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2013年1月 1日 (火)

唯物論から“脱皮”する年

 読者の皆さん、明けましておめでとうございます。旧年中は大変、お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げます。
 
 元日の今日は、午前10時から東京・原宿の生長の家本部会館で「新年祝賀式」が行われた。この行事は例年行われているのだが、今回は出席者が多かったのが印象に残った。聞くところによると、台湾から三十数名の信徒が参列してくださったことが要因の一つのようだ。今回も昨年にならい、長崎・西海市にある生長の家総本山で同時に行われた2つの行事(『みくにきよめの舞』奉納、聖魂奉安の儀)が中継され、映像と音声が全国の本部直轄練成道場に送られた。
 
 私は「年頭の言葉」として概略、次のような話をした:

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 皆さん、新年おめでとうございます。

 今年もこうして、元日の朝に皆さまとお会いして、新年の到来を祝い、1年の抱負を語る機会がもてることを心から感謝申し上げます。すでにご存じかと思いますが、来年からは恐らく、こういう機会は持てないのです。もちろん私は来年の新年も皆さんにご挨拶の言葉を述べるつもりでありますが、それがこの東京・原宿の会館ホールで直接、皆さんとお会いして述べる形にはならないと思います。理由は、もうご存じですね。生長の家の国際本部は本年10月から山梨県北杜市に移転するからです。あの地は標高1300メートルの高地で、1月は厳寒のただ中です。そこへ皆さんにご足労願うのは誠に申し訳ないので、私はその地からビデオメッセージを発信する予定であります。「なんだつまらない」と思う方もおられるかもしれませんが、ビデオメッセージというのは、つまらないものもありますが、事前に収録して編集を加えておくことができるというメリットがあるので、私の顔以外の映像なんかも、そこへ入れ込むことができます。何か工夫してみたいと思うので、ご期待ください。
 
 さて、そんなわけで、今年はいろいろな意味で私たちの運動は“新たな展開”を始める年です。それが“ヘビ年”であるということに、皆さんは何か思い当たることはありませんか? ヘビというのは、聖書の『創世記』では最初の女性であるイブを誘惑して、アダムとともに“知恵の木の実”を食べさせたというので、「狡猾な動物」だと思われたり、さらには一部では「悪の象徴」ということにもなっているようですが、インドでは宇宙エネルギーを表していて,ケルトの神話では「叡智の象徴」ともされているようです。日本神話ではヤマタノオロチは“悪の化身”のように描かれていますが、その一方では、ヘビは昔から水神の化身、あるいは使者として扱われるなど、善悪双方の意味を与えられてきました。西洋でも同じように、必ずしも“悪の象徴”としてだけでなく、ギリシャ神話の医神であるアスクレピオスは、ヘビがからまった杖をもっていて、このデザインがアメリカ医学協会のロゴに採用されています。これは、ヘビが何回も脱皮して若返ることから、“再生と不死身”のシンボルと考えられてきたことに由来するものです。干支(えと)の1つにヘビが当てられているのも、日本ではヘビは「必ずしも悪くない」との考えが背後にあるからでしょう。ヘビさんにとっては、人間のご都合主義に振り回されるのは、はなはだ迷惑だろうと思います。
 
 ところで生長の家では、「ヘビ」にどういう意味を与えているでしょうか? これは、谷口雅春先生の『創世記』の解釈などを読むと、ヘビは全身を地面に接触させて動くので、“物質的知恵”とか“唯物論”の象徴のように言われることもあります。しかし、実は、そうおっしゃる雅春先生はヘビ年なんでありますね。私はそれを子供の頃知って、不思議に思ったことがあります。正月のおせち料理を食べる時には、よく木のお箸を使いますが、その箸を包む紙の袋には干支を動物に当てはめた絵柄が印刷されています。子供の私はそれを興味深く見たものですが、雅春先生のお箸の袋にはヘビで描いてあって、私のお箸はウサギなんであります。で、「ウサギの自分にとってはヘビはこわいなぁ~」などと思ったものです。これは多分、幼い頃の私は、よくふざけて走り回る子だったので、時々、雅春先生に怒られた、その経験が干支の動物の関係に符合したからでしょう。いずれにしても、生長の家では神は善一元の世界を創造されていると考えますから、ヘビを“悪者”扱いにしたりなどいたしません。

