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2015年12月

2015年12月12日 (土)

イスラーム国の問題を考える (3)

 11月30日~12月7日の『TIME』誌には、アルジェリアの新聞の編集者、カメル・ドード氏(Kamel Daoud)が何がISISを生んだかについて、簡潔な文章を書いている。それによると、どんな怪物にもそれを生んだ父母がいるように、ISISにも“生みの親”がいるという。父親はジョージ・W・ブッシュ大統領時代のアメリカであり、母親はサウジアラビアだという。ご存じのように、前大統領のブッシュ氏は、9・11の原因の1つはイラクのサダム・フセイン大統領(当時)で、しかもイラクは大量破壊兵器を開発中か、もしくは貯蔵していると断定し、“先制攻撃”を名目に大量の軍隊を中東に送ってアフガニスタンとイラクの政権を武力で打倒した。しかし、この2つの断定は後に間違いであることが明確になり、アラブ世界では、アメリカのこの行為は“アラブの強姦”と呼ばれ、反米感情が拡がる大きな要因となったのである。 
 
 その反米感情は、大統領がオバマ氏に交替した後も、国際法違反の疑いがあるドローンによる攻撃などで、多数の市民が犠牲になる状況が続いているため、衰えているとは思えない。そこへ、サウジアラビアの国教であるワッハーブ派のイスラームが、“善悪対立”の過激な世界観を人々に注入し続けている。この問題が深刻なのは、同国にはイスラームの“聖地”と言われるメッカとメディナの両都市が存在していて、毎年、世界中から膨大な数のイスラーム教徒が巡礼のためメッカを訪れ、ワッハーブ主義の影響を受けて帰国するからだ。上掲のドード氏が「ISISの“生みの親”」の1つがサウジアラビアだというのは、過激化するイスラームの若者たちの世界観は、ワッハーブ主義の影響だという意味だろう。 
 
 この過激思想との関連で、米カリフォルニア州サンバーナディノ郡でのテロ事件の容疑者について、犯行の動機と思われるものが徐々に明らかになってきた。これは西側諸国の国民による、自国を対象としたテロ(home grown terrorism)であり、対策が難しい。9・11のようなテロは、外国人によるから、いわゆる“水際作戦”がある程度の効果をもち、実際、アメリカは出入国時のセキュリティー・チェックを厳格化して、ここ数年間、外国人による国内テロを未然に防いできた。が、自国民がテロをする可能性が生じると、為政者は普段から自国民を監視することが重要になるため、電話の盗聴やメールの監視、ネット上の言動監視など、自由民主主義の原則と矛盾する活動を国家が大々的に行うことになる。しかし、これをどんなに厳格化しても、全国民を継続的に監視することなどできないから、監視の間隙を縫って、テロが起こる可能性は依然として残るのである。 
 
 サンバーナディノ郡での今回のテロは、まさにそういう監視の隙から生まれたもののようである。その要因は、経済的困難を含む社会からの疎外、過激思想の吸収、そして技術の修得、の3つが挙げられるだろう。12月9日付の『ニューヨークタイムズ』国際版によると、自分の居住地の14人を殺害し、21人を負傷させたカップルは、男(28歳)がアメリカ生まれ、女(29歳)はパキスタン人で、2人は知り合う以前からイスラームの過激思想に触れていたらしい。そして2人は、ネット上の出会い系サイトで知り合い、サウジアラビアで結婚したという。 
 
 女は、パキスタンのムルタン市にあるバホーディン・ザカリア大学で薬学の学位を取得した後、2013年から、同市にある宗教学校「アル=フーダ(Al-Huda)」で18カ月のコーラン学習コースに通っていたが、コース修了前の2014年5月、結婚を理由にやめたという。この学校は、パキスタン国外にも分校をもつ国際的宗教教育施設で、女性には顔を隠すよう指導し、保守的なイスラーム思想を教え込むということで、パキスタン内にも批判者がいるという。女は退学の際、通信教育によってもコースを修得できるかどうか学校側に問い合わせ、学校側はそのための資料をメールで送ったが、返答はついに来なかったという。この学校について、カラチにある経営学研究所(Institute of Business Administration)のファイザ・ムシュタク教授は、「学生たちはここで、活動家や改革者になるための訓練を受けます。彼らが“真のイスラーム”と呼ぶ、本物で純粋な信仰に人々を引きもどすためです」と言っている。かつてパキスタンの米国駐在大使だったフセイン・ハッカーニ氏(Husain Haqqani)の表現では、「彼らの教えには、“イスラーム信徒には世界を導く使命があり、腐敗した西洋諸国に立ち向かう必要がある”という考え方が色濃く存在する」という。 
 
