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2015年10月10日 (土)

“TPP大筋合意”で浮かれてはいけない

 難航していたTPPが“大筋合意”でまとまったが、メディアが伝えるその合意内容が明らかになるにつれて、今回の合意に漕ぎつけた世界の指導者たちが、それぞれの“国益”以外の重要な問題について真面目に考えているのかどうか分からず、不安を払拭できないでいる。 
 
 世界の様々な産品の流通を促進するいわゆる「貿易の自由化」は、経済発展にとって好ましい、と一般に認められている。原材料の入手コストが下がり、製品の価格引き下げが起こり、消費者の実質収入が増えるからである。これによって世界全体の生産量も消費量も拡大するから、生産者も消費者も共に利益を得る--というのが、一般的な考え方である。が、この考えの枠組みの中には、世界の現実のほんの一部--人間の経済活動--しか含まれていない。その人間の活動の基盤である自然環境や、資源の入手可能性、人口増加の問題、さらには国際政治の動向などはまったく考慮されていない。全体の一部のみに注目して、その一部が良ければ全体も良くなるに違いないと単純に考えると、“群盲評象”の過ちを犯す危険がある。 
 
 考えの枠組みを「貿易」や「経済」の範囲から拡大してみると、別の問題が見えてくる。「人間の活動が地球温暖化の最大の要因である」ことを世界中の科学者が真剣に訴えている時代に、その人間の活動の大半を占める経済活動をさらに進めることで何か問題が解決すると考えるのは、明らかに間違っている。これは、今回の合意をもたらした政治家たちが、短期的な狭い範囲の利益を優先して、長期的で広範囲な利益を無視しているか、少なくとも軽視していることを示していないだろうか? この疑問に対して、メディアによるTPP関連の報道は、何も答えてくれていない。 
 
 TPPの“大筋合意”で明らかになってきたことの1つに、日本の今後の農業政策の問題である。それが「良い方向」へ進むのであれば文句は言うまい。が、どうもそうではない点が問題だ。10月9日付の『日本経済新聞』によると、農水産品の関税撤廃は「今後少なくとも70品目」と大幅である。その中で輸入オレンジの関税は、4~11月期のものは今後6年目に撤廃、12~3月期のものは8年目に撤廃する。条約発効時にただちに関税ゼロとなるものは、ブドウ、ニシンの卵(塩蔵)、マグロ缶、小豆、ピーナッツなどだ。ケチャップやソースなどのトマト加工品の関税は、6~11年目に撤廃。牛タンや牛内臓は、条約発効時に直ちに関税が半減され、牛タンの場合は11年目に関税ゼロとなる。輸入ものの銀ザケは現在、9割強がチリ産だが、これは16年目までに3.5%の関税がゼロとなる。 
 
 これらの関税引き下げと撤廃が進む中で、国内産の農水産品は輸入ものと競争しなければならないが、その方法については、政府は「企業参入」の拡大を目指しているらしい。それは、甘利明・経済財政再生相が『日経』のインタビュー記事で次のように言っていることからも推測できる-- 
 
「TPPは後ろめたい気持ちでやるわけではない。農業分野も含めて反転攻勢のチャンス。日本の農業は成長産業で、TPPはそのための環境整備だということを主張していかないと。(中略)ウルグアイ・ラウンドは外国産の農産物に攻められるから国内農業に補填するというものだった。TPPは日本の一次産業は魅力があるので強みを伸ばして成長産業にしていくためにある。基本姿勢が違う」。 
 
 甘利氏がいう日本の第一次産業の「魅力」や「強み」が何であるかは明らかでなく、それらが長年続いている農水産業の深刻な後継者不足をどう説明するのかも不明である。また、農水産業が「成長産業」であるという評価の理由も説明されていない。何か言葉だけが踊っているように聞こえるのは、安倍首相の演説ともよく似ている。9日の『日経』は21面でTPPの“大筋合意”とコメ価格の問題を取り上げ、「国内のコメ農家にとって売れる品種へのシフトや省力化による生産コスト削減が急務となっている」と述べているから、現状のままでは米作家が“成長産業”と言えると評価していないことは明らかだ。 
 
 農水産省が平成23年ごろ、TPPの日本の農水産業への影響を試算したデータ「農林水産物への影響試算の計算方法について」がウェブ上にある。それによると、TPPへの加盟により農林水産物33品目で3.4兆円の生産額減少が起こり、最も深刻な影響を受けるのは米作である。アメリカやオーストラリアでは、すでに国産米と遜色のないコメが作られているが、それが国産米の約3割と置き換わるという。しかし、新潟産コシヒカリのような上質のブランド米は生き残り、価格が下がるものの生産量の減少はないと見る。また、内外価格差が大きい牛肉については、国産牛肉の75%を占める低等級(1~3等級)の牛肉は、9割までが輸入牛肉に置き換わり、全体の生産減少率は68%という。豚肉の場合は、内外の等級にあまり差がないため、国産肉の70%が輸入肉に置き換わると見る。 
 
 水産物の生産減少率は、サケ・マス類が57%、ホタテとタラが52%、アジ47%、イワシ45%、イカ・干しスルメ41%、カツオ・マグロ類27%と予測するなど、要するに、国内産の魚類の約半分は日本市場から姿を消すと見込んでいる。 
 
 こんな試算がありながらもなお、安倍内閣がTTPを推進したということは、日本の農水産業に「引導を渡した」と言われても仕方がない。が、なぜか甘利大臣は「日本の農業は成長産業だ」と言うのである。
 
 谷口 雅宣

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