人類の向かう方向は? (2)
21日(日本時間22日)にワシントンで行われたオバマ大統領2期目の就任演説の評価が、日本とアメリカではかなり違うようだ。23日の『朝日新聞』は、「史上初めて同性愛者の権利拡大に触れ」たことを大きく取り上げ、地球環境問題への言及については、「気候変動問題でも“立ち向かわなければ、子どもたちを裏切ることになる”と積極的な姿勢を見せた」と表現しただけだった。同じ日の『日本経済新聞』は、「平等な社会の実現」を訴えたことを見出しにし、「一方で、中間層の底上げや財政赤字削減など道半ばの課題の実現に向け、米国民が結束するように呼びかけた」と述べるに止まった。気候変動の問題について大統領が何を言ったかにはほとんど言及がなく、「演説では銃規制や地球環境問題、移民制度改革などリベラル色の強い政策を列挙」と表現し、“その他いろいろ”の中の1つだというニュアンスで伝えただけだ。
これに対して、アメリカの『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』(ニューヨークタイムズ国際版)は、23日の第1面に「オバマは議会の意向にかかわらず、気候変動対策に取り組む」(Obama plans climate action, with or without Congress)という見出しの記事を掲げ、新政権の最優先課題が気候変動問題への対策だと伝えた。日本の新聞は、大統領のこの分野への取り組みに懐疑的、もしくは反対なのだろう。これに対してリベラルな『ニューヨークタイムズ』は、「どんどんやれ」という意思の表明なのかもしれない。それにしても、新聞の報道姿勢によって、同じ1つの演説がまるで違って伝えられるという事実は、この問題の背後にある利害関係の複雑さを有力に示している。ご存じのように、『朝日』は日本の新聞でもリベラルな方だが、『日経』は産業界の利益を代弁する傾向が顕著だ。いずれの新聞も、今後のオバマ氏と議会との対立を予測して、「環境対策はどうせうまく行かない」と考えているのだろう。
『ニューヨークタイムズ』は言わば“地元紙”であり、取材の仕方も日本の2紙とはレベルが違うから、新政権周辺を細かく取材し、説得力のある記事を載せている。それによると、演説の前半はオバマ氏のリベラルな政治哲学を総論的に述べている。後半では、各論的に今後取り組む政策について自分の考えを述べている。気候変動についての演説部分は、その他のどの政策よりも多い8つの文章(センテンス)で構成されており、大統領はその冒頭近くで「我々が気候変動の脅威に対応していくのは、それに失敗すれば、子どもや未来世代を裏切ることになると知っているからだ」と述べている。これは世代間倫理を正面から取り上げたものだ。また、国内にまだある温暖化懐疑論に対しては、「科学が示す圧倒的な証拠を拒む者がまだいるとしても、誰も森林火災や深刻な旱魃、破壊力を増す嵐による壊滅的な衝撃は避けられないだろう」と警告している。
そして、この後にこの問題とどう取り組んでいくかの方針が明確に示されている--
「持続可能なエネルギー源へと転換するための道のりは長く、時には困難もあるだろう。しかし、米国はこの転換に抵抗することはできない。むしろ、それをリードしなければならない。我々は、新たな雇用や産業を生み出す技術を他の国々に明け渡すわけにはいかない。むしろ、その将来性を主張すべきなのだ。それによって、我々は米経済の活力と我々の宝--あの森や川、あの穀倉地帯、あの雪を頂いた山々の頂ーーを護っていくのだ。こうして我々は、神が命じた通りに、この地球を保全していくのだ。そうしてこそ、我々の父祖が宣言した信念が意味あるものになるだろう」。
これはきわめて明確な方向性と言える。「環境保護と経済発展は両立しない」という保守的な考えを否定し、今環境保護に先手を打って歩み出さなければ、新たな雇用や産業の発展に遅れをとり他国との競争に負ける、という危機感が表れており、さらに「経済発展の源泉は良好な環境である」という視点も明確だ。私も昨年秋の記念式典や今年の新年祝賀式で同様の考えを述べたばかりだから、心強い思いがした。しかし、オバマ大統領は、今回の選挙戦ではこの視点を明確に打ち出さなかった。だから、私はオバマ氏の再選が決まったときに、温暖化対策へのアメリカの今後の取り組みについて期待がもてなかったのである。が、ここへ来て突然、“環境色”を打ち出したネライは何か? それについて、同紙はこう分析する。
オバマ氏は大統領1期目に、包括的な温室効果ガス排出規制法案の議会通過に力を注いだ。しかし、議会で多数を占めた共和党の反対で法案はつぶされた。オバマ氏は当初、共和党への説得と調整で何とかなると考えたが、反対勢力の力を思い知らされたのだ。そこで今回は、この件は慎重に事を進める作戦に転じ、議会ではなく、大統領としての執行権の範囲内で、地道に、しかし強力に対策を講じていく方法を採用したというのである。具体的には、大量のCO2を出す発電所に対して排出規制を強めたり、家電製品や建築物の省エネ化を進めたり、さらには軍を含む政府部門から出る温室効果ガスを削減させる措置を採ろうというのである。これらの方策は、実はオバマ氏の第1期目でも、自動車産業などで一部始まっていた。そして、アメリカ全体の温室効果ガス排出量は実際、オバマ氏の就任前より1割ほども減少したのである。その原因の一端は、もちろん景気後退にもあるだろう。しかし、これが有効だという感触を得た大統領は、選挙戦にあえて“環境色”を持ち込まなかったーーそういう分析である。
政治は、“理想論”だけではうまく進まないものである。しかし、利害関係が錯綜する混沌の中にあっても、政治のトップが“理想論”を唱え続けるところから、国は1つの方向に動いていくのだと思う。そういう意味で、私はオバマ氏の2期目の環境対策に静かな期待を寄せるのである。
谷口 雅宣

