供たちが増えている。これは“個人の救い”の問題ですか、それとも「神・自然・人間の大調和」の問題でしょうか? もちろん、その答えは「両方の問題」なのです。これら2つは、別々の問題ではないのです。 
 
 11月20日付の『読売新聞』には、こういう記事が載っていますーー 
 
「日本小児アレルギー学会は19日、アレルギー専門医療機関への全国調査で、食物アレルギーの検査や少しずつ食べて体に慣れさせる経口免疫療法に関連して、少なくとも7医療機関で9人が、人工呼吸器が必要になるなどの重いアレルギー症状を起こしたことが分かった、と発表した。」 
 
 この記事にあるように、現在、子供の食物アレルギーについては、アレルギー源を避けるのではなく、少しずつ食べさせて体に慣れさせるという方法が有望な治療法として採用されているのです。薬で治すのではなく、アレルギー源を与えることで、アレルギーを治すのです。人間の体には、いろいろの重要な食物に対して、アレルギー反応を起こさせないような仕組みが本来備わっているのですが、何らかの理由でその仕組みが壊れてしまった。私はこれは、自然を敵視する過度な衛生管理の結果だと思います。その証拠に、アレルギー源を与え続けるとアレルギー反応がなくなるという逆説的な治療が有効だからです。 
 
 同じ記事に、こうありますーー 
 
「有効な治療薬もない中で、原因となる卵、牛乳などを少しずつ食べて体を慣れさせる経口免疫療法は大きな福音となっている。食物の種類で効果は違うが、3~8割の患者で症状が出なくなるという報告もある」。
 
 このような例を考えてみると、私たちの現在の生活における“悩み”の中には、人間と自然との良好な関係が壊れてしまったことが原因になっていることが結構あることがわかります。それらは、“個人の悩み”であることは勿論ですが、それと同時に社会の問題であり、自然と人間の関係の問題であり、さらには自然と人間の関係をどうとらえるかという哲学や信仰の問題でもあるわけです。 
 
 そういう広い視野で現代の様々な問題をとらえて、「神・自然・人間の大調和」を訴えているのが生長の家の運動です。ですから、自分の悩みの根源について深く理解せずに、狭い周辺のことしか考えない人にとっては、生長の家の運動は“個人の悩み”を軽視していると見えるかもしれません。しかし、思い出してください。生長の家の教えでは“個人”などという肉体的に孤立した人間など、ニセモノだと説いているのです。「人間は神の子である」という教えは、バラバラな存在としての「個」なるものは、あくまでも仮の姿であって、実相ではないと否定しています。なぜなら、神はすべてのすべてだからです。その御徳をすべて譲り受けている神の子同士は、バラバラの“個”であるはずがないのです。 
 
 皆さんはぜひ、この教えの一部分だけを見て、「これが生長の家だ」と限定してしまわないようお願い致します。そして、谷口雅春先生は、この自然豊かな長崎の地で晩年を過ごされながら、公私両面から自然と調和した生き方を実践されたことを忘れずに、「神・自然・人間の大調和」実現に向かって、喜びをもって進んでいこうではありませんか。雅春先生の御生誕日に当たって、所感を述べさせていただきました。 
 
 ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

| | コメント (0)

2017年7月 7日 (金)

自然に与え返す“新しい文明”に向かって

 今日は午前11時から、山梨県北杜市の生長の家国際本部“森の中のオフィス”にある万教包容の広場において、「万教包容の御祭」が執り行われた。御祭への参列者は同オフィスの職員が主だったが、その様子はインターネットを介して日本の各教化部を初め、海外にも通訳入りで送られたため、多くの幹部・信徒が心を一つにしてこの日の意義を確かめ、運動の進展を誓い合うことができたと思う。 
 私は御祭の最後に概略、以下のような挨拶を述べた: 
------------------------------------------------- 
 皆さん本日は、第5回目の「万教包容の御祭」にお集まりくださり、ありがとうございます。 
 
 今日は7月7日の「七夕」ですが、生長の家の歴史の中では「万教包容の神示」が谷口雅春先生に下った日です。それも昭和7年の7月7日という“七並び”の日でありました。この御祭は、そのことを念頭におき、生長の家の国際本部である“森の中のオフィス”が落慶した年の7月7日に第1回目が開催され、それ以降毎年、この「万教包容の広場」において行われています。その際、七重塔が新たに1基設置されるのですが、その意義は、すでにご承知のように、私たちの運動が目指す「世界平和実現」を祈るためです。 
 
 すでに何回も触れているので簡単に申し上げますが、七重塔の「7」は「完成」とか「すべて」を象徴する数字で、そのデザインを見れば分かるように、天地を貫く1本の中心線に沿って7つの社が結ばれているのが、七重塔です。この「社」が象徴するものは、「宗教」であり、「大陸」であり、「民族」であり、「文化」であり、「世代」であり、「生物種」であり、私たちの運動の「拠点」(組織)である、ということでした。 
 
 これらすべてが“神の御心”に中心帰一して、それぞれの特徴を生かし、相互に争わず、助け合いながら繁栄している――というのが実相世界の構図です。私たちの運動は、その構図を現象世界に表す運動ですから、世界平和実現の運動であるわけです。それも、単なる政治的な平和ではなく、宗教心において、地理的な関係において、民族関係において、文化において、世代間、生物間の関係において、運動組織において、平和が現れるのが目的です。 
 
 しかし、この現象世界はご存じのように、その方向とはむしろ逆方向に動いているように感じられます。世界全体のことよりも、自分の利益を第一に考えるような動きが各地に拡がっています。「アメリカ・ファースト」を唱える大統領が登場し、イギリスはEUからの離脱を決め、日本でも「国益」を強調する首相が人気を博し、最近では「都民ファースト」を唱える政治家に率いられた地域政党が、都議会選挙で大躍進を遂げました。 
 
