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2017年1月13日 (金)

凡庸の唄 (5)

 凡庸は、
 こんな機械の専制支配を
 笑いながら拒否するのだ。
 なぜ笑う――
 凡庸は機械の力を知っているのだ。
 機械に任せば
 仕事の効率は格段に向上する。
 出来栄えも一見、
 美しく
 正確で
 均整がとれている。
 規格通りの品が
 大量に、短時間で完成する。
 単価が下がり
 数多く売れるに違いない。
 が、しかし
 規格品は
 ボタンを押せば誰でも作れる。
 人が作るのではなく、
 機械が作るからだ。
 人間は、
 人間であることをやめ、
 ボタンを押すだけの機械になる。
 製作の技術が不要になるから、
 世界と人間との
 接点が希薄になる。
 世界に直接触れ、
 傷つけ疵(きず)ついているという
 切実な実感が失われる。
 ある物の製作が楽になっても
 別の物の製作ができず、
 応用がきかず、
 視野が狭くなる。
 それは、
 スペシャリゼーションと同じだ。
 
                      谷口 雅宣

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