旅先からの便り (2)
今日は神戸市に来ています。3月6日には新宿からお便りしましたが、その続きを書きます。
「現代の都市は、人類の文明の頂点である」という所まで書きました。そのことに「感じ入った」と付け加えましたが、それは「感心した」とか「感動した」という意味ではないのです。現代の都市は、東京も神戸も本当に便利で暮らしやすい場所ですが、それでは何故にそれらの都市の住人は幸福な顔をしていないのでしょうか? 今日、神戸へ来る途中で名古屋駅で新幹線に乗り替えたのですが、その名古屋駅のホームからは、駅前広場の人々の様子がよく見えました。すると、そこにはスカイブルーの法被を着た幸福実現党の人たちが列を作って街頭宣伝活動をしているのでした。私は、その政党の名前に冠された「幸福実現」という言葉を想い浮かべ、ハタと気がつきました。つまり、少なくとも彼らにとっては、幸福とはすでにあるものではなく、これから困難な政治活動を続けた結果、ようやく「実現」することができる将来の目標なのです。
私は彼らを愚かだと言っているのではありません。恐らく都会生活者のほとんどは、彼らと同じように「幸福」とは今後、努力して手に入れなければならない“夢”とほとんど同義語だと感じているのではないでしょうか?
でも私は告白しますが、新宿の地下街を歩いていて、自分が東京で使っていた銀行のATMが並んだコーナーをそこに見つけ、「うれしい」と感じました。私が住む北杜市大泉町には、その銀行のATMは存在せず、山梨県庁がある甲府市へ行ってもお目にかかれないものだからです。こういう気持を「幸福感」と呼ぶのは間違いでしょうか?
また今日はここ神戸市へ来て、この新宿での幸福感に似た感情を抱きました。
私は今、神戸港に近いポートピアという人工島に建つ高層ホテルの24階にいます。ここは北杜市大泉町とは対照的に100%の人工物です。島自体が、山を崩した土を使って海を埋め立てて造った土地であり、そこに人間が頭で考えた町を造り上げ、樹木をどこからか運んで来て公園を造り、ビルを林立させたものです。神戸の街の中心とは橋と道路とモノレールで結ばれたこの人工島には、数年前、さらに沖合を埋め立てて神戸空港が造られました。私は24階のホテルの窓からこれらの人工構築物の一群を眺めながら、「ああ、人間とはこのように何かを造ることに情熱を燃やす生き物なのだ!」と感嘆するとともに、聖書にある「バベルの塔」の話を思い出したのでした。
でも、この続きはまたにします。
谷口 雅宣
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