凡庸の唄 (3)
凡庸は今、
白昼夢を見ているのではない。
心が開かれれば
人は皆、
自分の周囲を理解し、
慈しむ能力をもっている。
それなのに
先を急ぐ人は、
「先」しか見ないと心に決め、
目的をしぼって心を閉ざす。
でも、よく考えてほしい。
「先」しか見ないということは、
何も見ないことではないか。
Aの地点にせっかく来ても、
彼はその先
Bのことを考える。
Bに到達すれば、
彼はCの様子が気になり、
電話して担当者を呼び出す。
担当者に仕事を頼んだあとは、
今いるBを楽しめばいい。
しかし周囲の喧噪は、
道を急ぐ人々の流れは、
客引きの呼び声、
パチンコ玉の跳ね散る音は、
彼の心を急き立てる――
今もっと何かすべきではないか。
自分にし残したことはないか。
彼の心は
目の前にあるのと別のことを探している、
考えている。
そっちの方が
価値あることだと信じている。
そんな彼こそ
白昼夢を見ているのだ。
谷口 雅宣
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コメント
矢継ぎ早に情報が飛び交う現代社会において、ゆっくりとした時間を過ごすことは、豊かな人間性を育むために必要なことであると、思います。
それは、本当の自分[実相の自分]にふりむく(見つめなおす・回顧)ことであり、後退ではなく、輝かしい前進であると、思います。
カメは、ウサギに、勝ったのですから。特に、私は、その時間を持つことの重要性を痛感しております。
志村 宗春拝
投稿: 志村 宗春 | 2017年1月11日 (水) 20時02分
凡庸の唄、心に染みました。結果を出すことばかり考えて、上手くいかず落ち込む事が多かった私の人生だったので、詩を読んで、ああ、これで良いんだと、気が楽になりました。ありがとうございます。これからも、出来る事を頑張って、人生をもっと楽しんで、凡庸に暮らしていこうと思います。ありがとうございます。岡本淳子(⌒0⌒)/~~
投稿: 岡本淳子 | 2017年1月11日 (水) 21時55分