« 自然とのつき合い方 | トップページ | 自然とのつき合い方 (3) »

2014年11月 3日 (月)

自然とのつき合い方 (2)

 前回の本欄で、私は「自然と調和した生き方」の4条件を次のように設定した--
 
 ①自然調和的な動機や目的により
 ②自然度の高い場所で
 ③自然状態に近い(自然度の高い)材料を使い、
 ④自然破壊的でない方法や手続きを用いた活動をする。
 
 では、「自然の恵みフェスタ」で行われたことは、これらを満たしているのだろうか? 
 
Hillclimb_start01  まず、「天女山ヒルクライム」を考えてみよう。八ヶ岳の南側の一部を構成する天女山(標高 1,529m)は、まだ豊かな自然が残る山だ。FSC認証を得た森を抱え、鳥や獣も棲息し、山菜やキノコも豊富に採れる。その自然を味わうという意味では、①と②の条件は満たされる。では、③はどうかというと、自転車が「自然状態に近い」乗り物であるかどうかの判断が必要である。自動車を使った登山に比べれば、自転車によるそれは自然状態に近い。しかし、徒歩で登る自然さに比べれば、やはり人工的である。だから、自転車競技よりも登山やマラソンの方が「自然と調和している」と言えるかもしれない。実際、フェスタの計画段階で自転車競技をする案が出たときにも、「それよりは徒歩で登るのがいい」という声もあったのである。が、自転車が採用されたのは、「生き方」という点で、自転車が登山に勝るという判断があったからだろう。 
 
Hillclimb_21  つまり、私たちの普通の生活では、ほとんどの人にとって登山は非日常である。日常生活から抜け出して登山をするのである。ということは、登山は、一般の人々にとっては「生き方」ではなくて、「休暇の過ごし方」「休み方」であり、レジャーである。もちろん、プロの登山家や林業を営む人々などにとっては、登山は立派な生き方である。ただ、大多数の人々にとってはそうでないということだ。一方、自転車に乗ることは、多くの人々にとって日常生活の一部であるから、「生き方」の一部であり、そうでない人にとっても「生き方」につながる可能性が大きい。そういう広がりを考えたとき今、一部の人々の間で愛好されている「自転車通勤」が注目されるのである。
 
 自転車通勤は、上の4条件のうち①に重点を置いた生き方の選択である場合が多い。つまり、電車やバス、あるいは自動車を使った通勤が可能な中で、それらを利用する際のエネルギー消費や温室効果ガスの排出を嫌って、またコストの問題を考えて、あえて選ぶ人が増えつつあるのである。日本では、そういう人々はまだ少数かもしれないが、環境意識の高いドイツなどでは、多くの人々がそれを選択しているだけでなく、自治体の方針として自動車を締め出し、自転車の利用を奨励しているところもある。こういう点は、生長の家が目指している方向と一致する。もちろん私は、登山やトレッキングが環境意識と無関係だと言っているのではない。登山やトレッキングの方が、自転車よりも“自然密着型”だと思う。しかし、すでに述べたように、日常生活とのつながりの強さでは、自転車に軍配が上がると考える。
 
「それならば、マラソンやジョギングはどうか?」という声が聞こえてきそうである。「走る」ことを日常生活に取り込むことは容易であるし、現に私は東京にいた頃、週2日から3日はジョギングをしていた。それをフェスタに取り入れることは、問題ないと思う。だが、今回は自転車を採用した。最大の理由は、すでに生長の家の仲間のあいだに自転車の同好会が存在していたからだ。埼玉教区の青年会委員長を中心にした「SNI自転車部」という集まりだ。このメンバーにずいぶんお世話になった。また、オフィスの職員の中にも自転車通勤をしている人が何人もいた。そんな人々がこの機会に集まって、自転車で山登りをしても悪くない……と考えて参加者を募った。 
 
Hillclimb_memebers02s  当初は「数十人」程度の参加を予定していたが、52人ものエントリーがあったので驚いてしまった。うち、女性は7人、教化部長9人。参加者の住所は北海道から九州まで、年齢も、小学2年生から66歳までと予想外の層の厚さだった。参加者が乗る自転車も変化に富み、本格的なロードバイクからクロスバイク、マウンテンバイク、小径車、電動アシスト式自転車まで。出発点の甲斐大泉駅から天女山頂まで(4.6km)のタイムも様々で、19分台で駆け上った本格的レーサーもいれば、自転車に乗ったり降りたりしながら1時間以上かけて登った人もいた。それぞれがベストを尽くしたから、山頂での表情は皆、明るかった。文字通りの“老若男女”が、自然の中で必死になって汗を流し、そして共通の目標を達成した充実感と一体感は、格別のものだった。
 
