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2014年2月18日 (火)

雪の中の幸福者

 史上稀にみる大雪が東日本を襲ったため、いろいろ予想外の新しい経験をし、普段はあまり考えないことを考えることができた。現在、京都市での生長の家講習会の帰途、東京駅を昼前に出て長野へ向かう長野新幹線「あさま521号」でこれを書いている。通常、近畿地方から国際本部“森の中のオフィ”がある北杜市へ帰るためには、新宿から中央本線に乗って小淵沢まで行き、そこから車で帰る。が、今回は大雪で中央本線が運休しているため、長野市経由で南下するのが唯一のコースだった。もっと具体的にいえば、長野駅まで新幹線で行ったあとは、篠ノ井線に乗り換えて松本へ出て、そこで再び乗り換えて小淵沢まで南下するのである。これによる所要時間は、乗り継ぎの時間を含めると5時間20分。新宿から小淵沢が2時間なのに比べ、倍以上となる。
 
 今回の大雪情報は、京都へ出発する数日前から流れていた。だから、私たちは出発を1日早め、金曜日の午前中に小淵沢を出る塩尻経由の中央本線の特急に乗った。しかし、大雪をもたらす低気圧はすでに東日本に大きくかかっていたから、同じコースを走る次の特急は運休してしまった。ぎりぎりセーフで名古屋へ着けたのだ。ということで、京都で2泊し、講習会を行い、その日の夜は新宿に一泊して今、こうして長野に向かっているのである。
 
 考えてみると、谷口雅春先生や清超先生の時代には、講習会の旅で3泊や4泊されることは珍しくなかった。いや、東京から遠方を回る場合は、複数箇所で講習会をこなして帰京されるのが普通だったから、その場合は1週間以上、帰宅されないこともあった。そういう時代と比べれば、今回の“トラブル”はトラブルではない。むしろ、当時の“順調な旅”と変わらないと言えるのである。それが今は“トラブル”と感じられるのは、技術革新にともない交通・通信の手段が急激に発達し、1つのことを実行するのに、当時の数分の一の時間しか要しなくなったからだ。このことを、経済学では「生産性の向上」という。しかし、このことの裏側には、生産された商品やサービスを使う人間がいなければならないから、「消費の増大」も同時に行われてきたのである。そして、この2つの流れが増大することを指して、人々は「経済発展」と呼び、これによって人間に幸福がもたらされると考えてきた。
 
 しかし、このような「幸福」の考え方は、あまりに浅薄であることが近年、いろいろな方面から指摘されてきた。また、今回の大雪で、それが様々な機会に改めて確認できただろう。人間は、ある一定の状態が長く続くと、その状態を“当たり前”と感じるようになる。たといその状態が、別の人間にとっては「幸福」に見えても、である。これは、いわゆる「馴れ」が生じるからだ。そして逆に、その状態から何かが欠けると“不幸”になったと感じるか、少なくとも“トラブル”に遭ったと感じる。このこと1つを考えても、「幸福」には何か客観的な基準があるのではなく、それを感じる人の物事のとらえ方や感じ方--つまり、主観に大きく左右される。これを別の方向から表現すれば、人間の幸不幸の感覚は、その人が自分の置かれた状況に「プラスの変化」を感じるか、あるいは「マイナスの変化」を感じるかによって決まる、と言えるだろう。
 
Matsumotostn_3  今回の大雪に遭遇した人は、さまざまな変化を経験したと思う。それをその人が「プラスの変化」と捉えるか、それとも「マイナスの変化」として捉えるかで、本人の幸不幸は決まる。--とここまでは、長野駅へ向かっていた新幹線の中で書いた。その時は、松本から中央本線で小淵沢へ行けると思っていた。なぜなら、JR東日本の職員がそう言って切符を発券したからだ。ところが松本駅へ着くと、茅野までは行けるが、その先は不通だと言われた。これは大きな“番狂わせ”で、私たちは仕方なく松本で一泊し、翌朝までの復旧作業に期待することにした。(写真は松本駅)
 
