« ていねいに生きること (4) | トップページ | 原宿“いのちの樹林”が完成 »

2015年1月31日 (土)

ていねいに生きること (5)

Mt_stocks  ところで、「ていねいに生きること」を目指して始めた自転車通勤だが、降雪と路面の凍結が頻繁に起こる八ヶ岳南麓では、冬季はほとんど不可能である。SNI自転車部に所属する北陸地方のある教化部長は、積雪のある路面を自転車で行くという果敢な挑戦をされたようだが、オフィス近くの道路は凍結した斜面が多く、危険なので私はやめている。その代わり、できるだけ車を使わず、徒歩で通い始めた。すると同じ通勤路が、自転車の場合と徒歩ではだいぶ印象が違うことに気がついた。そして、自転車よりも徒歩の方が、自然との密着度は相当強いと感じる。機械の助けを借りるのと、借りないで“裸一貫”ならぬ“肉体一貫”で自然に触れるのとでは、感じる世界がかなり違うのである。どう違うかを述べてみよう。 

 オフィスへ歩いて行くときには、私は自宅を午前9時すぎに出る。路面の雪の量にもよるが、徒歩だとオフィスへは50分から1時間かかる。オフィスへ着くと、体は汗だくだ。オフィスへ続くほぼ一直線の県道は、登り坂のきつさはあるが、路面の雪はたいてい掻いてあるから、安全である。危険なのは、その広い道に出るまでの、曲がりくねった細い山道で、ここは凍結した下り坂が続く。それでも、降雪後まもないときは、柔らかい新雪が滑り止めの働きをするからまだいい。いちばん危ないのは、前日が暖かで、路面の雪が溶け出したところで夜となり、溶けた水が夜間に再び凍結した後の朝である。路面はまさにスケートリンクのようにカチカチに固まる。そんな山道を、荷物を背負い、両手にストックを持って私は出かける。 

Snowyroad  銀世界が広がる周囲の景色はまことに美しいのだが、私はそれを眺めて歩く余裕がまだあまりない。すぐに滑って転倒する危険がある。だから、足元の雪の状態とその色や形状を観察しながら、路面の凍っていない箇所を選んでソロリソロリと足を運ぶのである。こんな時、人間が2本足であることのデメリットを切実に感じる。足元の雪には、よく足跡がついている。その形から、シカだったり、イヌだったり、ネコだったり、別の人間だったりが、自分と同じ場所を歩いていることが分かる。そんな時、彼らへの親近感を強く覚える。なぜなら、彼らも滑らないように氷の上を避け、柔らかい雪の上を選んで歩いていることがよく分かるからだ。「獣道」という言葉があるが、凍結した山道では、獣も人も同じ経路を歩くから、自分は同じ動物だと強く感じる。が、四ツ足の彼らは滑っても転ばないが、2本足の自分は滑れば転倒してしまう。 

Snowyroad2  これを防ぐのが2本のストックだ。このおかげで人間は四ツ足の彼らと対等になる。--凍った路面にストックを突きながら歩いていると、本当にそう感じるのだ。自転車に乗っている時は、こんなことを決して考えない。動物の足跡の中に、滑った痕跡がある場合がある。そこは「要注意」の印だ。車が通った後には轍が残るが、そのスノータイヤに刻まれた溝の後がまだ鋭角状にハッキリ残っている場合と、一部溶けて角が丸くなっている場合を素早く見分ける必要もある。前者は安全、後者は危険の印である。新雪の中を行く場合は「まだいい」と書いたが、これは比較的安全という意味である。あくまでも「比較」の問題で、凍結した坂道の上に新雪が積もっている場合は、氷の表面よりも滑りやすいことがある。こんなときは、ふかふかの雪を被った路面を見て安心せずに、前日、その坂道のどこが凍結していたかを思い出して、その場所を避けて歩くことにしている。   

