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2013年11月19日 (火)

自然界のムスビの働き

 このように、食事にはもともと宗教性があったのだが、神は自然界を通して「食材」ばかりを提供してくださるのではない。そもそも自然界とは、私たちの肉体も含めた地上のすべての存在のことを言うのである。だから、食事のときにだけ神・自然・人間の大調和のことを祈るのでは、まるで自然全体を人間の食欲を満たす「食材」として見ているようで、何ともバランスがとれていない。私たちの肉体が自然の一部であり、また肉体の生存を保証する適切な量の酸素や水や温度も自然の一部であり、私たちの五官の感覚そのものも、実は自然と不可分の関係の中で形成されてきたことを思えば、私たち人間の地上生活のすべては「自然の恩恵」と言えるのである。だから私たちは、朝目覚めてから夜眠りにつくまでの四六時中、「自然よありがとう」と感謝し、その自然を与えてくださった神に対しては、言い尽くせぬ謝意を表するのが当然と言えば当然なのである。
 
 しかし、悲しいかな、現代に生きる私たちはこの事実を意識する機会が少なすぎるのである。多くの人々が日常の私的関心事に忙殺されて、自分が常に大いなる神の御手に抱かれていることに気づかない。それはちょうど雲に乗った孫悟空が、大得意で自分の力を示そうとして飛び回るように、自己顕示の欲望に目を眩ませているのである。そして行きついた先で、まだ仏の掌中から一歩も出ていないことを知る。そんな愚を繰り返さないためにも、「自然即我」「我即自然」を自覚する行事が食事以外にあってもいい--否、食事以外にもあるべきだ、と私は考える。
 
 そういう意識をもって私たちの周囲を見渡すと、自然界のムスビの働きが注目されるのである。ムスビとは「縁結び」という言葉があるように、もともと離れていた存在が1つに結ばれることだ。「おむすび」と言えば、もともとバラバラだった飯粒が握り固められて一つになったものだ。「結びつき」というのは、2つ以上のものの関係を意味する。そこから「条約を結ぶ」「手を結ぶ」などの表現が生まれ、さらにそういう関係から生み出された結果を示す「実を結ぶ」「露を結ぶ」などの用法もできた。
 
 自然界は、このムスビの働きに満ちている。植物が「実を結ぶ」ことに触れたが、そのためには多くの場合、花の色や香りに誘われて昆虫が飛んできて、雄しべの花粉を雌しべに付けることが必要だ。これは動物と植物という異種の生物のムスビつきによるもので、これによって双方が繁栄する。花の蜜や花粉は昆虫の栄養源となり、花から実が結ぶと、その実が別の動物の栄養源となり、実を食した動物が種を遠方に運んで地に落とすことで、植物は子孫を殖やすことができる。これらの関係は、すべてムスビである。そして、これと似た異種間の共存共栄の関係は、生物界のいたる所に見られるのである。
 
Withbike1113131_4  私はこのたび、八ヶ岳南麓の大泉町に引っ越してきて秋を過ごしてみて、自然界は「与えること」で成り立ち、繁栄している、と強く感じた。「与える」ことができるのは「受ける」側がいるからで、この両者の関係がムスビである。私の家の周囲はカラマツ林が続いているが、今、その葉が大量に散り敷いて、地面を橙色に染めている。カラマツが落葉する前は、クリやコナラが落葉し、その前には実を大量に落とす。これらの実は、リスやヤマネなど森の小動物の餌となり、落ち葉は地上で腐って翌年の草木の栄養源となるだけでなく、昆虫やキノコたちの寝床となる。シカにもたびたび遭遇するが、彼らは農産物だけでなく、植物の芽や葉、木の皮まで食べるので“害獣”として扱われることもあるが、それは天敵がいなくなって数が増えすぎたからだ。適切な頭数が保たれていれば、彼らも自然の守り手である。山を歩けば彼らの排泄物をよく見かける。小指の頭ほどの大きさの球状の粒が、数十個固まって落ちている。これは立派な天然肥料だし、その中に植物の種があれば、彼らも鳥と同様に森の生物多様性を守ることになる。彼らの旺盛な食欲も、一面では森が繁りすぎるのを防ぐ役割を果たしているのである。
 
 これらのムスビの働きが自然界の特徴だとすれば、それと同じ働きが私たち人間の中にもあることをしっかりと思い起こすべきだろう。自分と他人とを鋭く切り分けて、自分の利益のみ追求するという生き方も、確かにある。しかし、そういう生き方は「人間らしくない」というのが、先人たちの教えである。宗教や倫理の基本は、ここにある。「対称性の論理」と「非対称性の論理」という言葉を使って、私はこのことをすでに述べた。私たちが今、盛りたてていくべきなのは前者なのだから、そのことを常に意識し、かつ生活に実践していくためには、自然界のムスビの働きを機会あるごとに思い起こし、それが生み出す豊かさに感謝し、それと同じ働きが自分の中にあることを実感する--「自然即我」「我即自然」を自覚することが必要なのである。
 
 谷口 雅宣

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