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2013年9月

2013年9月30日 (月)

田舎の幸福感

  「都会は左脳の産物である」という意味のことをどこかに書いたことがある。これは、都会を否定する考えではない。人間には誰にも左脳と右脳があるから、左脳を否定すれば、人間自体を否定することになる。そういう意味で、私は都会を否定してはいない。が、同時に、都会さえあれば、人間は幸福に生きていけるとも思わない。人間の幸福感と深い関係にあるのは、左脳よりもむしろ右脳であり、都会は“左脳向き”にできているからだ。


Shinjukulower   自然は、人間が何かを得たいときにしばしば抵抗する。別の言い方をすれば、自然は人間の欲望を簡単には満たさせない。しかし、その一方で、自然は人間の生存をしっかりと支え、人間に心身双方から喜びを与えている。この一見矛盾した関係を理解すれば、都会が発展し、都市が拡大を続ける理由も明らかとなるだろう。都会とは、人間が自然を改変し、できるだけ安楽に欲望を満たすために建設したきた空間なのだ。自然は、その動きに抵抗してきたが、人間の“武器”である科学技術の発達によって、後退を余儀なくされてきた。しかし、欲望の満足は必ずしも幸福の獲得ではない。なぜなら、人間の欲望は、果てしなく拡大するからだ。あるレベルの幸福の実現は、次のレベルの幸福の実現の“通過地点”に過ぎないことが多い。1つの欲望が満たされた時から、人間は次なる便利、快楽、都合を満たしたいと思うものだ。 


例えば、こんな具合にーー


  私は今、午前9時ちょうどに新宿駅を発車したJR中央線特急「あずさ9号」松本行きに乗っている。小樽市で行われた生長の家講習会から帰るところだ。これから約2時間かけて目的の小淵沢まで揺られていく。そこが新しい“故郷”となる。列車の座席は「13B」で妻は1つ窓際の「13A」だ。東京から西に向かっているから、朝の日差しは基本的には後方の東側から来る。今日は9月30日で秋分の日から1週間しかたっていないので、窓際の席から陽が射し込むことは少ない。が、秋が深まってくればそうはいかない。窓外の風景を楽しむことと、眩しい陽射しを受けることとの“相克”が起こる可能性がある。つまり、列車の窓から黄葉紅葉を楽しもうとすると、秋の低い陽射しを直接顔や腕に受けることになり、眩しい。これは読書の妨げにもなるから、窓際の席ではシェードを下ろす人も多いだろう。シェードを降ろされたら、もちろん窓外の風景は鑑賞できない。こうして美しい紅葉黄葉を楽しんでいた心は、まもなく眩しい陽光に不足を感じ、やがてシェードを降ろす。そして、自分が陽光の差し込む側の席を選んだことに不満を感じ、反対側の席にいる人々を羨むことになるかもしれない。


  もしそんなことが実際にあれば、この人物は、美しい紅葉に彩られた山間部を行く特急列車のグリーン車にゆったりと腰掛けながらも、不幸であると言わねばならない。


  列車での移動を例に引いたついでに、もう一つ似たような場合を考えてみよう。


  妻と私は、つい先ほど、新宿南口のホテルを出て、この列車に乗った。ホテルから列車のホームまで歩いて10分ぐらいかかった。出張帰りの荷物を両手に持って10分歩くことは、若いころはともかく、最近では結構負担を感じる。今日は晴天だから、それでも比較的快適だった。が、雨天や降雪時には、そうはいかない。歩いても濡れない別のルートをたどるか、タクシーの世話にでもならねばなるまい。わずか数百メートルをタクシーで行くのは気が引けるが、複雑で混雑した新宿駅の地下街を重い荷物を提げて歩くよりも、はるかに楽だ。だから恐らく私たちはそんな時、「炭素ゼロ」という言葉を気にしながらもタクシーを利用するだろう。かくして、「重い荷物とともに遠隔地に迅速に移動したい」という人間の欲望が満たされることになる。


  これで私は「幸福だ!」と宣言すべきだろうか?


