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2016年6月17日 (金)

信仰者はウソをつかない

 今日は午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山にある谷口家奥津城で「谷口雅春大聖師三十一年祭」がしめやかに執り行われた。前日の雨は上がり、時に陽が差し込む中、奥津城前の広場には神奈川、石川、和歌山、広島、香川、鹿児島から団体参拝練成会に参加する信徒・幹部ら、また近隣の教区から合計五百数十名が集まり、生長の家創始者の遺徳を偲び、真理宣布の決意を互いに確かめ合った。私は、年祭の最後に大略、以下のような挨拶を行った。 
 
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 皆さん、本日は谷口雅春大聖師三十一年祭に大勢お集まりくださり、誠にありがとうございます。谷口雅春先生は昭和60年の今日の日に昇天されましたが、あれから31年が過ぎていきました。雅春先生は昭和50年1月に、81歳で東京からこの地に移られ、龍宮住吉本宮(昭53)と霊宮(昭56)を建設され、長崎では約10年間を過ごされました。 
 
 この間、生長の家の運動では大きな変化がありました。それは昭和58(1983)年7月に、生長の家政治連合(生政連)という政治団体が活動停止になったことです。今日は、その意味について振り返りたい。生政連は昭和39年9月に結成されましたから、それ以降約20年にわたって、生長の家は政治運動を展開したという歴史をもっています。 
 
 しかし、そういう政治運動はやめようということになりました。これは、第2代総裁の谷口清超先生の決断によるものです。しかし、谷口雅春先生も政治と宗教が一体となった運動には弊害が大きいことを、この決定の10年ぐらい前から気づいておられました。谷口清超先生は、その意を汲まれ、さらにご自分の信念にもとづいて、この重大な決断を下されたのです。 
 
 当時のことをやや詳しく書いた文章を読みます。これは私が監修して2004年に出した『歴史から何を学ぶか:平成15年度生長の家教修会の記録』という本にあるものです。書いた人は、この政治運動の推進に中核的役割を果たしてきた元本部講師の森田征史さんです 
 
-----(以下引用)---------------- 
 
<生政連活動停止の原因となる重要な問題は、既に昭和43年9月1日号の『聖使命』紙に谷口雅春先生の「勝利に傲らず聖胎を長養すべし」と題されたご文章の中に示されていました。それは、「純粋宗教的立場から幾分方向転換して政治的方面に運動を進めて来たために、宗教の純粋さや、清潔さが少しでも失われて来ていないか」ということでした。教化部や道場で真理の話が少なく、「票の獲得」のことが多い等の意見があり、宗教的な魂の教化や救済が第二次に置かれるとき、純粋なる宗教的真理を求める人たちは去ってしまうか、近寄り難くなるのは当然の帰結である。そのために選挙の票は伸びたが、信徒又は誌友数は足踏みどころか却って少なくなった県もある、と先生はご指摘になりました。(…中略…)そして、純粋宗教活動にのみ精神と行動を集中するためには、地方の教化方針や雰囲気を変える必要があり、教化部長の改選期にあたり大々的に配置転換が行われると同時に、相・白・青の組織が政治運動のために一元化していることから、男性が白鳩会を支配している傾向のところは改めなければならなぬ、と強く指摘されました。 
 
 こうした先生のご指摘に対して、主たる改善が行われないまま運動が進んでいきました。しかしその後、参議院選挙での全国区比例代表制の導入等、新たにいろいろな重大な問題や矛盾も生じ、昭和58年7月5日、生政連は遂に活動停止となりました。 
 
 生政連の活動停止後、先に述べたように、谷口清超先生のご指導を戴いて次のような教団の新たな決意が述べられました。 
 
 このような情況においては、吾々の運動は立教本来の布教使命の自覚と人類光明化運動の根本的な基盤確立が必要欠くべからざるものとの観点から、出来るだけ多くの国民の中に『神の子・人間』と実相日本の霊的使命を伝道し、全世界の組織網を確立することが急務と考え、生政連活動は停止されたのであって、決して後退したのではない。それは新たなる前進である。今後は、人間神の子の真理・真理国家日本の理念を自覚した国民をもっともっと多数うみ出すことにより、そうした国民の正信がおのずからに、政治家は勿論、凡ゆる階層の人々に反映され、生活・教育・家庭・事業、及び政治の変革が実現するような状況をつくり出して行こう、とするのである。それはこれまで以上に幅広く、根の深い雄渾な活動への重大な第一歩と言えるであろう。 
 