 旧約聖書の『創世記』には、有名な「バベルの塔」の物語があります。 その昔、人間は神に近づこうとして、協力して高い塔を建てはじめたが、それを見た神が驚き、人間の企てを成功させないために、それまで一つの言語しか使っていなかった人々を、別々の言語を話すようにしてしまった――そういう物語でした。言語が別だと人間は相互のコミュニケーションが難しくなり、協力関係が壊れてしまうので、高い塔を建てることができなくなるのです。 
 
 『創世記』第11章から、実際の記述を引用いたします―― 
 
「全地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互いに言った、“さあ、れんがを造って、よく焼こう”。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。彼らはまた言った、“さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう”。時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、“民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう。”こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。」(1~9節) 
 
 最近の日本内外の情勢を見ていると、私はなぜかこの物語を思い出すのであります。人間は科学技術を高度に発達させて、人間の利益のためだけに自然界を改変しつつあることは、ご存じの通りです。遺伝子組み換えや、地球上に存在しなかった新物質の製造、自然の現象である人間の肉体の老化を克服するための再生医療の研究、原子力発電所の増設による放射性物質の大量製造、生物多様性の破壊、人工生物の製造、人工知能の開発--これらは皆、昔は“神の領域”にあり、人間には実現不可能と考えられていたことですが、これらを人類が自分たちだけのために開発し、発達させ、産業化しようとしているのが現状です。それは、バベルの塔が象徴する「神の力を得ようとする努力」だと言うことができます。 
 
 このように、自己利益の増大のためならば、他の生物や地球環境の破壊も顧みないという生き方が展開されると、私たちの人間社会の結束は崩壊する方向に向かう--私はそういうメッセージを「バベルの塔」の物語から読み取るのであります。それは、この物語は、歴史的事実としてではなく、象徴的な物語として解釈するからです。「言語がバラバラになる」ことは、「共通語を失う」ということ、さらには「世界への共通認識や共通理解を失う」ことを意味すると考えられます。トランプ政権の登場、英国のEU離脱、難民の大量発生と受け入れ拒否、日本を含む国益第一主義の外交の拡大などは皆、この「共通認識を失う」ところから生じていると考えられます。 
 
 このバベルの塔の「バベル」は、ヘブライ語の「バビロン」のことです。ヘブライの人たちはこれを本来の“神の門”という意味にではなく、「乱す(confuse)」という意味の「バラール(balal)」と結びつけて、人類の罪の増大に対する神の対応がここに描かれていると解釈したのです。 
 
 私の手元にある『西洋シンボル事典--キリスト教美術の記号とイメージ』という本の「塔」の項には、次のように書かれています-- 
 
「すべての塔がまず誘う連想は、バベルの塔である。バベルの塔は、かつて存在した天と地との間の軸を人間の手で人工的に復旧し、それによって神の座まで上がろうとする試みであった。この塔は、シュメル=バビロニアのジッグラトに基づくもので、際限なく思いあがって、それでいながら人間の枠から一歩も踏みだすことのできない傲慢な人間の象徴である。」 
 
 私も、この解釈は正しいと思います。ただし、この場合の「神」とは、私たちが信仰の対象とする唯一絶対神のことではなく、「心の法則」を擬人化したものです。簡単に言えば、「奪うものは奪われる」という法則です。「他から奪うことで自分が拡大する」という考え方は、実相世界への信仰とはまったく異なる、一種の唯物論です。このような考え方に人類がこれ以上向かわないように、私たちの運動は今、「人間・神の子」の真理にもとづいて「自然と共に伸びる」ことを強調し、「神・自然・人間は本来一体」であることを訴えています。訴えるだけでなく、私たちの実際生活の中で、また、プロジェクト型組織の活動を通して、この理想を具体的に実践することを進めています。それが、“新しい文明”の基礎を作ることになるでしょう。 
 
 “旧い文明”は「自然から奪うことで人間は栄える」という思想に動かされていて、相当の発達をとげていますが、結局、自然を破壊することで人間同士が破壊に向かう方向に進んでいます。“新しい文明”はこれとは逆に、「自然に与え返すことで人間は幸福になる」という信仰にもとづくものです。それは「奪うものは奪われる」という方向にではなく、「与えるものは与えられる」という方向に心の法則を働かせる運動です。これによって万物調和、万教包容の道が開かれ、本当の意味での世界平和が実現します。つまり、七重塔は、バベルの塔の間違いを正す実相顕現運動の象徴であります。 
 
 そういう広大で、壮大な計画の基盤となる「万教包容の御祭」を今日、皆さまと共に、親しく執り行わさせていただけたことを、心から感謝申し上げます。これをもって私の本日の所感といたします。  
 ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

| | コメント (1)

2017年6月17日 (土)

人類は経済発展では救われない

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山の谷口家奥津城において「谷口雅春大聖師三十二年祭」が執り行われた。奥津城前の広場には、秋田、岩手、宮城、茨城、千葉、東京、山梨、長野、広島、山口、徳島の各地から、団体参拝練成会に参加した幹部・信徒を初め、地元・長崎県の信徒らが合計で7百余名参集し、焼香や玉串拝礼で誠を捧げ、生前の谷口雅春先生の遺徳を偲び、人類光明化と国際平和進展を誓うと共に、“自然と共に伸びる”新しい文明構築の決意を新たにした。 
 
