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2014年11月

2014年11月22日 (土)

龍宮住吉本宮に“造化の三神”をお迎えする

 今日は清々しい秋晴れの空の下、午前10時から、長崎県西海市の生長の家総本山の出龍宮顕齊殿で「谷口雅春大聖師御生誕日記念式典」が行われた。前日は午前中に「第34回龍宮住吉霊宮秋季大祭」、午後には「第37回龍宮住吉本宮秋季大祭」が厳かに挙行された。これら二つの御祭は恒例の秋の大祭だが、今年の本宮大祭では、新たな儀式が行われた。それは、同宮の祭神として住吉大神に加え、天之御中主大神・高御産巣日神・神産巣日神が勧請される「鎮座の儀」が行われたことが特筆される。この御祭に参列したのは全国の教化部長のほか、長崎県を含む北九州の幹部・信徒の約560人で、今日の記念式典には約500名が参列した。従来と比べ、式典の参列者数が大幅に減ったのは、今年から運動年度を暦年に合わせたため、運動成果を表彰する時期が3月1日の立教記念日に移行したことによる。
 
 私は、今日の記念式典の最後で概略、以下のような挨拶をおこなった:
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 本日は、谷口雅春大聖師御生誕日記念式典に大勢お集まりいただき、誠にありがとうございます。
 
 この式典は、この総本山の地に龍宮住吉本宮が建立された後、ずっと継続して行われてきたことは、皆さんもご存じの通りです。また、今日の日は、雅春先生のお誕生日であるとともに、谷口清超大聖師が生長の家総裁の法燈を継承された記念すべき日でもあります。今回もこれらを祝って式典を行わせていただいていますが、プログラムには、従来から若干変化が生じています。その理由も、多くの皆さんはすでにご承知の通りです。それは、昨年の秋、生長の家の国際本部が山梨県北杜市の“森の中のオフィス”に移転し、それに伴って運動年度を4月から3月という従来の期間から、1月から12月という暦年に合わせる方式に変わったからです。私たちの運動成果の評価と褒賞は、従来はこの時期に行われていましたが、今年から3月1日の立教記念日に変更されています。
 
 国際本部を東京から北杜市へ移転することの意義や目的については、もうすでに多くの所で語られていて、私も何冊も本を書いて詳しく説明させていただいています。しかし、このような変化が、谷口雅春先生の始められた私たちの運動全体の中でどのような意味をもち、さらに言えば、長い世界史の中の「現代」という時代に焦点を当てたとき、どのような意味と位置を占めるかというような大きな視点からの解説は、まだ行われていませんでした。今日のように世界がどんどん狭くなり、社会の国際化やグローバリゼーションが進んでいる中では、こういう視点から自分たちの位置を見つめ直すということは大変重要です。なぜなら、それによって私たちの運動の意味が、より鮮明になってくるからです。そこで私は今回、本の中でそれを記述して、この大祭と記念式典に合わせて出版させていただくことができました。それが『宗教はなぜ都会を離れるか?--世界平和実現のために』という単行本です。
 
Whyreligion_  この本の第1部第1章には「運動の変化について」という題がついていて、私たちの運動の世界史的位置が説明されているので、幹部活動をされている皆さま方にはぜひ、それを熟読して内容を理解していただきたいのであります。本の最初の約70ページ分が、それに該当します。この式典でそれを全部読む時間はないので、「はしがき」の一部を紹介して、皆さま方の今後の研鑽の「導入」とさせていただきます。
 
 まず、私は「はしがき」で、今年10月の徳島教区で行われた講習会で受けた、こんな質問を紹介しています--
 
 「敗戦後、なにか日本は負い目を感じ今日まできたように感じます。しかし、戦争にいたる事実を知り、日本人として誇りをとりもどしました。もっと雅春先生の憲法に関する著書を世に出すべきではないのでしょうか。私たち日本人は、もっと世界に自信をもっていいのでは、そういう教育は間違っているのでしょうか。」
 