 こうした目的を達するためには、生長の家の各組織を拡大・充実させつつ、飛躍的な教勢拡大を図るほか、安易な道はどこにもありえない。そしてそれこそが、人類光明化運動の原点でもあるのだ。吾ら信徒一同、この原点に立ち、菩薩行に邁進したいと決意を新たにする次第である。(『聖使命』昭和58年8月15日号) 
 
 生長の家はその後、純粋な信仰運動として信徒拡大をはかるために、従来、政治目的で行動を共にしてきた「日本国民会議」等の“愛国団体”とも分かれ、講習会推進活動を中心とした運動を展開しました。>(同書、pp. 59-61) 
 
--------(以上引用)------------- 
 
 ここにあるように、生長の家は生政連の活動停止を決めたことに伴い、それまで政治的な行動を共にしてきた、いわゆる“愛国団体”とも袂を分かつという方針を決め、その方針を実行してきたはずなのです。この“愛国団体”の中に「日本国民会議」というのがありました。これが今、話題になっている「日本会議」の前身である政治団体です。ですから、生長の家は長年の政治運動による諸問題を真剣に考察した結果、宗教の純粋性を回復し護持するという重要な目的からこの決定を下した。その決定から、今はもう30年以上たっているのです。 
 
 ところが残念なことに、この決定に従わない人々がいたのですね。それも一般の信徒ではなく、生長の家本部の中枢にいた人、また教化部長として、本部講師として、本部からの給料で生活の保障を受けていながら、表面では本部の方針に従う素振りをして、何十年も“面従腹背”の生活を送ってきた人々がいたのです。 
 
 先日、6月9日に発表された生長の家の「今夏の参議院選挙に対する方針」には、そのことが次のように書かれています-- 
 
--------(以下引用)------------- 
 
<最近、安倍政権を陰で支える右翼組織の実態を追求する『日本会議の研究』(菅野完、扶桑社刊)という書籍が出版され、大きな反響を呼んでいます。同書によると、安倍政権の背後には「日本会議」という元生長の家信者たちが深く関与する政治組織があり、現在の閣僚の八割が日本会議国会議員懇談会に所属しているといいます。これが真実であれば、創価学会を母体とする公明党以上に、同会議は安倍首相の政権運営に強大な影響を及ぼしている可能性があります。事実、同会議の主張と目的は、憲法改正をはじめとする安倍政権の右傾路線とほとんど変わらないことが、同書では浮き彫りにされています。当教団では、元生長の家信者たちが、冷戦後の現代でも、冷戦時代に創始者によって説かれ、すでに歴史的役割を終わった主張に固執して、同書にあるような隠密的活動をおこなっていることに対し、誠に慚愧に耐えない思いを抱くものです。先に述べたとおり、日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とはまったく異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。彼らの主張は、「宗教運動は時代の制約下にある」という事実を頑強に認めず、古い政治論を金科玉条とした狭隘なイデオロギーに陥っています。宗教的な観点から言えば“原理主義”と呼ぶべきものです。私たちは、この“原理主義”が世界の宗教の中でテロや戦争を引き起こしてきたという事実を重く捉え、彼らの主張が現政権に強い影響を与えているとの同書の訴えを知り、遺憾の想いと強い危惧を感じるものです。> 
 
--------(以上引用)------------- 
 
 イスラーム原理主義にもとづくテロリストの戦術として、英語で「sleeper cell」と呼ばれるものがあります。「sleep」は「眠る」という意味で、「cell」は「細胞」--「眠れる細胞」です。政治学の分野では「細胞」は政治組織の最小単位のことであります。「sleep」という語も、スパイなどが自分の本当の身分や意図を隠しながら、一般市民の中で静かに、ごく“普通に”していることも意味する言葉です。ですから、「sleeper cell」は「所属する組織の本当の目的を秘匿して、大衆の中で普通の市民として暮らす単位組織」という意味になります。 
 
 この“スリーパー・セル”が私たちの運動の中にもあったということです。そのことは、菅野さんの本の中で、実名をもって証明されています。これは、そういう人々が何十年も前にいたという話ではなく、ごく最近まで生長の家の幹部として活動し、今は「日本会議」の中枢にいたり、さらに私たちの運動に反対している「谷口雅春先生を学ぶ会」の中枢にもいる--ということです。しかし、私たちの今回の決定は、これらの人々への憎しみに基づくものではありません。そうではなく、これらの人々の運動方法と行動哲学は、宗教が説く「信仰」とは相容れないことを明確にするためです。さらに言えば、この同じ方法で隠密裏に、日本の政治が彼らの偏向した思想によって間違った方向に向けられる危険性が迫っているという認識と危機感にもとづくもので、「そうさせてはいけない」という強い意志の表明なのです。 
 
