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2016年8月

2016年8月18日 (木)

核による先制攻撃 (2)

 日本を対象に具体的なケースを考えてみよう。今の時点で最も起こりやすい日本周辺での武力衝突は、尖閣諸島や南沙諸島海域で日本と中国の間で起こるものだ。その場合、中国の軍艦や戦闘機が日本の自衛隊の航空機や艦船に対して攻撃を検討するときには、日本からだけでなく、アメリカ軍からの報復攻撃の可能性も考慮しなければならない。そして、アメリカ軍の報復の中には「核によるものもあり得る」と考える場合と、「核での報復はない」と考える場合との間に、中国側の攻撃命令の出しやすさに違いがあるかどうかということである。私は、違いはそれほどないと思う。なぜなら、日中の艦船や航空機間での武力衝突に対して、アメリカがいきなり核兵器を使って中国を攻撃することなど考えられないからだ。だいたい、アメリカのICBM(大陸間弾道弾)やSLBM(潜水艦発射弾道弾)は、中国の何をねらって発射されるのか? 両国の艦船間の小ぜりあいに対して、アメリカが中国の都市を攻撃すれば、それは明らかな過剰攻撃であり、人命軽視が批判されて国際世論を敵に回す。 
 
 では、どんな場合に、アメリカの核攻撃のオプションが中国の武力攻撃を抑止する可能性を生むかというと、尖閣諸島周辺での日中の武力衝突がしだいにエスカレートして、両国の攻撃が相手方の軍事基地に向けられるようになった際だろう。しかし、この場合でも、沖縄の基地が攻撃されたからといって、アメリカは中国本土に核攻撃で報復する可能性は低いと思う。その理由は、米中間の核戦争に発展する可能性が生まれるからだ。では、何もしないかといえば、そうではなく、通常兵器による報復攻撃によって限定的に応戦しながら、外交的に紛争処理の機会をさぐることになるだろう。また、「戦術核兵器」と呼ばれる比較的小規模な破壊力をもった核兵器を“先制的”に使用する選択肢もあるかもしれないが、これもいきなり使うことはなく、通常戦力による戦闘がエスカレートする過程での使用だから、いわゆる「核先制攻撃」の範疇には入らない。つまり、「核先制攻撃」を放棄しても、戦術核兵器を防衛的に使用することはできるだろう。 
 
 問題は、北朝鮮の動向だ。私は、北朝鮮の核開発は、アメリカからの先制核攻撃の脅威を和らげるための手段だと考えている。北朝鮮の核攻撃能力は、韓国のソウルや日本の東京に壊滅的打撃を与えることは今でも可能だろう。だが、彼らがそれを実際にしないのは、アメリカの“核の傘”が有効に機能しているからだ。つまり、ソウルや東京への核攻撃、ないしはその脅しが機能しないのは、北朝鮮がアメリカによる核報復攻撃を恐れているからだ。だから彼らは、ミサイルの技術を向上させて、シアトルやサンフランシスコなどの人口密集地に正確に誘導する能力を獲得することにより、アメリカの核(報復)攻撃を抑止しようとしているのだろう。 
 
 そこで今回、アメリカが核先制攻撃のオプションを放棄すると宣言した場合、北朝鮮はどう考えるかが重要なポイントになる。もし私が考えているように、北朝鮮の核開発の目的がアメリカからの先制核攻撃の抑止であるならば、それを放棄するアメリカの決定は北朝鮮への朗報だ。別の言葉で言えば、彼らはこれ以上核開発を進める理由を失うことになる。しかし--と安倍首相なら言うかもしれない--アメリカからの先制核攻撃の脅威がなくなれば、北朝鮮は“安心して”日本や韓国を核攻撃で恫喝しつつ、東アジアで勝手な行動を拡大することになる。本当だろうか? 
 
 私は結局、この問題は北朝鮮の現政権を“極悪”と見るのか、それとも“善”と言わないまでも“極悪ではない”(交渉の余地がある相手)と見るかの差ではないかと思う。前者の見方をすれば、どんな防衛上の努力を講じても、“北朝鮮の脅威”を払拭することはできない。だいたい北朝鮮は、核兵器など使わなくても、一部のイスラーム過激派のように、日本国内に戦闘員を潜入させて、銀座や大手町で自爆テロを起こすことは今でも可能だろう。しかし、後者と見るならば、彼らの外交目的は(他のどの国とも同様に)自国の安全保障と繁栄であるだろうから、その目的に資する条件を提示して交渉のテーブルに引き戻すことは可能だと思うし、そうすべきである。 
 
