趣味

2016年10月28日 (金)

“もの作り”で創造的人生を

 今日は午前10時から、山梨県北杜市大泉町の生長の家国際本部“森の中のオフィス”のイベントホールで「谷口清超大聖師八年祭」が執り行われた。私は祭壇に掲げられた谷口清超先生の遺影の前に玉串を奉げ、御祭の最後に概略、次のような挨拶を述べた--
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 皆さん、本日は谷口清超大聖師八年祭にご参列いただき、ありがとうございます。谷口清超先生は、ちょうど8年前のこの日に89歳で昇天されました。 
 
 私は昨年の清超先生の七年祭で、昭和50年5月号の『生長の家』誌から引用して、先生が「物を大切にせよ」と教えられたという話をしました。また先生は、そう教えられただけでなく、ご自身の実際生活の中でも、その通りに生きられました。その教えをわかりやすく説かれた言葉を昨年七年祭で紹介しましたが、今回も繰り返してお伝えしましょう--「物はどんな小さいものでも“神の愛”と“人の真心”のカタマリである」というのが、それです。 
 
 清超先生は、このお考えを写真の中にも表現されているのですが、そういう例を2~3点紹介しましょう: 
 
Yutakanajinsei_m  これは昭和61年(1986)に発行された『豊かな人生を作ろう』という御著書の表紙カバーです。廃車になった車が積み上げられている写真ですが、それを使って「豊かな人生を作ろう」と仰っているのですから、この写真の例は、何でも安易に廃棄してしまう今の社会は本当は「豊かではない」ということを、暗に指摘されているのです。「はしがき」には、こう書いておられます-- 
 
 「さてこの本のカバーの写真は、私が北海道へ行った時、朝港町で撮ったもので、直接豊かさをあらわしたものではなく、古びたポンコツ車の残骸である。いささかのアイロニーをもって、こんなものを使うことにした」 
 
 次の写真は、この御著書の前の年(1985年)に発行された『人は天窓から入る』という本の表紙カバーです。「はしがき」にあるその説明文を読みます-- 
 
Hitowatemmado_m_2 「カバー写真は私宅の2階で、息子の残して行った人形を床の上において写したものである。“天窓から入る”というイメージが出たかどうかは少々疑問だが……」 
 
 補足しますと、この「息子」というのは私のことで、この人形はお腹かどこかを押すと「ギャハハハハ……」と笑い声を出す仕掛けが組み込まれているジョーク・トーイです。先生がこれを撮影された当時は、私は結婚して、東京・世田谷区の駒沢大学の近くに住んでいたのです。不要となったので置いていったジョーク・トーイに目をつけられて、先生はそれを聖典の表紙写真として蘇らせてくださいました。この写真の構図は、ちょうど私たちが天井を見上げると、そこにある天窓からヒゲ面のオジサンが顔を突っ込んで、あいさつしている--そんな感じがします。これは「人間は物質や肉体ではなく、天から降ってきた神の子である」というメッセージをユーモアをもって伝えているのではないでしょうか? 
 
 次の写真は、どこかで一度紹介したことがあると思いますが、平成9年(1997)に発刊された『創造的人生のために』という御著書の表紙カバーです。この本のカバーの袖の裏にSouzoujinsei2 は、こんな短い説明があります-- 
 
 「カバー写真の塑像・谷口雅宣氏の中学生時代の作品」 
 
 向かって左側が私の“作品”で、粘土で作ったハニワの頭を焼いたものです。右側は、プロのこけし職人の作品で、ずっと新しいもので多分、25年くらい後の作品です。古いものと新しいもの、粘土の塑像と木製のこけし、また頭だけのものと全身を表現したものなど、一見異質のものですが、その2つを組み合わせて写真にすると、何とも言えない暖かい人間性と、相互の信頼感を表現するような作品になっています。清超先生が、これを「創造的人生のために」というタイトルの表現に使われているという点も、私たちは学ぶべきことだと思います。「創造とは、古いものを破壊したり、捨て去ることではない」。「新旧の組み合わせで新しい価値が生まれる」「相互のプラス面を引き出せ」……などです。私たちが今、強調している“ムスビの働き”の素晴らしい例が、この一枚の写真にあると考えます。 
 
 このようにして谷口清超先生は、物を単なる物質とは考えずに、「どんな小さいものでも“神の愛”と“人の真心”のカタマリである」と感じて大切に使い、古いものでも新しい環境に活かして使われた。その御心と教えを私たちは今日、運動の中で大いに実践しようとしているのであります。何のことだかお分かりですね? ついこの間、この“森の中のオフィス”では「自然の恵みフェスタ2016」という催しが行われました。その中では、手づくりの工芸品であるクラフトの展示販売が行われました。そこに出品されたクラフトの数は、昨年よりずいぶん増えました。また、出品してくださった人の数も増えています。さらには、「SNIクラフト倶楽部」という組織が全国的にも結成されつつあります。そして、そのような動きに参加される生長の家信徒の数も増え、それぞれの教区でクラフト製作が行われるようになってきました。 
 
 何でも新しいものを買って、それが古くなれば廃棄し、さらに新しいものを買う。また、自分の手足を使って物事をするよりも、お金を払って誰かに物事を効率的に処理してもらう--というライフスタイルが、地球温暖化や環境破壊の原因になっていることは、皆さんもすでにご存じです。ですから、私たちがプロジェクト型組織を作って推進しようとしている活動--自転車通勤、クラフト製作、食材のオーガニック栽培などは、時代の流れに反する非効率で、苦しい活動だと考える人がいるかもしれません。しかし、実際にPBSの活動をしている皆さんはお分かりと思いますが、これらの活動は、私たちが都会生活の中で忘れていた“自然との一体感”を回復し、私たち一人一人の創造性を高める活動なのであります。 
 
