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2013年12月17日 (火)

クマさんと出会ったら? (2)

 ところが、この歌のオリジナルである英語の歌詞は、日本語の訳詞とはずいぶん違う内容なのだ。英語の歌詞は何種類もあるようだが、そのいずれも、森の中でクマに遭遇することの恐ろしさを強調しているようだ。たぶんこの歌は、ボーイスカウトやガールスカウトのメンバーに、キャンプなどで野生のクマと遭うことの危険さを警告するためのものなのだ。
 
 代表的歌詞としてネット上に掲げられている英文は、こんなものだった--
 
  The other day, I met a bear,
  A great big bear, away up there.
  He looked at me, I looked at him,
  He sized up me, I sized up him.
  He says to me, "Why don't you run?"
  "Cause I can see, you have no gun."
  I say to him, "That's a good idea."
  "Now let's get going, get me out of here!"
  I began to run, away from there.
  But right behind me was that bear.
  ......
 
 これを拙訳をすれば、こんな感じだろうか--
 
 あの日、私はクマに会った。
 大きな大きなクマが、向こうの方にいた。
 彼は私を見、私は彼を見た。
 彼は私を見定め、私は彼を見定めた。
 彼が言う、
 「なぜあんたは逃げないの。
 銃を持ってないくせに?」
 私は彼に言った、
 「そうだね、ほんとに逃げようかな」
 「さあ、私をここから逃げさせて!」
 私は走り出した。その場から遠くへ行くために。
 でもクマは追ってきて、私のすぐ後ろにいるじゃない。
 
 日本語の童謡では「花咲く森の道」でクマに出会い、あわてて落とした「白い貝殻の小さなイヤリング」をクマに拾ってもらうのだが、そんな美しい光景や可愛いらしい出来事など、どこにもないのである。英語では、「クマを遠くに見ても、油断すれば大変な結果になるぞ」というメッセージが伝わってくるのである。まず第一に、クマの大きさが強調されている。次にクマは、人間を見定める。英語の「size up」という語は、「寸法を取る」という意味がある。動物同士が出会って戦うときは、相手のサイズがどうかが重要である。自分より大きいものからは逃げ、そうでないときは戦う。そういうギリギリの判断がここで行われたというニュアンスが、この語にはある。にもかかわらず、自分より小さい人間が逃げないので、クマは不思議がって訊くのである--
 
 「おまえ、銃を持ってないのになぜ逃げないんだ?」
 
 私の解釈では、英語のオリジナルでは、この語がこの歌のメインテーマだと思う。つまり、「森の中でクマを見たら、銃を持っていない場合は、遠くにいてもすぐ逃げろ!」ということだろう。
 
 私がなぜこの歌の日英両歌詞を比較したかというと、この“クマとの遭遇”の描写の中に、日本とアメリカの自然観の違いが表れていると感じたからだ。日本では、クマは「クマさん」であり、外見はちょっとこわくても、人間に好意を示す安全な存在である。これに対してアメリカでは、クマは銃をもって対峙する相手である。スキを見せれば、すぐに襲ってくる。馬場祥弘氏は訳詞を作るときに、英語のオリジナルに忠実な訳を書くこともできただろうが、それはきっと日本では面白くないということを直観したのだろう。英語のオリジナルは、スカウトたちが自然を甘く見ないようにという実利的な目的から作られた。が、日本では、それを採用しても評判はよくないだろうから、カワイく仕立てた。それが功を奏して、NHKの電波にも乗り、童謡としての地位を確立した。
 
 しかし、実際にクマと遭遇するリスクの中で生きる人間にとっては、歌の中のクマの人気など気にしていられない。クマの“本性”をきちんと把握することは死活問題でさえある。私は、今日も自転車でオフィスから帰る道すがら、自分はどちらのクマを相手にすべきかを考えていた。
 
 谷口 雅宣

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コメント

もう本当にびっくりしました。童謡のくまさんにはとても親しみを感じていました。学童保育の仕事をしていた今年3月までは子どもたちといつも歌う歌の定番でしたので。誰にも危害を加えず 誰とも遭遇せずくまさんには
早く冬眠態勢に入ってくれますようにと祈るばかりです。IF熊さんとばったり、、、、に成った時には 全速力で自転車を漕いで 逃げて下さいますように~(祈)

