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2013年11月12日 (火)

食事と祈り

 「神・自然・人間の大調和」を実現することを目指して進んでいる生長の家の運動は、今年10月からの国際本部の北杜市移転をへて、新たな段階を迎えている。

 国際本部となった北杜市の“森の中のオフィス”には、東京・原宿の旧本部会館から“神像”を移設して「万教帰一」を象徴するキリスト教的な表象とし、その背後に新たに七重塔を建て、これを同じ万教帰一の教えの仏教的な象徴として位置づけることで、私たちは宗教を通して東西文化の共存共栄を目指すことを明らかにした。これらの2つの施設は、善一元の神への信仰にもとづいて世界平和を実現しようとする「国際平和信仰運動」の精神を、より具体的に表現したものである。

 これらの2つによって、「神と人間」の和解と調和を進めるための方向性は定まったと言えるが、「神と自然」「自然と人間」の関係については、読者にとってそれらの和解を表象し、象徴するものは必ずしも明らかでないかもしれない。

 もちろん「表象」ではなく、言葉による宗教的メッセージとしては、すでに拙著『日々の祈り』に収録された祈りの言葉があり、また経本となった『大自然讃歌』と『観世音菩薩讃歌』が神と自然、自然と人間の関係について詳しく説いている。また、本年8月に京都府宇治市の生長の家宇治別格本山の境内に建てられた「自然災害物故者慰霊塔」は、混乱の度を増しつつある「自然と人間」の関係を修復するための表象の一つとして見ることができるだろう。

 自然災害が人間社会に及ぼす影響は、人類の文明の国際化と経済のグローバル化の進展にともなって拡大しつつあることは、多くの読者が身をもって感じているだろう。2011年3月に日本が体験した東日本大震災と原発事故は、その一部に過ぎない。同じ年の10月から11月には、インドシナ半島に前例のない大雨が降り続いたため、タイで大洪水が起こり、チャオプラヤ川下流の工業団地が水に浸かり、ホンダ、ソニー、ニコン、キヤノンなどの日系企業419社被災し、世界への製品供給が不足したことは、記憶にまだ新しい。   今年は、台風26号で伊豆大島に深刻な土砂災害が起こったのに加え、11月現在、この年発生した台風としては最大の勢力をもった台風30号(現地名「ヨランダ」、英語名「ハイヤン」)が、フィリピンに甚大な被害を与えている。11月12日付の『朝日新聞』によると、同国政府の発表した11日午後現在の死者の数は1,774人で、死亡が確認されていない人の数を含めると、一万人を上回る恐れがある。同国全体で約967万人が被災し、約61万人が避難所生活を強いられているという。台風による被災が最も深刻だったレイテ島は農業と漁業が主要産業で、マニラ首都圏に比べて住民の所得水準は格段に低いという。今後、被災した貧困層の人々への食糧支援と住宅の供給が求められるだろう。

  人間にとって「食べる」ことはこのように死活問題である一方、自然と人間の関係を最も身近に感じる行事が、食事である。食事を単に栄養補給の手段と考えている人は、これを「行事」と呼ぶことに違和感をもつかもしれないが、古来、洋の東西を問わず、食事は自然の恵みに対して神あるいは造物主への感謝を献げる宗教行事と一体のものだった。生長の家も例外でなく、昭和5年11月に谷口雅春先生に最初に下された神示が「生長の家の食事」と呼ばれ、その中で、「食事は自己に宿る神に供え物を献ずる最も厳粛な儀式である」と説かれていることを見ても、食事と宗教の密接な関係は分かるだろう。また、同じ神示の冒頭で言及されている聖書の記述は、ユダヤ教の信仰に於いても、食べることが宗教儀式と切っても切れない関係にあったことの証左である。旧約聖書の『レビ記』などは、全部で27章あるうちの第1章から10章までが供儀に関する記述であり、どんな場合にはどんな犠牲を神に献げ、人はその供物の中のどんな部分を食べることができるかなどを細かく規定している。