 最後に、谷口清超先生の『創造的人生のために』から、人間が本来もっている創造性を表現することが、私たちの喜びであることを説かれた箇所を朗読いたします-- 
 
「人は何かを作り出すことが好きだ。子供は泥をこねて、色んな動物をこしらえ、家や山を作って遊ぶ。大人になると本物の家を作り、橋を作り、車を作り、芝居や小説を作る人も出て来る。遂には人殺しの犯人をさがし出す名探偵ポワロが作られたりするのである。
 それを読んだり見たりするのは、自分が犯人になりたいからではなく、色々の筋書きを作ったり、想像したりして、楽しみたいからであろう。一般の人々は温かい家庭を作り、よい子供を育てたいと思う。これもまた人々の中に“創造する力”がみちあふれている証拠だ。その“力”を現わしたいと思うのである。そして現わし出す時、限りない喜びが湧き上がる。つまり、“創造的人生”を送ることによって、人々は大いに楽しむことが出来ると言えるであろう。」(同書、pp. 1-2) 
 
 それでは皆さん、谷口清超大聖師が説かれた「物を大切にする心」を深く理解し、その教えにもとづいて自ら手足を動かして実践することで、“創造的人生”をそれぞれの立場で生き、表現の喜びを味わいつつ、光明化運動を新しい段階に引き上げていこうではありませんか。清超先生の八年祭に当たり、所感を申し述べました。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2015年11月19日 (木)

倫理的な生活実践を拡大しよう

 今日は午前9時半から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”において「生長の家代表者会議」が開催され、海外も含めた生長の家の代表者約370人が集まって、次年度(2016年)の運動方針を確認し、“自然と共に伸びる”運動の進展を誓い合った。私は、全体会議の最後に概略、以下のような挨拶をおこなった-- 
 
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 本日は生長の家代表者会議に、大勢の生長の家の幹部の方々が国内のみならず、台湾や南北アメリカ、ヨーロッパからもご参加くださり、ありがとうございます。心から歓迎申し上げます。この会議は、去る10月26日の生長の家拡大最高首脳者会で決定された来年の運動方針の内容を、皆さまのような生長の家の各地の代表者であり、幹部中の幹部の方々によく知ってもらうための会であります。 
 
 今回、皆さまのお手元にある運動方針は、方針書の表紙に書いてあるとおり、「“自然と共に伸びる運動”実現のための第2次5カ年計画」の「最終年度」の運動方針であります。「最終」などという言葉を使うと、私たちの運動はもう来年で終りかという誤解が生まれそうですが、決してそういうことではありません。これまでの「2次にわたる5カ年計画」が来年で終るということで、10年間の運動に一区切りをつけるという意味です。 
 
 私たちは、ここ9年間にわたって“自然と共に伸びる”運動を実現しようと努力してきたのですが、皆さんもご存じのように、自然尊重の精神は運動や生活の中にずいぶん浸透してきたし、教団内での温室効果ガスの削減も世界的に進んできていますが、誠に残念なことですが、「教勢拡大」にはいたっていません。そこで10年計画の最終年度である来年の運動では、この「教勢拡大」を実現するための方策として、これまでにないものがいくつか盛り込まれています。この方策は、かつては「地域協力体」という名前で実験的に行われた運動の経験を一部取り入れて、それにインターネットの利用を加えた形で方針書に掲げられています。 
 
 方針書の2頁には、「地域協力体」の実験の成果がこう表現されています-- 
 
「モデル実験では、組織を越えて人・情報・ノウハウが地域内で交流し、運動が活性化した」 
 
 また、同じ頁の一番下の段落には、インターネットの運動への利用について、次のように書いてあります-- 
 
「自然と教勢を共に伸ばすため、インターネット技術を活用した迅速かつ広がりのある運動と、居住地域での対面コミュニケーションを重視した運動の両面を展開する。」 
 
 さらに、「第2次5カ年計画」の「“質の高い組織運動”の実現」の第2項には、次のようにあります-- 
 
「幹部・信徒は、インターネット上のソーシャルメディアなども活用して、新たな縁のある人々へ、積極的にみ教えを伝える。また、国際本部はネットを通じてみ教えに触れた人々が地域の活動へ結びつくよう、新しい運動形態を考案する。」 
 
 これらのいろいろの発想や取り組みを土台にして、国際本部がここ“森の中のオフィス”に移転してから初めて登場した行事が、「自然の恵みフェスタ」でした。この行事は昨年の方針書に、国際本部での行事として記述され、今年(第4年度)の方針書では、国際本部に加えて「日本国内の各拠点で可能なところは」という条件付きで実施が推奨されました。そして、今回の方針書では、次のように書いてあります-- 
 
「日本の教区および海外の伝道本部は、“生長の家 自然の恵みフェスタ 2016”を実施し、“自然と共に伸びる”生き方の具体例を地域を巻き込んだ参加者で共有し、体験・体感することで意識のレベルを高めて、“自然と共に伸びる”生き方を拡大していく。」 
 
 この書き方を見れば、フェスタという行事が、海外も含めて、私たちの運動の前面に打ち出されたことがお分かりと思います。では、そんなに重要な行事で、私たちは一体何をするのか? また、その目的は何かが問われます。それに関しては「倫理的な生活者」という言葉がキーワードになります。方針書には、信仰にもとづく「倫理的な生活」とはどんなものかが、具体的に3項目掲げられています-- 
 
 ・ノーミート、低炭素の食生活 
 ・省資源、低炭素の生活法 
 ・自然重視、低炭素の表現活動 
 
 私たちは、この3項目を日常生活において実践していきながら、フェスタではその成果を発表し合う--というのが、今回新しく打ち出された方策なのです。これはまた、かつての「地域協力体」の実験結果を踏まえて、「組織を越えて人・情報・ノウハウが交流し、運動が活性化する」ことを目的とする活動でもあります。 
 