投稿: 桝谷栄子 | 2013年12月17日 (火) 23時19分

合掌ありがとうございます。 
総裁先生、私も仕事で、ものすごい山の中に行きますが、去年秋に、クマさんの母子に遭遇しました。
子グマのほうは、歩くのもやっとで、ふらふらしていました。母親クマのほうも見るからに衰弱しているのがわかりました。私の中でも、♪ある日森の中♪のクマさんや、クマのプーさん、人気キャラクターのリラックマ…といった可愛らしいイメージが有りましたが、実際にたった1人で運転中、クマの親子に遭遇しましたら、動悸が打って「ぶつかってきたらどうしょう」とパニックになりました。
はじめは黒い犬かと思いましたが近寄ってくるにつけ、クマだとわかり、とにかく無我夢中で運転して、もう大丈夫だと思われるところまできて、震える手でケイタイから110番に通報しました。警察の方は私の無事を喜んでくださり、すぐに市役所からクマ警報が出されました。
そのほか、鹿と猿にも会いました。
宮島の鹿は人間に慣れていますし、動物園の猿も可愛らしいですが、野生の鹿や猿はサバイバルの中にいますので、可愛らしいという感じではありません。
私の友人は看護士ですが、深夜、更衣室で着替えていたら、バーンッと凄い音とともに更衣室に鹿が入ってきて、心臓が止まりそうだったと言っていました。
人間が森林破壊したため、山の中に食べ物がなくなり、里のほうにおりてくるみたいです。
私が遭遇しました猿は何故だか片手がない、障がい?の猿でした。今でこそ、同僚と、「あの猿は要介護1だよね」などと冗談で言っていますが、その時は恐怖以外の何者でもありませんでした。日本には12干支もあり、動物が身近ですが、突然遭遇すると、ビックリし過ぎて腰が抜けそうになります。
それから、総裁先生に是非お伝えしたいことかございます。一昨日、訪問先の患者さんのお宅で、患者さんのお母さんが「これ見て!」と差し出された物を見て、ビックリしました。出雲市内の山奥にある、おじいさんの家で今年初めて、パパイヤが15個の実をつけたそうです。地元テレビ局も取材に来たそうですが、おじいさんもパパイヤが実をつけたのは初めて見たとおっしゃっていました。
小さな南国風の植物だとは思っていたそうですが、この夏急に大きく育ち、パパイヤだとわかったそうです。
出雲市でバナナやパパイヤが身をつけるようになったのは、亜熱帯化したからですよね。
これは深刻な問題です。
総裁先生が本当に早くから地球温暖化の問題に警鐘を鳴らされ、地球環境問題に生長の家が取り組むようになって、正直申しまして初めは、「何故、環境問題?」と思いましたが、今は総裁先生の先見の明に手を合わせております。

総裁先生もクマさんには本当にお気をつけくださいませ。
     再拝 島根教区 岡田さおり

投稿: 岡田さおり | 2013年12月18日 (水) 23時22分

ありがとうございます。
私の知人のお父さまが、新事業の開業のための心の修行で、毎日森の中の社屋立地予定地のところで座禅をされたそうですが、ある時、座禅中にいつもと違う気配を感じたので、薄っすら目を開けてら大きな熊がゆっくりと匂いがする近くまで近づいて来たそうで、もはやこれまでか、と覚悟をしながら、こういう時こそ胆力だと心を平穏にし、熊も人間や植物同様宇宙で生きる同士だと思い、なんら問題なしとの心境で座禅に集中し没頭し続けていたそうです。座禅が終わり気が付いたら熊がいなくなっていたそうです。あの時から何ら敵なし、みな一体との確信と自信を得たとおしゃっており感動しました。新事業は10数年経過していますが、大変繁栄しております。生長の家の信徒ではありませんが、いざという時にもこのような心境になれるものかと信仰の深さに驚きました。

投稿: 渡辺 | 2014年1月 2日 (木) 09時30分

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