 私が言いたいのは、この時点でアメリカが「核による先制攻撃」の選択肢を放棄する核戦略の転換を行ったとしても、中国や北朝鮮から日本が武力挑発を受ける危険性が有意に増大する可能性は少ないということだ。これはもちろん、そういう危険性が「絶対ない」という意味ではない。日米の信頼関係が破綻したり、中朝の指導者の国内統治力が大幅に減じたり、はたまた日本の力が及ばない事態の勃発で朝鮮半島で武力衝突が起こったりすれば、条件は大きく変わる。これらの“不測の事態”が起こることを今から考えて、万全の構えで国の安全を保障したいという「不安な気持」は理解できなくはない。しかし、それならば、防衛力や軍事技術のような“敵を認めて備える”努力を増大するのではなく、外交や親善交流を拡大して“敵として認めない”努力をもっと拡大すべきだと思う。なぜなら、国際関係は結局、人間の心が動かすものだからだ。 
 
 谷口 雅宣

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2016年8月17日 (水)

核による先制攻撃

 物騒なタイトルをつけてしまったが実際、物騒な話なので、読者諸賢にはご容赦願いたい。8月17日の『山梨日日新聞』が共同通信の配信記事を1面トップに載せて、安倍晋三首相が「核による先制攻撃という選択肢を捨てないでほしい」とアメリカの太平洋軍司令官に頼んだというのである。米紙『ワシントン・ポスト』が15日付で伝えたニュースを日本向けに書き直したものだが、日本の首相がアメリカの大統領にではなく、軍司令官に頼むというのは奇妙な話ではある。この記事によると、安倍首相は7月26日に日本滞在中のハリス米太平洋軍司令官に会っているので、この時に要請したものらしい。 
 
 その理由は、“核なき世界”を提唱するオバマ政権が今、アメリカの核戦略を見直しつつある中で、「核による先制攻撃」を選択肢から除くことを検討しているからだ。安倍首相の考えでは、アメリカの「核による先制攻撃」の可能性がなくなると、北朝鮮や中国に対する日本の防衛力が弱まるということらしい。この記事によると、オバマ大統領の核戦略再検討の動きに対しては、「米主要閣僚は反対、韓国やドイツなどの同盟国も懸念を示しているとされ、採用の可能性は低い」らしい。しかし、その一方で、「川口順子元外相とオーストラリアのエバンズ元外相らアジア太平洋地域の元閣僚や軍高官ら40人は16日、オバマ政権に先制不使用政策の採用を強く促し」たという。賛否両論があるということだ。 
 
 核による先制攻撃のオプションは、アメリカ自身にとってはそれほど重要でなくなっている。普通、核先制攻撃は、敵国が自国の政府や人口密集地に対して甚大な損害をもたらす危険が差し迫っていると判断した時に、敵国の核兵器や軍事基地に対して行われる。しかし、これは理論上の想定で、実際にはそれが行われたケースは歴史上存在ない。キューバ危機の際に、当時のケネディー大統領がソ連に対してこのオプションを明示して、キューバへのソ連製核兵器の導入をやめさせた例はあるが、このときも核先制攻撃は行われなかった。また、イラク戦争の発端は一種の“先制攻撃”だったが、この場合も核兵器は使われず、通常兵器での大規模攻撃だった。また、イスラエルが隣国イランの核開発に脅威を感じ、イランの核施設に対して先制攻撃を行った例もあるが、この場合も核兵器は使われず、爆撃機による通常兵器の攻撃だった。 
 
 このように先制攻撃は歴史的には行われているものの、これに核兵器を使った例は皆無といっていい。その理由の一つは、核兵器の破壊力があまりにも強大なので、それを限定的に使えず、使った場合は過剰攻撃となって国際世論を敵に回すか、あるいは全面核戦争につながるリスクが大きいからだろう。もっとも「劣化ウラン弾」のような放射性物質の破壊力を限定的に使用する兵器はあるが、これはいわゆる「核兵器」の範疇に入らない。 
 
 現在では冷戦は終わり、対ロシア、対中国の関係でアメリカが核による先制攻撃を行う必要性はきわめて少ない。また、現在のアメリカに対する脅威は、ロシアや中国のような核保有国からの攻撃ではなく、イスラーム原理主義などの少数のテロリストがアメリカ国内で起こす都市への攻撃で、これに対しては核兵器はまったく無力であり、抑止力はない。 
 
 アメリカが核先制攻撃を放棄して問題が起こるとすれば、それはいわゆる“核の傘”を差しかけている同盟国との関係である。核先制攻撃をアメリカが放棄した場合、同盟国に対する武力攻撃の抑止力が減退すると考える国が少なくないからだ。安倍首相もその中の一人だろう。だが、本当にそうであるかは明らかでない。 
 
 谷口 雅宣

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