 皆さんには、この点をしっかりと理解されて、来年以降の運動を進めていただきたいのです。さらに、運動方針としては今回初めて登場した3つのグループの名前がありますが、これら3つは、先ほど申し上げた3つの生活実践項目に対応していることは、すぐ理解できると思います。確認のために申し上げると-- 
 
 SNIオーガニック菜園部は、「ノーミート、低炭素の食生活」を実践するための組織です。SNI自転車部は、「省資源、低炭素の生活法」を具体的に進める組織です。そしてSNIクラフト倶楽部は、「自然重視、低炭素の表現活動」の場として作られた組織です。これらは、白・相・青などの従来の運動組織の枠を超えたもので、インターネットを積極的に利用することにより、さらに教区の枠も超え、理論的には国境も超えているという点に、ご注目下さい。私たちは、この新しい運動形態を、経営学の用語を借りて「プロジェクト型組織」と呼ぶことにしました。 
 
 最後に、今回新しく「倫理的な生活者」という言葉が出てきましたが、これをあまり難しく考える必要はありません。簡単に言えば、先ほど取り上げた“実践3項目”を生活の中で継続していく人のことだと考えてください。これは、生長の家の信徒は皆、先ほどの3つの「プロジェクト型組織」に加入しないといけないという意味ではありません。加入は、任意です。しかし、どうせ実践するなら全国の仲間と一緒にやりたい。また、自分はその分野に特に興味があるという人には、どんどん加入して、ノウハウを共有してもらいたい。自転車に乗るよりは、歩くのがいいという人は、別に自転車部に入らなくていいのです。ただ、これらの“クラブ活動”の元になっているのは、生長の家の“自然と共に伸びる”という考え方ですから、それを信仰のレベルからしっかり理解したうえで、各人の得意分野で、あるいは興味のある分野を中心に積極的に表現し、人々にも伝えていくのが目的です。 
 
 “自然と共に伸びる”という意味は、自然ばかりが繁栄して、生長の家の信仰者がいなくなるのではいけません。教勢拡大と自然尊重が共に進展していくということですから、この点をぜひ理解され、地元の信徒の皆さんにも正確にお伝えください。「倫理的な生活者」の具体的姿については、拙著『今こそ自然から学ぼう』の22~23頁、26~27頁などに書かれているので、この点も参照され、教区の方々と一丸となって、また、教区や組織を超えた信仰の表現者として、“自然と共に伸びる”という目標達成に向かって力強く、明るく運動を展開してまいりましょう。 
 
 それでは、これで私の挨拶を終ります。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣 

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2015年11月 9日 (月)

「青々舎通信」 (4)

Tennyosan_stone0815  “森の中のオフィス”で行われた「生長の家 自然の恵みフェスタ 2015」に出品したマグネットのもう一つには、「天女山」という名をつけた。天女山(1,529m)は、オフィスから車で5分ほど上がった山の名前で、オフィスとの標高差は250メートルほどあり、八ヶ岳の1つである権現岳(2,715m)の登山口になっている。しかし、このマグネットはその山の形をしているのではなく、山頂にある石碑を象ったものだ。この石碑は、日本各地の山々にある他の多くの石碑に比べて特に美しいとか、見事だというわけではないが、自転車で山頂まで登ったことのある人にとっては、特別の思い出や愛着があるはずだ。 
 
Tennyosan_cyclists  というのは、この石碑の前で写真を撮ることが、「SNI自転車部」に属する本部職員の、一種のイニシエーションの儀式になっているからである。本部職員の寮は、いずれもオフィスより標高が低い土地にある。だから、職員が自転車通勤をするためには、長い坂道を登る“難行苦行”が避けられない。いわゆる「ヒルクライム」である。それができるようになるまでが第1段階で、次にはオフィスから天女山を目指す人が多い。そして、この第2段階に達した証拠として、登頂後にこの石碑の前で写真を撮り、それをSNSに掲示して他の部員から祝福を受けるのである。左の写真は、今年のフェスタで「天女山ヒルクライム」に参加した(左から)ブラジル、台湾、アメリカの招待選手である。 
 
Tennyosanmag_0915  オフィスでの「自然の恵みフェスタ」では、「天女山ヒルクライム」という自転車イベントの後に、この石碑の前で写真を撮った人が昨年も今年もたくさんいた。これらの人々にとっては、仲間とともに目標を目指し、苦しい中でも決して諦めず、ついに目標に達したという“達成感”の象徴が、この天女山頂の石碑である。その石碑のミニチュア版をマグネットにすれば、マグネットの購入者は日常生活の中で、仲間との連帯と目標達成の記憶が蘇ってくるのではないか……というのが、私の製作意図である。 
 
 谷口 雅宣

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2015年10月31日 (土)

「青々舎通信」 (3)

 生長の家の国際本部“森の中のオフィス”で行われた「生長の家 自然の恵みフェスタ 2015」が、このほど終った。10月24~25日の2日間に行われたもので、昨年に続いて2回目である。青々舎は、「SNIクラフト倶楽部」の一員として、このフェスタにマグネット3種を出品し、おかげさまで完売となった。3種とは、「オフィス型」「唐松(秋)」、そして「天女山」である。 
 
Karamaatsu_2knds  「唐松(秋)」は、すでに製作したことがある「唐松(夏)」の秋バージョンだ。カラマツは日本の固有種のマツで、北海道を初め、山梨県から長野県一帯に多い樹木だ。私の自宅もカラマツ林の中にある。カラマツは典型的な陽樹で、日照が強い荒地など過酷な環境でも発芽し、生育する。その特徴を利用して、戦後の復興期に北海道や甲信地方に多くが植林された。首都圏の木材需要に応えるためである。木材としてはヤニが多く、スギやヒノキに比べて割れや狂いが出やすいことから、炭鉱の坑木や電柱などが主な用途だった。 
 