 この質問の主は、62歳の主婦の方からで、私と同い歳である。そんな人が、いまだにこんな内容の疑問をもっているということに私は驚きました。この質問者は、昭和の時代の前半に日本が行った戦争を「正しい」と思っていることが明らかだからです。しかし、生長の家の教義では、どんな戦争も「正しい」とか「聖なる戦い」として肯定することはありません。すべての戦争は、「迷いと迷いとが撃ち合って崩壊する過程」だと教わっています。しかし、そのことが戦後一貫してすべての信徒に伝わっていたかというと、必ずしもそう言えない。そこには、この時期の世界史における特殊な事情があったからです。その事情とは「冷戦」というものです。冷戦下では、それに応じた運動の仕方があり、それに応じた教えの説き方があったということです。
 
 このことを、私は「はしがき」で次のように述べています--
 
「その原因の一部は、生長の家にもある。それは、創始者の谷口雅春先生があの戦争のことを“聖戦”と形容したことが一度ならずあり、当時の日本政府の言い分を擁護される文章も多く残されているからだ。しかし、その一方で、雅春先生は、生長の家の教義上の重要な文書である“神示”の中で、あの戦争を明確に否定され、戦争に至った日本人の精神状態を厳しく批判されるなどしている。この一見矛盾した表現のために、生長の家の信徒の間では、あの戦争についての評価が長期にわたりまちまちであった。しかし、この問題は2004年の『歴史から何を学ぶか--平成15年度生長の家教修会の記録』発刊以後は、大方の信徒の間では解決したと私は思っていた。なぜなら、同書では、様々な年代や状況下での雅春先生の御文章を多数引用して、あの戦争をめぐる先生の評価の変遷を示し、それがなぜ起こったかを比較的丁寧に分析しているからである。しかし、同書発行から10年が過ぎても、この程度の理解の人がいるならば、過去の評価をもっと明確な言葉で表現する必要がある、と私は感じた。
 
 そんな理由もあって、本書第一部第一章“運動の変化について”では、あの戦争の終了後、日本社会がたどった方向に関連して、谷口雅春先生がどのようなお考えだったかを明確に表現した。これは即ち、先生の日本国憲法に対するお考えを述べることでもある。そうすることで、私は前掲のKさん(質問者)の“もっと雅春先生の憲法に関する著書を世に出すべきではないのでしょうか”という質問に事実上答えている。この問題に関心のある読者は、だからそこを読み、そして“宗教は時代の制約下にある”という事実を知ってほしいのである。第一章はこの事実を、生長の家の実例をもって示すことに費やされている。」 
 
 ここにある「宗教運動は時代の制約下にある」ということを、皆さんはぜひ理解していただきたいのです。これは、当たり前と言えばすごく当たり前のことです。私たちは今日、地球温暖化問題を深刻に捉え、その抑制に向かって真剣に取り組んでいます。生長の家が国際本部を東京から八ヶ岳の南麓に移転したのも、それが最大の理由であることは皆さんも十分ご承知のことと思います。これは21世紀初頭の現在が、そういう地球温暖化の時代だからです。時代の要請に応えねばならないからです。20世紀後半の戦後の時代には、とりわけ雅春先生が昇天される1980年代までは、米ソ両国間の「冷戦」が人類社会に最大の影響力をもっていたのです。宗教運動は、そういう目の前の大問題に対して解決の方向性を示さなければなりません。それが、「宗教運動は時代の制約下にある」ということの意味です。「はしがき」の別の所で、私はこのことを次のように表現しています--
 
「つまり、宗教は時代と環境の要請から生まれるから、その時代と環境が変化すれば、宗教自体も変化を要求されるのである。だから、戦前・戦後に説かれた教えは戦後に修正されることもあるし、冷戦時代の宗教運動の目標や方法が、冷戦後には採用されないこともあるのである。この時代応現の変化の意味が分からないと、宗教は社会に有害な影響をもたらすことになる」
 
