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2013年7月25日 (木)

宗教における都市と自然 (2)

 次に発表した久都間繁・本部講師は、イスラームの開祖、ムハンマドが神から啓示を受けるかなり前から、メッカを離れること5キロほどの山の洞窟にこもり、独りで瞑想にふけっていたことに触れ、この行動が当時のシリアのキリスト教修道士の生活に倣ったものであるとする識者の見解を紹介した。ムハンマドは当時、メッカでは名門の貿易商人だった。ということは、一方に国際貿易都市であり、情報の集積地であるメッカを置き、もう一方に、仕事の合間に都市の喧噪を離れて瞑想をする山の洞窟を置くことで、イスラーム誕生の舞台が用意されたということだろう。つまり、「都市と自然」の対照、あるいは矛盾の中から、この世界宗教は始まったというのだ。また、久都間講師は、イスラームの“2大聖地”として知られるメッカとメディナを、それぞれ「都市」と「自然」に対応させ、イスラームの教えの変化と幅が、この2つの対照的な背景から生み出されたとの見解も述べた。
 
 もっと具体的に言えば、メッカでは、ムハンマドとその信奉者は土地の支配層から厳しい弾圧を受けたため、その初期の教えは「峻厳な神が示す生々しい終末論的イメージの警告」を特徴としていたが、中期から後期にかけての教えは、「神の恩寵を表す“神兆(みしるし)”として、大自然への讃歌を歌い上げるとともに、慈悲と慈愛に満ちた神の姿が随所に表現されるようになる」という。この所説は、イスラーム研究者、牧野信也氏によるところが大きいが、宗教が説く教えの内容は、その宗教が置かれた環境と無縁ではないという当然の事実にもとづくものと言えよう。だから、宗教が説く教えの“表面”だけを見ていては、その宗教の内奥の一貫した“真実”をとらえることはできない。原理主義的な宗教理解の危うさが、このイスラームの例からも理解されるのである。
 
 教修会での次なる発表は、中国の仏教についてだった。これは、中国出身の本部講師、天地忠衛、斉城偉両氏によって行われた。天地講師によると、現代の中国仏教は、衆生救済を主な目的とする「都市仏教」と、個人の修行を主な目的とする「山岳仏教」の2つに大別される。そして、前者を天地講師が、後者を斉城講師が担当して発表した。都市仏教では「人間(じんかん)仏教」という概念が紹介された。これは、太虚(1890-1947)という人物が提唱した理念で、清の時代の末期、僧侶が堕落し仏教が衰退している状況を改善しようとして、仏教の道理による社会改革を目指したものという。また、中国には古来、自然と人間の調和を説いた「天人合一」の思想があったが、現代中国では、中国共産党政府の経済発展第一主義の政策にしたがって「人定勝天」(人間が天に勝ち抜くことができる)というスローガンが掲げられ、自然破壊が進行しているという。だから、現代中国では都市仏教だけでは、環境破壊を止めることは難しい、と発表された。ここで私の興味を惹いたのは、中国語で「天」といった場合、そこには「天帝」「神」「造物主」という意味もあることは確かだが、「自然」「自然の力」「天然」という意味もあるという点だ。ちなみに、角川書店の『角川最新漢和辞典』(1995年)を引くと、前者の意味は6番目に出ていたが、後者の意味は3番目だった。
 
 中国の都市仏教に自然保護が期待できないならば、山岳仏教には何が望めるだろうか? 斉城講師の発表によると、山岳仏教も現代中国の経済発展政策の影響を強く受けているため、本来は自然を尊び、権力から離れることを志しながら、それがままならず、市場経済化の波に押し流されつつあるという。斉城講師によると、現代の中国山岳仏教の抱える問題は4つあるという:①出家修行者の資質、②指導者の資質、③政治権力からの分離、④都市からの分離。ご存じの読者も多いと思うが、中国は1966年から10年間の文化大革命によって、仏教が否定されたため寺院も人材も激減した。その後、1978年からの改革・開放政策によって、宗教一般がやや回復しつつあるが、ダメージはまだ大きい。そのため、①と②の問題は深刻である。また、③の問題は、中国の政治体制が大きく変わらないかぎり解決が難しい。また、最近の技術革新によって都市と山岳の距離は縮まり、それに経済発展中心の考え方が加わって、山岳仏教の施設も商業化しているという。なかなか深刻な問題だと思う。
 