 ところがその後、コンクリートなどの新技術が生まれ、また貿易の発達で安価な外材が大量に輸入されるなどして林業が衰えたため、山は荒れてしまった。それでも、植林から70年余が経過して、カラマツは育ち、木造建築の環境価値が見直され、さらに頑丈な集成材を造る技術が進歩して大型建築の構造材としての用途が生まれるなど、利用が再興している。強度があり、腐食しにくいという特徴がある。“森の中のオフィス”の外壁はすべてカラマツ材で、構造材にも使われている。尾瀬の湿原をめぐる木道も、ほとんどがカラマツ材だ。また、昨今は薪ストーブなどの燃料用としても、利用され始めている。 
 
 日本の四季との関連を書けば、カラマツは日本の高木針葉樹の中でただ一つ落葉する。これが秋、日本の北半分の山々を独特な美しさで彩る原因の1つとなっている。葉がついている時は赤褐色から黄金色へと変わり、地面に散り敷くと、道や野原をサーモンピンクに変える。空中をハラハラと散る黄褐色の短糸状の葉はやさしく、落ち葉の独特の香りは心を和らげてくれる。私がまだ東京にいた頃、秋に山荘を訪れた際は、カラマツの落ち葉を拾い集めてポプリのように香りを楽しんだものだ。 
 
 この地方でよく採れるハナイグチ(ジゴボー)というキノコは、別名をカラマツタケとも言い、カラマツと共生している。私は今、こうしてカラマツに取り囲まれた生活をしているから、その恩恵には感謝してもしきれない。そんな気持を製作の中に込めた。 
 
 谷口 雅宣

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2015年10月 5日 (月)

「青々舎通信」 (2)

 ナナホシテントウを象ったマグネットは、おかげさまで1カ月ほどで完売となった。現在は、今月の24~25日に“森の中のオフィス”で開催される「自然の恵みフェスタ 2015」に向けて、数種のマグネットを製作中だ。その中の1つに、“オフィス型”と名付けたものがある。この「オフィス」の意味は、“森の中のオフィス”のことである。見学された読者はご存じだが、この建物は、横長の二階建て大型木造住宅を、何棟も山の斜面に沿って一列に並べ、同じく木造の渡り廊下で連結した形をしている。デザイン的な特徴は、その屋根である。屋根はいわゆる“片流れ”の構造で、真南方向に傾斜し、上端部(北側)には太陽熱吸収装置、その下部に南に向かって太陽光発電パネルが敷きつめられている。 
 
Nicooffice  この屋根の特徴を表現するために、“オフィス型”のマグネットは、横長の長方形の上端を右側に引き上げたような形をしている。当初、この独特の屋根の形を表現するために、オフィスの設計図にもとづいて、建物側面の正確なミニチュアを木材で作ってみた。それが右の写真である。 
 
 しかし、これでは直線と鋭角が目立ち、冷たい感じがして面白くないと思った。そこで、特徴的な屋根のとんがりを強調する一方、さらに「柔らかさ」も出そうとして、曲線が出るように材質を粘土に変え、手で型を作って成形した。さらに、ソフトな感じを引き立たせるために、塗装もパステルカラーとし、建物の窓はペンで手描きした。すると、案外柔らかく、かわいらしい感じの形ができあがった。 
 
 

Officemagnets_2

その反面、実際のオフィスの形からかなり変わったので、作品を見てもそれが何か分からに人もいて、「これはマンガの吹き出しですか?」な どと訊かれたこともある。「吹き出し」とは、マンガ中の会話を表現するときに、登場人物の口のあたりから吹き出した四角形の枠のことで、その中に会話の言葉が入る。オフィス型のマグネットを上下逆転させると、その「吹き出し」に似た形になるのである。当初「吹き出し」呼ばわりには戸惑ったが、それだけ愛嬌があるのだろうと解釈し、形を変えずに作っている。 
 
Officedoll  フェスタでのPOP広告のため、妻に頼んで“オフィス型”のぬいぐるみも作ってもらった。 
 
 谷口 雅宣

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2015年9月18日 (金)

「青々舎通信」 (1)

 「青々舎」とは、今から22年前の1993年、冷夏の影響で深刻なコメ不足が起こった時、個人輸入のルートを使って海外産米の入手を手助けした“団体”の名称である。団体とは書いたが、私一人が「代表」という立場で、輸入希望者の注文を海外の輸出業者に取り次いだだけで、団体のメンバーが何人もいたわけではない。そんな“団体”の名前が今、なぜ登場したかというと、今年の2月ごろから、私がクラフト(手工芸品)を製作した際に、完成品に付けるブランド名としてこの名称を採用したからだ。 

 
「青々」は「あおあお」ではなく、「せいせい」と読む。日本語の「青」は通常は「ブルー」を意味するが、古典的には「緑」--とりわけ「草の葉の緑」を意味していて、私が現在居を構える北杜市大泉町の環境を象徴する色と考え、使うことにした。 
 
 生長の家の“森の中のオフィス”には、「こもれび」という名前の小さな売店がある。主として生長の家の書籍類、CDなどを販売するが、職員の有志が製作したクラフトも置いてあり、継続的に買われている。職員の間の需要もあり、またオフィスの見学者が来場して買ってくださる。私も時々ここに手製のマグネットなどを出品している。私がなぜクラフト製作などをしているかという理由については、昨年11月9日や、今年1月22日の本欄にすでに書いたので、詳しいことは省略する。が、簡単に言えば、手を使う“もの作り”は人間のごく自然な営みであり、これによって人間は太古から自然を感じ、自然の中から道具を作り、それを使って厳しい自然環境で生き抜き、かつ自己表現をしてきたからである。 
 
 私が作るものがマグネットである理由は、定かでない。たぶん「手軽だから」という要素が大きい。また、表現の幅が案外ある。私は普段、講演旅行をしたり、原稿を書いたり、会議をしたりで、時間的余裕は少ないから、ちょっと空いた時間を使って作れるものの種類は、自ずから限定される。掌に載る大きさのもので、工程も道具もそれほど複雑でなく、比較的短時間にできる……となると、マグネットは適当なのだろう。昨年秋にオフィスで初めて行われた「自然の恵みフェスタ」に出品して以来、月1回くらいのペースで出品している。 
 