 谷口 雅宣

|

« 自然とのつき合い方 | トップページ | 自然とのつき合い方 (3) »

地球環境問題」カテゴリの記事

宗教・哲学」カテゴリの記事

自然と人間」カテゴリの記事

コメント

合掌 有難うございます。

前回の「自然とのつきあい方」を読ませて頂いて、ご文章がちょっと難しくて、頭の中が走ったり止まったりで、内容が深く迄解釈出来ず、「創造的人生」が解ったつもりが解っていなかったのだと解って、頭の中で右往左往しました。ですが、此の(2)のご文章は、爽快に走れました。 自転車でのマイペース山登りの素晴らしさが伝わって来ます。 山が平らなら、私も参加したいです。

          再拝  千葉教区 高野洋子

投稿: 高野洋子 | 2014年11月 3日 (月) 18時36分

総裁先生
合掌 ありがとうございます。
がんばった人にしか見えない景色がございますよね。たくさんの人々が同じ目的を持ってゴールを目指す一体感と達成感は素晴らしいものでしょう。速い人、乗ったり降りたりする人、休憩しながらの人…人生も競技も人それぞれの在り方があるのですね。
先月、総本山に団体参拝練成に参加させていただきました。総本山でたくさん歩きましたら、いかに日頃、運動不足であるかが身にしみました。
そして、帰りましてから、通勤には雨の日と帰りが深夜に及ぶ日以外は自転車を使うようにいたしました。島根は田舎ですので、日々の仕事や生活にはどうしても自動車を使います。しかし、これ以上、地球温暖化を加速させないためには自動車の使用を少しでも控えることが必要だと改めて考えさせられました。今まで私自身、体力に自信がないからと運動をあえて控えておりまたが、余命宣告を受けたという方と総本山でたくさん歩きましたら、人間の無限力をつよく感じました。昨夜もニュース番組で、このままいくとあと30年で人類が地球上に住めなくなる事態になるとジャーナリストの方が言っていましたが、総裁先生はいち早く環境問題を解決するには正しい宗教心が必要だと具体的な解決策を含めご教示くださっています。このことに私たち信徒は深く感謝をして
先生の示してくださる方向と同じところを見させていただくことが使命であると痛感しております。
これからも自然とともに伸びる運動を喜びを持って明るい心で日々の生活の中で実践しつつ、共感してくださる仲間を増やしていきたいと思います。
    再拝 島根教区 岡田さおり

投稿: 岡田さおり | 2014年11月 4日 (火) 21時59分

合掌、有り難うございます。
この度、私は最高齢の66歳の参加者でありましたが、参加させて戴きましたことを
心より感謝申し上げます。未だに喜びと感謝と開放感の余韻が残っておりまして、
コメントをさせていただきました。
 私は、10月25日に団体参拝練成会が終了しましてから、八ヶ岳のホテルに移動し、
翌日、ヒルクライムに参加させて戴きました。本部からのお誘いを受け、9月08 日の唐松模様「天女山ヒルクライム」を拝読致しまして、このイベントは総裁先生の私たちへ
の御愛念であると思い。 参加を決意しました。また、普段自転車で通勤していますので、それなりに出来るかもしれないという自信もありました。

それから約1ヶ月間毎日、仕事が終わってから夜は、近くの市民体育館へ通い、約2㌔㍍強の距離をジョギングし、木曜休日には、自宅から市営スキー場まで自転車で上って脚を鍛えました。
ビルの階段を1000段上り、脚力を強めるようにもしました。団参の期間は出来るだけ階段を使うようにもしました。

ヒルクライムの結果は、1時間以上かかりました。丘を登ることは、普段の自転車走行と違い、苦しくて自転車を押して歩く時間も多かったのですが、どうにか完走できました。総裁先生とご一緒に走らせていただいたことを心から光栄に思い、またこれほど総裁先生を身近に感じさせて戴いたことはございませんでした。教化部長として総裁先生の御心をお伝えする御使命を頂き、またヒルクライムのことに関しましても、新潟越南教区の信徒の皆様にお伝えさせて戴くことが出来まして真にも大きな喜びであります。また魂の底から神の子を表現出来た喜びにも浸ることができました。
「肉体は神性表現の道具である」との御教示に従いまして、日々、肉体の自己管理を怠
ることなく、これからも、新潟越南教区の光明化に尽力させていただきたいと存じます。誠に有り難うございました。
 新潟越南教区教化部長 中内英生拝

投稿: 中内 英生 | 2014年11月 7日 (金) 00時13分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 自然とのつき合い方 | トップページ | 自然とのつき合い方 (3) »