 健全な民主主義を機能させるためには、政治の透明性が不可欠です。しかし、彼らが何十年も実践してきた“スリーパー・セル”のような“面従腹背”の生活と運動方法は、宗教と相容れないどころか、民主主義の基本を否定するものです。なぜなら、彼らの思想と行動の実態は表面から分からず、まったく不透明だからです。このような生き方は、ましてや谷口雅春先生のお考えや人格とは正反対と言っていいでしょう。 
 
 ご存じのように、谷口雅春先生は、隠し事をされない、竹を割ったような、まっすぐな性格をおもちでした。先生は宗教の創始者という立場にありながら、ご自分の失敗を包み隠さず文章に書かれたことが一度ならずあります。有名なのは、『生命の實相』の自伝篇にある若い頃の女性遍歴の話です。これは多くの方はすでに読まれている。 
 
 また、立教後に、先生の一人娘である谷口恵美子先生の結婚相手を選ばれたときも、一度失敗されている。この話は、先ほど紹介した『歴史から何を学ぶか』の中に、一部が引用されています: 
 
--------(以下引用)------------- 
 
<ご存じの方も多いかと思いますけれども、谷口雅春先生もこの後継者選びに関しては一度、そういう過ちを犯したことがおありです。それが『善と福との実現』という本の中に書いてあります。 
 
 それは、谷口清超先生がまだ雅春先生の前に現れていない時期に、谷口恵美子先生の娘婿として、ある人物を選ばれた。それは谷口恵美子先生がよく知らない人だったけれども、雅春先生がその人のことを知って、この人なら戦争に行かないだろう--つまり、腎臓に結核菌が入ったので一方を摘出したから、徴兵に取られないと思われた。そして、自分の所に「心の父よ」という肩書きで手紙を書いてきたこともあって、先生の方も「吾が子よ」というような感情が起こってきて、その人を養子に定められた。恵美子先生は雅春先生を深く尊敬されていましたから、「お父様のおっしゃること、決めることはすべて善い」と思って結婚されて、その人物は谷口家の養子になったのです。 
 
 しかし、恵美子先生は結婚してから、自分はこの人が愛せないということが分かった。そして苦しまれるんですね。その様子も『善と福との実現』の中に書いてあります。あの本を読まれていない方はぜひ読まれるといいですね。感動的な文章がいっぱい書いてあります。雅春先生は、当時のご自分の精神状態も詳しく分析されていて「私に少し間違った選択があったのは否定できない」ときちんと書いていらっしゃる。>(同書、pp. 173-174) 
 
--------(以上引用)------------- 
 
 このように「正直である」こと、「ウソをつかない」ということは、宗教者に必須の信条であり、素質です。なぜなら宗教とは、人が「心の底で何を想っているか」「何を信じているか」を問題にするからです。それを隠したり、偽ることで信仰が成立するはずがありません。私たちがよく知っている「大調和の神示」の中にも、「怺(こら)えたり我慢しているのでは、心の奥底で和解していぬ。感謝し合ったとき本当の和解は成立する」とハッキリ書いてあることを思い出してください。これは、「表面的に仲直りするのではダメだ。心の底から仲直りしなさい」という教えです。 
 
 今回の生長の家の方針は、このような「ウソを言わない」という私たちの信条からしても、また民主主義の根本原則からいっても、今の安倍晋三首相が率いる与党の方針と行動を容認することは、日本を危機に導くという判断--そういう愛国心にもとづくものです。ぜひ、この点を理解していただき、宗教者としての純粋性の表現と、国の進む方向を誤らせないために、「与党とその候補者を支持しない」というメッセージを、皆さんの投票行動で示していただきたいのであります。 
 
 これをもって谷口雅春大聖師三十一年祭の言葉とします。どうか皆さん、信仰者として「ウソをつかない」生き方を守り通してください。ご清聴ありがとうございました。 
 
谷口 雅宣

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コメント

私は雅春先生にはお会いできず、清超先生に初めてお会いしたときのことが忘れられません。団参でご指導してくださっている清超先生はウソや詭弁がまったく存在しない世界にいらっしゃたのが、驚きと感動で拝見していました。結婚したての頃、妻に連れていかれていたころ(生長の家を知らない頃)です。あの時清超先生にお会いしてなかったら、今の私はないと思います。「ウソをつかない」は正しく真理と思います。ご指導ありがとうございます。