 さて、最後の発表は、日本の仏教における都市と自然の問題だった。といっても、日本の歴史は長いので、この教修会ですべての時代をカバーすることはできないし、仏教のすべての宗派を取り扱うこともできない。担当した大島達郎講師は、道元が創始した曹洞宗の歴史をたどりながら、禅系の日本仏教の中での「都市と自然」の関係を考察した。もっと具体的には、「永平寺三代相論」と呼ばれている同宗内部の対立の中で、「都市と自然」がどのように扱われたかの検討である。仏教では「上求菩提、下化衆生」という言葉があるように、古来、悟りを求めることと民衆を救うことの両立が問題にされた。曹洞宗も例に違わず、真理の探究を重視する流れと、民衆への布教を重視する流れとがあり--複雑な諸要素を無視してごく単純化して言えば--前者が都市から離れた永平寺を守り、後者が前者から分かれて総持寺を建て、やがて都会の真ん中(横浜市鶴見区)にそれを移転し、以後守ってきた。この両派が分かれる原因となった論争が「三代相論」である。その内容は省略するが、読者にここで気づいてほしいのは、どんな宗教にもこの2つの要素が存在するということだ。

 前者を重視するならば、キリスト教の修道院制度のように、都市から離れた自然の中で、禁欲生活をしながら真理探究の道をきわめる方向が好ましいことになるが、後者を重視するならば、人口の多い都市に位置して、より多くの民衆と触れ合い、それらの人々を感化するためには多少の方便を使ってでも、布教を図ろうとするだろう。この「方便」の中には、その土地の政治権力に近づき、その力を借りて布教を進めることも含まれるかもしれない。しかし、これらの方便の度が過ぎれば、信仰や悟りの純粋性は失われ、宗教が腐敗する可能性も否定できないのである。古来「都市と自然」は、宗教が抱えるこのような二律背反的な課題の“舞台”あるいは“背景”として存在してきたのである。
 

 谷口 雅宣

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コメント

合掌、ありがとうございます。
いつも尊いご指導賜り、心より感謝申し上げます。
森の中のオフィスの始業前に、森の中のオフィスからのご指導がすでに始まったと連載を嬉しく拝読させていただきます。
「生長の家の国際教修会」は、世界の最高の幹部の皆様の研修発表と総裁先生の直接ご指導の場と存じます。その内容をすぐにご紹介、ご指導賜り、何と幸せなことかと思います。
インターネットさえ使用できれば、一般の信徒のみならず、世界中のどなたでもご指導に接することができます。組織会員であれば、機関誌で幹部研鑽会のご講話もじっくり拝読させていただくことが出来ます。
生長の家の”透明性”を誇りに思っています。
総裁先生の世界平和実現への深い祈り、強い願いをご指導に込められ、わたくし達を励まし、お導き下さいます。
お応えすべく、日々の生活にできる事を実行し、学び続け、ご縁ある人に伝え続けます。
          再拝 島根教区 西村世紀子

投稿: 西村世紀子 | 2013年7月26日 (金) 20時48分

合掌ありがとうございます。
僕は高野山大学で学びましたが、現代でも高野山は大阪の難波から二時間半かかる自然の中にあります。
山上も観光地化が進み、カラオケバーなどもありましたが、都市部のような誘惑も少なく勉強に専念できたました。
弘法大師空海も京の東寺を布教の拠点としながら、高野山を真言密教の道場として思想を深化させました。
また仏教学者中村元は「仏教思想の源流」という番組の中で、古来、中国、インド、ギリシャの哲学や思想のうち唯物論が誕生したのは都市だったと指摘しています。
都市は布教には便利ですが、様々な念が入り乱れているため、修行には向いていないと空海も思っていたみたいです。

投稿: 岡本隆詞 | 2013年8月 1日 (木) 00時59分

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