  その答えは、人によって違ってくる。ホテルから駅までの歩行中、その人が何を感じ、何を考えていたかの違いが、その人の幸福感を左右する。「荷物が重い」とか「距離が長い」とか「人ごみが煩わしい」と感じていた場合、その人は幸福とは言えまい。反面、同じ経験を「朝は清々しい」とか「体が鍛えられる」とか「人々の様子が観察できて面白い」などと積極的に捉える人は幸福感を味わうに違いない。


  列車に乗ってからも、同じことが言える。鉄道という交通機関は、人間や貨物を大量、迅速、かつ(日本の場合は)時間通りに遠隔地に運搬するための手段だから、両手に下げてきた荷物を網棚に上げ、座席に腰を下ろしてゆっくりと寛げることに感謝できる人と、そんな状態は「当たり前」すぎるとして顧みない一方、窓から入る陽射しを「お肌の敵」とか「読書の邪魔」などとマイナスに捉える人とは、幸福感に大きな違いが出てくるに違いない。どちらが幸福かは、もう説明を要しまい。不足や不満に注目する人よりも、恵まれ、満たされている点に注目して感謝する人の方が幸福に決まっているのである。


  では、今日の社会で「良い」とされている経済発展は、不足・不満の心と、現状への感謝の心のどちらが生み出したものだろうか? これはたぶん前者である。経済学では、前者の心を「需要」と呼んで何か高級な概念のように扱うが、私はこれを「欲望」と読み替えても差し支えない程度のものだと思う。だから、「需要を喚起する」とは「欲望を増幅する」ことと大差はないのである。


Shinjukuupper_2    この事実をしっかりと理解すれば、経済発展が人間を幸福にするという一般的な考えが、控えめに言っても「不十分」であり、厳密に言えば「間違い」であると分かるはずだ。私は、経済発展と人間の幸福は相反すると言っているのではない。ほとんど無関係だと言いたいのだ。幸福感とは人間の心が生み出すものだから、物質的繁栄のさなかにあっても、もしその人がその状態を「好し」と認めない限り、その人の心に幸福感は訪れない。その昔、「釈尊」となる前のゴータマ・シッダルタが、豪奢をきわめた王宮生活を捨てて修行生活に入ったというエピソードも、こういう人間心理の複雑さを示しているのである。


  では、ある人の心の中で経済発展とそれにともなう物質的繁栄が「好ましい」と認められるならば、幸福感は必ず訪れるだろうか? これは、その人の心の持ち方しだいだろう。人間は他者に対する感情移入の能力に秀でているから、多くの他者が貧困に苦しんでいる中で、自分だけが繁栄していることを知ってもなお、幸福感を抱くとは思えない。むしろ一種の罪悪感を抱き、困窮者を助けることなどに意欲を燃やすものだ。一般社会の経済状態から突出して繁栄する者が、慈善事業に乗り出す例が多いのは、この辺の事情を表している。が、それでも、物質的繁栄こそ自分の幸福だと考える人物はいる。しかし、そういう人物は例外的であり、心理的な問題を抱えている場合が多いと思う。例えば、幼い頃、親から充分な愛情を注がれなかったため、金銭を愛の代償と感じてきた人などである。


  大泉町で生活を始めてから、私は都会で生きることと、自然豊かな田舎で生活することの違いを多く感じているが、その一つは、自分と他者との関係に対する態度である。簡単に言えば、都会には普段から人が溢れているから、新たな人間関係を結ぶことに消極的ないしは否定的である。これに対し、田舎は一般的に“人手不足”だから、新しい人間関係を積極的に結ぼうとする。これはもちろん比較の問題である。都会では新しい人間関係が成立しないという意味ではなく、田舎ではどんどん友達ができるという意味でもない。たぶん、人間にも生きるための適切な「人口密度」があって、それをはるかに超える都会では他人に対して排除的にならざるを得ず、そうでない田舎では、他人を受け入れる態度が自然に生まれるのだろう。そういう意味でも、人間の幸福には他者の存在は不可欠だから、田舎の幸福感は都会の幸福感に比べて、よりホンモノであるような気がするのである。


 谷口 雅宣

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2013年9月25日 (水)