投稿: 日野雅之 | 2016年6月18日 (土) 01時49分

私は、総裁先生のご著書に感銘して、大学院で「環境倫理学」と「生命倫理学」を研究している者です。この応用倫理学の関連し合う両分野の進展のバランスが、どうしても生命倫理の進展に比べ、環境倫理の停滞が問題となっています。
 安倍政権の「経済至上主義」、唯物主義といっていいのか分かりませんが、原発推進が象徴していると考えられます。どこかで歯止めがきかないかと憂慮しています。ドイツのように「倫理委員会」が機能して、原発に対してもノーといえる組織が日本でもできないものか。ドイツのように宗教政党でなくても、宗教者が、政府の暴走に対して、意見が述べられる機構の構築ができないものかと考えます。今回の件でも、「立正佼成会」が賛同したとききましたが、協力して「宗教者会議」といった政党ではない機構が確立して、我が国の倫理委員会に匹敵するような機能が働くことを望む次第です。最後に、国政選挙でも候補者を吟味して、宗教者としての投票行動ができるようにしたいと考えます。あくまでも私感です。

投稿: 中元啓夫 | 2016年6月21日 (火) 09時21分

 今回の教団の決定は本当に有り難く存じます。立正佼成会も支持をしてくれたとは本当に嬉しい限りです。

 まともな頭を持っていれば教団の方針は拍手喝采ものだと思います。

 ところで今回は先生のお話を直に拝聴する事が出来大変有り難かったです。
 「正直な信仰者であれ」という事ですね。でも現実はそうでない人もいてそれが今の政権に食い込んで操っている。これはゆゆしき事であり、今回の教団の決定は至極当然の事だと思います。

 生長の家をだまし裏切った人達がその思想で政権を操っている訳ですから大変な事態だと思います。だから恥知らずな嘘も次々とつける訳で。そんな政治がまかり通ったらこの国は滅びてしまいますね。

 私は今回、菅野さんの本がこの時期(参院選直前)に出て先生の目に止まった事は決して偶然ではないと思います。住吉大神の御働きだと思います。

投稿: 堀 浩二 | 2016年6月21日 (火) 23時11分

合掌ありがとうございます。日本会議とは何なのか?と思っていました。私は入信が平成元年なので生長の家の政治活動について、ほとんど知りませんが、武道館で全国大会を開催していた時、会場近くでビラを受け取り読みました。生長の家を悪く書いてあった事を思い出します。

このたび、教区から「今夏の参議院選挙に対する生長の家の方針」を配布され、『日本会議の研究』をアマゾンで買い求め、三分の二読みました。読むほどに背筋が寒くなる思いになり、気分も悪いです。

そして雅宣先生の運動方針が爽やかで嬉しくなりました。
家族とも話をし誌友さん達にも話をして、正しい投票をする決意です。ありがとうございます。

投稿: 小澤悦子 | 2016年6月23日 (木) 13時57分

参院選での与党不支持の指示大賛成です。ちょっと心配なのが幸福実現党です。憲法改正、安保法制賛成に加えて核武装も主張しています。熊本県選挙区では、自民、野党連合の他に幸福実現党候補も出ています。『幸福実現党不支持』のご指示を出し頂けないでしょうか。実は幸福の科学の信者には元生長の家も多く、人間関係もあり票が流れるのではと心配しています。

投稿: 河上ひろし | 2016年6月27日 (月) 18時36分

合掌  いつも 正しいお導きありがとうございます。
「宗教者は嘘をつかない」下々の者、本当にそうありたいものです。今回の選挙の結果に  なぜ?なぜと言う驚きのおもいです。 脱原発について「天地の万物に感謝せよ」との「大調和の神示」を詳細にたびたび 総裁先生はお示しくださっています。なのに、どうして?という。 我々人類にとっても 大切な役割を果たす自然界を脅かす怖さのことよりも、繁栄を臨む人々が多いのでしょうか。今の生活を優先させたのでしようか。信仰者としてとても残念です。 正しきことには勇気ある発言や行動を常に心したいと思う一者です。   再拝                      島根教区 足立冨代

投稿: 足立冨代 | 2016年7月27日 (水) 15時04分

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