 私は同祭の最後に概略、以下のような挨拶をさせていただいた: 
---------------------------------------- 
 
 皆さん、本日は谷口雅春大聖師三十二年祭にお集まりくださり、誠にありがとうございます。 
 
 谷口雅春先生が御在世の頃、特に生長の家を輝子先生とともに創始されたころの日本は、また当時の日本を取り囲む世界はどんな状況であったかということは、もう歴史の一部となっているので、知らない人、知っていても忘れてしまった人など数多くあると思います。幸い、この生長の家総本山には、「温故資料館」というのがあって、生長の家の歴史について詳しく教えてくれる大切な資料が保管されているので、折々の展示によって、私たちは雅春先生と輝子先生のご功績とその時代の様相を確かめることができるのであります。 
 
 私たちは、歴史の中のそれぞれの事象--例えば、『生長の家』誌創刊号の発刊とか総本山の建立ーーなどから学ぶことは勿論大切ですが、さらに重要なのは、「世界の中の日本」という、より大きな歴史の流れの中で個々の事象を捉え、理解することです。また、最近では、「地球環境の中の人類」という視点も求められています。特に現代の歴史では、変化のスピードがとても速まり、「加速度的」といっていい変化が世界的に起こっているので、私たちは変化する日常生活に対応するのに忙しく、一時代前の世界や日本の実情を忘れてしまっていることが多いものです。そうすると、生長の家の教えや運動の中で、何が不変で重要なものなのか、また何が社会の変化に対応するための臨機の教えであり、変化していい、時代応現の運動方策であるかの区別ができなくなる恐れが生じます。私がよく使う言葉でいえば、何が教えの“中心部分”であって、何が“周縁部分”であるかの区別が難しくなる、ということです。 
 
 谷口雅春先生がご在世の期間でも、歴史の中では大きな変化が何度も起こりました。それはご存じのように、日本が近代化の過程で世界を敵に回して戦争をやり、それに敗れ、経済としては“どん底”の状態となり、やがて「貿易立国」を選んだことが奏功して、急速な経済発展を遂げ、今日に至っているということです。 
 
 この大きな変化の中でも、谷口雅春先生は一貫して「人間は神の子である」という真理を説かれました。それは、人間の本質は物質ではなく、肉体ではないということでした。先生は、人間は物質でも肉体でもないのだから、「物質的豊かさや肉体的快楽からは、人間の幸福は決して来たらない」と力説されてきたのです。そして、日本が経済発展を遂げて、アメリカに次いで世界第2位のGNPを生み出すようになっても、ご自身の生活は質素で慎ましやかでした。このことは今日、強調してもしすぎることがないほど大切なことだと私は考えます。物質的繁栄は宗教の目的ではないから、宗教家は収入が増えても贅沢な生活を拒む、ということです。このことは、雅春先生御夫妻だけでなく、二代目総裁を継いだ、谷口清超先生御夫妻についても言えることです。 
 
 生長の家には「栄える会」という組織があるので、まだ教えに触れてまもない初信の人の中には、入信の目的は経済的発展だと考えたり、 経済的豊かさの程度が信仰の深さを示す、などという間違った考えをもつ人がいます。しかし、経済的発展はあくまでも「現象」ですから、現象を追うための信仰は、いずれ必ず破綻します。生長の家は、神の御心を表す運動です。そのことを第一の目的にするのが、本当の信仰運動であり、その結果、運動している人が経済的に豊かになるかもしれないが、そうでない場合もある。「まず神の国と神の義とを求めよ。その余のものは汝らに加えらるべし」とイエスが説かれた通りです。 
 
 ですから、「経済的発展のためには手段を選ばない」というのは、生長の家とは無縁の考え方です。それは唯物論です。だから、そういう政策を高く掲げる政治家を支援するのが、本来の生長の家の運動だと主張する人がいたとしたら、それはまったくの間違いです。ところが、その同じ政治家が「憲法改正」を提言すれば、「あぁ、これは谷口雅春先生と同じだ!」と考えて、その政治家を批判する今の生長の家の運動は間違っている、と考える人がいるようです。そういう人は唯物論に毒されてしまったか、あるいは生長の家の昔の運動の表面だけを見て、時代応現の宗教運動の重要性が分からない人です。 
 
 私たち生長の家は、昨年のちょうどこの時期に、現在の自民党政権とそれを支援する政治勢力を支持しないという方針を明確にしました。これによって、私たちの運動を唯物論と勘違いしたり、表面的にしか理解しない人々が動揺し、私たちの説得にもかかわらず去っていったことはとても残念なことです。しかし、あれから1年を経過してみて、今の自民党のやり方がとても危険であることが、多くの人には理解できてきたのではないでしょうか? 2日前に、戦前の治安維持法を思い出させる「共謀罪」の考え方を導入した法律が国会で成立しました。有無を言わせぬ多数決が行われたことは、報道が伝える通りです。それと並行して、権力者に近い人間ならば、行政は例外的に有利な処理をすべきだとの考えを、現政権のトップがもっていることを示す証拠が、次々に暴露されつつあります。これは英語で「ネポティズム(nepotism)」と呼ばれるもので、アフリカやラテン・アメリカ、東南アジアの一部の国々では行われていますが、民主政治が定着した先進諸国では忌み嫌われている、時代遅れの考え方です。不公正な政治であり、腐敗の温床になるものです。 
 
 私たちは今の政治の表面的なスローガンとか、カッコ良さにだまされてはいけません。その個人的な人気を利用して、自分の立場や仕事に有利に動こうとするのは間違いです。「まず神の国と神の義とを求める」という信仰運動の原点に立ち還らねばなりません。物質主義を謳歌しようとするのではなく、「人間・神の子」の自覚のもとに、人類とすべての生物を育んできたこの貴重な生命体としての地球を破壊から護るために、実生活に仏の四無量心を表していく生き方を力強く進めていかねばなりません。人間と地球生命の平和は、経済発展によって、人間だけの繁栄によってもたらされるものではありません。それは、私たち人類の「他を思いやる心」「自他一体の自覚」の実践によって初めて実現するのです。 
 