“森の中”で生きる

30年ぐらい住んだかねぇ〜」

と私が訊くと、妻は即座に、

「いいえ、27年です。」

と答えた。

  昔の記憶については、私はてんで自信がないので、妻の言うのが本当なのだ。27年間、東京・原宿の家に住んだ。木造二階建てで、もともとは私の自宅だったが、現在は生長の家総裁の公邸となっている。当時、3人目の子どもも生まれ、彼らが通う学校や私の仕事の都合も考えて、父が住む家の隣に家を建てた。そして、世田谷区駒沢のマンションから引っ越してきた。だから、今回の引越しは27年ぶりである。

  当時34歳だった私には、人生とは永遠に続く旅のように感じられ、目的地など見えなくてもさほど気にならなかった。が、61歳の今は、目的地は何となく見えている。これから先、何年生きるか分からないが、長く見積もっても30年。そんな期間で一人の人間にできることはそれほど多くない。それは、自分の過去30年を振り返ればよく分かる。ならば、あまり背伸びしたり焦ったりせず、自分に最もふさわしいことを、自分にできる範囲で丁寧にやって人生を終わりたいと思う。

  こんな書き方をすると、まるで隠居生活に入る人のように聞こえるかもしれない。が、私が予想しているのは、何が起こるか分からない“新生活”なのである。山梨県北杜市の八ヶ岳の麓、標高1200メートルの高地へ移住する。生長の家が国際本部を同市大泉町西井出へ移転するのに伴うものだ。生長の家は今夏、そこに“森の中のオフィス”を完成し、10月から業務を開始する。私たちの新居からさらに約100メートル高い標高の土地に、本部事務所を開設したのだ。その名の通り、カラマツとスギが生い茂った森の中に、木造二階建ての大型建築物が何棟も並び、まだ新しい木の香がする。そこへ連日通うのである。派手な装飾で彩られたファッションビルの間隙をぬって、車と人とが混み合う中を通った過去とは、まるで別世界と言えるだろう。

Kaikoma101213   妻と私にとって、しかしこの地は未知の場所ではない。もう10年ほど前から山荘を構え、仕事の合間の息抜きのために利用してきた土地だった。何の縁あってか、そこが“永住の地”になりそうである。50歳を過ぎていわゆる“別荘族”となり、都会と森を共に味わいながら、両者の極端な違いを肌身で感じてきた私には、一方を捨てて、一方を採ることが、自分にどんな変化をもたらすか予測できない。が、予測できないところが人生の面白味でもある。人はとかく、自然界の影響から離れて自由に生きていると錯覚しがちだが、好不況、転勤、転職、事故、病気などの変化は、田舎よりもむしろ都会でよく起こる。都会に住み続けていても結局、明日は予測できないものである。しかし、都会での変化は「もう分かった」と感じる。この感覚には、「もう沢山!」という思いが混じっているのだ。

  この文章を書き出した時、私の東京の自宅の隣地では、5階建ての商業ビルの取り壊し作業が始まっていた。そのビルは、5〜6年前にできたばかりなのに、大型機械が搬入され、日を追って瓦礫に変わりつつあった。3階建ての別のビルではその頃、テナントが替わったし、取り壊し中のビルより明治通りに一つ近い8階建てのビルでも、1階と3階に入っていた結婚式企画会社が去り、新しい会社--多分、ファッションかスポーツ用品店--が、新規開店に向けて内装工事中だった。こういう種類の変化は、私にはもうたくさんなのだ。それは一見華やかで、美しそうで、気分をウキウキさせるが、事後には心に残るものが何もない。なぜなら、表面を撫で、目先を変えるという潮流に乗っているだけだからだ。今後、この地域や東京全体が変化する方向と変化の質は同じである。それが目に見えていて、決して好ましいとは感じられない。それは産業革命以来、人類が歩んできた方向性--資源とエネルギーのムダ遣い--の延長にしかすぎない。それならば、同じ予測できない残りの人生を、まだまだ未知の領域が広く残っている“森の中”でしっかりと過ごし、自然との切実な関係を十分に味わう方が、より刺激的で、また豊かな人生と言えないだろうか?  そんな気持が私の中にあるのである。

