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2019年3月 1日 (金)

自然と共に栄えるライフスタイルへ

 今日は午前10時から、長崎県西海市にある生長の家総本山の出龍宮顕斎殿に約560人を集めて、立教90年を祝う生長の家春季記念式典が行われた。私は同式典にて概略、以下のような言葉を述べた――

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 皆さん、本日は立教90年のおめでたい記念日に大勢参加くださり、誠にありがとうございます。 

 

 私は昨年のこの立教記念日には、『生長の家』創刊号にある谷口雅春先生のご文章から「生命は働くことによって生長する」という教えを取り上げました。そして、その教えは今の時代では、「肉体と脳は使うことによって発達し、使うことによって幸福感が得られる」という形に翻訳されて、PBSの活動に反映されていることを強調したのであります。 

 

  今回は、この長崎県に越させていただく前に、鹿児島・宮崎両教区による生長の家講習会があったので、九州地方の人にはまたまたお会いすることができて光栄であります。この鹿児島市で行われた講習会の午後の講話では、私は受講者の質問に答えて「安全保障」の話をしたのであります。安全保障とか政治に関する質問が3通ぐらいありました。その中には、憲法改正の動きに対してどう考えるべきかという質問があったので、地球温暖化時代の国家の安全は、軍備によっては充分保障できないという話をしました。安倍首相は、憲法改正に固執しているようですが、現在の国際情勢はそんな個人の古い拘りを推し進めている余裕はないのです。生長の家の中にも、かつて政治運動を経験した年齢層の人の中には、この憲法問題が大変重要だと考えている人がまだいるようですが、地球世界は、ものすごく速いスピードで変化しているということを忘れてはいけません。 

 

Snihist  ここで少し歴史を振り返ってみましょう。生長の家が政治団体を結成して明治憲法復元運動をしたのは、1964年から1983年の間の約20年間です。今年は立教90年ですから、この90年の歴史の中では、20年というのは「四分の一」に満たない期間です。また、この時代の特殊性に気づかねばなりません。このような烈しい政治運動をしたのは、戦後の例外的時代だったのですね。このことはブックレット『戦後の運動の変化について』の中に詳しく書きましたが、それは現代史の中では「冷戦時代」と呼ばれています。この時代の特徴は、世界を“善”と“悪”の敵対する二大勢力に分割して、そのどちらかにつくことが求められただけでなく、反対陣営の勢力や人達と鋭く対立するという点でした。 

 

  生長の家は「対立の教え」ではなく「大調和の教え」ですから、このような善悪対立の世界を想定して、その一方につくような運動は、当時は政治的に必要に迫られていたことは事実ですが、本来は似つかわしくないのです。ですから、冷戦が終結して、ソ連が崩壊し、中国も資本主義を採用するなど、世界情勢が大きく変化した現在、35年以上前の課題が同じ重要性をもっているかというと、決してそうではないのであります。このことは、古くからの信徒の中にもきちんと理解しておられる人もいて、講習会ではこんな質問を投げかけて下さいました。日向市に住む72歳の女性の方です―― 

 「生長の家の御教えを知りましてから久しいのですが、近頃良く、この美しい地球を人類はキズ付けよごし、地球温暖化を止める事が出来ず、このままでは、愛する子や孫に負の遺産を残す事になりそうです。私共の祈りが足りないのか? この真理を知る人が少ないのか? もどかしい思いをいだいております。どうしましょうか?」 

 

Globenviron  この方の主要な関心事は、日本国内の“右”と“左”の対立ではなく、さらには国家と国家の対立でもなく、自然界と人類との不調和が続いて、私たちの子孫に良好な地球環境を残していけそうもないという問題です。これを一般的に「地球環境問題」と呼びますが、これは国内政治や国際政治とは関係のない別の問題だと思っている人もいますが、決してそうではありません。地球環境とは、私たちが棲んでいるこの地球全体のことです。その中に日本があり、その他各国があり、世界があるのです。だから、国内政治も国際政治も、農漁業も商工業もすべて、地球環境から大きな影響を受けることになります。 

 

Co2con_may2018_2  そして、多くの方はすでにご存じのように、この地球環境問題の根本的な原因も分かっている。それこそ、私たち人類の自然破壊と温室効果ガスの大気圏への過剰な排出です。それによって地球の表面の温度がどんどん上昇している。これにともない、北極や南極などの極地や高地の氷が大量に溶けだして海に流れ出ています。だから、海面が上昇し、人類が棲むことができる土地の面積がジワジワと狭くなっている。世界の人口は増えているのに、です。また、気候変動が起こって農産物、海産物が獲れなくなっている。貧しい国では、その影響を受けて政治が破綻し、大量の難民が、アフリカでも中南米でも、東南アジアでも、祖国を捨てて外国へ移動しています。気候の変化は、それほど巨大な影響を地球の自然界と人間界に及ぼしているのです。国家間の対立は、それと無縁ではありません。だから、一国が軍事力を増強してみても、これらの解決の役には立たないのです。それはかえって隣国を警戒させ、国際関係をさらに緊張させます。 

