« 「生命を礼拝する」とは? | トップページ | 結び合うこと »

2015年3月11日 (水)

「大調和の教え」を現代に生きる

 今日は午前10時から、山梨県北杜市の生長の家“森の中のオフィス”のイベントホールにおいて「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われた。会場に集まったのは、同オフィスの職員と関係者など少数だったが、御祭はインターネットを通じて同時放映されたほか、ポルトガル語、英語など数カ国語の翻訳も加えられて、それぞれの国の都合に合わせて放映された。
 
 私は、同御祭で「四無量心を行ずる神想観」(新バージョン)の先導をしたほか、最後に概略、以下のような挨拶の言葉を述べた--
 
-----------------------------
 皆さん、本日は「神・自然・人間の大調和祈念祭」にお集まりくださり、誠にありがとうございます。この御祭は、昨年のこの日に第1回目が挙行されたという意味では、まだ新しい御祭と言えます。この間の3月1日には、第86回目の立教記念のお祭が長崎の生長の家総本山で行われましたが、それと比べると新しさが分かると思います。この御祭の目的は、その名の通りに「神・自然・人間」の三者が大調和することを祈るためのものでありまして、4年前のこの日に起こった東日本大震災と東京電力の福島第一原発の事故をきっかけにして、またこの生長の家の“森の中のオフィス”建設の目的にも合致する新たな行事として、実施が決まったものです。
 
 ご存じの通り、生長の家という宗教運動は、谷口雅春先生が昭和6年9月27日に啓示を受けられた「大調和の神示」を中心的教義として展開してきました。それは、「汝ら天地一切のものと和解せよ。天地一切のものとの和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である」という言葉にあるように、真実に存在するものは、すべて神の創造によるのだから、そして、神以外に創造主は存在しないのだから、すべてのものは本来調和している、という大真理を説いています。ですから、「神・自然・人間の大調和祈念祭」もこの教えに基づいているわけで、そういう意味では、必ずしも“新しい行事”とは言えないのであります。
 
 生長の家では、すでに大調和している実相を信じていますが、多くの人々は、世界には善いものがあることはあっても、悪いものも善いものと同じくらいか、それよりも沢山あるという「善悪二元論」を採用して生きています。そして、自分の生活や仕事を中心に考えて、それらに対して都合のいいものに“善”というレッテルを貼り、都合の悪いものに“悪”というレッテルを貼って生きています。この考えは、人間関係や社会生活一般に採用されているだけでなく、人間と他の生物との関係、人間と自然界との関係にも使われてきました。つまり、三重の、三段階に及ぶ通念として世界を蔽っているのです。そこで今日のように、自然界と人間の生活が大きく衝突するような事態にいたっているのであります。人類は、自然界を“道具”や“手段”に見立てて、そこから欲しいものはどんどん奪い、いらないものはどんどん廃棄し、邪魔なものはどんどん破壊するという生き方を拡大してきました。この流れを止めなけば、私たち人類の将来はないと言えます。
 
 人間関係における利己主義、社会関係での自分中心主義、そして自然界で生きる上での人間中心主義--これらは皆、自分という人間は「一個の肉体」であると見る誤った考えに端を発し、そこから延長したものです。この考えが「唯物論」と言われるものです。世界のほとんどの宗教は、この唯物論に反対し、人間は単なる「一個の肉体」ではなく、それを超えた大きな力--神とか仏とか大自然とか大生命など--とつながった霊的存在だと教えてきました。
 
 このような考えがもっと多くの人々と共有されなければ、今日の自然破壊や地球温暖化、気候変動などの諸問題は解決に向かわないし、人間社会内部の問題も深刻化する以外にないのであります。私たちは、そういう視点に立って、この「神・自然・人間の大調和祈念祭」を新たに設け、全世界の生長の家の幹部・信徒と共に三者の大調和を祈るとともに、私たちの実際生活の中で、神に感謝するだけでなく、自然界の万物に感謝し、その感謝の気持の現れとして生物の命を尊重し、人間同士の幸福も実現しようとしているのであります。そのことをぜひ心に留めおくことをお願い申し上げます。
 
 もっと簡単に言えば、現在の世界の状況にあっては、谷口雅春先生にくだされた「大調和の神示」の教えを、より具体的に、またもっと大々的に実践しなければならないということです。私たちはそのことを4年前、東日本大震災と原発事故に直面した際、改めて強く感じ、自然を破壊して恥じることのない私たちの生活を深く反省し、御教え通りの「天地一切のものと和解する」生活に近づける努力を始めました。そして、そういう生活を多くの人々に伝え、ひろめることを決意したのであります。
 