   生長の家の本部移転は、もちろんそんな私個人の趣味の問題ではない。しかし、そういう公的、社会的意義や責任については本の中ですでに何回も述べたから、ここでは繰り返さない。が、一個の人間の生き方の問題に限っても、都会生活の無理やムダ、虚勢や嘘、神経磨耗に見切りをつけて、田舎生活や自然の中での暮らしを始める人の数は次第に増えている。そのことを考えれば、森の中の生活が、禁欲的で苦しいばかりでないことは、多くの人々の体験からも明らかである。ただ、明らかでないのは、都会と森での生活から得られるそれぞれの価値が、基本的に相反するものなのか、それともどこかで適切な折り合いをつけられるものなのか--もっと分かりやすく言えば、自然と人間とは今後共存していけるものなのかどうかということだ。それを実地で、責任をもって、自らの生活の中で検証してみる人生も決してムダではないと感じるのである。

 谷口 雅宣

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2013年9月 8日 (日)

オリンピックの東京開催をどう考えるか

 2020年のオリンピックを東京で開催することが決まった。私はすでに前回(2009年)の開催地選考の際に東京での開催に反対していたから、読者はきっと驚かれないと思う。ただ、今回の決定が前回に比して特に残念なのは、2011年の東日本大震災と原発事故という日本と世界にとって極めて大きな経験から、日本が国家として何も学ばなかったと思われるからである。何万人もの尊い命が失われ、それ以上の数の人々の故郷が失われたにもかかわらず、「これまで通りの経済発展を目指すことが日本の進む道だ」という方針を、わが国は少なくとも7年後まで継続することになるだろう。

 私は2006年8月末のブログで、五輪の東京開催に反対する理由をこう書いた--
 
「私が東京五輪に反対の理由は、この人口超過密の世界最大のヒートアイランドに、さらに建設資材と機材とエネルギーを投入して温暖化を促進し、そこへエアコン装備の巨大施設を造り、世界中から大勢の人を招び寄せて、さらに大量のCO2を排出することを、京都議定書を生んだ国の政治・経済政策にしてはならないと思うからである」。

 その後、京都議定書からは、日本は事実上脱退してしまった。自分で作っておいて、自ら放棄したのである。しかし、だからとって、温暖化対策を放棄してしまっていいということにはなるまい。わが国は、民主党政権下で温室効果ガスの削減目標を「2020年までに1990年比で25%」とした。それを、今の自民党政権は反故にしてしまおうとしている。安倍首相はこの目標を「ゼロベースで見直す」と明確に指示したからだ。そういう文脈の中で五輪の東京開催を強力に進めてきたのも安倍首相である。彼が目指していることは明らかではないか。地球温暖化対策は適当にごまかして、五輪開催にともなう大規模な公共工事や資本投下を実施することで、GDPやGNPの値をつり上げ、従来のような経済至上主義的な「日本を取りもどす」のである。

 この考え方の背後には、もう一つ無視してはいけない前提がある。それは、原発の本格的再稼働である。東京五輪を準備するためには、東京に大量のエネルギーと資材を供給しなければならない。そのエネルギーを今のように火力発電に頼ることはできない。原油の高騰と温暖化ガス排出増で、出費はかさむし批難されることは目に見えているからだ。しかし、五輪準備のためには原発の再稼働は必須である。が、福島第一原発の事故が継続中で、被災者救済事業も進んでいない現状では、原発再稼働への道は険しい。そこへ「五輪開催」という“錦の御旗”が手に入った。これが得られれば、「経済発展のため」という怪しげな理由に加えて、「五輪を成功させるため」という“夢のある”理由ができる。国民も都民も「スポーツの祭典」という美しい言葉に目を奪われて、きっと原発再稼働を容認するだろう……そんな思惑が見えてくるのである。
 
 しかしまぁ、先の参院選で自民党が圧勝したことで、こういう“従来路線”への回帰は予想されていた。私は民主主義を信奉する者であるが、それが完璧な政治制度だとは思っていない。他の政治形態よりはマシであるが、欠陥はいくつもあると考えている。その一つが「衆愚政治に堕す危険」が常にあることで、今回ほどこの危険を身近に感じたことはない。願わくば、無抵抗でズンズン突き進む自民党政治に有力な対抗勢力が早く現われ、「従来路線では日本も世界も救われない」という正論を展開し、自然と人間との調和を目指す現実的な政策を打ち出してほしいのである。
 