 現代では、そのような宗教性は食事からほとんど消えてしまっているが、無宗教を自任する人でも、日本人ならば食事を前にして「いただきます」と言って手を合わせ、食事が終わると「ごちそうさま」と言って手を合わせる習慣に、あまり抵抗を感じないに違いない。この習慣の背後には、食事の提供者に対してのみならず、食材を供給してくれる自然界への感謝、ひいては自然の創造主への感謝の思いが含まれていたし、今でも含まれていると私は考える。だから、食事というものは、「神と自然」「自然と人間」の関係を意識し、三者の大調和を祈る最良の機会の一つだと言えるだろう。食前食後に、神と自然界の恵みに対して感謝の言葉を唱えることを省略している人がもしいたならば、次の食事から、この古き良き習慣をぜひ復活させていただきたい。

 谷口 雅宣 

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コメント

総裁先生、ありがとうございます。
ブログを拝読して、食事に対する感謝の念の欠如が、今ニュースで騒がれている食品偽装の問題の原因となっているのではないかと感じました。
やはり日本は、食事毎に神と自然と人間の大調和を祈る本来の習慣に立ち帰るべきだと感じました。
ありがとうございます。

投稿: 布谷博之 | 2013年11月13日 (水) 05時50分

合掌  ありがとうございます。
 島根教区におきましては、11月は一斉に「技能と芸術的感覚をいかした誌友会」が開催されております。この誌友会は新人をも募りやすいので 今年お若い新支部長になられたNさんとお話いたしました。 何故か先月、つぎの出講には「食事の神示」をお伝えしようとコピーをし本日ご参加の皆様と開会の祈りがおわってから、ご一緒に拝読いたしました。言葉の表現こそ違いますが「大調和の神示」を凝縮されたように感じます。毎日食事の祈りをしておりますと、多勢の方々のお世話になって、私達に宿る神に食事という供え物を頂戴していますことが、有難く心からの感謝を捧げられ、有難い世界に(実相)はいれます。 年を重ねる毎に欲望はうすれていますが、「食事の神示」は欲望の制御にもなると同時に神・自然・人間の大調和。すべてに感謝と許すことの大切さ、大きくも偉大な尊い信仰に導かれていることに誌友会でもお話をさせて頂きました。 ブログを拝読できましたことに感謝いたします。 合掌
               島根教区 足立冨代  
 

投稿: 足立冨代 | 2013年11月14日 (木) 23時10分

合掌 ありがとうございます。
 「食事の祈り」にはとても尊く、有難いと言う感謝の気持ちでいっぱいになります。祈りを毎日するようになって一層欲望の制御できたように思います。奇しくも誌友会にこ「生長の家の食事」をコピーして皆様とご一緒に拝読いたしました。今年 お若い新支部長になられましたNさんの記念に「天津祝詞」も添えて差し上げ、11月は教区一斉に行われる "技能と芸術的感覚をいかした誌友会"に臨みました。「絵は下手で絵を描くと聞いただけで心臓がドキドキする」と仰っていた方が 何とか描枯れた絵の上にテッシュペーパーを被せられたのですが、写真を撮るためペーパーを取ってみますと、柚子の葉の色に 濃淡が出ていて驚きました。激励いたしますとホットされたようです。 静かな中、30分間、精神集中し他のことは一切考ず描く、或いは写経する。その時間を終えるとすっきりすることに気がつきました。日時計主義の生き方の実践ですから、当然なのでありましょうが、 講話を 聞くだけでなく、物のいのちと一体になり自分の心のままを無心に描くことは、心の底(潜在意識)に響く時間でもあり、このような誌友会が実現できましたことに感謝いたします。総裁先生ありがとうございます。絵手紙を描く日々を過ごされ人間関係の悩みから解消された方もいらっしゃいます。嬉しく有難い御教えに感謝いたします。    感謝合掌
         島根教区  足立冨代

投稿: 足立冨代 | 2013年11月16日 (土) 23時28分

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