Ladybugs  最近、テントウムシをあしらった円形のマグネットを製作した。(=写真)なぜテントウムシか? テントウムシは、バラなどにつくアブラムシを食べてくれる“益虫”である。また私は、あの赤地に黒の斑点が7つついたナナホシテントウのデザインが好きである。色の組み合わせだけでなく、斑点の数が7つと少ないのがいい。ニジュウヤホシテントウという、斑点が28個もある黄色いテントウムシもいるが、デザインが煩雑すぎて親しみがあまり湧かない。ずいぶん勝手な言い草かもしれないが、好みは理屈ではなかなか説明できない。 
 
 テントウムシは、英語では「ladybird」とか「ladybug」などというエレガントな呼ばれ方をする。その場合、大抵は赤地に黒の斑点がついたナナホシテントウのことを指す。こっちの方が「かわいらしいから」だ、と私は勝手に解釈している。そんなこんなで、私はワイシャツを誂える際には、腕に付けるイニシャルのデザインとしてテントウムシを使うことにしている。その場合、テントウムシのデザインには七星の赤地に黒のものしか用意されていない。ワイシャツメーカーのデザイナーも、私と同じ感覚であるに違いない。  
 
 こう考えるのは、人間の悪いクセかもしれない。人間は、自然界のおびただしい数の生物の中から、自分勝手の好みや嗜好にもとづき、ごく少数の種類を選んで偏愛するのである。これははたして“自然な”感覚なのか、それとも“人工の”感覚なのか……。 
 
 谷口 雅宣

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2015年1月22日 (木)

ていねいに生きること (3)

 前回のブログを書いてから随分日がたってしまったが、同じ題で書き継ぐことにする。というのも、「ていねいに生きる」ことは、時間の経過をあまり気にしないこととどうやら共通しているからだ。しかし、それは、短時間でできることをダラダラと引き延ばして処理しようという意味ではない。時間のかかる作業でも面倒くさがらずにコツコツと行なっていると、当然のことながら、他の仕事に費やす時間が短くなり、ブログを書く余裕も減るということだ。で、私がこの間、ルーチンワークの他に何をしていたかというと、クラフトの製作である。
 
 私が勤める北杜市の“森の中のオフィス”では、この2月から書籍などを売る売店が開業する。名づけて「本とクラフト こもれび」である。本部が東京・原宿にあった頃も、新館の玄関を入ったロビーの脇に書籍売場があって、職員を含めた多くの人が利用してくださっていた。その例にならい、オフィスの開所から1年以上たった今回、遅まきながら売店がオープンする。ただし、東京時代とは違う品も扱うことになった。それがクラフトだ。しかも、職員の手になる作品である。本欄の読者は、昨年秋にオフィスで行われた「自然の恵みフェスタ 2014」でも、有志職員の手作り品が販売されたことを憶えていられるだろう。 その試みの評判が案外よかったので、オフィスの売店で常時何かを提供できないかという話になったのである。
 
 クラフトとは「手仕事による製作」であり、「手工業、工芸」である。この定義からして、製作には手がかかる。今回のブログの題との関係で言えば、一つ一つをていねいに仕上げなければならない。これに対して工業製品は、製作過程を機械化して手作業をできるだけ省くことで、人件費の削減と大量生産による効率化を行い、低価格での製品提供を実現している。両者の生産方式には一長一短があるが、地球温暖化と資源やエネルギー不足が危惧されている現代にあっては、手工業による生産方式のメリットは無視できない。製作過程で資源やエネルギーのムダが少なく、デザインの画一化や大量在庫が発生しにくく、したがって大量廃棄の必要もないからだ。手工業品は一つ一つがユニークであり、それぞれの良さをもっている。“没個性”の現代文明に対する明確なアンチテーゼでもある。
 
 クラフトの良さは、それだけではない。考古学ファンは十分ご存じのことだが、人類は2本足での歩行を達成した太古の昔から、空いた両手を使って生活の道具を作り、利用することで喜びを感じ、文化を創造してきた。「製造」という言葉の英語に当たる「マニュファクチャ」(manufacture)の接頭語の「マニュ(manu-)」の意味は、「手」である。手を使って何かを創造し、製作することは、人類の文明・文化の基層をなしてきたと言えるだろう。
 
Brainmapyamamoto96  脳科学の分野でも、「手」がもつ重要性は前から指摘されてきたことだ。ロジャー・ペンローズという先駆的脳科学者が作成した人間の大脳表面の“地図”がある。これは、大脳表面の神経を弱電気で刺激しながら、脳のどこを押せば体のどこが感じるかという実験を繰り返しながら完成した労作である。その詳しい説明は省略するが、この図を見て一目瞭然なことは、大脳表面に貼りついたように描かれた人体図では、顔と手とが異常に大きいということである。その理由は、人体のこの2カ所には、体の他の部位に比べて、それだけ多数の神経細胞が関係しているということだ。言い直すと、顔を動かす筋肉と顔から得る感覚--つまり表情、そして手を動かす筋肉と手から得る感覚--つまり、手の働きとは、人間の生存にとってきわめて重要な役割を果たしてきたということである。だから、私たち人間は、顔を使った表現とともに、手を使った表現がうまくいくと喜びを感じるのである。
 
 このような事実は人類の遺伝子に刻み込まれた“本性”の一つだから、文明が発達して大量生産による工業生産方式が世界の趨勢となり、生活必需品は自作などせずに商店で買うのが普通になっても、簡単に変わるものではない。消費生活が爛熟期を迎えた現代にあって、手作り品や工芸品がかえって見直され、DIY店が繁盛している理由はここにあるのだろう。
 
