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2014年3月11日 (火)

「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われる

 今日は晴天下、午前10時から約1時間にわたり、山梨県・北杜市にある生長の家“森の中のオフィス”で、「神・自然・人間の大調和祈念祭」が行われた。直接の参列者は、オフィスに勤める国際本部の役職員だけだったが、御祭の様子がインターネットを通じて全世界に放映されたことで、神想観や讃歌の読誦などが、ネットで参加した世界中の信徒によって同時に行われるという画期的な行事となった。私はこの御祭で「四無量心を行じる神想観」を先導し、最後に概略以下のようなスピーチを行った。
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 皆さん、本日は「神・自然・人間の大調和祈念祭」にお集まりくださり、ありがとうございます。
 このお祭は、その名前の通りに「神・自然・人間」の三者が大調和することを祈るためのものでありまして、3年前に起こった東日本大震災をきっかけにして、またこの“森の中のオフィス”建設の目的に合致する新たな行事として実施が決まったものです。今回は最初のお祭です。東日本大震災で直接的な被害があったのは日本国内ですから、この御祭は日本だけで行ってもいいという考え方もできるのですが、ご存じの通り、「神・自然・人間」の三者が大調和していない状態は、残念ながら日本だけでなく、全世界でずっと続いている現象であります。私たちには、この三者の不調和が大震災の被害を大きくしたという認識があるだけでなく、21世紀最大の人類の課題である地球温暖化問題の起源も、三者の不調和が原因であると考えているため、世界中でこの祈念祭を執り行う必要があると考えました。
 
 では、「神・自然・人間」の三者の不調和とは何でしょうか? それは、現代文明のあり方そのものの中にあります。現代社会には、人間至上主義の考え方が隅々まで行き渡っています。そういう不調和が永年続いてきたために起こっているのが、「地球温暖化」とか「気候変動」と呼ばれているものです。ご存じのように、この問題の原因は、生物多様性や地球環境に有害な影響を与えることを知りながら、人類が自分たちの快楽増進のために温室効果ガスを排出し続けていることです。また、原子力発電という技術も、生物全体に有害であり、かつ核兵器の拡散の危険があると知りながら、人間が短期的な快楽を追求して採用している技術である。これらは、「神・自然・人間」の不調和を示す典型的な例であります。そういう悪いトレンドは、まるで麻薬のように、やめたくてもやめられない一大潮流となっているように感じられるのです。これは、仏教的に言えば「悪業」であります。日本人だけでなく人類全体がその潮流の中にあるため、日本以外の国に住む生長の家の信徒の方々にもこの祈念祭に参加してもらう目的で、今日の御祭はインターネットで中継されています。
 
 私たちは、この祈念祭を通して、人間至上主義を克服し、神への不信仰と自然破壊の流れを止め、さらには逆転して、自然の働きをもっと回復していかねばなりません。自然を賞め、自然を養い、自然界の営みから神の御心を学び、それを私たちの実際生活に反映させていかなければなりません。悪業の結果を消すためには、善業をどんどん積むことが大切です。そういう意味で、唯一絶対・善一元の神への信仰をさらに深め、かつその神からいただいている自然界を尊重し、破壊せずにあらゆる生物と共存していく生き方へと転換しなければなりません。そういう信仰とライフスタイルを全世界に推し進めていくためのお祭の1つが、この「神・自然・人間の大調和祈念祭」なのであります。
 
 さて、今年の冬は、日本列島は何回も大雪に見舞われました。特にこの山梨県では、2回の大雪が降り、その2回目が2月14日のバレンタインデーと重なり、これが観測史上初の1メートルを超える積雪となりました。この2回の大雪は、数日前に予報として出されてはいましたが、これほどのものになるとは専門家も予測しなかったため、被害は甚大となりました。幸いにも、私たちは役職員が一致団結して雪かきなどを集中して行った結果、犠牲者は出ませんでしたが、そういう組織力をもたず、集落から隔離された地域では、人々が孤立したり犠牲者が出たのであります。このように前例のない厳しい気象の変化は、世界各地で起こっています。
 
