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2016年1月

2016年1月23日 (土)

核兵器と麻薬

「核って麻薬みたいなものね…」
朝食後の食器を片づけている妻が、カウンター越しに言った。 
「えぇ…」 
 私は薪運びの準備をしながら、肯定とも否定ともいえない返事をした。妻の言葉の真意が、すぐには理解できなかったからだ。 
 
 冬の朝食後の私の仕事は、居間の中央に置かれた薪ストーブの後ろに、南側のデッキから移動した薪を積むこと。そして、デッキに並べられた薪が居間に移動した分、北側の薪小屋から薪を運んでくる。これを毎日きちんとしておかないと、十分乾燥していない薪をストーブに入れるはめになる。すると、薪は黒い煙を出すだけで、よく燃えない。氷点下が続く冬は、ぜひ避けたいことだ。 
 
 妻が言う「核」とは、核兵器のことである。前日にオフィスで行われた講師の勉強会で、核の抑止力について発表があり、その発表の締めくくりとして私が話したことについて、妻は感想を漏らしたのだった。 
 
 「麻薬」という比喩は、「やめたくてもやめられない」という状態になるという意味では当たっている。核兵器は通常、隣国か、隣国の同盟国に強い脅威を感じた国が、防衛上の観点から採用するものだ。隣国から攻撃されても、「こちらには“最終兵器”があるゾ!」というメッセージを出して、「報復に核を使われたら、ヒドイ目にあうかもしれない」と恐怖させ、攻撃を躊躇させることで国の安全を確保するのが目的だ。しかし、本当の問題はそこから始まる。それは、核兵器が“最終兵器”と言われるように、破壊力の甚大さでは比類がないからだ。 
 
 ある国が核武装をすると、その国と対立する隣国(もしくはその同盟国)は、この破壊力が自分たちに及ぶ可能性を考えて恐怖する。そして、破壊を受けないような対策を講じようとする。核爆弾は、それを持っているだけでは意味が少ない。自国で爆発すれば、自国が破壊されるだけだからだ。核は、それなりの正確さをもった運搬手段を使って、敵方の目標近くまで確実に運び、そこで爆発させなければならない。だから、隣国の核武装を恐れる国は、その運搬手段が自国の領土内、あるいは領空内に達するまでに破壊する方法を考えるのだ。 
 
 核爆弾の運搬手段は、現在のところ①航空機、②ミサイル、③船舶(潜水艦)が主なものだ。しかし、技術革新で核爆弾の小型化が進むと④自動車、⑤ドローン(無人航空機)、そして⑥人間、によっても運搬が可能となる。 
 
 交通と輸送が高度に発達し、グローバル化した現代では、この6つの運搬手段すべてを、一国の領域内に侵入させない方法など存在しない。そこで、隣国の核武装を恐れる国は、別の対策を考える。それは、自分の国でも核兵器かそれに近い大量破壊兵器を開発し、対立する隣国に対して「お前がこっちを核で攻撃すれば、それと同等の破壊力でお前も破壊するゾ!」と脅すことで隣国に恐怖を抱かせ、核による攻撃を躊躇させることだ。これが、核の抑止力(deterrence )と言われるものだ。 
 
 しかしここで重要なのは、「同等の破壊力でお前も破壊するゾ!」というメッセージに信憑性があることだ。「あれは完全なブラフで、彼らは本当は核爆弾など持っていないか、持っていても運搬手段が完成していない」ともし、核武装した敵意のある隣国が考えたとしたら、「では、今のうちに相手の核開発を阻止しておこう」という誘惑が生じ、かえって攻撃される危険性が増大する。そこで、核武装を決意した国は、運搬手段も含めた核兵器の開発を中断することが困難になるのである。また、自分の核開発の状態を過大に宣伝する必要を感じることもある。 
 
 近年の北朝鮮の言動が、ここに描いた通りであることに読者は気づいてほしい。また、イスラエルが実際、核兵器製造を疑っていたイラク(1981年)やシリア(2007年)の核施設を単独で攻撃した動機も、ここにある通りだと私は考える。北朝鮮は、アメリカの軍事力を恐怖し、その同盟国である日韓を恐怖しているから、アメリカに対して「お前がこっちを攻撃すれば、核の破壊力でお前も破壊されるゾ!」というメッセージを込めて、核実験を行い、ミサイルを日本海や太平洋に打ち込み、SLBM(潜水艦搭載型ミサイル)の実験成功を宣伝し、「水爆実験も成功した」と大声で叫ばなければならないのだ。 
 
