本年を振り返って
生長の家の歴史にとって本年--平成25年(2013年)は、大きな変化のあった年だった。最大の変化は、何といっても運動の本拠地である国際本部が、東京を離れて山梨県北杜市へ移転したことだった。この変化は、“森の中のオフィス”構想としてすでに10年前から予告され、構想が煮つまる過程でしだいに具体的な計画となっていったのだが、大きなプロジェクトの例に違わず、実際の行動にいたるまでには多くの紆余曲折があった。その過程では多少の混乱もあり、また誤解や行き違いもあったかもしれない。が、それらは、今日の“森の中のオフィス”の考え方や、そこでの執務形態の基礎を固めるよい学習となった。その間、世界中にいる大部分の信徒の方々は、「これ以上、自然破壊と地球温暖化に荷担しまい」という私たちの考えと、運動の向かっている方向を支持してくださり、私たちを信頼して、運動に積極的に協力して下さったばかりでなく、この構想全体に対して多くの讃辞さえ寄せて下さった。これらのことへの私の感謝の思いは、言葉を尽くしても尽くし切れないものである。信徒の皆さん、本当にありがとうございました。
私は今、雪化粧した甲斐駒ヶ岳を望む自宅の部屋で、新年を迎える準備をほぼ終えて、午後の陽を体にいっぱい浴びながらこの文章を書いている。外気温は0℃近くではあるが、遮るもののない太陽の光の放射熱は、室内では暑いと感じるほどである。窓外では時おり強い風が吹いて、周囲の森がざわめく音がわずかに聞こえるものの、そのほかには何の音もない。約1週間前に降った雪は、家の周囲や道端に盛り上げられ、除雪できなかった分は氷結して土を隠しているが、日光の暖かさのおかげで、ゆっくりと汗をかくように周囲に融け出している。この道路の氷は4~5㎝の厚さに固まっていて、明け方の寒さの中では鋭いシャベルの先でも容易に砕けなかった。が、今は私が指一本動かさなくても、陽の光の下で溶け出している。
「問題が氷解する」という言葉がある。氷が解けるように、疑いや疑問がすっかり晴れることだ。それが起こるためには、説明や説得の努力をしなければならないことはもちろんだが、そうしてさえもなお、疑義を唱えたり抵抗が消えない状態の中では、信ずるところのものを、陽の光のような明るい心で、ただひたすら地道に繰り返して述べ続け、また実行していくことによって、疑問や抵抗も消えていくに違いない。
私は、立正佼成会の庭野日鑛会長が“森の中のオフィス”の落慶に際して祝辞を寄せてくださったことを、大変感謝している。庭野会長は、そこでこう述べていられる--
「経済優先、人間中心の価値観が根強い社会の中で、“これ以上望まない”という節度を保ち、人と自然の調和を目指す生き方を貫くことは、深い宗教的信念ないし現状を変革する志気とも申すべきものがなければできないことです」。
私はこの素晴らしい讃辞をいただいたことで、異なる教団の間にあっても、宗教家としての信念の共通するところは多く、それを高く掲げて前進し続けることで、宗教の違い、宗派の違いにかかわらず、世界は正しい方向に発展することができるとの確信を新たにしたのだった。
民主党の失政により政権を獲得した安倍晋三内閣と自民党は今、従来の経済優先、人間中心の政策を次々と復活させ、原子力発電所さえ順次再稼働していく意図を明らかにしている。一国の政治には、特に民主主義国家においては、その国の国民の大多数の意思が反映していることは否めない。しかし、「すべての国民」の意思が反映しているわけでもない。特に、大企業中心・都会中心の政治経済体制は長い間、“戦後日本”を支配してきたから、その大きな流れにもどることで「従来どおり」の生活が回復できるとの考えに傾く人々は多いだろう。ところが、日本の内外の客観情勢は、戦後日本とはあらゆる点で異なっているのである。少子・高齢化は戦後日本には存在しなかった。中国、韓国などの東アジア諸国の経済発展は、戦後日本の知らない周辺環境である。北朝鮮支配者の世代交替と核武装化も未経験の環境である。“冷戦”が消えたということは、「東側・西側」という戦後世界を支配していた考え方の枠組みが崩壊しているということで、世界各国はより柔軟な友好関係、同盟関係を構築できるということを意味している。だから、日本がどんなことをしても、アメリカとの間に戦後数十年間のような“蜜月関係”が維持されていくという保証はないのである。
そんな中で独断的に、安倍首相は二十数年ぶりに靖国神社を正式参拝した。中韓両国との関係がこれでさらに難しくなることは、明らかだ。アベノミクスに好意的だったアメリカでさえ、失望と不快感を表明した。しかし、同首相は「話せばわかる」という意味のことを言うだけである。また、「どんな国でも戦没者を尊敬し、礼節を尽くすのは当たり前だ」というのは分かるが、その「戦没者」の中に、戦争を起こし、植民地政策を遂行した張本人が含まれているということを無視し続けている。そんな施設に参拝して“礼節を尽くす”という行為が、海外から見れば戦争と植民地政策を正当化していることになるという簡単な外交的論理が、この首相にはまったく理解できないか、あるいは強引に無視することで国益が増進されるという奇妙な信念をもっているように見える。
日本の政治はこのように昏迷を続けているが、私たち生長の家は信仰の純粋性を守るために政治運動をやめ、政治的取引きの中に埋没しまいと決めてから久しい。政治の世界の時々の浮沈に一喜一憂することなく、「人間・神の子」真理を高く掲げ続けながら、人間社会と自然とが共存共栄する神の御国の実現に向かって、日時計主義の明るい信仰をさらに多くの人々に弘めていこうではありませんか。
本年一年、皆さま方の燃えるような求道と伝道の活動に心から感謝申し上げるとともに、新たな年に於ける皆さま方のご多幸、ご健勝を、心から祈念申し上げます。よい年をお迎えください。ありがとうございました。
谷口 雅宣