 今年の冬は、日本だけでなくアメリカにも大変な寒波が襲来し、「テキサス州がミネソタ州のようだ」と現地から報道されていました。テキサス州はアメリカ南部の州で、そこのダラスという町は北緯33度ぐらいで、日本では鹿児島県の南にある大隅半島の先端に該当します。これに対してミネソタ州はアメリカとカナダが接する北方の内陸部の州で、そこの街ミネアポリスは北緯45度です。これは、日本では北海道の稚内の少し南ぐらいの位置です。ですから、九州の南端が北海道稚内市と同じくらい寒くなったということです。これは大変な変化と言わねばなりません。ヨーロッパでは昨年末から大雨が続いていて、深刻な洪水被害が生じています。イギリスでは12月から断続的に降り続いた雨のため、テームズ川が氾濫し、首都・ロンドンが脅威にさらされました。2月14日の『ニューヨークタイムズ』の報道では、この冬の降水量は過去248年間で最大となるそうで、これまでに約5千戸の家屋が損傷しているといいます。また、この大雨を予測できなかった環境省が批判にさらされたり、ある国会議員は、こんな災害が来た原因は、デービッド・カメロン首相が同性間の結婚を合法化したためで、神の怒りをかったのだと発言して問題になったといいます。このように、一部の人々は“神罰”を持ち出さねばならぬほど、今回の異常気象は説明が難しいということが分かります。
 
 このような異常気象による被害というものは、今後どんどん増えていくことが予想されます。国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の第2作業部会の報告書の原案について『読売新聞』が2月28日に報じていました。それによると、最悪のケースの場合、今世紀末までに年間148兆円の損失が毎年出るというのです。その記事を読みます--
 
「地球温暖化が暮らしや生態系に与える影響を評価する国連の『気候変動に関する政府間パネル』第2作業部会の、最新報告書の原案が明らかになった。温暖化の影響で世界全体の穀物生産量は今後10年ごとに最大2%ずつ減少。経済損失の総額は、海面上昇による土地の消失や観光への影響を含めて最大に見積もった場合、今世紀末までに年間148兆円と予測している。損失額は日本政府の来年度一般会計予算案(95兆円)を上回る。」
 日本の一般会計予算を大きく上回る損害が毎年出る--というのが最悪のシナリオなのです。このことの意味は、大変重いと思います。それを理解していただくために、この報告書案の“最悪のケース”ではなく、それより少ない被害で、ちょうど日本の一般会計予算にきっちり収まる被害額だったと考えてみましょう。そうすると、日本政府が経済刺激策として公共事業や企業への補助を増やすなどの対策をしたり、法人税を下げて賃金の値上げを求めたりしていますが、そういう従来の方法では、経済成長など達成されないということになるのであります。なぜなら、一般会計予算の全額が、気候変動による災害救援や、人命救助、道路を初めとしたインフラの再構築などで出ていってしまうからです。また、2011年の日本の輸出と輸入を加えた貿易額は「167兆円」だということを考えてください。アベノミクスみたいな方法では、景気浮揚は達成されないのです。もっと劇的にCO2の排出量を減らさないかぎり、世界経済はよくならず、世界経済がよくならなければ、まだ輸出に頼っている日本の経済もよくならない。そういうことが言えると思うのです。
 
 私は、このIPCCの報告書原案の中で、最も気になっているのは、世界の穀物生産量が「今後10年ごとに最大2%ずつ減る」という予測です。これは何を意味しているかというと、世界はいずれ食糧難になるということです。IPCCの報告書案には、そういう明確な表現はないかもしれませんが、環境問題に詳しい地球政策研究所のレスター・ブラウン氏は、もう何年も前からそのことを予測し、警鐘を鳴らしてきました。日本のマスメディアではあまり報道されませんが、世界の穀物在庫は危険なレベルにまで減少してきています。つまり、コメや小麦、トウモロコシなどの主食とされる穀物は、前の年に収穫されたものが倉庫に保管されていますが、その量がほどんどなくなっているということです。すると、地球上のどこかで一度大きな不作が起こると、その地域の穀物在庫はもちろんのこと、救援物資として他の国や地域から供給する穀物もないということになり、大量の餓死者が出る可能性が増大します。それを防ぐためには、穀物の収穫量を増やし、在庫を安全なレベルまで積み増さなければなりませんが、そのための農地は実質的にはもう地上には存在しないのです。となると、森林伐採がさらに進みます。
 
