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2014年1月 6日 (月)

タカミムスビとカミムスビ

 私は昨年11月の本欄で、タカミムスビとカミムスビの神について「陰陽二柱のムスビの神」とか「陰陽一対のムスビの神」などの表現を使ったが、これは誤解を招いたかもしれない。どんな誤解かというと、これらの神が『古事記』や『日本書紀』の中では協働して何かをする様子が描かれている、という誤解である。それはちょうど、イザナギとイザナミの両神が協働して国土を生み出していくように、である。ところが事実はそうではなく、両神が協力して何かをなしとげる場面は、両書には出てこない。それどころか、『古事記』はその冒頭で、アメノミナカヌシに続いて両神の名を挙げた後、「此の三柱の神は並(とも)に独神と成り坐(ま)して身を隠しき」と書いている。つまり、両神は〝独身〟の神で姿形が見えないのだと考えれば、両者が協力して何かを実現することはあり得ないという解釈も成り立つのである。これに対して、イザナギ、イザナミの両神は「独神」とは呼ばれず、また「身を隠しき」とも言われない。そして、両神が密接に協力して国生みをしたという話は、あまりにも有名である。
 
 では、タカミムスビとカミムスビの両神は、どんな意味で「陽と陰のムスビの働き」だと言えるのか? それを知ることが今回の考察の目的である。
 歴史地理学者の千田稔氏は、タカミムスビとカミムスビの二神が『古事記』の中でどう描かれているかを、著書の中で分かりやすく解説している。その中に両神が「身を隠したまいき」と書かれている意味が、次のように示唆されていて、その解釈が興味深い--
 
「 最初にタカミムスヒの神という名が出るのはアマテラスの大御神が天の石屋戸に隠れたという場面である。世の中はまっくらになり、八百万の神は天の安の河原に集まり、そこでタカミムスヒの神の子であるオモイカネ(思金)」の神にアマテラスの大御神を誘い出す思案をさせている。この情景には、たしかにタカミムスヒの神は姿をあらわしていない。御子神のオモイカネの神に状況を打開する仕事をゆだねているか、もしくは指図している。そのようにみれば、タカミムスヒの神はオモイカネの神の背後にあって身を隠しているといってよいのかもしれない。」(千田稔著『古事記の宇宙(コスモス)--神と自然』、p. 57)
 ここで取り上げられている「天岩戸開き」の物語はあまりに有名なので、詳しくは説明しない。が、次の3点は、タカミムスビの神の働きの特徴と関係が深いので、改めて指摘しておこう--
 
 ①天岩戸開きは、同神が『古事記』に登場してから初めて、同神について言及される出来事である。しかし、同神はそれに直接関与していない。
 ②この出来事は、オモイカネの神なくしては成功しなかった。
 ③そのオモイカネの神は、タカミムスビの神の子であるから、後者は前者を通してこの出来事を成就したと解釈できる。つまり、タカミムスビは天岩戸開きの“影の立役者”とも考えられるのである。
 日本の神話では、特に『古事記』の記述では、上の③のような形式で神と神との関係を描くことが珍しくない。つまり、特定の神Aの働きを描くのに、その神が別の特定の神Bに対して影響力を行使したとして(間接的に)描くのである。例えば、イザナギとイザナミの両神によって国土が創造されるに際しては、この両神のいずれかの発意によって、もしくは両神が合意してそれが行われたとは書かずに、「天つ神一同の命によって」それが行われ、そのための手段である「天の沼矛」も、天から両神に与えられたものとして描かれている。イザナギ、イザナミの両神は、まるで自らの意思をもたないかのようである。(『日本書紀』とは異なる)
 また、「天孫降臨」の物語では、ニニギノミコトは自らの意思で地上に降りてくるのではなく、やはり天つ神の共同の意思によって地上に「遣わされる」のである。この形式を喩えて言うならば、ビリヤードでは、テーブル上のいくつもの玉はそれぞれ複雑に独立した動きを見せているようであっても、その動きの原因は最初の一突きをした人間にあるのであって、それぞれの玉にあるのではないのと似ている。玉突きのプレイヤーは、複雑な動きを見せる様々の玉の背後に、言わば「身を隠している」のである。
 谷口 雅宣

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コメント

タカミムスビノ神が高天原から天孫降臨を導いたと古事記にありますが、一方のカミムスビノ神は大国主命の国造りを助けたことが出雲国風土記に書かれています。
国造りから天孫降臨まで、日本が生まれる基礎はタカミムスビノ神とカミムスビノ神の二神の働きがあったからでしょう。

投稿: 岡本隆詞 | 2014年1月16日 (木) 23時49分

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