 これは昨年の秋の大祭の時にも申し上げたのですが、昨年の11月22日は雅春先生の「満119歳」の誕生日でした。ということは、今年は、先生が満120歳におなりになるのですから、肉体をおもちであったならば2回目の“還暦”の年に当たります。「還暦」という考え方は、干支が一巡して「生まれ直す」という意味をもっていますから、生長の家も新たに生まれ直す時期に来ているという解釈が成り立つのであります。とにかく、ヘビはよく脱皮して新たに生まれるように、生長の家もヘビ年に大きく“脱皮”するとともに、世界の文明も唯物論から脱皮しなければなりません。
 
 ところで、脱皮してどこへ行くかということですが、1月号の『聖使命』新聞に私は書きましたが、生長の家は今こそ「大調和の神示」で説かれた教えに回帰すべきなのであります。糸が切れた凧のようにどこかへ行ってしまうのではなく、再び原点に還るのです。ポイントは、人間同士の調和はもちろん重要ですが、それだけでなく「天地一切のものとの調和」つまり、自然界のすべてのものと大調和するのが私たちの運動の目的であるということです。この神示は、生長の家の神示の中でも最も重要とされ、聖経の冒頭に掲げられているだけでなく、『生命の實相』全集の冒頭を飾り、さらに「生長の家教規」では、生長の家の「教義」として単独で掲げられているものです。また、『真理の吟唱』の中には、この神示の意味を解説した「新生を感謝する祈り」という祈りもあります。この祈りは、新年の、とりわけ元旦に相応しい祈りなので、今日はそれを紹介したいのであります。多くの方は、すでに『真理の吟唱』をお持ちでしょうから、今日は「紹介する」のではなく、「確認する」と言った方がいいかもしれません。思い出す気持で聞いてください。本のいちばん最初にある祈りの言葉です:
 
「新生を感謝する祈り--

 われらここに新しき日を迎る。感謝すべきかな。われ神に感謝し奉り、さらに天地一切のものに感謝し奉る。覚めている間も、眠っている間も、一分一秒といえども、神の護りなくしては私たちは生きていられなかったはずである。日光は、空気は、水は、食物は、すべて神より来り、私たちを養い給うたのであり、これからも常に養い給うのである。新しき年を迎うるにあたり、過去の御護りに感謝し奉るとともに、今後もまた神の御護りの篤からんことを希い奉り、神の御恩に報い奉らんがために、神から与えられたる使命に誠心をつくして邁進せんことを誓い奉る。
 神はすべてのすべてであり給う。天地一切のものは、神の愛と智慧と生命との顕現であり、私たち人間も神の愛と智慧と生命の顕現であるから、天地一切のものと、私たち人間とは、同根であり、兄弟姉妹であるのである。それゆえに、天地間の一切のもの悉くみな私たちの味方であって、私たちを害する者など何一つないのが実相であるのである。
 もし私たちが何者かに害されたり傷ついたりすることがあるならば、天地一切と同根であり一切の存在と兄弟姉妹である自分の実相をわすれて、天地一切のものと自分の心とが不調和になったことの反映であるから、神は“省みて和解せよ”と教えられているのである。
 神はすべてのすべてであり給い、一切処に遍在し給うのである。神は無限にして神聖、常に永遠に、そして今ここに、私を取り巻き、私の周囲に、上にも下にも、左にも右にも、前にもうしろにも、天地、上下、四方、四維、神の在さざる処は無いのである。(…後略…)」
  