 そのことを谷口雅春先生は、今から50年前(昭和42年)に発行された『栄える生活365章』の「はしがき」で、はっきりと述べておられます。引用しましょう-- 
 
 「人間は幸福を求めて此処まで来た。そして物質的方面での幸福はある程度目的を達した。と同時に、これ以上物質的方面からのみ人間の幸福を追求していると、空気の汚染や河川の汚染や更に人間の心の汚染で、各方面から色々の公害を惹き起し、原子戦争の危機まで間近に迫って来つつあるのが現状である。物質文明の轍(わだち)の進むところ、重力で加速度が加わるように、その位の満足の程度で物質文明の発達を一応停止して、幸福に平和に今を安全に生活した方がよいではないかと提言したとて、互いに競争的に各方面に進歩しつつある物質文明が、今までの惰力で奈落の底へと向けて突進して行くのを停止せしめることはできそうにはないのである。 
  こうして人類絶滅の危機に向ってひた走っている人類の文明という高速車を停止せしめることができないとするならば、これを救う道は、その高速車を停止せしめるのではなく方向転換させるほかはないのである。」(pp.1-2) 
 
 これは昭和42年/1967年に書かれた先生の文章です。この1967年という年は、地球環境が人間の活動によって破壊されつつあることが、まだ明確には人類に意識されていなかった頃です。しかし、公害問題は深刻化していて、それを訴える『沈黙の春』という本をレイチェル・カーソンが出版して5年たっていました。「生態系」という言葉は、今では学校で当たり前に学びますが、その言葉が学問の分野初めて使われたのは1935年ですから、まだ三十数年しかたっておらず、生態学も日本ではあまり知られていませんでした。それでも谷口雅春先生は、これほどの危機感をもって唯物主義の拡大を憂えておられたということを知ってください。 
 
 現在の私たちは、この雅春先生の危機感を共有するばかりでなく、その危機を克服する信仰を譲り受け、さらに危機の到来を防ぐための技術をもち、その技術を実際に使うことができるという恵まれた立場にあるのです。この信仰運動の“本筋”を忘れてはいけません。人間は自己内在の仏性の自覚、「人間・神の子」の自覚によって救われるのであって、技術や経済的富の拡大によって救われるのではありません。 
 
 谷口雅春大聖師三十二年祭にあたって、皆さんと共に、「人間・神の子」の自覚をさらに深め、もっともっと多くの人々にそれをお伝えし、伝えるだけでなく、自らの仕事と生活の中で実践し、“自然と共に伸びる”新しい文明の基礎をつくるために邁進していく決意を新たにするものであります。これをもって谷口雅春大聖師三十二年祭の所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
----------------------------- 
 谷口 雅宣

| | コメント (1)

2017年4月24日 (月)

“愛のある秩序”の実現へ

 今日は澄みきった晴天のもと、午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山で「谷口輝子聖姉二十九年祭」が執り行われた。御祭が行われた谷口家奥津城前の広場には、地元・長崎南部教区、同北部教区の幹部・信徒など百余名が参集し、谷口輝子聖姉の遺徳を偲び、人類光明化運動・国際平和信仰運動の益々の進展を誓い合った。本年祭の模様は一部、インターネットを経由して全世界に中継された。 
 
 私は御祭の最後に概略、以下のような挨拶を行った-- 
 
------------------------------ 
  皆さん、今日は「谷口輝子聖姉二十九年祭」にお集まりくださり、誠にありがとうございます。谷口輝子先生は、生長の家創始者、谷口雅春先生の妻として、生長の家の人類光明化運動を力強く支え、今日の私たちの運動の基盤を整えてくださいました。皆さまもご存じのように、現在の私たちの運動は、生長の家白鳩会が主力となって展開されていますから、初代の白鳩会総裁だった谷口輝子先生の御功績は、雅春先生よりも目立たないかもしれませんが、大変大きなものであります。 
 
 今日は、その輝子先生が書かれたご著書の中から、夫婦関係、家族関係について書かれたものの一つを紹介し、生前、輝子先生がどのようなお考えとお気持をもって運動を進めてこられたかを学ぶ機会にしたいと考えます。 
 
 ここに持って来たのは、輝子先生が昭和33年に出版された『光をみつめて』というご著書です。この中に「秩序といういふこと」という随筆がありますが、そこに昭和31(1956)年の3月号の『生長の家』誌に掲載された家族写真について触れたご文章があるのであります。今から61年も前の写真ですが、その頃には私はすでに生まれていて4~5歳の年齢でしたから、家族写真には総勢8人が写っています。谷口雅春先生ご夫妻と、清超先生ご夫妻、そして私を含めた4人の孫です。3月号に載った写真ですから、それより2カ月前の元旦に撮影されていて、大人たちは皆、着物の正装です。この8人がどういう順番に並んでいるかを皆さん、想像してみてください。『生長の家』誌3月号の口絵として掲載された写真です。 
 
 その写真を見て、輝子先生に投書してきた人がいるのですが、その投書の内容を紹介します-- 
 
「3月号の『生長の家』誌の御家族の御写真を拝見して以来今日まで、十数日考えましたが、思い切って御尋ねいたします。何故、総裁先生と若先生が真中で、大奥様と若奥様を外側へ立たせられているのですか。家長中心と云うことは知っていますが、せめて総裁先生と大奥様とを真中にして、若先生御夫婦は両側に立たせられませぬか、西洋臭くなりますが、お二人の奥様を中にして、先生お二人が外側に立たせられた方が自然のように思われます。主人が中心ではあるが、婦人のカヨワさを護られる意味の(愛)現れが必要ではありませんか。あのお写真は如何にも不自然に見えます。何かに拘泥(とらわれ)がありませんか。動物でも、女性を保護します。何かの機会に御答え下さい。」(同書、p.87. 原文は旧漢字旧カナ遣い) 
 