 こんな具合で氷点下の山道を小一時間歩くことは、全身の神経と筋肉を活性化させ、体を内部から熱くしてくれる。空は青く、山は白く、木々は黒く、足元の雪道は謎と挑戦に満ちている。道中、鳥の姿を見、声を聴き、口笛を吹いてそれに応え、足跡から動物たちの行動を想像する。人の足跡は、靴の種類や性別も教えてくれる。自分が全身で体験する世界は、下手な推理小説よりよほど面白いと感じる。   

 谷口 雅宣

|

« ていねいに生きること (4) | トップページ | 原宿“いのちの樹林”が完成 »

地球環境問題」カテゴリの記事

宗教・哲学」カテゴリの記事

自然と人間」カテゴリの記事

コメント

谷口雅宣先生

ブログを読ませていただき、青森にいた頃のことを思い出しました。
マンションから教化部まで普段は自転車で通っていました。しかし、雪が降る冬になると通勤が徒歩になりました。それでもそれほど遠くありませんでしたので、30分もかからなかったと思います。
青森は雪が多かったので、雪をかき分けて歩いていた様に思います。それでも、除雪車が通った後は、道路がつるつるとなり、滑りやすくなっていました。平坦な道路ですが、1年に1度ぐらいは滑ってひっくり返っていました。
青森と比べても、八ヶ岳は斜面でそれはそれは滑りやすいだろうと先生のブログを読んでいて感じました。普通に歩くよりも疲労感もあるのではないかと思います。

でも冬の徒歩通勤は楽しみでもありました。それは、時々刻々移り変わっていく雪景色に心奪われていたからです。ジャンパーのポケットにデジカメをしのばせておき、よく写真撮影していました。自然が織りなす造形美はまるで街丸ごと美術館のようでした。同じ景色は二度とないと感動していました。
これも、平坦な道で雪が多かったからできたのだと思います。

高知に来て、自転車で通勤していましたが、青森の冬を思い出し、運動量が少ないと感じ、1月23日から徒歩通勤しています。こちらも30分弱くらいです。先生が書かれておりましたように、スピードがゆるめば受け止める情報量が増え、自然を全身で感じられ、滑る不安もないため、あちこち見渡しながら通勤しております。

先生が歩かれて通勤されておられることに大きな刺激と力をいただきました。ありがとうございました。

投稿: 田中道浩 | 2015年2月 4日 (水) 09時15分

雅宣先生、いつも森の中のオフィスの様子を教えてくださってありがとうございます。いつも楽しみに読ませていただいております。
私は以前から、ナショナルジオグラフィックWeb版の大竹英洋さんの連載、「ノースウッズの森へ」を楽しみに読んでいます。北米大陸の国立公園の森林は、動物達と共存している様です。今日読みに行ったら最終回になっていましたが、この83回目で紹介されている、トムブラウンJrさんの、本、
自然観察とトラッキング(地面に残された足跡からさまざまな情報を読みとる技術)に関するガイドブック、『TOM BROWN’S FIELD GUIDE TO NATURE OBSERVATION AND TRACKING』という本にすごく興味をそそられています。でも、日本語訳がなく、私は英語が苦手なので、読むのにはすごく時間がかかりそうです。
先生はこの本はご存知ですか?
動物の足跡から沢山のイメージを得てらっしゃるというこの記事を拝見して、どうしても先生にお伝えしたいなと思ってしまいました。
もしもいつか読まれたら、よろしかったら内容や感想などをブログ等で教えてくださると嬉しいです。もしご存知でしたら失礼致しました。

ちなみに大竹さんの連載記事はこちらです。
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20150130/433750/index_sp.shtml

森の中のオフィス、原宿のいのちの樹林、理念と実現が素晴らしいので感動しております。どちらも訪れてみたいと思っております。東京での講習会のお話もわかりやすく感動いたしました。
今後ともご教示よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

投稿: 米山恭子 | 2015年2月 5日 (木) 01時14分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ていねいに生きること (4) | トップページ | 原宿“いのちの樹林”が完成 »