 しかし、これだけでは、自分たちの居住地の福祉施設のパーティーに完全武装で出かけ、知り合いを含めた普通の人々に銃を乱射することの原因になるとは思えない。しかもこの2人は、軍隊でも使うような大型の銃4丁に加え、パイプ爆弾も多数用意して犯行に臨んだのである。この事件に備え、射撃場で銃の訓練もしていたというのだから、かなり時間をかけ、綿密に計画された行動と考えざるを得ない。 
 
 12月11日付の『ニューヨークタイムズ』国際版によると、これらの容疑者についてFBI長官、ジェームズ・コーメイ氏(James B. Comey)は、「2人の殺人犯は、早くも2013年には、殉教と聖戦に向かって過激化し始めていた」と米上院の法務委員会で証言した。この2013年という年は、ISISがまだ世界の注目を浴びていない時期である。この情報は、男性容疑者の知人によるもので、この知人は今回の事件で使われた銃を容疑者らに提供した人物で、彼と男性容疑者は2012年にもテロ事件を起こす計画をもっていたという。だから、今回の事件はISISの指示によるというよりも、容疑者らが抱いてきた過激思想がテロとして表現される最終段階で、ISISの思想と合流したと見るべきかもしれない。 
 
 そのISISの思想とは、宗教的にはいわゆる“終末論”にもとづくもののようだ。前掲紙は9日付の記事で、「ISISの予言」(ISIS prophecy)という言葉を使って、この考えを描いている。これは、2003年のイラク戦争開始の際、ISISの創始につながったアブ・ムサブ・アル=ザルカウィ氏の口から出た言葉に表れているという。ザルカウィ氏はこのとき、アメリカのイラク攻撃を「祝福された侵攻」と形容し、喜んだとされる。つまり、アメリカによるアラブ攻撃は、西側諸国をイスラームとの最終戦争に引き込むために必須とされていたのだ。 
 
  谷口 雅宣

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2015年12月10日 (木)

イスラーム国の問題を考える (2)

 私は11月27日のBBCで、ISISの問題を考えるには、イスラーム内部の宗派対立の問題以外にもインターネット等の技術革新の要素を見逃してはいけないと発言したが、これについては、『TIME』誌の同じ記事は、こう描いている-- 
 
 若者--とりわけ移民とその子供たち--は、自分の周囲の物理的なコミュニティーや国家よりも、ネットを通じたバーチャルな関係に依存する傾向があり、ISISの宣伝要員はこの関係を利用して若者の心に入り込んでいる。人類学者のスコット・アトラン氏(Scott Atran)は、国連の安全保障理事会での証言で、あるISISの新兵勧誘担当者は、1人の対象者に対して、ISISの運動の意味をその対象者に合わせながら説得するのに数百時間も費やしたといっている。これはもちろん、マンツーマンの面接ではない。それはSNSなどのネットを通した説得であり、これが可能なのは、動画や音声を含めた大容量データ送受信の技術がなければならず、ISISは、これらを使いこなす技術を有しているということだ。また、ISISの対象者となった側にも、同じ技術を利用するノウハウがなければならないだろう。この点で、先進諸国に居住する若者はISISのリクルートの対象になりやすいと言えるだろう。 
 
 では、先進諸国の若者は皆、潜在的にISISのメンバーとなりやすいのか? ここで、先進諸国内部での経済や雇用などの社会問題が重要になってくる。「自由・博愛・平等」が国家の理想として掲げられているフランスにおいて、あるいはそれと似た価値観(西側の価値観)を掲げるベルギーやドイツやイギリスにおいて、イスラーム系住民は実際、どういう境遇にあるのか? 経済の停滞と貧富の格差拡大、また宗教上の有形無形の差別の問題が、この文脈で重要になるだろう。 
 
 フランスの文化政策については、『TIME』誌は「世俗主義」が徹底していると述べている。イスラームとの関係では、それは、例えば、スカーフ類で頭を覆って学校に来てはいけないことに表れている。スカーフだけでなく、宗教的シンボルと考えられるものは、キリスト教の十字架でも、ユダヤ教のヤムルカ(男性が頭に載せる小帽子)も着用してはいけない。これは、フランスでは植民地時代から、学校というものが「フランス文化を学ぶ場」として位置づけられているからだ。こういう文化や社会環境では、イスラーム系諸国からの移民やその子孫は、国家や社会から疎外されていると感じることになる。イスラームが聖俗不分離であることを思い出してほしい。宗教と生活を一体のものとして育ってきた人が、移民先でいきなりその一方を禁じられるのである。中には、自分たちのルーツを奪われると感じる人もいるだろう。これに、経済的な格差や社会的差別の問題が加わることで、フランス社会への敵意が生まれたとしても不思議ではない。 
 
