“もの作り”で創造的人生を
これは昭和61年(1986)に発行された『豊かな人生を作ろう』という御著書の表紙カバーです。廃車になった車が積み上げられている写真ですが、それを使って「豊かな人生を作ろう」と仰っているのですから、この写真の例は、何でも安易に廃棄してしまう今の社会は本当は「豊かではない」ということを、暗に指摘されているのです。「はしがき」には、こう書いておられます--
これは昭和61年(1986)に発行された『豊かな人生を作ろう』という御著書の表紙カバーです。廃車になった車が積み上げられている写真ですが、それを使って「豊かな人生を作ろう」と仰っているのですから、この写真の例は、何でも安易に廃棄してしまう今の社会は本当は「豊かではない」ということを、暗に指摘されているのです。「はしがき」には、こう書いておられます--
“森の中のオフィス”で行われた「生長の家 自然の恵みフェスタ 2015」に出品したマグネットのもう一つには、「天女山」という名をつけた。天女山(1,529m)は、オフィスから車で5分ほど上がった山の名前で、オフィスとの標高差は250メートルほどあり、八ヶ岳の1つである権現岳(2,715m)の登山口になっている。しかし、このマグネットはその山の形をしているのではなく、山頂にある石碑を象ったものだ。この石碑は、日本各地の山々にある他の多くの石碑に比べて特に美しいとか、見事だというわけではないが、自転車で山頂まで登ったことのある人にとっては、特別の思い出や愛着があるはずだ。
というのは、この石碑の前で写真を撮ることが、「SNI自転車部」に属する本部職員の、一種のイニシエーションの儀式になっているからである。本部職員の寮は、いずれもオフィスより標高が低い土地にある。だから、職員が自転車通勤をするためには、長い坂道を登る“難行苦行”が避けられない。いわゆる「ヒルクライム」である。それができるようになるまでが第1段階で、次にはオフィスから天女山を目指す人が多い。そして、この第2段階に達した証拠として、登頂後にこの石碑の前で写真を撮り、それをSNSに掲示して他の部員から祝福を受けるのである。左の写真は、今年のフェスタで「天女山ヒルクライム」に参加した(左から)ブラジル、台湾、アメリカの招待選手である。
オフィスでの「自然の恵みフェスタ」では、「天女山ヒルクライム」という自転車イベントの後に、この石碑の前で写真を撮った人が昨年も今年もたくさんいた。これらの人々にとっては、仲間とともに目標を目指し、苦しい中でも決して諦めず、ついに目標に達したという“達成感”の象徴が、この天女山頂の石碑である。その石碑のミニチュア版をマグネットにすれば、マグネットの購入者は日常生活の中で、仲間との連帯と目標達成の記憶が蘇ってくるのではないか……というのが、私の製作意図である。
「唐松(秋)」は、すでに製作したことがある「唐松(夏)」の秋バージョンだ。カラマツは日本の固有種のマツで、北海道を初め、山梨県から長野県一帯に多い樹木だ。私の自宅もカラマツ林の中にある。カラマツは典型的な陽樹で、日照が強い荒地など過酷な環境でも発芽し、生育する。その特徴を利用して、戦後の復興期に北海道や甲信地方に多くが植林された。首都圏の木材需要に応えるためである。木材としてはヤニが多く、スギやヒノキに比べて割れや狂いが出やすいことから、炭鉱の坑木や電柱などが主な用途だった。
この屋根の特徴を表現するために、“オフィス型”のマグネットは、横長の長方形の上端を右側に引き上げたような形をしている。当初、この独特の屋根の形を表現するために、オフィスの設計図にもとづいて、建物側面の正確なミニチュアを木材で作ってみた。それが右の写真である。 
「青々舎」とは、今から22年前の1993年、冷夏の影響で深刻なコメ不足が起こった時、個人輸入のルートを使って海外産米の入手を手助けした“団体”の名称である。団体とは書いたが、私一人が「代表」という立場で、輸入希望者の注文を海外の輸出業者に取り次いだだけで、団体のメンバーが何人もいたわけではない。そんな“団体”の名前が今、なぜ登場したかというと、今年の2月ごろから、私がクラフト(手工芸品)を製作した際に、完成品に付けるブランド名としてこの名称を採用したからだ。