 私がいう「ていねいに生きる」ということは、すでに与えられている自然の恵みに感謝し、それをムダにせずに十分味わう生き方である。この「自然の恵み」の中には 、人間内部の本性も含まれる。手仕事によって生き甲斐を感じ、クラフトの良さを他の人々と共有することに喜びを感じるのが私たちの「自然の」感情ならば、その活動を盛り上げていくことは大いに評価されるべきである。また、そういう生き方が省エネ・省資源につながり、廃棄物を減らし、個性を伸ばす力をもっているのであれば、私たちの「自然と共に伸びる運動」の重要な一翼を担うことになるのではないか、と私は考える。
 
 谷口 雅宣

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2014年11月 9日 (日)

自然とのつき合い方 (3)

 「自然の恵みフェスタ 2014」で行われたイベントは、自転車競技だけではない。フェスタの趣旨は「自然の恵みに感謝する」ことだが、自然界では無数の事物が生起するから、感謝すべきことは無数にあるといってよい。しかし、個人個人がそれぞれの考えで自然界の無数の事物から1つを選んで感謝の意を表現するのでは、あまりに煩雑である。そこで、職員がいくつかのグループを作って、グループのメンバーが協力し合って感謝の気持を1つにまとめ、それを“舞台”や“出店”の形で表現するという方式を採った。フェスタには文化祭的な要素があるから、この方式の方が相応しいと考えたのだろう。それが音楽会であり、地元の食材を使った手作り料理、そして自然素材によるフラワーアレンジメントなどのグループである。これに加えて、一種ゲリラ的なグループも登場した。それは「SNIクラフト倶楽部」で、手作り品を趣味とする同好会のようなものだ。「ゲリラ的」と表現したのは、このグループができたのはフェスタの直前だったからだ。突然の出現で、オフィスの職員の中にも、そんなグループが展示をするなど、フェスタ当日まで知らなかった人もいただろう。
 
 本シリーズの最初に、私は人間も自然の一部だと考えれば、人間の中にある「神の創造のエネルギー」も自然の一部と捉えられるとして、音楽会も“自然の恵み”への感謝の表明であると書いた。それと同様に、手作り品の製作や展示も、創造のエネルギーの発露の一つだから、自然の恵みへの感謝の表明と考えることができる。しかし、これだけでは足りない。なぜなら、この考えをどんどん延長していくと、人間の創造物や製作物の中には、自然界にとって有害なものも含まれるからだ。また、「何でもどんどん製造する」ことが無条件で許されると、資源のムダ遣いや、森林や生物多様性の破壊も「自然の恵みへの感謝」だという奇妙な論理に行きついてしまう。そこで、前回の本欄でも紹介した「自然と調和した生き方」の4条件が重要になってくるのである。それを再びここに掲げよう:
 
 ①自然調和的な動機や目的により
 ②自然度の高い場所で
 ③自然状態に近い(自然度の高い)材料を使い、
 ④自然破壊的でない方法や手続きを用いた活動をする。
 
 手作り品を製作する場合も、この4条件にできるだけ合致することが望ましいだろう。もっと具体的に言うと、①の条件を満たすためには、製作のために稀少種の動植物を犠牲にすることは許されないし、製作物の大量生産は疑問である。その動機として「自然との調和」ではなく、「利潤の追求」が疑われるからである。また、②の条件を考えると、クラフト製作をオフィスと職員寮周辺でやる場合は問題ないが、製作過程の一部を都会の人や会社に委託するという方法は、疑問である。私は今回、インターネットが発達した現代では、製作を個人が海外に委託することも可能なことを知って驚いた。
 
Stampmag_04_2  次の③の条件は、製作者にとってはなかなか悩ましい。クラフト製品は、人間の手によって加工された製品だから、当然ながら「自然状態」ではない。だから、③では製品そのものではなく、それに使う「材料」の自然度が問題にされているのだ。が、加工に適した素材は、必ずしも自然度が高いとは言えない。例えば、木工製品を作る場合、近所のホームセンターへ行けば、寸法がそろったきれいな板や柱が簡単に手に入る。それは多くの場合、輸入材であったり、国産材でも遠くから運ばれてきたものである。これに対して、できるだけ自然度の高い木材とは、森に生えている木そのものである。これを個人が伐採して製材し、家具製作の材料にすることは現実的ではないし、だいたい素人には無理だ。というわけで、森の生木とホームセンターで売られている材木の“中間”に当たるような自然度の材木はないか、と考えてみる。すると、家を建てたあとに出る「廃材」のことが思い浮かぶのである。
 
 幸いにも、オフィスの職員寮は建築後1年を経ておらず、また冬場の暖をとるための一助として、寮を建てた後の廃材が各所にまだ残っていた。SNIクラフト倶楽部では、そういう廃材を使って椅子や薪用の木箱、鳥の巣箱、コースターなどを製作し、フェスタに出品することができた。その他の木工品では、スマートフォンや経本を卓上に立てるスタンドとか、小型の仏像、大型のものでは薪収容のログラック、そしてブランコも出品された。木工品以外のものでは、ヘンプブレスレット、ネックレス、石鹸デコパージュ、ポーチ、キーホルダー、オーナメント、お手玉セットなどの手工芸品が出品され、どれも買い手がつく人気だった。
 
Picturemagnets  私もこのグループに所属し、木材を使ったマグネットを出品した。冷蔵庫の側面などにくっつけて、メモなどを固定するための磁石だ。これを「木工品」と呼ぶことには異論があるかもしれない。なぜなら、磁石自体は木製でないからだ。木工で作るのは、その磁石をカバーして手で持つ部分である。その木の部分に、私は絵柄のデザインを使おうと思った。選んだ絵柄は、昔の切手と自作の絵である。切手は最近の通常切手ではつまらないので、昔の年賀切手を使った。自作の絵は、これまで描いてきたものの中からデジタル媒体によるものに限定した。その方が、用意がしやすく印刷が簡単だからだ。しかし、こういう方法を使うと、木工品でありながら、③の条件に合致する割合はどうしても低くなる。なぜなら、製作過程でパソコンやプリンターを使うからだ。また、プリンター用の“紙”も石油系の材料が混じった特殊なものを利用した。その方が、見栄えと耐用度が増すからだ。さらに、塗装はアクリル系の水性塗料とニスを使った。作業が容易だからだ。
 