 BBCでは、ベルギーの「モランベーク」(Molenbeek)という地区のことが取り上げられたが、ここはEUの本部があるブリュッセル郊外の小さい町だ。EUの首都から近いだけでなく、ロンドンやアムステルダム、パリへも列車で2時間前後で行ける。にもかかわらず、ここは今、社会的立場の低い人々が多く集まる場所になっているというのが、一つの問題だろう。2004年のマドリードの爆弾事件、風刺画雑誌『チャーリー・ヘブド』の出版社へのテロ攻撃、パリ行列車の爆破未遂事件など、過去のいくつものテロ事件の関係者がこの地とつながっていた。それなのに、治安対策はこれまで緩かったという。 
 
 シリア、レバノン、イスラエルを含む「レバント」と呼ばれる地方の武力闘争にヨーロッパから参加する人は、国別の人口比で見るとベルギー人が最も多いという。フランス人の2倍、イギリス人の4倍だというから、改善の余地はあるだろう。しかし、警察官の配備を増やしたり、ネット活動の監視や電話の盗聴などを強化するのには限界がある。なぜなら、これらの治安対策は、一定の範囲を超えると、民主主義の基本である個人の自由尊重の原則と矛盾してくるからだ。また、非ヨーロッパ系の移民やその子孫たちが、ヨーロッパ社会で就職などで不利な扱いを受けているならば、その社会的問題の改善なくして、反社会的行動を劇的に減らすことは不可能と思われるからだ。 
 
 この点について、12月6日付の『朝日新聞』は、興味ある観察を掲載している。それはブリュッセル発の報道記事で、問題のモランベーク地区で若者の過激化の問題を扱っている人の言葉だ。今回、パリのテロ事件の首謀者とされるアブデルアミド・アバウド容疑者(当時28歳、死亡)はここの出身で、父親はモロッコから約40年前に移住し、衣料品店を営んでいたという。この地域は小ぎれいなレンガ造りの家が並ぶ中流階級の生活区域で、アバウド容疑者はここのカトリック系名門中学に通っていたという。イスラームの信者ではなかったのだ。ところが、何かの理由で道を踏み外し、盗みをするようになり、やがて退学処分を受け、その後、窃盗罪などで服役することになる。 
 
 過激化問題の専門家は、こういう若者がテロに向かう理由についてこう述べている-- 
 
「テロは彼らにとって反社会的な行為、“非行”の一つにすぎなかった。今回のテロは、宗教というより、そもそも自分が何者であるかという若者の意識の崩壊の問題だ。」 
 
 2つの祖国をもつ若者が、その一方の社会から何かの理由で疎外される。しかし、もう一方の祖国のことはよく分からない。が、親の国だから“悪い国”だとは思えない。そんな時、“新しい祖国”(親の移民先)に叛逆し、“古い祖国”(移民前の国)に魅力を感じることは不思議でないだろう。そういう「自分は何者か?」を疑う不安定な心に、インターネットなどを通じて「ここに理想的生き方がある」というメッセージが流れて来れば、そこへ引かれていく若者もいるだろう。 
 
 谷口 雅宣

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2015年12月 8日 (火)

イスラーム国の問題を考える

 前回の本欄で、11月22日の秋季記念式典での私の言葉を紹介してから、3週間がたとうとしている。その間、世界中で“ムスビの働き”に逆行するような、おぞましく悲しい事件や変化が矢継ぎ早に起こっていることに、私は胸をいためている。これらは、相互に関連し合った出来事で、そのもとを辿れば、十字軍の遠征にまで遡ることができるかもしれない。 
 
 11月13日のパリでの同時多発テロの前にも、ベイルートとバグダッドでテロがあり、10月31日にはロシア旅客機の爆破があった。フランスはパリでの事件に応えて16日からシリアの空爆を開始し、オランド仏大統領は、「これは戦争だ!」と宣言した。あの9・11後に、アメリカの前大統領ブッシュ氏が使ったのと同じ言葉だ。ロシア機の爆破は、シリアでのイスラーム国(以下、ISと記す)攻撃に消極的だったロシアを、西側の対テロ戦に全面参加させる好機会のように見えたが、その後、24日にトルコ空軍が領空侵犯を理由にロシア軍機を撃墜したことで、ロシアはトルコへの経済制裁を発動し、中東とヨーロッパの情勢はかえって複雑化している。そして、これらの戦火を逃れ、あるいは崩壊しつつある祖国を逃れて、中東や北アフリカからヨーロッパへ脱出を試みる大量の難民や移民が、各地で困窮生活を送っている。 
 
 そんな中で、12月2日、アメリカのカリフォルニア州のロサンゼルス市郊外にあるサンバーナディノ郡で、20代のカップルが福祉施設で銃を乱射し14人を殺害する事件が起こった。この2人はイスラーム教徒であり、特に女性はISの影響を受けた形跡があることから、オバマ大統領は6日、2人の行動が「過激化し、テロに及んだ可能性が全面的にありうる」と述べた。米国内のテロ事件としては、9・11以来最も死亡者の多い惨事となった。 
 
