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2017年7月

2017年7月 7日 (金)

自然に与え返す“新しい文明”に向かって

 今日は午前11時から、山梨県北杜市の生長の家国際本部“森の中のオフィス”にある万教包容の広場において、「万教包容の御祭」が執り行われた。御祭への参列者は同オフィスの職員が主だったが、その様子はインターネットを介して日本の各教化部を初め、海外にも通訳入りで送られたため、多くの幹部・信徒が心を一つにしてこの日の意義を確かめ、運動の進展を誓い合うことができたと思う。 
 私は御祭の最後に概略、以下のような挨拶を述べた: 
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 皆さん本日は、第5回目の「万教包容の御祭」にお集まりくださり、ありがとうございます。 
 
 今日は7月7日の「七夕」ですが、生長の家の歴史の中では「万教包容の神示」が谷口雅春先生に下った日です。それも昭和7年の7月7日という“七並び”の日でありました。この御祭は、そのことを念頭におき、生長の家の国際本部である“森の中のオフィス”が落慶した年の7月7日に第1回目が開催され、それ以降毎年、この「万教包容の広場」において行われています。その際、七重塔が新たに1基設置されるのですが、その意義は、すでにご承知のように、私たちの運動が目指す「世界平和実現」を祈るためです。 
 
 すでに何回も触れているので簡単に申し上げますが、七重塔の「7」は「完成」とか「すべて」を象徴する数字で、そのデザインを見れば分かるように、天地を貫く1本の中心線に沿って7つの社が結ばれているのが、七重塔です。この「社」が象徴するものは、「宗教」であり、「大陸」であり、「民族」であり、「文化」であり、「世代」であり、「生物種」であり、私たちの運動の「拠点」(組織)である、ということでした。 
 
 これらすべてが“神の御心”に中心帰一して、それぞれの特徴を生かし、相互に争わず、助け合いながら繁栄している――というのが実相世界の構図です。私たちの運動は、その構図を現象世界に表す運動ですから、世界平和実現の運動であるわけです。それも、単なる政治的な平和ではなく、宗教心において、地理的な関係において、民族関係において、文化において、世代間、生物間の関係において、運動組織において、平和が現れるのが目的です。 
 
 しかし、この現象世界はご存じのように、その方向とはむしろ逆方向に動いているように感じられます。世界全体のことよりも、自分の利益を第一に考えるような動きが各地に拡がっています。「アメリカ・ファースト」を唱える大統領が登場し、イギリスはEUからの離脱を決め、日本でも「国益」を強調する首相が人気を博し、最近では「都民ファースト」を唱える政治家に率いられた地域政党が、都議会選挙で大躍進を遂げました。 
 
 旧約聖書の『創世記』には、有名な「バベルの塔」の物語があります。 その昔、人間は神に近づこうとして、協力して高い塔を建てはじめたが、それを見た神が驚き、人間の企てを成功させないために、それまで一つの言語しか使っていなかった人々を、別々の言語を話すようにしてしまった――そういう物語でした。言語が別だと人間は相互のコミュニケーションが難しくなり、協力関係が壊れてしまうので、高い塔を建てることができなくなるのです。 
 
 『創世記』第11章から、実際の記述を引用いたします―― 
 
「全地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互いに言った、“さあ、れんがを造って、よく焼こう”。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。彼らはまた言った、“さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう”。時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、“民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう。”こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。」(1~9節) 
 
 最近の日本内外の情勢を見ていると、私はなぜかこの物語を思い出すのであります。人間は科学技術を高度に発達させて、人間の利益のためだけに自然界を改変しつつあることは、ご存じの通りです。遺伝子組み換えや、地球上に存在しなかった新物質の製造、自然の現象である人間の肉体の老化を克服するための再生医療の研究、原子力発電所の増設による放射性物質の大量製造、生物多様性の破壊、人工生物の製造、人工知能の開発--これらは皆、昔は“神の領域”にあり、人間には実現不可能と考えられていたことですが、これらを人類が自分たちだけのために開発し、発達させ、産業化しようとしているのが現状です。それは、バベルの塔が象徴する「神の力を得ようとする努力」だと言うことができます。 
 
 このように、自己利益の増大のためならば、他の生物や地球環境の破壊も顧みないという生き方が展開されると、私たちの人間社会の結束は崩壊する方向に向かう--私はそういうメッセージを「バベルの塔」の物語から読み取るのであります。それは、この物語は、歴史的事実としてではなく、象徴的な物語として解釈するからです。「言語がバラバラになる」ことは、「共通語を失う」ということ、さらには「世界への共通認識や共通理解を失う」ことを意味すると考えられます。トランプ政権の登場、英国のEU離脱、難民の大量発生と受け入れ拒否、日本を含む国益第一主義の外交の拡大などは皆、この「共通認識を失う」ところから生じていると考えられます。 
 
 このバベルの塔の「バベル」は、ヘブライ語の「バビロン」のことです。ヘブライの人たちはこれを本来の“神の門”という意味にではなく、「乱す(confuse)」という意味の「バラール(balal)」と結びつけて、人類の罪の増大に対する神の対応がここに描かれていると解釈したのです。 
 
 私の手元にある『西洋シンボル事典--キリスト教美術の記号とイメージ』という本の「塔」の項には、次のように書かれています-- 
 
「すべての塔がまず誘う連想は、バベルの塔である。バベルの塔は、かつて存在した天と地との間の軸を人間の手で人工的に復旧し、それによって神の座まで上がろうとする試みであった。この塔は、シュメル=バビロニアのジッグラトに基づくもので、際限なく思いあがって、それでいながら人間の枠から一歩も踏みだすことのできない傲慢な人間の象徴である。」 
 
 私も、この解釈は正しいと思います。ただし、この場合の「神」とは、私たちが信仰の対象とする唯一絶対神のことではなく、「心の法則」を擬人化したものです。簡単に言えば、「奪うものは奪われる」という法則です。「他から奪うことで自分が拡大する」という考え方は、実相世界への信仰とはまったく異なる、一種の唯物論です。このような考え方に人類がこれ以上向かわないように、私たちの運動は今、「人間・神の子」の真理にもとづいて「自然と共に伸びる」ことを強調し、「神・自然・人間は本来一体」であることを訴えています。訴えるだけでなく、私たちの実際生活の中で、また、プロジェクト型組織の活動を通して、この理想を具体的に実践することを進めています。それが、“新しい文明”の基礎を作ることになるでしょう。 
 
 “旧い文明”は「自然から奪うことで人間は栄える」という思想に動かされていて、相当の発達をとげていますが、結局、自然を破壊することで人間同士が破壊に向かう方向に進んでいます。“新しい文明”はこれとは逆に、「自然に与え返すことで人間は幸福になる」という信仰にもとづくものです。それは「奪うものは奪われる」という方向にではなく、「与えるものは与えられる」という方向に心の法則を働かせる運動です。これによって万物調和、万教包容の道が開かれ、本当の意味での世界平和が実現します。つまり、七重塔は、バベルの塔の間違いを正す実相顕現運動の象徴であります。 
 
 そういう広大で、壮大な計画の基盤となる「万教包容の御祭」を今日、皆さまと共に、親しく執り行わさせていただけたことを、心から感謝申し上げます。これをもって私の本日の所感といたします。  
 ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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