 この2種類の木工マグネットに加えて、木の代わりにシカの角を使ったものも製作した。シカは毎年、角が生え替わるので、自然に抜け落ちたものが地元の店で売られていた。それを前に買ってあったのである。それを何に使おうかと思案していたところ、ちょうどよい機会が来たと考えた。角を薄く輪切りにして、整形後に磁石を付け、表面に絵を貼って仕上げた。これら3種類のマグネットを合計77個製作し、全部買ってもらえたので大変満足している。シカ角に加え、古切手と廃材が活用され、私の自己表現もでき、たぶん買い手にも喜んでもらえたと思う。自然への感謝とともに、都会から森の生活へと大転換してくださった人、またそんな私たちを支援してくださった人々への感謝の表現が、こんな形でできるとは思わなかった。
 
 谷口 雅宣

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2013年2月27日 (水)

“手紙月”への挑戦 (2)

 2月初めに本欄に同じ題で書いたが、2月を「手紙を書く月」と決めて、毎日誰かに1通ずつ手紙を出すという企画に参加した。そして、当初目標だった「24人」への絵手紙/絵封筒の郵送を今日、終わった。どんなものを送ったかは、フェイスブックポスティングジョイ上で発表している。この体験の感想をひと言でいえば、「大変だった」ということになるだろう。が、この大変さには、予想外の収穫を得た満足感が含まれている。
 
 多くの読者はすでにご存じだが、私は絵が描くのが趣味だ。そして、生長の家講習会へ行くと旅先から絵封筒を出すことをノルマにしてきた。その理由は、人間というものは、環境が変わることで心がリセットされ、普段は「当たり前」だと感じてあまり注目しないことに注目したり、日常の惰性から離れて新しい事象や分野に興味をもつ可能性が開けるからである。いわゆる“旅人の目”で世界を見ることは、新しい発見や、深い洞察に達するよい機会になる。そういう機会があれば、自分が成長するのだからうれしい。また、それを絵や文章に表現することができれば、自分の喜びを他の人とも共有することができる。こうして社会に喜びが拡がっていくことは、生長の家の「日時計主義」の実践でもある。
 
 そんな理由で、私は旅先からの絵封筒を描いてきたのだが、今回の挑戦は、「旅先」ではなく「日常」において同じことを実践するという点で、一つの挑戦だった。しかも、ほぼ毎日、何かを形にして、自分で眺めるのではなく、他人に送る--つまり、自分の手から放してしまうのである。大げさに言えば、これは仏の四無量心の表現の練習でもある。ということで、描いたものは結局、日常生活で当たり前に出会うものがほとんどだった。まず、絵手紙は干支のヘビの置物から始まり、使い古した歯磨きチューブ(2枚)、日向夏の切り口、妻が焼いたパン、街で配られていたサプリメントの小瓶、店で見つけた小型のランタン、シクラメンの花、紅い饅頭、十字架をモチーフにした錯視の例、古い文房具、陶製の小物入れ、ハート型煎餅、シイタケ2態、プリムラの鉢植え、南アフリカの求婚人形、湯たんぽ、旅行用文具、マフィン、陶製の雛人形、ブラジルの夫待ち人形、雪ダルマ、木製コインの23点。絵封筒は非常用のパンの缶詰、竹製箸置きの2点で、全部で25人に送ったから、目標を1人突破したことになる。

 受け取った人たちは、ポスティングジョイ上で絵手紙の写真やスキャンした画像とともに感想を書いてくださったので、私の喜びは倍加したし、中にはご自分で撮影した写真や絵手紙を私宛に送ってくださった人もいる。これまたありがたく頂戴した。

 これらのやりとりを通して学んだことは多いが、その1つは、人形をめぐる人々の考えの類似や相異である。生長の家講習会のために乗った飛行機の機内誌で「南アフリカの求婚人形」の写真を見つけ、それを絵手紙に描いたところ、サンパウロに住む人がブラジルにも似たような習慣があると教えてくれた。3月は日本でも雛祭りがあるから、それでは……というわけで、私が陶製の姫の雛を絵手紙にしたところ、同じブラジル人が、今度は自分の国の“夫待ち人形”の写真をメールで送ってくれた。そして、私はそれを絵手紙に描いた。この人形は、日本のコケシとそっくりな形をしているが、目鼻立ちや衣装はまるで違った。また、南アフリカの求婚人形とも形は違った。

 形だけでなく、使い方も南アとブラジルでは微妙に違った。南アでは、男性が女性の家の前に“求婚人形”を置いてプロポーズをするが、ブラジルでは逆に、女性が“男の人形”を買って、それを枕元に置いて寝たり、もっと真剣な場合は、この“男の人形”を逆さまに土に埋めて、結婚相手の出現を待ち望むのだそうだ。そして、“本命”が現れたならば、土から出してあげるという。つまり、この人形に“未来の夫”の出現を頼む思いが強烈になると、「早く出現させてくれないと、ずっと土の中で逆さのままよ」という、一種の脅迫じみた思いとなるようだ。これを教えてくれたブラジル人がさらに言うには、この人形は「聖アンソニー人形」と呼ばれ、ポルトガルの首都、リスボンの守護神が聖アンソニーであることと関係があるという。かの国では聖アンソニーは“結びの神”の役割をするらしく、ポルトガルの植民地だったブラジルでは、だから聖アンソニーの日(6月12日)をバレンタインデーとして祝うそうだ。
 