 私たちは、地球温暖化による気候変動が深刻化するのは、今の私たちの時代ではなく、もっと先の子供や孫の時代だと教えられてきましたが、このような穀物在庫の減少を考えてみると、そういう異常気象による直接的な被害--海面上昇による国土の消滅、大洪水や大干魃など--はまだ先の話であったとしても、それより前に、世界の穀物在庫が払底したところに不作が続くことで、食糧危機が来る可能性が大きいのです。
 
 私たちが東京の「原宿」というファッションのメッカのような都会の中心を離れて、この大泉の“森の中”へ本部を移転したことの1つの理由は、都会で生活しているかぎり、自然界とはどんなものであるかを感じることができないからです。“自然とともに伸びる”ための運動をしていながら、自然を感じられないのでは私たちの目標は到底達成できません。ですからこちらへ越してきました。そして、自然の真ん中で初めての冬を迎えて、どうだったでしょうか? 自然界は、ここでは圧倒的な存在感をもって私たちに次々と様々なことを要求します。私たちは互いに助け合って雪かきをし、悪路を歩き、薪割りや間伐をし、必要な物や労働力を互いに与え合って、初めてこの厳しい冬を乗り切ったのではないでしょうか? 私はこれが、人間社会の本来の姿だと思います。ところが都会で生活していると、何でも自分1人の力でできるような錯覚に陥りやすい。また、自然がなくても人間は生きられると錯覚しやすいのです。それは、自然の障害をできるだけ排除して、個人の力で簡単に何でもできるような便利な仕組みが都会では整っているからです。しかし、その代わり、人と人との関係は冷たく、浅く、功利的です。自然を排除することによって、人間は個人として分解し、冷たく、功利的になっていくのです。
 
 3年前、東日本大震災を経験した私たちは、自然界は人間社会に敵意をもっていると感じたのではないでしょうか? しかし、事実は逆なのです。自然界は、昔から変わらぬ姿でここにある。その自然を、自分の環境からできるだけ排除する生き方を続け、人間本位のきわめて便利な社会を作り上げてきたのは、私たちです。自然が我々に敵意をもっているのではなく、我々が自然に敵意をもってそれを排除してきたのです。そして、その結果として人間同士の絆が薄れ、過剰な個人主義、利己主義が育ってきた--つまり、自然に敵意を抱けば、人間同士が敵意を抱くような社会ができ上がるのです。また、自然を尊重することは、人間がお互いを尊重することにつながるのです。大地震が来て、都会の様々の便利な仕組みが破壊されたことで、私たちは人間が本来もつ他者への思いやりとか、助け合いの気持を発揮せざるを得なくなった。そういう意味でも、3年前の大地震は、私たちの本性を引き出す役割を果たしてくれたのだと思います。
 