 こういう内容の葉書が届いたというのであります。葉書の主は女性ではなく、男性です。輝子先生はこの男性の意見に対して、次のように書いておられます-- 
 
「この一誌友の言われる通り、女性は男性に比して肉体的には骨格も逞しくなく、筋肉も強くなく、身長も短いし、精神的にも男性の雄々しさに比べて、やさしく柔かいのが天性であるから、この人の言われるごとくカヨワい存在であるかも知れない。男性はその力強い手によって女性に力を貸し、保護すべき時は大いに保護していただきたいものである。 
  しかし、いつどのような場合でも、男性は女性に手を貸さねばならないであろうか。否と私は言いたい。カヨワいと言われる女性でも、事柄によっては、誰の手も借りないで立派に処理出来るばかりでなく、男性に手を貸すことも屡々(しばしば)あるのである。女性は外面的には優しく弱弱しく見えているけれども、時に応じては、男性に劣らぬ健気(けなげ)な働きをする力を内に蔵してもいるものである。どんな場合に男性は女性を保護すべきであるか、それは人、時、処をわきまえなければならないと思う。男性は女性を保護すべき者だと云うことにとらわれて、無闇に女性を甘やかしてはならない。時には、冷ややかそうに見過ごすことによって、女性は自分に内蔵されている逞しい実力を発揮させることが出来ることもある。今、この時にこの場合に於いて、如何に処すのがふさわしいかを考えて行動しなければならない。」(pp.87-88) 
 
 ここには、男女の違いについての輝子先生のお考えが書かれていると解釈できます。外面的、肉体的には男性は女性を上回ることがほとんどだが、内面的、精神的には女性は男性に劣ることはない、というお考えです。では、これが男女関係だけでなく、夫婦関係、家族関係に拡がっていくとどうなるか--それについて、輝子先生は次のように書かれています-- 
 
「写真を撮るとき、女性をカヨワいと意識して並べ方を考える必要はないと私は思う。あの場合、私は、雄々しいだの繊(か)弱いだのとは考えていなかった。ふた夫婦が上段に並んで、子供たちは姉から妹(いもうと)弟(おとうと)へと順序よく並べただけであった。二夫婦のうち、夫が中心に立つか、妻が中心に立つか、それをいずれと迷う人などあろうとは思わない。夫が主であって妻が副であることは当然の秩序である。」 
 
 --このように書かれています。男女が結ばれて家族を構成するときには、男女の肉体的、精神的な強弱のことなど意識するのではなく、一つの有機体として、生命体としての「家族」はどうあるべきかを考えて--言い換えれば、家族構成員のそれぞれの“機能”をもとにして順序を考える、ということですね。これは極めて合理的なお考えだと私は思います。その場合、忘れてはならないことは、誰が家族の“中心”か、ということです。また、夫婦が2組いるときには、どちらが“軸”の役割をするかということです。 
 
 しかし、その一方で、家族はいつもこういう原理原則や機能本位で生きているわけではありません。このような“固定的”な関係では息がつまってしまうし、第一不自然です。そこには当然、家族相互の愛情や喜怒哀楽が自由に表現される“流動的”な関係があるはずです。そこで、輝子先生は次のように、書かれています-- 
 
「私たちは、家庭に於いて時々写真を撮って貰うことがある。不断着のままで、室内で撮ったり、庭で撮ったり、親を中心に撮ったり、子供たちを中心に撮ったり、いろいろな撮り方をして貰うことがある。いちいち窮屈に親を中心とばかり考えていては、有りのままの面白い写真は撮れないものである。 
 三月号に載った写真は、元旦に於ける、紋服と云う正装をしたものであった。不断着でふざけている姿ではないのであった。正装をした場合は、秩序に従って整然と列び、紋服にふさわしく、子供と雖も、礼儀正しく立っているのである。凡(すべ)て、その時に、その場に相応しくあるのが正しい在り方なのである。」(p.89) 
 
 このような輝子先生のお考えを知ってみると、私たちは生長の家が人・時・処のそれぞれに適応した柔軟で、自由な考えの中で進展してきたということが分かるのであります。それは、「勝手気まま」というのではなく、さりとて原理原則を貫いて「型にはめる」のでもない。社会の公的、正式な場ではきちんと秩序を重んじながらも、それ以外では、構成員それぞれの個性と時と場所に合った生き方を薦め、応援する。そのように「規律と愛」「秩序と自由」が共存するような関係が、輝子先生がおっしゃる「正しい在り方」なのであり、それが私たち生長の家の目標とするものでもある、と思うのであります。 
 
 私たちが進めている光明化運動も、白・相・青という三つの組織が大きな枠組みや秩序として続いていて、その組織内には役職者と一般会員など、どちらかというと階層的な役割分担があります。しかしそれだけでは、「型にはまった」固定的で、つまらない運動になる恐れがあります。そこで最近では、三つの組織に囚れない、組織協働的、組織横断的な活動--例えば「自然の恵みフェスタ」や、会員個人の趣味や特技や個性を生かし、従来の組織の制約を超えた「プロジェクト型組織」などが推進されているのであります。 
 