 男女関係に関連させて「人形」をどう見立て、どう扱うかが、日本、南アフリカ、ポルトガル/ブラジルの間でずいぶん違うことが分かる。これらの違いをより深く研究すれば、各国の文化の違いがさらによく分かるだろう。私が“手紙月”に挑戦しなかったならば、こんな観方を教わる機会がはたして来たかどうか、疑わしいのである。
 
 谷口 雅宣

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2013年2月 1日 (金)

“手紙月”への挑戦

 2月を「手紙を書く月」と決めて、毎日誰かに1通ずつ手紙を出すことを勧めるサイトをネット上に発見した。その目的は、「もっとていねいに人と付き合おう」ということらしい。
 
 昨今の世の中では、携帯メールなどの電子的な連絡手段が高度に発達し、文字や写真のみならず、音声や動画もほとんどリアルタイムで遠方に送ることができる。これは、情報伝達の「速さ」という観点からみればまことに画期的であるが、反面、玉石混淆の情報が氾濫 して情報の真偽の判定を困難にし、とりわけ判定力が未熟な子供が犠牲になるなど、いろいろな問題をはらんでいる。ケータイやスマホを持っている人は、情報の着信を知らせる文字や音で、ゆっくり読書する時間もないのではないか……と私は老婆心ながら考えるのである。
 
 そういう私は、ケータイやスマホを持っていない。理由の1つは、止まることを知らない情報着信の知らせが、仕事や私生活の妨げになると考えているからである。この辺のことは、『日時計主義とは何か?』や『太陽はいつも輝いている』などの拙著の中ですでに詳しく書いた。世界を便利に使おうと思うと、世界に便利に使われることにもなりかねない。これはいわゆる“動反動の法則”の1つで、技術社会の落とし穴の1つとも言える。

 2月を“手紙月”としようと言っているのはアメリカ人の若手女性作家、メアリー・コーワル氏(Mary Robinette Kowal)で、彼女はふだんは電子メールをバンバン使っているのだが、メールを打つときと紙に書く手紙の違いを明確に意識し、こう表現している--
 
「紙に手紙の返事を書くとき、私はゆったりとした気分になり、メールで書くのとは違う書き方になる。メールには、今この瞬間に重要なことだけを書く。が、手紙ではそうはいかない。なぜなら、手紙に書くことは、それから1週間ほど先の宛先人に関わることだからだ。こういう状況は、いやおうなく私に“時間”を意識させる。郵便は届くのが遅いからだ。メールではそれがない。“この手紙をあなたが受け取るころには……”と書くことは、自分の気持をゆったりさせるし、相手の心に近づく。そこには持続的な、表現しがたい良さがある。」

「なぜそうなるのか? 受け取った手紙は、2度読むことが多い。1度は、それが到着したとき。2度目は返事を書くときである。そして、手紙の相手や用件のことが、自分の中により強く印象される。自分が書いた手紙は一回切りで、メールのように複製がない。そして、相手の手紙のオリジナルは、自分のところにしかない。そういうことが、なぜかメールより良い」

 --こうコーワル氏は言う。

 私はかつて「下手な字でいい」という一文を書いたとき、プリンターで打ち出した文字のうさん臭さを問題にし、ていねいに手書きした文章は、その文字がたとい下手であっても、書き手の誠意が表れて好感がもてると述べた。コワ-ル氏はそのことに触れていないが、サイト上では「手紙は必ず手書きする」ように言っているから、手書き文字の重要さは充分心得ているだろう。そして、彼女は、2月中に自分の知人に手紙など23通を送ることに挑戦しようと提案するのである。なぜ「2月」でなぜ「23通」か?
 
 私は当初、それはバレンタインデーが2月14日であることと関連しているのかと考えた。しかし、ラブレターを23通ももらう恋人は当惑してしまうだろうし、かと言って23人に愛の告白をするのは、いかにもいい加減である。アメリカでは、バレンタインデーは必ずしも恋人同士の日ではなく、家族のため、友人のため、恩人のためにも愛情や感謝の思いを表現していいことになっているから、そういう近親者や知人との心の交流を主眼とした企画なのかもしれない。が、サイトにはそういう説明はなく、2月が年間でいちばん短い月であることと関係ありそうなことが書いてある。つまり、30日間連続というのは大変だから、1週間のうち郵便局が開いている6日間を利用し、それを4週継続すると「24通」となる。が、アメリカでは2月に祭日が1日あるから、その分を引いて「23通」ということになるらしいのである。
 
 これを読んで、私は「なかなかいい企画だ」と思った。日本では、年賀状などの季節の挨拶を手紙や葉書で行う習慣が廃れていないが、反面、やや義務的になっているし、形式的な内容のものが多い。だから、年賀状のやりとりも一服し、一年で最も寒くなったこの時期に心温まる手紙や葉書を交換することは、日本の季節感とも矛盾しない。だいいち2月3日は「ふみ」と読めるから「文通月」を2月とする理由ともなる。さらに、2月14日にはもうCO2を排出するチョコレートを交換するのはやめて、温かい愛情表現の日にするのがいい。それには手書きの手紙や葉書がいちばんだ……などと考えたのである。
 
 そこで1月の終りになって、私は急遽、コーワル氏が運営する「手紙月の挑戦」(The Month of Letters Challenge)というサイトに登録し、彼女が目指す方向に動いてみることにした。ただし、私なりのアレンジを加えて、である。私の場合、郵便物を差し出す相手は「24人」とし、差し出すものは絵手紙、ないしは絵封筒とすることにした。その「24人」は、生長の家が運営するポスティングジョイで募集し、すでに決まっている。私がどんなものを描いたかは、受け取った人がジョイとして登録することになっているから、興味のある方はご覧あれ。さらにフェイスブック上の「絵封筒作家の部屋」のサイトでも絵は見られるはずだ。
 
 谷口 雅宣

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