最近、テントウムシをあしらった円形のマグネットを製作した。(=写真)なぜテントウムシか? テントウムシは、バラなどにつくアブラムシを食べてくれる“益虫”である。また私は、あの赤地に黒の斑点が7つついたナナホシテントウのデザインが好きである。色の組み合わせだけでなく、斑点の数が7つと少ないのがいい。ニジュウヤホシテントウという、斑点が28個もある黄色いテントウムシもいるが、デザインが煩雑すぎて親しみがあまり湧かない。ずいぶん勝手な言い草かもしれないが、好みは理屈ではなかなか説明できない。
脳科学の分野でも、「手」がもつ重要性は前から指摘されてきたことだ。ロジャー・ペンローズという先駆的脳科学者が作成した人間の大脳表面の“地図”がある。これは、大脳表面の神経を弱電気で刺激しながら、脳のどこを押せば体のどこが感じるかという実験を繰り返しながら完成した労作である。その詳しい説明は省略するが、この図を見て一目瞭然なことは、大脳表面に貼りついたように描かれた人体図では、顔と手とが異常に大きいということである。その理由は、人体のこの2カ所には、体の他の部位に比べて、それだけ多数の神経細胞が関係しているということだ。言い直すと、顔を動かす筋肉と顔から得る感覚--つまり表情、そして手を動かす筋肉と手から得る感覚--つまり、手の働きとは、人間の生存にとってきわめて重要な役割を果たしてきたということである。だから、私たち人間は、顔を使った表現とともに、手を使った表現がうまくいくと喜びを感じるのである。
次の③の条件は、製作者にとってはなかなか悩ましい。クラフト製品は、人間の手によって加工された製品だから、当然ながら「自然状態」ではない。だから、③では製品そのものではなく、それに使う「材料」の自然度が問題にされているのだ。が、加工に適した素材は、必ずしも自然度が高いとは言えない。例えば、木工製品を作る場合、近所のホームセンターへ行けば、寸法がそろったきれいな板や柱が簡単に手に入る。それは多くの場合、輸入材であったり、国産材でも遠くから運ばれてきたものである。これに対して、できるだけ自然度の高い木材とは、森に生えている木そのものである。これを個人が伐採して製材し、家具製作の材料にすることは現実的ではないし、だいたい素人には無理だ。というわけで、森の生木とホームセンターで売られている材木の“中間”に当たるような自然度の材木はないか、と考えてみる。すると、家を建てたあとに出る「廃材」のことが思い浮かぶのである。
私もこのグループに所属し、木材を使ったマグネットを出品した。冷蔵庫の側面などにくっつけて、メモなどを固定するための磁石だ。これを「木工品」と呼ぶことには異論があるかもしれない。なぜなら、磁石自体は木製でないからだ。木工で作るのは、その磁石をカバーして手で持つ部分である。その木の部分に、私は絵柄のデザインを使おうと思った。選んだ絵柄は、昔の切手と自作の絵である。切手は最近の通常切手ではつまらないので、昔の年賀切手を使った。自作の絵は、これまで描いてきたものの中からデジタル媒体によるものに限定した。その方が、用意がしやすく印刷が簡単だからだ。しかし、こういう方法を使うと、木工品でありながら、③の条件に合致する割合はどうしても低くなる。なぜなら、製作過程でパソコンやプリンターを使うからだ。また、プリンター用の“紙”も石油系の材料が混じった特殊なものを利用した。その方が、見栄えと耐用度が増すからだ。さらに、塗装はアクリル系の水性塗料とニスを使った。作業が容易だからだ。 2月初めに本欄に同じ題で書いたが、2月を「手紙を書く月」と決めて、毎日誰かに1通ずつ手紙を出すという企画に参加した。そして、当初目標だった「24人」への絵手紙/絵封筒の郵送を今日、終わった。どんなものを送ったかは、フェイスブックやポスティングジョイ上で発表している。この体験の感想をひと言でいえば、「大変だった」ということになるだろう。が、この大変さには、予想外の収穫を得た満足感が含まれている。
多くの読者はすでにご存じだが、私は絵が描くのが趣味だ。そして、生長の家講習会へ行くと旅先から絵封筒を出すことをノルマにしてきた。その理由は、人間というものは、環境が変わることで心がリセットされ、普段は「当たり前」だと感じてあまり注目しないことに注目したり、日常の惰性から離れて新しい事象や分野に興味をもつ可能性が開けるからである。いわゆる“旅人の目”で世界を見ることは、新しい発見や、深い洞察に達するよい機会になる。そういう機会があれば、自分が成長するのだからうれしい。また、それを絵や文章に表現することができれば、自分の喜びを他の人とも共有することができる。こうして社会に喜びが拡がっていくことは、生長の家の「日時計主義」の実践でもある。