 先ほど、白鳩会総裁が朗読された「自然と人間の大調和を観ずる祈り」からもう一度引用します--
 
「大地震は“神の怒り”にあらず、“観世音菩薩の教え”である。我々がいかに自然の与え合いの構図から恩恵を得てきたかが、それを失うことで実感させられる。我々がいかに人工の構築物を、田畑を、港を、道路を、送電線を、インターネットを築き上げでも、自然界の精妙かつ膨大な仕組みとエネルギーを軽視し、蹂躙する愚を犯せば、文明生活は一瞬にして崩壊することを教えている。我々の本性である観世音菩薩は、“人間よもっと謙虚であれ”“自然の一部であることを自覚せよ”“自然と一体の自己を回復せよ”と教えているのである。」
 生長の家の“森の中のオフィス”での仕事や私たちの生活は、原始時代にもどることではありません。しかし、原始の昔から人間が心の底に抱いてきた自然との一体感を呼び覚ますとともに、人間同士の与え合いと支え合いの生き方を、さらには人類と他の生物とが助け合う生き方を現代において実現するのでなければなりません。道具はハイテク化しているかもしれませんが、それを使う人間は、むしろ“ローテク”とも言える助け合いの心を発揮するのです。そのような価値観と生き方の基礎には、「人間・神の子」の信仰が必要です。また、「実相においては自然と人間は大調和している」という信仰が欠かせません。どうか皆さん、この素晴らしい信仰をさらに深め、多くの人々に伝え、役職員ともども協力し、また全世界の信仰の仲間とも交流しながら、私たちに与えられた重要な使命を明るく、生き甲斐をもって遂行していこうではありませんか。これから来るであろう食糧難の世界にあっては、この与え合い生き方が人類の福音となるに違いありません。ご清聴、ありがとうございました。
 
 
 

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コメント

合掌有り難うございます。「神・自然・人間の大調和祈念祭」にこの度も益田会場で8名の皆様と共にインターネットを通じて参加させていただきました。ありがとうございました。又3月1日のコメントに感謝のお言葉を頂き感激で一杯でございます。総裁先生には常に最新の情報をお伝え頂き又、ご指導いただきますことを有難く感謝申し上げます。この御祭りでは総裁先生と全世界の信徒の皆様が心一つで「四無量心を行じる神想観」の出来ましたことは今までにない夢のような出来事で、運動の変化の素晴らしさを実感いたしました。また白鳩会総裁先生の「自然と人間の大調和を観ずる祈り」の一言一言を感動しながら拝聴いたしました。今回のご指導では、死活問題である食料危機が子供や次世代よりも前に来る可能性があるということなどあらゆるところに大変衝撃を受けました。国際本部が森の中へ移転した使命の偉大さを改めて実感いたします。本部の皆様の大雪の中での生活や、地域貢献のご活躍を感謝と感動の思いと共に自分の足元を省みる機会とさせて頂きました。これからも「四無量心を行じる神想観」を日々実践し、「人間・神の子」の根本真理と「神・自然・人間の大調和」する素晴らしい信仰を多くの方々にお伝えしてまいります。有り難うございます。
 島根教区 水津英子拝


投稿: 水津英子 | 2014年3月14日 (金) 07時01分

合掌、ありがとうございます。
総裁先生、此のたびの「神・自然・人間の大調和祈念祭」の放映、ありがとうございました。
今回は完璧な送受信ではなかったにしても、このように画期的な行事が執り行われましたことは、新しい時代の幕開けのように感じられ、わくわくしてしまいます。
総裁先生のご先導で、全世界の信徒が同時に神想観なさった、その祈りが虚空に広がり、宇宙に満ちたのです。
想像しただけで、荘厳な想いに満たされ、有難くてたまりません。
正直に申し上げれば、我が家のパソコンはその時間には受信できず、『大自然讃歌』の一斉読誦から参加できました。
それでも、深くて尊い祈りが、一切衆生のみならず、地球のすべての生命に喜びを与え、世界平和の実現に大きな一歩を踏み出した、と強く思いました。
自然の豊かさに恵まれた島根で、ささやかな畑作に励み、近所の皆様と支え合い、総裁先生が繰り返しご指導下さいます三正行を怠ることなく、生長の家のこんなにも素晴らしい御教えを地道にお伝えしてまいります。
それが”重要な”使命とおっしゃる総裁先生のお言葉を、世界中の信徒の皆様と分かち合える幸せを味わいつつ、次回の完璧な配信を楽しみにお待ち申し上げます。
   西村世紀子 拝