 翌朝、テレビに流れていた情報を見ると、「中央道は全線通行可能」というような表現だった。「ヤッター」と思ったが、道路情報をよく調べてみると、「通行はできるが、途中から上ったり下りたりできるかどうか?……」という妙な状況だった。つまり、各所の出入り口がすべChinostn て使えるわけではなく、一部だけということらしかった。残念だったのは、私たちが望んでいた「茅野-小淵沢間」は無理だということだ。そこで私たちは、“オフィス”から茅野駅まで車を出してもらう一方、私たちは松本から茅野までJRの在来線で下り、茅野駅で合流してからは一般道を雪中走行して北杜市大泉町へ帰ったのだ。松本市のホテルを出たのが9時20分で、オフィス到着は午後1時ごろ。結局、約3時間半の旅だった。(写真は、茅野駅)
 
 それで、「幸福」の話はどうなるかというと、私はこの“番狂わせ”の最中に特に不幸だとは感じなかった。が、予定していた通りに事が進まなかったのだから、「トラブル」だったことは確かだ。特に、水曜日に重要な会議を控えていて、その準備をしなければならない火曜日が半日使えなくなるということは、かなりの“損失”と言えば言える。しかし、この“番狂わせ”が、さらには記録的な大雪に見舞われたということ自体が、私には何か貴重で、得がたい体験であるような気がしてならなかった。というのは、次のような事実があるからである--
 
 今回の大雪は、生長の家が国際本部を東京から北杜市に移転してから最初の冬に経験した。しかも、この大雪は歴史的な規模だ。ということは、これ以上の厳しい冬を私たちがこの地で経験する確率はきわめて低いということになる。だから、今回の経験で足りなかったこと、失敗したこと、予想できなかったことなどを反省し、それらにきちんと対応していけば、“万全の準備”ができることになる。「千載一遇のチャンスがすぐに来た」のではないか? このことは、私個人の生活についても言える。私は、還暦を超えた年で初めて高冷地に家を建てて住むことになった。いちばん不安だったのは、冬の厳しさだった。雪がどの程度降り、その影響はどの程度あり、暖房にどの程度の薪が必要で、それをどう準備するか……などの情報の最大値が、すぐに手に入った。これは大変ありがたい。今後は、これらの最大値を想定して冬の準備をすればいい。どこかの大企業のように、「想定外だった」といって泡を食う必要はない--このように考えていくと、「トラブル」という声は消えて、「私たちは実は幸福者ではないか」という想いが湧いてくるのである。
 
 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生 合掌 有難うございます。

 森の中のオフィスにおかえりになられて 私

もほっとしました。

 これから Bタイプの誌友会に行ってきます。


            再拝

投稿: 山本 順子 | 2014年2月19日 (水) 08時18分

生長の家 総裁 谷口雅宣 先生
合掌 ありがとうございます

講習会の後のお帰りの際の雪中行軍、本当にお疲れ様でした。
今回の豪雪について、鉄道復旧になぜ時間がかかるかの私案を先生に申しあげます。
今回の大雪は豪雪に近いモノだと思いますが民営化以前の国鉄は何かの備えで雪国の主要管理局には除雪車を用意していました。しかし合理化と暖冬の影響で除雪車の配置を止めてしまい、また土木工事を外注化しコスト削減ばかりしてきた結果が今回の豪雪で復旧できない鉄道の現れだと思います。現実に除雪車が足りなくなって、苦肉の策で日本貨物鉄道が保有する中央本線の電気機関車EH200
を除雪車代用としたのですがやはり雪には負け除雪作業中に脱線してしまいました。かつての蒸気機関車がいた頃は蒸気機関車の高温圧力を併用して除雪していましたが熱を発生しないインバータ制御の機関車が重いからと言って除雪車代用するのはいささかナンセンスだと思います。除雪車を配置して来なかったJRの怠慢だと私は思います。蒸気機関車の頃はキロマキ方式で除雪していました。しかし動力近代化政策で今までのキロマキを一緒に行う機関車が登場しましたそれがDD14です。それを更にパワーアップしたのがDD53です。今の二種類はロータリー式の除雪車で、DD15、DE15、DD16はラッセル式の除雪車です。更に山形新幹線用の除雪車としてDD51から改造されたラッセル式除雪機関車DD18とDD17から改造されたロータリー式の除雪機関車DD19がありましたがいずれの車輌も老朽化のため廃車され、今は大糸線用のDD16-300しか残っていません。これは小海線にも入りますから先生も見ると思います。それらに代わり、ロータリーもラッセルもこなすのが機械扱いのモーターカーです。ただ今回の大雪に太刀打ちできるかは未知数ですが。いずれにしても中央本線だけは早く復旧せんと周辺区域のガソリンがなくなりますから。拝