 「麻薬」の中毒者は、麻薬を吸引した際の陶酔感に縛られて、やめられなくなる。しかし、核武装は陶酔感ではなく、強い恐怖から始まるところが違うと思う。また、この恐怖心から逃れられなくなる点も、麻薬とは異なる。確かに核武装の当初、その恐怖心は一時的にゴマかせるかもしれない。しかし、“敵”も同じ恐怖心を共有するから、それを消そうと核武装をさらに強め、そのおかげで自分側にもさらなる恐怖が生まれる。そして、双方が“恐怖の均衡”に向かって果てしなく軍拡競争をする道が用意されている。そんな道を、日本の安全保障の選択肢として残しておくべきだという政治家がいるとしたら、それは嘆かわしいことである。 
 
 谷口 雅宣
 

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2016年1月 1日 (金)

“自然と共に伸びる”運動を飛躍させよう

 読者の皆さん、新年おめでとうございます。 
  旧年中は本ブログをご愛顧くださり、ありがとうございました。本年もよろしくお願い申し上げます。 
 
 すでに多くの読者はご存じのように、私の動画による「新年の言葉」なるものは、ネット上で公開されている。ここでは、その文章を再掲させていただこう-- 
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 全世界の生長の家信徒の皆さん、新年おめでとうございます。 
 
 この新しい年を、皆さんと共につつがなく迎えることができたことを神様に心から感謝申し上げます。ありがとうございます。 
 
 昨年私たちは、自然と共に伸びるための“新しい文明”の構築に歩み出す準備をしました。その準備は一昨年から始まり、昨年までに主なものが整ったといえます。一昨年は、私たちは「心の焦点をどこに合わせるか」を明確にしました。「万教包容の御祭」や「神・自然・人間大調和祈念祭」の実施を決め、生長の家総本山に“造化の三神”を勧請しました。 
 
 これに続く昨年は、それら新しい儀式や行事から生み出される精神的エネルギーを、運動の中に具体的に展開するための制度や環境を整えました。 
 
 まず第1に「自然エネルギー拡大運動」を開始しました。京都府城陽市にメガソーラ発電所が建設され、すでに稼働しています。さらに、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県に、2つ目の大規模ソーラ発電所が建設され、昨年末には稼働しました。これらによって、生長の家信徒は日常生活から排出される温室効果ガスを減らす道が、現実に拓かれたと言えます。 
 
 第2に、世界の貧しい人々の現状を想い、心を寄せる「一汁一飯」の試みが始まり、全世界に拡がりつつあります。これは、自然界を傷つける肉食を削減する従来からの取組みと同一線上にあり、信徒の皆さんの御賛同を得て確実に広がりつつあります。 
 
 第3には、自然から奪わない生き方を実践する新しい行事として、昨年私たちは「“自然の恵み”フェスタ」を日本国内の一部教区で実施し、参加者の好評を博しました。また、このフェスタの実践は、今年から世界的に拡大していくことが決まりました。 
 
 第4として、私たちは昨年、「生長の家“いのちの樹林”」を大都市・東京の2カ所に造成しました。そうです、私たちは都会を捨てて“森の中”に引きこもったのではありません。都会の中に、本来の自然を再現する試みがこの“いのちの樹林”の建設です。この樹林は、訪れる人々に、自然と一体の生活の善さと価値を思い出させ、“自然と共に伸びる”ことの意義を伝える重要な施設です。私たちは今後も都市部において“いのちの樹林”を増やし、掛け替えのない自然の価値を伝える努力をしていくつもりです。 
 
 さて、これらの準備が整った本年、私たちは何をすべきでしょうか? それはもちろん、“自然と共に伸びる”運動をさらに大きく発展させることです。多くの人々にこの運動に参加してもらい、“人間・神の子”の真理を、あらゆる機会に、より多くの人々に伝えてください。もっと具体的には、世界各地で“自然の恵みフェスタ”を実施してください。これは単なる収穫祭ではなく、自然と人間が本来、神において一体であるという真理を、現実世界に表現する宗教活動です。 
 
 なぜそうすべきかを、皆さんはすでにご存じです。深刻化している地球温暖化は、自然と人間とを分離する考えから生じています。この同じ考えから、資源・エネルギーの不足、奪い合い、貧困の拡大などが起こっています。テロの拡大も、この動きと決して無縁ではありません。自然から奪うことで、人間同士の対立が生じているのです。逆に言えば、私たちは自然と協働し、調和し、合一することで、人類の平和と幸福を実現することができるのです。 
 
 それでは皆さん、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 
 
 谷口 雅宣 

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