 さて、ここにある「宗教運動」の中には、宗教での儀式の方法や唱える言葉も含まれます。それらも、時代の変化にともなって変わっていくし、変わらねばならないのです。ということで、今回、国際本部の移転を機にして、この生長の家総本山での祭祀の形式にも変化が加えられました。これも冷戦時代から地球温暖化時代への変化が背景にあると理解してください。昨日、龍宮住吉本宮の大祭に参列された方はすでにご存じですが、私たちはこのお宮のご祭神として、住吉大神に加えて、天之御中主大神、高御産巣日神、神産巣日神の、いわゆる“造化の三神”を勧請させていただきました。生長の家は唯一絶対神を信仰する教えですから、天之御中主大神を祭祀することに問題を感じる人は少ないでしょう。
 
 しかし、一部には、古事記にある“造化の三神”の名前を挙げると、それは日本の神さまの名前だから仏教やキリスト教、あるいはイスラームとは何の関係もないと考える人がいるかもしれませんが、生長の家は「万教帰一」の宗教ですから、昔からそんな偏狭な考え方をしていないのです。天之御中主神とは、いわゆる唯一絶対神の別名だと説いてきました。例えば、谷口雅春先生の『善と福との実現』というご著書には、こうあります--
 
「今まで吾等は天之御中主神と阿弥陀仏とゴットと天地の創造主とを、同一の本源唯一神なる生長の家大神(うちゅうぜんたいのおおかみ)の別名であることを『生命の實相』で説いて来たのであり、老子の説く“道”(コトバ即ち神)は本来無名であり、神名又は仏名にとらわれて、他宗排撃の古陋に陥ってはならない、万教は互いに手を繋いで、唯一の神を信じ讃えようではないかと説いて来たのである」。(p.185) 
 
 では、この龍宮住吉本宮には、これまでなぜ天之御中主神ではなく、住吉大神が祭祀されてきたのかという疑問が生じるかもしれません。しかし、住吉大神は天之御中主神の応化神であり、別名であると言ってもいいのです。このことも、雅春先生の同じ著書に書かれています。引用しましょう--
 
「“アメノミナカヌシノカミ”とは宇宙の本源なる“中”にして無なる隠身(カミ)である。(中略)その“中無”の世界に超入するを“吾れ今五官の世界を去って実相の世界に入る”と生長の家では云うのである。“中無”の世界は無一物“中”無尽蔵の世界であり、無限知・無限愛・無限生命の七宝充満不老郷であるが故に龍宮海とも云う。(中略)その龍宮海の神を古代の神話では住吉大神と称し奉る。住吉大神とは住ミ吉キ極楽世界の主人公という意味であって、仏教に於ける阿弥陀仏と同体であり、創世記に於てはこれを“エデンの園”と云う」(p.188) 
 
 それでは、タカミムスビとカミムスビの二神は何のために祭祀するかというと、それは自然界の最大の特徴である「ムスビ」の働きに注目し、それを“自然の一部”である私たち人間の内部にもしっかりと認め、今後それらを運動面にも生活面にも、もっと強力に表現していくことが必要だからです。なぜその必要があるかについては、先ほど紹介した私の著書に詳しく書きましたから、ぜひ内容をよく読んで理解してください。しかしここでその理由をごく簡単に申し上げると、自然界にはムスビの働きが満ちあふれているのに、人類はその自然を破壊し、地球温暖化や気候変動を引き起こして、生物多様性も減衰させているために、人類の間のムスビの働きもどんどん減退してきているからです。ムスビの働きとは、人と人との繋がりであり、交流であり、協力関係のことでもあります。実は、住吉大神も神話では「シホツチノカミ(水火土神)」として現れますから、ムスビの神であるのです。 
 