 

 

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 また、地球温暖化という現象は、長期的には人類と他の生物に大きな問題をもたらすのですが、短期的には、一部の地域や、一部の人々に“恩恵”をもたらすこともあることを、知っておいてください。例えば、先ほど北極海の氷が溶けている話をしましたが、これによってロシアなどの北極圏に領土をもつ国は、夏場に氷のない海を得ることになります。そうすると、そこで漁業をしたり、航路を開設したりできるので、経済的な恩恵が得られる。また、ニューヨークタイムズ紙の最近の記事によると、スイスはエネルギーの6割を水力発電に頼っているのですが、近年は山岳地帯に一年中あった氷河が融解しつつあるので、利用できる水の量がさらに増え、水力発電のブームになっているそうです。 

 

 しかし、いずれの場合も、これまで氷として地表付近で固まっていた水が溶け出すのですから「海面上昇 → 陸地の減少」が起こるだけでなく、地球表面を循環する水の量が増えることで、大雨や洪水が起きやすくなると考えねばなりません。いや実際、そういう現象が日本を含めて世界各地で起こっています。 

 

 このようにして、私たちは“荒れた地球”“住みにくい地球”を子供や孫たちに残していくことになりそうなのです。そんな事態はぜひ、避けねばなりません。 

 

  先ほど紹介した講習会での質問では、「祈りが足りないのか、真理を知らないのか、もどかしい。どうしましょう?」と言われましたが、私は、もうすでに生長の家はPBSの活動を通して、自分たちのライフスタイルを自然を傷つけないものに転換することで対応している、とお答えしたのです。PBSの活動のことは、私がすでに今年の新年の挨拶で申し上げました。この活動は、きわめて具体的な生活変革の運動で、しかも、やろうと思ったら誰でも実行できるものです。私たちは宗教運動をしているのですから、もちろん真理研鑽や伝道や祈りは必要です。しかし、それだけでは足りない。信仰や祈りは、具体的な生活変革が伴わなければ、今、人類が向かっている“誤った方向”への巨大な流れを是正する力にはならないのです。 

 

  PBSの活動についてもし問題があるとするならば、それは「インターネットを使う」という点でしょう。生長の家の中には、この新しい文化に親しんでいない人がまだ相当数いるでしょう。特に、古くから信仰している人の中には、スマホを使ったことがないし、今さらそんなメンドーな機械は使いたくない、という人もいるでしょう。しかし、そういう場合でも、生活変革は日常生活から可能です。そのヒントは毎月発行される機関誌や普及誌に書いてあるし、従来の組織運動の中でも、いわゆる“Bタイプの誌友会”というのはPBSと親和性が強いことは、すでにお分かりの人も多いでしょう。また、“自然の恵みフェスタ”は、スマホもパソコンももっていなくても参加できます。 

 

 このようなPBSの活動、あるいは生活変革の活動は、何も「目を三角にして」やる必要はないのです。つまり、歯を食いしばって無理をしたり、人と競争してやる必要はない。このことは、私が今年の「新年の挨拶」でも申し上げました。その時の言葉を思い出していただくために、次に引用しましょう-- 

 「そのような宗教本来の活動が、毎日の生活の仕方を変えることででき、しかも“苦行”によってではなく、自然の恩恵をいっぱいに感じる“楽行”によってできるならば、これほど嬉しいことはないと思います。」 

 このことは、昨年の立教記念日でも申し上げたことで、人間の肉体と脳は使うことによって発達し、使うことによって幸福感が得られることは、すでにPBSやBタイプの誌友会、自然の恵みフェスタなどを経験した人は皆、ご存じのことでしょう。 

 

 今年の冬、私が体験したことを話させてください。この間の鹿児島・宮崎両教区合同の講習会でも話したことです。それは、冬場の寒さを利用して、新しいクラフト作りに挑戦したことです。 

  (氷のリースの話をする)

  このように私たちは、効率とか省力とか、大規模化とか大量生産というような“古い文明”の基準に囚われなければ、新しい発想のもとにまだまだ幸福を拡大させることはできる、と私は考えます。如何でしょうか? 九州の人に「氷のリース」を作れとは言いませんが、南国では南国に相応しい自然があり、山地には山地でなければない自然があり、平野には平野独特の自然があります。それらを破壊せずに豊かさを保ち、人間も幸福に生きるライフスタイルをぜひ開発し、広めていってください。その基礎をつくるのが、本年2019年であり、それは立教90年の年であり、さらにこの年は、日本では新たな年号の出発となることは決して偶然ではありません。

 

  それでは、これをもちまして立教記念日の所感とさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。

 

 谷口 雅宣

 

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