 ところで今日は、山形市で生長の家講習会があった。私が講話で「五輪の東京開催決定」の話に触れたこともあり、それに関する質問が2つ出た。1つは、山形市に住む男性のもので、こうあった--
 
「私は今日朝4時に起床して、2020年オリンピック開催地のテレビ中継を見ました。東京に決定して大変よろこびました。しかし、先生はオリンピック開催はあまり感心しないようなお話がありました。環境問題も含めてのことだと思いますが、よろしくお願いします。」

 この男性は、オリンピックの東京開催に賛成の立場だったが、私はそれに反対する理由を上記のものを含めて講習会で詳しく述べたので、今はどう考えておられるか分からない。もう1つの質問は、「五輪の東京開催」には明確な反対意思を表明していた。私の午後の説明を聞く前に書かれた質問だから、初めからこの問題を疑問視されていたのだろう。大石田町に住む75歳の女性からの質問である--
 
「明るい方向に目と心を向けるべきとは分かっているつもりですが、東日本被災地、人々の事を思うとき、きまったばかりの2020年のオリンピックのことを考えると、どうしても心が晴れません。オリンピックの東京開催を、何事もなかった、ないように喜んでいる特に政治家の、心の内が理解しかね、悩んでいます。」

 大石田町は、山形県の内陸部の最上川に面した町で、江戸時代は河港町として栄えた。天領として船役所が置かれ、奥羽山脈を越えて仙台藩にまで至る物資の流通ルートの要だった。そして、福島県にも近い。だから、この女性が「東日本被災地、人々の事を思う」と書いているのは、もしかしたら福島県から避難してきた人を直接知っているからかもしれない。そういう数多くの人々の破壊された故郷が、五輪の東京開催で今後どうなっていくのか……この疑問に政府は答えていない。巨額の借金を抱えた国が、五輪への投資と東北復興の両方をやるといっても、誰も信じないだろう。大都市と大企業の繁栄のために、東北地方は再び犠牲になるのかという疑念と不安は深刻だと思う。

 そんな中で、異常気象が続いていることは前回、8月27日の本欄ですでに述べた。その際は、日本周辺の、我々の生活に直接影響することに限定して書いたが、異常気象は決して日本周辺だけに起こっているのではなく、世界中で頻発しているのだ。今日の『朝日新聞』は、そのことを分かりやすくまとめている。気象庁が「異常気象」という場合、それは「30年に一度あるかないか」という気象現象だという。そういう現象が、今年の1~7月だけで合計72件に及んでいるのだ。つまり、月平均にして10件程度、「30年に1度」の異常現象が起こっているのだ。ということは、異常現象が常態化しつつあるということだ。それは例えば、どんなことか?--
 
「インドでは6月中旬、北西部のウッタラカンド州デラドゥーンで大雨となり、洪水などで560人が死亡。これを含めインド全体で658人の死亡が確認された。欧州も5~6月に各地で大雨となった。5月のドイツの降水量は1881年以降で2位。チェコでは非常事態宣言が出されて2万人が避難。チェコ、ドイツ、オーストリアで計18人の死亡が確認された。
 中国南部は7月、平年より気温が高く、降水量は少なかった。米国オクラホマ州では5月、竜巻がたびたび発生、40人以上の死亡が伝えられた。ロシア北部のオレニョクでは5月の平均気温が平年より7.9度も高かった」。
 
 先進諸国は、インフラや技術が整備されているため、異常気象に対する抵抗力は比較的強い。しかし、途上国はそうはいかないから、異常気象による死傷者の数は当然、途上国の方が先進国を上回ることになる。つまり、我々の贅沢な生活や、放縦的なライフスタイルによって途上国の罪のない人々が死傷するという現象が、今後続いていくことになる。それでも五輪を開催して、自分たちの経済発展を進めていこうというのだろうか。私は、こういう倫理観の欠如した国の政策を嘆くのである。
 
 谷口 雅宣

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