 ところで一昨日、私はこの総本山の地に参りましたが、その時感動したのは、公邸の庭の柿の木にメジロとヒヨドリが来て、その実を盛んに食べているのを見た時でした。私と妻は、その柿の木の下に立ってしばらく写真を撮ったり観察したりしていました。本部のある北杜市大泉町にも野鳥はたくさんいるのですが、人間を警戒してすぐに逃げてしまいますが、長崎の鳥たちは人間に馴れているのか、私たちの頭上で食事を続けてくれました。私は、目の前に“ムスビの世界”が展開しているのを見て、感動していたのでした。その“ムスビの世界”とはどんなものであるかを、今回の本の文章を引用して簡単に説明します。『宗教はなぜ都会を離れるか?』の299ページです。ここの文章は、実は昨年の今日、この記念式典でお話ししたものですから、皆さんの中には憶えている方もいるかもしれません--
 
「例えば、植物に花が咲くと、動物であるハチが飛んできて、花の中で受粉が行われて、やがて実が成る。実が成ると、そこにいろんな昆虫や鳥がやってきて、その実を栄養源とし、豊かに成長する。さらに、その実の中に種があれば、それが遠方に飛んだり、動物に運ばれて新しい地に落ち、その植物もさらに繁栄する。“ムスビ”の働きに関与するいずれの生物にとっても、ウィンウィン(win-win)の状態が実現する。それが自然界の顕著な特徴であるということです。その“ムスビ”の働きを司る神々の中で、特に、宇宙本源神の次に現れる二柱の神々--タカミムスビノカミ、カミムスビノカミ--を私たちはしっかり意識して宗教行事を進めることを、私は今回提案させていただきたいのであります。」(pp. 299-300) 
 
 このようなことをちょうど一年前に、この場で提案させていただき今回、龍宮住吉本宮の御祭神として、天之御中主神とともにタカミムスビ、カミムスビのムスビの神様を正式にお迎えしたことで、私たちの運動は自然界の働きの中の何を重んじていくかが明確になりました。“自然と共に伸びる”運動の方向性が明らかになったということです。現代において最も必要なことは、個人が自己主張しながらバラバラに生きることではなく、また似たもの同士が寄り集まってグループの利益を護ることではなく、さらには一国が自国の繁栄のために他国を犠牲にすることでもなく、人類の利益のために自然を破壊することでもありません。私たちにとって“他者”と見えるもの、一見“別物”と見えるものも、それらとムスビ合うことによって、新しい、より大きな価値を創造することができるという真理を多くの人々に伝え、また自ら生活に実践し、名実ともに“自然と共に伸びる”運動を力強く展開していこうではありませんか。 
 
 谷口雅春大聖師の御生誕を寿ぐこの記念式典に際して、所感を述べさせていただきました。ご清聴、ありがとうございました。 
 
 谷口 雅宣

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2014年11月 9日 (日)

自然とのつき合い方 (3)

 「自然の恵みフェスタ 2014」で行われたイベントは、自転車競技だけではない。フェスタの趣旨は「自然の恵みに感謝する」ことだが、自然界では無数の事物が生起するから、感謝すべきことは無数にあるといってよい。しかし、個人個人がそれぞれの考えで自然界の無数の事物から1つを選んで感謝の意を表現するのでは、あまりに煩雑である。そこで、職員がいくつかのグループを作って、グループのメンバーが協力し合って感謝の気持を1つにまとめ、それを“舞台”や“出店”の形で表現するという方式を採った。フェスタには文化祭的な要素があるから、この方式の方が相応しいと考えたのだろう。それが音楽会であり、地元の食材を使った手作り料理、そして自然素材によるフラワーアレンジメントなどのグループである。これに加えて、一種ゲリラ的なグループも登場した。それは「SNIクラフト倶楽部」で、手作り品を趣味とする同好会のようなものだ。「ゲリラ的」と表現したのは、このグループができたのはフェスタの直前だったからだ。突然の出現で、オフィスの職員の中にも、そんなグループが展示をするなど、フェスタ当日まで知らなかった人もいただろう。
 