そんな理由で、私は旅先からの絵封筒を描いてきたのだが、今回の挑戦は、「旅先」ではなく「日常」において同じことを実践するという点で、一つの挑戦だった。しかも、ほぼ毎日、何かを形にして、自分で眺めるのではなく、他人に送る--つまり、自分の手から放してしまうのである。大げさに言えば、これは仏の四無量心の表現の練習でもある。ということで、描いたものは結局、日常生活で当たり前に出会うものがほとんどだった。まず、絵手紙は干支のヘビの置物から始まり、使い古した歯磨きチューブ(2枚)、日向夏の切り口、妻が焼いたパン、街で配られていたサプリメントの小瓶、店で見つけた小型のランタン、シクラメンの花、紅い饅頭、十字架をモチーフにした錯視の例、古い文房具、陶製の小物入れ、ハート型煎餅、シイタケ2態、プリムラの鉢植え、南アフリカの求婚人形、湯たんぽ、旅行用文具、マフィン、陶製の雛人形、ブラジルの夫待ち人形、雪ダルマ、木製コインの23点。絵封筒は非常用のパンの缶詰、竹製箸置きの2点で、全部で25人に送ったから、目標を1人突破したことになる。
受け取った人たちは、ポスティングジョイ上で絵手紙の写真やスキャンした画像とともに感想を書いてくださったので、私の喜びは倍加したし、中にはご自分で撮影した写真や絵手紙を私宛に送ってくださった人もいる。これまたありがたく頂戴した。
これらのやりとりを通して学んだことは多いが、その1つは、人形をめぐる人々の考えの類似や相異である。生長の家講習会のために乗った飛行機の機内誌で「南アフリカの求婚人形」の写真を見つけ、それを絵手紙に描いたところ、サンパウロに住む人がブラジルにも似たような習慣があると教えてくれた。3月は日本でも雛祭りがあるから、それでは……というわけで、私が陶製の姫の雛を絵手紙にしたところ、同じブラジル人が、今度は自分の国の“夫待ち人形”の写真をメールで送ってくれた。そして、私はそれを絵手紙に描いた。この人形は、日本のコケシとそっくりな形をしているが、目鼻立ちや衣装はまるで違った。また、南アフリカの求婚人形とも形は違った。
形だけでなく、使い方も南アとブラジルでは微妙に違った。南アでは、男性が女性の家の前に“求婚人形”を置いてプロポーズをするが、ブラジルでは逆に、女性が“男の人形”を買って、それを枕元に置いて寝たり、もっと真剣な場合は、この“男の人形”を逆さまに土に埋めて、結婚相手の出現を待ち望むのだそうだ。そして、“本命”が現れたならば、土から出してあげるという。つまり、この人形に“未来の夫”の出現を頼む思いが強烈になると、「早く出現させてくれないと、ずっと土の中で逆さのままよ」という、一種の脅迫じみた思いとなるようだ。これを教えてくれたブラジル人がさらに言うには、この人形は「聖アンソニー人形」と呼ばれ、ポルトガルの首都、リスボンの守護神が聖アンソニーであることと関係があるという。かの国では聖アンソニーは“結びの神”の役割をするらしく、ポルトガルの植民地だったブラジルでは、だから聖アンソニーの日(6月12日)をバレンタインデーとして祝うそうだ。
男女関係に関連させて「人形」をどう見立て、どう扱うかが、日本、南アフリカ、ポルトガル/ブラジルの間でずいぶん違うことが分かる。これらの違いをより深く研究すれば、各国の文化の違いがさらによく分かるだろう。私が“手紙月”に挑戦しなかったならば、こんな観方を教わる機会がはたして来たかどうか、疑わしいのである。
谷口 雅宣
2月を「手紙を書く月」と決めて、毎日誰かに1通ずつ手紙を出すことを勧めるサイトをネット上に発見した。その目的は、「もっとていねいに人と付き合おう」ということらしい。
昨今の世の中では、携帯メールなどの電子的な連絡手段が高度に発達し、文字や写真のみならず、音声や動画もほとんどリアルタイムで遠方に送ることができる。これは、情報伝達の「速さ」という観点からみればまことに画期的であるが、反面、玉石混淆の情報が氾濫 して情報の真偽の判定を困難にし、とりわけ判定力が未熟な子供が犠牲になるなど、いろいろな問題をはらんでいる。ケータイやスマホを持っている人は、情報の着信を知らせる文字や音で、ゆっくり読書する時間もないのではないか……と私は老婆心ながら考えるのである。