 もし皆さんの中に、こんなカタカナの名前のものは谷口雅春先生や輝子先生の時代にはなかったから、“余計な運動”だと考えられている人がいたならば、どうかそうではないことを理解し、そのことをお伝えしていただきたい。生長の家は、ゴリゴリの上意下達の軍隊のような組織ではありません。有機的な運動としての秩序を重んじますが、その運動を展開する人々の間には、血の通った家族同士のような、愛と知恵と命に溢れた温かい関係がなければなりません。谷口輝子先生は、そういう“愛のある秩序”を希求された人であることをこの機会にぜひ確認されて、これからの運動を先生の御心に沿う形で喜びをもって伸び伸びと展開してまいりたいと念願いたします。 
 
 これをもちまして「谷口輝子聖姉二十九年祭」に当たっての所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

| | コメント (0)

2017年3月11日 (土)

自然界に“与え返す”生き方

 今日は午前10時から、山梨県北杜市にある生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで「神・自然・人間の大調和祈念祭」が厳かに行われた。会場には、主としてオフィス勤務の職員が集まったが、御祭の様子はインターネットを通じて国内外に中継され、前もって通知されていた全国の教化部や海外伝道本部等でも、多くの信徒が同祭典には間接的に参列した。 
 
 私は「四無量心を行ずる神想観」の先導をさせていただき、御祭の最後に概略、以下のような所感を述べた-- 
 
----------------------------------------- 
 皆さま、本日は「神・自然・人間の大調和祈念祭」に参列いただき、ありがとうございます。 
 
  今日は「東日本大震災」と呼ばれるようになった大地震が起こって、ちょうど6年がたった日です。私はその時、東京・原宿にあった生長の家本部にいて、確定申告の締め切り日が近かったものですから、税理士さんと打ち合わせをしていました。私の執務室は細長い6階建ての建物の最上階にあったので、東京は「震度5強」ですから、相当揺れたのであります。危険を感じた私は、まずデスクの下に潜り込みましたが、余震が続くので、階段を使って降り結局、建物の外へ避難しました。 
 
  皆さんもきっと、あの日のそれぞれの体験を、まだ生々しく記憶されていることと思います。私の記憶は、先ほど述べたような個人的なものにとどまりません。ご存じのように、白鳩会総裁が朗読された「自然と人間との大調和を観ずる祈り」は、大地震の6日後の「3月17日」のブログに発表したものです。だから一種“公的”にも、私はあの祈りの言葉を読むたびに、5年間ずっと、そして今でも震災のことを思い出します。特にその中の-- 
 
 「人間よもっと謙虚であれ」
 「自然の一部であることを自覚せよ」
 「自然と一体の自己を回復せよ」 
 
 という言葉が、心の中に染み入るのであります。 
 
 また、今日、地球の温暖化とともに世界中で気候変動が益々深刻化していますが、そういう災害や被害を見聞するたびに、この祈りにある次の言葉が思い出されるのであります-- 
 「人間が自然を敵視すれば、その迷い心の反映として、自然の側から“敵”として扱われるような事態が現れてくるのである。」 
 
 私たち人類は、自然界を「全体」として受け入れるのではなく、「一部」だけを取り出してそれを偏愛し、他の部分を嫌って遠ざけたり破壊することによって、現代文明を築き上げてきました。だから今、洪水や旱魃、暴風雨の襲来などを頻繁に伴う気候変動に直面している。そのことを、この祈りの言葉は指摘しているのです。 
 
 その一方で、私たちは「自然界に甘える」--という心理ももち続けてきました。これは「自然からどんなに奪っても、自然は黙って与え続けてくれるだろう」という自分勝手で、甘ったれた子供のような考え方であり感情です。私たちの中には、自然界を擬人化して、無限に与え続ける“お母さん”だと考える傾向があります。だから、「母なる自然」という言葉があり、英語にも「Mother Nature」という言い方があります。しかし、それはずいぶん人間本位の、人間至上主義的なご都合主義の裏返しです。私たちは自然から奪うことで一時的に“幸福”を感じることがあっても、その幸福は決して長続きせず、かえって心の寂しさを増幅することになる。奪うのではなく、自然に与え、自然を育てることで、もっと永続性と広がりのある幸福感が、人間には生まれるし、人間は魂的にも成長し、深い満足感を得ることができる。このことは、ペットを飼ったり、作物を育てたり、森の手入れをしている人にはよく分かるでしょう。 
 
 子供は小さいときは、母から与えられることを当然に思い、母に要求し、母から奪いながら成長します。しかし、成人して人生経験を重ねるにつれて、親の立場を理解するようになりますから、母をいたわり、母を護り、母に与え返すことで、より深い満足を得、人間的に成長します。これは個人の人生の一般的姿です。人類全体と自然界との関係も、これと同じように「ギブ・アンド・テイク」あるいは「テイク・アンド・ギブ」とも表現できるような、双方向的な“与える”動きがなければならないと、私は考えます。自然から奪うだけではなく、与えることができて、初めて人類は進歩したと言えるでしょう。ところが、産業革命以来の人類全体の生き方は、自然から単に奪うだけでしたから、まだ“子ども”と変わらない状態です。しかし、これからは自然破壊は人類破壊につながりますから、自然に対して“与える”こと“与え返す”ことで喜びを感じるような人々が、もっともっと増えていかねばなりません。 
 
 私は最近、『おおきな木』という絵本と出会いました。いや、もっと正確に言うと、出会ってからは4~5年たっているのですが、きちんと本を開いて中身をしっかりと読んだのは最近だということです。この本は、アメリカのシェル・シルヴァスタインという絵本作家の作品で、1964年に出版されて以来、今日まで38カ国で900万部を超える数が売られているロングセラーですから、皆さんの中にも読んだ方はいると思います。日本語版は現在、作家の村上春樹さんの訳で「あすなろ書房」から出ています。実は、この本のことは、谷口純子・白鳩会総裁が2013年10月号の『日時計24』に掲載された「“ただ与える”こと」というエッセイの中で紹介しているのです。 
 