 本シリーズの最初に、私は人間も自然の一部だと考えれば、人間の中にある「神の創造のエネルギー」も自然の一部と捉えられるとして、音楽会も“自然の恵み”への感謝の表明であると書いた。それと同様に、手作り品の製作や展示も、創造のエネルギーの発露の一つだから、自然の恵みへの感謝の表明と考えることができる。しかし、これだけでは足りない。なぜなら、この考えをどんどん延長していくと、人間の創造物や製作物の中には、自然界にとって有害なものも含まれるからだ。また、「何でもどんどん製造する」ことが無条件で許されると、資源のムダ遣いや、森林や生物多様性の破壊も「自然の恵みへの感謝」だという奇妙な論理に行きついてしまう。そこで、前回の本欄でも紹介した「自然と調和した生き方」の4条件が重要になってくるのである。それを再びここに掲げよう:
 
 ①自然調和的な動機や目的により
 ②自然度の高い場所で
 ③自然状態に近い(自然度の高い)材料を使い、
 ④自然破壊的でない方法や手続きを用いた活動をする。
 
 手作り品を製作する場合も、この4条件にできるだけ合致することが望ましいだろう。もっと具体的に言うと、①の条件を満たすためには、製作のために稀少種の動植物を犠牲にすることは許されないし、製作物の大量生産は疑問である。その動機として「自然との調和」ではなく、「利潤の追求」が疑われるからである。また、②の条件を考えると、クラフト製作をオフィスと職員寮周辺でやる場合は問題ないが、製作過程の一部を都会の人や会社に委託するという方法は、疑問である。私は今回、インターネットが発達した現代では、製作を個人が海外に委託することも可能なことを知って驚いた。
 
Stampmag_04_2  次の③の条件は、製作者にとってはなかなか悩ましい。クラフト製品は、人間の手によって加工された製品だから、当然ながら「自然状態」ではない。だから、③では製品そのものではなく、それに使う「材料」の自然度が問題にされているのだ。が、加工に適した素材は、必ずしも自然度が高いとは言えない。例えば、木工製品を作る場合、近所のホームセンターへ行けば、寸法がそろったきれいな板や柱が簡単に手に入る。それは多くの場合、輸入材であったり、国産材でも遠くから運ばれてきたものである。これに対して、できるだけ自然度の高い木材とは、森に生えている木そのものである。これを個人が伐採して製材し、家具製作の材料にすることは現実的ではないし、だいたい素人には無理だ。というわけで、森の生木とホームセンターで売られている材木の“中間”に当たるような自然度の材木はないか、と考えてみる。すると、家を建てたあとに出る「廃材」のことが思い浮かぶのである。
 
 幸いにも、オフィスの職員寮は建築後1年を経ておらず、また冬場の暖をとるための一助として、寮を建てた後の廃材が各所にまだ残っていた。SNIクラフト倶楽部では、そういう廃材を使って椅子や薪用の木箱、鳥の巣箱、コースターなどを製作し、フェスタに出品することができた。その他の木工品では、スマートフォンや経本を卓上に立てるスタンドとか、小型の仏像、大型のものでは薪収容のログラック、そしてブランコも出品された。木工品以外のものでは、ヘンプブレスレット、ネックレス、石鹸デコパージュ、ポーチ、キーホルダー、オーナメント、お手玉セットなどの手工芸品が出品され、どれも買い手がつく人気だった。
 
Picturemagnets  私もこのグループに所属し、木材を使ったマグネットを出品した。冷蔵庫の側面などにくっつけて、メモなどを固定するための磁石だ。これを「木工品」と呼ぶことには異論があるかもしれない。なぜなら、磁石自体は木製でないからだ。木工で作るのは、その磁石をカバーして手で持つ部分である。その木の部分に、私は絵柄のデザインを使おうと思った。選んだ絵柄は、昔の切手と自作の絵である。切手は最近の通常切手ではつまらないので、昔の年賀切手を使った。自作の絵は、これまで描いてきたものの中からデジタル媒体によるものに限定した。その方が、用意がしやすく印刷が簡単だからだ。しかし、こういう方法を使うと、木工品でありながら、③の条件に合致する割合はどうしても低くなる。なぜなら、製作過程でパソコンやプリンターを使うからだ。また、プリンター用の“紙”も石油系の材料が混じった特殊なものを利用した。その方が、見栄えと耐用度が増すからだ。さらに、塗装はアクリル系の水性塗料とニスを使った。作業が容易だからだ。
 
