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2013年7月26日 (金)

宗教における都市と自然 (3)

 “森の中のオフィス”での最初の行事として行われた今年の「世界平和のための生長の家国際教修会」では、5人の本部講師、本部講師補の研究発表が行われた後、私が全体をまとめた講話を行った。これらの講師の発表の簡単な内容はすでに述べた。しかし、私が述べなかった部分にも各人の努力が反映しており、興味ある情報、重要な示唆が含まれていることはもちろんである。これに加えて、谷口純子・生長の家白鳩会総裁も30分の講話をした。私が教修会の最後で行った「まとめの講話」の中では、その一部に簡単に触れているが、その全体は、いずれ彼女の意思でどこかに発表されるかもしれない。
 
 次に、私の講話を何回かに分けて掲載する--
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 全世界から集まられた生長の家の本部講師、本部講師補の皆さん、幹部の皆さん、生長の家の運動の新しい国際本部となる"森の中のオフィス"にようこそおいでくださいました。ありがとうございます。また、昨日の午後から、本教修会での発表を担当してくださったブルース・マレリー講師、久都間繁講師、天地忠衛(まもる)講師、斉城偉(すぐる)講師、大島達郎講師、そして1日目の講話を担当してくださった谷口純子・白鳩会総裁、本当にありがとうございました。私はこれらか、これらの講師の皆さんが話された広範で多岐にわたる、貴重な情報を集めて、1つのまとまったメッセージとして皆さまにお届けしなければなりません。これは実に大変な役割で、胃が痛くなりそうです。どうか皆さまの暖かいご支援をお願いします。ありがとうございます。

 今回の生長の家国際教修会のテーマは、「宗教における都市と自然」でした。このテーマが選ばれた理由は、ここにお集まりの皆さんには明らかだと思います。それは、生長の家の国際本部が大都市・東京から、ここ"森の中"の自然へと移転したからです。生長の家は都市から自然に本拠地を移し、そこで何をするかが今、私たちの重大な関心事であるわけです。そういう問題意識をもって、世界の諸宗教の歴史をひもとくと、それぞれが都市と自然との関係の中でいろいろな経験をし、それらの経験から私たちが学ぶべきことがあるのではないか--それが今回の教修会の目的でした。皆さんのお手元にあるシラバスには、そのことがこう表現されています。
 
 「古代における伝統的な都市の多くは宗教の中心であり、必ず宗教施設が置かれていた。また、釈迦が都市を支配する王家の出身であり、イエスが都市労働者の子であり、かつ都市に溶け込んで布教し、ムハンマドも当時の国際商業都市、メッカに生きる商人であったことを思えば、仏教、キリスト教、イスラームなどの世界宗教も、都市なくして誕生せず、また発展することはできなかったと思われる。日本に於いても、現在に続く多くの仏教宗派が鎌倉時代に成立したが、それらに共通する大きな特徴は都市で始まったことにある。だから、都市には、宗教を生み育てる重要な要素が存在するに違いない。その一方で、都市は人間が自然の"過度"な影響を排除して生きるために構築した場であり、人間の欲望を満たす場でもあった。別の言葉でいえば、都市には"聖"と"俗"の要素、あるいは"善"と"悪"の要因が混在しており、そこから宗教が生まれたと考えられるのである。」
 
 この2日にわたる研修で、私たちは都市と自然を背景として宗教が抱えてきた問題について、多くのことを学んだと思います。ブルース・マレリー講師の発表では、キリスト教には、都市に多く集まる金銭や財産は「完全」になるための障害であるという考え方があると指摘されました。具体的には、その教えは次の聖句によります--

「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。(『マタイによる福音書』第19章21節)
 
 この教えにしたがって、金銭欲や物欲を放って、自然の中でできるだけ無一物で神と共に生きるという考え方が、修道院生活の基本にはありました。
 
 この聖句のあとには、聖書には次の有名なキリストの言葉が記録されています--
 
「よく聞きなさい。富んでいる者が天国にはいるのは、むずかしいものである。また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」。(同章23~24節)

Stanthonygreat  この聖句を文字通り実行しようとした初期の聖人として、マレリー講師はエジプトの聖アントニウス(St. Anthony the Great, 250-356)のことに言及しました。聖アントニウスは、羊飼いなどの牧夫の守護聖人と見なされていて、エジプト北部地方に棲み、キリスト教では、禁欲的な修道生活の創始者とされています。この禁欲的修道生活の伝統は、ギリシャ正教、ロシア正教も含めたキリスト教全体の中では、とても長く、そして影響力も大きいものでありました。その伝統を確かなものにしたのが、聖ベネディクト(480-547)によって打ち立てられたベネディクト派の「聖ベネディクトの戒律」(the Rule of St. Benedict)でした。
 
 ベネディクト派は、カトリック教会最古の修道会として知られています。
 
Cassino01  529年にヌルシアのベネディクトがローマとナポリ間にある標高約500メートルの岩山、モンテ・カッシーノ(Monte Cassino)に創建した会派で、その戒律は「服従」「清貧」「童貞(純潔)」でした。ベネディクト会士は黒い修道服を着たことから「黒い修道士」とも呼ばれました。同会の伝道範囲・活動範囲は、イタリア半島のみならず現在のイギリス、ドイツ、デンマーク、スカンジナビア半島、アイスランド、スイス、スペインに及び、中世ヨーロッパにおいて、伝道、神学、歴史記録、自然研究、芸術、建築、土木などの分野に果たした役割は大きいといいます。

 谷口 雅宣

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