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2013年10月12日 (土)

晴れた日の朝

  1012日、八ヶ岳南麓には朝から強風が吹いていた。

夜中、私が自宅の寝室で目を覚ました時にも、窓外のデッキで何かコトコト音がするのに気づき、「まさかシカではないか?」と一瞬疑った。しかし、シカの体重は人間を優に上回る。だから、彼らが本当に板張りのデッキを歩いたならば、その足音はコトコトではすまされないと考え、私は安心して再び眠りについたのだった。朝起きて、居間の大きなガラス窓にかかったカーテンを開け、その向こうに白々と明けつつある広い空を見たとき、夜中の音が風のせいであると私は了解した。


 
目の前の木々が揺れていた。ほとんどはまだ紅葉していないが、一部黄褐色に変わった木の葉が森の方向から風で飛ばされてきて、空を舞っていた。私が大窓以外の窓のカーテンを開けに家中を歩き、居間に戻ってきた時、妻がこう言った。

「植木鉢が風で倒れてるわ!」

  見ると、デッキの縁に並べられていた青い陶製の植木鉢のいくつかが倒れ、葉ぶりのいい観葉植物が横に転がっていた。勝手口から急いで出ていった妻が、それに近づくのが見える。これらの鉢は、東京では家の東南の2階のバルコニー置かれていた。そこはコンクリートの高い手摺りで覆われ、一部の鉢は金属製の輪の中に収まっていたから、鉢の中の植物が威勢良く伸びて座りが悪くなっていても、倒れる心配はほとんどなかった。しかし、大泉町に引っ越してまだ間もない今、仮に置かれたデッキの上では、南アルプスから吹き下ろす強風には耐えられない。

  風が強いということは、しかし悪いことではない。太陽が昇り、あたりの森が明瞭に姿を現す頃には、背景の空の色も青さを増してきた。風のおかげで、雲一つない快晴が与えられたのだ。

  これにくらべ前日は、朝から厚い雲が上空を去らない曇天だった。霧雨も交じっていたから、朝、仕事場へ行くのにどうするかを思案した。傘や雨靴のことではない。乗物をどうするかの問題である。 私は、東京から八ヶ岳南麓に越してきてから、自転車通勤を始めた。東京では徒歩の通勤だったが、こちらでも同じことができないわけではないが、時間がかかるのが問題だった。また、山あり谷ありの地形も障害に思えた。そこで、山道にも強いと言われるマウンテンバイクを買い、それに跨ってオフィスに通うことにしたのである。その通勤時間が2030分ほどだから、徒歩で同じ道を行けば倍は時間がかかるだろう。それをまだやったことがないので、雨の日にはやってみるのも悪くないと思ったのである。その場合、しかし着ていく服が違うので、早く決めて準備をしなければならなかった。交通情報ではなく、お天道様をしっかりと見て判断する--都会生活では長らく忘却していた自然観察が不可欠の毎日である。

Solarcharge_2    前日は結局、私はテレビの天気情報を信じて自転車通勤を選んだが、朝から晴天の今日は、乗物の選択以外にもすべきことがあった。車の充電である。“森へ行く”という今回の決定に合わせて、妻が「PHEV」という種類の車を買った。これは「plug-in highbrid electric vehicle」という英語の略で、家庭用電源から充電できるタイプの電気自動車に、補助用のガソリンエンジンを搭載した車だ。大泉町に建てた私たちの新居には太陽光発電パネルを設置したから、晴れた日の日中に充電すれば、自動車は“炭素ゼロ”で動かせるのである。同じことは自動車以外のものにも言える。だから、わが家では、晴れた日の朝には、妻の車だけでなく、パソコンやスマートフォン、電気掃除機など、日常的に使われる充電式の電気製品は一斉にコンセントにつながれることになる。生長の家の国際本部である“森の中のオフィス”が二酸化炭素を排出せずに業務を遂行しようと様々な工夫をしているのだから、そこで働く我々も、個人生活においても同様の努力をすることは当然だと思うのだ。私が自転車通勤を始めたのも、もちろん健康管理の意味もあるが、同じ目的である。

谷口 雅宣

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コメント

合掌ありがとうございます。
総裁先生、八ヶ岳は寒くありませんか?
温暖化に伴い、秋がなくて、いきなり夏から冬へと季節が移りゆく気がします。
生長の家国際本部も森の中のオフィスでのお仕事が本格的にスタートしたのですね。私のおります島根県、出雲市も自然がたくさんのところなのですが、ここ近年、都会からきた業者が高層マンションを建てたり,ドラッグストアやコンビニエンスストアなどを競って建てるようになりまして コンビニエンスストアなんて200メートル間隔にあるようになりました。私の自宅のすぐそばの田んぼが埋め立てられたので 何をするかと思っていたら、またコンビニエンスストアが来月オープンするのだそうです。こんな田舎に何故24時間営業のコンビニエンスストアがそんなにたくさん要るのでしょうか?
電力はたくさん要りますし、働く方も夜勤しないといけませんし、防犯上も良くないと思われます。私のふだんの仕事では、広い市内を患者さん宅に巡るのに 車は不可欠ですが、それでも近い所は、なるべく自転車を使うようにしています。少し山間部に行きますと、介護のついでに?!栗や柿、イチヂク、みかんなどを収穫してほしいと依頼されたりしますので、介護保険にそんなサービス項目は、もちろんありまんせんが、たまに柿の木にも登る、おてんばケアマネージャーです。       在宅介護の現場に20年近くもおりますと、日本社会のあまりの変化の大きさについていけなくなります。
国は…安倍総理は「企業が世界一働きやすい国を目指す」などと言われますが、そうしておいて、要支援者の切り捨てや要介護者の施設入所に条件や制限をつけたり,国が本来取り組むべき施策を、市町村に丸投げしたり、しています。介護保険導入後、サービスは確かに増えましたが、施設入所希望の待機者は相変わらず…家族介護の心理的負担は変わらず、これから都会、とくに東京23区内では、孤独死、老老介護、認認介護(認知症の人が認知症の人を介護する)先の見えない介護の不安による虐待などが急増すると言われています。都会の便利で快適さの裏には、こんな悲惨な現状があることを、国は喫緊の課題として早急になんとか手だてしないといけないと思います。私たち、介護に携わる者に介護報酬として支給される処遇改善交付金も国は間もなく打ち切ると言います。
生長の家のみおしえを、総裁先生のご教示を1人でも多くの方に共感していただこうと、私にできることを日々たゆまず 実践させていただくしか、私には知恵も力もありませんが、総裁先生、これからもご指導をどうか宜しくお願い申し上げます。再拝 
              岡田さおり

投稿: 岡田さおり | 2013年10月17日 (木) 22時24分

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