 この2種類の木工マグネットに加えて、木の代わりにシカの角を使ったものも製作した。シカは毎年、角が生え替わるので、自然に抜け落ちたものが地元の店で売られていた。それを前に買ってあったのである。それを何に使おうかと思案していたところ、ちょうどよい機会が来たと考えた。角を薄く輪切りにして、整形後に磁石を付け、表面に絵を貼って仕上げた。これら3種類のマグネットを合計77個製作し、全部買ってもらえたので大変満足している。シカ角に加え、古切手と廃材が活用され、私の自己表現もでき、たぶん買い手にも喜んでもらえたと思う。自然への感謝とともに、都会から森の生活へと大転換してくださった人、またそんな私たちを支援してくださった人々への感謝の表現が、こんな形でできるとは思わなかった。
 
 谷口 雅宣

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2014年11月 3日 (月)

自然とのつき合い方 (2)

 前回の本欄で、私は「自然と調和した生き方」の4条件を次のように設定した--
 
 ①自然調和的な動機や目的により
 ②自然度の高い場所で
 ③自然状態に近い(自然度の高い)材料を使い、
 ④自然破壊的でない方法や手続きを用いた活動をする。
 
 では、「自然の恵みフェスタ」で行われたことは、これらを満たしているのだろうか? 
 
Hillclimb_start01  まず、「天女山ヒルクライム」を考えてみよう。八ヶ岳の南側の一部を構成する天女山(標高 1,529m)は、まだ豊かな自然が残る山だ。FSC認証を得た森を抱え、鳥や獣も棲息し、山菜やキノコも豊富に採れる。その自然を味わうという意味では、①と②の条件は満たされる。では、③はどうかというと、自転車が「自然状態に近い」乗り物であるかどうかの判断が必要である。自動車を使った登山に比べれば、自転車によるそれは自然状態に近い。しかし、徒歩で登る自然さに比べれば、やはり人工的である。だから、自転車競技よりも登山やマラソンの方が「自然と調和している」と言えるかもしれない。実際、フェスタの計画段階で自転車競技をする案が出たときにも、「それよりは徒歩で登るのがいい」という声もあったのである。が、自転車が採用されたのは、「生き方」という点で、自転車が登山に勝るという判断があったからだろう。 
 
Hillclimb_21  つまり、私たちの普通の生活では、ほとんどの人にとって登山は非日常である。日常生活から抜け出して登山をするのである。ということは、登山は、一般の人々にとっては「生き方」ではなくて、「休暇の過ごし方」「休み方」であり、レジャーである。もちろん、プロの登山家や林業を営む人々などにとっては、登山は立派な生き方である。ただ、大多数の人々にとってはそうでないということだ。一方、自転車に乗ることは、多くの人々にとって日常生活の一部であるから、「生き方」の一部であり、そうでない人にとっても「生き方」につながる可能性が大きい。そういう広がりを考えたとき今、一部の人々の間で愛好されている「自転車通勤」が注目されるのである。
 
 自転車通勤は、上の4条件のうち①に重点を置いた生き方の選択である場合が多い。つまり、電車やバス、あるいは自動車を使った通勤が可能な中で、それらを利用する際のエネルギー消費や温室効果ガスの排出を嫌って、またコストの問題を考えて、あえて選ぶ人が増えつつあるのである。日本では、そういう人々はまだ少数かもしれないが、環境意識の高いドイツなどでは、多くの人々がそれを選択しているだけでなく、自治体の方針として自動車を締め出し、自転車の利用を奨励しているところもある。こういう点は、生長の家が目指している方向と一致する。もちろん私は、登山やトレッキングが環境意識と無関係だと言っているのではない。登山やトレッキングの方が、自転車よりも“自然密着型”だと思う。しかし、すでに述べたように、日常生活とのつながりの強さでは、自転車に軍配が上がると考える。
 