 一方、イギリスの首都ロンドンでは5日午後、地下鉄の駅構内で一人の男がナイフを出して周囲の人々を次々と襲い、1人が重傷、2人が軽傷を負った。男は犯行前に「これはシリアのためだ」と叫んだとの報道があり、ロンドン警察は「テロ事件として扱っている」と述べた。英下院は2日に、ISに対する空爆をイラクからシリア領内に拡大する決定をしたばかりだった。さらに6日には、イエメン南部のアデンで、同州知事の乗った車列で爆弾が炸裂し、知事ら7人が死亡、ISは犯行声明を出している。 
 
 止まることのない暴力の連鎖が、世界に広がりつつあると感じるのは、私だけではあるまい。この流れをどこかで止め、逆転させなければならない。そのためには、世界を“悪”と“善”、“敵”と“味方”に二分して、前者の殲滅を目指す考え方をやめなければならないのだ。これは、「テロリストを味方にしろ」というのではない。本来“神の子”である一個の人間に「テロリスト」という全否定の代名詞を被せて、その存在を否定するのではなく、テロが生まれた背景を理解し、その原因を取り除く努力をすることにより、彼らが「テロ」という極端な形で意見表明をする必要をなくすべきなのである。 
 
 そういう問題意識のもと、生長の家の“森の中のオフィス”では、本部講師と本部講師補の勉強会である「BBC(brown bag cafe)」で、去る11月27日にISの問題が取り上げられた。この勉強会では、特定のテーマについて1人の本部講師(補)が発表し、他の本部講師(補)との質疑応答の後、最後に私がコメントをすることになっている。ISの問題が取り上げられたのは今回が2回目で、この日はパリでのテロ事件を受け、「宗教は戦争を止められないのか」との論点から意見交換が行われた。大きな広がりをもった問題を、わずか1時間弱の時間内で検討するのだから、結論を出すのが困難であることはもとより承知だ。結論を急がず、宗教者として世界情勢を考えるためのポイントを、意見交換の中で見出すことが目的である。 
 
 私はその日の発表で不十分だった2つの視点について語った。それは、①イスラーム内部の宗派対立、②インターネットなどの技術革新、という要素だ。これらについて『TIME』誌の11月30日~12月7日合併号が、よい分析記事を掲載している。英語の読解力のある人はぜひ、この14ページにわたる記事を読んでほしい。 
 
 イスラーム内部の対立については、スンニ派とシーア派の伝統的な争いが背後にあることは、多くの読者はすでにご存じだろう。前者は、中東一の富裕国・サウジアラビアを初めとした湾岸諸国。後者は、イランを筆頭にシリアのアサド政権、現イラク政権、レバノンのヒズボラなど。また、シリアと同様に内戦状態のイエメンでは、反政府の武装組織「フーシ」がシーア派であり、この勢力は国境を接するサウジの軍隊とも戦っている。 
 
 中東には、この複雑な宗教対立に加えて、国をもたないクルド人の民族運動がある。クルド人の居住地はトルコ、シリア、イラク、イランにまたがり、彼らはISとの戦闘で最も成功を収めている。彼らは最近では、ISの支配下にあったイラク国内のシンジャー(Sinjar)を奪還した。しかし、これは宗教的な敵対というよりは、イラク内部の多くを自らの勢力下において、クルド人の国家をつくるのが目的である。そんな理由もあり、国内に多数のクルド人を抱えるトルコは、ISよりもクルド人の独立運動を抑え込むことを優先している。 
 
 ISは、スンニ派の過激思想、ワッハーブ主義を奉じているが、この宗派はサウジアラビアの国教であり、サウジ王家は歴史的に、潤沢なオイルマネーを使ってこの思想を普及してきた経緯があるから、サウジは今、ISへの武力攻撃をしてはいるが、その規模は限定的である。また同国は、シーア派の牙城であるイランの勢力拡大や、南に隣接するイエメンの内戦の鎮圧の方を重視していると思われる。 
 
 このような宗教と政治の複雑なからまり合いを概観して、同誌の記事はISの勢力拡大の要因について、次のように述べている--「この地域の重要な勢力のすべてが、他と協力するために何か大きな決定をしようとしても、内部に最低1つの強硬な反対勢力を抱えている。」(p. 23)--これが、ISがこれまで、比較的自由に勢力拡大を進めて来られた原因というわけだ。中東諸国は、1つの目的のもとに団結することが難しいのだ。 
 
 しかし、ISによるロシアの旅客機爆破とパリでのテロ事件により、西側諸国がロシアを味方に入れ、団結してIS掃討に当たることになれば、状況は変わってくる可能性もある。 
 
 谷口 雅宣

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