そういう私は、ケータイやスマホを持っていない。理由の1つは、止まることを知らない情報着信の知らせが、仕事や私生活の妨げになると考えているからである。この辺のことは、『日時計主義とは何か?』や『太陽はいつも輝いている』などの拙著の中ですでに詳しく書いた。世界を便利に使おうと思うと、世界に便利に使われることにもなりかねない。これはいわゆる“動反動の法則”の1つで、技術社会の落とし穴の1つとも言える。
2月を“手紙月”としようと言っているのはアメリカ人の若手女性作家、メアリー・コーワル氏(Mary Robinette Kowal)で、彼女はふだんは電子メールをバンバン使っているのだが、メールを打つときと紙に書く手紙の違いを明確に意識し、こう表現している--
「紙に手紙の返事を書くとき、私はゆったりとした気分になり、メールで書くのとは違う書き方になる。メールには、今この瞬間に重要なことだけを書く。が、手紙ではそうはいかない。なぜなら、手紙に書くことは、それから1週間ほど先の宛先人に関わることだからだ。こういう状況は、いやおうなく私に“時間”を意識させる。郵便は届くのが遅いからだ。メールではそれがない。“この手紙をあなたが受け取るころには……”と書くことは、自分の気持をゆったりさせるし、相手の心に近づく。そこには持続的な、表現しがたい良さがある。」
「なぜそうなるのか? 受け取った手紙は、2度読むことが多い。1度は、それが到着したとき。2度目は返事を書くときである。そして、手紙の相手や用件のことが、自分の中により強く印象される。自分が書いた手紙は一回切りで、メールのように複製がない。そして、相手の手紙のオリジナルは、自分のところにしかない。そういうことが、なぜかメールより良い」
--こうコーワル氏は言う。
私はかつて「下手な字でいい」という一文を書いたとき、プリンターで打ち出した文字のうさん臭さを問題にし、ていねいに手書きした文章は、その文字がたとい下手であっても、書き手の誠意が表れて好感がもてると述べた。コワ-ル氏はそのことに触れていないが、サイト上では「手紙は必ず手書きする」ように言っているから、手書き文字の重要さは充分心得ているだろう。そして、彼女は、2月中に自分の知人に手紙など23通を送ることに挑戦しようと提案するのである。なぜ「2月」でなぜ「23通」か?
私は当初、それはバレンタインデーが2月14日であることと関連しているのかと考えた。しかし、ラブレターを23通ももらう恋人は当惑してしまうだろうし、かと言って23人に愛の告白をするのは、いかにもいい加減である。アメリカでは、バレンタインデーは必ずしも恋人同士の日ではなく、家族のため、友人のため、恩人のためにも愛情や感謝の思いを表現していいことになっているから、そういう近親者や知人との心の交流を主眼とした企画なのかもしれない。が、サイトにはそういう説明はなく、2月が年間でいちばん短い月であることと関係ありそうなことが書いてある。つまり、30日間連続というのは大変だから、1週間のうち郵便局が開いている6日間を利用し、それを4週継続すると「24通」となる。が、アメリカでは2月に祭日が1日あるから、その分を引いて「23通」ということになるらしいのである。
これを読んで、私は「なかなかいい企画だ」と思った。日本では、年賀状などの季節の挨拶を手紙や葉書で行う習慣が廃れていないが、反面、やや義務的になっているし、形式的な内容のものが多い。だから、年賀状のやりとりも一服し、一年で最も寒くなったこの時期に心温まる手紙や葉書を交換することは、日本の季節感とも矛盾しない。だいいち2月3日は「ふみ」と読めるから「文通月」を2月とする理由ともなる。さらに、2月14日にはもうCO2を排出するチョコレートを交換するのはやめて、温かい愛情表現の日にするのがいい。それには手書きの手紙や葉書がいちばんだ……などと考えたのである。
そこで1月の終りになって、私は急遽、コーワル氏が運営する「手紙月の挑戦」(The Month of Letters Challenge)というサイトに登録し、彼女が目指す方向に動いてみることにした。ただし、私なりのアレンジを加えて、である。私の場合、郵便物を差し出す相手は「24人」とし、差し出すものは絵手紙、ないしは絵封筒とすることにした。その「24人」は、生長の家が運営するポスティングジョイで募集し、すでに決まっている。私がどんなものを描いたかは、受け取った人がジョイとして登録することになっているから、興味のある方はご覧あれ。さらにフェイスブック上の「絵封筒作家の部屋」のサイトでも絵は見られるはずだ。
谷口 雅宣