 繰り返しになりますが、「天地一切のもの」とは人間を含むとともに、それを取り囲む自然界すべてのもののことです。もちろんヘビも含まれます。人間の独善的なご都合主義を振り回さないで、自然と人間との調和を真剣に進めていこうというのが、私たちの“自然と共に伸びる”運動です。皆さまには、ぜひ本年も絶大なるご支援をご鞭撻をお願いいたします。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 谷口 雅宣

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コメント

総裁先生 あけましておめでとうございます。
「唯物論からの脱皮」は私たち一人一人の自覚からととらえ,今年も精進して参ります。理念や理論としての唯物論は既に破綻していると思いますが,その残滓がまだ私たち個々人の内にあるように思います。自然と地球との大調和のうちに,唯物論からの脱皮をしたいと思います。
本年もご指導をよろしくお願い申し上げます。
再拝

蛇足ですが,雅春先生が巳年のお生まれであったことを恥ずかしながら初めて知りました。これも不思議な因果ですね。

投稿: 佐々木(生教会・宮城) | 2013年1月 1日 (火) 18時36分

総裁先生、あけましておめでとうございます。

巳年うまれの私は、これまでなんとなくヘビにあまり良い印象を持っていませんでしたが、今回ヘビは"再生と不死身のシンボル"と伺い、大変嬉しく思うと同時に身も心も脱皮して、新たな生活へ喜んで飛び込んでいこうと心強くおもいました。

いままでお世話になった地への感謝と新たなる地への期待を強く持って、日々の生活を喜んでいきます。

今年もどうぞよろしくご指導くださいませ。ありがとうございます。

投稿: 齊藤美絵 | 2013年1月 2日 (水) 07時08分

雅宣先生 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。新たに生まれなおすのですね。拝ありがとうございます。4男が蛇(己どし)で今年生まれる孫も巳年です。有り難い事を沢山教えていただいてとっても嬉しいです。再生と不死身 脱皮して若返る 今年1年これで行きます来年のビデオメッセージ今から どんな試みがなされるのか楽しみです。桝谷拝

投稿: 桝谷栄子 | 2013年1月 2日 (水) 16時13分

合掌ありがとうございます!新年明けましておめでとうございます!総裁先生のお話は宇治別格本山で初詣練成会開催中にお話を拝聴させて頂きました。大調和の神示を回帰しよう!という教えにわれわれ兵庫教区青年会も大いに活用させて頂きます!大調和の信仰心を忘れずに自然とともに伸びる運動を邁進させて頂きます!どうぞ何卒よろしくお願いを申しあげます!再拝

投稿: 兵庫教区青年会辻昭 | 2013年1月 2日 (水) 22時25分

谷口雅宣先生 純子先生
あけましておめでとうございます!

脱皮する年!ほんとうに嬉しいです。
いつもご指導ありがとうございます。

奥岡 文

投稿: 奥岡文 | 2013年1月 4日 (金) 18時59分

合掌ありがとうございます。

谷口雅宣先生、明けましておめでとうございます。本年も、宜しくご指導のほどお願い申し上げます。

元旦の朝、目覚めてすぐに主人とともに神想観、聖経読ジュをし、「新生を感謝する祈り」をさせていただきました。

昨年末に主人は自ら相愛会員になる決意をしてくれまして、悦びひとしおです。やっと夫婦二人三脚で信仰の道を本格的に踏み出し、幸先の良いスタートを切ることができたと思っております。

神の子の本領を発揮できるよう、一日一日を大切に過ごしていきます。ありがとうございます。

投稿: 前川 淳子 | 2013年1月 4日 (金) 19時08分

合掌ありがとうございます

新年、あけましておめでとうございます

地球のすべてのものと調和する生き方、この原点に立ち返りたいと思います。

4日間、宇治の新年祭の奉仕に行き、車を外にとめていました。帰り、みごとに汚れた車に驚きました。とめてあっただけです。私は山間部に住んでいます。こんな汚れ方はしません。都会の空気はこんなに汚れているのかと、ショックでした。自然と調和する生活を、もっと深く考え実現したいと、この車の汚れを見て思いました。

投稿: 水野奈美 | 2013年1月 5日 (土) 15時00分

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