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2015年10月17日 (土)

“TPP大筋合意”で浮かれてはいけない (2)

 TPPの“大筋合意”の内容が明らかになるにつれて、これは日本の産業全体を農業から工業にシフトしろという政策なのか……という気がしてくる。明治期の富国強兵政策以来、もともと日本は農業から工業へと大規模な産業構造の転換を進めた。その結果、自然破壊が進み、公害問題が深刻化し、都市化が進み、農漁村は過疎化し、今では人口減少で荒廃した地域も多く見られる。都市周辺に工場と人口が集中したため、そこでの消費や製造に必要なエネルギーが不足し、それを補うために、自然豊かな海岸に原子力発電所を54基も建設した。そして、東日本大震災が起こったとき、多くの人々はこの一方向に偏した産業構造の危険性を身をもって体験し、「これではいけない」と気がついたのではなかったか? が、現在の自民党政権は、選挙で勝ったのだから(どこかのマンガの主人公のように)「これでいいのダ!」と開き直っている感じがする。 
 
 今日の『信濃毎日新聞』は、農産物についての今回の“大筋合意”の内容の一部を、農水省が発表したと報じている。それによると、今回は「野菜と果物に関しては非常に厳しい交渉だった」らしく、現在野菜や果物の約460品目に設けられている輸入関税の大半が撤廃されるという。だから「厳しい交渉」という意味は、「日本に不利な結果」ということだろう。現在、3%がかけられているレタス、ハクサイ、キャベツの関税は、条約発効時点で即時撤廃されることはすでに報じられている。が、それと同じ即時撤廃品目には、同じ3%の関税が残るダイコン、ニンジン、ホウレンソウ、ブロッコリー、アスパラガスが含まれる。加えて、生のジャガイモ(現行4.3%)、サトイモ(同9%)の関税も即時撤廃される。タマネギ(現行8.5%)は発効から6年目に関税ゼロとなり、同じ関税率の加工用ジャガイモは4年目に撤廃される。果物ではブドウ(現行3%)、イチゴ(同)、マンゴー(同)、モモ(現行6%)、カキ(同)、メロン(同)、キーウィー(現行6.4%)などの関税も、発効後即時撤廃されるという。 
 
 新聞報道はおおむね、これらの農産物の関税撤廃を「良い」あるいは「好ましい」と評価している点で、私は不満を感じる。なぜなら、これだけ大規模で徹底した関税引き下げ条約が一般的に「良い」ものであり「好ましい」のであれば、これほど交渉が長引くはずがないからである。各国は相互に利害の衝突があり、それを懸命に調整した結果、決裂寸前で合意に至ったというのが現実だろう。そして、この交渉において日本は、国内の農水産業の保護を犠牲にして、工業製品の輸出増大の機会を獲得したと言えるだろう。これはしかし、明治以来の従来路線の踏襲である。 
 
 私は、従来の日本の農業政策にも多くの問題はあると考えるが、それに触れる前に、TPPに限らず、現在の議論には、自由貿易一般の生態学的な評価が決定的に欠けていると思う。それは具体的には、本シリーズの第1回ですでに触れた「経済活動と地球温暖化の関係」である。この2つの“変数”が正比例していることは、IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の報告書にあるように、世界のほとんどの科学者が一致して認めている。つまり、経済活動が盛んになればなるほど、二酸化炭素の排出量が増えて地球温暖化は進行するのである。この科学的知見と、「貿易自由化によって世界の富は増える」という経済学の理論は、深いところで矛盾している。その理由の1つは、現在の経済学の標準的理論が「人間と自然界」との関係--自然界がもつ本来的な価値=自然資本の価値--をその中に取り入れていないからである。この点については、私はすでに何冊かの本で触れたので、詳しい説明は省略する。 
 
 環境問題とグローバル経済を追うジャーナリストのウェイン・エルウッド(Wayne Ellwood)氏は、著書『グローバリゼーションとはなにか』の中で、1950年以来の人類全体の経済アウトプットは「ほぼ5倍の急成長を遂げた」とし、「この短い期間中にわれわれが消費した世界の自然資本は、人類の全歴史を通じて消費した量を大きく上回る」と指摘している。そして、私たち人類は、とりわけ先進諸国の人々は、地球資源を消費しすぎていて、今や自分の住む国や地域の自然を越えて、他国の領土や公海の自然資源を消費する生活を行っているという。同書の中の次の指摘は、興味深い-- 
 