「それならば、マラソンやジョギングはどうか?」という声が聞こえてきそうである。「走る」ことを日常生活に取り込むことは容易であるし、現に私は東京にいた頃、週2日から3日はジョギングをしていた。それをフェスタに取り入れることは、問題ないと思う。だが、今回は自転車を採用した。最大の理由は、すでに生長の家の仲間のあいだに自転車の同好会が存在していたからだ。埼玉教区の青年会委員長を中心にした「SNI自転車部」という集まりだ。このメンバーにずいぶんお世話になった。また、オフィスの職員の中にも自転車通勤をしている人が何人もいた。そんな人々がこの機会に集まって、自転車で山登りをしても悪くない……と考えて参加者を募った。 
 
Hillclimb_memebers02s  当初は「数十人」程度の参加を予定していたが、52人ものエントリーがあったので驚いてしまった。うち、女性は7人、教化部長9人。参加者の住所は北海道から九州まで、年齢も、小学2年生から66歳までと予想外の層の厚さだった。参加者が乗る自転車も変化に富み、本格的なロードバイクからクロスバイク、マウンテンバイク、小径車、電動アシスト式自転車まで。出発点の甲斐大泉駅から天女山頂まで(4.6km)のタイムも様々で、19分台で駆け上った本格的レーサーもいれば、自転車に乗ったり降りたりしながら1時間以上かけて登った人もいた。それぞれがベストを尽くしたから、山頂での表情は皆、明るかった。文字通りの“老若男女”が、自然の中で必死になって汗を流し、そして共通の目標を達成した充実感と一体感は、格別のものだった。
 
 谷口 雅宣

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2014年11月 1日 (土)

自然とのつき合い方

 このほど行われた「自然の恵みフェスタ 2014」に関連して、私は前回のブログで次のように書いた--
 
「この“自然の恵みフェスタ”は、神の創造された自然界の恵みに感謝するのはもちろんですが、私たちの中にある神の創造のエネルギーをしっかりと認め、それを表現することも重要な目的です。昨日は、オフィスの食堂で、音楽祭が行われましたが、私たちが音楽を作り、それを演奏し、作り手も聞き手も楽しむことができるという事実も“自然の恵み”の一つです。また、今回、食品を含めたいろいろな“もの作り”の場も、作品を鑑賞する場も設けられています。フェスタに参加される際はぜひ、谷口清超先生が音楽や写真などの芸術表現を愛されたことを思い出し、正しく、美しい創造を行う喜びを味わい、その生き方を今後の人生に展開していってください」。
 この文章にはかなり複雑なことが書いてあるのに、その説明をはしょっているので、読者は意味を理解しにくかったかもしれない。そもそも人間と自然との関係は、複雑で込み入っている。「人間は自然の一部である」という考え方は生物学的事実であり、生長の家でもそう考えている。『大自然讃歌』には「自然即我、我即自然」と明記されているから、多くの読者は同意してくださるだろう。しかし、その一方で、「自然」という言葉には「人間の手が加わらない」とか「人間が手を加えない」という意味がある。自然界にあるサトウキビなどを使った甘味料に対して、化学的につくり出したものを「人工甘味料」と呼ぶが、この場合、「人工」と「自然」は対立的に捉えられている。味覚は人間の五感の一つで、私たちに自然に(生来的に)与えられているものだから、そこから受け取る感覚はすべて「自然だ」と考えることもできるが、普通の言葉の用法ではそうならず、味覚の原因が自然物なのか人工物なのかで言い方を変えるのだ。
 