投稿: 直井誠 | 2014年2月19日 (水) 20時32分

合掌 ありがとうございます
まずは、この度の関東甲信越地方の記録的大雪により被害を受けられました方々に心よりお見舞申し上げます。
お亡くなりになった方、怪我をなさった方、またビニールハウスなどが被害を受け、農作物に甚大な被害をもたらされた農家の方、たくさんの被害者のみなさまのご心痛はいかばかりかとお察しいたします。
総裁先生のこの度のご教示にありましたように、ひとつの出来事をトラブルと捉えるか、教訓と捉えるかで、物事は大きく変わっていくことも改めて考えさせられました。
私事で恐縮ですが、先月終わりに交通事故に見舞われましたが、今振り返りますと、あの頃私自身、とても疲れていました。その時の交通事故で自分がどれだけ無理を重ねてきたかを痛感して、生活スタイルを見直す、ありがたい機会になり、どんな辛い出来事の中にも、神さまの深い摂理を見出しました。
一昨日は、介護教室があり、講師として招いていただき、そこで、生長の家で学んできました「人間が持つ5つの願い」や日時計主義の生き方を介護に……など、ところどころにみおしえを織り交ぜて、講演させていただきましたところ、行政の若い職員さんたちが、「人間が持つ5つの願いや日時計主義の生き方など初めて聞いて感動しました。もっとこういう考え方を広めていきたい」などと感想を述べてくださいました。
もちろん、受講くださった皆さんからも感動しましたと言っていただき、本当の正しい信仰心に基づいた考え方は誰の心にも響くのだと思いました。
とくに行政の方々に知っていただけたことは、嬉しい事でした。
総裁先生の日々のご教示により、自信を持ってみなさまにお伝えさせていただけます。
ありがとうございます。島根教区 岡田さおり

投稿: 岡田さおり | 2014年2月20日 (木) 00時28分

合掌、ありがとうございます。

総裁先生、おつかれさまでした。
postingjoy の投稿より拝見させていただいております。
知人にpostingjoy を紹介させていただいております。
周囲に生長の家会員さんがいませんので生長の家のこと
を知っていただきたいと思います。生長の家会員にふさわ
しいものであるように努めます。
まだ、さむいですので、御身体をご自愛くださいませ。再拝

投稿: 福田幸広 | 2014年2月20日 (木) 00時32分

合掌
ありがとうございます。
総裁先生の逞しい
不屈の光明思想に
またまた感動いたしました。
どのようになっていたのか
とても心配だったのですが
心より安心いたしました。
“万全の準備”ができることになる。
「千載一遇のチャンスがすぐに来た」
素晴らしいものの考え方に
心より感度いたしました。
総裁先生ありがとうございます。
生長の家のますますの
大発展を心よりお祈り申し上げます。

投稿: 河内千明 | 2014年2月20日 (木) 04時51分

合掌  ありがとうございます。

今回の雪で森のオフィスは きっと大丈夫・・夫と話はするものの心では正しい情報を求めていました。 ある部長のブログで知ることとなり安心いたしました。どんな苦難と見える状況に出合おうとも 総裁先生の揺るぎない信仰の御姿勢に 私たち信徒は 何が起きても怖いものは無いと確信いたしました。 19日の白鳩ジョイメールも頂きました。職員総出で雪かきの地域貢献をされ心熱くなってまいりました。今の私には ただ、ただ「ありがとうございます」と合掌する事、お祈りのみです。個人的な私の想いですが、今回の大変な雪かき貢献は 住吉の大神宇宙浄化の働きの顕現と感じられます。  総裁先生ありがとうございます。  再拝
           島根教区 足立冨代