Joyo_megasolar  この“森の中のオフィス”では、地球温暖化の最大の原因である二酸化炭素の大気中への放出をしない、いわゆる“炭素ゼロ”の業務と生活とがほぼ実現しています。しかし、本部職員数百人が二酸化炭素を出さなくなるだけでは、地球規模の問題解決には全く足りないことは、ご承知の通りです。そこで、全国におられる生長の家の信徒の方々にも、また、全世界の同信の仲間にも同じ目的で手軽に参加できるような仕組みを作ろうとして、昨年から「自然エネルギー拡大運動」というのが始まっています。現在これは、京都府城陽市に建設した大規模の太陽光発電施設を利用する方法を採用しています。この施設は、発電容量266Wの太陽光パネルを約6,400枚敷きつめたもので、最大で1704.5kW/hの電力を作り出します。ちょうど、この3月の初めに稼働しはじめました。この施設建設のために寄付してくださった全国の多くの信徒の皆さんに、この場を借りて心から御礼申し上げます。ありがとうございます。
 
Famarapr2015_tc  今、この太陽光発電という技術は、世界から大きな期待を寄せられています。アメリカの有力な外交専門誌に『フォーリン・アフェアーズ』というのがあります。この雑誌は、どちらかというと共和党寄りの保守的な政策--つまり、新エネルギーよりは、石油や原子力などの従来型エネルギーを重視する傾向が強いのですが、その最新号(March/April 2015)には、「太陽光発電の未来は明るい」という内容の論文が掲載されています。それを読むと、私たちが向かっている方向が合理的であり、地球社会の未来に貢献するという意味で正しいということがよく分かります。また、今の日本政府は、原発の再稼働を目指す一方で、太陽光発電への補助を減らす方向に動いていますが、こういう政策が間違いであることも分かります。この論文から、具体的な数値を少し紹介しましょう--
 
「今日、太陽光発電は地球全体のエネルギー源のうちの1%に満たないけれども、その拡大速度は他のどの種類のエネルギーよりも急速で、過去6年間は年50%の成長率を示している。具体的には、2000年に0.3ギガワットに過ぎなかった太陽光による世界の発電容量は、2014年には45ギガワットに達した。(14年で15倍です。)この量は、アメリカの740万世帯のエネルギー需要をまかなうことができる。国際エネルギー機関(IEA)の予測によると、今後もし最良の条件がそろえば、太陽光発電は2050年までに、世界全体で石油や原子力を含めたどのエネルギーよりも多い27%のシェアを獲得する可能性があるという。このような好成長が続いている理由は、①政府の優遇政策、②(中国での)生産の産業化、③技術革新、④資金調達の改善の4つである」。
 
 『フォーリン・アフェアーズ』は、太陽光による発電の技術に加えて、発電した電力をためておく蓄電技術についての論文も掲載していて、この分野の技術革新も目覚ましく、自動車メーカーが電気自動車を発売したことで生産コストの削減も実現し、さらなる進歩が予測されるとしています。そして、蓄電池が普及することによって、太陽光を含む自然エネルギーによる発電の不安定さが補われるため、送電線などの電力インフラが整備されてない途上国や島などが、低コストで電化される可能性が大幅に広がるとしています。
 
 そして、同誌の編集者は、解説記事の中でこう書いています--「これらを考え合わせると、掲載論文は明確なメッセージを伝えている。それは、化石燃料による発電が始まって以来、電気エネルギーは初めて、生産、貯蔵、移送、使用のすべての面において根本的に新しい方法で扱われようとしているということだ」。
 
 生長の家が目指している、「神・自然・人間の大調和」とは、人間の知恵と独創力の産物である科学技術を否定するものではありません。科学技術は、人間の道具ですから、その使い方を間違えば悲惨な結果を生み出します。核兵器の開発や原子力発電所の事故が、そのことを教えてくれます。しかし、それを正しく使えば人類のみならず、他の生物や地球環境にも貢献する道は必ずあると考えます。その信念のとおりに、私たちは“森の中のオフィス”には最新の科学技術の成果である高性能の太陽光発電装置、バイオマス発電、大規模な蓄電設備を導入して、“炭素ゼロ”を達成しました。
 
 しかし、科学技術の発達だけでは、人類と地球社会の発展は期待できません。なぜなら、科学技術は戦争やテロリズムの手段としても使うことができるからです。ここに、私たち宗教を信ずる人間の重大な使命があると考えます。発展し続ける科学技術を人類と地球社会の繁栄に役立たせるためには、「神・自然・人間の大調和」を信じ、それを目指す人々の数がもっともっと増え、社会を正しい方向へ動かす力とならねばなりません。どうか皆さん、その目的を強く自覚し、私たちの信仰運動をさらに熱意と喜びをもって推進してください。大調和の世界実現のために、心を一つにして進んでまいりましょう。
 
 これをもって、本日の御祭に当たる所感といたします。ご清聴、ありがとうございました。
 
 谷口 雅宣

|

« 「生命を礼拝する」とは? | トップページ | 結び合うこと »

国際関係・国際政治」カテゴリの記事

地球環境問題」カテゴリの記事

宗教・哲学」カテゴリの記事

自然と人間」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 「生命を礼拝する」とは? | トップページ | 結び合うこと »