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2015年1月22日 (木)

ていねいに生きること (3)

 前回のブログを書いてから随分日がたってしまったが、同じ題で書き継ぐことにする。というのも、「ていねいに生きる」ことは、時間の経過をあまり気にしないこととどうやら共通しているからだ。しかし、それは、短時間でできることをダラダラと引き延ばして処理しようという意味ではない。時間のかかる作業でも面倒くさがらずにコツコツと行なっていると、当然のことながら、他の仕事に費やす時間が短くなり、ブログを書く余裕も減るということだ。で、私がこの間、ルーチンワークの他に何をしていたかというと、クラフトの製作である。
 
 私が勤める北杜市の“森の中のオフィス”では、この2月から書籍などを売る売店が開業する。名づけて「本とクラフト こもれび」である。本部が東京・原宿にあった頃も、新館の玄関を入ったロビーの脇に書籍売場があって、職員を含めた多くの人が利用してくださっていた。その例にならい、オフィスの開所から1年以上たった今回、遅まきながら売店がオープンする。ただし、東京時代とは違う品も扱うことになった。それがクラフトだ。しかも、職員の手になる作品である。本欄の読者は、昨年秋にオフィスで行われた「自然の恵みフェスタ 2014」でも、有志職員の手作り品が販売されたことを憶えていられるだろう。 その試みの評判が案外よかったので、オフィスの売店で常時何かを提供できないかという話になったのである。
 
 クラフトとは「手仕事による製作」であり、「手工業、工芸」である。この定義からして、製作には手がかかる。今回のブログの題との関係で言えば、一つ一つをていねいに仕上げなければならない。これに対して工業製品は、製作過程を機械化して手作業をできるだけ省くことで、人件費の削減と大量生産による効率化を行い、低価格での製品提供を実現している。両者の生産方式には一長一短があるが、地球温暖化と資源やエネルギー不足が危惧されている現代にあっては、手工業による生産方式のメリットは無視できない。製作過程で資源やエネルギーのムダが少なく、デザインの画一化や大量在庫が発生しにくく、したがって大量廃棄の必要もないからだ。手工業品は一つ一つがユニークであり、それぞれの良さをもっている。“没個性”の現代文明に対する明確なアンチテーゼでもある。
 
 クラフトの良さは、それだけではない。考古学ファンは十分ご存じのことだが、人類は2本足での歩行を達成した太古の昔から、空いた両手を使って生活の道具を作り、利用することで喜びを感じ、文化を創造してきた。「製造」という言葉の英語に当たる「マニュファクチャ」(manufacture)の接頭語の「マニュ(manu-)」の意味は、「手」である。手を使って何かを創造し、製作することは、人類の文明・文化の基層をなしてきたと言えるだろう。
 
Brainmapyamamoto96  脳科学の分野でも、「手」がもつ重要性は前から指摘されてきたことだ。ロジャー・ペンローズという先駆的脳科学者が作成した人間の大脳表面の“地図”がある。これは、大脳表面の神経を弱電気で刺激しながら、脳のどこを押せば体のどこが感じるかという実験を繰り返しながら完成した労作である。その詳しい説明は省略するが、この図を見て一目瞭然なことは、大脳表面に貼りついたように描かれた人体図では、顔と手とが異常に大きいということである。その理由は、人体のこの2カ所には、体の他の部位に比べて、それだけ多数の神経細胞が関係しているということだ。言い直すと、顔を動かす筋肉と顔から得る感覚--つまり表情、そして手を動かす筋肉と手から得る感覚--つまり、手の働きとは、人間の生存にとってきわめて重要な役割を果たしてきたということである。だから、私たち人間は、顔を使った表現とともに、手を使った表現がうまくいくと喜びを感じるのである。
 
 このような事実は人類の遺伝子に刻み込まれた“本性”の一つだから、文明が発達して大量生産による工業生産方式が世界の趨勢となり、生活必需品は自作などせずに商店で買うのが普通になっても、簡単に変わるものではない。消費生活が爛熟期を迎えた現代にあって、手作り品や工芸品がかえって見直され、DIY店が繁盛している理由はここにあるのだろう。
 
 私がいう「ていねいに生きる」ということは、すでに与えられている自然の恵みに感謝し、それをムダにせずに十分味わう生き方である。この「自然の恵み」の中には 、人間内部の本性も含まれる。手仕事によって生き甲斐を感じ、クラフトの良さを他の人々と共有することに喜びを感じるのが私たちの「自然の」感情ならば、その活動を盛り上げていくことは大いに評価されるべきである。また、そういう生き方が省エネ・省資源につながり、廃棄物を減らし、個性を伸ばす力をもっているのであれば、私たちの「自然と共に伸びる運動」の重要な一翼を担うことになるのではないか、と私は考える。
 
 谷口 雅宣

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