 しかし、この「自然物」とか「人工物」という表現にも問題がないわけではない。例えば、白砂糖の原料はサトウキビであり、明らかに自然物だ。しかし、これを製造するまでには驚くほど多くの人工的な精製過程がある。そして、でき上がった白砂糖は、ほとんどすべてが糖質であり、自然界に普通に存在するミネラルなどの栄養素は極力排除されている。これに対して黒砂糖は、そういう精製過程を経る前にできるから、「より自然だ」と考えられるのである。こういう言葉の使い方から考えると、「人間が手を加える程度が少ないほど自然度が高い」とする考え方が、私たちの心の中にあると言えるだろう。とすると、そこへ「人間は自然の一部である」という考え方を持ち込むと、混乱が起こる可能性がある。どんな混乱かというと、「人間が自然の一部ならば、人間の作ったものはどんなものでも自然だ」と考える場合だ。
 
 これは、明らかに行き過ぎた結論である。なぜなら、この考えを突き詰めていけば、コンピューターチップも人間が作ったものだから、「自然にできた」とか「自然物だ」と見なされるからだ。同じようにして、新宿の高層ビル群も、スペースシャトルも、はたまた自然破壊それ自体も“自然の一部”であることになり、私たちの心中にある「自然」の概念は崩壊する。では、そんな危険を冒さずに、「人間は自然の一部」という生物学的事実を「人間が手を加えないことが自然である」という考えの中に導入するには、どうしたらいいだろうか? それには、もっと緻密な思考が必要だ。まず、人間と自然とを対立的、排他的な概念として考えることをやめよう。つまり、「自然」と「人工」とを対立させて考えずに、「自然な人工」とか「人工的な自然」というものがあると容認するのである。
 
 「人間が手を加える」という自然改変的な活動についても、その動機や目的、場所、材料、道具や方法について細かく検討し、それぞれが自然界に及ぼす影響が調和的なのか、それとも破壊的なのかを考える。例えば、食事を考えるならば、それを作る料理人が、また食べる人が、どんな目的や動機で料理をし、食事をするのか。どんな場所で、どんな雰囲気をつくって食べるのか。食材は何を使うのか。料理法はどうであるのか……などに考えを巡らせる。すると、同じハンバーグでも、マクドナルド社の製品と、無名の菜食レストランの豆腐バーグのどちらが、より自然に近いか、あるいは自然破壊的でないかなど、比較的容易に判断できるだろう。
 
 要するに、人間は自然の一部であることは事実だが、自然そのままの状態では生活することがほとんどできない。衣・食・住をどうするかを考えれば、自然界のさまざまなものを利用し、加工し、一部は破壊することは不可避である。が、自然には再生力があるから、これを小規模で行う場合は、実質的には自然破壊は起こらずに、却って自然が豊かになることもある。例えば、森林の間伐を行ったり、田んぼを作ることで土地の生物多様性が拡大することもある。そんな活動は、人間以外の生物もやっていることだ。アリは住処をつくるために木や土に穴を開け、鳥は巣作りのために小枝を折り、昆虫は植物を食べるし、ビーバーはダムを作る。こういう活動を「自然破壊だ」とは、普通は言わない。イナゴの大群が農作物を襲っても、自然破壊とは見なされず、逆に「自然が農作物を破壊した」と考えるだろう。自然破壊が問題になるのは、人間が自然の再生力を上回る破壊的な影響を自然界に及ぼす場合だ。
 
 こう考えていくと、自然に対して「人間が手を加える」ことそれ自体が自然破壊ではないことが分かるだろう。この「手を加える」程度と方法と、その結果が問題にされるのだ。そういう観点から、私たちの自然とのつき合い方を考えると、“自然と共に伸びる”人間の生き方の方向性が見えてくるのではないだろうか。
 
 以上の考えを簡単にまとめよう。私たちが目的とする「自然と調和した生き方」とは、以下の4条件をできるだけ多く満たしたものである--
 
 ①自然調和的な動機や目的により
 ②自然度の高い場所で
 ③自然状態に近い(自然度の高い)材料を使い、
 ④自然破壊的でない方法や手続きを用いた活動をする。
 
 谷口 雅宣

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