 このたび彼女の著書が『この星で生きる』という題名で出ることになり、そこにこのエッセイが収録されているので、その文章を引用しながら絵本の内容を紹介しましょう-- 
 
「ある所にリンゴの木があった。その木は小さな少年を愛した。少年も木が好きで、毎日木のところに来て、葉っぱを拾ったり、木に登って遊んだり、リンゴを食べたりした。やがて少年は成長して、あまり遊びに来なくなり、木は寂しくなった。そんなある日、少年はまた木のところにやってきたが、自分は大きくなりすぎてもう木では遊べないと言う。それよりお金がおしい、と木にねだる。木は自分はお金は持っていないが、自分の枝に実ったリンゴを売ればいいという。そこで少年は、リンゴを抱えて帰っていく。木は、その後ろ姿を見て幸せを感じる。 
 何年もたち、少年は成長し、ある日またリンゴの木を訪れる。そして、“家がほしい”と木に頼む。木は自分の枝を切って家を作ればいいという。少年はリンゴの枝を伐って家を建てる。少年の役に立って、リンゴの木は幸せだった。 
 さらに何年もたち、少年は中年になって木のところへやってくる。そして、“遠くへ行くためにボートがほしい”と木にねだる。木は自分を切り倒してボートを作ればいいという。リンゴの木は倒され、切り株だけが残る。 
 やがて、さらに何年もたった後に、年老いた少年がやってくる。彼はもう何もほしがらないが、疲れたので休みたいという。そこで木は、切り株になった自分に座って休めばいいと言い、少年はそれに従い、木は幸せを感じる。」 
 
 --まあ、ストーリーはこう展開します。この物語と絵から生まれる解釈には、いろいろのものがあるでしょう。その1つは、リンゴの木は、少年から愛されること以外は何も求めず、ただ自分の命を与え続けていくという“無償の愛”を象徴しているという解釈です。しかし私は、ここにある「リンゴの木」を「自然界の代表」と捉え、「少年」を「人間の代表」として見る解釈もできると思いました。すると、次のようなストーリーを物語に重ねることができます-- 
 
 人間は昔、自然と共に生き、自然界の恩恵をふんだんにもらって生きていたが、時代の流れとともに、行動範囲が拡大し、自然との触れ合いが減り、さらには自然が犠牲になることを顧みず、自分勝手な要求をして自然を傷めつけながら、家を建て、船を作り、そして自然の生命力を極端に小さなものにしてしまった。しかし、「自然の懐で休みたい」という生来の感情を否定できず、自然のもとにもどってくるのだが、その時には、すでに人間は老いて生命力も衰え、自然も人間の生命を回復させるのに必要な力を失っている-- 
 
 これは、現代の人類が直面することになる、あるいはすでに一部で直面している地球上の出来事ではないでしょうか。このような解釈をすると、『おおきな木』という絵本は、痛烈な文明批判と予言とを内包した作品だと見ることができます。 
 
 では、私たちは、人類と自然界とをこのような悲惨で寂しい状態に陥らせないために、何をしたらいいのでしょうか? その答えは、この絵本が意識的に省略していること--つまり、作者シルヴァスタインが、この物語を寂しく悲しい結末に結びつけるために、敢えて描かなかったことはないか、を考えてみればいいでしょう。私たちは、オフィスを“森の中”に移転し、毎日、自然界と密接な関係のもとに業務を進めていますから、自然と人間との関係で、この絵本から抜け落ちていることを見つけることは、簡単にできると思います。それは何でしょうか? 
 
 それはすでに、私が述べたことの中に含まれます。人間は“母なる自然”から奪うだけでなく、与えることができるし、そうすべきであると申し上げました。その点を考えてみてください。私たちは、リンゴの実から種をとって殖やすことができます。また、リンゴの木に栄養を与えることができます。これは化学肥料である必要はまったくない。森を育てて土を豊かにし、生物多様性を拡大して、自然界全体の生命力を向上させることで、土は豊かになります。このような自然界に与え返すことを、私たちはオフィスと周辺の森の中で「自然を伸ばす活動」として実践してきました。これは、自然と人間との「ギブ・アンド・テイク」を実践することですから、「テイク」ばかりを進めてきた“旧い文明”とは異なる“新しい文明”に向かう先進的な活動と言えるのです。別の言い方をすれば、私たちは自然に“甘えて”ばかりいた生き方を改めて、自然に“与え返す”生き方を進めていくのです。 
 
 私たち生長の家は、今後さらに、この生き方を3つの“プロジェクト型組織”を通して全国に、さらには全世界に展開していく途上にあります。皆さんのご理解と、温かいご協力、そして斬新で、積極的なアイディアをいただきながら、この運動をぜひ、大成功に導きたいと心から念願するしだいです。それが、東日本大震災とそれに伴う津波によって霊界に旅立たれた多くの人々に対する、私たちの心からの追悼とご恩返しの表現だと信ずるのであります。 
 
 それではこれをもって、「神・自然・人間の大調和祈念祭」での所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

| | コメント (2)

2017年1月16日 (月)

凡庸の唄 (7)