「環境学者であり経済学者でもあるウイリアム・リーズは、西側での平均的な人間一人あたりの消費をまかなうのに必要な土地面積を、およそ10~14エーカー(4~6ヘクタール)と計算している。しかし、彼によれば、世界の生産的土地面積は、総人口一人あたり約4.25エーカー(1.7ヘクタール)である。リーズはこの差を“人口扶養力の横領”と名付けている。すなわち、基本的に金持ちは貧者の資源を横取りして生活しているということなのである。」 (p. 129)
 
 私は、今年の生長の家組織の全国幹部研鑽会での講話で、地球の資源は無限にあるとする“地球無限論”は誤りだから、人類は“地球有限論”に立脚した、再生可能の資源・エネルギーを利用した生き方に切り換える必要性を強調した。従来の経済学の考えには、自然資本の価値が正しく評価されていない。もちろん私は、経済学は無意味だと言っているのではない。改善の余地があり、そうすべきだと言っているのだ。 
 
 太陽はいつも東から上がり西に没し、四季は循環し、降雨が適度にあり、山があり、川が流れ、海がある。そのおかげで多様な生物が地上にも海中にも数多く生息しているという自然界の当たり前の姿を、ほとんど“無価値”だと考えてきたのである。これを改め、山を崩すこと、川を堰き止めること、海を汚染すること、生物を乱獲すること、温室効果ガスを排出することなどに、大きなコストがかかる(マイナスの価値が生じる)ことをGDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)の計算に正しく反映させれば、現在の経済学は私たちの経済活動の価値を、もっと正確に評価することができると考える。 
 
 上に引用したリーズ氏の見解は、「横取り」という表現は少しキツイが、その方向に進んだ試算であり、尊重すべきものである。私たちは、貧しい国や途上国の人々の自然資本を破壊し、あるいは過度に利用し、または汚染することで、自国の経済を安定的に発展させることなどできない。なぜなら、一国の経済は他国と連動しているからだ。EUが今直面している大量移民の問題は、そのことを有力に示している。「奪うものは奪われる」のである。“地球無限論”の支配下では、それがまるで可能なような錯覚に陥っていた。私は、TPPの背後にあるのは、これと同じ錯覚のような気がしてならないのである。 
 
 谷口 雅宣 
 
【参考文献】
〇ウェイン・エルウッド著/渡辺雅男・姉歯暁訳『グローバリゼーションとはなにか』(こぶし書房、2003年)

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コメント

 現在の安倍政権は軍事大国を目指し、経済第一路線ばかりに熱心でそれが結果的に日本の文化、国土、国民を損なう事に気がつかないので本当に困ったものだと思います。

 ところで今般起こったフランスのテロ事件もISの犯行らしいですがその動機はシリアへのフランスの空爆に対する報復と言っていますが、フランス、アメリカなどの有志連合はそれのまた報復を強化すると声明を出し、フランスは即座にシリアに空爆をしました。全く愚かな事です。
 テロに対する戦争は先生のご指摘の様にこれをやれば却ってテロを激しくする。実際ブッシュ大統領がテロ戦争宣言してアフガン戦争とかイラク戦争を始めてからテロの犠牲者はその前の100倍になっております。

 で、この経済第一路線、西側の唯物主義による自然の破壊、富の集中が世界の経済格差を助長し、それがテロの根本原因になっているのは先生のご指導の通りです。

 現在、西側諸国は何と悲しい事も日本も一緒になって、テロへの報復の大合唱ですが、こんな時にこそ、大和の理想の使命の日本国が調停役になって世界平和を実現させなくてはと思いますが実際の運動としてはやはり生長の家の運動がキーになると思います。
 先生のご指導の非対称性に傾いている現在の傾向を少しでも緩和しなくてはならないという事でその非対称性への偏向が諸悪の根源と思いますのでそれを正すべく現在の生長の家の運動がますます伸びていく事により、今回のテロの根本原因となっている世界の経済格差が少しでも無くなって行く事を祈ります。

投稿: 堀 浩二 | 2015年11月19日 (木) 11時13分

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