投稿: 足立冨代 | 2014年2月20日 (木) 23時55分

総裁先生,無事のご帰還に安堵致しました。
御文章の中の,
『この大雪は歴史的な規模だ。ということは、これ以上の厳しい冬を私たちがこの地で経験する確率はきわめて低いということになる。だから、今回の経験で足りなかったこと、失敗したこと、予想できなかったことなどを反省し、それらにきちんと対応していけば、“万全の準備”ができることになる。』
という部分にこれこそ「日時計主義」だと感動しました。
同時に私(私たち)の苦い体験も思い出しましたので,率直に書かせていただきます。
「東日本大震災」からまもなく3年が経とうとしております。あの「東北地方太平洋沖地震」が発生してようやくテレビなどから情報が入り始めたとき,「30年以内に想定宮城県沖地震の発生する確率は99%であったが,この巨大地震によりその震源域のアスペリティー(固着域)も破壊された可能性が高く,想定宮城県沖地震はあと30年は来ない可能性が極めて高くなった」という地震学者の見解に我々宮城県民の中には私を含めて安堵した人も多かったようです。それどころか「あと100年以上は来ないのではないか」と楽観視する人もいました。
しかし,大震災から1ヶ月が経とうとし,ようやく身の回りの物が片付きほっとしていた隙を突いて4月7日の深夜11時32分,最大震度6強の大地震に見舞われました。実はこの地震の揺れによる家屋の損壊やけが人の方が3月11日の本震の揺れによるものよりも大きかったのです。そしてこの地震(4/7)こそ「想定宮城県沖地震」の震源そのものでした。地震学では余震ではなく「誘発地震」であるというのが正しい見解です。
つまり,「東北地方太平洋沖地震」は「想定宮城県沖地震」が想定外の規模で起きたものではなく,全く別の地震であり,4月7日に起きた地震こそ「想定宮城県沖地震」であったのです。
やはり大自然は人知では計り知れないものだということを深く観じました。
自然と大調和した世界の実現に一層邁進するとともに,「万全の準備」も急がなければならないと思っております。

投稿: 佐々木(宮城教区生教会) | 2014年2月21日 (金) 22時26分

総裁先生、ありがとうございます。
大雪の中での不慮の長旅、おつかれさまでした。
私が住んでいる東京三多摩地域でも、大変な大雪でした。
東京へ引っ越してきて約4年、いつかまた北海道へ戻ろうとか思いつつも、今般の大雪での連日の雪かきでは、除雪スコップ1本だけの作業とはいえ、正直に体力の低下を痛感させられました。
これも、先生が仰る「千載一遇の好機」ととらえ、将来へ向けた万全の準備をしていこうと思います。
また、本部職員の皆様が、連日どこかへ出かけての雪かきボランティアには、頭が下がりました。
素晴らしい人々の集団だと思います。
あと私は、雪かきをする時にいつも感じることがあります。
それは、これらの雪が溶けて水になり土に還ると、そこから新たな生命が誕生するという喜びです。
今夏には、五穀豊穣となって私たちに還ってくるかと思うと、ついワクワクしてきます!
それでは、お体に気をつけてお過ごしください。
感謝礼拝

投稿: 阿部裕一 | 2014年2月25日 (火) 11時32分

全国の皆さんのご理解とご支援、
心から感謝申し上げます。

生長の家の“森の中のオフィス”の
メンバーは、今日も雪かきのボランティア
として、近隣住民の皆さんに奉仕させて
いただいています。皆、たくましく雪焼け
し、目が輝いています。「慈悲喜捨」の実
践です。

投稿: 谷口 | 2014年2月25日 (火) 16時07分

合掌 ありがとうございます          先日 茨城教化部の講師試験勉強会に出席した折
”本部はどうされているのでしょう”と皆さんが心配されておられました。ほとんど情報がなかったのですが総裁先生が詳しく書いて下さり 大変な大雪の被害の中においても「慈悲喜捨」の実践です。と捉えられことに感動いたしました。  そしてこの記録的大雪は私たちに本当に大切なことを教えて下さる神様の宇宙浄化の働きの顕現と感じております。 総裁先生ありがとうございます。                                          追伸                     遅くなりましたが1月6・12日日にお書き下さいました”天孫降臨”についてのご文章ありがとうございごした。 最近、気になっていたことの解釈を総裁先生がして下さいました。改めて感謝致します。  ありがとうごさいます 再拝

投稿: 鈴木 啓子 | 2014年2月26日 (水) 10時00分

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