投稿: 西村 世紀子 | 2014年3月14日 (金) 21時40分

合掌ありがとうございます。「神・自然・人間の大調和祭」にインターネットを通じて益田会場で参加者の皆様と共に参加出来ましたことを心より感謝申し上げます。又3月1日のコメントに感謝のお言葉を頂き大変感激致しました。有り難うございました。総裁先生には常に新たな情報を世界に発信して頂き感謝申し上げます。このお祭で総裁先生のご先導のもと全世界の信徒の皆様と一つに「四無量心を行じる神想観」の出来ましたことは、夢のようなできごとであり運動の変化の必要性と素晴らしさを実感致しました。今回のご指導では食糧危機が子供や次世代よりも前に来る可能性があると言うことなどあらゆることに大変衝撃を受けました。国際本部が森の中へ移転した使命と私たち信徒に与えられた使命の重大さを改めて感じました。本部の皆様の大雪の中でのご活躍を感動と感謝の思いと共に自らの足元を省みる機会とさせて頂きます。これからも「四無量心を行じる神想観」を日々実践し「人間・神の子」の真理、それを根本とした「神・自然・人間の大調和」する素晴らしい信仰を多くの方々にお伝えして参ります。島根教区 水津英子拝

投稿: 水津英子 | 2014年3月16日 (日) 22時43分

合掌、ありがとうございます。
総裁先生、「神・自然・人間の大調和祈念祭」の全世界への放映を心より感謝申し上げます。
此のたびの画期的な行事が、初めて執り行われましたことに、新しい時代の始まりを感じ、ワクワクいたします。
総裁先生のご先導にて、世界中の信徒の皆様の祈りが、虚空に広がり、宇宙に満ちた、と想像するだけで、荘厳な、尊い、有難い想いに満たされます。
世界平和の実現に向けて、大きな一歩が踏み出され、一切衆生に、地球のすべての生命に、喜びが与えられたと信じます。
「その生き甲斐のある喜びを他の人々にも伝え、協力し、分かち合い・・・」と総裁先生のご著書『日々の祈り』の「神の子の自覚を深めて前進する祈り」にもございます。
総裁先生が繰り返しご指導下さいます三正行を怠ることなく、幸せなことに自然の恵みを豊かに感じることのできる島根の田舎で、ささやかな畑作にも励みつつ、根気強く、地道に一人でも多くの方に、この素晴らしいみ教えを伝えてまいります。
その絶好の機会が、7月13日のご講習会でございます。
明るく推進を続け、総裁先生ご夫妻をお待ち申し上げます。    西村世紀子 再拝

投稿: 西村 世紀子 | 2014年3月16日 (日) 23時10分

総裁先生
合掌 ありがとうございます。
「神・自然・人間の大調和祈年祭」でのご挨拶、心より感謝申し上げます。
コメントが遅くなりまして、申し訳ありません。

>原始の昔から人間が心の底に抱いてきた自然との一体感を呼び覚ますとともに、人間同士の与え合いと支え合いの生き方を、さらには人類と他の生物とが助け合う生き方を現代において実現するのでなければなりません。…そのような価値観と生き方の基礎には、「人間・神の子」の信仰が必要です。また、「実相においては自然と人間は大調和している」という信仰が欠かせません。

総裁先生ご著書の拝読を始めました当初は、理解が及ばず環境問題の悪化に捕われ、焦りと不安、そして時にはある種の絶望感も覚えたりしました。
十数年もご指導を仰いでてきました今日、生長の家の説かれる真理の深さに毎回感動致します。
徐々に「神・自然・人間の大調和」は実相世界そのもののあり方であることが実感できるようになりました。

まだまだ自分には足りないところは多くありますが、できるところから実践させて頂き、喜びに満ちた日々を過ごさせて頂いております。

”森の中のオフィス”の情報を楽しみにしながら、人々へお伝えしていき、”私たちに与えられた重要な使命を明るく、生き甲斐をもって遂行”していく決意を新たに致します。
ありがとうございます。
再拝
平峰恵利花

投稿: erica | 2014年3月25日 (火) 16時48分

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