 凡庸はときどき考える――
 先を目指し
 縦方向へ上ることに
 しのぎを削る人たちが、
 もっと周囲に気を配り、
 横方向に意識をひろげ、
 競争するのではなく、
 協働することに
 喜びを見出す生き方に
 転じてくれる日のことを。
 人より秀でることは
 確かに素晴らしい。
 記録を塗り変えることは
 称讃に値する。
 優秀な作品や商品や
 サービスを創造することは、
 人間社会への大なる貢献だ。
 しかし、人間社会は
 地球のごく一部だ。
 そのために森林の破壊に目を閉じ、
 生物種や資源が減っていくのを顧みず、
 地球全体を暖める原因をつくることは、
 人間社会を超えて横方向に拡がる
 広大な生物共存の世界を壊すことだ。
 天と地と人との
 仕合わせを否定することだ。
 凡庸は思う――
 それはきっと彼らの本心ではないと。
 先を見て急ぎすぎるために、
 彼らの視野が狭まり
 周囲の豊かな世界、
 豊潤で知恵に溢れた地球世界を
 味わい楽しむ余裕がない。
 もっと凡庸であれば、
 心が開き拡大して
 世界に滲(にじ)み出ていくから、
 彼らだって
 人・物・事の結びつきが
 自分の幸せだと合点する。
 地球世界から分離しない
 本来の自分が感じられるに違いない。
 優秀と凡庸は
 本当は異質ではない。
 見ている方向が違うだけだ。
 優秀な彼らに
 凡庸の視点を与えよ。
 凡庸な我らに
 秀逸なる彼らの業績を与えよ。
 秀逸な才能の開花、
 秀逸な業績の実現は、
 実は
 凡庸の希望でもある。
 だから、大勢の凡庸は
 静かに彼らに協力し、
 応援している。
 凡庸は秀逸の母でありたいと願う。
 凡庸は秀逸を、
 人間社会だけでなく、
 地球世界の誇りにまで飛翔させたいと願う。
                        (了)
                   谷口 雅宣

| | コメント (0)

2017年1月14日 (土)

凡庸の唄 (6)

 凡庸と敗北主義を
 混同してはいけない。
 敗北主義は“及び腰”の生き方だ。
 自信がなく
 勇気がなく
 屈従が
 密かな慣(ならい)となっている。
 それでいて、
 自分の殻に閉じこもり、
 他人を信じず
 白眼(はくがん)で見る精神から離れられない。
 凡庸はしかし、
 自分の殻をもたないのだ。
 たといもっていても、
 それを破る生き方が
 正しいことを知っている。
 凡庸は“粘り腰”の生き方だ。
 他人の主張を
 壁のようにはねつけるのではなく、
 扉を開けて受け入れ、
 理解しようとする。
 自分が彼だったら、
 何が本当に言いたいのか、
 心を澄まして感じ取り、
 自分の言葉に翻訳する。
 それが心に染み込んでいくのを
 時間をかけて快く感じる。
 こうなれば、
 自分と他人との壁は消える。
 否、
 本当は壁などないことに
 気がつくのだ。
 自分は他人であり、
 他人は自分の代弁者だ。
 自分の本心を
 他人の声の中に聴き、
 他人の声を
 自分の中に聴くことができる。
 これが、
 本当の“粘り腰”だ。
 他人はいないから、
 もう他人に小突かれ、
 押し出されることもない。

| | コメント (0)

2017年1月13日 (金)

凡庸の唄 (5)

 凡庸は、
 こんな機械の専制支配を
 笑いながら拒否するのだ。
 なぜ笑う――
 凡庸は機械の力を知っているのだ。
 機械に任せば
 仕事の効率は格段に向上する。
 出来栄えも一見、
 美しく
 正確で
 均整がとれている。
 規格通りの品が
 大量に、短時間で完成する。
 単価が下がり
 数多く売れるに違いない。
 が、しかし
 規格品は
 ボタンを押せば誰でも作れる。
 人が作るのではなく、
 機械が作るからだ。
 人間は、
 人間であることをやめ、
 ボタンを押すだけの機械になる。
 製作の技術が不要になるから、
 世界と人間との
 接点が希薄になる。
 世界に直接触れ、
 傷つけ疵(きず)ついているという
 切実な実感が失われる。
 ある物の製作が楽になっても
 別の物の製作ができず、
 応用がきかず、
 視野が狭くなる。
 それは、
 スペシャリゼーションと同じだ。
 
                      谷口 雅宣

| | コメント (0)

2017年1月12日 (木)

凡庸の唄 (4)

 凡庸の好きな言葉――
 下手の横好き。
 何事にも興味をもって当たること。
 関心を横に拡げることで
 世界の広さ、
 物事の豊かさ、
 人々の多様性、
 社会の許容量が実感できる。
 縦方向にだけ進んでいては、
 孤高の山は見えても
 牛馬が草食む草原、
 銀鱗ひらめく緑の湖(うみ)を
 見ることはできない。
 高山植物の名前を覚えられても、
 平地や森を彩る
 他の無数の植物について、
 花に来る虫たちについて、
 人に聞かねば分からない。
 分からなければ、
 彼らの助けを得られず、
 生きていけない。
 凡庸は
 雑学者であることを少しも恥じない。
 雑学は無知よりも数段優れている。
 スペシャリゼーションが
 もてはやされた時、
 凡庸はその道を断(ことわ)った。
 「下手の横好き」ができないからだ。
 白亜の城に囚われること――
 凡庸が最も嫌ったことだ。
 スペシャリゼーションの階段を昇っていくと、
 専門外が見えなくなる。
 専門外の知識を
 他に頼らねばならなくなる。
 知識だけでなく、
 技術も他人任せになる。
 技術が機械に移行した現代(いまのよ)では、
 機械に頼って生きなければならない。
 機械の指示に耳を傾け、
 目を皿にしてパネルを見つめ、
 マニュアルを片手に
 オロオロしながらボタンを押す。
 押し間違えて頭を抱える。
 いったいこれが人間の進歩か、
 文明の発展か。
                      谷口 雅宣

| | コメント (1)

より以前の記事一覧