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2015年1月 2日 (金)

ていねいに生きること

 新年、おめでとうございます。2015年、平成27年の新たな年を迎えたこと、神様と皆様にありがたく感謝申し上げます。皆様におかれては昨年と変わらず、本ブログをよろしくご愛顧ください。
 
Nyd2015_01  この正月、皆様には如何お過ごしだろうか? すでに妻がブログに書いているが、私たちは年末、家の内外を整えたあと、元旦には標高1,500m付近にある山梨県立まきば公園まで出かけ、氷点下11度の冷気の中で初日の出を拝み、家に帰るとお節料理をいただき、また雪の中、近くの神社に初詣へ行くなど、静かな時を過ごした。また、この時期にしては比較的穏やかな晴天の下、恒例の伊勢神宮参拝もできた。
 
 さて、少し前のことにもどるが、昨年の11月から12月にかけて、私は「ていねいに生きる」ということを考えていた。私の脳裏にこのテーマが訪れる機会は、以前からたびたびあったのだが、東京在住のころには、それほど切迫していなかったように思う。それは言わば“理論的”には必要な生き方だと考えていたものの、実践の方は、便利かつ多忙な都会生活に流されて、遅れ気味になっていた感がする。ところが、北杜市大泉町の住人となって1年余、新しい経験への対応と驚きがひとまず一巡して、この地での生活についてある程度先の予想ができるようになってきた昨今、置いてきた“都会生活”と、今後の“田舎生活”との違いを端的に表現する言葉は何かと探したとき、この言葉に再び行き当たったのである。
 
 『広辞苑』によると、「ていねい」の意味は「注意深く心がゆきとどくこと」であり、また「てあつく礼儀正しいこと」だ。私が言いたい意味は、このうちの前者である。後者は、「丁寧語」という時などに用いられ、自分以外の相手に対し、いわゆる敬語や尊敬語を使ったり、礼法を行うときの礼儀正しさを意味する。これに対して前者は、「誠意をもって」という意味に近い。それは、相手に対してのみならず、自分に対する心の態度も含めている点で、後者よりも幅があり、深みもあると思う。後者の場合は、「虚礼」とか「慇懃無礼」という言葉があるように、外見上礼儀正しく見えても、心がゆきとどかない行為も含まれるから、問題がまったくないわけではない。
 
 私がここで言う「ていねいに生きる」ということは、日時計主義の生き方に通じる。拙著『日時計主義とは何か?』(2007年)を読まれた読者は、そこにある「感覚優先の視点」を重視する生き方だと理解していただきたい。また、『太陽はいつも輝いている』(2008年)を読んだ方は、ジョン・カバト=ジン博士が推し進める「心いっぱいに物事を感じる生き方」のことだと了解し、『次世代への決断』(2012年)の読者は、「“めんどくさい”が世界を救う」という反語的な表現を思い出してほしい。この最後の表現の意味を、私は同書でこう説明している--
 
「つまり、物事をしっかりと見て大切にする。(周囲からの)一つ一つのフィードバックをしっかりと受け止める。自然と近い生き方の中では、これが要求されます。めんどくさいことの中に喜びを見出して、自然界から沢山のフィードバックを受けることで、自然との関係を楽しむ。そういう生き方は、これまで見てきたようにエネルギーの消費を減らし、しかも幸福を増進する生き方につながっていく」。(pp. 369-370)
 
 谷口 雅宣

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コメント

新年あけましておめでとうございます。常日頃より、私達信徒をお導き下さいますことに、心より感謝申し上げます。
先生のブログを拝見し、題に「ていねいに生きること」とあり、うれしくコメントさせていただきました。
昨年、榎本恵吾先生の「常楽への道」(youtube)を、シリーズで、聴きながら毎日を送っていましたが、その中で、榎本先生が、「常楽への道」139頁、(新地に生きる)の中の、始めの文章をお読みになっていらっしゃいました。元旦の朝、お山で新年の集い。短い間に三度も書かれている「大切に生きよう」という吉田國太郎先生の言葉に、とても心がうごかされました。
日常の生活に追われ、すぐに教えていただいたことが、どこかに吹き飛び、ただ目の前の事象をやっつけるように過ごしていしたが、ことあるごとに、「大切に生きよう」と心の中でつぶやくことにしました。
今まで、すぐに疲れたり、焦ったり、投げやりなり気持ちになることも多かったのですが、「ありがとうございます」と常に唱えることを、教えていただきました。でも、気持ちは目の前のことや、やらなければいけない他のことに振り回され全くの空念仏で、いくら唱えても教えていただいたようにありがたい気持ちが湧いてきませんでした。
でも、「大切に生きよう」と自分の心でつぶやくことで、目の前の仕事に対し、また自分に対し、仕事に関する者や他者に対し、ありがたい、ていねいに、大切に、という気持ちが芽生えます。
先生と同じような思いを持たせていただけたことに、感激です。

日常の仕事は、6人の子供の母ですので、主に料理や家事です。


投稿: 川合祐子 | 2015年1月 9日 (金) 09時53分

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