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2015年9月23日 (水)

宗教の本領は“ムスビの働き”

 今日は、午前10時半から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールで、「布教功労物故者追悼慰霊祭」がしめやかに執り行われた。私はこの御祭で「奏上の詞」を読み、玉串拝礼を行ったほか、最後に概略以下のような挨拶を述べた: 
 
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 皆さん、本日は生長の家の布教功労物故者追悼慰霊祭に大勢お集まりくださり、誠にありがとうございます。 
 
 この慰霊祭は、生長の家の人類光明化運動・国際平和信仰運動に挺身・致心・献資の誠を捧げてくださった幹部・信徒のうち、ここ1年ほどの間に霊界に旅立っていかれた方々の御霊をお招きして、感謝の誠を捧げるために行われます。昨年は358柱の御霊様のお名前を呼び、供養させていただきましたが、今年は316柱でした。 
 
 今回の慰霊祭は、生長の家の国際本部が東京から北杜市の“森の中のオフィス”へ移転してから2回目のものです。ちょうど2年前の今日は、午前中に東京・原宿の本部会館での最後の慰霊祭を行ったあと、午後には本部職員は一斉に荷造りをして、このオフィスへ引っ越してきました。そのことをまだよく憶えている方も多いと思います。あれから2年たって、私たちは漸く、森の中の生活にも慣れてきたのではないでしょうか? 東京はあらゆるものがとても便利にできていますが、こちらは不便なことが多くあります。その中でも、私は講習会などで各地に行く際、交通の便の悪さはよく感じます。日本の交通網は、陸路も空路も、ほとんどが東京に出やすいように造られていて、山梨県へ来やすいようにはできていない。だから、山梨県には空港はなく、陸路では東京から山地を2つほど越えねばなりません。最低でも2時間はかかります。今回は、それにもかかわらず、布教功労者の遺族の方々は、この慰霊祭のために日本各地から八ヶ岳の山奥までよく来てくださいました。ご足労をかけました。あらためて心から御礼申し上げます。ありがとうございます。 
 
 しかし、不便であることは、必ずしも悪いことではありません。皆さんはこの地に来られて、都会にはない優れたところが数多くあることに気づかれたと思います。まず空気はきれいで、水は豊かでおいしい。木々や山々は色鮮やかで美しい。農産物、特に果物類が豊かに育ち、おいしいです。モモは極上。今はブドウとリンゴ、そしてキノコの季節です。県外から来られた方は、どうか山梨県産の季節のものを味わってからお帰りください--こんな話をすると、まるで観光案内のようです。しかし、人間と自然が密接な関係にありながら、しかも調和し共存しているということは、とても大切なことであります。これは、双方が「結び合う」関係にあるということです。それが、自然と人間との本来の関係であるということを、私は皆さんに申し上げたい。都会には、残念ながら、この素晴らしい関係がもはや存在しません。 
 
 生長の家は昨年秋、龍宮住吉本宮の大祭のとき、ご祭神として住吉大神に加えて、天之御中主大神、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、神産巣日神(カミムスビノカミ)の、いわゆる“造化の三神”を新たに勧請し、自然界のムスビの働きから学び、その回復を志すと共に、私たちの日常生活にも“結び合う”心をもっともっと反映させる運動を進めていこうとしています。これは、現在の世界全般の状況が、テロリズムや資源獲得競争に見られるように、相互に“結び合う”よりも、お互いに“はじき合ったり”“退け合ったり”“対立する”方向に進んでいることに危機感をもつからです。 
 
 宗教は一見、離れてバラバラに見えるものを結び合わせ、融合させるところに、本来の存在意義があるのです。それが残念ながら現在、一部の宗教においては、人々や社会をバラバラにする方向に動いている。これは誠に残念なことです。カトリック教会のフランシスコ教皇は就任後、アメリカとキューバの国交回復に大きく貢献されました。また、近代以降の人類の自然破壊の歴史を批判され、神の被造物である自然界は尊いものだから、人間はそれを讃え、大切に養う義務があることを、最近出された回勅の中で雄弁に説かれています。一見分離し、対立するように見える自然と人間の関係を、「融合する」方向に導かれようとしているのです。これこそ、宗教本来の役割です。 
 
 この慰霊祭も、心を「結び合わせる」ための宗教行事であることを、皆さんは思い出してください。慰霊祭は「先祖の霊に感謝する」のが目的ですが、この「先祖の霊に感謝する」際には、私たちはどんな心境にならねばならないでしょうか? その際は、祖父母や親の生前の私たちへの想いや愛情、信念、信仰、社会的業績などを振り返ります。それは、ひと言でいえば、親やご先祖の心を、自分の中に取り込むことです。別の言い方をすれば、個人としての“心の壁”を取り払って、親やご先祖の心にまで自分の意識を拡大させるのです。親やご先祖の心を我が心としようという試みです。一見、別物のように感じられていた親やご先祖と自分の心の共通点を見出し、確認し、喜ぶことです。これが、宗教の得意とする“ムスビの働き”です。 
 
 人間は、この“ムスビの働き”によって救いを得るのです。人間は、最終的には個人として生きるだけでは幸せになることはできません。なぜなら、私たちは、誰でも必ず肉体を棄てる時が来るからです。そのときには、どんなに多くの富、どんなに高い地位、どんな名誉を得た人も、それらを肉体と一緒にすべて捨てていかねばなりません。もし努力して得たものすべてを棄ててなお、幸せを感じる人がいたならば、その人は、それらのものを他の人や、団体、あるいは国家に与えること--つまり、遺していくことに喜びを感じるからです。もうその時には、その人は「個人」として生きているのではなく、より大きなものの一部として生きている。つまり、「個」を棄てているか、あるいは「個」を超えているのです。より高次のものと結び合っているから幸せを感じるのです。 
 
 今度の連休中に多くの人たちレジャーを楽しみました。その一方で、メディアの報道によると、この貴重な時間を自分のためにではなく、茨城県常総市の洪水被害者救援のために使った人もかなりいらしたそうです。こういうボランティア活動は、「個」を超えて他者と融合する活動で、宗教本来の“ムスビの働き”の表現でもあります。 
 
 今日、祭祀された御霊様たちは皆、生長の家の真理を多くの人々に伝えることで、「個」を超えた“ムスビの働き”を長年にわたり率先垂範された方々ですから、霊界においても「個」を超える幸せを味わっていられるに違いないのであります。皆さまも安心され、生前の御霊様のご意思を我が心として、これからも人類光明化運動・国際平和信仰運動に邁進していただくことを念願いたします。 
 
 それでは、これをもって私の慰霊祭での言葉とします。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生ありがとうございます。

わかりやすく、丁寧にご指導していただきましてありがとうございます。
今の私にも必要なご指導を拝見させていただきました。そして、このみ教えから離れてしまわれた友人のことを思いました。
再拝

投稿: 金坂千位子 | 2015年9月26日 (土) 20時48分

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